『Roseate day』作者:PAL-BLAC[k] / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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 街の中心部にそびえる大きなコロシアム。ここで日夜、腕に覚えのある拳闘士、剣術家、戦士が
己が腕を競い合って大勢の観客を集めておりました。
 もちろん、単なる見世物として戦っているわけではありません。国の明日を背負って立つ闘士を育成し、登用するために、前王がコロシアムを設けたのでした。
 そんな闘士の1人に、コロシアムで50連勝を果たした若き勇者、ブライアーがありました。浅黒い、強靭な体に赤い防具を身に付けた彼の二つ名は、「赤き疾風」でした。


 コロシアムの隣には、大きな神殿があります。ほとんどの闘士が、コロシアムの門をくぐる前に神殿に立ち寄り、勝利祈願をするのでありました。祭壇には、常に勝利の願いが掛けられた赤いバラが供えられていました。
 ブライアーも例外ではありません。50連勝を果たせたのは、剣神キールのご加護のおかげだと信じて疑っておりませんでした。試合前は、コロシアム近所の小さな花屋に立ち寄ってバラを買い求め、神殿で祈りを捧げるのが日課となっておりました。
 今日は試合がないというのに、ブライアーは花屋を訪れました。
 「親父さん」
店の奥で、花の水揚げをしていた店主は振り向きました。
 「よぉ、ブライアー!今日もキール神殿に行くのかい?」
前掛けで手を拭きながら、親父さんは愛想良く聞きました。
 「いや…今日は違うんだ」
妙にはにかみながらブライアーは答えました。
 「ん?じゃあ何だ?」
浅黒い顔を赤く染めながら、ブライアーは言いました。
 「親父さん、『真紅のバラ』を50本頼めるかな?」
 赤いバラ…そう言ってしまえば同じことですが、ブライアーの注文には、深い意味がありました。
闘士が剣神キールの祭壇に供えるのは「勝利の赤いバラ」。対して、男が意中の女性に想いを伝える時は「真紅のバラ」を捧げるのが当時の慣わしでした。
 ブライアーだって適齢の男子。そんな注文をするのも当然か、とばかりに親父さんは頷きました。
 「あぁ、いいよ。『真紅のバラ』は何本ばかり入用だい?」
 「50本で花束にしてくれ。…これで足りるかな?」
金貨を数枚、親父さんに握らせました。
 「十分すぎるくらいだよ…ちょっとばかし時間がかかるから待っていてくれ」
 「ああ。表に出ているよ」
花束が出来上がるまで暇をつぶそうと、ブライアーは店の表に向かいました。
 50は、ブライアーのコロシアム連勝記録と同じ数。きっと、連勝記録と掛けて花束を差し出すのでしょう。


 「お父さん、仕入れてきたわよ」
入れ違いに、裏口から入ってきた若い女性が店主の前に立ちました。
 「ん、シスか?そいつを活けておいてくれ。俺は手が離せねぇ」
入ってきたのは、店主の娘、イノシェシスでした。
透き通るように肌の白い彼女は、界隈でも評判の看板娘です。
 「わぁ…きれい…どうするの、それ?」
仕入れてきた花を活けたイノシェシスは、父の作る花束に目を見張りました。
 「こいつか。こいつはブライアーの注文品さ。やっこさん、『真紅のバラ』を注文しおったよ」
含み笑いをしながら、店主は手際よく花を整えていきました。
 「えっ…そうなの」
一瞬、イノシェシスの顔が翳りました。彼女は、毎朝店に訪れるブライアーに憧れていたのです。


 ブライアーがまだ無名だった頃、市門でちょっとした騒ぎがありました。
郊外で花を仕入れてきたイノシェシスに、ごろつき数人がちょっかいを出したのです。
それを助け出したのは、ブライアー当人でした。
半年後、コロシアムへ出入りするようになったブライアーが、ぶらりと立ち寄った花屋が
イノシェシスの父が営む花屋だったのです。
 それから、ブライアーは、ちょくちょくとイノシェシスのいる花屋を利用しました。
試合前の闘士を、イノシェシス親子は激励し、帰り道、ブライアーは報告のために店を訪れました。
元々、コロシアムの闘士だった店主とは、技について話し、その間にイノシェシスがブライアーの腕に包帯を巻いて手当てをする、なんてこともありました。


 次第にブライアーに惹かれていたイノシェシスにとって、ブライアーの頼んだ花束とやらは、平静でいられない代物でしたが、そこをぐっと堪えました。
 「ねえ、お父さん。いつも贔屓にしてくれるブライアーさんのだから、これを付けてあげたら?」
そう言って、イノシェシスは白い、可憐な花を差し出しました。
 「そりゃいいな。うん、入れてやろう」
受け取って、店主は花束に白い花を混ぜました。


 「ブライアーさん」
完成した花束を持って、イノシェシスは店の表に行きました。
 「シス、それは?」
ブライアーは目線で尋ねました。
 「ご注文の『真紅のバラ』ですよ」
手渡された花束を見て、ブライアーは眉をしかめました。
 「この白いのは?」
 「あ、それは「幼子の吐息」って呼ばれている花ですよ。きれいでしょ?」
にっこり笑ってイノシェシスは言いました。
 「ブライアーさんには、いつもご贔屓してもらってますから」
渋い顔をして、ブライアーはイノシェシスに花束を差し出しました。
 「悪いけど、親父さんに作り直すように言ってくれないか。気持ちは嬉しいけど、混じり
物はいい、って」
「あら、単なる混じり物ではないですよ!」
手を振りながらイノシェシスは言い返しました。
「単なる赤じゃなくて『真紅』じゃなきゃいけないんでしょう?見てください。その花束 
 は真紅に見えるでしょう」
手元の花束をまじまじと見つめたブライアーは不承不承応えました。
 「言われてみれば…だけど、それがどうしたんだい?」
 「赤は単体じゃ目立ちません。白い引き立て役があるからこそ赤が映えて真紅にな
  れるんですよ」
打てば響くようにイノシェシスは言います。
 「いや…確かにそうだが…」
ブライアーはたじたじとなりました。拳の闘いでは巻け知らずでも、理論戦には弱いのです。イノシェシスはさらに続けます。
 「それに、その白い花の花言葉をご存知ですか?絶対に気に入りますよ」
 「何だい?」
 「『清い心』です。…いいでしょう?」
勝負あったようです。ブライアーは頭をかきながら笑いました。
 「参った!こいつが素晴らしいのがわかったよ」
花束を持ち直し、さっきとは違って温和な顔でまじまじと見つめました。 
「なんて言ったかな…えっと…」
 「『幼子の吐息』?」
 「そうそう、それだ。相手はわかるかな?」
問いに、イノシェシスはちょっと考えて言いました。
 「んー…教養のある方ならすぐに気づきますよ」
その応えに、ブライアーは満足しました。
 「それならいいや。捧げる相手は教養があるみたいだから」
イノシェシスは、無理に声を明るくしました。
 「うまくいくようにお祈りしていますから」
どうしてもブライアーを見ることができず、彼女は下を向いてしまいました。


一瞬の後、イノシェシスは目の前のことを信じられない思いでした。
なんと、ブライアーは跪き、イノシェシスに『真紅のバラ』の花束を差し出したのです。
あまりのことに、固まっているイノシェシスに、ブライアーは緊張した声で、しきたり通りに述べました。
 「愛しの君よ、我が想いを受け取り給え」
そして、さらに花束をイノシェシスに差し出しました。
恐る恐るイノシェシスは花束に手を伸ばしました。
手が触れ合ったとき、思わず2人ともビクッとしました。
長い間そのままの姿勢でいましたが、やっと、イノシェシスは花束を受け取りました。


 「なんだなんだ、店先で!」
突然、大声が響き渡りました。
 「わっ!」
 「きゃぁっ?!」
2人は仰天して飛び上がりました。
 「親父さんっ」
 「おおお、お父さん?!」
2人が振り向いた先には、にやにやしながら壁にもたれかかった店主の姿がありました。
いつの間にか、店の奥から出て来ていたようです。
 「まったく…花屋に花をやってどうする気だか…」
言う店主の口調は笑いを含んでおり、目も笑っていました。
 「シス、これがいるだろ?」
店主は、1輪の桃色のバラを娘に手渡してやりました。
それまで、呆然としていたイノシェシスは、はっと我に返った様子で、桃色のバラを受け取りました。それから、はにかみながら、ブライアーにバラを差し出しました。
 「妾の答えはこの花に…!」



<了>
2004-05-22 23:17:27公開 / 作者:PAL-BLAC[k]
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■作者からのメッセージ
久々に甘々を書いたんですが…。
重たいものを書くより疲れる行為でした(笑)
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