『背徳の牧師カロン(He is 8years old)』作者:笑子 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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 愛しい我が子よ。
私に逆らい、外の世界に飛び立ちなさい。
その穢れのない白い翼を真っ黒に染めなさい。
やがて身も心も穢れた後。
私は再びお前たちを喰ってやるでしょう。

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 あるところにカロンという神に見捨てられた子供が一人いました。この子供はたいそうわがままで気を抜くとすぐに悪さをします。そしてこの子がいたずらをするたびに彼の両親はおしおきのために彼の周りにいる人を何人も殺さなくてはならないのでした。
それでもカロンはしばらくたつとまた悪さを始めます。しかしカロンを愛する両親はカロンを傷つけることはできませんでした。そして、仕方なくカロンを屋敷の地下牢に閉じ込め鎖でつなぐことにしました。

 「・・・しかし、罪深いカロンは自分が地下牢に繋がれてもなお両親に不安を与え、二人を屋敷にこもりきりにさせました。そして、毎晩のように親に懺悔をし、親を騙してまた外に出ようとたくらんでいるのです・・・・」とカロンはそこまで読むと次のページをめくろうとした。
「今夜はそこまでにしましょう、カロン。さぁ、本を閉じて・・・そう、あなたは罪深い子です。今日は蝋燭の明かりも消しますよ。明日の朝私がここにくるまで一人でここにいなさい」とイライザは言って立ち上がった。
「待って!お母様!いやだよ、怖いよ・・・。一人にしないで・・・」とカロンは泣いて牢の鉄格子の隙間から手を伸ばした。手はイライザにもう少しで届きそうなところで空しく宙を描く。
「本当に悪い子ね、カロン。悪いことをしたらおしおきがあると言っていたでしょう」とイライザは優しく微笑んだ。
「でも、明かりを消すと本当に真っ暗になるんだ!何にも見えなくて、怖くて死んじゃうよ!・・・まだあるよ!夜中になると鳴き声が聞こえるんだ!あれは人じゃない・・・!ねえ・・・一人にしないで・・・!」
カロンは潤んだ目で震えながらイライザを見つめた。
「そう・・・。それじゃあ、なお更ここで一人懺悔を続けないといけませんね。その鳴き声を出す生き物があなたを食い殺してしまうかもしれませんよ」と言ってふっと息を吹き燭台の灯を消した。それはこの地下で唯一の明かりだった。
カロンの顔は益々蒼白になった。
「お母様・・・お願い・・・」
「おやすみなさい。愛しいカロン」
衣擦れの音が響きコツコツと階段を昇る音がやがて遠のいていった。

「助けて・・・怖いよ・・・。もう友達が欲しいなんて言わない、外に出たいなんて言わないから誰か側にいて・・・一人にしないで・・・」
カロンは一人泣き続けた。
やがて午前零時をまわりカロンが泣きつかれてやっとウトウトし始める頃、急にカロンは顔を上げ、体を震わせた。
ウーー、ウーー、ガルルルルゥ・・・、という鳴き声が響く。
来ないで・・・僕を食べないで・・・、とカロンは祈った。しかし鳴き声はカロンのいる牢にだんだんと近づいてくる。
とうとう何かが牢を覗き込む気配を確かにカロンは感じ取った。
カロンは震えながらも息を潜めた。
この中には何もいやしない・・・早く遠くに行って!
カロンがじっとしているとやがてゴリゴリと壁が削れる音がした。
粘土で出来ている壁の砂が崩れるたびにパラパラと音を立てる。
中に入ってこようとしているのだとすぐにカロンは気づいた。
夜目に慣れるとそれが大きな猫のような生き物なことが分かった。
カロンはなるべく音を立てずに尻餅をついたまま後ずさり牢の隅で小さく縮こまった。
ゴリゴリという音が止まる。
同時にそれが近づいてくる気配を感じカロンは声にならない悲鳴を上げた。
何か得体の知れない生き物はすぐそばまで来るとカロンの素足の匂いを嗅いだ。
髭が足にあたり、びっくりしてカロンは足を引っ込めた。
「僕を食べないで・・・」とカロンは泣いて言った。
生き物は顔を上げるとじっとカロンを見つめた。
ふと、その目を見てそれが自分に対し殺意を持っていないことにカロンは気づいた。
大きな猫のような生き物は静かにカロンに身を寄せると彼の膝に顔を乗せる。
生き物の体温が温かくカロンの体にしみこんだ。
恐る恐る彼の手が生き物の耳に触れる。手が耳に触れるとパタパタと耳が動き生き物はうれしそうに目を細めた。
「君は・・・僕に会いに来てくれたの?」とカロンは言った。
生き物は何も答えずにただ彼に身を寄せ、目を閉じた。
生き物に対する恐怖が愛しさに変わり、カロンは微笑んだ。
「温かい・・・」
そう言うとカロンは生き物をそっと抱きしめ、やっと深い眠りについた。


 数日後、カロンは祖母の葬式のために母イライザと父ハリーに連れられて祖母の屋敷まで馬車に乗って出かけた。葬式にはカロンの親族ギルデロイ一族一同が集まることになっていた。
久しぶりに見る外の景色が珍しくてカロンは馬車の窓にずっと目を向けていた。
「カロン、外に出れてうれしいでしょう。今日はお婆様のお顔も拝見できるのよ」とイライザがカロンの頭を優しくなでながら言った。
「お母様、お婆様は死んだらどこへ行くの?」とカロンは言った。
「どこへもいかないわ。お婆様はずっとあの屋敷にいるのよ」とイライザは言った。
「どうして?お婆様は死んだら天国へ行くんじゃないの?」
「行かないわよ。ギルデロイ一族わね、死んでもみんなこの世にとどまるの」
「とどまって何をするの?」とカロンは尋ねた。
そこでイライザはフフッと笑うと両手でカロンの頬を包み込んだ。
「とどまってあなたをずっと見守っているのよ。皆あなたが生まれるのを待っていたのよ。曾お爺様もそのお爺様もずっと・・・わからない?」
カロンは首を振った。
「僕は罪深い子なのに、みんな待っていたの?」
「そうよ」と言うとイライザは少しだけ手に力をこめた。
痛みにカロンが眉をしかめる。
それを見てイライザはまた微笑んだ。
「生まれてくるのを皆が待ち焦がれ・・・そして恐れた。永遠の呪いの代わりに繁栄と栄華を約束され、あなたは私たちの救いの神でありまた破滅へと導く死神・・・!あなたがその罪を償い切らないうちは私たちは永遠にこの行き先のない死の螺旋に囚われたままもがき苦しみ、腐り落ちていく魂の悲鳴を上げ続ける・・・」
「・・・ごめんなさい・・・」とカロンは謝った。
「私に謝らなくたっていいのよ。私が望んだことなんだから。あなたは罪を贖うことだけ考えてくれればいいの」とイライザは言うとカロンから手を離し外の景色に目を向けた。
「・・・もうすぐつくぞ」とハリーが言った。


 屋敷に着き、お婆様の部屋に行くとそこにはすでにカロン達を除いたギルデロイ家の全員が集まっていた。
カロンはベッドの上に横たわる祖母の死体に目を向けた。白い布は横に避けてあり祖母の固く瞳を閉じられた顔をはっきりと見ることが出来た。
お婆様・・・。
「カロン。こっちにきてお婆様に挨拶をしなさい」とハリーが言った。
「はい・・・」と答えてカロンはゆっくりと祖母に近づいた。
穏やかで柔らかい祖母の顔はとても死んでいるようには思えなかった。
「お婆様・・・」とカロンは呟き、その頬に触れ、びっくりして手を引っ込めた。
硬くて冷たい。
「リデル・・・ロージャ・・・」と言うとカロンはガクンと膝をついた。
二人とも初めてそして最後の、カロンが友達と呼んだ子供だった。屋敷の外で遊んでいるところをイライザに見つかり、イライザが斧を振り上げ二人の子供の頭が割れたときをカロンは思い出した。割れた二人の頭を抱きしめ雨の中カロンはいつまでも泣いた。二人の頭は冷たい雨に打たれ急速に熱を奪われていく。

僕が外に行かなければ・・・屋敷の中にずっといたなら・・・。

その日の夜、カロンは裁縫をしていたイライザの元に泣きはらした目で歩いてきた。
「お母様・・・僕、もう絶対に外に出たりしません。ずっとここにいます」
「やっとわかってくれたのね。カロン」とイライザは手を止めカロンを見て微笑んだ。
「・・・だから、僕を閉じ込めて。・・・二度と勝手に外に出れないように鎖で縛って」
カロンは小さな両手をイライザに差し出した。
「僕を・・・お願い・・・!」

「カロン、カロン!」とハリーがカロンの肩を揺すった。
カロンの意識がふっと現実に引き戻される。
「どうした?しっかりしなさい。お婆様に挨拶はすんだのか?」
「あ・・・ごめんなさい」とカロンは言うと祖母に手を合わせた。
さようなら・・・お婆様。これからもこの屋敷をお守りください。

カロン・・・カロン・・・。

カロンははっとして目を見開き、自分の目を疑った。
確かに祖母は目を開けていた。血走った祖母の眼とカロンの目が合う。

憎しや・・・憎い・・・カロン・・・死んでも死に切れぬ・・・。

「あ・・・あ・・・あぁ・・・!!」
「どうした?カロン。しっかりしなさい」とハリーが笑った。
どうして!?お婆様が目を開けてるのに!?皆おかしいと思わないの!?
カロンは周りの人たちを見回した。
みんな不思議そうな顔をしてカロンを見ている。
カロンはイライザを見た。イライザはカロンに向かってにやりと微笑んだ。

カロン・・・一緒に・・・一緒に・・・。

「だめよ。カロンを連れて行っては」とイライザが言った。
「あ・・・あ・・・あぁああああ・・・・!!」
「カロン!待ちなさい!どこへ行くんだ!」とハリーが叫んだ。
カロンは無我夢中で部屋を飛び出し屋敷を出て行く。
「ルイーザ。カロンを追いなさい」とイライザが言った。
「わかりました」と髪の長く背の高い、まだ若い男が答え部屋を後にした。


カロン・・・カロン・・・一緒に・・・一緒に・・・。

カロンは頭に響いてくる恐ろしい声を必死に払いながら走った。

あなたに関わらなければ・・・私達、殺されることなんてなかったのに・・・。

お前のせいだ・・・。お前が大人しく家の中に入っていれば・・・。

悔しい・・・悔しい・・・死んでしまえ・・・一人だけ生きているなんてずるい・・・。

「ごめんなさい!ごめんなさい!お願い!許してぇ・・・」

カロンは庭の林に駆け込むと急いで一本の木によじ登り、太い幹にしがみついた。

お前がいるから天国にも地獄にも行けやしない、ほら、ごらんよ私のこの哀れな姿を・・・。

カロンは自分の登ってきた木の下を見た。
「お・・・お婆様・・・」
ぼこりと音を立て、それは地面からゆっくりと浮き上がる。
鎖が全身にジャラジャラと巻きつき、背中に生えてる羽からは血が噴き出している。
目からは血の涙がぽたぽたと滴っていた。

飛べない・・・お前のせいで・・・飛べないんだよ・・・。

祖母はドスンドスンと音を立て飛び上がろうとした。その度に髪が振り乱れ、血が飛び散り、鎖のジャラジャラという音が響き渡る。
「ごめんなさい・・・ひっく・・お願い・・・僕を責めないで・・・!」
助けて・・・誰か・・・誰か・・・。

「そんなところにいたのか」
見知らぬ声は下から聞こえた。
「ごめんなさい・・・何度でも謝るから・・・僕を責めないで・・・!」
ルイーザは小さくため息をついた。
「誰も、お前を責めてなんかいないよ、ほら」と言ってルイーザは両手を広げた。
「降りておいで、えっと・・・カロン、だっけか?」
カロンは男をじっと見た。
その視線に気づき男はにかっと笑う。
カロンが見つめた先にはもう祖母はいなくただ優しく微笑む知らない青年がいるだけだった。
「駄目だよ」とカロンは涙をこすりながら言った。
「どうして?」
「僕に触ると・・・死んじゃう」
「・・・は?」
「皆・・・僕としゃべったり遊んだりした人は死んじゃったから」
「どうして?」とルイーザは首をかしげた。
「僕が・・・悪い子だから」
「え・・・お前が殺したの?その、小さい手で?」
カロンは首を横に振った。
「お母様が・・・、でも、僕のせいだから・・・」
「何か、込み入った事情があるみたいだな・・・、ま、いいや、でもそれはカロンがやったんじゃないんだろ。ならお前のせいじゃない。降りてこいよ」
「・・・おじさん、僕のこと知らないの?」とカロンは怪訝な顔をして見せた。
「おじ・・・!?・・・俺、まだ25・・・。うん、まぁ、俺は今度からお前のところの専属医師になる予定で昨日ロンドンについたばっかだからな。はっきりいって、こんな古い伝統の凝り固まりみたいな一族のことはよくわからねぇよ」
「おじさん、僕の家に来るの?」
「おうよ。俺の名前はルイーザ。先生・・・とかつけてくれちゃってもいいぜ」
「おじさん・・・お母様に殺されてもいいの・・・?」
「安心しろ。お前の面倒見るように言ったのはお前の母親だ」とルイーザは言った。
「・・・そうなの?」
「本当はただつれて来いって言われただけだけどな・・・」とカロンに聞こえないよう小声でつぶやいた。
ルイーザはカロンの目をじっと見つめた。
「だから・・・降りて来い」と両手を広げる。
「おじさん・・・」
カロンは太い幹に足をかけた。
ルイーザが静かに頷く。
枝を蹴り、カロンの体が宙に浮き上がった。そのままルイーザの腕の中にすっぽりと収まる。
「捕まえた」そう言うと男は持ち上げたままカロンの頭を少し乱暴に撫でた。
「ただし、オッサン扱いはやめろ。ルイーザ、って呼んでみ?」
カロンは少し照れくさそうに俯き、
「ルイーザ、先生」と言って微笑んだ。
一瞬、ルイーザの表情が止まった。
「・・・イングランドの少年は世界一可愛いというのは本当だったか・・・」
「・・・は?何?」
「・・・何でもない」
「カロンは、いくつなんだよ」
「僕?8歳だよ」
「ふーん。若いなぁ・・・。でも俺がそのくらいの時には毎日外で友達と遊んでたけど・・・あ・・・悪い。ま、お前はこれからそういう思い出つくればいいじゃん」
「一緒に、思い出作ってくれるの?」とカロンが訊いた。
「俺?俺でもいいけど・・・おんなじ年の子の方が楽しいぜ?」
カロンは途端に悲しそうな顔をした。
「・・・アーウチ。俺ってば何でこんなに気の使えない大人になっちゃったんだろ。許して。ごめん」
「ふふ・・・情けない顔してるよ」とカロンは笑った。
「・・・お前だってまだ目が赤いぜ」とルイーザも笑った。
「取りあえずさ、家族も含めてお前のこと、聞かせてくれよ。新人は掴みが大事だからな」
カロンの表情が一瞬止まった。
「ん?」
「僕のこと・・・聞きたい?」と探るようにカロンは訊いた。
「あぁ」と不思議そうに男は返事をした。
「・・・僕も・・・話したい」
「カロン?」
「僕の話・・・一杯聞いてもらいたい。興味を持って欲しい」
そう言ってルイーザの肩を掴む手に力をこめる。
「おう。気が済むまで話してくれよ」と言ってルイーザは笑った。


 アダムとイブがまだ神の楽園にいた頃、神は12人の子供をつくりました。上からカダム、キダム、ペテロ、アンデレ、ヤコブ・・・末っ子の名前はカロンと名づけられました。
末っ子のカロンは神に一番可愛がられていました。他の兄弟はそれがおもしろくありません。
「カロンはあなたを利用して神になろうとしています」と言ったのはカダムでした。
神は笑ってそれを否定しました。
「カロンは僕たちを追い出してあなたの愛を独り占めしようとしています」と続けてキダムが言いました。
神は笑ってそれを否定しました。
あるとき、神がカロンに訊きました。
兄弟を愛しているか、と。
「はい」とカロンは正直に答えました。
神は今度は怒りました。
私に愛されているお前が他のものを愛するとは何事だ、と。
神はカロンを神の城エテメ・アンキから追い出し、彼が一人で住むために地球という小さい星を造りました。
広い地球にカロンは一人ぼっち。
カロンは毎日、兄弟を思い、神を思い泣きました。
それを見てかわいそうに思ったペテロとアンデレはこっそり神の秘密の壷を盗み出し、地球に2・3滴の雫をたらしました。するとそこからたくさんの動物と人間が生まれました。
カロンは遠い兄に感謝し、彼等を愛でました。
それを告げ口したのはヤコブです。
神は怒って地球に住む生物たちに言いました。
カロンに愛されるものには死が与えられるだろう、と。
地球に住む生物たちはカロンを恐れ、誰も近寄ろうとしません。
再びカロンは一人ぼっちになりました。
しかしあるとき、一羽のカラスがカロンを訪ねました。
「私はこんなに黒くて醜いために誰も愛してくれません。もし、あなたが私を愛してくれるなら私はこの命をあなたに捧げましょう」
カロンは涙を流しながら彼の両翼をそっと撫で、嘴にキスをしました。
黒いカラスはお礼を述べてそのまま息を引き取りました。

          その愛と心中することができますか?
          
          その愛を拒むことができますか?


 カロンは牢の中でたくさんの物語の本を読んでいた。どれもカロンには理解しがたい内容ばかりだった。
「よぉ、カロン。読書は順調に進んでる?」とルイーザが鉄格子の向こうから話しかけた。
「これ・・・おかしいよ」とカロンが言った。
「ん?何が?ただの童話だぜ」とルイーザは言った。
彼は盗み出した牢の鍵で格子を開けることに集中しているようだった。
「この・・・シンデレラ・・・。最後に王子様と二人でずっと一緒にいる・・・」
「それがどうかしたか?・・・お・・・開いた開いた」と言って牢の中に入るとルイーザはカロンの頭を撫でた。
「僕・・・これお母様に読んでもらったことある。途中まで一緒だけど・・・途中から違う」
「違うって・・・どんな風に?」
カロンは本を閉じてルイーザの顔を見た。
「お城に行ったシンデレラは王子様と恋に落ち、お妃様になりました。・・・しかし、しばらくするとシンデレラはお城を飛び出してしまいました」
「えぇ?また何で?」
「家に帰るため」とカロンは言った。
「家には意地悪なお母さんとお姉さん達がいるんだぜ?」
カロンは首をかしげた。
「何で、お城から家にもどったんだ?」とルイーザは訊いた。
「シンデレラはお母様達が好きだから」とカロンは答えた。
「・・・ふーん・・・なるほど・・・」と男は頷いた。
「カロンは、お母さん好きか?」と男は訊いた。
「怖いときもあるけど・・・好き」とカロンは答えた。
「そっか・・・。それ、お母さんに言ったことがあるか?」
「え・・・?ないよ・・・そんなの」とカロンは首を振った。
「何で?大事だぜ、ちゃんとそういうの伝えること」
「言わなくたって・・・お母様は知ってるよ」
「知ってても、言ってもらわないと不安に思うことだってあるんだぞ。俺が思うにな、お前のお母さんがこうやってお前の事閉じ込めたりしてるのもそういった不安の現れの一つだと思うんだよな。不安、取り除いてやればお前も普通に暮らせるかもしんないぜ。それに・・・ここはかび臭いし健康にもよくないからな・・・子供はお日様の下で育つのが一番!」
「お母様に・・・好きだと・・・」とカロンは繰り返した。
「そう。好きだよって、伝えるんだ。恥ずかしいけどな・・・がんばれ」とルイーザは言って立ち上がった。
「もう、行っちゃうの?」とカロンが袖を掴んだ。
「あぁ、あんま長居すると怪しまれるからな。鍵のこともあるし」
カロンはさみしそうな顔をした。
ルイーザはカロンを何て素直で愛らしい子供なんだろうと思った。
「ちゃんとお母さんに伝えること伝えたら明日ご褒美に新しい本持って来てやるよ」とルイーザは言った。
「本当?」とカロンが笑った。
「ああ、本当。じゃあな。また明日」と言ってルイーザは静かに鍵を閉めた。

 「カロン。最近何かいいことでもありましたか?」とイライザが言った。
「え?何も・・・」
「そうですか・・・。最近あなたの顔が晴れやかだから、あのお医者様が来てからかしらね」とイライザは言った。
ぎくりとカロンの肩が震えた。
「いいお医者様だと思うわ。誠実で努力家で、優しくて。ね?カロン」
「・・・そう・・・かもしれない・・・よく、わからない・・・」
イライザはカロンを抱き寄せると優しくその黒い髪を指先で梳いた。
「お母様・・・」
「愛しいカロン・・・。あなたは私の宝物よ・・・」

ちゃんと、言えよ。そういうこと、言ってもらわないと不安に思うことだってあるんだぜ?

カロンは目をつぶった。
「お母様・・・好きだよ・・・」とカロンは言った。
一瞬、何が起こったのかわからなかった。気づいたらカロンは床に尻餅をついていて、右の頬がじんじんと痛んでいた。
「お母様・・・」
カロンは怯えた目でイライザを見た。
イライザは怒りに打ち震えた形相でカロンを叩いて痛めた左手をさすっていた。
「誰が・・・私を愛していいと言いましたか・・・?」と震えた声が部屋に響く。
「ごめんなさい・・・」とカロンは泣いて謝った。
「愛しいカロン・・・」とイライザはカロンに歩み寄り、その頭を軽く撫でる。
そして急にその髪を掴むと上に引っ張りあげた。
「っ、痛い!お母様・・・!」
「その痛みを覚えておきなさい・・・。さぁ、痛い思いをさせるのは誰!?」
引き上げる手に力が入る。
「お・・・お母様っ!」
「そう・・・!憎いでしょう。こんな痛みを与えられて、痛いでしょう・・・?私を愛するなんて馬鹿なことは言わないで・・・!さぁ、憎いでしょう?私が憎いでしょう?」
イライザの目は飛び出さんばかりに見開き、瞳は左右にゆれて焦点が定まっていないようだった。
カロンは必死に首を横に振った。
イライザは舌打ちをするとカロンを床にたたきつけた。
ダンっと体がぶつかる音が響く。
「痛いよ・・・お母様・・・」
カロンは顔を上げ、イライザを見ると思わず後ずさった。
イライザの長い髪が顔の半分を覆い、ふらふらと体は左右に揺れて両手は人形のように体の揺れに合わせて動いていた。
フラフラと揺らめきながらカロンへと近づく。
「私が・・・怖い?」とイライザは言った。
「こ・・・怖いよ、お母様・・・」と震えながらカロンは言った。
後ろにずり下がっていると、やがて壁にぶつかった。
イライザは屈むとカロンの顔を両手で挟んだ。
「私を憎みなさい」とイライザはカロンの目を見て言った。
「世界で一番、憎みなさい。憎しみだけが記憶に残り、後に継がれていく・・・」
カロンは憎くないと言おうとした。その口をイライザの手のひらが塞ぐ。
「そうじゃないと・・・あなたのお医者様・・・お母様が殺してドロドロのシチューにしちゃうかもしれませんよ・・・?」とイライザは笑って言った。
カロンは声にならない悲鳴を上げた。

 カロンはそのままイライザに手を引かれ、屋敷の廊下を歩いていた。それをルイーザが見つける。
「こんな夜遅くに、どこにいかれるんですか?」とルイーザが話しかけた。
「カロンに不用意に近づくな、と申し上げたはずでしょう・・・?」とイライザが言った。
「・・・それは・・・しかし・・・!」
ルイーザは震えて俯いているカロンに目をやった。
イライザはそれを見てにやりと微笑んだ。
「あなた・・・シチューはお好き?」
「は?」とルイーザは訊きかえした。
カロンがそれを聞いて泣きそうな声で叫ぶ。
「ルイーザ先生!僕にかまわないで!僕には先生なんかいらない!」
「おい、カロン!?」
ルイーザは反論しようとして、止めた。カロンが泣きそうな必死な顔をして男を見ていた。
カロンの友達を母親が殺したという話を思い出す。
この子は、自分を守ろうとしているのだ。
イライザはカロンの手を引いて廊下のむこうへ消えて行った。

 廊下の一番奥の部屋に入るとそこには地下への階段があった。
「ここに地下への通路があるのを、あなたは知りませんでしたね」とイライザは言った。
カロンは頷いた。
「同じ地下でもあなたが居たところとは違う場所ですよ。さぁ、行きましょう。あなたのために用意されたのだから」と言ってカロンの背を押した。
カロンは促され、重い扉を開く。
ギギィー、という音がして、地面に生えたコケを轢きながら扉が開く。すでにコケは何度か轢かれた後だった。
扉の向こうを見て、カロンは絶句した。


 Do you want to see more tragedy ? but…
2004-05-06 00:54:47公開 / 作者:笑子
■この作品の著作権は笑子さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
カロン子供編です。こういうのを暴走と言うのでしょうか・・・。意識もしっかり計画的な犯行(書くこと)なのになぜかどんどん物語が変な方向へ・・・笑。私の人生観がばれちゃいますね、ま、夜のなせる業として投稿してしまいます。あと半分ほどですが、誰かできれば最後までついてきてください。気持ち悪くなったらすぐ読むのを止めてください。←おい。
これを読んで興味を持ってくださった方は是非、カロン(月曜日に生まれ金曜日に死んだ女性)編も読んでください。

では、読んでくださった方、本当にありがとうです・・・。あと、感想下さった方も。
この作品に対する感想 - 昇順
カロン可哀想ですね。友達を作る事も出来ずにずっと屋敷に閉じ込められて・・母親もどこか狂ってますね。これからどうなっていくのか楽しみです。
2004-05-04 00:08:07【★★★★☆】グリコ
密かに読ませていただいてます。あ、「カロンは庭の林に〜」の次の行、「お前」の「お」が抜けてました。まぁ、そんな些細な間違いはどうでもいいのですが、笑子さんの書く文は何かおもしろいですね。続き楽しみにしてます。
2004-05-04 09:36:23【★★★★☆】yagi
なんか母親怖えっす。マジで怖え。俺だったら家出するかも…いや出来ないか…自分は愛してるけど愛されるのは嫌って自分勝手っすね。
2004-05-07 00:29:16【★★★★☆】グリコ
計:12点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。