『手乗り犬はバウワウと鳴く No.1〜4』作者:髪の間に間に / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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原稿用紙約16.63枚


        それは幸福な出来事かもしれない







          手乗り犬はバウワウと鳴く








 それは私が高校の入試を受けた日であった。 家に帰るといつもと同様誰も居ない。 親は共働きで子供に構う暇など有りもしないのだ。
 でも、私は誰かに入試がうまくいったと無性に伝たくて、親に買い与えられたノートパソコン、名称『滝口 パソ子』さんを稼働させる。 ウィーン、という音と共にパソ子さんは微振動する。
 インターネットを開き、お気に入りから私が4年間通うチャット等の雑談ホームページへ飛ぶ。 早速チャットに入室するも、誰も居ないし来ない。 
 私はいつも人がいるような大規模なチャットルームに行けばいいのだろうと解っている。 でも、そんな所より、こじんまりとした固定客の居る所がいいのだ。 でもでも今日ぐらい誰か居てもいいじゃないか。
 私は不機嫌に退室すると、掲示板に『備前神楽です。 今日試験を受けてきました! 中々難しかったのですが手ごたえは上々、結果が楽しみです!』 と書き込む。 ちなみに備前神楽とは私のネットネームである、補足だが、私は東北人だ。
 後はお気に入りの小説サイトを覗くがどこも更新しておらず、矢張り不機嫌な私はパソ子さんを休めることにした。
 私は不貞腐れて茶の間の堀りごたつに足を突っ込み寝転がっていた、そんな時、あの鳴き声は聞こえてきたのだ。

 バウワウ! バウワウ!

 嘘ぉ、と思った。 だって余りにも米国の人が言う犬の鳴き声にそっくりだったから。
 始めはここらへんに犬の鳴き声専門の物真似師でも居るのかと思ったぐらいにそっくりで、その上違和感が無かったのだ。
 私は余りにもその鳴き声の元を見てみたくて玄関を開けてサンダルを履き外に出るも、何も居ない。 道路を見渡し上空を見渡し周囲を見渡しすも何も居ない。
 一体あれは何だったのだろう? ここら辺には犬を飼ってる人は居ない筈なのに。
 そんな事を思いながら家に戻り、先程と同じ様にこたつに足を入れ万歳するように体を畳に投げ出す。 そんな時、あの鳴き声が聞こえてきたのだ。

 バウワウ! バウワウ!
 
 さっきより嘘ぉ、と思った。 だってその声がとても近くから聞こえたから。
 私は素早い動作で上体を起こし首を巡らす。 するともう一度例の鳴き声が聞こえた。 それは私のすぐ後ろから聞こえていた。
 猫もビックリの瞬発力で私は後ろを振り向いた。 そこには、犬が居た。 可愛い柴犬みたいな犬、恐らく雑種だろう。 可愛いその犬は私を見て楽しそうに尻尾を振った。
 確かに私は可愛いと思ったことは認めよう。 しかし、それ以前にその犬は普通の犬と決定的な違いを持っていた。

 犬は、全長10cm程の大きさだったのだ。

 そうか疲れたんだな、沢山勉強したし、その分終わった時に反動が来たんだ。
 そう思い私は何も見なかったことにして寝転がるも、バウワウ、バウワウ、という犬の鳴き声が五月蝿くて、とても眠れるもんではなかった。 体は小さいくせして鳴き声は一丁前だ。 しかもその鳴き声は妙に耳に残るときた、眠れるもんか。
 結局私は起き上がるとこたつから足を出し、手乗り犬に向き合った。 正座して。
 端から見ると滑稽なものだったろう、とてつもなく小さい犬に向かって人間が肩をすぼめて正座をしているのだ。
 私は意を決してその手乗り犬に触れてみようと手を伸ばした。 犬は何の反抗もせず、素直に座っているだけ。 少し勢いに乗り、その犬を手に持ってみた。 手の平に乗る犬、私は目の前の光景が信じられなかった。 間違いなく感触はあり、幻覚などという事は有り得ない。
 
 私は少し現実逃避する所だった。





  No.2      それは現実と空想の思いの中で




 取り合えず私は二階にある六畳程の自室に犬を連れて、いや、持っていった。
 その間、犬は少しも騒がずに私の手の平で『お座り』をしているのだ。 
 この頃私はようやく事の重大さを理解できてきた。 私はこれほど小さな犬なんて聞いたこともない。 若しかしたらこれは物凄い大発見なのかもしれない。
 いつでも眠れる状態にしてある万年床の布団の『床の上の田村麻呂』さんの上に座り、犬を下ろして観察する事にした。 矢張り容姿は柴犬、ちなみに雄犬のようだ。 大きさ以外は何の変哲もない柴犬なのだ。
 観察しようと思って下ろしたのだが、犬は寝転がり眠ろうとしている。 これは果たして布団は寝るために有る事を理解しての行動だろうか? 否、犬に分かる筈は無い。
 そんな事を思いながらも、私は早くも犬の名前を考え始めていた。 なんだかんだ言って愛着、と言っては早いが、気に入ったのである。
 そして彼の名前は3分で決まった。

『柴 涼太郎』 

 試しに柴、と呼んでみる。 まさか反応はしまい、と思ったが、そのまさか、柴は起き上がりきっちり体を私に向けて、一声、天井に向けて勢い良く鳴いた。
 そう、バウワウ! と。
 
 それからも色々と柴の能力を試した。
 まずは王道のお手、お座り、ちんちんに始まり、死んだ振り、二足歩行までも短時間で習得したのである。 私の思っていた百倍は柴は頭が良いようで、直ぐに私の言葉を理解するような素振りを見せたりもした。 
 次第に私は柴を学会に発表するなどという考えはさっぱり頭から抜けきっていた。
 そして気付けば犬と戯れ夜になり、母が帰って来た。
 しまった。 そう私は思った。 柴を一体何処に隠そう、悩んだ末に柴には某猫型ロボットが寝起きをするような押入れに住んでもらう事にした。
 どうやら柴を見つけた喜びに顔が緩んでいたのか、母親に笑顔で言われたのだ。

「あんた、どうやらテスト上手くいったみたいね。 何か嬉しそうだよ」

 私は思わずどきりとして、適当な事を言って誤魔化した。

 私は今誰も居ない公園のベンチに座り、独りハンドバック手に佇んでいる。
 翌朝、夜さんざん考えた結果一人の友人に柴の事を打ち明けようと決心した。
 その友の名は 『林田 月』 普段はその名字のためリンダと呼ばれている。 今日の朝の内に彼女には電話を掛け、よく私達が待ち合わせに使う誰も居ない公園に呼び出したのだ。
 
「で、何の用だ」

 無愛想な声に私は驚き、一日に一度の猫もビックリの瞬発力をもって振り向いた。 そこには常に無表情な鉄面皮、リンダの姿が有った。
 まぁ、座って。 と言うとリンダは促されるまま私の横に座った。
 大きく、大きく息を吸い込み、吐いた。 私は話を始める事にした。

「リンダ、全長10cm程の柴犬が存在したらどうする?」
「…まず間違いなく存在しないから安心するとして、まず自分の目を疑って現実逃避をするかもな」
「その後は?」
「その後? そうだなぁ、学会には発表しないで一人で見て楽しむかな。 若しかしたら通常な大きさにまで育つかもしれない。 とか思いながら」

 リンダの意見には安心し、感心した。 そして、この人には言っても大丈夫だろうと、今日呼んだ理由を見せる事にした。
 私はおもむろにハンドバックを開け、中から柴を取り出した。 気持ちよさそうに陽光を浴びるリンダは目を細め木々を見ているから気付いていない。

「リンダ」
「何」
「鳴いて、柴」

 柴は言われた通りに一声、バウワウ! と高らかに鳴いた。
 私は初めてリンダの驚いた顔を見た。 

 その顔は少し現実逃避をしそうだった。



  No.3     忍者屋敷にて



  
 身振り手振りをまじえて半ば必死で説明した結果、リンダはちゃんと柴の事を現実として受け入れてくれた。 リンダの口の堅さは有名なので、万が一この事が広まる事は無いだろう。
 そして、リンダはこう持ちかけたのだ。

「その犬、どうする。 隠して育るのも大変だろうから、場所、提供しようか?」
 
 リンダが言う場所とはリンダの自宅の地下室だと短く説明してくれた。 抗争の時万が一にも追いつめられたらそこに隠れるはずだったんだそうだ。 何の抗争か? 聞かぬが花。
 結局その日はリンダの家にその地下室の下見をするために行くことになった。

 いつみても、何度見ても立派だ。
 リンダの家は高級な純日本家屋だ。 松が生い茂る庭も有り、そこには池も有り鯉が泳いでいる。
 そんな景色に見惚れる暇も無く、リンダはずんずんと玄関を上がり奥の部屋に行ってしまうので、小さくお邪魔しますと誰も居ない茶の間に挨拶すると小走りに私は後を追った。
 リンダの部屋は12畳の広さの和室。 真ん中にずん、と掘りごたつがある他は全くもって生活感の無い綺麗な部屋だ。
 取り合えず私はハンドバックに入れていた柴を狭い空間から取り出すことにした。
 出て来た柴はきょろきょろと周りを見渡したあと、ブルブルと身を振るい楽しそうに走った。 柴にとっては物凄く広い空間なのだろう。 御免なさいね私の部屋小さくて。
 じっと柴を見ていたリンダがぼそりと呟いた。

「かわいいなぁ」
 
 それを聞いた私は驚きで胃が飛び出るのを押さえた。
 鉄面皮、鉄仮面、28号などと呼ばれているリンダが薄らと笑みを零しながら呟いたのだ。 私は驚きと同時に感動もした、動物はそんなに人を和ませるものなのかと。

 正直私は動物と暮らすのは楽しいだろうがあまり可愛いなどは思わないのだ。 何故? と聞かれても困るが、多分可愛さよりも仲間としての楽しさが先に出るのだろう。
 結局リンダはそれ以後50分間何も言葉を発さず、綺麗な空間で走り回る柴を只薄ら笑いながら見ていた。 正直ちょっと怖かったから何も言えなかった。 
 正気に戻ったようにリンダは顔を引き締め、立ち上がり言った。

「地下室行くよ」
「柴、ほら、行くよ」
「…頭良いんだな」
「可愛い?」

 最後の質問には答えてくれなかった。
 私は柴を持ち上げ先を歩くリンダの後を辿る。 この家、相変わらず広い。 結構遊びに来ているのだが一部分さえも覚えられない。 矢張りわざと迷路のように造ったのだろうか?
 そんな事を考えているとリンダが廊下で急に立ち止まった。

「ここだ」
「嘘ぉ」

 リンダは言うとしゃがみ、艶のある木の板に手を掛ける。
 ガコンッ。
 途端、木の板が横にはけて地下に向かう階段が現れた。 そこそここの家のおかしさには慣れていたが、ここは忍者屋敷かRPGか?
 さっさとリンダは行ってしまうので又慌てて後を追う。 思ったより階段は段数があった。
 そこを見た感想は、あ、思ったより明るいな、だった。
 ここは、そうだなぁ、広い広い独房という感じだ。 恐らく15畳はあるだろう、窓が天井に近いところに二つ、充分に日光は取り込めている。 有る物は大きなテーブルとこれまた大きな棚。
 何が入ってるんだろう、と興味を持ち近付いたのだがリンダに止められた。

「中開けない方がいい。 見つかったら大変だから」
「……何入ってるの?」
「…言わぬが花って良い言葉だよな」

 予想はついた。
 あ、重大なことを忘れていた!

「柴! 柴は!?」
「ここ」

 いつの間にか、リンダの豊かな胸に抱かれてるのは紛れも無く私の愛犬柴。 あぁ、ビックリした。
 助平な私の犬は媚びるように一声、バウワウ! と鳴いた。
 すいませんでしたね洗濯板で。 少し嫉妬。

「おい、月。 何やってんだ?」

 柄の悪い声、私達は一斉に階段の方を振り向く、そこにはグラサンを掛け、サイズの合っていない大きめのスーツを着たいかにも柄の悪いオールバックの男が居た。
 その顔は明らかにリンダの方を向いている。 その男はぽかん、と口を開け呆然とした様子で固まった。

 多分、現実逃避しているのだと思う。





No.4 風の噂と時の運




「か」

 か? 突然呆けたような顔の柄の悪いあんちゃんが何を言うかとドキドキしてたら、か? 何か残念な気分になってしまう。
 しかし、次の一言は私を震いあがらせるものであった。

「可愛いじゃねぇか。 月、何だそれ? 見せてみろって」

 サングラス越しだからよく判らないが、恐らく好奇心たっぷりで無邪気な目をしているだろう。 だって、いかにもそんな雰囲気が体から滲み出ていたから。

「兄貴、挨拶は? 決まり事だろ」
「あ、悪いな。 初めまして、俺、初めて見たろ? 林田 戒って言うんだ。 俺、こいつの兄」

 私はとんでもなく驚いた。 そりゃぁビックリしてCG技術を駆使して目玉を飛び出させる位ビックリ。

「初めまして」

 それしか言えなかったほどビックリ。 だって余りにも顔も性格も似てない。
 そんな私を余り気にした様も無く、リンダ(兄)、以下、彼の顔がどうしてもココリコ田中と被ってるので田中。 
 田中は再び柴へと興味を向け、リンダから柴を受け取ると幸福そうな顔をする。 リンダ、そんなにあっさりと渡してくれるなよ。 私が飼い主なんだから。 ていうか柴ももう少し暴れてもいいのに。

 20分程経過した時、ようやく田中が動いた。 なんだかんだ言っても兄弟似ているのかもしれない。 もっともリンダの時より短かったが。
 そして田中はゆっくりと口を開いたのである。

「この犬、生きてんの?」

 素っ頓狂な声を上げると、サングラスが少しずり落ちた。 間抜けな顔である。
 もっと前に気づけよ。
 仕方が無い。 私は軽く説明をする事になった。

 
 説明を聞き終えると田中は大きな溜息を吐いた。

「成る程、ココで生活させろってか」

 そういえば余り恐怖感を感じなかったが声には少しドスが利いていて、結構怖い。
 顔も真剣な顔で凄みがあるが、どうしてもココリコ田中の顔と被ってしまい笑いそうになる。
 
「大歓迎だ。 ちなみに秘密だぞ。 内緒だぞ。 いいな?」

 それはこっちのセリフだ。
 満面の笑みで田中は口の前に左人差し指を立てる。 見るとリンダの顔も軽くほころんでいた。 これが動物の力か、と田中の右手に抱かれる柴を見た、お前は何人の人間を和ませれば気が済むのだ小動物め。 
 つられて、私も笑ってしまった。
 
 この日から、大きな隠し事と供に私達の生活が始まった。
 それは余り悪い気分ではなかった。


 柴がリンダの家に泊まりこんで早や一週間。
 高校の合格も決定し、私は順風満帆だったのでよくリンダの家に遊びに行った。 度々肩や手の甲等に絵の入った人も見かけたが、それはタトゥーシールなのだろう。
 そんな時、一大事が起こったのだ。

 柴が、見つかった。

 リンダの父親に柴が見つかってしまったのだと言う。 リンダの父親、想像すると怖い人とつんく♂が順番に出てくる。 何か無意味に混乱してしまった。
 いつもは軽い足取りも、今日は重い。 一体どういう事を言われるのだろうか、矢張り学会か何かに発表するとか言うのだろうか。
 そううだうだと考えているうちにリンダの家に着いた。 立派な正門で呼び鈴を鳴らす。 ぴんぽ〜ん、という間の抜けた音が聞こえ、30秒程で扉が開いた。
 そこには30代前半と見られる中々格好の良い爽やかな男がニコニコ微笑んで立っていた。 その男は私を震撼させる一言を笑いながら、簡単に言ってのけたのだ。

「初めまして。 私が月の父親の夜です。 いつも娘がお世話になってるみたいで、悪いねぇ」

 私は半分失神したと思う。





2004-04-29 02:53:27公開 / 作者:髪の間に間に
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■作者からのメッセージ
ちょっと長くなりそうなんで初の連作物です。
ドキドキの初連作。

皆さん批評お願いします。

一人の女が小さな犬を見つけ、その事を友達に相談する事から始まる物語です。

※誤字発見の為更新
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