『歴史の城 夢物語』作者:もろQ / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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原稿用紙約6.18枚
 気が付くと僕は、広いホールの真ん中で立っていた。

 城の中は西洋風の高貴な造りで、木の壁のいたるところに金の装飾が施されている。天井には何万もの光を放つシャンデリアと、それを取り囲むようにいくつもの絵画が並べられている。
 僕はただ立っていた。ホールのあちこちでは、タキシードやドレスを身にまとった紳士淑女が会話を楽しんでいる。僕はただ立っていた。その中で、ドレスの影に隠れた小さな階段を見つけた。どうやら上の階へと続いているらしい。僕はただ歩いて行った。
 
 真っ白な部屋だった。真っ白な螺旋階段が、果てしなく上へと延びている。僕はおもむろに昇っていった。
 コツ、コツと足音だけが響いていた。僕は何も知らないのだろうか。それとも全てを知っているのだろうか。足音は絶えず響いている。僕は何を見つけるのだろうか。それとも何も見つけられないだろうか。ひとつだけ分かるのは、僕は歩いている、ということだ。
 ふと横を見ると、今まで真っ白だったはずの壁が、黒い文字でびっしりと埋められている。見回すと、立っている段の一つにも、触れている手すりにまでも黒い字が敷き詰められ、遠く遠く、続いていた。しかもその文字は僕には読めない他の国の言葉だった。しかしそれは人の名前だと気付いた。前々から教えられていたかどうかも分からないが、それでも僕はその読めない言葉を、人の名前だと確信した。そしてその名前は、戦争によって死んだ人のものだった。

 黒い螺旋階段を昇っていくうちに、僕は四角い窓を見つけた。外はまぶしかった。僕が足を進めようとすると、その窓からひとりの黒人の男の子が出てきた。僕はぼんやりとその子を見つめる。男の子も僕を見つめている。民族衣装に包まれたその体は、ひどく痩せているようだった。
 黒い世界の果てへと、ずっと、ずっと昇って行った。恐れもなく、幸福もなく、僕はただゆっくりと昇って行った。 「リチャード・サンダー」、「ウル・ロ・ギアソム」、「ナカムラ・ソウジ」その名前は、絶えることなく上へと続いている。僕はただ足音を響かせて、歩いて行った。
 やがて、僕は2つ目の窓にさしかかった。何も言わず昇って行こうとすると、今度は白人の女性が現れた。女性はうつろな目で、何も言わずにこちらを見ている。僕はきびすを返した。

 僕は初めてこの城で、ある感情を覚えた。「空しさ」だ。こんなにたくさんの名前が、この歴史の中で命を落としている。しかもそれらは他愛もない、争いのために。何も生まれない、争いのために、彼らは死んでいったのだ。僕は、僕がここにいる理由を悟った。そしてまた、窓にはひとり少年がこちらを見ている。
 
 どれほど昇ってきたのだろう。幾段もの階段を、幾人もの窓を見てきた僕は、ようやくひとつの部屋に辿り着いた。何もないが、暖かな部屋だった。僕はただ立って、静かに辺りを見ると、そこには3人の男の子がいた。体には豊かな肉がついており、きちんとした洋服も身にまとっている。僕はゆっくり近付いて、彼らの目の前で立ち止まった。僕は話しかけた。
「They are the all of…(彼らが全ての…)」
言い終わらぬうちに、男の子は
「There were no war(戦争は起こらなかった)」
と答えた。他の2人の男の子は、お互い顔を見合わせてうれしそうに頷いた。
僕は何も言わなかった。

 突然目の前にエレベーターが現れた。あのホールのような、木の壁に金の装飾がついた豪華なものである。扉が開き入ろうとすると、一緒に小さな子供が入ってきた。その子供は不思議な帽子をかぶり、奇妙な柄のコートを羽織っている。ドアが閉まり、彼は帽子の影から僕をにらんだ。
 「長い歴史の中で、幾度もの戦争が行われた」
エレベーターが下りはじめた時、子供は急に語り出した。僕はただ立って、その話を聞いていた。
「人は言われるままに戦い、争い、そして死んでいった。煙と焦げた臭いが町を包み、夜がまたふけていく。やがて戦争が終わっても、決して日は昇らなかった。人は飢えに苦しみ、病にかかり、再び死んでいった。痩せた子供は母の衣服の切れ端を持って、『食べ物と交換して』と叫んでいる。青い空の下で、家屋はつぶれ、焼け野原が広がっている」
「そして長い年月が経ち、人は戦争を忘れていった。今では誰もが平穏な暮らしをしている。街の混沌に身を揉まれ、慌ただしいながらも生きている。誰もが「幸せだ」とつぶやいて、家で待つ妻と息子を想う。しかし忘れないで。夜空にちりばめられた星々は、過去に浮かんでいった魂だと。悲しい最期を迎えた命だと。長い歴史の中で、確かにそれが起こったという事を」

 僕の頬には、いつの間にか涙が流れていた。

 エレベーターが開くと、そこは最初に立っていたホールだった。大勢の人々が扉の前に立って、いっせいにこちらを睨んでいる。不思議な子供は別れ際に、こんな事を話した。
「そして長い年月が経ち、人は全てを忘れていった。あなたも忘れていくだろうか。あなたも多忙の中でひとり、りんごを売っているのだろうか…」
 声は乗客にまぎれてかき消された。僕はその方を見たまま、そそくさと去って行った。

 僕の顔を、朝の光が照らしていた。ああ、全てが夢だったのだ。
 僕はパジャマのまま、ベッドの上に座っていた。確かに戦争は起こった。僕達がやるべき事は、それを知る事だ。こうした毎日の生活は、それらを経て組み立てられた幸福なのだ。それを知らなければならない。
 これはもしかすると、誰かの教えなのかもしれない。「全てを忘れた人間」になにかを伝えるために、夜空に死んでいった人が現れて、僕に何かを教えたのかもしれない。
 そして僕は、その記憶を鮮明に思い出し、この文章に描いた。またそれは「未来という歴史は、僕達によって組み立てられる」というメッセージも含まれている。
 そう、それが命なのだ。朝もまた繰り返される。
2004-11-02 00:22:39公開 / 作者:もろQ
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■作者からのメッセージ
これは僕が本当に見た夢の話で、いわばノンフィクションです。
この夢を見た後ちょっと考えさせられました。すごい印象の深い話だったので、文章として書かせていただきました。
この作品に対する感想 - 昇順
読ませていただきました。卍丸と申します。もろQさんが実際に夢で見られた内容を文章化されたと言う事ですが、確かにこのような内容の夢を見たとしたら、自分としても深く考えさせられるものがあると思います。しかし小説として、一読者の立場として読ませて頂いた場合、それほど強いメッセージ性を受け取れ無かったと言うのが正直な感想です。不思議な浮遊感を感じさせる文章はとても読みやすく、惹かれるものがありました。今後のご執筆もぜひ頑張ってください。
2004-11-02 09:01:12【☆☆☆☆☆】卍丸
読ませていただきました。印象深いことを文章にする――私もかつてやったことがあります。自分は起きたら夢なんてすっかり忘れてしまっているので、夢の話ではありませんが。私は、もう少し主人公の歩いた場所の景色が見たかったなぁと思いました。風景描写がちょっと粗かったような気もします。意図的にそうされたのかもしれませんが。最後の3行はあまりにもストレートなメッセージだったので、私はこの3行、なくてもいいかなぁなんてことを思ってしまいました。これからも頑張って下さい。
2004-11-03 18:07:10【☆☆☆☆☆】エテナ
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