『隣り合わせた男』作者:仙道 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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「キミは運命を信じるか?」
たまたま、電車で隣り合った男が声をかけてきた。


「…はぁ?」
俺はそんな返事をした気がする。
この反応は些か失礼だったかもしれなかったが、大半の人間はこんな反応になると思う。
いきなり、そして突然。見ず知らずの男にそんな奇妙な質問をされたら、誰だってそうなるはずだ。

まずは隣の男をよく観察してみよう。
男は二十を過ぎたばかりの若い風貌で、きっちりとスーツを着てシルバーフレームの眼鏡をかけている。
すらりとしたイメージの、清楚な感じの男だ。
よく言えばエリート。悪く言えばかたい男。
そんな感じ。

「…なんですかいきなり…意味が分からないんですけど…」
俺は一通り観察を終了させて、男に質問の意図を尋ねた。
「ふむ。運命→人の運、めぐり合わせ。と、俺愛用の「早引き便利字典」には記述されている」
「いや、そうじゃなくて。その質問の意味が分からないって言ってるんですが」
運命の意味を教えられても。しかもその手に持っている辞典はなんなんだ。
「ちなみに「辞典」ではない。「早引き便利字典」だ。そこは間違ってはいけない点だな」
男は無表情に近い顔でさらりと言う。正直物凄くどうでもいい。
変な奴と隣り合わせになってしまった。

俺の後悔など知らず、男は小さく溜息をついた。
「運命という響きが嫌いならば、必然でもいいだろう。そこは俺的にはどちらでも良い。どうかな?」
男はまた尋ねなおしてきた。
「だから、意味が分からないんですってば」
俺はまた同じ意味の返答をする。
「うぬ。必然…この早引き便利字典によると、必ずそうなること、だ」
「もうそれはいいです。分かりました。俺は信じてません」
きっとこのままでは、堂々巡りになることは目に見えている。
俺は意図を聞くことは諦めて、質問にのみ答えることにした。
「何故に?」
男は聞き返す。
「考えるのが面倒なんです。俺には別に関係ないことだし、あったところで目に見えないじゃないですか」
それすらも面倒そうに、俺は男に返した。
男は少しだけ考えて、こう返した。

「例えば、誰かが殺されたとしよう。その人は平凡に暮らしていた、特別に悪いこともしていない人間だ。
そんな人間が、通りがかりの関わりのない人間の気まぐれによって殺されたとする。その出来事はどう言葉で表そう?」
「「不運」、でしょう?別に運命なんて語句を使わなくてもいい話です。ただその人は可哀相な人なんですよ」
俺はいい加減面倒になって、突き放すような口調で言った。
男は無表情だった顔に、薄く笑みを浮かべた。

「そうかそうか…そうだね、君にはそれが似合っているのかもね」
男はそういうと、スーツの内ポケットから何かを取り出した。
俺にはそれが何かよく見えなかった。


それが俺のわき腹を刺すまでは。


俺は声にならない声をあげて、前かがみになって、その場に倒れた。
それ以上声をあげるほどの力も余裕もなくて、ただ苦痛にのた打ち回る。
「知ってるかい?少年。脇腹というのは急所だらけらしいよ。正面から腹を刺されるより、致死確立が高い」
男は平然と、のたまう。
「「可哀相な人」、だね。君の言うとおりだ」
ぼやけた視界に、男の薄ら笑いが見える。
「おまけにこの車両には不幸なことに人がいない。まさに「不運」。でもそれはキミの「運命」であり、「必然」だったんじゃないかな?」
男の嘲り笑いが聞こえる。
「まぁ、言葉遊びも大概にしようか。俺のくだらない暇つぶしに付き合ってくれてありがとう。楽しかったよ」
男は座席から立ち上がって、俺を見下ろした。
「な、ンで・・・」
俺がやっとのことでその単語だけしぼり出せた。
男は笑った。

「さぁ?それもまた運命、じゃないの?運命など不条理なものだよ」
そういい残して、男は別の車両に移動していった。


そのあとの俺の「運命」も何もかも、すべて途切れてしまった。
2003-10-19 20:10:53公開 / 作者:仙道
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■作者からのメッセージ
不条理な話です。
大した意味もなく、また不明快な話でした。
私は変な話を書くのが好きなようです。お恥ずかしい限りです。
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