『アイヴィスの歌声 プロローグ』作者:蘇芳 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
全角3537文字
容量7074 bytes
原稿用紙約8.84枚

 真夏のモール。
歩道は人で埋まり、車道は車で埋まっている。
当然といえば当然なのだが、車道を車が埋め尽くすのはどうかと思う。
なんでかって言うと流れていないから、車がエンジン掛けっぱなしで止まっている。
一時間ほど前に強盗があったらしい、それで検問をしているらしいのだが、そこで覚醒剤を見つかった人がいて更に込み合っているらしい。
 風の便りに聞いたんだけだけど、パトカーが増えてるから本当なんだろうな。
「…偶然ってあるんだね」
「ん? ああ、ホントだな」
 カフェの一角。歩道に面して全面ガラス張り。
どっかの有名デザイナーが、店全体をコーディネイトしているらしい。
イスやテーブル、カウンター。小物とかもお洒落。その置き方もセンスがいい。
多分、本当なんだろうな。
ガラス張りの向こうは人、人、人。歩いたら人酔いしそうな、もうしちゃったからカフェにいるんだけど、それくらい人がいる。
いったいどこから来て、どこに行くんだろうか。
考えても無駄だろうけど、向かいに座る人に興味がいかないから、自然と別のことを考えてしまう。
なんでだろうな、最初は好きだったのに。
今は好きなのか嫌いなのか。それも分かんない。
 自分の頭なのに、自分で何を考えているか分からない。
「なあ、リサ…」
「なに?」
 彼も何かを考えていたみたい。でも私と違って、それは深刻だったみたいだけど。
 ある程度だけど予想は出来てるから、何を言われても動じないと思う。
「俺、別れたい…」
「……」
 好きでもなければ嫌いでもない。
でも嫌じゃない。
一緒にいれば楽しいし、なにより楽だった。
少しバカで向こう見ずなトコとか、時々だけど落とすみたいに笑う癖とか。
タバコを吸うときに、必ずライターを振る癖とか。
お酒に弱いトコとか、男の癖にやわらかい髪の毛とか、子供のときに怪我した背中のキズとか。
 なんでだろうな、予想はしてたのに、悲しいや。
「…嫌だよ…」
「リサ…」
 自然に涙が頬を伝って、白いテーブルにポタポタと水溜りを作る。
「ねえ、なんで? なんで別れるの?」
 理由も分からないのに別れるなんてヤダよ、ちゃんとした理由をちょうだいよ。
それとも、ただめんどくさいから別れるの?
ねえ、やだよ。
 シュウジと離れるなんてヤダよ、寂しいよ。
「ホントに、ごめん」
「謝らないでよ…ねえ、シュ…」
 次の瞬間。
ガラスが砕け散った。
グラスを落としたとか、そういう大きさじゃない。
歩道に面して全面ガラス張り、そのガラスが砕け散った。
ガラスの破片が私達の方に殺到してきた。太陽の光を反射してキラキラと。でも、 怖い。
「リサ!!!」
 シュウジが飛びあがった。
たぶん、そう見えただけかも知れないけど。私には、少なくともそう見えた。
飛び上がったシュウジが歩道に背を向けて、私を抱いた。
温かい腕の中で、私はほっとしていた。
それはガラスとか、そういうのじゃない。
まだシュウジが護ってくれるんだ、そう思ったからだった。
 周りの喧騒と悲鳴、そしてガラス片が落ちる音を聞いた。
「…ッ、大丈夫か!?」
「うん、ありが…」
 ありがとう、そう言ってシュウジに抱きつこうとした。
ぬるりとした、血の感触が手の平に触れた。
真夏、シュウジが着ていたのは黒いブランド物のティーシャツだった。
たしかバウンティハンターだったと思う。その黒いティーシャツが裂けて、紅い血が溢れていた。
そしてシュウジの息が、荒くなっていた。
 ベッドの上でも見たことの無い、痛そうな、辛そうな荒い息を。
「シュウジ!?」
「へ、大丈夫だって。ちょっと切っただけ」
 大丈夫じゃない。
それは素人目にも分かる。
大きなガラス片が三枚。背中に深々と刺さっている。
小さいガラス片で付いた傷も、浅いとはいえ血が出ている。
背中をグッショリと濡らすほどの出血。血は前の方にも流れているのか、シュウジ の胸に当たった頬には血が付いている。
「わり、やっぱ別れるって話、無しな」
 私を安心させようとしているのだろうか。シュウジの力の篭もらない笑顔が、痛 い。
「ねえ!? シュウジ!? シュウジ!!」
「どいて」
「え?」
 ガラス片を踏み割る音が聞こえたと思うと、女の人の声が聞こえた。
そして白い腕が私をどけて、女の人がシュウジの背中からガラス片を抜き取ってた。
「…大丈夫、傷は深いけど血管も神経も損傷してない。病院まで運びたいんだけど…」
 そう言う女の人は、ものすごく綺麗だった。
自然な金色の髪、蒼い眼、白磁のような肌。
でもその美貌も、自身の血で濡れていた。
よくみると髪の生え際辺りを、ざっくりと切っている。
でも、その表情に揺らぎは無い。目はシュウジの傷に向けられ、手持ちのガーゼなどで応急処置をしている。
服装はカーゴパンツに黒いティーシャツ。手には指だけを露出させる、革のグローブをはめている。
スタイルは、私とは比べ物にならない。小さくないし大きくも無いが形の良さそうな胸、くびれたウェスト。適度な大きさのヒップ。
天は二物を与えずというが、このひとは二物どころか三物も四物も持っている。
そして腰に、不釣合いな物が下がっている。
ラバー製のグリップが覗き、プラスチックのような鞘に収められている。
たしかサバイバルナイフとかいうやつだ。でも拵えはもっと無骨で、シュウジの読 んでた雑誌にあった軍用ナイフみたいな…。
「できた、あとは病院に搬送すれば大丈夫」
 私の顔を一瞥すると、シュウジを肩で担ぐ。
高校生1人支える、私には絶対無理な事だ。
 私が呆然としていると、
「来た…っ!!」
 女の人が小声で叫び、シュウジを突き飛ばす。
力の篭もらないシュウジの体は横に倒れ、力無く手足をうなだれている。
 私がシュウジの傍へ駆け寄る。ガラス片を踏み砕く、耳障りな音がうるさかった。
「シュウジ!? ねえ!!」
「…っ、大丈夫…」
 出血多量だろうか、顔が青褪めている。唇も紫色に近い。
私じゃ対応が分からない。出血は止まってるから安心できるけど、でも不安が心を侵食していく。
おろおろとしていると、うしろから何か耳障りな音が響いた。
黒いスーツを着た男、その男が顔面を殴られ、怯んだところへ左足を軸にしたハイキックが殺到していた。
どこまで柔軟なのだろうか、2メートルかそこら。とりあえず女の人の頭三つ分は高い。その首を、足の甲が無情に刈取っていた。
首を性格に捕らえた足はそのまま左へと振りぬけて、右から踵が男の下顎を蹴る。
軸にした左足の下から、ペキッというガラス片を踏み砕く音が聞こえた。
男の意識が一瞬飛んだところへ、体勢を低く構えた足払い。革のグローブに庇護された手の平を床につき、両足で足元を掬う。
あれでは倒れない方が無理だ、素人目でも確実にわかる。
情けなく屈強そうな男が倒れ、床を通じて振動が伝わってきた。
体重も相当あるだろうが、それを一切感じさせず倒れてしまった。
何が起きているのか、まったく分からない。
足払いを受けて倒れた男。短く「うっ」と言い。起き上がろうとしていた。
両肘を床につき、状態を半分ほど起こしている。
だがその無防備な腹部へ、女の人の踵落としが炸裂。
鳩尾に強烈な衝撃を受けて、男が白目を剥いた。
そして情けなく五体を広げて、口の端から唾液をたらす。
私の唖然とした視線に気付くと、女の人は照れたように笑った。
 そして、
「じゃあね」
 そう言って、人込みの中に紛れてしまった。
野次馬がいたので、見失ってしまうのは一瞬だった。
頭が連続した異常に、困惑しきっている。
何がどうなっているのか、まったく分からない。
 ただ分かるのは、
「誰か…誰か救急車!!!! 早く、早くして!!!」
 シュウジは呼びかけても、揺すっても、叩いても起きない。
背中に貼られたガーゼは血を吸い、もうただの紅い塊になっていた。
誰かが呼んでいたのだろうか、遠くでサイレンが聞こえる。
安堵した。
これでシュウジが助かる。
プツッ、と糸が切れた。
私はそのまま、シュウジに覆い被さるようにして倒れた。
遠くで聞こえていたサイレンが、だいぶ近く感じる。
「…シュウジ……」



つづく


2004-08-23 03:29:24公開 / 作者:蘇芳
■この作品の著作権は蘇芳さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
ぎゃああああああ!!! 3時だ!!!!
どうも。蘇芳です。
今作、ジャンルとしましては偽アクションに恋愛です。はじめて掴み、というか冒頭部を強くした気がします。拙く、また最後まで続くかもあやふやですが、続く限りはお付き合い願いたく思い候。
それではこの辺りで、3時だし。ねみぃぜチクショウ。
この作品に対する感想 - 昇順
読ませて頂きました。いつもながら、文章の格好良さに蘇芳さんらしさを感じますね。この乾いたタッチが、男っぽいと言いますか。今回は、男女の切ない恋愛劇に、ハードボイルドなアクションが織り交ざったスタイル、といった印象ですね。深手を負ったシュウジの安否が気になるところです。続きも期待しておりますので。
2004-08-23 10:03:18【☆☆☆☆☆】卍丸
初めまして。読ませていただきましたが、面白かったです。女の人が何者なのかも気になります。文章全体のリズムも私には良い感じですらすらと読めました。シュウジの命の行方も気になります。それでは、続き頑張ってください。
2004-08-23 10:57:57【☆☆☆☆☆】とと
こんにちは、蘇芳さん。はじめまして、カオポンと言います。
蘇芳さんのお話、読ませて頂きました。お話のつかみとしては、結構いい雰囲気で書けていると思います。読んでいて、その場の緊迫感がこちらにも伝わってきます。先程「結構いい雰囲気」と書いたのは、もう少しそのつかみの部分を表現してみても良いのではと思う点があるからです。例えば、この文章。
『カフェの一角。歩道に面して全面ガラス張り。
どっかの有名デザイナーが、店全体をコーディネイトしているらしい。
イスやテーブル、カウンター。小物とかもお洒落。その置き方もセンスがいい』
これでも十分、カフェの雰囲気を出していると思うのですが、もう少し具体的なものがあってもいいかと思います。カフェにもいろいろなスタイルがありますが、蘇芳さんのお気に入りのカフェがあるなら、一度じっくりと観察してみてはいかがでしょうか。『バウンティハンターのティーシャツ』の様に、シュウジの拘りの部分がちらりと見えるぐらいの、そんな描写がカフェにもあると、もう少し映像がはっきりしてくるかな。
あとは、『女の人がシュウジの背中からガラス片を抜き取ってた』
この部分、実際こういうことがあったら結構「えぐい」部分だと思うんですけど、この一文だけでは少々あっさりしているかな。皮膚に刺さった異物を抜き取る行為は、書き様によっては凄く緊張感も感じるだろうし、自分がその破片を抜かれるような痛みを感じると思います。

評価としては私はこの作品の導入部分の面白さ、特に視覚的に魅力な部分を感じるところに加点したいと思います。続き、楽しみにしていますね。

2004-08-28 17:44:55【★★★★☆】カオポン
計:4点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。