『CROSS』作者:さくら / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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  序章  雪と幸(ゆき)  始まりに前触れはなく

「いい天気―――。」
朝の清々しい日差しと、冬の冷たい風が肌をすり抜ける。少女の髪を流れる
昨日のうちに積もったのか、外は白く染まって、別の世界へ来たようになっていた。
しかし、寒さはあるものの、日差しはやけに暖かく優しい。
冬の特権とでも言うべきか、否か。
「ほら、いい天気よ。―――起きないの?」
美しく整った面立ちと、長い桜色の髪が振り返る。
その先には、青年――――青年よりも少し上だろうが、大人と言うにはまだ早いと思える。
「そうき・・・・・。」
――――『蒼(そう)葵(き)』と呼ばれた、大人未満の青年は、布団を頭までかぶって寝ている。少女の声にも反応しない。
その様子を見て、少女は少々不快な顔をしてみる。だが、すぐに元見ていた白の風景へと、目を戻す。
儚くも、懐(なつ)かしそうにもみえる表情。
空を見上げ、眩(まぶ)しさに目を細めた。
そして、手を伸ばす。指の間から光がこぼれ、顔に注がれる。
白い雪のような肌は輝き、唇と頬は桃色に染まっている。輪郭(りんかく)をなぞるように、長く伸びた桜色の髪は風に靡(なび)く。しかし、何よりも少女を際立(きわだ)てているのはその瞳。ガラス玉のような透明な色。
だが、いくつもの光と感情の色を持っているかのように、瞳の輝きが変わる。美しいとしか言い様がなかった。細いからだも、紅い衣に包まれて、すらりと立っている。
少女の美しい相貌(そうぼう)が、露(あらわ)になる。
「こんなにいい天気なのに・・・。」
もう一度振り返り、わざとらしく言ってのける。視線が、布団の中の蒼葵に突き刺さる。
「・・・・・・・・・・・わかった―――。」
低く綺麗(きれい)な声が、その空間に響いた。
黒髪の、美しい青年。
その目つきからか、きつい印象を与えている。
いや、寝起きが悪いのかもしれない。
しかし、声は限りなく優しい。抑揚(よくよう)は少ないが、嫌に響く。自信に溢れているようにも聞こえてくるから嫌だ。
この声は、全てを静止させる。
この声を、少女は嫌いではなかった。それどころか好きだった。
だからその声に、少女は嬉しそうに微笑(ほほえ)む。そんなことを知らない蒼葵は、深く溜息をつき、布団の中から這い出る。
だが立ち上がらずに、布団の上に腰を下ろしている。
無造作に着ていた浴衣(ゆかた)が少々はだけていたが、当の本人は気にしてないらしい。
「・・・・・・・・・。」
何も喋(しゃべ)らない。まだ頭は覚醒(かくせい)していない。
光のない翡翠(ひすい)色(いろ)の眼を少女に向ける。
重いまぶたを擦り、しばらく少女を眺(なが)めていると、あることに気がつく。
それを、言葉にする。
「そんな傷・・・あったか?」
少女の首筋に通った一筋の傷痕(きずあと)。
長い間ともに過ごしてきたが、今まで一度も気がつかなかった。
そこまで鈍感(どんかん)なつもりはなかったのだが・・・・。
そんなことを考えてはいたものの、一向に応えが返ってこない。蒼(そう)葵(き)の顔が、訝(いぶか)しげに歪められる。
「・・・・?・・・どうかしたか?」
少女は少し顔を上げたが、すぐに別の場所に反らした。
「・・なにか、反応してもいいだろ?」
蒼葵の苛立ちの声に、少女は不愉快(ふゆかい)極(きわ)まりないとでも言うように、眉を寄せる。
そして――。
「蒼葵――――、嫌いよ。」
「はぁ?」
いきなりの、訳の分からぬ応えに、蒼葵は頓狂(とんきょう)な声を上げることしかできなかった。
「なんて声だしてるの?」
少女は、クスクスと笑っている。その様子を見て、自分はからかわれているのだという考えに蒼葵は至る。
「きさらぎ!」
それを見て、今度は大きく笑い転げる。
少女――『如姫(きさらぎ)』は、堪(た)えられない笑いを抑えて蒼葵に言う。
「蒼葵のこと好きよ。でも、『そうき』は嫌い。」
また、意味の分からないことを言い出す如姫に、蒼葵は首を捻る。
「俺のことは好きだが、俺のことは嫌い?」
如姫の言葉を繰り返し、考えだす。
腕を組んで下へ目を落とし、眉を寄せやけに難しそうに・・。
いいのか悪いのか、これは蒼葵の癖(くせ)だ。疑問をもつと、解明するまで考え通す。
そんなに難しく考えなくても、いずれひとりでに答えは出るのに、と如姫は思う。このことは別として。
「いいじゃない。分からないことは、分からないで。」
ね?と如姫は微笑む。
その笑みに吸い込まれるかのように、蒼葵は如姫のそばへと歩み寄る。
先ほどの話題には触れない。考えるのが面倒になったようだ。これも、いいのか悪いのか、蒼葵の癖。
諦(あきら)めが早い・・・いや、限界を知っているとでも言うべきだろう。
そんなことを考えながら、如姫(きさらぎ)は自分の恋人の顔を眺めていたが、その視線を空へと向かわせる。
蒼(そう)葵(き)も空を見つめて・・・睨んでいた。
そして、ふと思い出したかのように、
「如姫。その傷、なんだ?」
再び問う。逸(そ)らされ続けて、忘れ去られていた話題。
やはり如姫は応えない。ちらりと蒼葵を見やり、廊下(ろうか)を歩き出してしまった。
「おい!」
その、蒼葵の声は虚(むな)しく空間に響き、如姫の耳には入らない。届いていても振り向かない。
蒼葵は仕方なくそのあとを追う。ゆっくり、しかし急(せ)いたように歩き出した。


如姫は、桜色の髪を粗末(そまつ)に結び、不自然なほど大股に歩いていた。まるで、何かから逃げるかのように。
彼女には、いて堪(たま)れない状況だった。涙が出そうになった。
まさか今頃になって呪印(じゅいん)が現れるとは思いもしなかった。最悪の状況・・・・。
本当に泣きそうだ。
しかも、蒼葵に気付かれるとは。後の誤魔化(ごまか)しが面倒になった。
いや、蒼葵は誤魔化されてはくれないだろう。
「どうしたものかな・・・。」
首を押さえ、眉を寄せる。そして、大きく溜息をつく。
(頭・・・・・痛い・・・・。)
考えるのは嫌いだった。
答えは自らやって来るものだと知っているから、考えるのは、蒼葵に任せてきた。
しかし、今回はそうはいかなかった。蒼葵には知られるわけにはいかない。
もう、蒼葵は覚えていない・・・・違う。そうきは消えてしまった。
そう・・・・消えて・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「・・・・・・・・・・・・・・・・きさ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「!」
その声は、何処(どこ)から現れ発せられたのだろう。ひどく冷たく響き渡り、肌に触れ消えていく。
音の波が、肌に浸透(しんとう)していく。
冷たい。
しかし、その声に安心感を覚える。
なんて懐かしいのだろうか―――――――。
なんて嬉しい来客だろうか―――――――。
如姫の瞳が輝く。口元は、緩く吊り上っている。
「お久しゅうございますね・・・・。『壱月(いちがつ)の使徒(しと)』様?」
落ち着きのある声。しかし、どこか喜々(きき)としているように見える。
そんな如姫(きさらぎ)の言霊(ことだま)の先には、廊下が長く続きむこう端(はし)までは見えない。闇が巣食う。
如姫は、闇から目を離さない。鋭いガラスの瞳を背けない。ただただ見つめる。
「・・・・・・・・・・・。」
沈黙(ちんもく)が続く。長いようで短い沈黙が―――――。

ちらり

止んでいた雪がはらはらと降り出した。
ぎし・・・と廊下が鳴った。軋(きし)む音が微(かす)かだが、確かに耳へと入ってきた。

ちらり

雪が、淡(あわ)く儚く落ちてくる。と、そのとき一陣の風が吹く。雪を巻き上げ、天へと返す。
雪が止んだ。ほんの一時(いっとき)降っただけの雪は、風が攫(さら)ってしまった。
それが合図かの如(ごと)く闇が蠢(うごめ)く。その空間が、外の日差しや風と混ざり、そこに一人の男の姿が浮かび出る。
雪を纏(まと)った銀の髪の男性。吸い込まれるような金武(きん)の瞳。唇は三日月に歪んでいる。
雪が止んだそこには、冷たい空気だけが置きざられていた。
しかし、そんなことは気にされていないようだ。
「本当に・・・・・お久しぶりですね・・・『無月(むつき)』様。」
そう言うと、如姫はその金武の男『無月』に抱きついた。こんなところを蒼(そう)葵(き)に見られでもしたら、どうなることか・・・。
だがこの二人を見ていると、『愛しさ』というよりも『親しさ』を感じる。
まるで、猫が飼い主にじゃれついている、と言ったほうが適切かつ、正確だ。
如姫は、無月の胸に顔を預けたまま小さく言い放った。
「どうして、ここへいらっしゃったのですか?」
少し顔を上げる。
お互いが、お互いの目を捉(とら)える。無月は、眉ひとつ動かさずにその瞳を受け止めると、口をゆっくりと開く。
「・・・・・ちょうど、五年ほどになるか・・・・・・。」
そう言い、如姫の腕を解く。腕は素直に外れた。
―――――――五年とはいったい何のことか・・・・。五年前に何かあったとでも言うのか。普通に聞いていて、話の意図(いと)が読めない。・・・・・普通なら。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
如姫の表情は、相変わらず涼しげ。だが、少々いつもと違う。無月の言葉を聞いた時、微かに作っていた笑みが一瞬(いっしゅん)にして消えていた。この変化に気付く者もそう多くはいないだろう。この涼しげな表情は、『動(どう)揺(よう)』だなど、誰が気付くものか・・・。
しばらくの間、如姫(きさらぎ)は動くどころか声を発することもできなかった。
「・・・・・永かったとは思わぬか?・・・・使命の・・・・いや。宿命の時から五年。まだ、五年だ。時が過ぎるのは、早く容赦(ようしゃ)ないものだと思っていた。だというのに、あの『時(とき)の宿命』からはまだ五年・・・・。しかも、その五年間、忘れもしなかった悪夢。時が過ぎるとともに、悪夢は取り払(はら)われると思っていたのだがな・・・・・。」
だんだんと語り紡(つむ)がれる言葉に、如姫は応える余裕(よゆう)はなかった。
悪夢は、自分も知っている。『時の宿命』には自分もいた。あの悪夢は自分の中にも巣食(すく)っている。心を蝕(むしば)んでいる。
五年の月日は短いものだと思えた。時は残酷(ざんこく)にも悪夢を取り払ってはくれなかった。呪印は消えはしなかった。
「これは、戒(いまし)めなのかもしれません・・・。」
震える声で如姫は言う。目も涙ぐんでいる。無月(むつき)の目を見ることもできない。
今、無月を見たら泣いてしまいそうで嫌だった。弱さを見せるのは耐(た)えかねた。
「戒め・・・・か・・・。」
そんな如姫に気付いてか、無月は言葉を紡ぐ。
それは最初より冷たさを増して、そこにあるもの全てを凍(い)てつかせるかのようだった。
冷たさが、如姫の心を宥(なだ)める。瞳は、天を見据(みす)えていた。
まだ潤(うる)んだ瞳の如姫に、無月は瞳を逸らしたまま容赦なく言ってのける。
「お前はそれで、救われるのか・・?」
今度こそ、固まった。
一気に涙が溢れた。しかし、流しはしない。それは、如姫の意地?誇(ほこ)り?どちらでもいい。弱さだけは見せたくなかった。
「救いなど、私にはいりません。きっと、この悪夢は戒め。それで私は十分です。」
やはり、声は震える。その震えを宥めながら、ゆっくりと、それでもはっきりと声を発した。
今度こそは、無月の瞳を捉(とら)えて・・・・。
曇(くも)りのない、揺(ゆ)るがない瞳で。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・それが・・・・・お前の出した、答えか?」
発する声に劣(おと)らぬ、冷たさを帯びた瞳。
「答えとは言えません。ただ・・・・。」
言葉を詰まらせる。言葉を捜(さが)すかのように視線を泳がせた。
無月はそれを知ってか、少しの間言葉を発さず、気(き)長(なが)く如姫の言葉を待つ。
この点で言うと、無月は大人だ。蒼(そう)葵(き)ならすぐさま返答、または続きを要求するだろう。
そんな場違(ばちが)いなことを考えながら、如姫は言葉を捜す。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「また、雪が降る。」
無月(むつき)がそう言うと、言葉の通り素直に雪が降り始めた。如姫(きさらぎ)は驚(おどろ)きもせずその雪を眺める。
雪は、花びらの如く宙(そら)を舞い、大地に降り立つまでの間、それを見るものに美しき幻想(げんそう)を見せる。
その幻想ですら、如姫と無月にとっては悪夢でしかなかった。
雪は、少しずつ落ちる速度を増していく。しばらくして、吹雪(ふぶき)に近くなる。
「自然の力とは時に強大(きょうだい)。水は全てを流し、火は全てを灰にする。だが、その自然の力は自らの力にしてしまえばこちらのもの。それでも我(われ)ら生き物は刃向かうわけにはいかないのだ。所詮(しょせん)人間などちっぽけな存在に過ぎん。」
そう言うと、吹雪が廊下を襲う。視界が白く染まり、何も映さない。
「もうすぐ、次の来客が来る。『風(かぜ)』が――――――・・・・。」
その言葉を聴(き)くと、吹雪は消える。いや、吹雪とともに無月も消えた。彼は、『風』が来ると言った。
「騒(さわ)がしくなりそうね・・・。」
次の瞬間、ドタドタと廊下を歩く音が聞こえる。その音は、自分へと近づいてくるのが分かった。そして、その足音の持ち主も。
「如姫!」
低い嫌(いや)に響く声。蒼(そう)葵(き)だ。雪で埋(う)まった廊下を見て絶句(ぜっく)する。
「お前なぁ、どうやったらこんなに家の中に雪を積もらせられる?」
言い放ち、「風邪(かぜ)をひく。」と、自分が羽織(はお)っていた服を如姫に着せる。

ひゅう

風邪が吹いた。生暖かい風。
「もう、春が来るのか?」
温かい風を浴びた蒼葵が言う。如姫が、違(ちが)うとでも言うように首を横に振る。
「違うわ。来るのは春じゃないのよ。『春を呼ぶ風』がくるの。」
かぜ?と首を傾(かし)げる蒼葵を見て、くすくすと微笑む。その笑顔がくすぐったかったのか、蒼葵は顏を叛(そむ)ける。
「ほら、行くぞ。こんな所いつまでも居たら、風邪ひく。」
廊下の雪を見下ろし、如姫に手を伸ばし蒼葵は言う。
「そうね。」
その手を取り、頷(うなず)く。
2003-10-02 07:07:39公開 / 作者:さくら
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■作者からのメッセージ
続編なんですけど・・・・。
ただ、書いてみたくて作ったので、ごちゃごちゃかもしれませんが、読んでやってくださると嬉しい限りです。
この作品に対する感想 - 昇順
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