『終わった跡に残るもの』作者: / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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原稿用紙約7.21枚
 私の名前は笹木良子。とある高校の三年生。いたって普通の受験生だ。特に良い部分も無く、悪い部分も無い。普通に勉強をがんばって、ちょっとした恋心で、一般的な悩みをそれなりに抱えている。
 私は今、とある大学に向けて一生懸命勉強をしている。国公立ということもあって、なかなか大変だ。どうしてその大学に入りたいのかというと、彼がそこに行く予定だから。
 私以外の人は、そんな目的で選ぶことに馬鹿らしく思うかもしれない。そのせいで落ちてしまう人もいるかもしれないのだ。私もそれは少しかわいそうだなあと思う。
 でも、何を求めるかは人の自由だ。私にとって、彼は何よりも大事な存在だから……。一時の感情で周りが見えなくなる、というのは誰しも経験したことがあると思う。今の私もまさしくそれなのかもしれない。ただ違うのは、目標に対して並々ならぬ努力をしているということ。

 深夜二時。勉強道具で埋め尽くされた、私の机の上で無機質な音が鳴り響く。携帯の音だ。
 即座に見てみると、メールが一通来ている。彼からの。
 『今日もお互いに頑張ろう!』そう書いてあった。
 この時間帯になると、私は睡魔に襲われる。なんとか頑張ろうと思っても、ぼんやりした頭では回転が格段に遅くなってしまう。
 その悩みを彼に打ち明けたところ、毎日この時間に一通のメールを送ってきてくれるようになった。何故かは分からないけど、このメールを読むと一気に眠気が吹き飛んでしまう。
 私はそんな彼の優しいところが好きだ。
 メールを読み終えた後、携帯を両手でやさしく包む。今の私の気持ちが、あなたに届きますように。そう祈った後、私は勉強を再会した。
 私は、いつも三時半まで勉強を続けている。そうしないと彼と一緒に合格できないかもしれないから。彼もまた、私と一緒に、そして夢をつかみたい想いで同じくらい勉強している。
 私が彼のことを一番理解できる時間。
 彼が私のことを一番理解してくれる時間。
 あなたのためなら、私はいくらでも頑張れる。今の私はそんな気持ち。

 学校では、彼とあまり話す機会が無い。同じクラスなのに。休み時間のわずかな時間さえも、彼は無駄にすることが無い。もちろん私も。
 私たちだけではなく、他の人たちも集中して勉強している。
 彼の席は、私の前の席の右側。ぎりぎり表情が見えるか見えないか、そんなところだ。
 指先を、カタカタとせわしく動かしながら、私は彼の表情を見ようと身を乗り出す。すると、その様子に気づいた彼が私と目を合わせる。
 一瞬、時が止まったように思えた。
 彼は、にっこりと私に微笑をかけてくれた。その後、勉強に集中し始める。私には、彼の表情はもう見えなかった。たくましく見える彼の背中がほんのちょこっと動くだけ。
 なんて優しい笑みなんだろう。
 ほとんど会話できない私にとって、彼の微笑は何よりも嬉しかった。何か力をもらえたような気がする。
 私は再び勉強に集中した。

 これが、私と彼の日常。勉強でほとんど埋め尽くされているけれど、わずかな隙間が本当に充実しているような気がする。
 来年、二人で合格したらどうなるのだろう。一年間溜まりに溜まった想いをすべて出すことができるだろうか。未来のことなんか私には分からない。でも、私と彼はきっと信じている。

 夜間に積もった雪が、溶けずに残っている。
 テストの当日は、やっぱりいつもと違った雰囲気だった。
 緊張と、凍った地面で足を滑らせそうになりながら、必死に歩みだす。久しぶりに彼と歩くことができた。吐く息が白い。顔がちくちくする。寒いね、と言ったら『もうすぐ暖かくなるから。そしたらいろんなところに行こう』と言ってくれた。
 この緊張も、この寒さからも、やがて開放される時が来る。
 彼と頑張ったこの日々。私には充実したものだった。後は頑張ってテストを受けるだけだ。大丈夫。頑張ることに関しては誰にも負けないから。
 私は、ようやく春を迎える準備を整え、唯一の入り口へと足を踏み入れた。
 彼と一緒なら無理なことなんて無い。

 そのはずだった。
 私が通った春への入り口。その先に見えた光景は、寒い寒い冬だった。本当に滑り落ちてしまった。一緒にいたはずの彼はもういない。一足先に春へと行ってしまった……。
 私を支えてくれるものは何も無い。凍りつく雪の上で、私の体は冷えるばかりだった。

 私は同じ時間を二回繰り返す羽目になってしまった。そして、前回とは違う時を。
 悲しみが溢れてくる。もう、学校で彼と会うことはできない。一緒に頑張ることも無い。私はどうすればいいのだろうか。
 突然、整然とされた机の上で、無機質な音が鳴り響く。彼からだ! 私の悲しみは吹き飛ばされた。彼から送られてきた一通のメール。彼らしい励ましの言葉が書かれていた。最後に、待っているよ、と。すべてが救われるような気がした。
 瞬時に机の上が本で溢れ返る。
 頑張ろう。私は、そう自分に言い聞かせた。彼が待ってくれている。どんなときも、彼は私を応援してくれている。彼に応えるためにも、こんなところでぐずついている暇は無い。

 それから、私は今までよりもさらに努力した。彼のメールなしに勉強をすることができた。一人残された悲しみでなくことなんて無かった。
 でも、一つだけ気になることがあったんだ。励ましのメールをくれた後、彼は二度と送ってこなかった。
 
 二度目の入り口。冬から春へと続く道。私かもう一度彼に会うために、絶対に通らなければならない道。
 私は躊躇しないで飛び込んだ。彼に会いたい。その一心で。その入り口を通り抜けたとき、本当に、涙が溢れてきそうだった――。
 
 私はやっとたどり着いた。暖かい。寒い心など一瞬で解かされる。
 桜のつぼみができ始めている。すべてが始まる新しい季節。掲示板に私の番号が載っている。先に彼がいて、真っ先にそれを教えてくれていたらどんなに良かったことか。
 私は見ちゃったんだ。
 周囲に彼がいた。あれから一年たったけど、まったく変わっていない。だからすぐに分かった。でも、掲示板を見に来たわけじゃなかった。ただ通り過ぎただけ。彼の横にはかわいらしい女の子がいた。仲良く腕を組んでいる。
 一粒の雫が頬を伝い、流れ落ちた。それに続いてたくさんの雫が落ち始める。周りからは嬉し泣きをしているようにしか見えない。私を慰めてくれる人なんか誰もいなかった。
 何かが喉に溜まる。とても苦しい何かが。せっかく春にたどり着いたのに、見渡す世界は冬の模様。
 終わってしまった。何もかも……。
 私はこれからどうすればいいんだろう。何も考えたくない。もう、何も。
 アスファルトに染み込んだ跡が点々と残っている。うつむいた私にはそれしか見えない。
 私は……。
 
 
2004-07-07 20:57:56公開 / 作者:霜
■この作品の著作権は霜さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
久しぶりの投稿です。
これを読んで何か感じていただければなあと思ってます。
自分の力量でどれだけ感じられるかは疑問ですが(汗
この作品に対する感想 - 昇順
切ないですね。
死に物狂いで頑張って、彼のために入学したのに、肝心の彼は、「私」を捨てたわけですか。終わった跡に残った物は何も無かったわけですね。
何だかなぁ……この小説を読んで思ったわけじゃないですけど、最近妙に人間不信になってる自分がいます。
下手な感想ですみません。
2004-07-07 23:47:16【★★★★☆】水柳
勉強していい大学に入った、っていうのは財産として残りますからね。そんな男捨てて、もっといい男みつければいい。って私、何物語の主人公に説教してるんだか笑。勉強はして損はないし・・・。この先、彼女が自分のために大学に入ったんだ、て思えるかどうかが大事だとむしろわたしは思いました。私の学年にもいましたよ。浪人するか大学行くかで破局したカップル・・・。思い出すと青春白書ですねぇ・・・笑。と、霜さん、お久しぶりです。笑子でございます。
2004-07-08 00:27:57【☆☆☆☆☆】笑子
胃が痛くなるお話ですね。(凄く良いって意味)でも、その彼ってのは酷い奴ですね。自然消滅させるんですから。「そんな奴より、僕のお嫁さんになりませんか?」と、僕は良子さんを誘う!笑 なんか、古風な日本女性の一途な感じがしました。すっきりした文章でとても読みやすかったと思います。
2004-07-08 02:31:31【★★★★☆】石田壮介
感想ありがとうございます〜。水柳さん>誰でも人間不信になるもんですよね。自分も何度か経験ありますが、友達の暖かさには勝てませんでした。治る度に心の中で感謝している自分がいます。大事にしていきたいものですね。笑子さん>お久しぶりです〜。現実の世界にもやっぱりいるものですね(笑 自分は大学受験を経験していないので想像上で書いたのですが、このようなものなんでしょうか(恋愛は含めず)?自分も満足できる大学に入りたいものです。現在連載のほうは全面的に書き直しているところです(汗 なんか、結構変わっちゃっているので新しく出させていただくと思います。石田壮介さん>古風ですか(笑 あえて人物の特徴を挙げないのもいいものですね。個人の理想が入ってくれるので。 今回のテーマは「終わった跡に残るもの」ということで、もし、読んだ人々が彼女だったらどうするのかということを考えて書きました。ただ無になるだけなのか、それとも活かすことができるのか。お二方がそんな感じの感想でしたね。感想をいただいたこちらも面白かったです。ありがとうございました。石田壮介さんはとても優しい方ですね。自分がその現場にいたとしても、さらに事情を知っていたとしても言葉をかけることなんてできやしないでしょう。自分も勇気がほしいですね。皆さん本当にありがとうございました。
2004-07-08 16:21:26【☆☆☆☆☆】霜
ぎゅーっと…小腸が締め付けられる感じが…。切ないし、無念な感じはするけど…何だか一途な感じとかが純粋さを出していて、良かったんじゃないかと思います。ちょっと苦い青春って感じでしょうか。
2004-07-08 19:36:07【★★★★☆】棗
一途な思いっていうのは、とっても怖いと思う昨今、どうにも何かに思いっきり打ち込むことができなくなりつつある村越です。そうです。私は臆病です。何かに夢中になって、それ以外は何も見えなくなって……でも、それが挫折してしまったとき……いったい、じぶんに、なにが、のこるのか……。
――考えいるだけで恐ろしくなる。これはきっと、自分が年なんだろうなあと実感し始めています。なんとなく生きて、なんてない日常があるだけでいいんじゃないか、そういうものを求めています。……む、おそろしく脱線してしまいました。とっても切なく、いたい物語を堪能させていただきました。
2004-07-09 18:06:47【★★★★☆】村越
感想ありがとうございます。遅くなってしまってすみません(汗 棗さん>小腸のあたりですか(汗 一途っていいですよねえ。最近どろどろとした小説を読んでブルー気味です……。村越さん>自分はめちゃくちゃ挫折しまくっているのですが、結構どうでも良かったりします(笑 いろんなことに挑戦すればそれだけの何かは必ず手に入るので。ただ、限度はちゃんと決めておかないと取り返しのつかないことになりますけどね(汗 三十までは若々しく行きたいと思っている今日この頃です。
皆さん感想ありがとうございました。
2004-07-13 19:36:26【☆☆☆☆☆】霜
計:16点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。