『「引き出しの中」』作者:カニ星人 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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原稿用紙約4.31枚
 香菜子は顔色も変えずにそのまま引き出しを閉めた。
 二時間目の教室。騒がしい小学生達の授業。そんな普通の毎日の真っ只中だった。

 しかし今、確かに自分の引き出しの中は平凡な日常とは違っていた。

 何? 今の。吸い込まれるくらい深くなってた。学校の机の中が?
 黒いもやが奥深くまで続いていた。ブラックホール。
 そうだ、アニメで見た。タイムマシンの入り口なんかの時空の流れの出口は、引き出しに現れるのだ。
 香菜子はピクリともしないまま頭の中をめまぐるしく働かせ、そう確信した。

 開いてしまったんだ。
 自分の引き出しに、時空の流れの出口が。

 きっとこの中に飛び込んだら、もっと遠い遠い他の時代に飛んで行ってしまうに違いない。
 そして放り出されたが最後、その出口は二度と開かずに、自分はその世界に取り残されてしまうに違いない。
 目を見開いて、手をかけたままの机を見つめる。誰にも見つかってはならないと思った。

 チャイムが鳴って、休み時間になった。香菜子はじっと動かずに、もちもちした手で引き出しを押さえている。何か飛び出してくるかもしれない。
 自分の後ろを活発な男子なんかが通り過ぎるときは、本当にぎくっとして、冷や汗をかいた。見つからないように、怪しまれないように、早く休み時間が終わってくれればいいと思った。
 次の休み時間はどうしよう? トイレにも行けないな。どうしてもこれを見張っていなくちゃ。危険だし、と思って一人責任を感じる。心の奥には、誰にも見せたくないという独占欲があった。

 幸い香菜子はあまり目立つほうではなかったので、ずっと席についていても誰も疑わなかった。大人しく、いつも一人でいた。
 ガラッとどらを開けると同時に「ほら席について」と言いながら担任の教師が入ってきた。
 チャイムが鳴って、三時間目が始まったのだ。
 とりあえずこの休み時間は助かった。と思って肩に入りっぱなしだった力を抜いた。そのとき、
 「はい教科書出して」
 と担任の教師が言い、あっと気づいて香菜子は焦る。三時間目の授業の教科書は、引き出しの中なのだ。
 置き勉、て奴。二時間目のは持ってきてたのだけど、他の教科はずっと置きっ放しだったのだ。

 まずい。自分が教科書を出していないことに気づかれてはならない。
 無理やり開けられたら、大騒ぎになる。
 うつむいて祈る。”どうか私に気づきませんように”

 「七原さん、教科書は?」
 頭の中が真っ白になった。しいんと教室が静かになる。
 「教科書を出しなさい」。担任の女教師が言う。クラス全員の視線が香菜子に刺さる。前の方の席の生徒は振り返ってまで見てる。七原さん、なんて言うから。
 「どうしたの?」畳み掛けるように言い、歩み寄る教師。香菜子は焦った。ただ引き出しを押さえる手を強めるしかなかった。
 教師がすぐ隣に立った。「七原さん、教科書はどうしたの?」上のほうから声をかける。
 香菜子は泣きそうになりながら必死に机を掴む。まだ二時間目の教科書が乗っている。
 「机を開けなさい」教師が命令する。真っ青な顔の香菜子が首を振る。
 教師が引き出しを掴む。びっくりして、すぐに負けじと泣きながら押さえる。
 だが大人に勝てるはずもなく、無残にもガタンという音を立てて引き出しは開いてしまった。香菜子はひっとしゃくりあげた。
 「まぁ、忘れたのね」とあきれた様子で教師が言った。

 机はからっぽだった。

 「忘れたならそう言いなさい。嘘をつくんじゃありません」
 引き出しは元に戻っていた。愕然とした。そんなはずはないと思った。
 「忘れてません。時空の中に行っちゃったんです」
 一瞬誰もが固まった。香菜子の精いっぱいの反論だった。
 確かに昨日机の中に入れていったし、さっき時空の流れの出口が開いていた。だから、教科書はその中に吸い込まれてしまったんだ。
 クラス全員が大笑いした。教師も馬鹿にしたように笑った。何人かの女子が、さも意地悪そうに笑っていた。
2003-09-30 21:47:04公開 / 作者:カニ星人
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■作者からのメッセージ
描写が少ないのですが…淡々としたイメージにしたかったので。
よろしくお願いします。
この作品に対する感想 - 昇順
はじめまして。よみやすくておもしろくてとってもよかったです。机の中が異次元ていうのもおもしろいですが、それよりも主人公と周りの人の描写がすごく淡々としてて感動しました。次の作品も期待してます^^
2003-10-02 22:56:50【★★★★☆】青井 空加羅
青井 空加羅様、ありがとうございます! 褒めていただけてすごく嬉しいです。
2003-10-03 10:33:40【☆☆☆☆☆】カニ星人
計:4点
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