『カワイソウナカワイイボウヤ』作者:バニラダヌキ / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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 ……はい。
 そうです。僕です。
 岡崎君の事? はあ、そうですよ。高校時代、彼の組の学級委員長をやってました。
 ええ、友達でした。たったひとりの、って言ってもいいかな。
 はあ、東京からわざわざ、こんな田舎の大学までいらしたんですか。
 ええ、知ってますよ、子供向けの、あの、いわゆるオカルト雑誌でしょ。
 まともに読んだことないけど、あ、ごめんなさい、ええ、知ってます。
 コーヒー? 僕はコーヒーは嫌いだな。紅茶ならいいですよ。
 あそこの角の喫茶店なんかどうですか。ええ。
 おーい、君たちも、いっしょにどう? うん、岡崎君のこと聞きたいって。
 ……おやおや、血相変えて逃げちゃいましたね。ええ、僕はかまいませんよ。
 もう別に内申書にも関係無いしね。


 ほら、おいしいでしょ、なかなか。
 そうです。あらましは、そんなとこです。こんな田舎じゃ、めったにない大事件でしたからね。
 新聞にも、全国版まで、随分詳しく載りましたよね。
 ……今になって考えると、岡崎君のやった事ってのは、もちろん行為としちゃ許すわけにいかないけど、心情的にはなんとなく解る気もするんです。ええ、そりゃあ悪い事ですよ。
 でも、完全に頭がおかしかった訳でしょう。
 僕だって、受験受験のあんな時期にまるきり頭がおかしくなったとしたら、何をやりだしたかわからない訳で、そのとき何をするか、まあ、状況によっては、ああいう事しないとも限らないわけですよね。
 でも僕なんか、家の事考えると、やっぱり出来ないだろうけど、彼の場合、ほら、あれだったでしょ。
 そうです。なさぬ仲、ってやつ。ええ、暮らしそのものは良かったですよ。
 この町では一番裕福にしてたんじゃないかな。
 グランドピアノなんて代物が昔から置いてあったのも、こんな地方都市じゃ、あそこんちだけですしね。
 でも、親父さんのしごとが、ほら、あれでしょ、駅前の裏通りの。
 そうそう、夜だけはやたら色とりどりで明るくて、昼間はというと、薄汚いだけで。
 まあ、そのためだったのかどうか、僕にはわかりませんけど、確か小学校の五年の夏休み。
 そう、僕、岡崎君とはその頃からいっしょだったんです。
 その夏、夜中に突然彼のお母さんが、ええ、新しいお母さんが来る前の、本当の母親のほうですね、
 そのお母さんが、ポリタンク持って道に飛び出してきて、なにやら大声で喚き散らしながら、
 タンクの中身頭からかぶって……。
 もう知ってますよね。そう、ガソリンだったんです。
 実はそのとき、僕、彼といっしょにいて、見ちゃったんですよ。本当です。
 ちょうどその晩、ほら、あそこのお薬師様で、縁日やってたんです。
 ほかのみんなといっしょに夜店見て遊んで、帰る道がいっしょだったから、二人で帰って来てね、じゃあまたねって、言おうとしたとたん、火だるまの……これ、もういいですよね。
 とにかく、人間があんな得体の知れない声出せるなんて、今でも信じられないくらいで。
 それに、火だるまになってからあんなに長いこと走り回れるってのも……。
 ええ、ショック受けてましたよ、岡崎君。そりゃ当たり前でしょう。
 でも、その後、案外、特に変わったわけじゃなかったですね。
 夏休み明けにも、僕たちとは前と同じようにしゃべってましたしね。
 ……こんなこと言っていいかどうか、実は、かえって気が軽くなったようにも見えたんですよね。
 というのは、その本当のお母さんって人、昔からちょっと、おかしかったんです。
 ヒステリーのうんとひどいのって言うか、ちょっとした事で、訳がわかんなくなっちゃうんですね。
 外に出ちゃあ、あることないことしゃべってまわったり、お父さんともしょっちゅう喧嘩してたらしいし、彼自身、顔にひどい痣を作って学校に来たこともあったし。
 やっぱり、元来、そんな血が、彼に流れていたからなんでしょうかね、あれは。


 紅茶、おかわりしていいですか?
 ああ、どうも。
 どこまで話ましたっけ。
 そうそう、で、それだけなら、案外うまく行ってたと思うんですよね。
 お父さんも、仕事はあれですけど、いい人ですからね、気持ちの方は。
 でも、やっぱり一人で暮らせる人じゃなかったんですね。ああいう仕事してるくらいだから。
 いえ、新しいお母さんが悪かったとは思いません。
 遊びに行ったとき、何度か会いましたけど、駅前のあんなとこで働いていたにしては、品も良かったし、優しかったし。
 まあ、ああいう仕事の男性が見栄も含めて選んだんだろうから、当然と言えば当然でしょうけど。
 むしろ、岡崎君の方が、他人行儀に意識しすぎてたんだと思います。
 僕だったら、嬉しがって甘えちゃうところだけど。だって、まだ若いし、きれいだし。
 でも彼の場合、やっぱり、ほら、前のお母さんのことなんか、いろいろある訳でしょう。
 素直に甘えられなかった気持ちもわかりますよね。
 ……うーん。事件そのものの心当たりですか。そうですね。実は、あるんですよね。
 新聞にも書いてなかったから、彼自身、しゃべらなかったらしいけど。
 彼が急に無口になったのが、確か中学三年の時で、新聞見た限りじゃ、あれを始めたのも、その頃だったって言うでしょ。そうなんです。
 高校受験の事でみんな煮詰まっちゃってた頃だから、たしか秋口です。
 土曜の午後、彼が映画に行こうって言ったんです。すごく面白い映画がかかってるからって。
 僕もちょうど憂さ晴らししたかったところなんで、誘われるままついてったんですけど、ほら、駅からここまでの途中にあったでしょう、市役所んとこの、あの映画館。
 いや、ロードショーのほうじゃなくって、あの二階に、小劇場ってのがあったんです。
 ええ、おととしつぶれちゃったけど、古い洋画を二本立てでやってたとこ。
 そうそう、そんな感じです。あの、汚い、学校の物置みたいな感じのところ。あそこに連れてかれたんです。
 やってた映画がですね、いいですか、題名は忘れちゃったんですけど、こんなサイコ物の洋画だったんです。
 母親に溺愛されて育った少年がいるんです。
 溺愛っていっても、いわゆる猫っかわいがりじゃなくて、きわめて厳格な過保護、っていうのかな。
 で、その母親は、女の子ばかりの寄宿学校の校長先生をやってて、近ごろの若い娘はスベタばっかりだ、そんな愚痴ばかりこぼしてるんですね。

     だからお前は、うちの学校の生徒なんかに興味を持っちゃいけない。
     まあそれぞれ取りえはあるかもしれないけれど、完全な娘なんて一人もいない。
     お前の嫁は、絶対私の眼鏡に適う娘を探して……

 そんなことを息子に毎日毎日言ってるわけです。
 そのうち、寄宿舎の娘が、ひとり、またひとり、行方不明になって行く。
 厳しい寄宿生活が厭になって、逃げ出したんだろうって、最初はたかをくくってるんですが、そのうち、息子の挙動がどうも怪しくなる。
 で、最後に、その母親が、息子の後をつけて屋根裏の一室に忍び込むと、息子は明るい声で、

     ほら、お母さん、いつもお母さんが言ってたとおりのお嫁さんを、紹介するよ。
     頭は性格のいいジェーン、メリーは腕が上品だって、母さんいつか言ったよね。脚は……

 ……顔色、変わりましたね。
 そうでしょう。岡崎君が捕まったっていう新聞読んだとき、すぐ思い出したんですよ。
 岡崎君の場合、たぶんお嫁さんのほうじゃなくて……そう、お母さんのほうだった訳ですけど。


 紅茶、もう一杯いいですか。話してると、喉が乾いちゃって。
 あ、どうも。
 現場、ですか? ええ、それも知ってます。そう、もう見てきたんですか。あそこの廃工場の、裏山でしょう。
 ええ、子供の頃、仲間とよく遊んでました。岡崎君も、いつもいっしょでした。
 あの頃から、あちこちにありましたよ、粘土を掘り出した後の、洞穴ですよね。
 ええ、どれもかなり奥が深くて、探検のしがいがあったし、粘土持って帰って、いろいろ遊べたし。
 でも、あんな市街の目と鼻の先で、どうしてそれまでみつからなかった訳ですかね。
 だって、もう三年も続いてた訳でしょう。六人も行方不明になっていた訳でしょう。
 これはどう見たって、警察の怠慢ですよね。
 ええ、それはわかりますよ。
 みんな駅前のあそこらへんで働いてた女なんでしょう。
 そう、言わば彼の新しいお母さんの、仲間って訳ですよね。
 あれって、ほとんど県外から流れてきたひとばかりらしいですからね。
 不意にいなくなっても、誰も気にしない。
 そもそも、あんな不潔な場所があるからいけないんだ。
 その頃の僕たちの学校だって、良くないやつが急に増えちゃって、
 たいていあそこんとこの息子や娘ですよ。まあ、これは余談ですけどね。
 はじめのうちに発見できてれば、少なくとも、三浦さんだけは死なずにすんだんだ。それがくやしいんですよ。
 ええ、三浦さんも、子供の頃から知ってます。
 昔から、彼女、岡崎君に同情的で、中学の頃なんか、誰にでも彼女が彼に惚れてるの、わかりましたもんね。
 でも、岡崎君のほうは、当時はさっぱり気にしてませんでした。
 あんな可愛い子なのに、まあ、彼の気持ちは、あの頃から別の世界に行っちゃってたのかもしれませんね。
 でも、もし岡崎君があの頃から三浦さんに心を開いてたら、今度のようなことは起こらなかった訳ですよね。
 実際、見つかる半年前から、犯行のほうはやめてたって言うし。
 ちょうどその頃から、三浦さんと彼がいっしょに歩いてるのを、僕も何度か見かけてるし。
 岡崎君も以前よりは明るくなってたし。
 ……だから、結局、最後の犯行だけは、僕としては、信じたくないんですよね。
 でも、やっぱり、彼は根本的に、気が狂っちゃってたんでしょうね。でなきゃ、あんな可愛い子を……。
 え? あの噂ですか。
 三浦さんを襲ったのは、岡崎君じゃないって言う?
 まさか。信じません。だって、僕は正気ですよ。
 ええ、荒らされた三浦さんの部屋に、古い頭髪や、腐った皮膚が残ってたって言うんでしょ。
 それぞれ違う人の、違うところの。
 馬鹿馬鹿しい。信じやしませんよ。
 え? 正式に確認されてたんですか。……それは、知らなかったな。
 そう、そのとおりでしょう。あの映画みたいなもんですよ。岡崎君が置いたんでしょうね。
 もしかしたら、自分を失っているうちに、自分であれをかつぎ出して、動かしたりしてたのかもしれない。
 もうひとつの噂? ええ、それも知ってますけど。
 あの晩、三浦さんの部屋から逃げた人影を追いかけて、警察の人達が、あの廃工場の裏山にはいったときの事でしょ。
 どこかから、かすれた、女の声みたいなのが聞こえる。
 ささやき声のようでもあるし、子守歌みたいにも聞こえる。
 警察の人達が、足音忍ばせてたどって行くと、あの洞穴の中から、くりかえしくりかえし、聞こえてたっていうんでしょ。
 女の声で……カワイソウナカワイイボウヤ、って。
 しかしね、いくら子供だましの、ごめんなさい、低年令層向きの記事でも、せめて、『それは狂った彼自身が、彼自身を慰めていたに違いない』とかなんとか結ばなきゃ、今時、子供だって、そんな絵空事信じやしませんよ。
 え? その時、岡崎君は横で気絶してた?
 誰に聞いたんですか、そんな事。
 なんだ、あのお爺さんですか。
 だめですよ。
 あの人、あの事件の後、すぐに警察を定年退職して、それっきりぼけちゃってるんだから。


 ……ちょっと、世の中、おかしいですよ。
 そのうちみんな、岡崎君みたいになっちゃうんじゃないですか。
 岡崎君、やっぱり、一生出てこれないんでしょうね。
 ……残念だな。偏差値だって、僕と同じくらいあったんですよ。


 国立、確実だったのに。



                   <終>
2004-05-05 06:02:55公開 / 作者:バニラダヌキ
■この作品の著作権はバニラダヌキさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
進行中のが何も終わってないのにアレなんですが、ちょっとご意見をお聞きしたくて、アップします。
完全に自分以外の性格の第三者による一人称で、しかも複雑なホラーを客観的に間接的に語らせる、という実験なんですが、問題は、これで他の人に話を理解してもらえるか、という点なんです。
旧作ですみませんが、ご意見いただければ幸いです。
この作品に対する感想 - 昇順
初めまして、村越という者です。拝見させていただきましたが、自分的には『語り手が狂ってるんじゃないか?』ということを思いました。あまりにも淡々としているし、なにより人が丸焦げになっているのにもかかわらずの冷静な分析、かつ匂いの描写がないあたりからずーっと最後までそんな感じを受けました。で、極めつけに最後の数行。語り手が岡崎君になってしまっているような気がしてなりません。っていうか、それを訴えたかったのでは? ずばり! あと、こういう作品は新鮮感があっていいと思いました。
2004-05-05 06:34:45【★★★★☆】村越
村越様、ご感想とご分析、ありがとうございます。なるほど、そうも読めるなあ。自分でも考えつかなかった。語り手も完全に人間性を失っており、そのという設定であり、そのほうが語っている事件そのものよりさらに不気味、という狙いはあったんですが、岡崎との同一性までは、考えてませんでした。貴重なご意見、ありがとうございます。
2004-05-05 08:27:40【☆☆☆☆☆】バニラダヌキ
あう、下の村越さんへのお礼の中の、『そのという設定であり』は、消し忘れです。
2004-05-05 08:30:25【☆☆☆☆☆】バニラダヌキ
このラスト、“理想の母親”が命を吹き込まれたのではと思ったのですが、ただそうなると、最後の方で話者が、聞き手の様々な推測を知った風な口できっぱり否定していくシーンの意味は、という謎が残って……うーん、未熟者ゆえ感想にならずすみません。ただ個人的に、このシーンの主人公の姿が一番リアルで怖かったです。あと本当の母親のシーンや洋画の内容を持ってくるタイミングというかペース配分というか、読み手の気分を一旦弛緩させてから衝撃的に出してくるのがうまいと思いました。
2004-05-05 12:25:29【★★★★☆】明太子
明太子様、どうもありがとうございます。いやもう、まさに命を吹き込まれたつもりだったんですが、なるほど、ラストはぼかしすぎたかも。語り手が徹底的に合理主義者ぶることによって、語り手自信の非人間性というか、異常性を強調してみたかったんですが、曖昧になっちゃってますね。うーん、やっぱり最初から、作り直す必要があるかも。模索にお付合いさせてしまって、すみません。
2004-05-05 14:17:07【☆☆☆☆☆】バニラダヌキ
おお、また誤字が。語り手自身、
2004-05-05 14:18:46【☆☆☆☆☆】バニラダヌキ
読ませていただきました。ワタシは、この独白調の語りに序盤から摑まれましたね。この手法だからこそ、じわりじわりと物語の異形さが伝わってきた、と言いますか。この語り手の口調が淡々としているからこそ、ワタシはそこに現代性、その不条理さを強く感じました。ラスト一行があのような形で、あっさり切り捨てられているところ、あの余韻は個人的にすごく勉強になりましたね。
2004-05-05 14:33:46【★★★★☆】卍丸
読ませていただきました。この手法の小説は読んだことがあるのですが、そのせいもあってか序盤から楽しく読めました。徐々にストーリーを明かしていく実力は申し分なく、お見事です。卍丸さんと同じになりますが、最後の切り方が読後感を良くしていると思います。最後の母親云々のところが少しわかりづらかったのが残念です。惜しいと思います。ですが個人的にストライクです(謎 次回作品にも期待しています。
2004-05-05 15:01:40【★★★★☆】メイルマン
バニラダヌキさん、こんにちは。読ませていただきました。自分も村越さんと同じで、主人公がどこかおかしくなってくような感じがしました。たった一人の友達ともあるし・・・・・・淡々としているのにかなり不気味になってくのが味ですね。最後の方は事件のあらましが一挙に出てきますが、わかりにくいというよりは何回も確認して読むと不気味さが倍増しますね(汗) 怖いのが苦手なのですが、結局最後まで読んでしまいました。セリフだけで情景や相手のセリフが思い浮かべられるところは凄いですね。
2004-05-05 17:56:38【★★★★☆】yagi
卍丸様、メイルマン様、yagi様、ありがとうございます。やっぱり、間接法だけで洞窟の場にすんなり持ち込めてないかな、とは思ってました。とりあえず今は頭が「ブル」一本なので、その後「雪の娘」終わらせてから、もういっぺん組み直してみたいです。いやあ、感情移入できない奴の視点に立つというのは、本当に難しい。
2004-05-05 21:20:48【☆☆☆☆☆】バニラダヌキ
話しての様子に不自然がないことが逆に不自然になってしまってるのかな・・・? 難しいですね。自分としてはスンナリと読みやすかったのですが。途中なんとなく、先を想像しながら読んでいたわけですが、判りづらい部分もありました。読み手に色々と想像させるという点をとるか、それとも、判りやすくするのか。これもまた中間点が難しいと思います。個人的には非常に面白かったです。
2004-05-05 22:19:39【★★★★☆】晶
えーと、現在すでに2006年7月26日……実は、思うところあって、『たかちゃんシリーズ』以外の自作投稿作品をすべて削除させていただいている最中なのですが、すべてのご感想には個々にお返しのコメントを入れるポリシーでありながら、懐かしき晶様のご感想に気づかなかったようです。いつご感想をいただいたのかも、現在のここでは不明なわけで。
と、ゆーわけで、晶様、遅ればせながら、ご感想感謝です。今頃どうすごされているのか想いをはせつつ、今日こうしてお返しさせていただいたからには、当分この作だけはここに残しておこうと思います。
2006-07-26 23:21:07【☆☆☆☆☆】バニラダヌキ
計:24点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。