『InsAnE thEOrIEs』作者:かえる / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
全角8323文字
容量16646 bytes
原稿用紙約20.81枚

     ・・・零・・・

 彼は目を覚ました。酷い空腹感が彼を襲った。丁度良く目の前に「食料」が吊り下がっていたので、彼は其れに飛び付いた。生まれたばかりであった筈の彼は、本能と、そしてあやふやな記憶から、必要な事の殆ど全てを理解していた。
 食べるのに夢中になっていたので体重を「食料」にかけ過ぎた。天井から下がっていた縄が切れて、其れは落ちて来た。
 彼が食べていたものには顔があった。手も足もあったけれど彼に喰われてぼろぼろで、良く判らなかった。
 比較的(彼に喰われていないと言う意味で)綺麗だった其の顔を、彼は知っていた。其のひとは彼にとって誰よりも何よりも大事だった。
 彼の、母親だった。
 彼は只管に泣いた。腹に金属の細長い板のようなものが刺さっているのに気付いて、其れを母が刺した事を思い出して、また泣いた。

 救いは突然にやって来た。現れた彼女を、彼は天使だと思った。
 銀色の髪と灰色の瞳をしたモノクロのような少女。けれど彼が彼女を天使だと思ったのはそんな理由からではなく。
 彼には、彼女の美しい顔が天井から吊り下がる前の母と同じに見えたのだった。


 おちてゆく、イメージ。
 判然としない意識の中でたった一つ理解できたのは、見も知らぬ老人の言葉だった。
「君が必要だ」
 必要とされているのが俺ではなく、俺の特異な体質であったとしても、自分の存在に意味を与えてくれると言うのなら、其れならば。
 俺は貴方に従おう。そう、応えた。


 はじめて見た「根島剛」は監視カメラの中の存在。其れも、何年も前のものだった。
 背はそれほど高くないだろうが、細い所為で奇妙にひょろ長く見える。文字通り折れそうな首には何故か、赤い首輪。綺麗な顔に残る紫色の痣が痛々しい。
 しかし私が注目したのは彼のぼんやりとした目だった。焦点の定まらない其の目は銀色をしていたのだった。

 私の名はトウヤ。現在十二歳、中学一年生で、私立の女子校に通っている。因みに私の意思ではない。唯一の血縁であるらしい、青木という名の祖父の希望だ。
 正確に言おう、命令だ。あの男、私をこき使うつもりのようである。
 その青木は(本人の前以外では、私はあの男をこう呼んでいる)一月ほど前に或る少年を手に入れたらしい。一年前に事故に遭い眠っていた少年は、現在私が今居る此の病院に居るらしい。
 青木は本人の了承を得て剛を連れてきたらしいのだが、おかしな事に彼は自分が無理矢理此処に連れて来られたと思い込んでいると言うのだ。学年で言うなら本来私より二つ上、幼児でもぼけ老人でもないのに何を言っているのやら、と正直私は呆れてしまった。
 学校にこそ行っていないものの頭が悪い訳ではなく、記憶力などは人並み以上だそうである。ならば何故、彼は何も覚えていないのか。
 
 彼は元々他所の病院に入院していた。原因は交通事故。トラックに轢かれて、外傷は無いものの意識は戻らなかった。
 外傷は、ない。余りに不自然である。目撃者の話だと、事故に遭ったのは彼一人ではない。五歳位の男の子がいて、剛が轢かれたのは其の子を庇おうとした結果に見えたそうだ。そして剛は彼を庇う事ができなかった。少年は原形を留めていなかったとか。
 其れだけでも謎が謎呼びそうな不思議事件だが、話を更にややこしくしているのは、剛の家庭環境であった。
 剛の両親は彼が幼い内に離婚、剛は父に引き取られ、義理の母であるエスターテに可愛がられた。詳しい事は知らないが、estateはイタリア語で「夏」を意味する筈なので多分彼女はイタリア人なのだろう。そういう事にしておこう。
 閑話休題、エスターテが剛を可愛がっていたのは、どうも彼が父親に良く似ていたかららしいのだ。彼女は剛の父、丈治にべた惚れだった訳だ。
 それにしても過剰な愛である。一歩も家の外に出さず、首輪まで付けて閉じ込めていたと言うのだから。おまけに彼女は情緒が不安定だったのか、良く分からない理由を付けては剛に暴力を振るっていた。彼の家は裕福だったので使用人が何人か居たのだが、剛をこっそり外に出してやろうとした者は即刻解雇。其れを知っていても剛を助けようとする人間は後を絶たなかった。異常なまでの忠誠心である。
 其処が恐らく、青木が剛を手に入れんとした理由なのだろう。人の上に立つ男が更に欲するほどの、他者を惹き付け従える力。其れがどの程度私に通用するか、確かめてやろうじゃないか。
 長い廊下の突き当たりで、ぽつんと壁に同化する扉を開く。


     ・・・壱・・・ 五月七日

 枯れていく気がする。
 此処に来てからどの位経ったのかは知らないけど、おれはずっと泣いていた。泣いてない時は怒っていて、それでも涙を流しっぱなしだったから、そろそろ水分がなくなりそうな気がする。それでもいいさ、水を補給するだけだ。泣いてたって無駄にエネルギーを消費するだけだと分かってはいるのだけど、おれ以外にエスの死を悲しむ奴なんて居ないんだろうから。
 ドアの向こうに気配がした。此の部屋には時計が無いからはっきりとは分からないけども、いつもの自称「医者」たちが来る時間ではないと思う。あいつらもいい加減学習して、剛が出て来てる時を狙うとかすれば良いのに。剛はどうせ、嫌な顔一つせずに協力するんだから。おれはどうせ、入って来た奴を酷い目に遭わせるんだから。
 でもまあそれは、おれにあんな事した方が悪いんだ。
 ドアが、ゆっくり開かれる。さてどうしよう、まずは噛み付いてやろうかな―と考えて、ドアに真っ直ぐ向き直った。

 瞬間、涙は引っ込んでしまった。
「えす」
 エスだ。白くて銀色で灰色で黒いけど、あの顔はエスだ。こういうのを「モノクロ」って言うんだっけ。おれたちと少し似ていた。
 銀色の髪はおれたちの目と同じ色なのに、凄く綺麗に見えた。服は何故か真っ黒だけど、エスは天使にでも採用されたのかと思った。
 エスが灰色の目で、おれの真っ赤な首を見る。軽く眉を寄せて、聞いた。
「痛くないの?」
 声が出ないくらいに驚いてたから、首を横に振った。エスは斜めに首を振って、それから言った。
「根島剛?」
 顔に血が上った。コイツはエスじゃない。
「違う!」
 エスに似た顔の誰かさんは端からおれを剛だなんて思ってなかったらしく、でしょうね、と笑った。がくー、と力が抜けてしまった。
「多重人格、って事で良いのかしら? 名前は?」
 誰かさんは何が可笑しいのか、また笑った。質問してばっかり、とか呟いている。
「無い。うん、よく分からないんだけど、おれは生まれたばっかりみたいだから」
 つとめて…だっけ、何かそんな感じに、なるべく冷静に答える。誰かさんは、ふーんと余り興味がある訳でもなさそうに相槌を打った。
「私はトウヤ。カガミ、トウヤよ。宜しくね」
 何がそんなに楽しいのか質問したくなる位に嬉しそうに笑って、トウヤは右手を差し出してきた。何だか悪い気はしなかったので、血塗れの手を着ていた服で拭いてから、俺も右手を差し出した。


 おれは目を覚ます。今日はまだ、壁に書かれた日付が更新されてない。カレンダーも時計も無いこの部屋の中では、剛の体内時計だけが頼りなのに。
 剛が表に出ている間の記憶は殆どないから、今日が正確に何月何日なのかが分からない。最後に見たのは、確か……。

 五月七日の訪問客、トウヤは、いきなりタオルを取り出した。
「血塗れはどうかと思うのよね。はい、拭いて」
 何だか高そうなタオルに見えた。血って落ちにくいんじゃ。
「気にしない気にしない。早く拭きなさいな」
 言うが早いか、トウヤはごしごしとおれの首をこすりだした。
「痛い…」
「え、そう? でも血は止まっているように見えるけれど?」
 そうじゃなくて。そんな力一杯こすったら痛いって。
「あら。此れ、血よね。何処から流れたの」
 一応とはいえ綺麗になった首には、一筋の傷も無い。見えないけど、そうなってるのは間違いない。
「…首からだよ」
 微かに熱を帯びた首を摩りながら、俺は答えた。どういう事だ? トウヤが此の事を知らないなら、何故此処に居る?
「おれが事故に遭って無傷だった事とか、何にも知らないで此処に来たわけ? トウヤ、なんで来たんだ?」
 言ってから、自分の言葉が冷たく響いたのが酷く気になった。トウヤは気を悪くしなかっただろうか。恐る恐るトウヤの表情を窺う。
「事故、少年を庇ってトラックに轢かれながら、根島剛は無傷。つまり、つまりそう言う事だったの? なら、青木が私を此処に来させた理由は」
 爪を噛みながら、ぶつぶつと呟いている。聞き取れない言葉の方が多すぎて、内容は全く分からなかった。ぱっ、と顔を上げて、トウヤは言った。
「回復スピードは、どの程度なの? 爪痕は直ぐに消えるのね。トラック事故から察するに、原形を留めないほどの損傷でも瞬時に回復が可能?」
 驚くべき事に、トウヤは既に大方を理解してしまったらしい。俺にも理解できた事がある。普通の人間にしてみればありえない事を簡単に受け入れたトウヤは、普通じゃない。こんな状況に、おれたちみたいな化け物に、慣れている。
「回復は出来るだろうな。こうなってから日が浅いから、断言は出来ないけどさ」
「……」
 トウヤは俺の答えを聞くと、そのまま何も言わずに部屋を出て行った。

 トウヤは一体どうしてしまったんだろう。あの時会ったのが初めてだから、おれはトウヤの事を全然知らない。でもあんな風に出て行ってしまうのは、らしくないように思う。
 やる事もないので、部屋の中を見回した。今おれが座ってるのは大きなベッド。床はなんかの石で出来ていて、硬く、冷たい。壁際には本棚。おれは字が読めないから、何の意味も無い。壁には大きく日付が書かれている。五月七日で止まったままだ。壁と天井の境目には監視カメラ。音声は向こうに届かないみたいだ、と以前、剛が確かめたらしき記憶がある。用があるときは電話。病院の中にしか通じない。ドアはトウヤが来て以来、開いていない。食事はもっと小さな穴から入ってくる。そういえばこの部屋、掃除されてないんだな。うわ、汚。
 駄目だ、もう思考が続かない。考える事が底を尽きた。医者でも良いから来てくれないかな。今なら、血液採取くらいは笑って許せる気がするんだけど。
「腕立て伏せ耐久二十四時間とかしてようかな。ああクソ暇だ」
 カメラと反対側に、横に細長い窓がある。其処からは光が入ってくるから、何となくの時間は知る事ができる。本物の光かは分からないけど。此処は地下だって話だし。
「気が滅入ってきた…」
 いつもの事だけど。
 ごん、ごんと乱暴なノックの音がする。ドア硬いし、痛くないんかな。防音だから、返事はどうせ聞こえない。こっちから開ける事もできないし、要するにノックなんて無意味なんだよな。黙って、ドアが開くのを待つ。トウヤだろうか。
「失礼するよ」
 期待外れ。いつもならノックしないくせに今日に限ってするから、ちょっと期待してたのが莫迦みたいだ。トウヤだってノックなんかしなかったのに。
「今日は、なに? 血? それとも、前みたいに目玉とか持ってく気か」
 顔に覚えは無いけど、白衣を着てるから例の自称医者たちだろう。医者は患者の腕ぶった切ったりはしない。
「いや、違う」
 医者は気持ち悪い薄笑いを浮かべて、後ろの奴らに合図した。おれは舌打ちする。最悪だった。
 頭や腕や腹や足に針を刺されて、繋がれる。無駄に頑丈そうな鎖とベルトで縛られて、暴れられないようにされる。普段なら捕まる前に大暴れして一人二人半殺しにするんだけど、今日は何だか面倒で、おとなしく捕まってやった。
「珍しい。一体どうしたんだね? 先程の台詞から、暴れる方の奴かと思ったんだが」
 おれたちは人間として扱われていない。「暴れない方の奴」には剛っていう名前があるけど、呼ばれてないだろう。
「面倒なんだ、全部」
 素直に答えると、医者の目が丸くなった。うわあ、驚きまくってるよ。ちょっと面白い。
「他の化け物に会って、何か心境の変化でもあったのか?」
 あ、ムカつく予感。
「化け物? 誰の事だ?」
「七日に会っただろう」
 七日に会ったのなんか一人しか居ない。こいつはトウヤの事を今、何て言った?
「ば、けもの、だと?」
「違うのか? お前と同じだろう、あれは」
 此れは別にトウヤがおれたちと同じ死なない化け物だとか言ってるわけではないんだろう。トウヤは見た限り、「只の」「人間」だった。
「ふ、ざ…け」
 視界がぼやけてくる。クスリでも打たれたかな。体が動かない。待て、おれは、トウヤを化け物扱いした此の莫迦野郎を、いっぺん殴ってやらないと気が済まないんだ。
 体が完全に動かない。目も見えない。冷たい金属の感触がする。


 こいつ等を人間と呼んで良いんだろうか。
 「どうせ直ぐ治る」「また生えてくる」、と、自分に言い聞かせながらおれたちを切り刻む。其の言葉は事実だけど、おれにも痛覚や感情はあるって言うのに。
 
 おれは、腕を切り取られようと眼球を抉られようとそんな理由で泣いたりなんかしなかったけど、もしかしたら泣いても良かったんじゃないかと、今は思う。エスや、他の誰かの為でなく、自分の為に泣いても許されたんじゃないかと。
 神も悪魔も信仰しないから、彼らに許される必要は無い。
 おれが何をしたって、エスは許してなんかくれないし、許されたいとも思わない。
 だけどトウヤは、自分の為に泣くおれに笑いかけてくれるんじゃないかと、根拠の無い期待を抱いてしまう。つい笑ってしまいそうになって、傍に医者たちが居るのを思い出して顔を引き締める。もっとも、すぐに笑いは引っ込んでしまったけれど。
 おれがトウヤの何を知っている?
 トウヤの言葉が真実だと、おれは信じ続けていられるか? 病院なんて名ばかりの研究施設にやってくる奴なんて、信用する方がどうかしてる。本当にトウヤを信じられるなら、それでいい。でも信じられないなら、ほんの少しでも疑って、疑いこそが真実だったとしたら? 辛うじて人間で居られたおれの心は、はっきりと怪物に傾くだろう。
 怪物…化け物。何故トウヤは、化け物なんて呼ばれたんだろう。トウヤの「器」は人間だ。なら「中身」が、精神こそがトウヤの化け物と呼ばれる理由だと、そういう事なのだろうか。
 くすりでくらくらする。


 一度沈んだ意識が浮上して、安堵より先に感じたのは激痛。
 不自由な首を少し動かして身体を見れば、医者たちはおれの腹を縦に切り裂いて、その上塞がらないように傷口に鉄板を挟んでいた。傷なんか治れば痛みは消えるけど、これじゃ治るものも治らない。中身が取り出されてるみたいで、空気の感触がする。
 …こうなるまで気付かずに寝てたのか。
 恐怖が押し寄せてきた。おれは苦痛を感じる。それはおれが人間だと言う何よりの証拠だと思ってた。もしかしたらおれは、人間でなくなりつつあるのか。
 それは、とても恐い。痛覚が無くなったらおれたちは、本当の化け物になれる。死なない、痛くない、何も、感じない。
 おれは天井に顔を背けた。額に汗が浮かぶ。壁と同じ色の冷たい天井ごときでは、落ち着けるわけがない。
「…ひぁ」
 身体の内側に手の感触がして、気持ち悪い。胃袋を抜き取られてなければ吐いてるところだ。抜き取られた内臓の代わりに何か突っ込んであって、再生できない。
「ゃめ…」
 何処までも、転げ落ちてしまいそう。こんな奴らに助けを求めようとするなんて。自然に、目尻から水がこぼれる。いつの間にか呼吸も出来なくなった。肺も抜き取られたらしい。
 こいつらの目的は知らない。おれたちが何処まで生きられるか、確かめようとでもしてるんだろうか。
 歯を食いしばって耐える。悲鳴を上げるには遅すぎるけど、こうしないと口が勝手に動き出しそうだった。
 世界が真っ白になる。くるしい。


 目を閉じたまま、自由に動く事もできないまま、おれはトウヤの事を考える。おれがトウヤを信じたいと思う理由を。
 エスに似てたから? 違う。おれが目を奪われたのは、トウヤの銀髪だった。惹かれたのを顔の所為にしてしまったのは、エスのことを忘れそうになったから。涙が止まってしまうくらいに、トウヤは綺麗だった。金属みたいに冷たく輝いて、何て綺麗なんだろうと思った。でもトウヤの顔はエスをそのまま幼くしたみたいにそっくりで、おれにエスを忘れるなと言っている気がした。
 だから気持ちをすりかえた。あれはエスだ。エスが俺のところにやってきた、って。
 …どうして?
 エスが来た理由を、あの時、おれはどう思った?
 おれは思ったんだ。ひょっとしたら、エスはおれを許してくれるんじゃないか。天使みたいだと思ったから、昔と同じに笑いかけてくれるかもしれないと、自分勝手に思ったんだ。
 エスはおれの事なんか知らないのに。
 エスの息子は剛で、エスが殺そうとしたのも剛で。剛は、エスの理想どおりに出来なくて、エスは苦しくなったんだ。剛はそれを受け入れた。でも何処かで「死にたくない」と思ってて、おれが生まれた。
 おれが知っていた事は多くない。少しの記憶と、人間じゃないものの本能。人間を喰らう化け物だ。
「……」
 どうしておれは、化け物でなければならなかったんだろう。人間じゃ駄目だった理由が欲しい。おれの心は人間で、でも身体は化け物。不安定で、嫌になる。
「せめて心の底から化け物だったら」
 苦しまずに済んだだろうに。
「救われないな」
「そう思うの?」
 応答があった。目を見開くと、トウヤが立っていた。
「久し振り。私の事、覚えているでしょうね?」
 胸を張って、自信たっぷりに言い放つ。
「…トウヤ」
 おれの呟きにトウヤは、
「よろしい」
 と、笑った。


     ・・・弐・・・ 五月十五日

 朝から耐え続けていた雲も二時間前遂に我慢の限界を迎えたようで、雨が降り出していた。
 理由は知らないが担任教師に追い掛けられて廊下でデッドヒートを繰り広げていた友人に別れを告げて、青木の手下が運転する車に乗り込んだのは、三十分前。今私は、目的地である例の「病院」から遠く離れた廃工場の前にいる。傘が無いので雨に濡れているが、構わない。中にいるよりは幾分かましだ。

 青木の手下こと山下義信、三十二歳。地位的には下の下に位置する彼が私を此処に連れて来たのは、どうやら私を殺す為だったようだ。車内で眠っていた私が不穏な気配に目を覚ますと、車を武装した男達が取り囲んでいた。
 動機は不明。恨まれる覚えなら山ほどある。
 先程まで運転席に居たであろう山下が後部座席から私を引き摺り出そうとする。其の瞬間、山下が爆発した。首から上が突如弾けたのだ。
 一歩退いた男達の隙間を縫って駆け、壁に寄る。彼らが最後に見ただろう光景を代弁するなら、こう言う事だ。
「窓から扉から天井の穴から、水が意思を持つかのように雪崩れ込んできた」
 余り良い光景ではないので工場の外に出てから、百十番通報。警察の到着を待つ。

 回想終了。警察がやって来て、事情を聞く。無論全てを話す事は出来ないので奥の手を使う。会話の中に、自然な形で青木の名を出した。自分は青木龍一郎の孫娘だ、と。目論見は成功した。私が着ているのが日本で五指に入る有名私立学校の制服だった事も功を奏したようである。確認の結果私の言葉が真実だとわかると、彼らの姿勢が低くなった。
 車で送られそうになって、丁重に辞退する。病院は厳重に秘匿されているのだ。
 現場から離れ、携帯電話で迎えを呼ぶ。制服はもう、雫一つ付いていなかった。

 
2004-10-17 21:55:30公開 / 作者:かえる
■この作品の著作権はかえるさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
タイトル変えてしまいました。何だか気に入らなくて。
今回もあんまり進んでませんごめんなさい。

 アドバイス有難う御座います。可能な限り修正していきます。

 またちょっとだけしか進んでないですスイマセン。
 所で、担任教師に追いかけられ云々のところは実話が元になっていたりします。見た訳ではないのですが、去年と一昨年クラスメートだった人が今年の担任に追いかけられたそうです。勿論教師は悪くありません。
 …どうでも良い事でごめんなさい。
この作品に対する感想 - 昇順
感想記事の投稿は現在ありません。
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。