『思い出に刻まれて【読みきり】』作者:影舞踊 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
全角3970文字
容量7940 bytes
原稿用紙約9.93枚



 辛い気持ちを吐き出さないと、そこに残るは悔しさ、後悔。
 それでも人はそうせずにはいられずに。
 別れの道と進む道。
 綺麗なままではいられずに、全てを包む優しさを。



 ☆   ☆



 小さい頃僕にはとっても大切な友達がいた。彼女の名前は唯。
 幼さゆえのことかもしれない。僕は彼女といつまでもいられると思った。彼女も「大きくなったら結婚しようね」、なんて言ってくれて。よく考えるとそれは全部僕の空耳だったのかもしれない。

「子供が生まれたらどんな名前にする?」

 小さい頃僕が友達と話してた話題の一つ。その頃の僕は唯のことはもう忘れてた。といっても知らなかったと言った方が正しいのかもしれない。僕が初めて唯と会ったのは1歳の時らしい。それで3,4歳まで僕と唯は一緒に遊んでいたそうだ。かくれんぼ、積み木、ままごと。どれもこれも楽しかった気がする。
 当時6年生だった僕はそんな昔のことを覚えているはずもなく、友達と力いっぱい遊んでいた。1学期の中頃だったと思う。転校生がやってきた。昔このあたりに住んでいて、引っ越して行ったのだが、また戻ってきたという簡単な紹介の後、名前を言った少女。順番が逆じゃないかとか、髪の毛が茶色いぞとかそんなことはどうでもよかった。名前を聞いた瞬間、なんでかはわからないけど心臓が飛び出そうだった。
「崎本 唯(さきもと ゆい)です。仲良くしてください」
 なんでかわからないとか、暑かったとかは後で友達に言った嘘。「お前顔赤いぞ」なんて言われたもんだから、当時小学6年生のシャイな僕にはそういう嘘を言ってごまかすしかなかった。全部わかっていた。名前を聞いた瞬間に、全て思い出した。緊張した声の調子、赤くなった耳、俯きかげんの小さな顔。それら一つ一つのパーツが僕の心の中にあった押入れから唯という少女を引き出した。
 唯はクラスにすぐに馴染んで、誰とでも話す子だった。活発で明るくて、何より可愛かった。体育の時間、男女一緒にやるドッジボールで唯と一緒のチームになった時、僕は必死にでもさりげなく唯の前に立つようにした。小学生同士の間の色恋沙汰はすぐに広まる。誰が誰を好きだとか、誰と誰が付き合ってるとかなんて隠すのは不可能に近い。それでも当の本人達はその事が全くばれてないかのように振舞って、大分立ってからその事に赤面する。
 僕と唯の関係もそんな感じになりつつあった。僕が唯を好きで、告白したとかまだしてないとか、ありもしない噂がとびかう。確かに当時の僕は唯が好きで、でもそれを頑なに否定し誰にも言ってなかった。それでも唯のことが好きだった僕はよく一緒に遊んだ。小学生で男女一緒に遊んでいれば、それはもう完璧に付き合っているという証明である。もちろんそんなことを承知済みの僕は自分から誘うなんてことはしなかった。あくまで唯達が休み時間に誘ってくれるのをしょうがないという振りでごまかせたと思っていた。それに唯と二人で遊ぶならともかく、他の女子も一緒にいたので大丈夫だろうと言う自信があった。
 唯達と遊ぶのは本当に楽しかった。別にたいした遊びはしなかったけど、彼女らと一緒にいることで自分がうきうきしているのがわかる。常にドキドキした気分を味わうのが楽しかった。唯の前ではかっこいいところをと、僕はいつも張り切って無茶なことをした。高い上り棒をダダダッとかけ上がったり、鉄棒で片足ぶら下がりの一回転なんてのもした。でもある時、失敗をした。地面から50センチほどの高さにある細長い棒が平行に並んでいる場所、僕はその上に立って細い棒の間を行ったりきたりした。唯達が「危ないよ」と言うのもとても心地よかった。「僕は男の子なんだ、唯よりもずっとずっとすごいところを見せてやるぞ」そんなことを思いながら行ったりきたり。笑って唯の方を見るとひどく心配そうな顔をしてこちらを見ていた。それがとても可愛くて、僕はまた行ったりきたり。
ガンッ
 調子に乗りすぎた。足を滑らせた僕はそのまま棒の上へまっさかさま。細い棒が僕のみぞおちを強打。痛さで涙がこらえられず、ついでに息も出来なかった。「コッホ…カッハッ…」となんとも奇妙な声を出して泣く僕。
「大丈夫?」
 唯が僕の側でものすごく心配そうな顔をする。僕は泣いている顔を見られたくないと思って顔を背ける。他の女子も「大丈夫?」と気を遣ってくれる。
「いき…が…出来…へん」
 何とか絞り出した声。もっとかっこいい事を言いたかった。「大丈夫」とか「心配ない」とか。でも体は正直で、自分の命が心配やと脳に命令を出す。僕の理性は本能には勝てなくて、結果的に唯達にかっこ悪いところを見せてしまった。その後心配そうに僕に付き添ってくれた唯。僕は「ヒィーヒィー」と言う変な声を出しながら、呼吸を整えた。今考えてもどうして唯がこの時僕のことを嫌いにならなかったのかわからない。
 僕はそれ以来唯達の誘いを断るようになった。他の友達にいろいろ言われ始めてたのもあるけど、あんな格好悪いところを見られて堂々と出来るほど当時の僕は出来た人間じゃなかった。それでもやっぱり僕が唯を好きな事は変わらず、その事が徐々にみんなに広がり始める。

 ある日の放課後いきなりこの話題が出た。
「お前崎本のこと好きやろ?」
 唐突に言われたその言葉に僕はしどろもどろで、何とか「違うわ」とだけ言い返す。
「隠さんでもええって、崎本もお前のこと好きやってよ。この両思い〜」
 「うっさいわ」とだけ言い、先に帰ってやると走り出そうとした途端ランドセルを掴まれる。
「ええから、ええから。東も協力してくれてんねんで。」
「は?」
 東とは僕が唯達に誘われて遊んでいた時の女子の一人。その東が教室に一人唯を残してセッティングしてくれているらしい。僕は沸騰する頭のまま、友達の守口に腕をつかまれ教室へと連れて行かれる。夕日が差し込み、窓から入る赤い光だけが教室の灯りだった。
 唯は教卓に立っていた。先生のように教室を眺めている。僕が「嫌や」と頑なに踏ん張っているところへ東がやってきて僕の背中をめいっぱい押した。グイッという衝撃とともに教室に飛び出る僕。そこには誰もいなくて、いるのは茶髪で、とても若くて、小さくて、可愛い先生が一人。突然入ってきた僕に特に驚いた風もなくニコッと笑う唯。嬉しかった。おそらく唯も僕と同じような手段でここにいるのだろう。そして僕が言われたようなことを東に言われたのだろう。
 そう考えると無性に恥ずかしくて、まっすぐ唯のことを見れなかった。
「こっち、来て」
 唯からのお誘い。そういえば遊びのお誘いを断るようになってからこの言葉を聞くのも久しぶりな感じがする。僕は言われるままに教卓と黒板の間に立った。黒板には誰が書いたかよくわかる字で相合傘が書かれていた。傘の下には僕と唯。
「よかった。今日は来てくれたね」
「…うん」
 後ろで誰かが見ている気配がする。こんなところを誰かに見られたらと思うと気が気じゃない。まっすぐ唯を見れない僕は何かしなきゃと思って黒板消しを握る。
「ったく誰やねんなぁ?こんなん書きやがって」
 ハハハと笑いながらそれを消そうとするのを唯が止める。
「もうちょっと、おいとこ…帰るまで」
 頭が爆発しそうだった。僕は何も言わず黒板消しを元に戻す。それから特に何か喋ることもなく、ただ二人の空間を楽しんだ。実を言えば、僕はその時頭が真っ白で、自分が今どうすればいいのか、今何時なのかさえわからないほどパニくっていた。夕日が落ちて教室に明かりがなくなる。ずっともじもじしている僕と唯を止めたのは東と守口だった。僕と唯は急いで黒板消しを取り相合傘を消す。事情を知らない守口が何かと顔を覗かせるがそこには何もなかった。

 その日以来僕と唯の噂は消えていった。あると困るのだが、消えていくとなんだか少し寂しかった。小学校6年生の冬。3学期が終わって卒業式、このままだと思っていたものが変わる。卒業式、唯は泣いていた。でも僕にとって重要だったのは唯の服装。僕の進学する中学校の制服とは違うものだった。別に付き合っていたわけでもなく、好きだと告白していたわけでもない。
 ただ、唯は僕と違う学校へ行った。
 何にも言葉を交さずに、僕らは別々の道を行った。辛かったけど、口には出さなかった。出したら冷やかされるのが目に見えていたし、唯にそれを言うのが怖かった。



 ☆   ☆



「子供が生まれたらどんな名前にする?」
「う〜ん、まかせる」
 おなかを膨らませた女性が僕の方を見上げる。適当に答えた僕に彼女の鉄拳が飛んでくる。
「真面目に考えてくんないと」
 もぅと頬を膨らませる彼女。茶色い髪がいくぶん彼女を若く見せる(実際若いのだが)。
「こっち、来て」
 そう言われて僕がすごすごと彼女に近寄ると彼女は優しく僕にキスをした。
「全優ってのどうや?男でも女でも」
「女の子に全優〜?ダメ、あんまり可愛くない」
「ほんじゃ女やったら、包優(ほゆ)でどや?」
「う〜ん、考えとく」
「何やねん、それ」
 プロポーズの言葉からとった名前。彼女の名前同様、僕にとってはとても意味のある言葉だ。


―優しい気持ちは消えへん思う。どんなことがあっても全部僕が包み込んだるさかい…結婚しよう。


―僕にとっての唯という名前のように、誰かにとって何度も何度も思い出せる名前をつけてあげたい
2005-01-17 01:31:06公開 / 作者:影舞踊
■この作品の著作権は影舞踊さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
うわ〜微妙な仕上がりですねぇ(笑
(もしいたらですけど)期待していらっしゃた皆様申し訳ないです(ハハハ(汗
今回はちょっとだけ長めなのかなぁ?恋愛物を書いてみました。特に伝わるものもないですね(笑
まぁいうなれば「名前って大事よ」みたいなwやっぱり恋愛物向いてないです(確信
基本的にまとまってない気がしてしょうがないですが(締めもビミョー)、いかがでしたか?(>_<;
感想・批評等頂ければ幸いです。
読んでくれた人お疲れ様です。
この作品に対する感想 - 昇順
小学生って馬鹿だからなぁ(過去を振り返る)。小学生の頃、色気づきもせず、ほんとにばかだった私と違い、なんだか青春ですね。流れるように読めて、気持ちがよかったです。私は基本的に恋愛物を読むのは苦手なのです(その登場人物に感情移入すると苦しくなるから、しかし、嫌いではない)が、これは全然大丈夫。むしろ、楽しかったです。子供の頃を思い出せない今日この頃ですが、これを読んだとき少しだけ思い出しました。では、これからの執筆頑張ってください。 こういう主人公は結構好きです。
2005-01-17 04:01:32【☆☆☆☆☆】うしゃ
私には、似たような幼馴染がいますが・・・。大人になって、恋愛に発展してません。ハハハハハ。でも、幼馴染での結婚って、ありえますよ!素敵な作品でした。心が温かくなりました。私は、影舞踊さんの恋愛作品、もっと読んでみたいです。戦闘がらみとか、他のシチュエーションが入ってくる恋愛作品とか、特に読んでみたいです。次回作、期待しています。
2005-01-17 07:00:49【★★★★☆】liz
そう、小学生ってアホやったな……(うしゃさんに共感。何か関西弁にものすごい己の過去を思い出したあたしです。『なあなあ、おまえ○○のこと好きやろ!!』といわれて、『好きやでぇ!!』と臆面もなく答えていた珍しい小学生でしたね(笑。何か、そんな感じで小学生時代をなつかしく思い返せた良い作品でした☆次回作も楽しみにしてますねっ♪
2005-01-17 09:05:40【☆☆☆☆☆】ゅぇ
むっ、むう……やはり自分は影舞踏さんのショートに滅法弱いのですが、個人的な要望で物を言ってしまうと、ラスト部分がちょこっと微妙だったかな、と。いや、そこがいちばん重要だぞテメえ、と言われればそれまでなのですが(苦笑) それまでなら間違いなく「良い」だったのですが、ラストで少し読んだ印象が低くなってしまった、というのが本音の感想です。実に惜しいっ!!、と拳を握りながらわなわなと震えています。 いやしかし、影舞踏さんのショートはやっぱり良いですわ、次回作をまた楽しみにお待ちしております。 ……本編とは全く持って関係ないのですが、このショートのヒロインの名前……やべえ(滝汗;(たぶん水曜日くらいにその真相が公になります(笑
2005-01-17 16:53:53【☆☆☆☆☆】神夜
読ませていただきました。今回も淡く切ない恋愛物でしたね。小学生時代のほんわかとした恋愛模様は、何ともノスタルジックな気分に浸らせていただく事が出来ました。誰しもこの主人公と近いような経験、ありますよね。思わず自分の小学生時代を思い出してみたり(汗 ラストでの、大人になって一児の父となる主人公への視点の切り替え、こういった構成も上手いと思いました。あくまで個人的な意見ながら、ラストが若干淡々とし過ぎていたかなと言った印象も受けましたが、ストーリー自体は良くまとまっていたと思います。影舞踊さんの恋愛物ショート、やはりイイですね! 次回作にも期待しておりますのでっ。
2005-01-17 19:34:21【☆☆☆☆☆】卍丸
なんかいいですねえ。最後の決め台詞がまた良いです。関西弁も(笑 関西弁使える人って個人的に尊敬です。標準語も使えてなおさら関西弁という特殊なものも使えるってうらやましいです。なんか微妙な感想ですが(汗 描写がとっても綺麗でしたね。流れるようにスラスラと読めました。短編ということなので、新しい作品を書くの頑張ってください。
2005-01-17 20:34:44【★★★★☆】霜
ノスタルジックな感じが出ていて良かったんですけど、締めが急な気がしました。ラストの前にちょっとした1シーンでもあればスッキリしたかも。でも、途中までは本当に良い感じでした。次回作にも期待しています。
2005-01-17 21:12:53【☆☆☆☆☆】夜行地球
みなさん感想ありがとうございます。 
>うしゃ様 子供の頃の記憶はいいですよ。思い出しにくいですけど、常に綺麗で、楽しいもんです。この作品を読んで少し思い出せていただけたのなら幸いです。
>liz様 こういう幼馴染がおりますか?あぁなんかいい感じ(何が? 恋愛作品かぁ、影舞踊の作品を読んでみたいと言っていただけるのは嬉しいですね。今度気合入れて書いてみようかなぁw 
>ゅぇ様 影舞踊の作品によく関西弁が入るのは、影舞踊が関西人だからです(笑 小学生時代を懐かしんでいただけたのなら、それ以上は望みませんw
>神夜様 率直なお言葉ありがとうございます。はっきり言って今作では途中の回想ばっかりイメージで浮かんで、締めが甘かったんです(申し訳ない どんな終わり方がいいのかも悩みましたが、もうわかんねぇって感じでさじを投げました(コラ 関係のない話にもちょっと。もしかしてあの作品にこのショートのヒロインの名が(笑 たぶん全然影響ないと思いますよ(爆 かぶってたんですねぇ、すいません(ペコペコ
>卍丸様 今回の締めの甘さは身をもって感じております。それを指摘されて、ちょい嬉しい(ハ? 基本的に懐かしさを感じる作品を目指したので、その意味では成功かなと、ハハハ(黙れ 次回作はオチにも流れにも頑張ってみたいなぁ。
>霜様 前回の作品と違って、純粋に文章として書いてみたのですが、心の中で読みにくいかもとか思ってました。でも読みやすかったとのお言葉、ありがとうございます。関西弁は本場ですからねぇ(笑 でもたまに地の文にそれが出てしまう時があるので、注意が必要かも(笑
>夜行地球様 もっともです。半ば強引に終わらせた感はありますね。とりあえずこの後のことは想像してもらおうかななんて(アホか 書きたかったのが回想シーンですからねぇ。オチが締まらなかったのも原因で。貴重なご意見ありがとうございます。 
感想・ご指摘タメになります。自分の至らないところが見えてきて、励みにもなります。皆様読んでくれてどうもです。
2005-01-17 21:33:30【☆☆☆☆☆】影舞踊
影舞踊様の作品は、叙述力の部分で、回を増すごとに説得力も増してきている感じです。小学校時代のほのかな(けっこうマジでもあったわけですが)恋愛感情など、ありありと思い出される描写でした。ラストは話の流れから見れば、意外なハッピーエンドなわけですが、他の皆様もおっしゃっているように、ちょっと淡々と描かれすぎたように思います。
2005-01-18 00:18:48【☆☆☆☆☆】バニラダヌキ
今回もまた強烈にビンビン来ましたね〜(って何にだよw)幼い頃ってビシバシ言えたのに大人に近づいていくとそんな事が言えなくる。って感じで寂しく感じました。あぁ〜昔に戻りたい!受験もないし時間もたっぷりあるし!wまた心に響くようなショート楽しみにしてます。
2005-01-18 01:36:33【☆☆☆☆☆】朱色
うぅ……私にはこのキラキラした初々しさがまぶしすぎる……><小さいころから好きな人と結婚までできるなんて、私にはもうファンタジーですね笑私の初恋の人、生きてんのかな、今・・・。中学で別れた二人がまたどこで再会したのか激しく気になった笑子でした・・・。
2005-01-18 10:34:43【★★★★☆】笑子
>バニラダヌキ様 手抜きのオチの部分、コラーと叱って下さい(笑 小学生時代を思い出して頂けて、叙述力が上がっているとのお褒めのお言葉も頂き、影舞踊はホクホクですw
>朱色様 子供時代の懐かしさがテーマの今回でして、というか自分の作品はいつもそんな感じ(笑 心に響いたとのお言葉感激です(エッ言ってない?
>笑子様 ファンタジーですか。確かに作り物のお話ですからね。う〜ん、でも回想シーンは結構真実味あったり(は? 中学生からの彼らのその後、書いてませんね(書けよ 書いたら、長くなりそうですからね。
皆様ありがたいお言葉嬉しい限りです。ではでは、次回もよろしくです。
2005-01-18 14:55:37【☆☆☆☆☆】影舞踊
計:12点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。