『12月26日0時2分』作者: / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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原稿用紙約10.48枚
「ジングルベール、ジングルベール、ランタンタン、タタン……」
「なんだそりゃ」
「歌詞覚えてないんだもん」
「すーずーがー鳴るー、だろ」
龍は呆れたように笑った。白い息が町のイルミネーションをかすませる。マフラーに顔を鼻までうずめてぶるっと身震いをする。寒い。あたしは冬が好きだ。でも、寒いのは嫌い。
「うー、寒ぃ」
龍もあたしと同じようなスタイル。コートのポケットに手を突っ込んで体を縮めている。おそろいみたいでなんだかうれしくて、ぴょんとジャンプする。ブーツのかかとがコトッと音を立てる。着地するときに冷気が下からさあっと頬を撫でる。その冷たさに思わず体を縮める。
「うー、冷たー」
「なにやってんの?」
「えへへぇ」
「なんだよ」
「何でもなぁい」
「変なヤツ」
こういう一瞬が好き。あ、おそろいだ、うれしいな、ジャンプ、みたいな。はぁと。なんちって。
「どっか座ろうぜ。足疲れた」
「えー、なさけない」
「一体何時間待ちぶらぶらしたと思ってんだよ。朝の9時からだぜ?もう10時だし」
「でも、あたしは疲れてないよ」
「綾と一緒にすんな」
なんだかちょっと悲しい。あたしは龍といるだけで心が弾んじゃって、それと一緒に体も弾んじゃって、ちっとも疲れてない。龍はそうじゃないんだ。
「…綾?おーい、綾」
「へっ?あ、ごめん、何?」
「喫茶店かなんか入ろうぜ。寒ぃ」
龍はポケットに突っ込んでいた手を出してあたしの手を握った。少し前を歩いて、あたしを誘導する。あたしはぱっと立ち止まった。龍が不思議そうにあたしを見る。
「どうした?」
「ううん、ごめん、ちょっと待って」
あたしは急いで手袋をはずした。そして、またいそいそと龍の手を握る。龍はさらに不可解、という表情をしている。ま、当たり前だけど。
「…なにそれ?」
「何でもなぁい。ほら、早く行こうよ」
龍はしばらくあたしを見ていたが、やがて少し首をかしげて前に向き直った。あたしは急にご機嫌で、スキップしたくなるのをがんばって抑えた。あたしは龍の手が大好き。骨ばってて、大きな手。すごく安心する。
人ごみの中をあたしたちは冷たくなった手を握り合って歩いた。クリスマスの商店街はカップルであふれてる。人の波の中はなんだか、すっぱいにおいがする。この中でたとえはぐれても、きっとあたしは龍を見つけ出すだろう。彼に引かれていく。磁石のNとSみたいな関係。
5分ぐらい歩くと、商店街の広場のような場所に出た。人ごみの中から出ると急に寒くなって、あたしたちは同時に肩をすくめた。が、あたしの目はあるものに釘付けになっていた。
大きなクリスマスツリー。きらきら光る飾りがいっぱいしてあって、暗い街に明かりを放っている。あたしは龍の手をぐっと引っ張った。
「何?」
「ねっ、龍、あそこ座ろう」
「へつ?」
「あのツリーのした!!」
龍はいったんツリーに目を移して、ちょっと顔をしかめた。
「あそこじゃ寒いじゃん」
「我慢だ、我慢」
「別にあそこじゃなくたってさー」
「何言ってんの!!今日はクリスマスでしょ、もう明日にはツリー片付けちゃうんだよ?そしたら来年まで見れないじゃん!!」
「まーそうだけどさー……」
「やだぁ、あそこじゃなきゃ嫌!!」
ただをこねだしたあたしを見て、龍は小さくため息をついた。
「…了解、お姫様」
「やたっ」
あたしは龍の手を引いて走り出した。龍がわっと声を上げたのが聞こえた。ツリーの根元には囲いのようなものが会って、あたしはそこに腰掛けた。少しおくれて龍もそこに座る。真っ白い二人の息が重なる。二人で顔を見合わせて、なんとなく笑った。
「ね、クリスマスってさ、キリストの誕生日なんだよね?」
「うん」
「どんな人だったのかな」
「さあなぁ。すごい人だったみたいだけど」
あ、と龍がつぶやいた。
「そういえば、キリストは馬小屋で生まれたらしいぜ」
「えー、ほんと!?」
「ああ。よく覚えてないけど」
「ふーん…っくしゅん」
小さくくしゃみをしたあたしの肩を龍が抱き寄せた。二人がぴったり寄り添う形になる。
「さむいね」
「今からでも喫茶店行くか?」
「ううん。ここがいい」
「そうか」
それからあたしたちは、なんとなく黙り込んだ。たまにこういう沈黙が訪れる。でも、別に嫌な沈黙じゃない。
龍の手が肩に触れている。彼の吐息を感じる。
こんな風にクリスマスを過ごしている人は、この世に何人いるんだろう。自分の好きな人が、自分のことを好きでいてくれることは、すごく幸せだと思う。オーバー、なんて思うかもしれないけど、それはホントのこと。もし龍を失ったら、あたしは泣くだろう。心が割れてしまいそうな位泣くと思う。それぐらい、彼の存在は大きいのだ。「綾」という人間をかたどっているピースの中で、龍は一番大きなピースかもしれない。
一際冷たい風が吹いて、ぞくっとする。隣で龍も同じように動いた。
「寒い」
「うん、寒ぃ」
「ね、コートの中入れて」
「へ?」
龍の返事を待たずに、あたしは彼のコートの片側をめくってもぐりこんだ。フリースのコートの中は龍の体温でほんのり暖かい。あたしは龍の胸に顔をうずめた。大好きな、龍のにおい。
「えへへぇ」
「なに笑ってんの?」
「あったかい」
「ん。ぬくい」
「ね、龍」
「ん?」
「あたしさ、あと2分早く生まれればキリストと同じ誕生日だったんだ」
「ああ、26日生まれだったな」
「うん」
あたしは腕時計をみた。もう11時半を過ぎている。
「そういえば、去年の綾の誕生日にケンカしたな」
「ああ、したね」
あたしはくすりと笑った。ほんの些細なこと。龍はあたしの誕生日を忘れていた。後でちゃんとくれたんだけど、あたしの機嫌はなかなか直らなかった。まだ付き合って半年ぐらいで、しかもあたしは、その前の彼にこっぴどく振られてた。人肌恋しくて、新しくできた恋人が愛しくて仕方なかった。それなのに裏切られたような気がして、悲しかったのだ。でも、今はそんなことない。肌で感じられる。龍があたしのことを思ってくれていることが。
「まだ付き合って1年とちょっとしかたってないんだね」
「ああ。もっとたった気がする」
「いろんなことしたね」
「うん、した」
「初めてデートしたとき、あたしお財布落としたっけ」
「そうそう。半日ぐらい探した」
「あれ見つかってよかったよー」
「夏祭りで、初めて手つないだ」
「覚えてる」
覚えてる、鮮明に。ふっと差し出された手。ぽかんとしてたら、龍は真っ赤になってうつむいてた。不器用にその手を握って、歩いた夏の日。恥ずかしくて、お互いに黙ってた。家に帰ってからも、龍の手の感触がずっと残ってた。
「俺、あれすんのすんげぇ勇気いったんだぜ」
「あはは、まっかっかだった」
「どういう風にすればいいのかわからなかったしさ。でもなんか、今やらなきゃだめだ、ってなんとなく思った」
「あ、あたしあれも覚えてる。観覧車の中で、初めてキスした」
「ああ、懐かしい。あれもかなり勇気いった」
「その前に飲んだココアの味がした」
「マジで?」
「うん」
なんか照れくさくてうつむくと、ふっと龍の腕時計が見えた。12月26日0時2分。あっと声を上げる。
「龍!!」
「どした?」
「今、あたしの誕生日だ!!19年の前の今、あたしちょうど生まれたんだ」
龍は腕時計に目を落とした。
「あれ、もう日付変わってんじゃん」
「ねっねっ、龍!!」
「わかったわかった、ハッピーバースデー」
ふっと、視界が何かにさえぎられ、唇に何かが当たった。それが龍の唇だと気付くのにちょっと時間がかかった。3秒ぐらいで龍は離れた。
すごくうれしくて、あたしはちょっと伸び上がって龍の冷え切った頬にキスした。ひんやりとした感触と、龍のにおいを感じた。
「えへへぇ」
「お前、その笑い方やめろよ」
「えー、だって、うれしいもん」
「…まあ、それなら良かったけど」
うつむいて照れてる、龍の横顔。うつむくと睫毛がかかって、少し陰のある顔になる。そういう表情が、好き。
龍はカバン中から紙袋を取り出し、あたしの目の前に突き出した。あたしがきょとんとしていると、りゅうはにやっと笑った。
「クリスマスと誕生日のプレゼント。今年はちゃんと覚えてたぜ」
「わあ、ホント!?ありがと!!」
紙袋をひったくるように龍から受け取り、早速開ける。中から細い銀のチェーンに十字架がついたペンダントが出てきた。
「やーん、かわいい!!」
「俺お前の趣味わかんないから適当に選んだんだけどさ。気に入った?」
「うん、めっちゃいい!!」
「そうか、よかったよかった」
ペンダントを袋に戻し、大切にバックにしまう。龍を失えば確かに悲しむだろう。でも、時がたつに連れていい思い出として胸に残る、そんな気がする。
「…さて、そろそろ帰るか」
「うん。うー、寒い」
「だから喫茶店行こうって言ったのに」
「えー、ここに方がロマンチックじゃん?」
「…まあいいや」
龍はあたしの手を握ってまた人ごみの中に入っていく。またすっぱいにおいがする。あたしはぎゅっと彼の手を握り締めた。あたしの心が、体が、龍が好きだと叫んでる。どんな人ごみにまぎれても、きっと見つけ出せるだろう。キリストも、誕生日には大好きな人と、こんな風にあったかく過ごしてたんだろう。そう思うとなんだか、キリストに愛着がわいてきて、天国のキリストに、お互いがんばろうぜぇ、と語りかけた。
「えへへぇ」
「また笑ってる。それやめろって」
「いいじゃん」
「ま、いいけどさ」
「ね、龍」
「何」
「大好き」
「そりゃどうも」
「えー、なにそれ、つめたーい!!」
「お前、唐突過ぎるんだよ」
龍はおかしそうに笑い、また前を向いて歩き出した。あたしはまたなんだかご機嫌になってきて、ぴょんと飛び跳ねた。


2004-12-26 00:49:51公開 / 作者:渚
■この作品の著作権は渚さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
こんばんわ。
何かクリスマスにまつわる話が書きたかったんですが・・・。あんまり関係ないですね;しかも短い;
今のあたしは、こんな風に一緒にすごす彼がほしいです。毎年クリスマスはロンリーなんで;;


意見、感想等お待ちしております。
この作品に対する感想 - 昇順
このタイトルの意味は何なのだろう? そう思いつつ読み始めました。相変わらず渚さんの描く女の子は可愛らしいですね。このようなストーリーだと設定をクリスマスイヴ、もしくはクリスマス当日に持ってきそうなものですが、敢えてクリスマスを一日過ぎた26日に持ってきたアイディアが面白いと思いました。ストーリー自体はごくありがちなカップルの姿を描いたものでしたが、主人公のピュアな心情描写が可愛らしく、なんだかほんわかとした気分に浸れました。一箇所、「街」が「待ち」になっておりますね。それはともかく、渚さんらしいクリスマスストーリーを楽しませていただく事が出来ました。次回作にも期待しております。
2004-12-26 09:55:16【★★★★☆】卍丸
拝読させていただきました。クリスマスと誕生日が似てる人って、プレゼント一緒にされちゃいそうですよね(笑 のほほんとした温かみのある作品でした。次回作も頑張って下さい。
2004-12-26 11:21:25【☆☆☆☆☆】影舞踊
初めまして。満月と申します。正直に言います…私、こういう話…大大大好きなんですよ〜☆何だか心がホワホワします!それに、綾の龍に対する心情の描写が綺麗に書けていていいなぁと思いました☆次回の作品も頑張ってください
2004-12-26 23:50:11【★★★★☆】満月
計:8点
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