『キツネ(ショートショート)』作者:ささら / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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原稿用紙約7.96枚
キツネ

 私とキツネは、長い一本道を歩いている。それは砂利道。田舎道。見渡す限りの田んぼが両脇に広がっていて、遠くに麦藁帽子を被って農作業をしているおじいさんの姿が見える。そんな田舎にありきたりな風景が続いている道。きっと一年前から、いや、十年前から変わらない風景。同じ道。
「この道は誰のもの?」
 突然、キツネは私に尋ねた。つい、私はびくり、と過剰に反応してしまう。だって、キツネはいつもなんの前触れもなく突然口を開くものだから。
 キツネは丸くてくりくりした瞳を私の方へ向ける。
「この道はみんなのものよ」
 私は何となく、しどろもどろしながら答える。
 キツネは長い鼻をくん、と軽く持ち上げる。
 キツネは道をまっすぐに見詰めたままなんだか惚けている。
「それでは、僕のものでもあるという訳だね」
「え、ええ、そういうことになるわね」
 私は頷く。キツネは嬉しそうにコン、と鳴く。何がそんなに嬉しいのかな?と私は少し不思議に思った。キツネはたまにこういう突拍子のないことを突然言い出す。
 私達は、また無言で歩き続ける。
 キツネは何が言いたかったのだろう。
「僕が何を考えているかって?」
 キツネはまた突然私に語りかける。私はまた、びくりと体を震わせてしまった。そうだ、キツネは私の心が読めるのだった。何故だろうか、いつもその事を忘れてしまう。
「うん」
 私は何故か少し照れながら肯定する。
「僕はね。いつも、まっすぐなものを好きになるんだ」
「まっすぐなもの?」
 キツネは頷く。
「ずっと前、僕は君がくれた定規を好きになった。あれは、今では僕の宝物だよ。ひげの長さを測るのにすごく重宝している。おかげで、今も僕の髭はばっちりきまっているだろう」
「う、うん、そうね」
 私はあいまいに答える。キツネは多分私の心を読んで、少し渋い顔をした。私は気づかなかったことにする。キツネは話を続ける。
「今度は、この道を好きになった。ずいぶん前から気づいていたけど、この道にはいっぱい僕の好きなものが詰まっているんだ。それが、僕の髭をさっきからくすぐっているんだ」
 ふーん。と私はあいまいな相槌を打つ。キツネはさらに話を続ける。
「君は、僕が何をおかしなことを言っているのだろう、と考えているね」
「ええ、まあ」
 私は正直に肯定する。キツネは目を少し細めた。
「分かってもらえないのは少し悲しい。だけど、僕は分かってもらおうとは思ってないよ」
 私は、怒らせちゃったかな、と不安げにキツネの顔をうかがう。
「怒ってないよ」
 また心を読まれた。私はなんだか少し泣きたくなってきた。
 ふと、キツネは、少し申し訳なさそうな顔をする。
「ごめんね。君を困らせるつもりはなかったんだ。そうだね、心を読むのを今は止める事にするよ」
 私は一言ありがとう、とつぶやく。私は、以前心を読まないようにするには結構神経を使うんだよ、とキツネに聞いたことがあったので、なおさら申し訳なくなった。
 キツネはもう私の心は読んではいないようだった。
「それでね。君はもし、まっすぐなものが君を嫌いだったら、何て考えたことはないかい?」
「え?」
「曲がったものはいいんだ。まっすぐなもの。例えば、この道とかね」
「どういう事?」
 やばい、だんだんそっち系の話に入ってきた。このあたりまで来ると段々私はついていけなくなってくる。それでも、私は、キツネを理解したいから話に必死でついていこうとする。
「もし仮に、この道が生きているとしたら、という事だよ」
「道は道。生きてはいないよ」
「例えば、の話だよ。それに、僕のような存在がいるんだから、何が起こっても不思議ではないとは思わないかい」
 私はどう対応していいか分からず、答えるべき言葉を捜す。
「ごめんね。今、ちょっと君の心の中を除いちゃった」
 何だか、キツネは複雑そうな表情でつぶやく。
 私はさらに言葉を見失う。キツネは、そんな私を見かねてか、話を進める。
「僕達が、もしこの道に嫌われているとしたら。多分、今、こんなに気持ちのいい気分にはならないと思うんだ」
 キツネは嬉しそうに顔を緩める。
 私は、キツネがいまいい気分でいることが、素直に嬉しかった。
「たまに、どうしようもなく、鬱陶しい気分になるときもある。そんなときは、ああ、僕はその道に嫌われているんだなって思っちゃうんだ」
 キツネは一転して悲しそうな顔でうつむく。キツネの表情はころころ変わる。
「君は僕が好き?」
 え?突然の問いに私は、一瞬言葉を失う。好きだよ、と小さな声でつぶやく。
「ありがとう。僕も君のことが好きだよ」
 心臓がドキドキしていた。キツネは、照れている私の方を見ながら、髭を優しくなでる。
「君も僕も、すごく今幸せな気持ちでいるね」
「そうね」
 私もこっくりと頷く。
「誰かに好かれているとやっぱりとても嬉しいよね。だからね、何だか僕たちは今、この道に歓迎されている気がするんだ。だって、歩いていてこんなんに気持ちいいんだもの」
「そういうものなのかな」
「そういうものさ」
 キツネはそれきり黙った。いつもの無表情な顔に戻った。話したいことが浮かんで、それが話し終わると、キツネはしばらく口を開かない。キツネには私からは話しかけない。キツネが私に話しかけてくるのをただ待つだけ。別にそれが不快だとは思わない
 私は、キツネの話はよく分からないが、何となくいつも納得してしまう。
 もし本当に道が私のことを好きならば、私も道のことを好きになろうかな、とも思う。
 だけど、大気も、水も、空に浮かぶ雲も、もし誰かを好きになるとしたら、それはやっぱりキツネのような人なのだと思う。私は、何も感じないから。何も考えないから、いつも簡単に見逃してしまうけど。キツネはいつも色々見ている。なんということのないことで、幸せを感じられるキツネが心からうらやましい。

 私とキツネは歩き続ける。何もない一本道を。砂利道を。田舎道を。

 こうして、また、キツネと私の時間は過ぎていく。いつまで続くのかな?とふと思う。いつまでも続いてほしいな。キツネはどう思っているのだろう。私はキツネの方をちらりと伺う。
 キツネは私の心の声を聞いているんだか、いないんだか、相変わらず無表情なキツネ面でまだまだ終わりそうもない道の先を見つめている。私が何だか少し疲れて、ふう、と息を吐き出す。
 ふと、後ろから一台の軽トラックが走ってくる音が聞こえた。はっとして、足を止め隣を見る。キツネの姿はすでになかった。
 軽トラックが私の隣を通り過ぎていく。
 今、この道に立っているのは私一人。
 私は、キツネという存在について考えてみた。キツネは私にしか見えない。私にしかキツネの声は聞こえない。キツネは突然いなくなる。ガラスのコップが割れた音。突然の通り雨。公園で遊ぶ子供を迎えに来た母親の声。軽トラックのエンジンの音。そしてまた突然現れる。明日か。明後日か。もしかしたら、一週間後か。それは分からない。
 私は、今、キツネの顔を思い出すことができない。さっきまで、話していたはずなのに、今はもう夢の中の出来事のようだった。それでも、悲しいとは思わない。何故だろう。

 何となく、私は空を仰ぐ。空は赤く染まり始めていた。最近は、日が落ちるのが早くなってきたとしみじみ思う。もう、夏も終わりなのだろうか。
 私は、夏は、キツネの好きな季節だと勝手に思っているので、今度は少し悲しかった。
2004-10-16 03:00:04公開 / 作者:ささら
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■作者からのメッセージ
ささらの稚拙なショートショート第二段。
ある田舎道での話。
何分、技術がつたないため読み苦しいとは思いますが、ご感想いただけたら嬉しいです。
この作品に対する感想 - 昇順
読ませていただきました。ストーリーもおもしろいと思うし、最後の結末が意外でした。主人公とキツネの会話にひかれるものがあります。ただ、最後のキツネがいなくなるシーンは少し意味がわかりづらいなと思いました。
2004-10-16 07:08:39【★★★★☆】ゆりこ
こんにちは。暖かい陽気を浴びながら読ませて貰っている淘夜(とうや)です。ほのぼのストーリーで眠気がアップです(ぇ ちょっとスランプ気味の俺にはこの物語が心に沁みました。感謝です。情景描写ともに良いと思うので、次回も是非読ませて下さい。では、情けない淘夜は夢の中に退場です。(ぉ
2004-10-16 11:27:02【★★★★☆】如月 淘夜
ただ田舎道を歩いていくシーンだけなのに飽きることなく、ほのぼの読めました♪これはきっとささらさんの技量なんだと思います。描写も静かでわかりやすいですし、説明くさい文章が無くてとてもすっきりとした印象を受ける作品でした☆次回も楽しみにしていますv
2004-10-16 12:00:43【★★★★☆】律
読ませていただきました。とても気持ちの良い掌編を楽しませていただく事ができました。何と言うか「大人の童話」といった印象で、読み終わった後に清々しくもしんみりとくるものがあります。古来から日本人にとっては身近ながらも神秘的な存在であるキツネという存在が、見事に題材として消化されております。ああ、自分もこんな掌編を書いてみたいなぁ・・・そんな気持ちにさせてくれる作品でした。
2004-10-16 13:05:21【★★★★☆】卍丸
皆様。ご感想お寄せいただきありがとうございます。私の祖母の家がとてつもない田舎で、作品のなかのような果てしない一本道があるのですが、そこを歩いていると、訳もなく何だか嬉しくなってしまうときがあります。なんか田んぼとか見てると落ち着くんですよね。都会では感じることのできない不思議な感覚。うーん、謎です。
2004-10-16 13:07:41【☆☆☆☆☆】ささら
読ませてもらいましたvvはじめまして、千夏といいます。サラリとした展開がとても良かったですvvキツネを話に出させるのは少し難しい気もしますが、ストーリー全体の雰囲気に良く合ってました。私はこういう話を書くのが苦手なので、羨ましいです;それではvv
2004-10-16 13:54:03【★★★★☆】千夏
読ませていただきました。嗜好の問題かもしれませんが、この作品の面白さがわかりませんでした。キツネの話に共感できる部分があればまた違うのかな……。うーん、読みやすかったんですが楽しくはなかったです。失礼します。
2004-10-16 22:27:13【☆☆☆☆☆】メイルマン
読ませていただきました。流れ、雰囲気は自分の好きなほのぼの系でしたので楽しませて頂きましたが、イマイチよくわからなかった、というのが本音でしょうか。ただ物語全体でそれをカバーしている感があるので、これはこれでよかったのもかもしれないと思います。って、何やら意味不明なことをすいません(苦笑
2004-10-16 22:57:08【☆☆☆☆☆】神夜
キツネが消えるシーンは「おりょ?」と思いましたが、
落ち着いた文章で、描写の苦手な私には、自然な風景描写がめちゃくちゃ羨ましかったです!
読んだ後も物語の雰囲気が残っています!
2004-10-17 03:02:57【★★★★☆】リトラ
率直な感想、いいなぁ〜と思います。ささらさんのショートにはなんだかささらさんの世界が確立してて、それをしっかり文章化出来てる。これってなかなか出来ないんですよね。今回のキツネも心に染みる情景に不思議なキツネが上手くマッチしてたと思います。
2004-10-19 16:50:22【★★★★☆】樂大和
このお話に関しましては、稚拙とかつたないという言葉は無縁に感じました。繊細な心象風景が、ストレートに浮かんで来ます。ショートというより、叙情掌編、といった味が、たいへん美味です。
2004-10-24 19:22:53【★★★★☆】バニラダヌキ
拝見しました。読んでいるうちにキツネの謎めいた人物像に惹かれました。そして、読み終えたとき、なんともいえないほのぼのとした気持ちになりました。ありがとうございます。
2004-11-26 19:49:23【★★★★☆】冬紫郎
計:36点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。