『それなりの…』作者:蘇芳 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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「別れよう」
 デートの場所は決まって高架の下だった。
 デートの時間は決まって深夜だった。
「…なんで?」
 なんで高架の下か。
警察の見回りが無く、人も近寄らないから。
なんで深夜か。
 お互いが見えない分、大胆になれたから。
「このままじゃ、プラスにならないよ。お互いに…」
 いつからプラスマイナス考えて恋愛するようになったか。
「…いやだよ……」
 いつからか分からない。
ただ抱き合って、キスして、手をつないで。
たまにエッチな事をして。
ただお互いが求め合うだけじゃ、プラスにならない。
そろそろ、次へ進まないと。
その次が何なのか、それは俺にも分からないけど。
高校一年で付き合って、将来のこと、結婚まで考える奴は少ないと思う。
もちろん自分もそうで、結婚とか一切考えていなかった。
でも、ふと考えてみれば。やっぱり利害関係の話が持ち上がってきてしまう。
 高架の上をトラックが通った。
 ゴォォォォという音が、高架の下に大きく響いた。
「…ごめん」
「謝らないで…」
「…本当に、ごめん」
 謝らないで。
ごめん。
永遠とも思えるような時間。意味のない反復。
高架の下は、やたらと五月蝿かった。
覚えているのはトラックの音、佐奈の涙。
七月三十一日、午前2時40分ごろの。
忘れもしない、あの日を。






机に伏して瞑目。まぶたの裏に浮かぶは君の顔…な訳無いか。
八月の五月病に苛まれながら、椅子に座ってうつらうつら。目を瞑れば自分の世界へ旅立てる。
でも出来ない。慣れない体勢で寝るということもあるけど、なぜか寝たら勿体無い気がした。
学校が始まって二日くらい。それなりに無関心に過ごしているので、正確な日にちも定かではない。
 別れて夏休み終了までの三週間。
電話は無し。メールも無し。
向こうからも、俺からも。
一方的に振った。いや、あの場合は捨てた、の方がしっくりくる。
俺はスッキリした。そりゃそうだろ、煩わしくなって捨てたんだから。
 でも向こうは…止めよう。もう終わったんだから。
「……」
 机から体を起こして、大きく背伸びをする。
「…あー……」
 そう言って割り切れたら、どんなに楽だろうか。
そこまで大人じゃない。いや、大人になったら割り切れるかどうかは別問題だ。
大人になったら考え方が変わるわけじゃない。余程の事があれば変わるかも知れないけど、大多数に余程のことは起きない。
いつまで経っても自分は自分で、他人は他人な訳らしい。
らしいというのは、かなり前に読んだ本に書いてあったからだ。
実際に確認したわけでもなく、かなり怪しいところだが。
とりあえず捨てたのに、頭の中はスッキリ。
 自分が良ければ終わり。他人なんか関係無し。
「あー、畜生、最低……」
 独白。空気に向かって愚痴をもらす。
空気は肯定も否定もなく在り続けて、相も変わらず俺を傍観。
空気が羨ましい。
何をするでもなく、ただ存在するだけで必要とされる。
俺もいつかは、そうなりたい。
でも無理だろうな。
空気は生きていくために必要で、無ければ困る。
俺は生きていくためには不必要で、無くても一切困らない。
 未練タラタラ。
そんな自分がダセエ。
再び伏して瞑目。自分の世界へとダイブ。
意識は無意識へと落ちて、曇天へと吸い込まれて行った。

肩を叩かれる。無視。
頭を叩かれる。無視。
揺すぶられる。無視。
何をしても起きませんよ、私は存在しませんよ。
 だからオメエも消えろタコ。
「はぁ…ダメ、起きない」
 どうやら客人らしい。
鬱陶しげに目を開け、体を机から起こす。
 手を前に突き出して背伸び。背骨からは不吉な音が。ゴキゴキメキメキ。
「あ、起きたか。ユウ、客。佐奈ちゃん」
「……」
 眠気に支配された頭は現実へと。気まずそうに目線をずらせば、そこにいるのは愛しの背の君…だった人。
「ちょっと…話」
「……」
 頷いて了承。時間を見てみれば始業五分前。
授業はサボるか、それとも五分以内に終わる内容か。
どちらでも良い。この蟠りを解消してくれ。
席から立ち上がり、起こしてくれた人物の肩を叩いて礼をする。
ニヤッと笑って親指を立てる。
顔面に「がんばれ!」と書いてあった。激励ご苦労、地獄に落ちろ。
つかつかと歩き、教室の入り口へ。
茶味がかった長髪に、甘く香る香水。
色素の薄い肌に、おなじく薄い眼の色。
 小さく整った輪郭に、バランスよく配置されたパーツ。
「佐奈…」
 別れを告げたはずなのに、あの時泣いていたはずなのに。
佐奈は平然とした顔で、俺の教室へと現れた。しかも名指し。
 …刺されるかも。
「…屋上、行こ?」
 そう言って、俺の背後をチラ見する。
何人かのチャレンジャーが、興味津々といった様子で眺めている。
帰ってきたらぶち殺す。目でそう言って、教室を後にした。

屋上は風がすごかった。
髪の毛は横に流れ、ネクタイが風にたなびく。
佐奈のスカートは風に吹かれ、その華奢な白い脚が外気に晒される。
見えそうで見えないチラリズムの探求は、この際だから無視しよう。
 佐奈が髪の毛を鬱陶しそうに押さえて、屋上をぐるりと見回す。
何もない。
 あるのは予備電源施設に、貯水タンク。そしてどっかのバカが食い散らかした、スナック菓子の袋。
「なんで別れるの?」
 唐突。言いよどんだ。
それは七月三十一日に言ったはずだ。
 そしてお互い、ざっくり傷ついたはずだ。
「お互いプラスに、」
「そんな理由じゃない!!」
 シン、とした。風を吹き止まない。
相変わらず髪の毛は風で流れて、ネクタイは風にたなびいている。
佐奈の白い華奢な脚は外気に晒されていて、髪の毛は風に流れている。
 佐奈の両手は、何かを抱くように胸の前で合わせられてる。
「なんで!? 私に悪いところあった? それなら直すよ!! だから…」
 佐奈は両手で顔を覆い、
「だから…嫌だよっ…別れたくないよ……」
 搾り出したような声だった。
 震えている。涙に濡れている。
「ごめん…」
 また、だ。
「ホントに、ごめん…」
 謝るしかできない。謝る以外に方法を知らない。
頭の悪い俺が延々と反芻する言葉。今の状態で、こんなに無力な言葉は無いと思う。
でも、それしか出来ない。
頭の悪い俺には、それしか浮かばない。
それが無意味な反復を繰り返すことを予測しながらも、俺は謝罪の言葉を並べつづけた。
 だが、
「謝らないで!! 謝れば終わりなの!? ユウにしたらそれだけなの!?」
 俺の言葉を遮るように、佐奈の叫びにも似た声が、俺の考えを転覆させた。
謝れば済むのか、佐奈の声はそう言っている。
屋上に響くことなく、佐奈の声は空に消えた。
でも俺には届いていた。
届いて、俺を切りつけていった。
 それは鋭利な刃物で斬りつけられて、痛い。
「だったら…だったら、どうしろってんだ!? もっかい付き合うのか!?」
 声を荒げる。痛みに耐えれずに、声を荒げる。
単に言われっ放しがムカついたのか、それとも本当に痛いと思ったのか。
思いは言葉として、口を介して佐奈に投げつけられる。
 佐奈は身を震わせて、その顔に怯えの色を浮かべた。
「俺は嫌だ、もう終わったんだぞ? 俺から捨てたのに、また付き合うのか!? ふざけんな、俺の勝手にさせろよ…」
後半は力が無くなっていた。何でもかんでも自分勝手にできる奴が羨ましい。
こんなときも保身とか考えて、相手のこととか考えないで済むのだから。
「……」
 しん、と響いた。
佐奈は言葉をなくした。
 俺は黒い感情に身を任せて、それを佐奈にぶつけた。
「もう嫌なんだよ、自分に嘘つくのも…」
「…嘘?」
 言葉が止まらない。
 激情を抑えきれない。
「おまえを好きだよ、でも…それだけじゃ無理なんだよ。わかるか? 自分の事しか考えられないんだぞ? お前を上手く使いてえとか思ってるんだぞ!? こんな気持ちじゃ付き合いきれねえんだよ!!」
頬を涙が伝っていた。
なんで泣く? なんでだ?
俺は嫌なんだ、この関係が。
自分の気持ちが。
 それなのに、
「大丈夫だよ…」
 佐奈が一歩、俺に近づく。
「私は、大丈夫だよ…」
 佐奈が一歩踏み出し、俺の首裏に手を這わせ、そして柔らかな膨らみに顔を押し付ける。
 長い髪が顔にかかる。甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「受け入れるから…」
 きゅっ…と抱きしめる強さが増す。
「受け入れて…」
 佐奈の細い肩は震えていなかった。耳には規則的な鼓動が届いてくる。
所在無さ気に垂れた両腕を、緩慢な動作で持ち上げる。
そして佐奈の細い体を、優しく、強く抱きしめる。
佐奈の体は細くて、それでも女の子特有のやーらかい感じで。
暖かい。

風は、止んでいた。
遠くでは授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響いていた。
結局サボった。単位、やばい。


「ユウ!!」
「ああ!?」
高架の下にいる。
トラックが通るたびにゴォォォォという音が響く。今日は交通量が多いのか、それともカミサマの嫌がらせか。
うるさくてボリューム上げないと、何言ってるのか分かりもしない。
周りは明るい。まだ午前十一時。学校は、サボった。
深夜と違って、お互いの顔がよく見える。
少し照れたような佐奈の笑顔が、俺の何かのスイッチを入れる。
「付き合って!!」
相変わらずトラックの音がうるさかった。でも、佐奈の少し高い声は耳をしっかり捉えた。
答えなんて、
「ああ!!」
決まってる。


順番間違えてる、というかえらく複雑だけど、こうして付き合い直すことにした。
人が変わるには、それなりの理由が必要らしい。
それなりの理由が何かは、誰にも分からないけど。


end
2004-09-21 18:47:23公開 / 作者:蘇芳
■この作品の著作権は蘇芳さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
まずは今作に目を通して頂いたK氏に、感謝の意を表したく思います。
ありがとうございました。
少しばかり弱気になっていたところで、救われた気分です。心機一転、K氏を筆頭とした皆様、改めて宜しくお願い致します。
さて最後が消化不良気味であるかな、というのが作者の感想です。熟考してみたのですが、如何なものでしょうか。
目を通してくださった方は、一言でもいいので感想を入れてくれれば、作者が喜びます。
それでは、

加筆してみました。崩れたかな? とか思ったり。
とりあえず22日に届く『半分の月がのぼる空』が楽しみです。
この作品に対する感想 - 昇順
蘇芳様の作日は、今回初めて拝読させていただきました。なんかもぅ……大好きです。すごく好きです。心の中の自分でもどうすることも出来ない葛藤を、受け止めてくれる人がいる。それが自分の好きな人ならば、これ以上嬉しいことはありませんよね。読み終わった後には、小さく、けれど確かな幸福感と満足感がありました。心情も不可欠なく描かれており、とても感情移入しやすかったですし。「最後が消化不良気味であるかな」とお思いになられているようですが、藤崎個人的にはラストのシーンは最高に好きです。一度別れた場所からまた新しく始める。なんていうか……二人で山を一つ越えた感じを受けました(ちょっと違う)。この二人なら、いつまでもやっていけるのでは、とさえ思いました。  今、あたたかいもので満たされております。ありがとうございました。
2004-09-20 17:57:38【★★★★☆】藤崎
読ませて頂きました。今までとはガラリと違う蘇芳さんの作品に、密かに驚いていたり(笑   自分の好きな日常の恋愛モノ、少しだけシビアな展開から描くその書き方は素直に見習いたいものがあります。  ただ一つだけ気になったのが字下げのことですかね。狙って一文だけ、という意図があるのでしたらアレですが、下げてもらえると良かったかな、と。しかし温まる物語、ありがとうございました。
2004-09-20 21:08:06【★★★★☆】神夜
よくよく考えれば蘇芳さんの作品って見てなかったなあ(ぇぇぇ ということでこの作品を読みました。第一印象。すげえなオイ。第二印象。すげえなオイ。第三印象。すげえなオイ。ラスト。やっぱりすげえや(何 何から何まで凄かった……。くそぅ(悔し泣き/ぇ どうして皆さんはこんなに書くのが上手なのか……。やはり才能? 才能の違い??(いや何  ではでは……(ぇーぇー
2004-09-20 21:40:53【★★★★☆】ベル
私もたぶん他の皆様と同じように、幸福感に浸りました。淀みなく流れる誇張のない自然な文体も、とても快でした。主人公の真の別れたい理由をクライマックスで明かす構成も、効果的です。字下げに関しては神夜さんと同様に感じたのですが、散見する字下げのある行は、別の形で強調する手もあると思います。
2004-09-20 22:31:08【★★★★☆】バニラダヌキ
スピード感がすごいですね。どんどん先に進めて、すごく良かったと思います。やはりどうすればいいかわからないときに答えを教えてくれるのが恋人という存在ですね。一つだけ気になったのは最後の「こうして付き合い直すことにした。」という文です。俺だけかもしれないんですけどなんか「こうして」というのがちょっと違和感を感じました。たぶん俺だけですね、はい。笑
2004-09-21 13:01:13【★★★★☆】流浪人
計:20点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。