『「父」』作者:柳城卓 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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 「父」

 ずっと、あなたの背中を見てきました。
 ずっと、あなたのそばにいました。
 
「棗くん、棗くん」
 その声ではっとした。ギシッと、俺の座っている椅子が音をたてた。
 振り返ると、そこには血のつながらない姉、麻紗子がいた。
 俺は、不意に俯く。
「夢でも見ていたの? …瑞希君が来てるわよ」
 俺は、コートかけにかかっているジャンバーを引っつかみ、思い切り引っ張った。コートかけが、少しぐらぐらとゆれた。
「ああ、わかった」
 そう一言言ってから、俺はジャンバーをはおり、ボタンを留める。パチ、パチとその音だけが部屋に響く。
「―あの…」
 麻紗子が口を開いた。
「もしかして、まだあのこと気にしてる?」
 パチ…。俺の動きが止まった。指が動かない。二人の間に沈黙が流れる。
「どうだって、いいだろ」
 ぶっきらぼうに、言った。
 俺は、ボタンを留め終えると、さっさと部屋を出た。気まずかった。
 麻紗子は、階段を下りる俺の姿を、ただじっとみているだけだった。
 階段のカーブ地点。玄関を見ると、玄関にちょっと長めの髪の、女顔の男がいる。俺の親友、瑞希だ。
「棗!」
 ひらひらと、片手をポケットに突っ込みながら手を振る瑞希。
 俺は慌てて階段をおり、靴を履いた。
 そして、かかとを踏んだままでようとする俺に対して、瑞希はこういった。
「駄目だよ棗。靴はちゃんと履いていかなくっちゃ」
 ――まったく、しっかりした奴だな。
 本当に、瑞希はいい奴だ。
 ノートも見せてくれる、いつも一緒に遊んでくれる。俺が先生に怒られていたときもかばってくれた。
 ――だから、俺は瑞希を馬鹿にする奴を許せない。
 いつも、「やあい、やあい。女の子みてー! ギャハハハ」と同じクラスの男子達に言われていた。
 そのたびに、瑞希は黙りこくる。
 でも本当は…。怒りでいっぱいなんだ。でも、それをおさえているんだ。…すごいと思わないか?
 それでも、瑞希のことを馬鹿にするヤツラに、バン! と机を叩いて立ち上がった。そして、俺はこういってやった。「瑞希は、瑞希だろ」。
 近くの女子達も、皆目線をこちらにむけている。
 すぅっと、息をすってから「今度瑞希を馬鹿にしたら、俺が許さねえ!!」と、大声で言った。
 それ以来、男子達が瑞希をからかうこともなくなった。
 ――あんなこともあったっけな。今はその思い出に浸っている。
「…つめ。な・つ・め!!」
 瑞希の声ではっとした。
「何ぼうっとしてたの? 早くしなきゃ、バスに遅れるじゃん。そしたら、映画にも遅れるよ。ほらほら、早く!」
 ドンッと、瑞希が俺の背中を押す。俺は右足をとっさに前に出した。
「さあっ、行こう!」
 俺の手をぐいぐいと引っ張る瑞希。足がほつれる。…ちょ、ちょっと待て!
「うわあっ!」
 俺は前のめりになった。瑞希と手が離れる。そして、コンクリートのでこぼこ地面に、「顔面着地」したのである。
「うわああああっ、棗ええ!」
 俺は、救急車のサイレンで目を覚ました。
 
 目を開けた。
 そばで瑞希が泣いている。
 そばで麻紗子も泣いている。
「ごめん、ごめんね…棗。ぼ、僕のせいだ。て…手を、引っ張ったりしたから。う、ううう。あああっ!」
 泣き崩れる瑞希。それを麻紗子がなだめている。
 俺は口に走る痛みを我慢しながら言った。
「みうき…の、へいや…ない…。おえのひゅういぶほく…」
 ――なんてこった。口の中が切れてやがる。痛くてまともにしゃべることすらできない!
 とかなんとか思っていたら、今度は頬に激痛が走った。一番出血がひどいらしい。どくどくと生々しい暖かさが顔を伝っていく。
「患者さんは病院に搬送されます。ご家族のかた、お乗りください」
「はい」
 麻紗子、お前には来てほしくない。
 ――なぜかって?
 それは…
 
 記憶は、そこで途切れている。
 俺が次に目を覚ましたのは、病室のベッドの上だった。
 顔全体に包帯が巻いてある。それを指で触る。
 二百…八号室?
 ――今すぐこの病室をでたい。
 第一感想がこれだった。
「フン…いい気味ね?」
 といいながら、入ってきたのは麻紗子だった。 
 長い髪を得意げに揺らしている。
 ファサ…。
 カーテンが風になびく。棚においてある花の花弁が、すこし揺れた。
「だって、あの人と同じ怪我、同じ病室なんだもの。…ねえ?」
「…………」
 俺は、唯一見える右目で麻紗子を睨み、そしてベッドにもぐりこんだ。
「それに、あなたは「あの人」が嫌いだったでしょう?」
 自慢げに、話す姿。いやだ、いやだ…。みたくない、みたくない…。
 キュ、と目をつぶり、ふとんを頭からかぶる。
「…なによ」
 明らかに、瑞希の前でとは違う態度。
「お父様に気に入られてたのは、自分だって言いたいの? ほめられたことも、遊んでもらったこともないくせに…」
 目を見開いた麻紗子。
 このことになると、変わる。
「お父様に気に入られてたのは、この私よ! 本庄麻紗子、いえ…秋原麻紗子よ!」
 ホンジョウマサコ。
 このうちに来る前の、麻紗子の名。
 アキハラマサコ。
 このうちに来た後の、麻紗子の名。
「お父様が、お父様が怪我をしたのも、全てあんたのせいよ! 私の幸せ返してよ、ねえ、私の幸せ、返してよ! お父様を返してよ!」
 ――わかってるよ。
 父さんに気に入られてたのは、麻紗子だって。
 父さんが愛していたのは、麻紗子だって。
 わかってるんだよ…。
「あんたのせいで、私の幸せ壊れちゃったんだから!!」
 ――オレノ、セイ?
 違う、違う…。
 俺はただ…
 
『父さんに人として認めてもらいたかっただけ』

「ねえ、母さん。どうして父さんは、僕のこと嫌いなの?」
「それはねぇ…」

 母の笑顔は覚えています。
 父の笑顔は…、まだ知りません。
 どうすれば、このあり地獄からぬけだせますか。

 本当は、本当は…。
「愛してた?」
 はっとした。
 瑞希の声、だった。
「お父さんのこと…ごめんね。話、聞いちゃった…。聞くつもりは、なかったんだけど」
 しょんぼりと、瑞希は俯く。
「父さんさぁ…」
 瑞希の顔がこちらを向く。
 俺は布団から顔を出した。
「俺が5歳のとき、事故にあったんだよ。そんでさ…、顔に大怪我負って、入院。でも、当て逃げで発見遅れたから、結局…助からなかった」
 瑞希の顔から、どんどん元気がなくなっていくのがわかる。
「その事故ってさ…俺をかばったからなんだよ。ボールを追いかけていった俺を…押して…代わりに、自分が逝っちゃったあ」
 涙ぐんでるのがわかる。あえて、瑞希のほうはむかないようにした。
「麻紗子に、とられたくなかったのかなあ…今でも、わかんねえよ」
 包帯が、少し濡れた。
「麻紗子さんも、悪気はなかったと思う…。本当に、お父さんを慕っていたんじゃないかな」
「…………」
 風が吹いた。
 

「それはねぇ、愛し方がわからないからなのよ」

 大きな背中、暖かい手。
 あなたは子供を愛せますか?
2004-11-04 20:55:21公開 / 作者:柳城卓
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■作者からのメッセージ
また読みきりです…。
でも、前の小説よりは長くなったと思います。
まだまだ未熟ですがよろしくおねがいします。
この作品に対する感想 - 昇順
読ませていただきました。月海と申します。状況が把握しにくい場面が少しありましたが、話の雰囲気は良かったと思います。これからも頑張ってください。
2004-11-05 00:18:00【☆☆☆☆☆】月海
まず最初に、私も人様の創作物をどうこう言えるレベルにはないことを述べておきます。まぁそれを踏まえた上で軽く聞き流してクダサイ。まず月海サンの言うように状況が非常に把握しにくいと言う点があるかと思います。特に場所が病院に移ってからの話の流れが見えにくいと私は感じました。後半、もっと読み手に内容を読み取りやすく推敲し記述する工夫があれば、より良く判りやすいメッセージを読み手に伝えられるかと思います。
2004-11-10 02:24:45【☆☆☆☆☆】K伸
計:0点
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