『よろず屋にて』作者:夜行地球 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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 私の運命を変えた一日。
 あの日のことを私は決して忘れません。

 あの日、当時高校生だった私は少し時間を持て余していました。
 五・六時間目が自習になって、病院の予約時間までの数時間が急に暇になりましてね。
 えっ、何で病院に予約をしていたのか、ですって?
 私には持病があったんですよ。
 病名を言ったところで分からないでしょうから言いませんけどね。
 まあ、それで週一回金曜日に病院に通院していたんです。
 そこの女医さんがなかなかの美人で憧れたものです。
 今でもまだ、お仕事を続けているんでしょうかね。

 えっと、どこまで話しましたっけ?
 ああ、そうそう、暇になったあたりまででしたね。
 それで、私は時間を潰すために学校の近くを散歩することにしたんです。
 根暗だったから一緒に遊んでくれる友達がいなかったんですよ。
 でも、学校の近くの散歩って言うのも意外に面白いものでしたよ。
 通い慣れた道を一つ曲がるだけで見知らぬ場所にで会えるんですから。
 それで、そうこうしているうちに奇妙な商店街に辿り着きました。
 そこは実に奇妙な場所でした。
 古ぼけた店と妙に新しい店とが作り出す不思議な調和。
 懐かしさと憧れの共存。
 そして、そこにその店はあったのです。
 古臭い看板と陽気なネオンサイン、一目見ただけでは何の店か見当もつきませんでした。
 しかし、私は何故かその店に興味を引かれました。

 何気なくその店のドアを開けてみると、そこには一つのテーブルとそれを挟む様に二つの椅子がぽつんと置いてありました。
「いらっしゃいませ、よろず屋にようこそ」
 どこから現れたのか、老人が声をかけてきました。
「お客様が何をお求めなのかは承知しております。どうか楽にしていてください」
 老人はそういうと私を椅子に座らせました。
 広い室内に老人と二人っきり。
 とてもリラックスなど出来るはずありません。
 老人は私の向かい側の椅子に座ると、軽く咳払いをしました。
「さて、一体何がよろしいでしょうか?」
 老人の言葉が先程のものと矛盾している気がしましたので、私は質問をしました。
「この店は一体何を売る店なのですか?」
「よろしい、それではお答えしましょう」
 こうして老人の話が始まったのです。

「その昔、一人の男がおりました。
 その男は、器量・体格・財産の全てが人並み以下で、そのことを非常に疎ましく思っておりました。
 そんなある日、男は奇妙な店の噂を聞きました。
 その店は、客の持つ何かと交換に何でも客の願いを叶えてくれるというのです。
 男は話を聞いた翌日からその店を探し始めました。
 そして、十年間探し続けた末に、ついに男はその店に辿り着いたのです。
 古ぼけた看板に陽気なネオンサイン、まさに聞いていた通りの店でした。
 男が店の扉を開けると一人の老人が待ち構えていました。
 そして、老人は男に向かって言いました。
『いらっしゃいませ、よろず屋へようこそ。お客様が何をお求めかは承知しております。どうか楽にしていてください』
 男は気味悪がりながらも老人に話しかけました。
『俺が何を欲しがっているのかを本当にわかっているのか?』
『ええ、美しい容貌に完全な身体それと莫大な財産、でしょう?』
『……』
『しかし、これらは非常に高価ですからね。交換するとしたら……そうですね、お客様のこれまでの人生の記憶程度のものが必要でしょう』
 男は笑って言いました。
『そんなものだったら喜んでくれてやる。今まで一度も良いことなんか無かったからな』
 こうして男は求めていた全てを得ることが出来ました。
 それからの毎日、男はありとあらゆる娯楽を楽しみました。
 その美貌と羽振りの良さから彼を慕うものも徐々に増えていきました。
 しかし、人の心とは非常に不思議なものでありまして、今までの人生を思い出せないとなると、次第に自分の人生が素晴らしいものであったような錯覚が生まれてきたのです。
 男は再びよろず屋に向かい、老人に自分の人生の記憶を売ってくれるように頼みました。
 すると、老人は言いました。
『以前、お客様にお渡ししたものをすべてお返しいただければ可能でございますが』
 男は使ってしまった分の金を多数の金融会社から借り、全財産を持って店に戻りました。
『どうだ、これであんたに貰ったものは全て返せるぜ』
『よろしいでしょう。それでは、お客様にいただいた人生をお返しします』
 男はこうして自分の人生を取り戻したわけですが、取り戻したそれはやはり何の面白みも無いものでした。
 男は自分のやった行為の愚かさに今更ながら気づきました。
『やっぱり、俺の人生はあんたにくれてやる。だから、さっき返したものをもう一度俺にくれないか』
 しかし、老人は首を振ってこう答えました。
『残念ですが、一度お返ししたものは戴けませんし、一度お返しされたものはお渡し出来ません。そういう規則ですから』
 結局、男に残されたものは、今まで通りの惨めな自分と莫大な借金だけでした。
『ざけんじゃねえぞ』
 男は頭に血が上り、持っていたナイフで老人を刺してしまいました。
 男はすぐに自分のやったことの恐ろしさに気がつき、動揺しましたが、刺されたほうの老人は穏やかな口調で言いました。
『この店の店主である、ということは一種の呪いなのですよ。誰かに殺されない限り死ねない体になってしまい、生きている間はこの商売を続けないといけないのです。私も先代の店主を殺してしまってから実に長い間商売を続けてまいりました。店から一歩も出ることもできず、実に苦しい毎日でした。でも、お客様のおかげでようやく楽になることができます。ありがとうございます』
 言い終わると老人は死んでしまいました。
 男は恐くなって店から飛び出そうとしました。
 しかし、店から出ることは全く出来ませんでした。
 そして、ようやく気がついたのでした。
 自分が次の店主に選ばれてしまったことに……」

 老人の長い話が終わり、私は質問をしました。

「その男というのがあなたなのですね」
「その通りでございます」
「ところで、僕の求めていたものは何だったんですか?」
「ちょっとした時間潰しでしょう」
「僕は一体何を支払えばいいのかな?」
「代金はすでに戴いております」
「?」
「老人の下らない身の上話につきあっていただく時間ですよ」
「そうですか」
 そして私はそのままその店を出ていった……と思いますか?

 違いますよ、私は老人を絞殺したんです。
 何故かって?
 私は不死の体が欲しかったんですよ。
 実は私の持病はいわゆる不治の病って奴に近いものでしてね、近々手術を受けることになってたんですよ。
 成功率は十%以下、手術を受けなかったら余命半年。
 死に対する恐怖が最高潮に達していたんです。
 老人の語った、死ねない体というのは私にとって実に魅力的だったんですよ。
 それで現在に至るってわけですよ。

 どうです?少しは面白かったですか?
 どうもこんな場所にいると面白い話とは縁が無くなってしまうものですから……
 それでは、お代のほうは約束通りこの話を文章にして戴くということにしましょう。
 今後とも、よろず屋をご愛顧下さいませ。

 <終わり>
2004-08-29 22:23:34公開 / 作者:夜行地球
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■作者からのメッセージ
ショートストーリー第三弾です。
オチが弱いかなと思いつつ投稿してしまいました。
次回あたりから連載に挑戦してみようかな、なんて考えています。
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