『今日と言う日の価値』作者:ヨミビト / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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 私の眼にうつる景色が、全ての光景が目新しく新鮮に写る。
 何十年と見てきたこの広い公園の景色がこうも違って見えるとは!
 今の私は昨日までの私とは違う。全てのものを見る事が出来、全ての人に話しかけることが出来る。
 穏やかに吹く風が頬に当たる感触が、優しく降り注ぐ太陽の光を浴びる日光浴がこれ程気持ちの良いものだったとは、そして目的を思い出した。
 さあ探しに行こう、ずっと前に一度だけ見たあの人を。
 そう思ったところで、私はつばの両側を山高帽のつばのように少し巻き上げた帽子を右手で押さえたいつものポーズを取っている事に気が付いた。
 少し苦笑して帽子から手を離した。今日はこんなポーズを取らなくても良いにもかかわらず無意識の内に手を帽子に近づける私がいた。
 普段の習慣とは恐ろしいものだ、何十年もこの格好をしていると何も考えずともポーズを取ってしまう、まあ仕方ない。
 そしてゆっくりと歩き出す。体はまだいかんせん硬いがじきに慣れるだろう。
 一歩一歩進むごとに私の眼には少しずつ違った光景が見えてくる。毎日毎日見ていた桜の木も広い花壇に植えられた花も違う表情を見せている。
 だがどうにもゴミが目立つのではなかろうか。私のいた所は清掃員が居てそうでもなかったがここは酷すぎる。空き缶にタバコの吸殻、お菓子のパックその他諸々が散らばっている。
 ここの掃除は誰もやっていないのだろうか?と首をかしげながら私はゴミを拾う事にした。
 一つ一つ拾い残しがない様にしながらゴミ箱へと行ったり来たりしながら四回程の往復で事はすんだ。
 ふぅ、と息を吐くといつの間にか乱れていた服を直しほこりを払うと再び私は歩き出した。
 だがしばらく行くと白い服を着た子供がうずくまっているのが見えた。どうしたのだろう? 私は声をかけることにした。
「どうかしたのかい?」
 声をかけると子供はゆっくりとだが顔をあげた。どうやらまだ幼い少女の様だ。眼に涙を溜め泣いている。
「何かあったのかい?」
 再度問いかけてみる。人と話すのは初めてだが問題ないだろう。
「ぐす……ママが……どこにも居ないの」
 どうやら迷子のようだ。恐らく母親の方も探し回っているだろう。何とかしなければならないか。
「そう、じゃあ私が一緒に探してあげよう。丁度私も人を探していた所だ」
 かがみこんで女の子に目線を合わせると私は言った。
「本当に……」
「本当だよ、でも私もそんなに時間があるわけじゃないけど出来る限り探してあげよう」
 そう言うと私は立ち上がる、少女は涙を手で拭くと立ち上がった。
「さあ、行こうか」
 とは言ったものの、はぐれた親を見つけるのにはどうしたら良いのだろう。
 さしあたり良い方法もなく、取り合えず近くを歩いている人に聞いてみる事にする。
「すいません、この子の親知りませんか?」
「さあ知らないね」
「すいません、この子の親知りませんか?」
「はあ? 俺が知るわけないじゃん」
「すいません、この子の親知りませんか?」
「さあ、人に聞くよりもその子に聞いたらどうですか」
 やはり人に聞くのは間違っていたかも知れない。私は立ち止まると溜息をはいた。
「君が最後にママと居た場所を覚えているかい?」
少女を近くにあったベンチに座らせ、隣に同じように座ると聞いてみた。
「噴水……」
「噴水、か」
 再び立ち上がると直ぐ近くに張ってあった公園の地図を眺めた。この公園は結構広い、私が知っているのは何十年も眺めたその一画にすぎない。したがって私は地図を見なければ噴水がある場所さえ知らない。
 少し自分の事を不甲斐ないと思った。
 だが幸いにもこの公園に噴水のある場所はひとつしかない。ここから少し歩いた所にある噴水の広場、直ぐに行けそうだ。
 その事を少女に告げ、再び私達は歩き出した。そこにこの子の親が居る事を信じて。
「早くママに会いたいかい?」
 何か話そうと思い自然と口から言葉が出た。
「うん!」
 純真な笑顔で少女は答えた。この笑顔を見れただけでも今日と言う日は価値がある。
「私もだよ、探し人に会ってみたい。今日限りだからね」
 そして噴水の広場が見えてきた時、少女は突然駆け出した。その先にはまだ若い母親が青い顔をしていたが、少女が笑顔で駆け寄るのを見つけると泣きそうな顔をして両腕を開き抱きしめた。
 もう大丈夫だろう。私はそっとその場を離れ、地図で見つけておいたあの場所へ、女神の広場へと歩き出した。
 期待に胸が膨らんだ。あの遠き日に見たあの人を今一度この眼で見れるのだ。
どんどんと早歩きになるのが分かる。最後には駆け出してそこに着いた時には息が荒かった。
 そう私はついに来たのだ。あの人のいる女神の広場に。
 そこにあの人はいた。遠き日から何も変わらず翼を背に持ち両腕を天に向けて仰いでいる女神の像が。その姿はただ、美しかった。
 今まで何度その姿を夢に描いただろうか、あの日私がここに来た日からこの女神に私は心奪われていたのだろう
 言葉を交わす事など出来はしない。彼女は像であり、私もその範疇にもれぬ。
 じっとその姿を見つめる。時間が流れるのも忘れて。いなくなる私にはもう金輪際見る事は出来ないであろう姿を。
 どれ程時間が経っただろうか、不意に手足が少しずつではあるが重くなっているのを感じた。
 時間が流れるのは早い、それは時間が迫っていることを告げるアラームのようなもの。
 もうタイムリミットか。
 どんどん重くなる手足を無理に動かし私は走った。あるべき場所へ。自分の領域、帽子を被る人の広場へと。
 周りの人々が何を慌てているのかと、けげんな表情で見てくるが今は気にする暇もない。
 間に合わせなければいけない。それが自らの責任であり、そこにいる事が私の役目なのだから。
 そして私は帰ってきた。幸いにも回りに人はいない。もっともいつもここに人が来る事はないが。
 重い手足を動かして台の上に飛び乗ると、帽子を右手でおさえるいつものポーズを取る
 手足が固まってゆくのが分る。これで私は元に戻るのだ。
「神様ありがとう。最後に願いを聞いてくれて、人間になれて、私は……楽しかった」
 上を向き天を仰ぎながら最後につぶやく。紛れもない今の気持ちを。
 今日と言う日は今までの中で一番価値がある。生涯この日を忘れる事はないだろう。
 次の瞬間、私の体は全て固まった。








「ねえママ、私ねあの人と一緒にママを探したんだよ」
 あまり人の来ない帽子を被る人の広場を娘と一緒に散歩していると娘はこんな事を言った。
「あの人もね誰かを探してるって、会えたのかな?」
「そうね、きっと会えたのよ、だって笑っているでしょう。」
 そう言いながら娘が見れるように抱きかかえた。帽子を右手で押さえた像は確かに笑っている。
「また会いにきたいなぁ」
 娘はそうつぶやいた。一体何が娘をこんなに惹きつけるのだろう?
 でももうこの像はなくなってしまう。どこか他の所へ移送するとパンフレットにも書いてある。
「あのね、この人はねどこか遠くヘ行っちゃうの。だから良く見ておいた方が良いよ」
 その言葉にショックを受けたのか娘は黙りこくった。本当に娘とこの像の間に何があったのだろう?
「じゃあ写真を撮っておくから」
 そう言ってカメラを取り出すと像の全体を一枚パシャっと撮った。
 その時一瞬だけ像がわずかにこちらを向き笑いかけたような気がした。


2004-04-04 17:08:16公開 / 作者:ヨミビト
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■作者からのメッセージ
かなり前に投稿したんですがこれで三度目です。
読んでくださった方々ありがとうございました。
この作品に対する感想 - 昇順
読ませていただきました!まさか、像だったとは思いもしませんでした!クセの事の意味がわかった瞬間、思わず「なるほど!」と思ってしまいました。とてもいい作品だったと思います。初めは題名に惹かれてきたんですけど、面白かったです。これからも頑張って下さい。
2004-04-04 19:52:15【★★★★☆】冴渡
計:4点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。