『笑顔の価値は』作者:真田紫苑 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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原稿用紙約5.5枚

 僕の大切なモノ――
 それは、一年に必ず一度は訪れる誕生日。
 そう思うのは、二人にとって特別だから。

 僕がまだ小さい頃、隣の家に越してきた一家があった。その家庭には僕と同い年の、だけどまるで僕とは正反対の活発な女の子がいて、けれども何故か、彼女とはすぐに仲良くなった。
 さらに、偶然にも僕と彼女の誕生日は一緒だった。だから、この年から誕生日は僕一人のものじゃなくて、彼女と二人のものになった。


 太陽が世界を赤く染める頃、僕は自分の部屋のベッドの上で軽く目を瞑り、それでいて眠りに落ちないように注意しながら、何をするでも無しに寝転がっていた。
 今日は、僕と幼なじみの女の子の、16回目の誕生日だ。
 なのに僕は、時折寝返りを打ったりしながら、こうして時間を消費している。
 どれくらい経っただろう。
 時間の感覚も曖昧になってきて、そろそろ本格的に眠気と戦う事が苦痛になってきた頃、苦痛の終わりは唐突に訪れた。
 何度目かわからない寝返りを壁側に打った時、背後――部屋の入り口の方に、確かな気配を感じたからだ。
『ごめん、翔(かける)。急いで帰ってきたんだけど、遅れちゃった』
 その背後から声が掛けられた。声の主は判っているから、僕はいちいち振り向かない。
「おそいよ、遥(はるか)。あんまり遅いから、寝ちゃうとこだったよ」
 皮肉のような本音を吐きながら、僕は変わらず目を瞑っている。
『だーかーら、ごめんって。あっ、でもさ、こうして翔と二人きりで話すのは久しぶりじゃん? お隣さんだけどさ』
 遥は、本当に独特の間を持っていると思う。その間と活発さを武器に、相手を自分のペースに引き込んでしまう。
『うわー。久しぶりに来たけどさ、翔の部屋って相変わらず色気が無いねー。こんな事じゃ女の子にモテないぞー?』
 ある意味社交辞令とも言える言葉だが、彼女が言うと微妙に真実味を帯びている気がする。
「ちぇっ、遥だって色気の欠片も無いくせに。そんな事じゃ男にモテないぞー」
 活発さが取り柄の遥には、悲しいかな致命的なまでに色気が足りなかった。だからなのか、未だに僕は遥に彼氏ができたという話を聞いた事が無い。
 まぁ、顔はいい方だとは思うんだけど。
『私の事はいいの。翔に彼女ができるまで、お姉さんとしては心配で心配で、自分の事どころじゃないもん』
 同い年で誕生日も同じなのに、小さい頃から何故か、遥は僕の姉気取りだった。
『でも、これじゃあ当分無理そうね。はぁ……』
 嫌みとも取れる盛大なため息がこぼれる。恐らく、頭も左右に振っているに違いない。しかも、大げさに。
『おっ、これが制服? かっこいいねー、制服は。翔には勿体ないくらいだよ』
 内容から察するに、高校の制服を発見したらしい。そんな事にも律儀に皮肉を入れるところが、遥らしいところだ。
 僕は、黙って目を瞑っていた。
『翔、なんだか冷たくない? 久しぶりなんだからさ、もっと話をしようよ』
 それでも僕は、黙って目を瞑り続ける。
 遥は一人、まるで記憶を噛みしめるかのように話し始めた。
『ここに越してきた時さ、私、不安だったんだ。自分の知らない土地で、知らない人ばかりの中でどうしよう、って。でもね――』
 空気を伝って、遥の表情が嬉しそうに綻んだのがわかった。
『そんな私に、声をかけてくれた子がいたの。その子はね、こう言ったんだ。「ぼくとはるかはおとなりさんだから、なかよくしよう?」って。あの時はほんと、嬉しかった』
 それは、僕の記憶からは忘れ去られた、始まりの記憶。
 けれども、その忘れられた記憶は今、彼女によって呼び覚まされた。
『翔は、翔が思っているほど弱くないよ。それに、臆病でもない。それどころか、私よりもずっと、ずっと強いんだ』
 胸が締め付けられる思いがした。
 今の自分は、遥の想いを無駄にしてはいないだろうか。
 深く、息を吸う。
 意を決して振り返り、目を開ける。
 予想通り、はたして彼女はそこにいた。
『おはよう、翔。1年ぶりだね』
 中学時代の制服を身に纏い、1年前の面影をそのままに。
『覚えててくれたんだね。去年の今日、この時間の約束を』
 それはそうだ。彼女の時間は1年前から止まっているのだから。
「うん。だって、今日は誕生日だろ。僕と、遥の」
 遥は去年の今日、下校途中に交通事故に遭って死んだのだ。
『時間に遅れそうだったからさ、急いでて。はは、馬鹿だね、私』
 開く事の無かったドアを背にして――
 遥は、懸命に笑い飛ばそうとしていた。
「1年の大遅刻。だけどいいよ、姉さんなんだし」
 僕も無理に優しく笑う。
 1歳下の姉は泣きながら、笑った。


『この言葉、去年は言えなかったね』
「でも、今年は言えるよ。16回目の――」
 その言葉に、遥が黙って首を振る。
 その仕草を見て、大事なことに気が付かされた。
「そっか」
『うん』
 彼女にとっては、今日が――

「15歳の」『16歳の』

 それは、とても残酷な事実。
 だけど今だけは、この言葉を互いに言える喜びを。

『「誕生日おめでとう」』


2004-10-29 23:53:45公開 / 作者:真田紫苑
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■作者からのメッセージ
初めまして、真田紫苑と申します。
今後も何度か投稿させて頂くと思いますので、その時もどうかよろしくお願いします。

さて、この作品は本来某所用のショートショートなのですが、少し修正を加えてこちらにも投稿させて頂きました。

今後の参考とする為にも、皆さんの批評をお待ちしております。
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