『俺と眼鏡【読みきり】』作者:影舞踊 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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原稿用紙約8.23枚




 入ってくる風は冷たくて、出て行く風は温かい。
 ぬくもりの中で生まれた俺の小さな小さな物語。









 俺が中学校の時、好きな子がいた。純粋で、可愛くて、そっけない振りをするけど、根は真面目で。目が悪かった俺は、眼鏡をかけて彼女を見たかった。でもそうすることで彼女に嫌われるような気がして。今考えると、そんなことで人を嫌うような子じゃなかったと思う。ただ俺が弱かっただけなんだ。

 コンタクトレンズ、俺は眼鏡をつけなくても彼女を見る方法を知っていた。でも俺はそれを持っていなかった。小遣いの少なかった俺にはそれを買ったとしてもすぐに尽きてしまうことがわかっていたし、親にも頼めなかった。俺の家はそんなに裕福じゃなくて、兄弟もいっぱいいた。最近の家庭には珍しい子沢山の家族だ。その兄弟のほとんど全員が目が悪く、うちの親は俺達全員に眼鏡を買ってくれていた。だから、「眼鏡があるんだから、なんでコンタクトなんて欲しいのよ」と言われるのがわかっていたし、そんなことで、頑張って働いている両親を困らせたくなかった。
 別に眼鏡がなくても彼女をぼやっと見ることは出来たし、教室の席も前の方だったので眼鏡をかける必要はなかった。俺は家でだけ眼鏡をかけていた。

 当時の俺にはシャイって言葉がよく似合った。男同士で喋る時は毒舌にものを言わしてガンガン笑いを取っていた。しかし一度女子の前に出ると寡黙な青年。ただ恥ずかしかったのである。相手のことをまっすぐ見て話せないことが多々あった。小学校時代から知り合いの女とは別に何のわだかまりもなく話せたのだが、中学校に入ってから出会った女子とはほとんど口を利いたことがなかった。もちろんそれが好きな子相手だったら言うまでもない。どうしようか、と俺の視線はいろんなところへ飛んで、結局はもじもじと手を見つめるという点で落ち着く。
 彼女が好きだった。初恋というわけじゃなかった。でもそれに近いものがあった。入学式の終わった後、同じクラスの隣の席。大きな俺の体とは対照的に、ちょこんと座った彼女の横顔。一目惚れだった。

 日が経つごとにどんどん彼女のことが好きになっていった。日増しに強くなるこの思いが彼女はおろか、周りにこぼれていないか不安だった。彼女は俺の隣であり、自然と話す機会も増える。その時の俺の対応を見ていれば誰だって気づくかもしれない。でも俺はばれてないと思ってた。現にあの時まで俺は誰にもそんなことを言われなかったから。

 俺のもう片方の隣の席。小学校からの知り合いの女。彼女に比べたら月とすっぽんで、口も悪かった。まあ俺も同じぐらい知り合いの女には適当な扱いをしていたからなんとも言えないのだが。そいつは何でもかんでも俺に突っかかってきて、とりあえず口をはさんできた。ある日の授業での班会議(俺と彼女は隣なのだが同じ班ではない)、俺はそいつに言われた。
「あんたあの子のこと好きなんでしょ?」
 慌てて消しゴムを床に落とす。それを拾おうとして彼女の手とぶつかる。どうしようもなく焦った俺は「あ、あ…」と意味不明な言葉を発し、取ってくれた消しゴムを受け取りお礼を言った。そして、席に戻った俺はそいつに今のことも指摘される。
「は?何言っとん?そんなわけないし」
「ふん、もうええわ」
 よくわからなかったがそいつはそう言ってその話を切り上げた。しどろもどろで答えた俺の姿が哀れだったのか。その時は何も考えず、俺はほっと胸を撫で下ろした。

 2学期、俺と彼女は同じ委員になった。初めての委員会の時、嬉しい反面恥ずかしくて、俺はどうしようもなく舞い上がっていた。もちろん他のクラスや、上の学年、しいては受け持ちの先生もいるのだが、俺にとっては初デートのような気持ちだった。何を話そう。服装は少し乱れてた方がいいかな。やっぱりしっかりしてるほうがいいか。などと訳のわからないことを考えながら委員会のある教室に向かう。頭の中は白紙状態で、どんどん心臓の音だけが大きくなってくる。

 何を話したのかは覚えていない。話の流れでそうなっただけ。
 でも仲良くなれた。
 でも、
 嫌われた。
「もぅ、あんたなんか嫌いよ」
 彼女は笑いながら言った。
「…もともと嫌いだけど」
 小さく付け加えるように放たれたその言葉は、当時の俺の心臓を止めるのに十分だった。さっきまでドキドキしていた俺の心臓は鎖で縛られたように重くなり、頭の中は何かが燃え尽きた黒い灰が積もった。

 冷静に考えてみれば照れ隠しに言ったであろうその言葉。俺はそのまま受け止めて、そのまま潰された。それからは、俺と彼女を引き合わせる何かがきれたように席も離れ離れ、委員会も別々、次第に俺は自分の気持ちを失っていった。

――あんなに熱かった気持ち

 吐く息はどんどん白くなり、速すぎる冬の到来を表していた。吸い込んだ息は冷たくて、体の心まで冷やしてくれた。何かが流れようとするのを固めるように、俺は冷たい空気を吸い込んで温かい息を吐き出した。ぬくもりは欲しかったけど、どこかでそれを拒む自分がいた。

――あと少し、もしかしたら、あと少しだけ…

 いつしか俺は学校で眼鏡をかけるようになった。席替えで後ろの席になったからだ。
―それ以外に理由なんてない
 初めの時はどいつもこいつも俺の周りで「イメチェンか」とおちょくってきたが、どいつもこいつもそんな俺の変化には気づかなかった。眼鏡をかけ始めると何もかもがよく見えた。先生の書いた意外に汚い文字。時計の指す時間。黒板の汚れ。机の汚れ。遠くで笑う彼女の顔。自分の隣の女の顔。
 俺に「あの子のこと好きでしょ?」と言って以来、そいつとは久しぶりに隣同士になった。むかつく声と、むかつく態度。久しぶりに話すそいつはなぜかわからないがうきうきしていて、俺は少しいらっとした。

 もう完璧に望みは捨てていた。捨てていたはずなのに、俺は彼女の笑顔を見てしまった。こんなに間近で。
「付き合って欲しいの」
 自然と笑みがこぼれる。少しずり落ちた眼鏡を直しながら俺は頭を掻いた。
「好きでした」
 口をつく言葉。彼女は笑う。俺の求めた彼女の笑顔。この笑顔で俺は…
「じゃあ―」
「ごめん、もう…」
 冬の空に夕焼け雲がたたずんで俺達を見下ろす。



 俺の隣には彼女じゃなくてむかつくこいつ。しかも告白したのは俺の方。なんでなんだろう。
「昨日あの子に告白されたんだぜ。お前がいなけりゃ俺はあの子と」
「張り倒すわよ」
 脇腹へのボディーブロー、あまりの痛さに本気で殴ってやろうかと思う。俺の眼鏡を奪うように取り、自分にかける。こいつはなぜか俺が家で眼鏡をかけているのを知っていた。
「なんで隠してたの?」
「何でって。恥ずかしかったにきまっとるがな」
 ふ〜んと鼻を鳴らす。
「眼鏡似合わんぞ」
「あんたもな」
 再び脇腹へのボディーブローと怒りのこもった笑顔。昨日のあの子とは偉い違い。いつかこんなやつと付き合ってるのがばれたら、想像しただけで俺は身震いした。いい訳考えといたほうがいいかも。

 どうしても誰かを好きになってしまう。そんな時は自分の思うままに行動できたらきっとうまくいく。でもそれが出来ないのが、俺らぐらいの中途半端な大人。妙にかっこつけたり、妙に張り切ったり、精神安定剤飲めよぐらいの勢いで生活を送る俺達。自分達のちっぽけさを知りながらも、自分達は偉大だと思ってる俺達。動いて動いて俺達は自分達の存在をアピールする。中途半端な存在は、そうすることで濃くなっていくと信じて。





 そうだ。もしも関係を聞かれたらこう答えよう。

―俺とこいつの関係?
―う〜ん
―………
―俺と眼鏡の関係かな(笑)



2005-01-23 02:33:48公開 / 作者:影舞踊
■この作品の著作権は影舞踊さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
懲りずに恋愛モドキをまた書きました(汗
締めたつもりの最後もちょい微妙な感じで(笑
暇つぶし程度に読んでくださればw
パスワードがおかしくなって更新が出来なくなっちゃったみたいですね(紅堂様頑張って!(テストも
感想・批評等頂ければ幸いです。
この作品に対する感想 - 昇順
(笑)かよ。思わずツッコミ。はい、読みました。では、感想を。ちょっと中盤説明不足のような気がしました。しかし、それはそれで味がある、とおもったんですが、個人的にはもう少しだけ話に厚みが欲しかったですね。しかし、まぁ、それが意図だったのかもしれません。プロローグで言っていますしね。小さな小さな物語、と。 自分もめがねなので主人公の気は結構わかるような。ああー、青っぽいな、とほろり。近頃の私は気にせずめがねをかける。慣れか、と溜息。では、これぐらいでおさらばしましょう。これからの作品楽しみに待っております。
2005-01-23 03:18:28【☆☆☆☆☆】うしゃ
本当は眼鏡を掛けなければいけないくらいの視力ながら、意地で裸眼を通している卍丸です(笑 読ませていただきました。なかなか自分の思うとおりにいかないところが、恋愛の辛さであり楽しさでもあるのかもしれません(ぉ 文章の読み易さ、最後の締めは相変わらずお見事だったのですが、主人公が意中の彼女からまさかの告白を受けたシーン、その次の、実際に付き合い始めた隣の席の子とのシーン、ここの流れが少し解り難かったです。全体に漂うほのかな雰囲気はとても好きでした。今後の作品も楽しみにお待ちしておりますのでっ。
2005-01-23 09:59:23【☆☆☆☆☆】卍丸
拝読致しました。文頭から惹きつけられる文章と、オチはやはり私の好みであります。ただ、今作は皆様も仰られるように少し中盤が解り難かったかと。そこが解れば締めもさらに面白いものに見えたかと思います。次回作も頑張ってください。
2005-01-23 14:43:37【☆☆☆☆☆】昼夜
終わり方も凄く良かったです!! でも、もう少し、流れが悪いような気がしちゃいました。でも、面白いし、キャラの感じも出てたので、良かったと思います!!次回も楽しみにしてます!!
2005-01-23 15:56:40【☆☆☆☆☆】ニラ
読ませていただきました。やっぱりあれですわ、影舞踊さんのショートに滅法弱いなあ、自分(笑 面白かったです。ただ、面白かったのですが、卍丸さんが仰られているように中盤から後半に辿り着くまでのシーンが少し解り難く首を傾げてしまいました。その辺りがもうちょこっと解り易かったら問題はナシだったのに、と思うのが悲しいところでしょうか。しかし、影舞踊さんの次回作をまた楽しみにお待ちしたいと思います。
2005-01-23 16:19:28【☆☆☆☆☆】神夜
読ませていただきました。ちょっとわかりにくかった部分があったような気がします。だけどメガネのことなど個人的にうなずいてしまうところが多々ありました。次回作も頑張ってください!
2005-01-23 19:59:31【☆☆☆☆☆】流浪人
めちゃめちゃよかったです。二人の女の子の落ちも私のツボでした。私の中学の時の彼もそんなこと言ってました。「お前に告られてなきゃあの子と今付き合ってたのに」とか。わき腹なんていわず『みぞおちキック』でしたけど笑
仲良くなれた。でも、嫌われた。ここの部分、激しく理解できる自分がいます笑
2005-01-23 20:55:46【★★★★☆】笑子
よませていただきました。全体的な話の内容は好きです。ただ一つ気になったところがあるとすれば、最終的に主人公はどっちの女の子の方を一番好きなのかという点でした。
主人公の気持ちがよく伝わってきて、感情移入しやすかったです。次回作もがんばってください。
2005-01-23 20:55:55【☆☆☆☆☆】走る耳
なんかほのぼのとしていていいなあと(笑 表現がとても分かりやすくていいですね。しかも独特ですし。個人的に「精神安定剤飲めよぐらいの勢いで生活を送る俺達」とボディーブローが好きでした。
2005-01-23 20:56:23【☆☆☆☆☆】霜
うしゃ様、卍丸様、昼夜様、ニラ様、神夜様、流浪人様、煮詰っていない作品へのご助言ありがとうございます。皆様のおっしゃるとおり中盤から終盤へかけての展開が急だったと反省しております。(原因はバテて…(ハ? 皆さんの作品が早く読みたいなぁと思いつつ、登竜門の大変な状況に慌てております(アワワ; コメントありがとうございます(次回書くときはもっと推敲しろっ!て話w
2005-01-23 21:02:56【☆☆☆☆☆】影舞踊
あわわ、行き違い(汗  笑子様、走る耳様、霜様、コメントどうもです。ちょこっと説明。最終的にこの主人公はむかつく方を選んだっちゅうことです。「似合わんな」という科白は冗談と言うか、気持ちと嘘っぱちの言葉です(笑 まぁ作品の中で説明しきれていない自分の文章力に苦笑w感想ありがとうございます。
2005-01-23 21:11:23【☆☆☆☆☆】影舞踊
一足遅れで読ませていただきました。眼鏡をかけ始めた時って、妙に恥ずかしいものなんですよね。と、昔を思い出してみたり。全体的には良い感じだったものの、「付き合って欲しいの」という台詞が唐突に思えました。そこがきちんと書かれていたら、しっくりきていたのですけれど。それでは、次回作も楽しみにしています。
2005-01-23 21:21:39【☆☆☆☆☆】夜行地球
私も可愛い方の彼女の二度の会話が、やや説明不足に感じました。あそこが自然に流れていたら、可愛くない方の彼女との絡みなど、さらに生きてきたように思います。しかし全体の構想・構造は良くまとまって、「うんうん、わかるぞ、その気持ち」などと、しみじみうなずいたりほほ笑んだりしてしまいました。
2005-01-24 03:01:41【☆☆☆☆☆】バニラダヌキ
計:4点
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