『ABSOLUTE:FOUR:』作者:ベル / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
全角30359文字
容量60718 bytes
原稿用紙約75.9枚

ABSOLUTE 〜絶対と絶対の食い違い〜

この物語を見るお兄さん、お姉さん方。こんにちわ。
僕の名前は…「アブソリュート」と呼ばれている者です。
皆からは親しみを込めて「リュート」と呼ばれています。

おっと…こんな御託はどうでも良いですね。
では、これから見せる物語は僕が知っている沢山の中のうちの一つの物です。
小さな小さな「絶対と絶対の食い違い」と言う物語……

                                
           
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ウソ臭いくらいに清潔な匂いに、独特の不気味さが辺りに漂っている。
小学校や中学校のプールに入る前の消毒液の匂いもある。

その清潔な空気と匂いをかき混ぜて、電灯がチカチカと光る廊下を背の大きい影が歩いてくる。
カツン、カツンと革靴の歩いた時に鳴る硬質的な音が大きく狭い廊下に響く。
その手にはキレイな赤色のバラが束になって持たれている。

夜とはいえ、面会時間中の病院には人もまばらといる。
墓参りにでも行くかのような黒いスーツを着ているが、幸か不幸か、彼を咎める人物は誰一人としていない。
背中の辺りまで伸びた髪の毛を後ろで一まとめにくくっている青年は壁に取り付けられた表札を見ながら歩いている。
大体22か23くらいの歳はある青年の目はとても冷たく。それでいて真っ直ぐな目をしている。
やがて目標の表札を見つけると、表札の隣にある扉を開け、中へと入っていく。

バタン、と音を立て、ドアが閉められた。

その表札には「302号室 炬 笑香(カガリ エミカ)」と書かれていた。
その名前の横には「植物」とだけ……。

部屋の中から低い静かな声がボソボソと聞こえてくる。
声が聞こえなくなった後、バサっと言う音がなって、青年が部屋から出てきた。
302号室を後にし、また硬質的な音をたてると、待合ロビーの人込みの中へと消えていった。

その青年の姿を見ていたナースが声を上げた。

「ねえ、あの人って……」
「うん…例の患者さんの弟さんよ」

そばにいた同僚のナースが小さな声で答える。
二人のナースは病院の自動ドアが開くのを待って、開いた後出て行く青年の後姿を好奇心旺盛な目で見る。

「割とカッコ良くない? そうでしょ?」
「例の患者さんって…あの人家族いたの?」
「いなかったら治療費払えないじゃない…」
「それはそうだけど―――」

ナース達が会話をしているのにも気付かず、青年は車の通りが多い街道に出ると、ふと空を見上げる。
少し暗い曇り空からポツ、ポツ、と少しずつ涙が落ちてきた。
傘も差さずにただ空を見上げる青年を街行く人は少し変なものを見るような目で見る。
青年は暫くの間空を見ると、また歩み始めた…。

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ピピピピッピピピピッ

目覚まし時計がリズム良く早い四拍子で高い電子音を発生させている。
時計の短針は7時、長針は12時を指している。

電子音はいつまで経っても鳴り終る事は無く、ひたすら鳴り続けている。

ピピピピッピピ―――ガチャッ

長針が4時を指した所でようやく目覚まし時計はスイッチを押され黙り込んだ。
その手の持ち主は高さが50センチくらいのベッドの布団の中から手だけ出して押している。
はたから見るととても異様な光景だ。

「う…ん……」

モゾモゾと布団が奇妙に動き出し、その布団が大きく盛り上がり、手の持ち主は姿を見せた。

「あふ…」

緑色の半そで半ズボンのパジャマに身を包んだその男は変な欠伸を上げると大きく背伸びをした。
起きあけなのでその髪の毛はボサボサになっている。
前髪は枕に顔を押し付けたのだろうか変に潰れており、上側の髪の毛はピョンと跳ね上がっている。
後ろの髪の毛は一部分は跳ねてたり一部分は普通だったりと最早微妙。

大体、17歳といった所だろうか…。

目はまだつむったままだが、少しだけ瞼を開きながら目をこする。
目をこすりながらデジタルの目覚まし時計を見ると目を丸くした。

「おお…今日は20分と最速記録か…」

通常なら「もう20分!?」と反応する所だが、この青年はまた何か変な反応を起こす。
目覚まし時計をベッドの横にある小さな机の上に置きなおすとベッドから降り、フローリングに足をつけるともう一度背伸びをした。

壁の隅にあるベッドの布団をベッドとは反対側にある壁の窓にかけると、そのまま窓の右にあるタンスに手を伸ばした。
音を立てながらタンスの一番下の段から靴下、一番上の段からシャツ、真ん中からズボンを取り出した。
これらの衣類を手に持つと、南側にあるドアを開け、そのまま部屋を出て行った。

部屋を出るとそこには長い…と言っても8メートルぐらいの廊下。
その廊下の先には玄関があり、玄関からこちら側に向かって5メートルくらいの両側にまたドアがある。
その右側のドアを開けてから後ろ手に閉めると。歯磨きとドライヤーの音が聞こえる。

10分くらい経つと青年はその部屋から出てきた。
その姿は先ほどと全くもって違うと言って良いだろう。
さっきまではボサボサだった頭は…今でもボサボサだが、かなりマシになっている。

潰れてる様な髪の毛はちょっとおでこから少し離れていてちょっとだけ曲を描き髪先は地面に向かっている。
頭のてっぺんの髪の毛は跳ね上がりも2つ、3つの髪の毛の束に治まっている。
後頭部の髪の毛はキチンと首辺りまで揃っており、微妙というより完璧になっている。

パジャマ姿も青いジーンズに黒い長袖のシャツに着替えられている。
良しっ、と声を出すとそのまま右を曲がって玄関のすぐ入って東側にある部屋に入った。

そこには人一人と半分ぐらいが通れるくらいの狭い廊下とはウラハラに意外にも広い空間。
真ん中の空間に4つのイスと長方形の机。
そして洗面所。洗面のしたと上に大きなタンスが取り付けられている。
洗面所とタンスで一つ…と言った様なタイプだ。

青年は流し台の隣にある調理場…のそのまた隣にあるトーストにパンを入れると今度は冷蔵庫から牛乳を取り出した。
牛乳とコップを机の上に置くと今度は薄いベーコンを取り出した。
ピリピリと袋をはがし、ベーコンにピタっとくっついていったラップをはがすと丁度チーンとパンが焼きあがった音がした。

パンを皿におき、そのパンの上にベーコンを一枚乗せる。
それを大きく口を空けてむさぼると牛乳を一口飲む。
この動作を何回か繰り返すと皿とコップの中身は失くなってしまった。

中身のない皿とコップを流し台で軽く洗うと食器乾燥機の中に放り込んだ。

「さて…そろそろ時間だな…」

いつの間にか持っていた手捲時計を見るともう時間は50分。
部屋を出ると玄関のちょっと前にある服かけにかけてあった青い色の小さいジーンズの様なコートを着込むとガチャリとドアを開ける。
ドアを開けると目の前に見えるのはちょっと狭い青い空、それと見下ろせる街の姿。

ここは10階建てのかなり大きいマンションの8階。
青年の部屋は階段のすぐ隣の部屋なので一気に階段の最初の段を踏み込むと飛び降りた。
10段近くある階段を思い切り飛び降りる。これはかなりの勇気が必要だろう。
この動作を7回繰り返し、最後の階段を降りようとすると降りたところで何かを踏んでしまい転んでしまった。

「ったぁ〜…」

とは言っているモノの大して痛そうではない様に見える。
何しろ思い切りこけたのに傷一つ無い。この様な状況で痛いと言うこの青年は大げさなのか…。
それともただ何処かを打ったから痛いのか…。

「っと…急がないと…間に合わなくなる…」

手捲時計が55分を指したのを見ると急いで街道を駆け抜けた。

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「……遅い」

100メートルもある様な大きいビルの前で一人眉をひそめた女の子が立っている。
緑色のパーカーにこれまた青いジーンズ。
口には世間で言われるチュッパチャップスと言われるアメを舐めている。
パーカーに着いている大きいポケットに手を突っ込んでひたすら眉をひそめている。

「全く…あの馬鹿は一体何をしているのか…」

ブツブツと何かを呟きながら地面に落ちていた石を蹴っ飛ばした。
コロコロと小さくバウンドを何回もしながら転がる石は車道に出ると車に踏み潰された。

「お…いたっ……」

その何度も車に踏み潰される石を見ている少女を見つけると家から走ってきた青年はもっと足を速めた。
少女は走って来た青年を見つけると急激に青年の間合いまで入り込み、みぞおちに一発。よろめいた所にもう一発みぞおちに。
更に飛び膝蹴りをもう一度みぞおちへ。みぞおち狙いの三連続を喰らうと青年は膝をついた。

「う…ぐふぉ…い、いきなり何を?」
「うっさい! 何5分も遅刻してんの!! 今回は遅刻するなとあれほど言ったであろう!?」
「ご、ごめん……でも今日は20分で…起きれたんだ……」
「い・い・わ・けを……」

思い切り足を振り上げると青年の顔に飛びけりを…

「うわあああ!!?」

青年は殺気を感じ死を覚悟した。
今までの思い出がドンドン頭の中に入ってくる。
青年は思った。

コレが…走馬灯ってのかな…

「………?」

いつまで経ってもこない死に疑問を感じ目を開いた。
目の前にあるのは蹴りではなく物凄く丸い目で青年を見下ろす少女の姿。

「……20分? それは……ウソじゃないだろうな」
「あ、ああ……ウソじゃないよ……」
「…ホントは言い訳するなといいたい所だが…明日は雪でも降るのか? まぁいい。今日は上手くいきそうだ」

少女は踵を返すと苦しんでいる青年を無視して一人だけでビルの中へ入っていった。

「ちょ…オレは…無視…か…」

よろめきながらも何とか少女の後を必死で着いて行く青年。
青年も急いでビルの中へと入っていった。

「…ふん。アレがそうなのか……」

ビルの中へと消えていく少女と青年の背中を向こう側の歩道から一つの影が見ていた。
その影は鼻息をならし、人込みの中へと消えていった。



さてさて、まだ物語りは始まったばかり。
二人の青年と少女。そしてソレを見る怪しい影。それに病院での青年。
まだ物語りは始まったばかり。
あわてず、静かに見てくださいね?

あ、余談ですが。僕もこの物語にも出てくるかも知れません。
皆々様。目を凝らして見落とさないようにしてくださいね

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ABSOLUTE:PROLOGUE


ビルの中はとても賑やかで幾つもの人とすれ違う。
マンガ等の表現で使われているザワザワやガヤガヤという表現はまさにこの状況で使えるだろう。
青年と少女は受付まで行くと青年が係りの女性に話しかけた。

「ちわっす〜、司さんいるかな?」

青年の声に気付き、係りの人は普通に答えた。

「司様? 少々お待ちを……」

どこの係員に聞いても帰って来る月並みな答え。
係員の女性はすぐにもう一度返事を返した。

「……お待たせしました。直接来て欲しいとの事です。後、IDをお見せください」

青年は少女からカードを受け取り、自分のモノも差し出すと係員はカードを確認した。
係員はカードに書かれている名前、IDナンバーを手元にあるパソコンの様な機械に打ち込んだ。

「では、ごゆっくりどうぞ」

飲食店の店員の様に言う係員にありがとうと手を振りエレベーターへと乗り込む。
階数表示が「22」と表示されるとエレベーターはガタンと音を立て上へと昇っていった。
浮上感にさらされる中で青年が少女に聞いた。

「なぁ、今回は一体どれくらい何だ?」
「どれくらいとは…何のことだ?」
「ほら、星の数」
「ああ…そう言うことか、まだ私にも分からん、詳しくはアイツに聞くのが一番だな」

ガチャン

浮上感が急に止り少し吐き気を感じながらもエレベーターから出、左右を見渡すとかなり長い廊下。
大体幅も人が5人は通れそうな程広い。長さもざっと30メートルはある。
そんな廊下を少し早足で進んでいくと廊下の突き当たりに大きいドアがあった。

それは何とも言えない様なドア。

「相変わらず…」
「アイツの趣味が分からんな」

そのドアは訳の分からないピカピカした電球がまばらに取り付けられており、色は紫色。
そしてドアノブには何かのレースもつけられており、ハッキリ言って無駄のカタマリである。
嫌そうにドアをノックするとドアの向こうから声が帰って来た。

「誰かね?」
「ABSOLUTEナンバー13『相沢 善助』」
「同じくABSOLUTEナンバー06『神居 葉』」
「ああ、君たちか、入りたまえ」

声の言われるままにドアを開け、部屋へと入る二人。

「まぶしっ!」

ドアに入った瞬間目に入ってきた大きな光に思わず善助は声を上げてしまった。

「ああ、すまない」

そう誰かが言うと光はやがて治まった。
善助は眩んだ目を何とか前に向けると目の前には白いタキシード姿の男が一人。イスに座っていた。
その髪の毛は赤茶色が少しかかっており、ワックスでキレイに整えられている。

「今度は一体何の光だ……」

神居は眩んでいる目を押さえながらも苦しみながら言う。

「ふっ、この私の美しさが輝きを放ってしまったのか…」
「…相変わらずナル…」

ため息をつきながらおでこを手で押さえながらもガクリとうな垂れる善助。

「ん? 君も私の美しさにうな垂れてしまうのか…ま、その気持ち、分からんでもないがなぁ」

前髪をサっとかきあげるとまた一段と美しい輝きが放たれている。

「……オフザケもやめにして、さっさと仕事の内容を言え」

とうとうキレだした神居に気付き、男はオッホンと咳き込み、足を組んで話し始めた。

「…今回は、君たち自身ももう分かってるだろう?」
「ああ、あの俺たちの事をいつも見てるストーカーの事か?」
「大方、ヤツが上に報告する前に消せという訳だな?」
「いや、消すとかそこまではやばいんじゃないのか、葉?」
「まぁ、何はともあれ・・・早速行動開始だな」

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佇んでいる。
男が一人、佇んでいる。
誰もいない、人通りも全然無い空き地で、男が一人、佇んでいる。
腕時計に目をやり、小さく呟いた。

「……そろそろか。が、その前に…少しばかし遊んでいくか…」

黒いコートに身を包んだ男は長ったらしい髪の毛が風に揺れる。
その男の背後10メートルくらいの位置に神居と善助が立っていた。

「……貴様らが…」

セリフを言おうとした男のすぐ目の前に神居は立っていた。

「な!?」

神居はすぐさま男の足をかかとで思い切り踏んづけた。

「ぐっ!」

足を踏んづけられ顎が少し下に落ちた。神居はその隙を逃さずひじうちを顎へと打つ。
男はひじうちを何とか手で掴む。そのまま投げ飛ばそうとした時。突然の衝撃が背中を襲う。

「ちぃっ!」

後ろを振り向いてみるととび蹴りを放ち、既にしゃがみながら着地している善助の姿。
男は前のほうから感じ取れた殺気を察知するとすぐさま右足で踏ん張り、左足で右へと力を入れた。
右へ力をいれ、左へと吹き飛んだ男。その足がビキビキと音を鳴らす。
本来吹き飛ぶはずだった方向を無理矢理足腰の力で変更させたのだ。
かかる負担も少なくは無い。

男は左手で図面を右に押しさらに右へと転がりすぐに転がりの状態からしゃがみ状態へと体性を立て直す。
善助と神居のいた方向を凝視するとそこには既に誰もいない。
驚き戸惑う男の背中に小さな影が出来た。

「がっ!?」

神居が男の延髄に飛び蹴りをうつ。
よろめく男の顔に向かって前蹴りを蹴り上げるように放つ善助。
飛ばされた所に飛んできた蹴り。二倍の衝撃が男の脳を揺らす。

顎先を蹴り上げられ仰向けに倒れる男。
倒れた男に更にかかとおとしを入れる神居。

(ぐっ……こいつら……強い)

男は神居の足を思い切り掴み善助へと投げ飛ばした。

「うわぁっ!?」

背中から善助にぶつかる神居。
善助は何とか神居を受け止めた。
すぐに善助は神居をおろし、男へと向かおうとしていたが男はその手に何かを持っていた。

「これは大きな音が出るから使いたくは無かったが……仕方があるまい」

男がその手に持っていたのは小型のマシンガン。
クロガネに光るマシンガンの体は小型とはいえ男の腕には納まりきらない。
男はその口の両端をかすかに吊り上げると小さく笑った。

「……ここで死ね」

ダダダダダダダッ!!

マシンガンの銃口から銃弾が10、30、50、70、100と発射される。
銃弾は二人の体を貫き、死して尚二人の体を地面につかせることは許さなかった。
二人は死のダンスを踊り、マシンガンの弾が切れるまで踊り続ける…ハズだった。

しかし、マシンガンの銃弾が全て打ち出された頃。男はマシンガンを地面に落としてしまった。

銃弾は全て二人の目の前で停止しており、銃弾は地面に落ちるなどではなくただ止っている。
男はただ顔全体に汗を浮かべて口を大きく空けている。

「な、何故だ……何故、弾、が、当たらな、いんだ…」

男は顔を恐怖の色に染め、体全体が恐怖を感じている。
口がガチガチといっており上手く喋ることが出来ない。

「……絶対と絶対の食い違い。て知ってるか?」
「!?」

善助が小さい声で話し始めた。

「例えば、10メートルの棒の両端に、人が立っているとしよう。右側の人が左の側の人に半分の距離を詰めれば。5メートル」

銃弾の壁を横に避ける善助。善助の体が銃弾の壁の前から消えると、ソレと同時に銃弾がまた放たれた。

「更に半分の距離を詰めると2 5メートル。1,25。0,625という風に…。半分はゼロにならないから理論上では触れられないはずなんだ。だが、現実では触れられてしまう。半分はゼロにならないのに、だ。これが、理論上との現実と地球上での絶対と絶対の食い違い」

善助はただ此方に歩いてくる。何の迷いも成しに、ただ真っ直ぐ。

「そして、オレはその理論上の絶対を現実世界へと投影できる力…つまり反対の絶対を投影できる力『アンチ・アブソリュート』を持っているんだ」

善助は懐からメリケンを取り出すと拳にはめた。
そして恐ろしい怒りの形相を男に向けると善助は言い放った。

「お前…よくも葉を傷つけようとしたなっ!」
「うわあああぁぁぁ―――ぶぐっ!」

男の視界に飛び込んできた鉄色は男の顔面を粉砕した。
鼻血などの返り血がメリケンや顔につく。その血を親指で軽くふくと神居に笑顔を作り振り返った。

「さ、帰るか」



皆さん、理解していただきましたか? 絶対と絶対の食い違いを。
もっと簡単に理解出来る方法? そんなものありません。
もっと詳しく、そして簡単に理解したいならもう少しだけこの物語を見て見ましょう。

そして、この物語の最後を決め付けないで下さいね?
この物語の最後は絶対ではないのですから…。
……少し意味不明になりましたね。スミマセン。
では、次の話であいましょう。
まだ物語りは始まったばかりです。

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ビルのある一部屋にさっきの白いタキシード姿の男がいた。
男はその手に双眼鏡を持っている。
壁一面に張られた大きな窓から空き地のようなものを覗き込んだ。

二つのまるに限られた視野の中に大きく見える善助と神居。
男は双眼鏡を目からはずすとタキシードのポケットから煙草を一本取り出した。
煙草をくわえ、ライターのスイッチを押した。

カチッ、シュボボボ…

勢いよく出現した炎は煙草の先端に程よく火をつけ、白い煙が煙草の先端から姿を見せる。
天へと昇らんと白い煙は常に天井へと昇っていく。
男は人差し指と中指で煙草を挟むと口から離した。

フゥーと息と共に煙を吐き出す。
吐き出された煙は次第に形を整えていった。
煙が指輪のリングの様な形をし、天井へと昇っていく。

「ふぅ…今日のドーナツの煙は、また一段と言い出来だ」

白いタキシード姿の男はもう一度双眼鏡ごしに二人を覗く。
まるの中で制限された二つの視野をみていると男は何かに気付き支点を移動させた。
移動先は善助のメリケンで顔面を砕かれた男のいた場所。

しかし、その場所にあるのは結婚と小型マシンガン、そして薬莢だけであって男の姿が見えない。
タキシード姿の男はもう一度双眼鏡を目から離す。
灰が沢山出来たのに気付き、懐からポケット灰皿(?)を取り出し、すりつけた。

「ほぅ……あの二人に気付かれず逃げるとはな…」

口の両端を小さく吊り上げると男は煙草の吸殻を灰皿に入れると懐にしまいこんだ。

「さて…やはり、難しいものだな。「絶対」というものは……」

男は一息ため息をつくとそばにあったリモコンを取り、何かのスイッチを一回。
そして違うスイッチを一回と押した。

ピッ、ピッと一間置いて二回鳴らされた何かの音に乗じて部屋に取り付けられた空気洗浄器が音を上げた。
洗浄器は煙草によって汚くなった悪い空気やホコリ、その他もろもろを吸い込み始めた。

「…常に空気はキレイでないとな、この私に害が及ぶ」

リモコンを机の上に置くと男は踵を返した。
ドアノブに手をかけると右に掴んだ手をひねった。
ガチャリという音が鳴ると男はひねった手を引いた。

ドアが開いた空間に体を滑り込ませると後ろ手に静かに音を立て、ドアをしめた。

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ABSOLUTE:ONE:


コンコン

戸を叩く音が耳に入った。
男は目に通していた資料をバサリと机に置くと「入りたまえ」と。

「シツレイします…っと」

目の前にあるドアが向こう側へと消えていった。
その後善助と神威が入ってきた。
善助は頭をかき、少し下を向きながら困った風に

「いやぁ…実は非常に言いにくいのですが…」

と。

「逃げられた、じゃないのかね?」
「ええっ!? な、何故それを…」

男…藤村 司に図星を言い当てられてあわてる善助。
司は小さく笑うと自信満々にこう言った。

「私に分からないもの……それは人の心の内、そして乙女心だけさ」

髪の毛をかきあげるとまたキラキラと何かの美しいオーラが放出される。
善助は「うわっ!?」とまた眩しさに目を隠すが神居は冷静に言い放った。

「単に覗いてだけだろうが……」
「まぁ、簡単に言うとそういう事になるね?」

あえて疑問系で司は言うと先ほど読んでいた資料をちらつかせた。

「で…奴等の正体だが…大体分かってきたぞ」
「ほぉ…情報部も中々使えるようになってきたな」

神居は感心したのか満足したかの様に言うと資料を司から受け取る。
あらかた目を通すと一つの行に目を奪われた。

「これは……」
「気付いたかね?」
「………」

その行に目を奪われている神居に司は尋ねる。
しかし尋ねられているにもかかわらず司に答えずひたすら目を奪われている神居。

「何々? 何か珍しいモンでも書いてあるのか…ブッ!」

神居の頭の上から顔を除かせた善助に神居は資料を押し付けた。
善助は押し付けられた紙を手に取り一通り目を通してみる。

「これが奴等の正体…か」
「そうだ。組織名『グングニル』神の槍を名乗った戦闘集団だ、調査の結果、奴等の行動は殺人」
「そしてそれを止めようとする警察の排除、ね。んで俺らにこの集団を潰す命令が下ったと」
「よく分かったね?」
「…大体分かるさ」

善助は資料をもう一度パラパラめくるとある一つの文字の塊を見た。

「この『堕天使の翼』って何だ?」
「…グングニルに集う兵士たちの中でも一番危険視されているものさ。その中には君の様な能力者もいてね。その事から情報部は
不思議な力を持つ最悪の堕天使「ルシフェル」の6枚バネから「堕天使の翼」とよんでいる」
「へぇ〜…」

資料を読み終えた善助は司の机に資料を放り投げ、後ろに振り向いた。

「なぁ、これから飯でも食いにいかねぇ…あれ? 葉?」

資料を善助の顔に押し付けるまでいたはずの神居がその場にいない。
善助は部屋中を探し回った。

「葉〜?」

カーテンの裏。

「どぉこいったぁ〜?」

ソファーの裏。

「おーい」

ゴミ箱の中。流石にこれは無理があるが…。

必死に神居を探している善助に司はフっと笑った。

「ゴミ箱の中に人は入れないよ、それに、神居君ならもう何処かへ出て行ったぞ?」
「何! それは先にいっとけっての!」

急いで部屋から出て行った善助の後姿を司は笑いながら見送った。

「……無理も無い…か」

少しだけ悲しい表情をすると司は煙草に火をつけた。


************************************

冷たい風がその髪を静かに揺らした。
今は冬。冬の冷たい風が神居の体を揺らす。
屋上のフェンスに前からもたれ掛かった彼女は下にある道路を見ながら呟いた。

「…何故…何故なのだろう…こうも皮肉に人生とは…」

神居はフードを思い切り深く被りその場にしゃがみこんだ。
鼻辺りまで深く被りこんだフードに水分がジワリとしみ込んだ。

水が一滴、零れた。

神居は暫くの間ずっとしゃがみこんでいた。
10分。いや、30分くらい。
冬の高い寒空でフードとジーパン一つで寒くないはずは無い。

彼女は身震いすると被っていたフードを首の後ろに戻した。

「さて…そろそろ戻るか」

涙を拭こうとしたときだった。

「ここかーーー!?」
「な…」

善助が扉を思い切り強く蹴り飛ばしてきた。
善助は神居を見つけるとこちらに走ってきた。

「おおーー! こんな所にいたかオイー! さっ、飯食いに行こう! め――グフゥッ!?」

神居の手を引っ張り、連れて行こうとした善助に神居はとび蹴りを背中に一発。
勢いよく顔面から地面へと滑り込んだ善助に神居は追い討ちを仕掛けた。
かかと落としを後頭部に。背中に立ちジャンプして膝からおちたり。

何度も追い討ちをかけているうちにやがて善助の体が放っていた痙攣は無くなり、静かになってしまった。

「はぁっ…はぁ…ハッ…」

息を切らした神居はそこで死んでいる善助を無視してしかも踏みながら何処かへ去ってしまった。

「な…何故…ガクッ」

***************************

ABSOLUTE:TWO:

少し救われた気がした。
アイツの見せる飽きない雰囲気に。
それでも、何でだろう。
どうしてこんなに哀しみより恥ずかしさが大きいんだろう。

やっぱり、あのバカに涙を見られたから?
でも、涙を見られたとは限らない。
何せいきなりの攻撃だったんだから。

もしアイツが私の泣き顔を見ていなかったら。
その時は その時は
ユックリご飯でも一緒に食べてやるか。

「…ふぅ、少し走って疲れたな…下手に動かずここでアイツが来るのを待つか…」

*************************************

痛い。
ただその感情が体全体から湧き出てくる。
背中を思い切り蹴られて顔からこけ、そして追撃に延髄まで踏まれたんだ。
それも無理は無いかな…。

でも、ビックリした。
葉が泣いていたんだから。
俺には決して見せない葉の泣き顔。

もし葉が見たか? と聞いてきたら。
その時は その時は
知らない振りしてご飯に誘おう。

「でも、何で葉は泣いていたんだ?」

*************************************

その男は長い髪の毛で見にくい視界の中からそのビルを見つけ出した。

「ここかな」

男の前髪は極端に長く、目のしたあたりまで伸びている。
しかし後ろの髪の毛はそんなに長くは無く。首の上辺りまでしかない。
風に髪の毛が揺らされて男の顔をあらわにした。

長い髪の毛の中にあるその顔はとても美形である。
待ち行く人たちの視線が一瞬男に集まった。
その顔はまさしく曇り空を照らす太陽の様。

男は手に持っている地図を肩にかけてある鞄におって入れた。
横断歩道の白い部分だけを少しとび気味に渡ると、男はビルの中へと消えていった。

*************************************

「っかししぃなぁ〜…葉、どこ行ったんだ?」

急ぐあまり迷走してしまった善助。

「しゃあねぇ、無理に探そうとせず一階から根気よく探していくか…」

迷走しても見つからないと分かった善助は効果的な結果論にたどり着いた。
ここは現在27階。善助は辺りをきょろきょろと見回した。
多少動き回りながら何かを探すとその探しているものが目に入った。

「よし、階段発見!」

エレベーターはスイッチ押してから来るのが遅いと言う彼のポリシー。
だが27階はかなりの段数。
一つの階段に着きここのビルは20段ある。
くだりにしても何段飛ばしても。やはり疲れるものは疲れるであろう。

「いっっっくぜえええぇぇぇ!」

雄叫びを上げながらものすごい勢いで階段を駆け下りてゆく善助。
ソレと同時にエレベータに乗っていた人が「clause」を押した。
善助の爆走と共に下まで降りていくエレベータ。
しかし善助も負けてはいない。
一階の跳躍で9段もの階段を飛ばした。
階段の狭い足場に9段と言う高さから飛び降りて保つバランス。

そして更に足にかかる負担を逃がすように着地の瞬間のしゃがみ。
この二つが善助の爆走を補助しているのだ。

やがて、ようやく最後の26個目の階段。
一番最初の20段目から一気に地面まで跳躍した。
走り幅跳びのように勢いをつけて飛ぶ善助。

着地の瞬間。大きな衝撃が体全体を走ろうとした。
善助はその衝撃を逃がすため、着地した瞬間しゃがんだ。
そしてしゃがんだ瞬間。肘を地面につけ一気に横方向へと転がる。

体にかかる衝撃と負担を全て分散しながら転がる善助。
この日彼は一種の変人と化した。

後に「転がり怪人・コロガルンダー」と言うそのままの異名を付けられたのは別の話。

「とうっ!」

転がりからキレイに立ち上がり、腕を斜め上に上げYの字になる善助。
このとき彼の頭で「10,00」という数字が出た。

「よしっ、このまま一気に葉を下から探していくぞ!」

獣のような咆哮を上げ、一気に廊下を走りぬける善助。
大階段のある部屋への曲がり角を渡る。
が、善助の顔と体に大きな衝撃が走り、吹き飛ばされてしまった。

「うわ」
「うおっ!?」

衝撃を与えた主はとぼけたような声を上げるとしりもちをついてしまった。

「てて…あ、大丈夫か?」

吹き飛ばされずただ頭を抑えている善助はその場にしゃがみこんだ。
そして少しうめきながら下を向いている青年に手を伸ばそうとした。

「っ…僕の意識しない時に触らないで」

善助の差し伸ばしてきた手を驚き避けると青年はすぐに立ち上がった。
学生服についた汚れを手を払うと青年はハっとした。

「ごめんなさい」

いきなり頭を下げられたので善助は少し引いた。

「あ、そうそう少し聞きたいんですけど…」

何かを思い出したのかまたもやいきなり。

「な、なんだ?」

やや引き際になりながらも何とか応答する善助。
青年の顔が全く見えない。
無駄に長い髪の毛がその顔を隠しているのだ。

「神居 葉、という人を探しているのですが…」
「葉? 葉なら俺も探してるんだけど…」

話している途中に青年の後ろに見えた神居を見つけた善助はその名前を呼んだ。

「葉っ! 何処行ってたんだよぉ!」
「やかましい」

飛びつく様に向かってきた善助に目潰しを喰らわせた。
悲鳴をあげながら暴れまわっている善助を無視し、神居は青年をみた。

「…私に何かあるようだな」
「うん」
「…少し待っていろ」

青年を背中を向け暴れまわっている善助に軽くけりを放つ神居。

「…聞きたいことがある。『アレ』をみたか?」
「うう…あ、アレって…何だ…」

少し俯いて誰にも見せないように小さく神居は微笑んだ。

「いや、なんでもない。ご飯でも食べに行くぞ」
「え、マジか?」
「ああ、この者とも話がしたいしな」

********************************

いい匂いと人込みのざわついた音が嗅覚と聴覚を刺激する。
善助が「何頼もっかなー!」とメニューを見ている。
青年も少し悩み気味でメニューを見ている。

「それで、私に何かようか?」
「ごはん」
「は?」
「ごはん食べながらでも良いんじゃないかな」

神居は少しため息をつくとソレもそうだな、と返しメニューを選んだ。


「美味しい」
「だろう、ここはゼンスケが見つけた店でな。私もお気に入りだ」
「うんうん、美味い美味い!」

ハンバーグを頬張っている善助に。
どんな表情をしているのかも分からない青年と。
お酒とパスタを手元においてある少女。

「で、用件は?」
「司さんは?」
「はぁ…?」
「僕は司さんに会いに来たんだ、それで君が司さんを知っていると聞いて」
「誰に」
「………」
「いいだろう、ヤツにあわせてやる」
「ありがとう」

しばしの間会話から完璧にはずされていた善助が話しに割り込んできた。

「なあなあ、アンタ、何て名前なんだ? そういえば…」
「せちゅな」

せちゅなは食べていたグラタンを飲み込むといきなり目を見開いた。
かどうかは長い髪の毛で見えないが見開いたのだろう。
それでもプルプルと俯きながら震えている。ただ事ではない。

「お、おい…どうした?」
「…水」
「え?」
「水…喉に…」
「…詰まったのか」

コクリとせちゅなは頷くと神居が横から水を出してきた。
震える手はコップをガシリと掴んだ。
そしてそのままユックリと口に持って行き、ゴクリと飲み干した。

「ふぅ」

一度落ち着いたせちゅなはコップを静かに机に置き、もう一度グラタンを口に入れた。
ただひたすら無言で食べるせちゅな。
嬉しそうな大声を上げながら食べる善助。
そして普通にマナーを守りながらパクパクと食べる神居。

暫く食べ続け。善助がすべて食べ終わる頃にはせちゅなと神居は既に食べ終えていた。

*************************************

「ぎゃあああああ」

戦争で誰もいなくなった無人島。
その中で響く叫び声。

「ひっ、あっ、ああっっ!! ああああ―――」

バシュッ

叫び声が響き終わる前に何かが煙になる音が聞こえた。
叫び声が発生した場所に見えたのは紅い煙と鉄の匂い。
そして飛び散る肉の破片。

無人島のいたるところから叫び声が聞こえてくる。
しかしそのつど何かの音で叫び声が消され。
聞こえなくなっていく…。

「………上手く行った様だな」

男か女か分からないような擦れ声が闇の中から一つ。聞こえてきた。

「しかし、まだ…」

ソレは闇に溶けるようなものすごく長い黒い何かを身に纏っている。
ソレはフラフラと歩き、闇へと消えていった。

ガタガタッ、ガコン

黒い煙のような何かが去っていった。
木上でただ震えていた男は何もないと確認すると木から飛び降りた。

「ふぅ…後は見つからないようにすれば」
「ここから逃げ出せる?」
「な―――」

男がそのセリフを言おうとする前に既に男は黒い何かに包まれていた。
振向く瞬間にまとわりついた漆黒はやがて消えていった。
そして漆黒はソレを包み込む。

「……何故君は、そこにいるんだ」

ソレは漆黒に入っているひび割れから夜空を見上げる。
うつろな目をかすかに別の場所へと動かした。

**********************************

ABSOLUTE:THREE:

冬場は日が暮れるのも早い。
でなけりゃ買い物途中のおばさんも自然に足が速まってくるってもんだろう。

とろとろと日が暮れる頃。
料理店の中から出てくる人込みに混じって相沢 善助達は辺りをくるりと見回し、向こう側の歩道に手鏡を持って髪の毛のセットをしている男を見つけ、声を上げた。

「お〜い、司さ〜ん!」
「む…アレは…善助君か」

いかにも何でも出来るといった横顔をこちらに向けた藤村 司に善助は手を振った。
少し赤茶の混じった髪の毛をフワリとかきあげるとニヒルに笑った。
信号が赤になり、車の動きが全て止ると司はポッケに手を突っ込み此方に歩いてくる。

革靴の硬質的な音を立たせて横断歩道を渡りきると信号は青に戻り、車は動き出した。

「やぁ、偶然だね。こんな所で出会うとは…」
「ああ、私もビックリしたよ。年中自室に引きこもり外に出るのが全くありえないお前と外で出会うとはな」
「ひきこも…」

キツイ言葉を神居に言われ、少しショック状態に陥る司。
そんな司の状態にかまわずサクサクと続けた。

「この者がお前に用件があるそうだ」
「…私に?」

ショック状態から立ち直り司はせちゅなの方に目をやった。

一見長い髪の毛のおかげで顔が見えないせいで人に嫌われそうに見える…が。
私のレーダーが反応している。この子は美しいと。
恐らくあの髪の毛の向こうの顔は相当なものだ。

司は意味も無くフッと笑みを浮かべた。

「良いだろう。だが…君。その髪の毛…すこしかきあげてくれないか?」
「はぁ?」
「ふっ、私の「美・レーダー」が君に反応しているのさ。その顔は美しいと…」
「はぁ」

素っ気無い返事を返したせちゅなは言われるがままに髪の毛をかきあげた。
善助と神居も興味津々の目で横からせちゅなの顔を覗き込んだ。

「「「こ、これは…!!」」」

3人が一斉に飛び上がった。あまりのせちゅなの顔に。
そこら辺のビジュアル系という若者では比べものになら無いだろう。
少し細い眼元に見事な輪郭。そして口元。
幼い子供を演出させる赤いほっぺ。

カッコいいのやら可愛いのやらよく分からない。
だが、人の見方によってはせちゅなはカッコよくも可愛くもなる。
しかし3人は同じことを考えた。

「カッコいい」(一人美しい)と。

こんなにカッコイイ顔を持ち合わせていながら髪の毛を隠すせちゅな。
そんなせちゅなに司は疑問を浮かべた。

何故この子は顔を隠すのか。
そして何故若者みたいに色々ファッションをせず、学生服なのか…と。

しかし司本人も白のタキシード。
この人にも疑問は浮かべられるだろう。

「もう良いでしょ」
「え?」
「もう髪、戻して良いでしょ」
「え、あ、ああ…」

すこしため息をついた司は改めてせちゅなを見やった。

ん?

せちゅなの来ている学生服の襟に何かのピンが着いていた。
目を凝らしてみるとピンには小さな英語でこう書かれていた。

『SEAL』と。

「…それは…ふむ、こんな所で立ち話もなんだ。私の部屋へ行こう」
「え? 部外者アンタの部屋に入れて良いのか?」
「全くの部外者と言う訳でも無さそうなのでね」
「は? それってどういう…」
「…無駄な話し合いも良いが、いい加減気付かないのか? この異変に」
「…なんだと?」

司と善助に横槍を入れる神居。
司はその異変に気付こうと辺りを見回した。
一通りグルリと見回すと司も気付く。その異変に。

「…人が…いない?」
「おいおい、人が一人も通らない事なんてたまにはあるだろ?」
「…お前の頭にも異変が起きてるのか…」
「なっ、そりゃねえだろ、葉!?」
「ばか者が、今の自慢は6時半。この都会で、しかもこんな広い通りで人っ子一人通らないと言うのはまずありえない。それに、信号を見てみろ。青から全然変わっていない。さらに、車も通っちゃいないんだ。これを異変と言わずなんと言うか」

善助も司がしたようにあたりを見回す。
人がいないだけじゃない。車が通らないだけじゃない。信号が止っているだけじゃない。
空が全く暗くならない。少しくらい空に見える雲が全然動かない。
みな、時が止ったかの様に―――

「ふむ、早速やつらが行動を起こしたようだな」
「…堕天使の翼『フォールン・エンジェル・ウィング』か?」
「そのようだな。気をつけろ。いつ来るか分からないぞ」

神居の言葉がスイッチなのか。その言葉で善助は静かに黙った。
司も普通なら手鏡で髪の毛セットしているところだが、髪の毛を気にも留めていない。
せちゅなは初めから静かなあたり、どう変化が訪れたのかはわからない。

―――沈黙が続く。
未だにその沈黙が破られず。沈黙の空間がそこにある。
誰一人として動くことなく、誰一人として喋る事は無い。
まるで此方の姿が見えなくて、手探りで此方を探している暗殺者に狙われているかのように。

まだ10分も経っていないが、風一つ吹かない沈黙に痺れを切らした善助。
普段はこんなに黙ったままでいる事はまず無い。
これ以上の沈黙には耐えられないのか、トントンと足踏みし始めた。
足踏みという周りを索敵する事以外の事に少しだけ。集中力を抉られた。
神居や司もその音に一瞬だけ気を取られた。

抉られたといってもリットルで集中力を現すなら一ミリリットルくらいだ。
その少しが索敵範囲を僅かにちぢこませた。
一ミリ。たった一ミリだけ索敵範囲から外れたその暗殺者は行動を起こした。

―――対象が索敵範囲削減。『アクション』

ヒュカカッ!!

その暗殺者から放たれた沈みかけた夕日に反射したオレンジ色の鉄が地面に刺さった。

「これは…離れろ!」

第二のスイッチがその場にいた全員を動かした。
暗殺者が手探りで此方を見つけたのだ。

4人全員がその場から四散すると鉄…ナイフの柄についていた手榴弾が爆発した。

ゴンッ!!

激しい爆轟音が耳をつらぬく。
耳から鼓膜に伝わり、そこから脳へと音は進入する。

激しい熱気が肌に突き刺さる。
肌が熱気を感知し、脳へと伝わる。
一時的に爆発が酸素を食い尽くしたため、しばし息が出来なくなる。

しばし。1秒や2秒ともいえるしばし。
息が出来なくなるとわかったら驚き戸惑い、動きは止るはず。
呼吸が出来るようになる2秒後くらい先まで。
だが戦闘にとって1、2秒動きを止める事は死に等しい。

獲物を見つけた暗殺者は次のナイフを投げると共に動き出した。
暗殺者がいるのは4人がいた位置から200メートル離れたビルの屋上。
そこから放たれるナイフはスピードを止めることなく。空気を突き破る。
細い刀身のタメ、空気抵抗を受けることなくナイフは突き進む。

狙うは、煙の中にバラバラになった獲物の額。
狙いは完璧につけた。何かの「アクシデント」が起こらない限り。確実に当たる。
そしてその「アクシデント」が起きた時のために自らも動く。

―――200ートルを瞬時に移動することくらい、たやすき事。
―――みな、私に続け。煙の中でおびえ震える羊を、滅せよ。

暗殺者が始めに狙った獲物は。頭の上に生えている髪のアンテナが特徴的な男。
煙をめいっぱい吸い込んだのか思い切り咳き込んでいる。
手を口に当てて、何とか煙をこれ以上吸い込まないようにする男。相沢 善助。

暗殺者がつけている熱源で感知するゴーグルによって相手の位置はバレバレ。
これで「アクシデント」が起きた時でも煙の中で暗殺が出来る。

ナイフが煙の中に潜り込んだ。
かなりの速度で何かが飛び込んだことで煙の入り口は乱れた。
ナイフが煙を切り裂きながら善助の頭を捕らえた。

―――まずは一人……なに?

頭にナイフが突き刺さり、脳に盾に細長い穴を開け、血を噴出して息絶えたはずの善助。
息絶えて冷たくなったはずの死体を熱源ゴーグルが感知した。

―――バカなっ! 確かにナイフは標的を…
―――落ち着いてください。「アクシデント」の為に動いたんでしょう。
―――すまん。引き続き、アクションを続行する。各自。確実にしとめろ。

今度は大きいモノが煙の入り口をグチャグチャにかき混ぜ。突き破った。
薄い何重にも張り巡らされた煙の層の向こうに、熱源ゴーグルはやはり反応する。

暗殺者は懐から取り出したナイフを握った。
ナイフは握られ、握力を感じた瞬間。コンマ刻みで震え始めた。
ブブブブと振動的な音が手から伝わる。
振動するナイフの刀身の周りの煙が小さく揺れる。

暗殺者がゴーグルで標的の方角、距離を確認するとナイフを構えた。

―――残り距離。50,45,30、20、10、3…。

唇を吊り上げると暗殺者はナイフを小さく振りかぶる。
善助の頭めがけて振動ナイフは振り下ろされた。
ブルブル震えるナイフが煙を引き裂く。

今度は逃さないように当たる瞬間までしっかり標的を確認した。

暗殺は。確実に。

これで…本当に…一人目だ

振動ナイフが僅かな手ごたえを感じた。
その瞬間暗殺者は確信した。殺したと。斬ったと。
しかしこの手ごたえはだろうか。ナイフがそこから先に進む事は全く無く。ただ手ごたえだけを感じる。

―――なんだとっ!?

「へぇ、これ振動ナイフか」

感心するような男の声。

―――!?

「寸前で止ってるってのにオレの髪の毛が微妙に切り取られていく訳だ」

先ほど殺したはずの男の声。今殺そうとした男の声。

「ま、どんな武器でも。あんまし意味無いけどな」

煙がはれる。煙がはれた今となっては熱源ゴーグルは意味を成さない。
暗殺者は熱源ではなく目で相手を確認するため急いでゴーグルをはずした。
外れていくゴーグルの向こうから見える景色。
欠伸をして頭をかきながら隙を見せまくっている善助。

その隙だらけの善助の眼前。何千ミリの世界で止っている振動ナイフ。
そして欠伸を終えるとニヤリと笑う善助。

「…くっ!!」

振動ナイフが相手に当たらないのを知ると20メートルもの距離をすぐに離れた。
改めてナイフを構えなおした。ナイフを前に突き出し、腕を引いた構え。
通常、暗殺者は相手に何も気付かせず殺すのが常識。
だがそれも適わぬなら殺すための術を使うしかない。

「………」

へぇ…面と向かっての戦闘は少ないはずなのに。なかなかどうして…。
殺気を出していない。そして隙も無い。それでもって…構えも良いな。
何より殺す事を考えてやがる。だが、あの黒マントはどうだろうか。
あれじゃ僅かながら移動速度も落ちるし、黒と言えど風で靡く時音が出て暗殺には不向きだ。
しかし…あのナイフは殆どおとりだろうな。引いた手から何が飛び出すか。

互いの思想が交差する。

しかしなんだ。この小僧は。
恐らく、かなりの実力者だな。
まぁ私以外のものがコイツを殺そうとしていたら返り討ちだろう。
だ・が、コイツ意外も実力者とは限らん。
部下が他のやつらを殺し、こっちに来れば後は集団戦闘で終わりだ。
それまで、確実にコイツにダメージを与え。生き延びる。

互いの思想が交差する。

なんてやつだよコイツ。
多分能力無かったら今頃一瞬で殺されてるな。
それに複数いるようだな…。
葉と司さんは大丈夫として、アイツは大丈夫か?
まぁ、何とかしてくれるだろ…。

思想が交差する。

何故だろう。

何故だろう。

私はコイツが怖い。

オレはコイツが怖い。

多分この小僧のほうが強い。

オレじゃ勝てねえ。

なのに何故だ。

交差していた思想が一致し始めた。

なんで、こんなに…

「ウキウキする?」「血が踊る?」

善助が強い殺気を受けた。
と思った瞬間には暗殺者は目の前まで踏み込んできていた。
暗殺者がノーモーションでナイフを突き出す。
まるで無駄の無い動き。能力発動を少しでも遅らせたら…死ぬなこりゃ。

ビグンッ!!

「またかっ!!」

恐らく能力だろう。だが、どんなものかは知らない。
私たちに下された任務はこの二人、そしてその関係者の殺害だけだ。
しかし、厄介なことだ。どんなに力を入れても全く進まない。

これ以上は…小僧に隙を見せる事になる。

頭の中の選択肢、回避を選ぶと横にステップした。
瞬間。耳のすぐ横で何かが振り下ろされ、空気を殴るヒュンっとした音がなる。
その何かを識別する暇は無い。次は攻撃!

暗殺者が今度は善助の死角から横蹴りを放った。
けりの気配を読み取れない善助はただ蹴られ、吹き飛ぶしかなかった。
放り投げられたボールの様に吹き飛ぶと持っている何かを地面に突き刺し、何とか止った。

「やっぱ…出来る!!」

持っている何か、刀を地面から抜き取った。

「なっ! いつの間に刀を…!?」

暗殺者が驚き戸惑う。
その隙を逃さない善助が一気に走り、距離を詰める。
暗殺者ほどとは行かないがそれでもかなりの速度で距離を詰める。

居合いに構えた刀を一気に振り払った。
暗殺者がしゃがみかわす。
頭のすぐ上を刀が空気の道を走り抜けていった。

そこから足を取ろうと突進をしようとした。
だが、善助もソレをさせず。居合いの勢いで体を回転させ、ローキックを放つ。
予想外のけりなので掴むガードが出来ずけりと一緒に後ろに飛ぶしか出来なかった。

「やるじゃないか! 小僧が!!」

しゃがみ体勢から全身のばねを使いカエルのように一気に前へと跳躍。
前に突き出したナイフが善助の目の前で制止する。

「いってんだろ、武器は意味ないってな!」
「そうかな?」

暗殺者が不適に笑った。

「な…」

まばゆい光を一瞬だけ視認。
瞬間、光が善助を包み込んだ。

「くっ! 何だコレ!!」
「ライト・バンってのさ。光で相手を霍乱させる殺しに必須のアイテム!」
「ぐぉっ!?」

善助の左顔面に衝撃と激痛が走る。
視認できずに受けた攻撃なので一緒に飛ぶことも、ガードも出来ずでく人形のようにくらった。

「なるほど、その能力。見切ったぞ」
「な…」
「どうやら、常に発動は出来ないらしいな。それで相手の攻撃に合わせて発動することによって、攻撃無力化。それならあわせる間もなく攻撃すればいいことだ」

もう見切ったのかよ、このオッサンは。

悔しい気持ちと凄いという気持ちが混ざり合ってなんともいえない気持ちが込みあがってくる。
口の中に溜まった血を地面に吹き付けると刀を杖に立ち上がった。

「ったく…本気でけりやがって…」
「殺す相手に手加減してどうする」
「ああ、それもそうだな」

変に納得すると善助はまた距離を詰めようと疾走。
さっきとは比べ物にならないスピードで距離を詰めてくる。

(およそ…2倍の速さか!)

暗殺者は身に纏っている黒マントを広げて前に放り投げた。
一瞬善助の視界が黒に染まる。
しかしすぐに黒の視界から鉄の刃物が飛んできた。

「うおわ!?」

反応ではなく反射で刀を使いナイフを横にそらした。
反応してから始めて使える能力なので反射状態では使用不能である。

刀でナイフの軌道をそらすと刀を何も考えずにただ突き出そうとした時。

黒の視界に三つの穴が開く。
両手と腹部に少し痛覚が走った。

「これはっ?」

ボンっと驚く間もなく黒マントがこちらに向けて盛り上がってきた。
善助はそれを間一髪かわす。が。
頬に3つの引っかき傷が引き裂かれたように出来た。
血がほっぺを伝って顎から地面へと滴り落ちた。

「ちっ…やっぱりそのナイフは引っ掛けだったか」
「ああ、いわゆる暗器というものだ。ま、説明的だが、麻痺薬を塗ってある」
「そりゃ…ご解説どうも」



ったく、なんてオッサンだ。
こっちはずっと能力発動なんてできねぇのによ。
タイミング合わせる暇も無く攻撃してきやがる。ったく。
でも…だから―――



ウキウキ、してくるんだ



殺気。
さっきまで感じていたこちらに向ける戦闘の楽しみなどが一瞬全て消された。
放たれているのは殺気。
何の感情も持たず、その一瞬。

善助は悪魔と化した。

いつの間にか刀が鞘に収められていた。
今まで数秒たりとも善助を見逃さなかった。
なのにいつの間にか鞘が…。

善助が構えた。

「……この距離で構えた?」

居合いのような構えをしているが左手は決して鞘を掴まず、掌を開いたままそっとそえている。
しかも腰の辺りでの居合いではなく、顔の左という最早居合いとはいえない高い位置でのかまえ。

『閃撃』

10メートル先にいる善助の姿が陽炎を見てるかのように揺らいだ。

「…え?」

『裂閃衝』

揺らいだと頭の中で確認した瞬間。
体全体を寒気が襲った。
本能が叫ぶ。

『ニゲロ』

これは…避けろ!!

ヒュゴォッ

体の限界を超えてその場から一気に遠ざかった。
遠ざかり今自分がいた場所を一瞬で確認。
その場所に吹かないはずの風が吹いた。

「アンタ、名前は?」

背後から響いた善助の声。
暗殺者は後ろを振り向く。見えるのは善助が左手を前に出し、突きを繰り出そうとする姿。

「…真神、真神 悠」
「そうか、真神さんよ、アンタ強かったよ」
「…それは、嬉しいことを言ってくれる」

『閃撃』

『六爪刃』

瞬間。善助の突いたはずの刀が斬撃に変換。
右腕を貫いた刀が一瞬で引き抜かれ左足の太ももへと。
太ももに傷を付けた刀が胸を切り上げ。
次に両の2の腕を瞬時に一回ずつ。
そして背中に大きな太刀筋が引かれ、鮮血が噴出する。

暗殺者――真神は血の雨を降らしながらその場に俯きに倒れこんだ。
真神が倒れるのを確認し、顔全体に着いた返り血で紅に染まる唇を三日月のように吊り上げた。

…え?

善助がハっと我に返った。
分からない。何が起こったのかわからない。
突然目の前が暗闇になって。
気付いた時に目の前にあるのは血の雨と霧。
そして紅の水溜りの中に俯いて倒れている暗殺者。

「……今、オレ何したんだ?」

カランと刀をその場に落とし。困惑に震える。

「一瞬。ウキウキした気持ちが膨れ上がって…それから、それから――」

殺意へと。

*************************************

皆さん。少しだけお久しぶりです。
ここ少しだけお会いしませんでしたね…。
何? 僕なんかにあいたくない?
………
ま、それは置いておいて…。
物語がとうとう真実に一歩目を踏み出しました。
暇と思う貴方。少しだけでもいいですので。
この物語の最期までを見届けてくださいね?

*************************************

「殺気が消えたな」

司がハンカチを口に当て、空間全体を乗っ取っていた殺気が消えるのを確認する。

「さぁ、始めようか?」

髪の毛を軽くかきあげると後ろにいる暗殺者に問いかけた。

「悠長に髪の毛をかきあげている暇なんて無いだろう。ナルシルトめ」

忌々しげに暗殺者が舌打ちをした。

「そうかな? 私はそうは思わないが…」

持っていたハンカチを懐にしまいこむと振り向いた。

「現に、君は何故今こうしてる私を殺そうとしない?」
「なんだと?」

暗殺者は気付いた。自分の足が今動かないのを。
足どころか体全体が時の止ったように脳の信号を無視しているのに。

「なっ…コレはっ!?」
「ふふっ、私が能力者と聞いていただろう?」
「コレが…能力かっ」

何とか足を動かそうと暴れているんだろう暗殺者を笑いながら見ると司は煙草を取り出した。

「私たち能力者が使うのは絶対におこりえない事を実現させる異能…」

笑みを収め、悲しい目をした。
普段見せてる美しいオーラも全く発生せず。ただ悲しい目を浮かべる。

「そして、これが私の能力だよ。コレを人に見せるのは数少ない…光栄に思いたまえ。私の能力を見れること。そして、私の手によってほふられる事を…あ、最後に教えておこう。僕の能力を」

少しだけ見せた悲しい目を捨て、美しいオーラを発生させた。
両手を交差させ、奇妙なポーズを取ると華麗に回りだした。

「僕の能力は…影を操る事が出来るのさ」
「なっ…そんな事ぜった―――」
「‘絶対に出来るはずが無い‘と? ソレが出来るのが私たちだ。今君が動くことが出来ないのも。影と君の状態を同調させ。君の影を僕が踏んでいるからだ」
「くっ!!」

回転を止め、踏んでいる足を一歩だけのけると思い切り足を振り上げた。

「まずは左ひざ」

高く振り上げた足を思い切り暗殺者の右ひざに当たる部分の影を踏みつけた。

ボギリッ!!

鈍い音がした。

「ッイギャアアアアアアア!!」
「言っただろう? 同調させた…と」

右ひざを踏み、へし折られ、折れた骨が皮膚を破け幾つも尖った部分が赤い血を滴り落としている。
普通ならのた打ち回って必死に折れた右ひざを押さえているトコだが。
今は動くことすら適わない。押さえる事も適わない。

「次は……左腕」

袖の内から滑るように手に飛び出してきたポケットナイフを今度は左腕の影に投げつけた。
カスっと真っ直ぐ左腕の肘に当たる部分に見事にナイフが刺さった。

「ギッ――――!? !!!?」
「口が聞けないかぃ? 痛いかぃ? 当然だ。この鉄パイプで口を潰したんだからな」

ニッコリ笑顔を見せながら暗殺者の口の影にしゃがみながら鉄パイプを振り下ろしていた。
暗殺者の口と左腕の部分の影から液体のような影が地面へと落ちていく。
何処からとも無く出した鉄パイプを影に突きつけるとズブズブと鉄パイプは沈んでいった。

「さぁ、そろそろ遊びを終えようか」
「!! !! 〜〜〜〜〜〜!!」

声を上げたくても出せない暗殺者は恐怖と激痛を体全体で訴える。
焦点のあわない瞳の黒目が細まる。

「チェック・メイト!」

今度は影からひとりでに手元まで生えてきた大きい刀を取り出した。

「さようなら。そして私の美しさを、神に伝えておくれ」
「あ――――」

最後の言葉を言った時。
暗殺者の耳にゴトンと言う音が響いた。
重なるように何か液体が噴出すような音がその場を犯し続ける。

…雨…

不意に、天からシャワーのような何かが降り注ぐ。
同時に、司は踏んでいた足をどかし、踵を返す。
白いタキシードについた『その何か』を引っ張りながら見る。

「…やれやれ、新調しなければ」

その背中の向こうで高く鮮血を噴出させている物体は断頭された首の無い体。
司の足元に転がるのは黒い銀色に立たれた首。
首は頭の上から降ってくるシャワーを口をパクパクさせながら見届けると、やがて動かなくなった。

呪縛が解き放たれたように、暗殺者の体が仰向けに倒れこんだ。
未だにガクガクと震えながら首から血を噴出しながら。

司が再び口を開く。
その表情はいつもと変わらない美しい笑顔。
ただ、まなざしだけが凍て付くような酷薄な色をしていた。

「さて、私の方は暗殺者ではなかった。と言うことは、あの子か神居君…か」

服についたソレ…紅の血が取れないと分かり、諦めた司は小さくため息をついた。
大刀をも影の中に沈めると司は煙草を取り出した。

「外ならいくらでも吸い放題だ」

体を縮こませると縮んだからだの間からオレンジ色の光が漏れ出した。
縮みこませた体を大きく天に向けると白い息を吐き出した。

「…今宵は新月か。この時間帯なのに月が出ていない」

*************************************

「悪く思うなよ」

その男が出した第一声はそれだった。

「……」

せちゅなはひたすら黙っている。

「お前に用は無いが…関係者も消せとの任務なんでね」
「へぇ」

そっけなく返事を返したせちゅなは背負っていたリュックからカメラを取り出した。

安物ではなくなかなかに高級そうな大き目のカメラ。それをきれいなオレンジ色の空に向ける。

パシャリ。パシャリ。

まだ太陽が沈んでいないためフラッシュをたいて空をカメラに写すせちゅな。

「…何がしたい」
「虹」
「?」

暗殺者はこの状況では決してでない筈の発音を耳にした。

「この時間帯で虹が出ているのは珍しいんだ。だから時間止ってるうちに写真におさめておこうとね」

何度か方向を変えながらスイッチを押すせちゅな。
色々な光が集まったフラッシュも音にあわせて何度も発射される。
最後の一回のシャッターが閉じられるとカメラをリュックにしまいこんだ。

「さて」
「最後の写真は撮り終わったか?」
「最後かどうかはわからないけどまあね」
「そうか……じゃあ、お別れだな」

黒いマントに身を包んだ暗殺者はそのまま接近しようとした。
そのザマは黒い何かがそのまま近づいてくるようでとても不気味である。

暗殺者はマントの中で大きい針を両手に3本ずつ持つと狙いを定めた。

まずは胸に一本。
次にノド元に2本。
計3本。残りの三本を眉間と両目に。
これで計六本。…終わりだ

更に足を速めて針をマントから出現させようとした時。全身に痛みが走った。

「…?」

脳を揺るがすほどの激痛だったが、何処も何も無い。
別に四肢のどこかを切断された訳でもなく。
首を跳ね飛ばされた訳でもなく。
体全体を切り刻まれた訳でもなく。

ただ激痛だけが走った。

外傷的には何も無いかもしれない。
だが奇妙な事だらけだ。

一度せちゅなから離れるともう一度自らの体を確認した。

何も無い。
奇妙なほど何も無い。
何かの勘違いだと感じた暗殺者は再び針をマントの中で構え、疾走した。

「余計な時間をくった。責めて苦しまずに殺してやろう」

それが、暗殺者が放った最後の言葉。

「さて、カメラも取ったことだし。皆と合流しないと」

迫り来る暗殺者を無視してあたりをきょろきょろと見回すせちゅな。
煙は完璧にはれていないので多少見にくい。

「…適当に歩いてたら誰かと会うでしょ…わ」

ただ走るだけの暗殺者がせちゅなとぶつかった。

「痛いな。もう」

ぶつかってもまだ動きを止めない暗殺者を軽く突き飛ばした。

ゴロリ

何の反応も示さぬまま暗殺者は転んでしまった。
転んだ拍子で黒マントが脱げてしまう。
悲惨なものだ。

両腕がキレイに切断されており、黒マントが紅黒く染まっていた。
噴出された血は離れた場所にある男の顔面もくれないに染める。

足も転がっている。
2本。その切断面はひっつければ本当にくっつきそうなほどキレイに。

首も転がっている。
先ほどまでせちゅなに向けていた無表情な顔が。

赤黒くやわらかそうな肉片が落ちている。
ぶよぶよとした肉の塊。硬そうな肉の塊。
体の疾走路に幾つも並べられた内蔵と体の肉の数々。

恐らくあの暗殺者はこの世の意識が無い今でも意識の中で永遠に走り続けているだろう。
せちゅなに向かって。そして永遠に感じるだろう。
死ぬ瞬間に感じた体に走る歪と、ムズかゆさと。
体のいたるトコロ。

腹から。背中から。太ももから。脇から。横っ腹から。下腹部から。肩から。それらの間に走ったぬめり。

今此処に、また一人と暗殺者がこの世界から退場した。

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ABSOLUTE:FIVE:


「ふん、こんな街中で…いや。『もう』街中ではないのだな」

何処かの壁にぶつかったみたいにその場から進む事が出来ない事を悟った神居は鼻息を鳴らすと小さく俯いた。
地面を這っているアリたちが精一杯黄色いスナック菓子の欠片を運んでいる。
アリの動きを追っているとそれは行列になって一つの小さな穴へと。

「何に目を取られているの?」

美しい音色の様な高い声が神居の目をソレに向けた。
その女は朱色のドレスを着ており、ハイヒールも朱。
ましてや手袋。そして差している日傘までもが朱色である。
少し青色の混じったような赤紫が神居を射抜く。
方の近くまであるウェーブは夕日に反射してキラキラと金色とオレンジが混ざったように輝いている。

「……貴様が能力者か」
「あら、お分かりに?」
「あからさまに能力者といわんばかりだ」
「そうですか…。なら、私の名前も?」
「フォールン・エンジェル・ウィングが一人。シェリル・ララジェル」
「お調べになったのですか?」
「………」
「まぁ、あの方がいますものねぇ?」

ニコヤカに笑顔を放つとシェリルは黒いダマスカスの指輪を神居に見せ付けた。

「ッッッ!!!!」

ギリリと歯軋りをし、今にも襲い掛からんとする神居。
それは、触れれば心臓を握りつぶされそうな殺気。
それは、一呼吸しただけで体を壊されそうな殺気。
それは、今にも野獣の形を作り、目にも見えそうなほどの殺気。

「あらあら、コレは出してはいけなかったようですね」

フフフと嫌味な笑顔を出すと更に嫌味気にこう口走った。

「貴女。そろそろ戻ったほうが良くなくて?」
「きっっさまぁぁぁああああああぁぁ!」

野獣の如く咆哮をノドから放り出すと神居は特攻した。

「あら、ヤダ…」

殺気をまとい、風を切りながら一直線に飛び込んでくる神居をまだ笑顔で見据える。

「そこまで殺気をむき出しにされると………」

背筋が凍った。とはまさにこのことか。

「壊したくなるじゃない?」

笑顔を収め目を細め、三日月のように口を吊り上げた。

「バカ…なっ!?」

どうした事か。
ヤツの姿がぼやけている。
これは罠だ。ヤメロ。

そう体に命令するが。怒りのあまり体が言う事を利かない。
そして。神居の手に怪しく光る薄暗い紫色はそのぼやけたシェリルの体を横一線になぎ払った。
しかしどうした事か。
煙を薙いだように手ごたえはなく。
霧のように二つに切断されたシェリルは消えてしまった。

「あらら」

クスクスとふざけた笑い声が耳に届く。

「案外早く壊れてしまうのですね」

ブチっと、何かが千切れる音がした。

バシュッ

赤い鮮血が跳ね上がった。

紅の霧が漂っていた。

鉄の匂いが耐えなかった。

空気が紅かった。

「アグッ!!!」
「ホホホホ…どうですか? 右足をちぎられた気分は?」

紅が漂う空間の中に。人影が二つ。
膝をつき。必死に血の出る何かを抑えているモノ。
ソシテソレを見下しているモノ。

「グッ、ガ、アアアっ!」
「あらあら、少しやりすぎたようですね。ここまで痛がるなんて…それにしても。キレイな紅」
「そう…か」
「え?」
「そんなにキレイか、自分の鉄分は」

不意に、神居の手から何かがシェリルに向かって飛び込んできた。
シェリルは日傘を持っていないほうの手でソレを受け取ろうとする。
だが、その左腕は何も掴む事は出来ずに虚空を切り裂いた。

ドン、と胸にソノ何かが当たり、ベチャリと気持ちの悪い音がなった。
ソノ落ちた何かを直視する前に見えたのは紅。
自分の胸についた紅。

小さく悲鳴をあげ、後ずさると、その落ちた何かが目に入る。

「あ…あ…」
「もう一度聞く。そんなにキレイか、自分の血は」
「あ、ああっ、あ、あ、ああああああああ!!」

その落ちた何かが自分の左腕と認識するのに、一瞬とは行かなかった。
ソレが自分の腕と信じられず、認めたくなく。
紅い霧を出していたのは神居の右足ではなく。自分の左腕。

認めたくない 認めたくない 認めたくない 認めたくない 認めたくない

シェリルの頭の中は、激痛とその認めたくない二色だけになってしまった。

「さぁ、神に懺悔する時間をやろう……といいたいところだが」

今度はひざまついてその左手を必死に無くなった左腕で拾うとするシェリルを見下ろした。

「不愉快だ。とても不愉快だ。貴様が喋る事も、瞬きをする事も。息をする事も。何より貴様の血でこの地球が汚されるのが一番気に食わない…」

両手に光る怪しい紫の光が剣を形どり、研ぎ澄まされる。

「さぁ、塵に還れ」

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「ここにいたのか」
「そのタキシード、そんなに派手でしたっけ」

せちゅながちりぢちに付着されている血のついたタキシードをまぢまぢと見る。
司は軽く苦笑って受け流した。

「そのタキシード、そんなに派手だったか?」

同じ質問が司の背中から行われた。

「その声は…あれ? 何処だ?」

後ろを振り返ると誰もいない。
少し視線を下にずらすとその声の主は不機嫌そうにまゆをひそめ、司をにらみつけた。

「嫌味か」

そう言うと、彼女はそっぽを向いた。

「それより、あのバカ(善助)は何処にいる?」

善助と書いてバカと呼ぶ神居。
彼女の中では善助はただのバカでしかないのか…。

「善助さんなら」

アッチという風に指を遠くに差すせちゅな。

神居は目を凝らすとそこにはピョコンとアンテナが二つ。

「何をしてるんだあのバカは」

舌打ちをすると、噂のバカの元へと駆け足で駆けつけていった。

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2004-05-06 21:57:25公開 / 作者:ベル
■この作品の著作権はベルさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
こんにちわ。
何か今回短かったですね。

ってか結局シェリルさん能力も分からなかったですね。
かわいそうに・・・(ぇー

んではでは
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