『都会暮らしの苦労』作者:夜行地球 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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 今日は朝っぱらから小学生のガキにエアガンで撃たれた。
 ムカついたんで逆襲してやろうかと思ったが、すんでの所で思いとどまった。
 ここの所、俺らと役所の関係は最悪だ。
 ガキ相手に傷害事件でも起こそうもんなら役所の奴らは大喜びで俺らを追い出す算段を練るだろう。
 俺だけの問題ならどうでもいいんだが、仲間に迷惑がかかっちまうのはまずい。
 いくら堕落したからと言っても、知り合いに迷惑をかけて平気でいられるほど落ちぶれちゃいない。
 そこまでいったらお終いだ。
 一銭たりとも生きる価値が無い。
 
 俺がこんな生活を始めてどのくらい経ったのだろうか?
 何年か経った気もするが、もしかしたらまだ二、三ヶ月かも知れない。
 同じ生活の繰り返しで時間の感覚が狂ってしまったみたいだ。
 都会に来れば刺激にあふれた生活が送れるというのはただの勘違いだった。
 確かに都会には刺激があるが、そのどれもが俺には関係の無いものばかりだ。
 俺の知らない場所で、俺の知らないやつが、俺の知らない刺激を満喫している。
 考えただけでげんなりしてくる。
 夢と希望に満ち溢れた都会なんて単なる幻想だった。
 ここで得られるのは効率だけ。
 そして、その効率化の末に破棄される物によって俺は何とか生きることが出来ている。

 とりあえず腹が減ったので、いつものコースを回って食料を調達することにする。
 まずは、ラーメン屋『もりもり亭』。
 ここは適度に寂れているおかげで、たまに賞味期限切れの麺やその他の食材をゴミに出していることがある。
 こっちは多少傷んでいても気にしないから、その時はそのゴミを美味しくいただくことにしている。
 もちろん、店員たちには見つからないようにこっそりとだ。
 周囲に誰もいない事を確認してからゴミ箱に近づく。
 中を素早く覗いてみる。
 入っているのは紙や割り箸などの食べられないものだけだった。
 どうやら、最近は客の入りがいいみたいだ。
 店には良いことだろうが、こっちとしてはがっかりだ。
 次、行ってみよう。
 コンビニの『ニコニコマート』。
 ここは賞味期限切れの弁当なんかを廃棄しているから、旨い食料と遭遇できる確率は他に比べて高い。
 ただ、その廃棄食料は脇の物置に収納されることが多く、お目にかかれることが滅多にない。
 間抜けなバイトが物置の扉を開けっ放しにでもしてくれないと食べたくても食べられない。
 コンビニの横に回ってみる。
 やっぱり物置の扉は閉まっていた。
 最近のバイトは仕事が出来すぎて困る。
 低賃金なのに必死で働く青年たち。
 不景気のなせるわざかな。
 ラスト、マンションのゴミ収集所。
 ここは最期の手段だ。
 さすがにマンションは人の出入りが激しく、こっそりとゴミを調べることが難しい。
 現在、時刻は十一時。
 人の出入りがもっとも少ない時間帯だ。
 やるなら今しかない。
 俺は最新の注意を払って収集所に近づいた。
 一番上のゴミ袋を覗くと、野菜くずの姿が見つかった。
 今日のところはこれで我慢しよう。
 俺がゴミ袋を破ろうとしていると、
「あなた、何してるの?」
 と、声をかけられた。
 まずい、見られた。
 相手の顔を確認すると、声の主は五歳くらいの女の子だった。
 その顔には俺に対する嫌悪感は浮かんでおらず、純粋な好奇心だけがあふれ出していた。
「お腹すいてるの?」
 もう一度声をかけてくる。
 俺が黙っていると、それを肯定だと受け取ったらしく、少女はマンションの中に戻っていった。
 このままゴミ袋から野菜くずを取り出すか、ここから立ち去るかの思案にふけっていると、さっきの少女が手に野菜を持って現れた。
「お腹がすいてるなら、これを食べて頂戴」
 そう言って、俺に野菜を差し出す。
 これは、受け取っていいものなのだろうか。
 俺が迷っていると、少女は野菜を地面に置いて、ちょっとだけ離れてくれた。
 その気遣いが嬉しくて、俺は野菜を口にした。
 新鮮なキュウリの感触、トマトの甘酸っぱさ。
 どれも、しばらくの間忘れていたものだった。
 そうやって野菜にかぶりついている俺を少女は楽しそうに見ている。
 なんだか、こっちまで楽しくなってしまうような笑顔だ。
 しかし、楽しい時間は長くは続かない。
 バタバタという足音の後、
「真由美、こんなとこで何してるのよ」
 という声が聞こえてきた。
 どうやら少女の母親らしい。
 母親は野菜を食べている俺を見ると、吐き捨てるように言った。
「あんた、何でこんなのに野菜なんてあげてるのよ。病気でも移ったらどうするつもり? 早く部屋に戻りなさい」
 少女は悲しそうに顔を伏せた。
 俺もいたたまれなくなって、すぐにその場を去った。
 俺が野菜を食べたことで結果的に少女を傷つけてしまった。
 やっぱり俺らは普通の人間とは距離を置いたほうが互いに幸せなのかも知れない。

 公園にある自分のねぐらに帰ってきた俺は、今日の出来事を振り返っていた。
 エアガンで俺の事を撃ちやがったガキと野菜をくれた少女。
 突然の悪意と善意。
 それは、無知ゆえの行動の裏表なのかも知れない。
 純真な子供は、気付かないまま他者を傷つけ、気付かないまま他者を癒す。
 無意識の行動ゆえに、それは残忍であり、気高くもある。
 そんな事を考えているうちに日が暮れていこうとしていた。
 エアガンで撃たれた痛みと貰った野菜の美味さ。
 その二つを思い出しながら、俺は夕陽に向かって大声をあげる。
 今日一日の出来事を締めくくるように、辺りに響き渡るように、自分の存在を示す。
「カァー、カァー、カァー」
 俺は都会暮らしのCROW。
 カラスだからってなめんなよ。

 <終わり>
2004-09-10 22:07:13公開 / 作者:夜行地球
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■作者からのメッセージ
連載物を書いてみたいと言いながら、またショートストーリーになってしまったヘタレです。
今回の作品は、最近彼らの姿を良く見かけるなぁと思って書いたものです。
こんな作品ですが、感想や批評を書いてもらえると嬉しいです。
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