『預かり屋』作者:ねやふみ / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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原稿用紙約5.09枚

  玄関のベルが鳴った。
 私はため息をついて椅子から腰をあげた。玄関のドアを開けると、そこには小柄で少し太った男が黒い鞄を提げて突っ立っていた。
「やぁ、すみませんねぇ」
 と、男は汗を拭きながら言った。息も多少荒い。どうやら急いでやってきたようだ。
「何の用ですか?」
 私は言った。内心、またこいつか、とも思ったが口には出さないでおいた。男は鞄を私に押しつけるように渡して言った。
「すまんが、いつものようにこいつをあずかってくれんか? 大事な書類なんだ」
 大事な書類……どうせ、男の見つかったらまずい不良債権の資料か、株の不正取引か。
 私はこの男の職業が何なのか知らないが、少なくともろくな職業ではあるまい。
「わかりました。その代わり、預かるだけですよ? しばらくしたらまた取りに来てくださいね」
 私はこう言った。が、相手がそんな事を聞くとは思っていない。事実、目の前の太った男も曖昧に返事をしただけで鞄を私に預けると、小走りでどこかへ行ってしまった。

 私が読書をしていると、また玄関のベルが鳴った。
 私が玄関に行くと、今度は眼鏡をかけた男が立っていた。この男も私のところによくくる人の一人だ。
「何の用ですか?」
 男の手には大きな封筒があった。男は早口で言った。
「すまんが、こいつをしばらく置かせてもらえないかね? 議会で可決されなかったんだ」
「だから、私のところに持ってきたんですか?」
 私は封筒を、受け取りながら言った。私はこの男もあまり好きではなかった。議会で通らない案はすべて私に預けにくるのだ。いずれ、再び見なくてはならないものなのに。
「ははは。すまんね」
 男は絶対そうは思っていない、と私は心の中で思った。私に預けてうやむやにするつもりなのだ。それで国民が忘れてしまえばいいと思っている。が、国民だってそんなに馬鹿じゃない。
「じゃあ、七年後に送り返しますから」
 私のその言葉は届いていないらしく、眼鏡の男は足取り軽く、去っていった。

 私がビスケットを食べていると、玄関のベルが鳴った。
 私が玄関の扉を開けると、そこには髪の薄い、やせた男がいた。
「こいつをあずかってくれ」
 やせた男は怒っているようだ。ぶっきらぼうにくしゃくしゃになった封筒を私に押しつけてきた。
「テーマパークを作る計画がこれで水の泡だ」
 男はぶつぶつ言った。私に愚痴をこぼしたいらしい。だから興味を引くようぼそぼそとしゃべるのだ。
 別に書類の内容なんかに興味は無かったが、一応どうしたんですと、言っておいた。すると男が目をぎらっと光らせ、私にぺらぺらとしゃべり始めた。
 男の話では、どこかに海に浮かぶ、水族館兼、遊園地らしきものを作りたかったらしい。が、この不景気故、採算がとれるかわからない。立地条件があう、場所がなかなか見つからない、というのを理由に先送りになったそうだ。
 あまりにも長くなって専門的な経済の話になったので、私は適当にごまかして話を切り上げさせた。
 男はまだぶつぶつ呟いていた。

 その日の午後、再びドアのベルが鳴った。
 私が出ると、今度は一人の男性が大勢の子供を引き連れてやってきた。おそらく、この男性の仕事は小学校の先生だろう。
「すみません。これを八年間預かってくれませんか?この子たちの思い出の品が入っているんです」
 私はその願いを快諾した。私にとって嬉しいのはこの手の預かりものである。私は男性からスイカより一回り大きいぐらいの大きさのプラスチックの玉を受け取った。
「よろしくお願いしまーす」
 子供たちが一斉に私に向かって、お辞儀をした。私は子供たちに手を振った。

 預かりものがそんなものだけなら、嬉しいのだがそういうわけにもいかない。他にも、病院の医療ミスについて記されたカルテや、環境汚染になる化学物質が含まれたスプレーの企画書、多発する犯罪を厳しく見直すという法律の草案、年金の今後のあり方について書かれた原稿、変質者が出没する町の住民の訴えを書き記した警察の書類、誰かの将来の夢が書かれた色紙なんてものもある。
 これらを眺めていたら、私はなんだかどっと疲れが出てきた。
 これらを預けていった人の殆どが、私になにか間違った期待を抱いているようだ。私はあくまで預かるだけだ。みんな、私に預けたら私が解決してくれると勘違いしているのではないだろうか。
 実際、ついこの前に預かりの期限が過ぎたので年金のあり方の原稿を送り返した。なんだかテレビでも新聞でも取り上げられて話題になったと思ったらまた、ひとが預けにやってきた。そのひとは私に対して怒っていたようだが、そんなのそっちの勝手な逆恨みだろう。
 私の名前は『未来』。今日もたくさんのひとが私を訪ねにくる。何かを預けるために……
2004-04-29 23:33:25公開 / 作者:ねやふみ
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■作者からのメッセージ
 初投稿でショートショートを書きました。この現代社会にメスを入れてみました(笑)
 なんか、思ったのと違う作品になったので不安です。
 初めてなので、指摘すべき点が山ほどあるかと思いますが、どんどん指摘・批判してください。よろしくお願いします
この作品に対する感想 - 昇順
預けて解決。ありえないことだけど、そう錯覚してしまう。人ってなんなんだろーな。あとまだ続くんですか?続きがあるなら是非みてみたいです!これからも頑張ってください!
2004-04-29 12:51:23【☆☆☆☆☆】森山貴之
すいません。点数忘れてました。
2004-04-29 12:52:32【★★★★☆】森山貴之
「やらなければならないことはいつまでたってもやらなければならない。」という恩師の言葉を思い出しました。とてもよいお話だと思います。。
2004-04-29 23:46:28【★★★★☆】黒子
けっこう軽いコミカルな語り口にスラスラと読んでいたら、最後のオチで思い知らされました!実に深いテーマだったのですね!ショートとしても巧くまとまっているし、風刺が効いていてとても良い作品だと思いました。
2004-04-30 16:48:17【★★★★☆】卍丸
森山さん、黒子さん、卍丸さん、ありがとうございます。初投稿の作品に評価いただき、嬉しい限りです。次のテーマも朧気ながら固まってきたので、そのうち書こうかななんて、考えてます。
2004-05-03 16:57:14【☆☆☆☆☆】ねやふみ
計:12点
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