『故郷第六話』作者:森山貴之 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
全角19985文字
容量39970 bytes
原稿用紙約49.96枚
 懐かしい。
 ここにある全てのものが、彼をそんな気持ちにしていた。
 十年前と変わらない町並み。
 山桜咲き乱れる線路脇の丘。
 長い坂道。
「まだやってたか」と思わずこぼれてしまう雑貨店。
 並みの公園では到底見ることもかなわない大木。
「十年一日とはこのことか」 
 彼は呟く。
 しかし本当に十年が一日に思えてしまう。俺がこの地を離れてから、本当はまだ一日しかたってないのではないか。そんな思いが過ぎるが、今や第二の故郷となった町での記憶を思いだせば、あまりにも簡単に十年という月日が流れたことがわかった。そして、それがわかった事により彼は幾分ではあるが嬉しい気分になった。なんだか故郷が、自分が帰ってくるのを待っていてくれたような気がしたからだ。当然そんなわけないのだが、やはりなにか思い入れのあるものに待っていてもらうというのは嬉しい。とりあえずそう思い、彼は自分の中に出てきた常識を押し込んだ。
 そんな事を考えながら歩いているうちに、彼は目的の場所まで来ていた。中道をいくつも通ったのによく間違わないで来たな。ここは幼少の頃の記憶に感謝の一言だった。
 メモの名前と表札の名前が一致したところで、彼は目の前にある家を改めて見上げた。
 周りの家より高い屋根。淡い水色の壁は、見た者に不思議な安心感を与える二階建ての家。
 これから数年間、お世話になる家。
 なぜこうなってしまったのか。彼はもう一度考えてみた。
 
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奇襲
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 この家族の父、河英一が口を開く。
 はじめ、ゆな、そして初めから椅子に座っていた母の享子。計四人の河家がここに集まった。
 家族会議の始まりである。
「さて、今日は重大な発表だ」
 そうでなければこまる。全員のそんな顔を英一は見回す。
「もう一人できたの?」
 ゆなが挙手して言い出す。
「いや、父さんもうそんながんばれない……体力がもたん」
 どこか悲しそうに言う。すると享子は
「あんた達つくるのもヒーヒーいってたのに今更つくれるワケないでしょう」
 と付け足す。情けない話だ。
「なんか、前はそんな事言いだして引越ししたな」
 はじめが思い出し、話題を変える。
「ああ、そうだったな」
「『この町にいれなくなった』とか言い出だされた時は焦ったな。まさか、今度は日本にいれなくなったとか」
 それを聞き、英一は「はっはっは」と笑い出す。つられてはじめも笑う。
「実は、日本にいれなくなった」
 さらりと言い出す英一に「今度はなにしでかした!!」母と子は見事に同じ台詞を叫んだ。
                                                                           話をまとめると。
 英一は勤めている薬剤会社にて、新薬の開発に大きな問題となっていた部分の解決に成功。それを聞いた本社が、アメリカにある技術研究部のチーフとして渡米してくれと頼んだ。昇格の上、先進国の最先端技術が学べる。英一に断る理由はなかった。
「というワケで渡米することになった。もう契約してきたので、これは決定事項。享子、ゆな、はじめ。荷造りを怠るな!」
 ビシッと指差しまでつけての渾身の言葉に、ゆなとはじめは少なからず動揺した。しかし享子は「またなの」と諦めに似た表情をするだけだった。これには「長く付き合ってるんだな」と正直に思えた。
 そしてふと気付く。ゆなの様子が変だった。俯き、肩を震わすゆな。
 まさか、親父に対する怒りが頂点に達したか!?ここから親子喧嘩に発展するのではと不安になる一方、このまま喧嘩になり、姉貴が「私は行かない」なんて言ってほしい内心。そうすればどさくさにまぎれて俺も日本に残れる……!
 頼む、「私は行かない」と言ってくれ!そうすれば俺は援軍にまわれる!
 はじめが念を送るようにゆなを見る。いや、実際送っているのだが。
「それ、嘘じゃないんだよね?」
 ゆなが口を開く。静かに言い放つその言葉をはじめは待っていた。
「んっ……ほらこの通り」そう言い英一は鞄の中から契約書をとりだす。確かにそこには『渡米』やら『昇格』など、普段目にしないような文字が陳列していた。間違いなく本物。はじめにはそう思えた。ゆなも契約書をみる。目の動きを見る限り、ゆなは何度も同じ所を読んでいた。そして再び顔を俯かせ、目を閉じる。何か決心したらしく、目を開け英一を見る。その目にはさっきまでの動揺が微塵も感じられなかった。
「とうさん」
「なんだ」
 英一も何かを感じたのか先程とは打って変わって真面目な表情。
 この時を待っていた。何か後ろめたいが言ってくれ!姉貴!はじめが拳を握る。
 そして
「父さんだいすきー!」
「っ!おおぅ!?」
 見事に期待に裏切られたはじめは、見当違いの声をだしながら崩れ落ちる。
「騒がしいぞ、はじめ」
「どうしたの?」
 場違いな奴。その視線がいたい。
「肯定していいのかよ!アメリカだぞ?」
 はじめが問いただすとゆなは考える事もなくいってみせる。
「いいのよ」 
「そんなすっぱりと……はっ!そうか、何姉貴期待してんだよ俺」
 冷静に考えてみれば、ゆなは英語教師の資格を持つほどの、英語好きだった。そのゆなに「行かない」なんて、魚が陸を歩くような話だった。まあつまり、ありえないのだ。
 事実を完全に受け入れたはじめは、首が外れたかのように頭をぶら下げる。脱力とはこのことだろう。
 それを見ていた英一は「安心しろ。一応お前のために日本に残る手段を作ってある」
 一瞬父が天使の様に見えた。正直にそう思えた。
 英一がメモを取り出し「日本にのこるなら、おまえは故郷に帰ってもらう」そう告げた。
「はっ?」
「滝実市にいる父さんの兄の所。つまり途花の所に行ってもらう。」
 選択を迷う事など、はじめにはできなかった。 
  
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約束の旗
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「ここが今日からお前の部屋だ。まあ好きに使え」
 六畳ほどの部屋。
 壁紙がやや汚れている以外は特に何もない、普通の部屋。
 たぶん、物置にでもしていたのだろう。
「ありがとうございます」
 まあなんにしても。居候の身に部屋を貸してくれるのだ。どんな部屋だろうと嬉しい。
 ここははじめの父の兄、将一の家。つまり、はじめにとってはいとこの家。
「英一から話は聞いてる。お前も大変だな」
「ははは……」
 こう言われると、もはや苦笑しかできない。
「そういえば、途花は?」
 この話題はもう思い出したくない。彼のそんな考えが自然に話をそらす。
 将一は一度廊下に出て途花の部屋のほうを一瞥し、開けっ放しのドアを見て
「あれ……もう帰ってきてもいい時間なんだが」と呟く。
 時刻は四時を回り、部活に入っていない途花ならもう帰ってきてもいい時刻だった。
 将一は笑いながら「まあそのうち帰ってくるだろ」と言う。
 はじめは少し考えると
「そしたら少し外ぶらついて来るんで『いつもの所でまってる』て伝えてくれません」と伝言を将一にたのむ。将一は「はいよ。飯までに帰って来いよ」の一言ではじめを見送った。
 
 着いたらすぐに行こう。はじめは帰郷が決まったその夜からそう決めていた。
 十年前、再会を誓ったあの丘に。
 歩いているのがもどかしく、意味もなく走り出す。
 ただ自分の中にある焦りを抑えるため。
 ただ自分の中にある期待を信じて。
 ただ、あの日の親友を信じて。
 足が重くなってきた。まだ着かない。
 息が切れてきた。苦しい。
 だが、まだだ。まだ動いてもらう。
 こんなに遠かったか?
 自分に問う。
 答えは分からなかった。
 小さい頃の距離観など覚えていない。
 しかし、ただ一つ言えることはあった。
 この坂を越えれば、もう着く。
 彼は目の前の坂を見据える。
 この坂は、滝実市のなかで一番長い。
 足にはついに疲労の魔の手が伸びていた。
 鉛の味しかしない口から息を吸い込む。
 そして、一気に駆け上がる。
 上にあがって行くにつれて息苦しくなる。
「高い所の空気が薄いってやつか!?」彼は叫ぶ。
 もちろん勘違いである。ただ単に酸素の需要が多くなっただけだ。
 横に見える滝実の夕暮れ。のどかで、静かで、平穏な風景。
 なんだかこの風景に現れるはずだった慌しさがすべて自分の体内でおこっているのでは?とありもしない想像まで浮かんできた。
 そしてとうとう
「だ……だめだ」
 坂の終わりがくる前に、彼の限界が来た。
 あまりにもかっこ悪い。
 息を荒立て、横腹を押さえながら歩いて行く様は、誰が見ても敗者その者だった。
 坂を登りきり、左に曲がってやれば、目的地の丘が見えた。
 誰もいない。分かりきっていた事だが、それでもつらかった。
 彼女に会えるかも……。その一心でここに来た。
 これが現実だ。
 はじめは自己満足に浸ろうと前に出て、言ってみた。
「この地に再会を誓った者。約束の旗を再び掲げ、再会を果たす。旗の名は」
「親友」
 聞き覚えのある声が響く。
 はじめは弾かれたように後ろを向く。
 彼女がいた。小さい頃の面影をしっかり残し。長い後ろ髪を風になびかせ。
 その後ろにはさらに二人の男女がいた。
 はじめは反射的に言った。
「理乃、以走、途花!」
「その様子じゃ、かわってないな。」と以走。
「へへっ。あたしが呼んだんだよ」と途花。
 そして「ひさしぶり、はじめ」と理乃。
 待っていてくれた。その事実が彼にはうれしかった。
 はじめは、確認の意味をこめて言った。
「待たした。ただいま」
 故郷に、そして親友に。 
 俺は帰ってきたと。

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目星
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 藍色に染まる空の中、時とは無駄なものだと彼は感じた。
 変わるのは景色だけ……事実、今もこの世界のあらゆる所で同種族による争いが起きている。そろそろ時間切れだ。
 彼は下を眺める。ゆっくりと滝実には夜が訪れていた。どこまでも平和で、のどかな光景。その一角に四人の男女が歩いていた。そしてそこは昼のように明るかった。
 彼は思わず笑いをこぼした。そうだ、あいつで試そう。俺を失望させ、裏切りを平気でこなした奴らの末裔に。彼は手帳を取り出し、癖のついたページを開たのち、つぶやいた。「そう、はじめ……こいつにしよう」

 はじめの帰郷から二ヶ月という時が流れた。周りはもう、来るべき夏休みをまつのみ、という雰囲気の中「うぁはぁーーーーー」というなんとも言いがたい、ため息のようなものがはじめの耳に入る。
「はぇあーーーーー」……。「かぁうーーーーー」「おい……」声の主はわかっていた。はじめは席の左後ろを見る。彼は呆れ顔で「過ぎたことを悔いるな。そんなに今回のテストやばいのか?途花」
 聞かれると途花は「ハハハハ」と暗くかえすだけだった。
 ちなみに途花ははじめのいとこ。つまり将一の娘だ。ショートの髪にいかにも明るい性格が大きく挙げられる特徴だ。
「なぁる。この奇声は途花か」「おっ、以走か。早いな今日は」背もたれに体をまかせ、声の主をみる。
 北沢以走。この少し変わった名前の男は、隣のクラスに席をおくはじめの親友だ。引っ越す前からの仲というかなり長い付き合いだった。
「テストも終わったし、しばらくはのんびりできるな」以走が伸びをしながら言う。しかしこの台詞は彼に相応しくない台詞だった。「三日前から勉強始めた奴の言うことか?」はじめが呟くと「それを言ったら終わりだ」となぜか真面目顔。
「なんだかな」と軽く笑いながら鞄に教科書を詰める。終わった所で立ち上がり、途花と以走と共に教室をでる。下駄箱についた所で後ろから「まって〜」と聞こえた。三人は顔を見合わせ「あっ」と一言。
 ぱたぱたと走ってくるは相帯理乃。途花とは対象的で、地面に着きそうなほど長い髪におっとりとした性格の少女だ。彼女もまた以走と同じく引っ越す前からの仲だった。
 
「はい、河ですけど……」
「あの北沢ですけどはじめ君いますか」
「俺だ。どうした?」電話に出たはじめが声を変える。
「おおっ居たか」
「いないのを前提してるならかけるな」以走の冗談につっこみ入れる。しかし、以走から電話とは珍しかった。それ故に油断できない。
「いや、頼み事あってな」
「頼み事?」はじめが語尾をあげる。
「帰りに夏休み中のことちらりと言っただろ」
「ああ、海と山行くっつーやつだろ」はじめは言われ、帰りのことを思い出す。
 理乃と別れたあと、以走ははじめと途花にいった。「夏を満喫する気はないか?」
 突然の発言に「なに?」と聞き返してしまったが、以走は海と山に行くぞと身振り手振りで説明。予定もなく、いつものメンバーでのイベントともあって途花とはじめは賛成していた。
「そのイベントに先程三人追加になってな。まずはその通知。あっ、理乃もいいって。それで……その三人が『もう一人あてがいる』ていってるんでそいつに電話してくんね?」
「それだけならいいぞ。番号教えて」そう言い、近くにあったボールペンを取り、置いてあったメモ用紙に書く用意をする。
「おおっありがたい。じゃあ言ってくぞ。番号は……」
 すらすらと書いていくその番号に罠があるとも知らず、はじめは全てを書ききった。

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山に行こう!〜五里霧中奮闘記〜前編
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「やはり近くで見る山は違うなー。なんかこう、威厳がある」そんな事を言いながら腕を組む以走。
 たしかに普段遠くから見ていても大きく見えるのに、今はその麓に居るのだ。まわりは緑一色。頂上に登るため、バスで多少上に登っている。
 眺めは滝実の町と大小様々の木々。「きれい」だとか「すごいですね」といった言葉が自然にこぼれる。しかし、
「まだ上がある」
「どうした。突然?」
 はじめにいわれ「いやぁなんとなく」と返す以走。
 そこに「はじめー。帰りのバスの時刻表、うつしてきたよ」と理乃がはしってくる。登山ともあり、いつもスカートを着ている彼女には珍しいズボン姿。
「はじめ残念だったな。今日は理乃の生脚見れなくて」笑いながら昼間から誤解全開のことを言う以走。
「やめてくれ。俺が世間に誤解される」と理乃から視線をはずすはじめ。
 まあ、確かに楽しみだったんだが。
 なんとなく制服姿の理乃を想像する。
「どうしたの」聞かれて現実にもどされるはじめ。完全にあわて「なっ俺はそんな卑しいことそうぞ……」と危うく全てを知られてしまうとこだった。
 しかし、九割方知られたも同然だった。
「えっ……」
 気まずい雰囲気。いまさら「しまった」と思っても、もう遅い。
「理乃。最後のバスいつでるんだ?」以走の声にはっとする二人。
 以走、ナイスフォロー!
「えっああっ!ええっと七時に最後のバスが出るんだって」
 理乃が告げると以走は「そうか」と呟き「ちょっと集まれ」次に散らばっていたメンバーを集める。そして集まった七人に彼は言う。
「最後のバスが七時にでる。オリコンチャート調べだ」
「えっ……」理乃が呟く。
「つまり、このバスに乗り遅れれば……皆ドカンだ。わかるな?」
「わからん」
「オーケー言い方を変えよう。シンプルに一言。死ぬ」
 なぜか以走に断言される一同。
「その失敗しないため、ここに登山決行を宣言する。上で会おう」
 なぜかまばらな拍手。
「いくぞ!!」
「おお!!」
 意気揚々に登山道に向かう一同だった。

 今日はなんだかいつもより賑やかだった。なにせメンバーが四人も増えたのだから、当然その分賑やかさがます。
 前から順に、以走と歩いているのが野波左之助。特徴として挙げられるのは、とにかく背が高いということだ。彼いわく「草食動物を真似していたらこうなった。あいつらは植物しか食べないだろう。そしてでかい。いい例がきりんだな」本当なら学会に発表できると思わず考えてしまう。
 次に途花をはさんで歩いている山谷恵果(左)とその姉山谷静恵(右)
 恵果はえらく明るい性格の持ち主で、そのため途花と歯車がよく合う。
 静恵はどこか大人じみている性格で、そのためかどんな性格の者ともよくなじ
む。
 そして最後に今はじめと理乃と共に歩いている恵果と静恵のもう一人兄弟、山谷恵那。一応長女の静恵。次女の恵那。三女の恵果と三つ子なのだ。長女の静恵はロングヘアーに眼鏡と見分けに利く特徴があるのだが、次女の恵那と三女の恵果は別名『ショートショート』と呼ばれ、その言葉の通り二人ともショートヘアーなため、遠くから判別できるのは、静恵のみと言われている。
 話せば恵果とは違うやわらかな印象で気づけるのだが。

「いや、始め恵那ちゃんが出た時はあせった」
「そうですか?でもあれは私の携帯電話の番号ですよ?私が出るのを知った上でのコールじゃないんですか」
 言われてはじめは「ははは、その通り」と笑うが、心からの笑いでなく外側だけの笑い。なぜなら、あの時の事を思い出したからだった。
 そう、それは数日前……。

「さて、安請け合いしちまったけど、なんか掛けづらいよな」
 メモの電話番号を見ながらはじめは呟く。十一桁の数字が意味すること。
 それは携帯電話の番号だった。
 それはつまり、本人に直接つながる。
 いくら頼まれたからといっても、見知らぬ者からの電話。場合によっては切られるかも。
 不安ばかりがつもる。
 掛けなきゃならない。
 でも気まずい……
 …………。
「ああっ!もういい!!掛けよう。」携帯を取り出し、メモの番号を押していく。
 そして無機質なコール音がなり始める。
 少しづつ高鳴る心臓の音が、彼を余計に緊張させた。
 そして、コール音が止み
「はい、どちら様ですか?」
 女の声がした。
「あの、もしもし?」
 なぜ?なんのために?
「あの、いたずらですか?」
 あの野郎ハメやがったな!!?
 声にならない叫び。彼は手に込められる力をおさえ、深呼吸を一回し
「あ、あの、以走の代理で掛けたはじめと言います。」
「あら、以走さんの代理で……ってえええええええええええええ!!?」
 耳がきーんとする。思わず受話器を耳からはなす。
 受話器からは「どうしようどうしよう静恵さん!」とか「落ち着くの恵那!っとんだ奇襲だわ。」とか「ははははははは!恵那落ち着こう。」などなど、舞台裏の叫び声。
 な、なにがおきてるんだ?
 そんなことを思ってる矢先「ああっ!恵那が逝った!?」などと聞こえ、その数秒後「くっ、今回はあんたの勝ちよ……しかし次は覚えてなさい!あと山、海に関しては恵那も参加すると伝えておいて!交信終わり!」
 そう言い残すとぶつりと電話の切れる音。そして
「あの……もしもーし?」はじめの死にかけた声だけが残った。
  
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山に行こう!〜五里霧中奮闘記〜後編
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 登山道も残すところあと半分。はじめ達は中間地点のちょっとした広場にて休憩していた。トイレと日よけがついたベンチ以外に文明はなく、ただ自然がひろがっている。
「えー、ただいま私たちは滝実山登山道の休憩ポイントまで来ました。いや高い所の空気は混じりけがなくおいしいですねー。この山は高さが千三百メートルとこの辺りでは高い部類の山で、毎年多くの登山愛好者が訪れる穴場です。またこれはあくまで噂なのですが『ここで男女が遭難すると結ばれる』などという話があります。もう明らかに滝実観光部署の情報操作ですね。しかしながらその噂が広まった去年からカップルの登山者が増加。またそれにともない遭難者も増加しましたが、どれもまだ大事には至ってないそうです。
 話が長くなりました。それではリクエストに戻りましょう。滝実在中の七田さん。中学時代の思い出の曲です。ソナタ・アークティカで『Blank File』」
「今日の以走はテンション高いな。それより七田ってだれ?」
「俺の友達」
 なぜかガッツポーズをする以走。
「でもよくそんな噂知ってますね以走さん」
 ベンチに座り、以走の話を聞いていた恵那が呟く。
 以走はそれを聞き「いや、光栄です」と頭を下げる。
 そんな以走らしい行動を見た後、はじめは時計を見た。時刻は十一時。このペースで行けば十二時には頂上につくだろう。
「よしっ。いくか」
 ベンチから腰をあげ、はじめが呟く。
 そうだなと立ち上がる面々。しかしいざ出発と思った矢先、
「あ…あの、トイレに行って来てもいいですか?」
 恵那の申し訳なさそうな声が全員を止める。
 さらに「私も…いいかな?」と理乃まで言い出すしまつ。
 さすがに行くなとは言えない。
 以走は苦笑交じりに「行って来い行って来い」と言い二人の背中を見送る。
 その後彼ははじめに「俺ら先行ってるわ。理乃と恵那をたのんだ」
 そう言い残し、歩き出す面々。
「ちょっと待て。なぜ俺?」
 はじめが疑問を口にするが「はっはっは」と笑い返されるだけだった。

「おまたせ〜。あれ?以走君とかは?」
 理乃と恵那が戻ってきた時、すでに以走達が先に行って十分は経っていた。
「先に行った。それより長いぞ。なんかあったのか」
 はじめが時計を突きながら言う。
「ここからじゃ見えないんですけど…トイレの方がならんでおりまして」
 恵那が苦笑交じりに説明する。
「ならしゃあないけど……とりあえず急ごう。以走達が見えなくなってもう十分位経ってる」
 えっ!と二人。
 ため息のはじめ。 
 とりあえず歩き出す。
 真上に太陽。辺りは緑一色。
 少し遅れたリスタートだった。
 
「…はじめ達遅くない?」
 恵果がポツリと呟く。
 木に光が遮られ、朝方の様に薄暗い登山道のなかを歩く面々がそう言えば、と思い出す。
「遭難したとか」
 さらりと現実的な事を言い出す途花。
「まさか」と笑う面々。
 平和な光景だった。

「迷った」
 行き着く答えがそれだった。
 周りは草の長さは短く、木がまばらな森の中。しかもやっかいな事に、四方八方同じ景色。
 どうやらはずれを引いたようだ。
 どう言う事かと言うと。登山道に入る時にはじめの見た光景は二つの入り口。辺りに看板もなく、ただただ緑が広がっている。三人で協議したのち「左に行こう」と言う事に決定。
 そして、現在に至る。
「うーん。どうしよう、はじめ〜」
「どうしましょう、はじめさん」
 なんとも情けない声を出す理乃と恵那。
 ……頼る気満々!?はじめは声には出さないが叫んだ。
「ああ〜、なんでこうなるんだ。とりあえず上にいくぞ」
 眉間を押さえながらはじめが呟く。
「あの、とりあえず下山した方が良いんじゃないんですか?」
 恵那が不思議そうに言葉をかえす。
「いや、今は下に行くより上に行った方が近い。それに幸いこの山の形は三角形。斜面に向かっていけば黙ってても人のいる場所に行けるだろう」
 確かに二時間、あるいはそれ以上かかるかもしれない道のりを行くより、一時間程度の道のりの方が遥かに生存率の高いといえるだろう。
 恵那ははじめのそんな普通の考えに驚いた。そしてようやく自分が動揺している事に気づいた。
 ここは素直に彼に付いて行った方が良いだろう。
「そうですね」
「よしっ、なら行こう。以走達より早く上に行くぞ」
 そう言うと彼らは歩き出した。
 しかし……そうも簡単にはいかず、様々な障害が彼らを襲った。
 まず始めに現れるは二メートル位の隆起した崖と言うにはスケールの小さい崖。
 これは迂回して対処することができた。
 次に現れるは
「きゃあ!?」
「理乃!?大丈夫か……て、なんだこれ?」
 直径三メートル位で人がスッポリ入ってしまう位深い穴。
 何でこんなものがあるのだろう。
「助けて〜〜」
「ああ!す、スマン」
 理乃には怪我もなく、これもクリア。
 その後も熊が見えただの、狐に睨まれただの。
 蜂に追われるなど、とにかく何かが起きた。
 その都度全力疾走を繰り返せば
「はあはあはあはあはあはあはぁはぁはぁはぁー」
 疲れるのも当たり前だろう。
「なんなんだ、クソ……」
「なんか、恨みでも」
「あるのでしょうか……?」
 木にもたれ掛かり、そんな疑問をついに言いだす三人だった。
 歩き出してどの位たっただろうか。そんなことを考えるが、時計は見る気はしなかった。
 変わった事といえば地上からの高さがまた一段と高くなった事と、時間が目算だが三十分位経った事と、周りの自然が心なしか濃くなった位だ。
 それ以外、なんの進展もない。
 だんだん、歩いているのもだるくなってきた。
 理乃に至っては、もうすでにその域に達していた。
 はじめと恵那から一歩遅れて歩く。
「ペース落とすか?」はじめは何度かその質問をしたが「大丈夫」と強がって見せた。
 はじめは上を見上げる。鳥が見えた。ありえない事だが、なんか「飛べないのは大変だねぇ」とか呟いているように見える。
 ああ大変だよ。
 だから助けてくれ。
 ……クソッ…落ちちまえ。
 しまいには八つ当たり。もう彼の精神状態にも異常の兆しが出てきた。
 そしてその時、
「二人とも危」理乃の声がそこまで聞こえた。
 その後は
「!っくああ!?」
「ひゃあああ!!?」
 悲鳴にかき消された。
 はじめは、自分が落ちているという事しか分からなかった。
 そして次の瞬間、衝撃が体を襲う。
「あぁ、天罰か……?」
「知りませんよ……」
 はじめは上を見る。だいたい四メートル位上に、理乃が血相を変えてはじめ達を見下ろしていた。
 背中が痛かったが、たぶん打ったからだろう。他に痛む部位もなく、手足も動く。それは恵那も同じだった。まったくもって奇跡だ。
 はじめと恵那は、今度は崖と呼んでもなんかしっくりくるような所から落ちていた。
「大丈夫!?」
「ああ、大丈夫だ。恵那ちゃんは?」
「わたしも大丈夫です」
「はぁ、よかった」
 はじめは立ち上がり、恵那に手を貨す。
「ありがとうございます」
 恵那は礼を先にして手を借りる。
 恵那を立たした後、彼は理乃に「左の方に迂回してこっちこれるか?」と聞き出す。理乃は「たぶんー!」と告げる。それを聞いたはじめは「じゃあそうしてくれ!俺らここで待ってるから」「わかったー!」返答した理乃は、はじめの指し示した方へ歩き出した。
「しっかし、とんだ災難だ」
 辺りを見回しながら彼は呟く。
 彼らは、なんとなく今までと違う所にいた。なんか妙に道のような所だ。
 しかし、騙されんぞ。これはたぶん、俺の幻覚だろう。錯覚だろう。
「あの……はじめさん?」
 恵那が口を開く。
「ん?なした。」
「あ、あの、その…ちょっと良いですか?」
 畏まる恵那に、彼は気づいていなかった。
「ああ…なんだ」
「あの、突然で申し訳ないんですけど」
「なぁに。俺の周りには突然な奴ばっかだからもう慣れたわ」
 そう言い、笑い出すはじめ。
 それを聞いた恵那はホットし、言葉を続けた。
「あの!す、すきです!つき合って下さい!!」
「前言撤回。突然だなオイ」
「でも…こう言う以外ないと」
 突然告白されれば、男なんてこんなもんだろう。
 それに……
 彼は考えた事もなかった。
 自分は誰が好きなのかなど。
「あー、悪いけど、時間くんね?」
「えっ?」
 恵那は、いいか、だめかしか返答がこないと考えていなかったらしい。 
「時間って、いつまでですか?」
「あっ……えーっと」
 時間くれといった本人が詰まる。
「いつ、いつですか!?」
 彼女の必死な問い詰めに蹴落とされ、
「そ、そうだ。海まで時間くれ!八月の初めまで!」
「海……?」
「そう、恵那ちゃんも来るんでしょ。あ、えと、まだ頭混乱してるから、もう少し考えさせてくれ!」
 手を合わせ頼み込むはじめ。
 恵那は少し考えた後「わかりました。絶対ですよ?」と言い、この場はおさまった。
 その時、
「はじめー!」
 理乃の声がした。
 そして、理乃が道を歩いてくる。そしてさらに後ろからは見覚えのある顔がいち、にい、さん、しい、ごう……。
 ちょっとまて。
 まさか、ここは、
「登山道か!?」
「えーーーー!?」
 叫ぶ二人。
 うなずく面々。 
 こうして、はじめと理乃と恵那の戦いは終わった。

「いやぁ、ようやく頂上」
 滝実山の展望広場に登頂を果たした八人はいた。
 そこから見えるは、今度こそ滝実の一望。
 山に囲まれた町というのが一目で分かる。
 そして、これを見て以走は自分の中にあった疑問がさらに大きくなった。
「なあ、この辺って変だよな」
 突然の以走の言葉に、全員が「なぜ?」と返す。
「考えてみろ。一番近い町まで行くのに電車で一時間」
「まあ、確かに珍しいよな」
 はじめが呟く。
 確かに、この町から隣町までの距離は尋常ではなかった。
 滝実市自体が大きく、別に遠出しなくても物は揃う。
 しかしそれが、この疑問を自然消滅させてしまう最大の理由だった。
「ならあっちを見てみろ。」
 そう言い、以走は右を示す。
 そこには広大な平野が広がっていた。あるのは道路と線路のみ。他にはなにもない。
「こんだけの町があるんだ。あっちにすぐ町があっても、なにも矛盾しない」
 家も店もない、ただの平野に対しての疑問。
「だからおかしいってか。まあ、そうかもな」
 何もないのがおかしい。
 はじめは初めてそんな疑問を抱いた。
「その事については少し知ってるぞ」
 話を黙って聞いていた左之助が口を開く。
「ほんとか?」
「ああ。これは親父から聞いたんだが。昔、あそこにも村があったらしい。この滝実と同盟……いや、実際はもっと親密な仲だったらしいがな。だがある事がきっかけで戦になったらしい」
「あること?」
 以走が曖昧な所を指摘する。しかし
「いや…そのあることと言うのがわからないんだ。親父もわからん。お袋もわからん。しまいには、この町の資料までも、わからんと記してあるも同然。全部『ある事』で統一。でまあ、この戦は滝実の勝利。で、現在に至ると」
 淡々と告げられる滝実存亡の由来。
 考えもしなかった。
 この地で多く血が流れた事など。
 滝実の成り立ちを言い終わる頃には、なんかすっかりムードが暗くなっていた。
 ズンと重たい空気が漂う。
「まあ、話はこの辺でお開きして。登頂写真とるべ!」
 以走が百八十度気分を変え、カメラを取り出す。
「いいねー!まってました!」途花の明るい声がそれに続く。 
「よし!善は急げだ!全員並べー!!」
 セルフタイマーをセットし、慌しくなる面々。
「はじめ、こっちこっち!」
 そんな声が聞こえると同時に引っ張られるはじめ。
「おおっ!?」
 一メートルほど引っ張られた後、止められたかと思うと右腕に誰かが抱きついてくる。
 理乃だった。頬を赤く染め、「いいでしょ?」と呟く。
 断る理由はなかった。
 心地よい理乃の温もりを、彼は感じ続けた。
 そして、
「二かける一は!?」
「にっ!!」
 思い出がかたちになった。

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海に行こう!―海岸青春記―
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「えー、ただ今の時刻十一時をまわりました。暑いです。今日の気温は二十八度と絶好の海日和ですね。ここは滝実に最も近い海です。近いといっても電車で一時間半かかる所にあります。私から見て右手に浅瀬の岩場、正面から左手にかけて続く海!大人も子供もついつい『キャッ』と言ってしまうのは海の神秘でしょう。近況報告はこの辺にしてリクエストに戻りましょう。滝実在中の南さん。バステッドで『WHAT I GO TO SHOOL FRO』」
 語る理乃。
 おおーとまばらな拍手。
 なかなかだと以走。
 なんだ?理乃に感染したと思っているのは俺だけか?
 周りの反応に焦るはじめ。
 しかし……「理乃はバステッド聴くのか?それに南って誰?」
 出てきた疑問を口にするはじめ。
「あー、バンド名、曲名提供」と以走。
「空想人物考案」と理乃。
 妙な計画性に、彼は「よくやるな」と返すので精一杯だった。
 真上に太陽。 
 地面に砂。
 正面に海
 周りは人、人、人。
 改めて海にきたなぁと実感したはじめだった。

「さてっ、昼も食ったし……なんかやるか」
 おにぎりのアルミホイルを丸めながら、以走が呟く。
「なんかって、スイカ割りか?」
 パラソルの下、スポーツドリンクを片手にはじめが言う。
 それを聞き、以走は彼を鼻で笑う。
「ふっ……頭を使えはじめ。海といえば、なんだ?」
「かに捕りか?」
 丸めていたアルミホイルをはじめに投げつける以走。いくら質量の小さいアルミホイルでも、圧縮して硬度を上げ、超高速で投げつければ
「うおっ!いったぁー」痛がらせる事ぐらいはできた。
 以走は息を荒立て「お前それでも夏を生きる男かぁ!?」となぜか怒る。
 はじめは「落ち着け落ち着け。で、なんなんだけっきょく」と次弾を構える以走に問いかける。以走は「まあ、いいだろう。よく聞いた」と怒りの矛をおさめる。
 そして、
「海といえば…そう、『ビーチフラッグ』だ!!」
 なぜか太陽を指差し、叫んだ。

 そんなこんなで幕を開けたビーチフラッグ。
 以走から簡単な説明が入る。
「フラッグに足向けて寝て、合図と共に立ち上がり、フラッグを相手より速く取る!それだけだ!あとはドラマを生め!以上!」
 ドラマって、おい……
 そして以走と入れ替えに静恵からの補足説明。
「対戦方法は一対一。試合方式はトーナメントを採用。そしてより本気になってもらうため、優勝者にはそれなりの報酬もありよ。それは、一回の『絶対権限』!」
「絶対権限?」
「まあ、簡単に言うと、王様ゲームの王様ね」
 分かりやすい例えに全員が納得。だが、
「なにぃ!?」と以走。
「はははっ!ナイス静姉!」と恵果。
「うそぉーー!?」と途花。
「……!」と左之助。
「そうでしたの?」と恵那。
「えーーーー!」と理乃。
「かぁーーー!」とはじめ。
 そんな個々の叫びの後、対戦者決めが始まった。静恵の用意したくじ引きにより、はじめ対途花、以走対左之助、恵果対静恵、理乃対恵那という組合わせになった。
 第一回戦ははじめ対途花。以走いわく「これはどっちが勝ってもおかしくない」と言う。その理由は彼の記憶に残る限り、二人の身体能力はほとんど変わらなかったからだ。つまり、中学時代の成長が大きく影響する。
 はじめは内心、勝ったと思わずにはいられなかった。特に部活に入っていたという訳でもないのだが、彼はバスケットボール部に入っていた友達と共に『下半身強化計画』の名のもと、スクワットやら走りこみなどを三年間続け、常人より優れた足の筋肉を手に入れた。つまり、足には自信があった。

―――俺の三年間、思い知れ―――

 はじめと途花がうつ伏せに寝ころがり、スタンバイする。
 一瞬に込められる緊張。
 思えばこの感覚、久振りだ。
「したらいくわよー。よーい…」
 静恵が言う。
 はじめは握っていた手を開く。そして上腕二等筋に力が込められる。
 勝負は一瞬で決まる。
 このスタートダッシュに……!
「どん!」
 合図。
 腕の力を開放し、一気に体を持ち上げる。
 二十メートルほど向こうに、目標の旗はあった。
 立ち膝の状態から左足に力を込め、地を蹴ろうとする。
 しかし、
「うおっ!?」
 砂に足を滑らせ、バランスを崩す。
 転倒。
 はじめの三年間は、足場の悪さに負けた。
 
 その後の展開も、予知せぬ事の連続だった。
 二回戦の以走対左之助では、左之助の長身が仇となり、立ち上がりの速さで以走に負け以走の勝利。
 三回戦の恵果対静恵では一見、インドア派に思われた静恵だが、その韋駄天のような速さで恵果に圧勝。そしてこの戦いにより静恵は「お姉さまに勝つなんて一世紀早いのよ」と名言を残し『頼れるお姉さん』から『悪の女幹部』と進化した。
 四回戦の理乃対恵那では、互いに一歩も引かず互角の戦いが繰り広げられたが、理乃の飛び込みの速さが決めてとなり、理乃の勝利。
 そして準決勝。
 理乃対以走、静恵対途花といった組み合わせとなり、まず理乃対以走戦が行われた。
 この戦いでは、以外にも理乃に勝利がわたされた。以走の敗因は、旗に触りはしたが、掴むことはできずそのまま砂浜につっこんだことだった。彼は「俺としたことがぁ!」などと言いながら海に走っていき、帰ってきたと思えばなぜか手に十センチほどの蟹を持っていた。両手で蟹のはさみを左右両方おさえ、蟹の自由を奪い「蟹だ!」などと言い出す始末。しかしその後、途花にストレート勝ちした静恵に「蟹の気持ちになりなさい」と袈裟固めを極められ、沈黙した。
 そして決勝。
 誰が予測できただろうか。
 この展開を。
「ふっふっふ。よりどりみどりとはこの事ね」
 静恵の呟き。
 敗者に残された手段は、ただ祈ることだけだった。
「まだわからないよ?」
 理乃の言葉に振り返る静恵。向かい合い、目線が合う。
「あら、そうかしら。私の見る限り、あなたは運がよかっただけだとおもうけど」「なっ」
「それに……私の欲に勝るものなんて、この世には存在しないのよ!つまり、運だけあなたに負ける要因は、一ミクロンとないの。おわかり?」
 『悪の女幹部』が笑う。
 言われ放題言われた理乃は、こめかみのあたりをヒクヒクさせ「そう……な、なるほど……」静かに言う。そしてこの後、はじめは身の毛もよだつような光景を見た。なにが起きたか知らないが、理乃の目に静恵と同じものが宿っていた。形容するなら、今の彼女は駄天使……
 悪の女幹部対駄天使。 
 歴史に残る戦いだと、いつの間にか集まった見物人の一人が呟いた。
「準備いいかー?」
 復活した以走がだるそうに言う。
「ええ……」
「いいよ……」
 以走の顔が引きつる。彼も気づいたらしい。
 この二人が、いつもと違うことに。
「あ、じゃあ、はじめるぞ、よーーい」
 二人の体に力が入る。
「どん!!」
 今日最後の合図。
 はじかれた様に起き上がる二人。
 コンマの差だが、静恵の方が早く走り出す。
 静恵と理乃に差が出る。
 理乃の一歩前に静恵。
 見物人の予想どうりの展開。
 しかしこの後の出来事を、見物人は予想できただろうか。
 静恵が旗を取る直後、旗が倒れ静恵の手が空を切る。
 しまったと思うが、時はすでに遅かった。
 勝者は理乃。 
 全員がよかったと安心する中、はじめは妙な寒気を感じた。
 理乃が、まっすぐこっちを見ているのだ。
 ……まちがいない。あいつの狙いは……
「はーじーめっ」
 俺だ!!!
 脱兎のごとく走り出すはじめ。
 こうして、ビーチフラッグは幕を閉じた。
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 はじめは浅瀬の岩場に来ていた。そこは深い所でも腰位で、ごつい岩があちらこちらにころがっている。小さいものはバスケットボール位だが、大きいものに至っては家一軒分位ある。
 はじめはその中からベンチ位の大きさの岩に腰をかけ、海を見た。 
 どこまでも続く水平線。
 時間も、この水平線と同じように果てしなく長いものだったらな。はじめはふと思った。 
 彼は、恵那からの告白に対しての答えを、まだ出せずにいた。
 自分は彼女が好きなのか。
 違うのか。
 そもそも『好き』という感覚がわからなかった。
 自分が彼女をどう思っているのか。それすらわからずにいるのに、彼女の思いを受け取るのは失礼すぎるし、いつか彼女を悲しませることになる。
 しかし、理由もなく断っても、彼女を悲しませるだろう。
 八方塞がりとは、まさにこの事だろう。
 ため息をつき「かっこわる」などと一人言をもらす。
 その時、
「なんだ?ふられたか?」と聞き覚えのない声が、はじめの耳に入る。
「えっ?」
 はじめは声のした方を向く。そこには一人の青年がいた。背も歳もはじめと同じ位で、短い髪の活発そうな青年だ。手に二メートルほどの釣り竿を持ち、はじめの隣に座っていた。
 水面に浮かぶウキから目を離さず、彼は再び口を開く。
「いや、なんか辛気くさいからよ。それにさっきの一人言。彼女にふられたんだろ」
「……いや、その逆だわ。告られて、どうしたもんか悩んでる」
 名前も顔も知らない相手に、はじめは自分の悩みを打ち明けた。なぜかはわからないが、彼になら話してもいいと思えた。
 彼は苦笑しながら「うわっ贅沢な悩みだな」と言う。
 確かに世の男達からすれば、これほど贅沢なことはない。
「別に好きならオーケー、好きまで至ってないならノーでいいだろ」
「その好きなのかどうか分からないから、こまってるんだ」
「はっ!?重傷でしょ」
 釣り竿を引き上げ、しかけを掴む。
「んー、考え方かえたら?」
「考え方……」
「その子と一緒にいて楽しければ、それでいくないか」
 言いながら、次のポイントにしかけを投げる青年。
 一緒にいて楽しければいい。
 投げやりでありながら、思いやりのある一言に、はじめはさらに悩んだ。
 普段意識した事のない事だった。
 どうだろう。恵那と一緒にいて、楽しいだろうか。
「……」
 分からん。これも分からん。
 頭を抱えるはじめ。
 その様子に見かねて、青年はさらに言った。
「分かった分かった。したらよ、彼女のためになにしてやれる?」
「なにって……」
「あ、考え込むようならだめだ」
「え?」
 青年がはじめの顔を見る。
「お前は、彼女を愛してない。なにできるって聞かれて詰まったろう。お前が彼女のこと本気でおもってるなら。愛しているなら、迷わず出るはずだぜ?『命かけれる』て」
「命……あ」
 瞬間、はじめの脳裏に、十年前がよぎった。

―――泣くなって。あー、丘でも約束したろ。なっ?
―――だって、だって、
―――ん〜、分かった分かった。俺がお前に約束する!
―――はじめが?
―――そうだ!二十歳までに、絶対に会う!
―――……ほんと?
―――ああ。お前のために命かけてでも会いに来る!
―――……わかった。
―――約束だ。忘れるなよ、理乃。

「……」
 はじめは笑った。忘れるなって言った方が今まで忘れててどうする。
「……なんか、わかったか?」
 青年の問いかける。
「……ああ。俺、誰が好きか、わかった」
 そう言う彼の目に、もはや迷いの曇りはなかった。
「そっか」
 一言返事を受け、青年が立ち上がる。
「なら、がんばれよ」
「まかせろ。……あ、待った」
 はじめが青年を呼び止める。
「ん?」
「世話になったし、名前聞かせくれ」
 聞かれて青年は答えた。
「南裕樹だ」
「!」
「んじゃ、また縁があったら」
 そう言い残し、南は去っていった。
 残されたはじめは「こんな偶然あんだな」と一人呟いた。
 太陽は、沈み始めていた。
 
 夜の海。
 光源は月にかわり、あたりをやさしく照らしていた。
 はじめは砂浜にうつ伏せとなり、息を潜めていた。彼の視線の先には、理乃がいた。両手で膝を抱えて座り、海を見ている。
『さて、どうするか。いかに劇的に現れるかが、成功率につながるかもしれん』
 そんな事を考えながら潜むこと早十分。
『よし!いまだ!』
 どう今なのかは定かではないが、彼は動いた。
「失礼」
 静寂に響く声。
 理乃は振り向く。そこには草の茎を煙草のように咥えたはじめがいた。
「お嬢さんは『待ち人』ですか?」
 草の茎を左手に持ち、右手を差し伸べる。
 理乃は苦笑しながら「はい、そうですけど?」とはじめの右手に手をかける。
「よかった。ちなみに私は『待たせ人』でして。いやよかった」
 右手で理乃を立たせ、向き合う。
「とまあ遊びはここまでだ。俺にもやはり親父の血が流れているらしい。突然ですまんが聞いてくれ」
「うん。いいよ」
「理乃、好きだ。ん、んー。愛してる」
「ほんと、突然だね」
 顔を赤く染めるはじめ。滅多にない光景に理乃は思わず笑う。
「ふふ、でも恵那ちゃんの方はいいの?」
「ああ、さっき伝えたよ。理乃が好きだって」
「……私でいいの?」
「当たり前だ」
 断言するはじめ。
 理乃は少し考える素振りをした後、彼に言った。
「ごめん」
「なぁ!!?」
 一気に顔のデッサンが狂う。
 背筋が引っ張られる感覚に襲われる。
「うそ。いいよ」
「へっ!?」
「ごめんごめん、そんな動揺すると思ってなかったから」
 笑いながら言う理乃。
 崩れ落ちるはじめ。
「理乃、冗談きつい。ってまじか!」
「うんうん、ほんとにいいよ」
 そう言い、理乃ははじめに寄り添う。
 いいムード。
 単純にそう言い現せる状況だった。
「あー、えと」
「はじめ、『絶対権限』使うよ?」
 彼女が呟く。
「ああ」
「キスして……」
「あーーー、かはぁ!?」
 驚くというよりびびっている。
「いいから、ね?」
 言いながら、目をつむる理乃
「あっ、うん」
 そして、二人の唇がかさなり、二人は十年という月日を経て、恋人同士になった。
2004-04-29 02:17:01公開 / 作者:森山貴之
■この作品の著作権は森山貴之さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
時間がない。高校て大変だ。なんだかんだで二週間ぐらいほったらかし。すいません。しかし今回で軽いノリは終わらせて、次からははじめに困ってもらいます。それでは感想の返答開始卍丸さん、更新です!しかし揺れ動くどころか意味不明な展開に!怒らないでください(笑) 神夜さん、はい!負けません。心はいつでも突撃主義!(おいおい)まだまだ終わる兆しがないですが、閲覧お願いします!そしてまだまだ未熟者なのでアドバイスなどもおねがいします!また読んでくれた方ありがとうございます!!これからも頑張ります!!
この作品に対する感想 - 昇順
まだ何とも言えない展開ですが、とりあえず「読んでますよ」という意思表示で。落ち着きのあるタイトルに惹かれました。あけすけな家族ですな。
2004-04-04 19:12:52【☆☆☆☆☆】明太子
読ませていただきました。んー、長い部分は改行した方が読みやすいですよ。まだまだ序章なので、これからが楽しみです。頑張って下さい。次回から、点数をつけさせていただきたいと思います。
2004-04-04 19:23:03【☆☆☆☆☆】冴渡
読ませてもいました。前半の家族の会話が個人的に好きですね。この後のストーリーに期待です。あ、一つ。『以走』って何て読むんですか?読み方が間違っているとあれなので教えて頂けると有り難いのですが……
2004-04-06 18:47:06【★★★★☆】神夜
真っ当な青春小説のかほりが漂ってきました。このまままっすぐ走るのかそれとも裏切るのか楽しみです。丘を登るシーンは期待と興奮の様子が伝わってきますね。
2004-04-07 23:45:13【★★★★☆】明太子
「いそう」で「以走」ですか。一応読み方はあっててよかったよかった(ぇ この章の最初のコメンをした人、あれはやはり『○』?(オイ その人が誰であれ、これからどう関わってくるのかが楽しみです。
2004-04-08 20:00:00【★★★★☆】神夜
読ませていただきました。こういった作品を読むと、なんとも落ち着きます。物語りが大きく動くのは今後の展開でしょうが、更新を楽しみにしておりますので!
2004-04-09 09:01:00【★★★★☆】卍丸
いろいろな人が出てきますね。でも楽しい人ばかりで読んでいるこっちまで楽しくなります。最後の会話の方は、自分的にグットです(ぇ
2004-04-10 12:52:19【★★★★☆】神夜
入学シーズンのテストは実力テストですから、自分は捨ててますね(オイ っとんなこたあどうでもよく、(ぉ 物語のほのぼのは本当に良いですね。読んでいるこっちまで暖かい気分になります。……ほのぼのなのか?(と書いたあとに少し思ってみたり……ぇ これからも学校など陳腐な代物(オイ)に負けないように頑張りましょうね!!
2004-04-16 21:20:11【★★★★☆】神夜
計:24点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。