『サクラサク 1〜2』作者:如月 夏 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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原稿用紙約16.02枚

1、咲き誇るサクラの中で


この胸に宿る想いは何だろう・・・? 言葉にできない想い・・・。とても暖かいのにどこか、冷めている。
散るゆく命・・・。もう少ない命・・・。想うと頬につたわる涙。

病院の屋上から見下ろす満開の桜。私はあと何回この桜を見る事ができるだろうか? もしかしたら
これが最後かもしれない。毎年同じ事を思っていたのだが、今年はその思いが強い。両親が春の、
桜の咲く季節に生まれた私に付けてくれた『春桜』(はるさ)という名前。だからと言うのも変だが、私
は『春』と『桜』が大好きだった。一度でいいから満開の桜並木の下を歩いてみたい。桜の花びらのじゅ
うたんの上を友達と歩いてみたい。病院の外の世界を見たい。生まれたときから心臓が悪く、数回しか
病院の外にでたことがない。私の心臓は18億万分の1の可能性で誕生した。原因はいまだ不明。不定
期に起こる発作にいつ心臓が爆発してしまうかわからない。万が一、病院の外で発作が起きたら間違い
なく私は死んでしまう。今までは薬でごまかし続けてきたから大きな発作は起きていない。人は皆、家族・
先生・看護師の人たちは、私を生かすことで必死になっている。私がそれを本当に望んでいるかも知らずに・・・。

「先生! どうゆうことなんですか?! 春桜を学校に行かせるなんて?!」
春桜の主治医の三山先生はレントゲンを真剣な眼差しでみながら春桜の母親に告げた。眼鏡をかけたまだ
若い担当医は難しい顔を崩さない。
「お母さんに本当のことを告げるのは・・・私も・・・とても心苦しいのですが・・・」
「いいんです! 真実を!」
三山はずれた眼鏡を治し、母親の前に座った。
「・・・春桜さんは・・・もう、もって一年・・・いや半年でしょう・・・」
その言葉に母親の顔から血の気が引く。
「う、うそですよね? 春桜は今、元気で・・・今も・・・屋上で・・・桜を・・・」
母親の顔からは大粒の涙がいくつも流れる。三山の目にもうっすら涙が見える。まだ若い医者に患者に死を
宣告して普通でいられるような強い心は持てていないようだ。
「ですから・・・残りの彼女の人生(みち)は・・・彼女の足で歩いてほしい・・・。彼女が望むように、願うように・・・。
しかし、これは貴女次第だ! あの子のたった一人の肉親の貴女がNOといえばあの子は病院(ここ)でその
17年の生涯を終わらせる」
母の目からの涙は止まらない。最愛の一人娘をたった17年の命で終わらせることはやりきれない気持ちで
いっぱいだ。
「・・・わかりました・・・。あの子が、春桜が学校を望むならあの子の好きなようにさせましょう・・・。でも! でも
先生! 本人には・・・自分の命が少ないことは決して伝えないでください!」
母は涙を振り切り、顔を上げる。三山は母の気持ちをくみ、うなずく。
「わかりました・・・。春桜さんにはこのことは黙っておきましょう」
「ありがとう・・・ございます・・・」
母の涙はまたもこぼれる。その胸にこの底の無い悲しみを溜め込むことは出来ない。

「春桜ちゃん! やっぱりここか!」
雲ひとつ無い快晴のそらに薄紅色の桜の花びらが舞っている。
「三山先生! だってここは私のお気に入りの場所だもん! ここが外の世界にいっちばん近いとこだと思いませんか?!」
桜の花びらと同じ色のパジャマを着て屋上に設置してあるベンチに寝転がっている少女がいる。茶色い長い髪にそれと同じ
瞳の色。大きくぱっちりしている目に鼻筋の通った高い鼻が白い肌に生える。モデルさんといっても誰も疑わないような容姿。
それが春日崎 春桜だ。
「・・・そうか・・・」
明るい彼女を見れば見るほど三山の心は痛む。こんなに明るい、可愛い子なのに残りの命は少ない。そのことは本人は知ら
ないだろう。
「?どうしたの? 三山先生?」
春桜は起き上がり、ベンチに座りなおす。
「・・・隣いいかな?」
三山は一歩近づく。春桜は笑顔でうなずく。
「実はね! 春桜ちゃんにいい知らせがあるんだ!」
心を明るく持ち、真意を気づかれないように春桜の隣に座る。
「春桜ちゃん念願の学校に行く許可がやっとでたんだ!」
「・・・・・」
「病院長がやっと許可を出してくれてね! 春桜ちゃん、本当なら高校2年生だけど今年の入学式から高校1年だ! そこは
勘弁してくれよ?」
「・・・・・」
「高校は楽しいよ! 勉強もそうだけど、春桜ちゃんにとっては初めての病院(ここ)以外の友達も出来るだろ?」
「先生っ!」
今まで口を閉ざしていたた春桜が口を開く。
「ん? なんだい?」
三山は春桜と目を合わせることが出来ない。目を合わせてしまうと何もかもを読み取られてしまうような気がして恐かった。
「私・・・もう、長くないんだね・・・・?」
強い春風が吹く。春桜の艶やかな髪がなびく。春桜はそれを右手で押さえ、ベンチから立ちフェンスに向かった。三山は
動揺する事しか出来ない。
「な、なにを言っているんだい? 君の様態が安定したからこその・・・・」
「いいよ。無理しなくて」
春桜の声は明るい。
「わかってたの。最近、大きな発作はないけど発作の周期が短くなってる事。それに・・・・」
「それに・・・?」
「先生、今の話してるとき私と目を合わせてくれなかった。目も少し腫れてる。声も無理してたけどかすかに震えてる」
一番辛いのは春桜だ。なのにそんなそぶりを見せない春桜に三山は胸を打たれた。
「・・・・敵わないな・・・春桜ちゃんには・・・」
三山は肩の力を抜く。
「いいんだ! 気にしないで! 私は16年と11ヶ月この病院でそれなりに楽しく過ごしたよ! もちろん17歳になったら
高校に通って、この病院生活の倍楽しむつもりだよ! 友達いっぱい作って、桜並木の下歩いて、彼氏も作ったり出来たら
いいな!!」
高校生活の夢を楽しそうに語る春桜。こっちまで楽しくなると三山は心を和ませる。しかし、それと同時に彼女の命の短さの
むなしさにも襲われる。
「先生・・・私・・・あとどのくらい?」
「1年・・・いや、半年だ・・・」
本当のことを言うのが辛い。でも春桜に嘘はつけない。見破られて攻められたら言い返す言葉も浮かばない。
「そっか・・・・もう、ちょっとなんだ」
「でもっ! 春桜ちゃん!」
三山はベンチから立ち上がり春桜に近づく。
「大丈夫だって! 私そんなに弱くないから! 強いんだよ!」
春桜は振り返りいつもと変らぬ笑顔を向ける。死を間じかに知らされた16歳の少女には見えない。大人ですら自分の死期を
宣告されたら心を正気に保つのが難しい。
「春桜・・・・君はどうして・・・笑って・・・」
その言葉を聞いたのか聞かないのかわからないが、春桜は答えない。
「先生! お願いがあるんだけど? いいかな?」
「・・・なんだ?」
「私が病気ってことは学校に教えないでくれないかな?」
「え?」
「病気だからって特別扱いされるのも嫌だし、そんなこと言ったらできる友達もできなくなっちゃう気がする!」
三山の心の揺れが春桜にも伝わるようにそこに静かな沈黙が流れる。学校で発作が起きたら事情を知らない人たちは動揺して
もし、手当てが遅ければすぐにでも命を落としてしまう。春桜の心臓の血管は一般の人より細く、切れやすい。春桜の体は細胞
の再生能力が極めて遅い。この病気は『スロウセルトリポルト』と呼ばれ18億万分の1人の確率で生まれる。血管が細く、切れ
やすいだけならまだ治る見込みはあった。しかし、春桜のように細胞の再生能力が低いと手術中や、手術後の回復に時間がか
かり体が耐えられなくなってしまうのだ。
「でもそれじゃ・・・・」
「私の最後のお願い!」
そう言われてしまうと返す言葉がなくなってしまう。『最後のお願い』この言葉に適う言葉はない。
「わかったよ」
「やった! ありがと! 先生! じゃ、私そろそろ病室に戻るね!」
そう言って小走りに病室に戻っていく春桜。三山は顔にて手を当ててベンチにドサット腰を落とす。目を閉じれば浮かんでくる
春日 春桜の笑顔。助ける方法は本当にないのか? まだ若いあんなに無邪気に笑う少女を死なせてしまって・・・。

満開の桜が咲き誇る中重い病を患った少女の学校生活が始まろうとしていた。

2、新しい出会い

桜の満開の時期、私は大好きな花に囲まれたこの屋上(ばしょ)で死をっ宣告された。16歳と11ヶ月、あと1ヶ月もしないで17歳
になる。今年の桜の開花は早かった。3月の後半には満開を向かえたが気候が安定しなかったせいか、4月になっても桜の花は
まだ咲き続けてる。
「今年はいつもより桜がいっぱいみられたね。最後だからかな?」
自らの死を宣告された屋上(ここ)はまだ私のお気に入りだ。
「桜には青空がよく似合うよね?」
最近晴れる事がなく、曇りが続いていて今日のような青空は久しぶりだった。特に昨日は雨が降って桜の花が少し散ってしまうのが
心配だった。でも、雨のおかげで空気は澄み切っている。
「春桜(はるさ)ちゃん・・・。そんなこと・・・・」
眼鏡をかけ、白衣を着ている若い先生が私の主治医だ。1週間前、私はこの人に死を告げられた。
「そうだね! 三山先生」
死を告げられたとき、私の瞳(め)から涙は流れなかった。自分のことは自分がよく知るというか、なんとなく桜は今年が最後のような
気がしていた。
静かな沈黙が続いた。
「春桜ちゃん・・・本当に高校(がっこう)行くの・・・――」
「そのことはもう決めたんだから私は変えるつもりはないよ! これ以上いうなら先生の事嫌いになる!」
子供っぽい事を言っていることは自分でも分かっているけど、高校に行くことを変えるつもりはない。
「ごめん・・・」
三山先生は何かを隠すようにうつむく。
「っ・・・」
心臓に激痛と締め付けられるような苦しさを感じる。息ができなくなりからだの体温が下がっていくのがわかる。
「春桜ちゃんっ?!」
先生が私の名前を呼ぶのを最後にまわりの景色も見えなくなり、自分の体重を支えられなくなった。体を大きく揺さぶられ、そのあとの
感覚はわからない。意識がどんどんと暗闇に飲み込まれていく。4月に入って初めての発作だ。


ピッ ピッ ピッ
まわりの世界がかすれながらも見えてくる。自分の心臓の鼓動を表す音が静かに室内に響く。ここは集中治療室だ。隣の患者とはカーテン
1枚で仕切られている。
まだ、生きてるんだ・・・・
口につけられていた酸素マスクをはずし、自分の力で呼吸をする。
「目が覚めた?」
かけられていたカーテンが開き、母が顔を覗かせる。私は顔を少し動かす。その動きで母は安堵の表情を見せ、ベットの横にあるイスに
座った。
「私・・・どれくらい・・・?」
途切れ途切れにしか話すことのできない言葉にもどかしさを感じながら母の答えを待つ。
「4日よ」
集中治療室に入って4日。その言葉を私に向ける母の顔はつかれきっていた。まだ完璧に視界がはっきりしない私にもわかる。私が
寝ていたこの4日、母はあまり寝ていないのだろう。
「もう・・・大丈夫だから・・・帰って・・・休んで・・・・?」
母はうなずき、席を立った。
「そうね。春桜のほうが疲れちゃうもんね」
私が顔を背けると母は苦笑して出て行った。周期的に起こっていた発作の感覚が短くなっているのがわかった。これ以上大きな発作が
起こってしまえば集中治療室では終わらないだろう。回復するまでの時間は発作に反比例するように長くなっていく。私はベットの中で
拳を強く握る。
まだ・・・・もう・・・・疲れた・・・・
自分の心(なか)に響く言葉を必死でかき消す。
「春桜ちゃん? 大丈夫かな?」
母の次に入ってきたのは深山先生だ。私がうなずくと先生は私に近づき、心電図のスイッチと酸素マスクのスイッチを切った。脈と光の反射
をペンライトで確かめるといつもの笑いを私に向けてくれた。
「明日には元の病室に戻れるからね」
先生がそういい残して出ようとするのを私は白衣のすそを掴んで引き止めた。
「ん?」
「高校(がっこう)は・・・・?」
私が聞くと先生は私の考えていた答えとは違う言葉を私に向けた。
「大丈夫だよ・・・。来週になってしまうと思うけど、そのあと行けるから・・・・」
優しい笑顔を向けてくれる先生に私は笑いを返す。
「ありがとう・・・・ございます・・・・」
そのあと私はまた、眠りに入った。


「う〜ん! 久しぶりだぁ! 外の空気!」
集中治療室をでて今日で6日目。明日から学校の許可も下りている。それでも今日まで病室に閉じ込められていた私は三山先生に頼んで
屋上に出ることを許された。
「あんまりハシャイで今日また治療室に逆戻りにったら意味ないんだよ!」
「はいっ! わかっておりますっ!」
快晴の下伸びをして思いっきり深呼吸をしていると三山先生に注意された。さすがに病院の桜は散ってしまい、緑の葉が目立ち始めている。
「散ってしまったね」
三山先生が私の後ろを歩きながらそうつぶやいた。私は何も言わずにうなずいた。
「ちょっと寂しいけど、仕方ないね」
「春桜ちゃん・・・」
ピンポーンパーンポーン
「第一心臓外科の三山先生、三山先生、至急救急治療室まで・・・――」
院内アナウンスで三山の呼び出しがかかる。
「先生! 早く行かなきゃ!」
私は三山先生の背中を押して出口に向かった。ドアギリギリまで押していくと先生は「ごめん」といって走って院内に入っていった。
屋上には誰もいなくなり、私はゆっくりと桜の木の近くまで歩いていった。一人になるのは本当に久しぶりだった。病室には母か先生がいる
ことが多かったし、2人がいないと看護師さんたちがこまめに覗きに来たから長く一人になれそうなのは久しぶりだ。
まだ、春の匂いをかんじる風が吹き、私の髪をなびく。
それと同時に私の頬を流れる暖かい涙(もの)。
「あれ・・・? なんでだろ・・・?」
自分でもなぜ涙が出たのかはわからなかった。今までないた事なんかなかった。死を宣告された時ですら涙は出なかった。それなのに
止め処無く流れる涙。
「なに一人でないてるの?」
私は涙を手でぬぐってから横を向く。
「誰もいないかと思ってた・・・」
立っていたのは私と同年代の男の子だ。黒髪の男の子にしては長めの髪に白い肌は私に似ている。それなのに目がきりっとしているから
きっとこの人はカッコイイといえるのだろう。
「いつから・・・?」
「さっきからずっと」
淡々とした口調で言葉が返ってくる。男は私の横に並び、屋上から見える町並みを見入っている。
「そっか・・・全然気づかなかった! 一人だと思って・・・」
「一人だから泣いてたのか?」
私の言葉が完璧に終わるまでに彼の次の言葉が来る。
「そうゆうわけじゃ・・・」
「あんたさ・・・・」
「え?」
「なんでもない」
「えっ?」
彼はそれだけだけ言い残して屋上を降りていった。私はただわけがわからずその場に立ち尽くすだけだった。

2004-04-18 00:55:11公開 / 作者:如月 夏
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■作者からのメッセージ
更新が遅くなりました。
話の内容は1話に比べると濃くなったと思います。これからは学校と病院での春桜の気持ちの違いや変化に気をつけていきたいです。感想や指摘などお願いします。
この作品に対する感想 - 昇順
読ませていただきました。テーマは面白いです。こういう作品は重いですが、作り上げられたら良い話になるでしょう。指摘すべきところは、18億分の1の話が重複しているところですね。
2004-04-14 04:41:02【☆☆☆☆☆】石田壮介
計:0点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。