『漆黒に歌え』作者: / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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原稿用紙約10.85枚
たとえ小さなカケラでも
すべて拾い集めれば
ひとつになれるから
自信を持って
生きていけばいい


紗枝が歌う。大きな拍手が起きる。紗枝が微笑む。そんな、当たり前のこと。
それが、当たり前じゃなくなった。






「…なぁ、紗枝」
俺は彼女に声をかけた。ん?と返事はするが、こっちは向かない。いや、向けない。たとえこちらを向いたって、俺のことは見えない。
「お前、歌いたくないのか?」
「何言ってんの?」
紗枝はおかしそうにくすくす笑う。だが、きっと本当はおかしくなんてないだろう。
「笑い事じゃないぞ、紗枝。今でも、歌おうと思えば歌えるんだからさ」
「ムリよ。それに、海斗の足引っ張るようなことはしたくないの」
「足引っ張ってなんかないさ。別に、ここでレコーディングしてもいいんだから」
紗枝ははにかむように微笑んだ。でも、目は笑ってない。紗枝の二つの瞳には、半年前から表情が宿っていなかった。
紗枝は病気だった。何の病気だったか、聞いたが覚えていない。ただ、ゆっくりと体の自由を侵していく、性質の悪いものだ。
俺と紗枝は、二人でバンドを組んでいた。紗枝が詩を書き、俺が曲をつける。二人で路上で歌った。もちろん、収入は良くない。それでも、俺たちは幸せだった。狭いアパートで紗枝と二人、次はどんな曲を作ろうかと相談している、あの時間が好きだった。
路上で歌い始めてから3年、俺たちの念願がかなった。どこぞのプロダクションにスカウトされたのだ。俺たちは手を取り合って喜んだ。早速曲を作った。「カケラ」という曲。紗枝と俺が二人で歌った。それなりにヒットして、俺たちの名は知れ渡った。歌番組にも出た。テレビでしか見たことのない有名人にも会った。
でも、それよりもっとうれしかったのは、俺たち二人の曲が、大勢の人に知ってもらえたことだろう。とても幸せだった。




そんな幸せは、ある日突然音を立てて崩れだした。
1年半ほど前だろうか、紗枝が、歌番組に生出演中のときに倒れたのだ。そのときはすぐにテレビ局から救急車で運ばれた。紗枝は青白い顔をしていて、冷たかった。救急車の中で、俺は紗枝の手を握り、何度も名前を呼んだ。
もちろん、生番組中に倒れたことは大ニュースになり、大騒ぎされた。病院の前には大量のマスコミは押しかけ、ファンレターが大量に届いた。その内容はほとんど、紗枝の容態を尋ねるものだった。俺は一人ではやたらと広く感じられるアパートで、何百通というファンレターを読んで毎日を過ごした。
ようやく紗枝の容態がわかった。だが、それは絶望を伝えられたのと同じだった。俺は呆然とした。紗枝の病気は徐々に神経を麻痺させていくもので、両手足が麻痺し歩くことができなくなる。まだ良く解明されていない病気で、どんな症状が出るかよくわからないという。俺は記者会見でそう語った。
それ以来、俺は一人で歌い続けた。紗枝が倒れたことは、皮肉にも、俺たちの人気に火をつけた。紗枝は病床に伏したまま、それでも詩を書き続けている。俺がそれを歌う。そんなスタイルが評判になったのだ。俺たちの曲がどんどんヒットしていく中、紗枝の手足は少しずつ麻痺し、詩を書いている途中でペンを取り落とすこともしばしばあった。のどには腫瘍ができ、歌手としては致命傷となった。「カケラ」が俺たち二人で歌った最後の曲となった。そして半年前、紗枝は光を失った。そのことが報じられた翌日、涙でにじんだファンレターが大量に届いた。
だが、それでも紗枝は詩を書いてくれている。
目が見えなくなってから病状はどんどん悪化し、手が痙攣するようになった。足の麻痺もひどくなり、立ち上がることもできない。
そんな彼女に俺がしてやれるのは、とにかく歌うことだった。紗枝が書いた詩を、多くの人に知ってもらうことしかできなかった。紗枝は俺が出ている番組はすべてチェックしてくれている。新曲オリコン23位だよー、とうれしそうに報告する。紗枝は、徐々に死に近づいても、とても元気だった。
「あたし、歌えなくてもいいよ。海斗が歌って、それをみんなにきいてもらえればそれでいいの」
紗枝は紙に詩を書きながら言った。と、ペンを取り落とす。ぱたりと乾いた音がする。紗枝は不自由そうにベットからペンを拾おうと手探りで探す。俺は立ち上がり、ペンを拾い、紗枝の手に握らせてやる。紗枝は一瞬泣きそうな顔をしたが、やがて、不器用に微笑む。俺たちの間に気まずい空気が流れる。
「ねぇ…海斗」
「なんだ?」
紗枝が体を起こすのを手伝いながら答えた。紗枝は戸惑っているようだった。
「…あたしね、もうすぐ…」



「耳が、聞こえなくなるの…」


「…嘘だろ?」
声が震えた。ほとんど囁くような声だった。紗枝は黙って首を振った。
「…もうすぐ…海斗の歌、聴けなくなっちゃうんだよ…もう、話すこともできなくなるんだよ…」
紗枝の目から、涙がぽろぽろ流れた。嗚咽をあげて泣き出す。こんなことは初めてだった。大好きな歌が歌えなくなったときも、視界を失ったときも泣かなかった紗枝が。俺は泣いている紗枝を、励ますことさえできなかった。





「紗枝は、もうすぐ耳が聞こえなくなります」
俺がそういった途端、大量のフラッシュが瞬いた。俺は思わず目を細める。マスコミからの質問が飛び交う。だが、俺はそれをすべて無視して立ち上がり、深く頭を下げてその場を立ち去った。フラッシュの嵐は、まだなお続いていた。
翌日、案の定、大量のファンレターが届いていた。
「テレビ見ました。紗枝さんは本当に耳が聞こえなくなってしまうのでしょうか?信じたくありません」
「とても悲しいです。いつか、また紗枝さんと海斗さんが一緒に歌える日が来ると信じてたのに…」
俺はファンレターを破った。二つ、四つと細かく破る。今日来たファンレターには目も通さず、すべて捨てた。
一番信じたくないのは俺だ。一番悲しいのは俺だ。一番紗枝と一緒に歌いたいのは俺だ。
「…お前らに、何がわかるんだよ…」




「…もうすぐです」
医者がいいにくそうに言った。言葉が右から左へ抜けていく。何も考えられない。ただ、紗枝がもうすぐ音を失う、その真実だけが漠然とわかっていた。
「なるべく、そばにいてあげてください。いつ聞こえなくなるか、わかりませんから…」




「ねぇ、海斗」
「ん?」
なぜこんなに穏やかでいられるんだろう。もうすぐ、紗枝の耳は聞こえなくなる。それなのに。
「海斗はさ、好きな人とかいないの?」
「はぁ?何言ってんだよ。そんなんマスコミに大騒ぎされるじゃん」
馬鹿かよ、お前。自分が好かれてるって事、気づかないのかよ。俺は、お前が好きなんだよ。
「ねぇ、彼女ぐらい作ったほうがいいよ。じゃないと、一生結婚できないまま終わりそうだよ、海斗って」
紗枝はくすくす笑う。そんな笑顔が愛しくて、失いたくなくて。
「…ねぇ、海斗。あたし、また歌詞書いたんだ。だから、また曲つけて?」
紗枝はベットの隣にある引き出しから髪を何枚か取り出した、が、またいつもの痙攣で取り落とし、紙が床にばら撒かれた。俺は体をかがめて拾おうとしたが、なんだか紗枝の様子がおかしいことに気がついた。両手で耳をふさいでいる。
「紗枝?」
「海斗…なんか、耳が変…」
顔が青ざめるのがわかる。ついに来た。紗枝は不安げに耳を押さえている。俺は思わず紗枝を抱きしめた。紗枝も俺の腕にすがりつく。
「…怖いよ…海斗…」
「紗枝…」



「好きだよ…」



紗枝は答えない。ただ、固まっている。俺は嫌な予感がして、紗枝を揺さぶった。
「紗枝?」
紗枝は答えない。不安げにきょろきょろしている。
「紗枝?紗枝!?」
「…あ…」
紗枝はようやく、俺が呼んでいることに気づいたようだった。そして、小さく言った。
「…聞こえない…もっと大きな声で言って?」
「…紗枝!!!紗枝!!!」
「聞こえないよ…?どうして…?自分の声も、聞こえないよ…」
紗枝の顔がくしゃりとゆがんだ。俺の胸に顔をうずめて、わあわあ泣き出した。俺は紗枝を抱きしめた。
もう、紗枝は何も聞こえない。俺の声も、俺の歌も。きっと…最初で最後の「好き」も聞こえなかっただろう。
夜の病院に、紗枝の泣き声だけが木霊した。





半年後、紗枝が亡くなった。耳が聞こえなくなってからは精神的に参ってしまったらしい。詩を書くこともなくなり、病院でただ眠って過ごした。だんだん体全体が麻痺し、起き上がることもできなくなった。目も見えない、耳も聞こえない、口を利くこともできない。紗枝はほとんど、廃人となってしまった。
そして、紗枝は死んだ。誰も驚かなかった。むしろ、喜ぶべきかもしれない。紗枝はようやく…自由になれたんだ。
病室に残った紗枝の荷物を整理していると、引き出しから紙が何枚か出てきた。見てみると、それは歌詞だった。ふと、紗枝が耳が聞こえなくなる瞬間、歌詞を俺に渡そうとしていたことを思い出す。
俺は歌詞に目を通し始めた。


I am not happy.

Why?

BecauseI can not sing.


You are happy.

Why?

Becauseyou can sing.


I can not it.

I can not it.

Butyou can do it.


私はもう
何もできないけれど
あなたを見守ることさえ
できないけれど
あなたならできる
私は闇となって
あなたを思い続けよう
あなたのためなら
闇をいっそう
漆黒に染めて見せよう
You can do it.
You can do it.





歌詞の上に、涙が一粒落ちた。とめどなくあふれてくる。
紗枝は、自分の命が短いことを知って、この詩を書いてくれたのだ。この歌は本当なら、紗枝が歌うべきだったのに。紗枝はどれだけ、歌いたかったのだろう。どれだけ、生きたかったのだろう。
俺は歌詞を握り締めて泣いた。止まらない。涙が歌詞の上に点々としみを作り、紗枝の字がにじんだ。



紗枝。

俺は、歌い続けるよ。

紗枝のために…。

紗枝に聞こえるように

漆黒に歌い続けよう…。




                               fin

2004-09-26 23:17:06公開 / 作者:渚
■この作品の著作権は渚さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
こんばんわ。
今回は短いですが、自分が書きたかったことはそれなりに書けたかな、と思います。
英語の部分、つづりを間違えてそうで怖いです;もし間違えていたら、どんどんいってやってください。

意見、感想等お待ちしております。読んでくださった方、ありがとうございました。
この作品に対する感想 - 昇順
読ませていただきました。死んだ人の思いを受けとって、その人に近しい人が頑張って生きていく系(あくまで系)の話は、うまくやらなければ道徳的な要素を前面に押し出さねばならなくなって、故に陳腐な物語となってしまうことが多々あると思います。この話も、正直言って私は楽しめませんでした。良くある展開の作品の一つだと思いました。やはり道徳的な作品に「積み上げた日常」と「練りこまれたプロット」は不可欠だと思います。短編でやるにはテーマが厳しい印象を受けました。それでは失礼いたします。
2004-09-26 23:47:06【☆☆☆☆☆】メイルマン
ずばり、クライマックスシーンが全体の8割くらいを占めている、というバランスが問題だと思います。読者に対して、この物語の世界に入り込んでいく時間も与えずにいきなり盛り上がるので、せっかくの感動シーンが空回りしてしまっています。あと、ラストはおそらく前向きな決意だと思うのですが、「漆黒」という言葉にはどうも後ろ向きな響きがあるので、本文中でもうちょっとその意味するところを添えてもよかったかなと感じました。 ご要望の(?)英語ですが、純粋に文法を指摘するなら “I can not do it” の “do” が抜けています。しかしそれ以前に、この英語の歌詞が恨み節のように読めてしまったのは私だけだろうか……。
2004-09-27 22:01:04【☆☆☆☆☆】明太子
読ませて頂きました。そして素直な感想が、むぅ……惜しいっ、です。自分もつい最近ヒロインが死んでしまうのを書いて思い知ったのですが、やはり彼女が死ぬまでのエピソードが爆発的に必要なのだろうな、と。それまでの幸せな生活やその他諸々が必要不可欠であり、それがない場合は最後の名場面が薄れてしまう、とかそんな感じです。  ただ、それを差し置けば純粋に楽しませてもらいました。彼女との絆は歌。こういうのに滅法弱い人間でして、自分(苦笑  もし長編でこれを書かれていたのなら、自分は泣いていただろうなぁと遠くを見据えております。それでは、渚さんの次回作を楽しみにしております。
2004-09-27 22:02:57【☆☆☆☆☆】神夜
おはようございます。読ませていただきました。ストーリー自体に関しては、とりたてて真新しい要素は感じられなかったのですが、物語の中に歌詞を盛り込んだところがワタシ的にはポイントでした。自分の想いを、最期に歌詞として伝えるというシュチュエーションは良く見受けられるとは思うのですが、実際に渚さんの自作による詞が挿入されている事によって、ラストシーンが活きていたように思います。小説(ストーリー)を書くという能力と、作詞する能力というのは全く別物であると思われますので、その双方が書けるという渚さんはすごいなぁ、と実感しました。
2004-09-29 08:51:46【★★★★☆】卍丸
実はあんまり歌の入った曲を聴くことのない村越でございます。聴くといえば、せいぜいなんか色々のサントラくらいで……。まあ、そんなことはどうでもいいですね。で、作品に対してですが、皆さんもおっしゃられるとおり、前半部分のイメージが少し弱いかなあと思いました。個人的には、病床につく前の日常パートがもう少し濃厚なものだと、一層移入できたのではないかと思います。そして、明太子さんもおっしゃられるとおり、何か詩が恨み……というか軽い主人公に対しての妬みというか、そういった類の遺書に思えてきて、それを勘違いしている主人公との悲恋……というか、届かない想い。といったむしろダークなストーリーだと勝手に補完してしまっていました。全体的には悪くないのですが、もう一押し必要かなあと思う村越でした。
2004-09-29 16:23:28【☆☆☆☆☆】村越
皆さん、いろいろなご指摘ありがとうございます。皆さんが言ってくださったことをいかして、次作からがんばっていきたいです。
本当にありがとうございました。
2004-09-29 20:02:03【☆☆☆☆☆】渚
計:4点
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