『THE BRAVER』作者:はれま / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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原稿用紙約37.05枚

                
前編

 
最悪な朝だった。何か悪い夢を見たわけでも、起きたら何か見たくも無いものをみてしまったわけでも、先日酔いつぶれて二日酔いに悩まされたわけでも……ない。ただ、気分として最悪な朝だった。
 これも気分の問題なのだろう。頭がグワングワンとなって、ベッドから天井を見上げる視界は回転し、胃の中のものは全て吐きそうに気持ち悪かった。
「あら。気がついた?」
 声がしたほうをどうにか首を回して見てみる。そこにはなにやら気さくそうな女性がいた。青色の髪を腰の辺りまで伸ばし、あまりかざりっけの無い仕事着を着た女性だった。どうしてこの女性はこの部屋にいるのか……。
「あんた、どうしてあんなに酔いつぶれてたの?」
最悪なのは二日酔いが原因か。
「キ、ウップ……」
話そうとすると吐き気がする。それを察して彼女は自分から名乗ってくれた。
「あたしの名前はウィルシュ=デカイン。もう分かってると思うけど昨日あんたを介抱した人間よ」
眉をひそめて少し困ったように話し掛けてくる。どうやらここまで酷く酔いつぶれている男は始めて見たようだ。酒臭いことこの上なさそうだし、普通に接するのもちょっと気が引けるのだろう。
「昨日の夜のことも覚えてないみたいだから一応話しとくわね」
彼女は唇に人差し指を当てて考え込むような仕草を少し見せた後、
「夜中……よね。あれは完全に。アタシがたまたま通りかかったら凄く酒臭い匂いを発してあんたが倒れてたってわけ。それで何か問題になりそうだったから心の広いあたしがあんたを家まで連れてきたやって看病してるわけさ」
姉さん女房って感じだな。こいつは。
「何か言った?」
「ウプッ……」
言えるわけ無いという事をアピールしておこう……。

 どうにか吐き気、頭痛、視界の回転が全部止まったのは4日後のことだった。
 「ようやっと退院かしら病人さん」
この2日間でとっても仲良くなってしまったウィルシュが笑いかけてくる。
「おかげさまで回復いたしましたとも」
この2日間で彼女のことも良く分かってきた。どうやら自分が居候しているこの部屋は彼女の経営する宿屋の一室のようだ。彼女は独身で、親の後を継いでこの宿をやっている。年は教えてくれなかったが、まだ20台……だそうだ。そう言う対象は未だに見つけられていないらしく、独身。
 この宿は大通りの脇にあるというのも理由か、結構な繁盛振りで彼女も忙しいようで、ここの常連の人間の何人かとはすでに友人となってしまっていた。
 しかし1つだけ思い出せないのが、自分が一体今まで何をしていたかということだった。ウィルシュ曰く酒による忘却効果だそうで。そのうち思い出すのだから別に良いのだが。
 「さて、どうする居候?」
「どうするも何も、これ以上迷惑をかけるわけには行かないだろう。出て行くさ」
そう言った俺の顔に、彼女はニヤリと笑いを浮かべた顔を近づけてくる。
「行くアテ、あるの?」
「……無いな」
少し思案して真顔で答えると、彼女は顔を引っ込めた。
「そりゃそうね。大丈夫よ、うちなら。記憶が戻るまでいなさい」
「どういう仕組みだ?」
俺の問いかけに少し肩を落とすと、彼女も真顔になって告げてきた。
「こ・れ・は!アタシの善意!あと、子供たちのお願い!それにお客さんの頼み!」
なにやら色々混じっている。恐ろしい事になっているみたいだ。
「で?結果的に記憶が戻るまで俺はここにいなければならないと?」
「そゆことになるわね。あ、でもこれ強制じゃないから注意してね」
しかしそう言う君の顔は、何としてもいろって顔だ。
「それにあんた名前も思い出せないんじゃアテ探しもできないでしょう?」
トドメの一撃ってトコかな?しかたない。もうしばらくお世話になろう。

 「この位置で見失ったのなら、厄介だな。周囲に多数の町がある。しかもここ。間違ってでもここに逃げ込まれたのなら、抹消にはかなりの犠牲が伴うことになるな」
会議室で片腕の男が地図の一点を指し示した。そこに書かれていたのは『ヴォスタリア』。
ここらの治安を守っているガードチーム『アルデサイド』の本部があるところだ。そこがバッテンの位置……彼らが標的を見失った位置から1番近い都市だった。
「仕方ないが、ここにも送らざるをえまい。周辺の都市はそれ以外全て調べ上げてしまったしな」
お手玉5個を片手でやっている男が返答をした。
「そうだ。何人送ろうか?」
一輪車を頭の上に乗っけてバランスをとっている男が問うた。
「では13送りましょうか?それとも300?」
ストップウォッチをカチカチやっている男が大仰に言った。
「そうだな。300送ろうか?どうせ普通の人間では太刀打ちできないのだけど」
片腕の男が微笑した。

 「平和ねーー」
彼女は椅子に座ってそう言っているが……。先に言っておこう。俺は決して平和ではない。天井の梁に掴まって懸垂。そろそろ300回に届きそうだ。
「そうだな」
しかしこう言わないといけない決まりになってしまっていた。その理由は……。
「よし。じゃあ平和だからご飯にしましょう」
こういうことだ。平和でないと彼女の食事は成り立たない。それはつまり、平和でなければ俺自身も餓死してしまう可能性がでてくるということだ。
「では準備を頼む」
「ええ。それはあたしの役目だものね」
彼女は服の袖をまくると階下へ階段を降りていった。どうしてああいうわけの分からない方程式を立てるのか俺には理解不能だが、それよりも俺のベッドを占領してカードゲームなどに興じているチビどももどうしたものか?ウィルシュが近所の子供たちを預かっているのだが、何故それを俺の部屋に置いておくのか。自分の部屋で遊ばせておくべきだ。俺は食事をとったら眠るつもりなのに……。と、
「きゃああああああああああああ!!!!!」
唐突の叫び声に俺は天井の梁から手を離してしまった。背中から床に落ちる。しかし最初につくのはいつでも足だ。空中で回転して体勢を変える。
俺はそのままドアを乱暴に開けて階段は無視し、階下へと飛び降りた。
声がしたのは恐らく……カウンターだ!
「ウィルシュ!大丈夫か!?」
そう叫んでそちらへと向かうと、彼女は裏口のドアのところでへたり込んでいた。
「どうした?」
さらに不安を募らせつつ、彼女の前方へと移動する。彼女の膝の上には男の頭があった。男はその顔を彼女のスカートに埋めている。
「あ……あ…あ…」
何かされたのだろうか?と、恐る恐るその男の頭を持ち上げると……。
「寝てるのか!!」
そのまま男の頭を床に叩きつける。グシャ という嫌な音を立てて男の顔は床に埋まった。今度はウィルシュに問いただす事にしよう。
「で?どうしてお前は叫び声なんぞ上げるげたんだ?」
「あ……ぇと」
彼女は呆けたように何か意味不明なことを呟くと、ようやく意識を取り戻したように俺の方を見た。
「だっていきなり抱きつかれたら嫌でしょ?」
「ああ。まあな」
そんなことしたのかこいつは。とそいつの、今は床に埋まっている頭へと冷ややかな視線を向ける。
そんなことをされれば誰だって……。
「そうよ!誰だってつい持っていたフライパンでぶん殴りたくなるわ!!」
「こいつが寝ているのはそう言う理由か……」
ついでに鼻血を垂らしていたのも。
「とにかくお前が危害を加えたのならお前の責任だな。しかもところどころ着ているもの切り裂かれているし」
「え?そこまで残酷な事はさすがにしないわよ」
「……え?」
俺たちは数瞬、沈黙した。

 『どうやら1つ、地図に載っていない村があった。奴はそこへ逃げ込んだようだ』
「そうかそうか。ではその村も地図に無いその通りに抹消して差し上げなさい」
『しかしここまでデかなり戦力が減ってナ。わかるだろう?奴は強い。単体でも』
「良いでしょう。あと200。ご自由に」
向こう側の男がフッと軽く微笑した後、短い通信は途切れる。途切れた通信の後の、ツー・ツーという電子音を聞き、男は闇の中で微笑していた。

「また居候が増えるのね……」
よよよ…と泣き崩れるウィルシュを横目に、俺は男をまじまじと見つめた。どこかで見たことのある顔だ……。くっ!?唐突に頭の中にノイズが走って俺は思考を中断した。まだ二日酔いの影響が残っているのか?そんなことを想いながら立ち上がってみる。と、妙な違和感があった。
「ウィルシュ」
彼女はまだ何やらブツクサ文句をいっている。
「ウィルシュ!!」
叫んだ俺に相当ビックリしたのか、一瞬跳び上がって(比喩ではなく)俺の方を見た。
「な、何よ?」
怯えているようだが、そんなことにイチイチ気を配っている場合ではない。
「何かおかしい」
そう言われて、彼女も何か気付いたようだ。窓の外を見る。その空はもうオレンジ色に染まっていた。たしかに何かがおかしいのだ。しかし、それが何なのかわからない。
「声が――」
「何?」
俺は耳を澄ましてみた。しかし子供たちの声はちゃんと聞こえる。
「違う」
「何がだ?」
「子供たちじゃない」
もう一度耳を澄ましてみる。しかし、やはり子供たちの声だ。どこが違うのだろう?そう思って彼女を再度見つめると、彼女は真っ直ぐに外を見ていた。まさか……。
 俺は一歩で3mほど離れていた窓まで飛びつくと、外を見た。
「……」
誰一人いない。ここは大通りだぞ?しかも夕方。いつもなら買い物をする人、仕事帰りの人などで賑わって――。
「ちょっと外へでてくる!ウィルシュ。戸締りをしっかりしておけ!!」
「ぇ…あ、ちょっと!!」
彼女の制止も聞かず、俺は宿を飛び出していた。

 誰一人いない。そんなわけはなと思っていても、どれだけ探しても人っ子一人見つけることができていない。まだ走り始めて間もないというのに息は荒かった。どの建物にも異変は無い。しかし人がみんな、丸ごと消えている。
 じゃあ、俺たちが無事だったのは一体なんでだ?
 ウィルシュ、俺、それにあの男。あとは隣の部屋では子供たちが遊んでいた。
 どうして俺たちだけが無事だったんだ?
 どうしてみんなが消えたんだ?
 様々な疑問符を浮かべる事はできても、俺はどれ1つとしてその疑問符に答えを出すことはできなかった。
 走り回っているうちに、俺はまた宿へと戻っていた。

 「ハア……ハア……ハア……」
宿に帰った俺は、さらに強力な違和感に包まれた。子供たちの声がやけにでかい……。喜声に混じって聞こえてくるのは……。悲鳴!?
「大丈夫か!」
俺はドアを力いっぱい開けると、階段を駆け上がり、まずとにかく子供たちのいる部屋へと走った。つまり……俺の部屋だ。
 いつもならあるはずの扉が、そこには無かった。そして部屋の中には……。
「……あ?」
子供の1人を後ろから抱き込む形になっている。謎の少年が1人。抱きこまれた子供は拒絶している。しかし口は開いたり閉じたりしているのに、声は出ていない。
  ―止めろ!!―
そう叫んだ。そして走り出す。しかし少年は俺の方にニヤリと笑いかけてそのまま力を込めた。
何の抵抗も無い。その子供は少年の体に吸い込まれていった。
「エ?……」
後ろでウィルシュの声がした。あまりの出来事に混乱しているのだろう。それもそのはず。俺だってわけが分からない。抱き込んだだけで人を取り込めるものなのか?しかし俺はそのことについての確認より、彼女の安全を優先させた。
「ウィルシュ!!」
彼女がビクッと反応したのがわかる。
「あの男を起こして逃げろ!!多分あいつの傷はこいつらによるものだ」
俺の視線の先にあったのはどう考えても人のものではない鋭く太い爪。きっとあの服の破れはこいつにやられたのだろう。
しかし彼女の足は恐怖ですくんでしまっているらしく、動く気配が無い。俺は嘆息して、彼女の方を振り向いた。
「居候にもたまには役をくれ」
フッと笑いかけてやる。そして突進。
 俺は彼女の細いウエストを掴んで抱き上げると、廊下を走って寝室の1つへと来た。
「さっさとぉ。起きろ!!!」
ゲンコツ。その一撃で男は目を開いた。とりあえず起き上がる。ボーっと数秒俺のほうを見たあと。
「オヤス…」
「寝るな!!」
もう一度ゲンコツをかます。ようやく男はおきた。
「……ここは?」
「宿屋だ。もう壊滅寸前だけどな」
ドン!!
という巨大な音と共に壁がぶち抜かれ、あの少年が現われた。
「とりあえず聞こう。何だあれは?」
「平気だ」
「や、お前の気分なんて俺は聞いていない」
「うん?申し訳ない。兵器だ」
何だ…兵器か。と、ちょっと待ってくれ。
「あれは人じゃないのか?!」
「普通の人間が壁なんてぶち抜けるか」
確かに、正論だ。しかしじゃあ何でその兵器がこんな所にやってきているんだ?
「事情はあと。とにかくキミはこれを持って、彼女を連れて後ろに下がってろ」
そう言って男が投げてよこしてきたのは小さな四角い、平べったい物体。
「何を――」
「事情はあとだ。言うとおりにしてくれ」
そう言うと男は手の甲あたりから何かを引っ張り出した。それによって拳を覆う。どう見ても対兵器用とは思えないが…。あれは、ナックル?
「怪我するからな」
俺は男の言葉に一瞬恐怖に似たようなものを感じ、急いで彼女をお姫様抱っこして後ろの壁にまで下がった。
 振り向いた途端。甲高い金属音が連続して聞こえだした。男の方が拳を突き出し、少年の方がそれをガードしている。少年の腕には何の装飾品も見られない。やはり少年は兵器なのだろう。しかしそんなものと互角にやり合っているあの男こそ何ものだ?
「は!!」
男が気合を入れた声。どん!と巨大な音がしたかと思うと、少年が天井に押し付けられていた。男が押さえ込んでいるわけではない。きっと、男が拳で殴り上げたのだろう。男はそんな状態の少年に追撃を加えるべく、跳んだ。次に突き出された拳にはなにやらトゲのようなものが5本ほど見受けられる。その拳が少年の頭部に思いっきり叩きつけられた!!
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「で?状況を説明してくれるのか?」
「するもしないもしなきゃ始まらんだろう」
男は少年の額に手を当てている。先ほど殴ったところだ。
「これはある組織の兵器『メカドロイド』だ。なんと言う組織かは国家機密だから本来ならいえないのだが――」
「だが?」
俺は興味深そうに聞き返した。聞き返して、後悔した。
「いわない」
やはり。こう言う場合は教えてくれないものだ。
「それはともかく、このメカドロイドというのは、当然ながら人ではない」
「そらそうだろう」
「機械だ」
あのトゲつきナックルが再び少年の腹部にぶち込まれる。さらに少し横に引っかくようにした。皮膚の破れたその内側は、明らかに金属によって形成されていた。
「い?」
機械。つまり、ロボットか。
「メカドロイドは一種の旅人だ」
旅人?俺は口に出さずに聞き返したが、男は答えた。
「そう。主を探しさまよう旅人。しかしこいつには本能・理性無く、ただ身体だけが自分と共に戦える者を探し続ける夢遊病者」
男は少し辛そうにその少年を見下ろした。
「しかしもとは一般の人間と同じく本能を持ち、理性を持ち、善悪の判断がつくはずだった。その上で自分とのシンクロに絶えうる人間を探す」
「それをその組織がぶち壊してこの夢遊病者にしたってことか」
肯定の頷きを返してきた。
「許せないな」
「まあ、今向かってきたのは奴らが独自で開発した量産型だが、そうだろうな」
男は立ち上がると、先ほどは返せといったあの四角い平べったい物体を俺に投げてよこした。
「何だ?」
それを受け取って、俺は聞き返した。
「ここに来てみて、思った。キミはやはり平和に生きるのが良いと」
「……何?」
何を……言っているんだこの男は?
「だがやはりキミの力が必要だ」
「力?」
俺にそんな力はない。そう続けようとした俺を、男は制した。
「俺に力を貸してくれ。今だけで良い。頼む」
男が頭を下げてきた。ナ…何なんだ?
 あの兵器をぶち壊し、自分が何かのエージェントのような事を言っていた男に頭を下げさせる俺は一体…。
「全てはそのチップを受け入れれば思い出す。自分の力、状況、過去、それに俺との関係性。後は……何故あそこまで酔っていたか」
この男は……何を知っているんだ?
「どうだ?記憶も戻ってくる。全て分かった上で、今日が終われば今までと同じ生活に戻れ…」
 ―――同じ生活……だと?……―――
相手の言葉に理性が吹き飛んだ俺は、男が話している途中で男の襟首を掴み上げていた。
「ふざけるな!!!今までと同じ生活だと!?町のにぎやかさは!客人は!友人は!子供たちは!戻ってくるのか!!?それに俺が過去を知ったとして、それで俺は今までと同じ生活が送れるのか!!今までと同じように心から笑い!ふざけ!楽しく生きられるのか!!!」
俺は衝動的に拳を振り上げた。しかしその腕に何やら重石がつく。
「ウィルシュ……」
彼女は首を横に振っている。それだけが分かって、俺は拳を下ろした。男も解放してやる。
「……すまない」
男はそれだけ言って、窓のサンに立った。本当に申し訳なさそうな顔を向けてくる。
「言い方……いや、それ以前の問題か。そうだ。お前はもう戦いの中に戻るべきではない」
スッと男が指差したのは自分が行くのとは反対の方向だった。
「そちらへ真っ直ぐ行けば、ミラルダという街に行き着くことができる。しかし少し長い道のりになるだろうから、食糧や飲み水はしっかり持っていったほうが良い……」
「オイ」
「気をつけていけ。キミだって決して狙われていないわけではない」
「!!?」
「もてるのだから」
こけた。痛む頭を押さえつつ、立ち上がる。再度見上げた男は、笑顔を浮かべていた。
「じゃあ、幸せにな」
男は、窓から飛び降りて、消えた……。


 「ほほう…この大群相手に、よくぞ1人で向かってきたものだ」
ここは村の入り口付近。『メカドロイド』の大群の最前にいるのは、片腕の男。その男は笑っていた。醜悪な顔で。
「悪いが今日は引かないぞ。アッシュ」
男は、片腕の男―アッシュに向かって宣戦布告した。右拳には例のトゲつきナックル。左腕には何やらマシンガンのようなものを装着している。
「何かあったのかな?」
「いや、別に。ただ……この追いかけっこにも飽きてきたと思っただけさ!!」
足が地面を蹴る。その強大な脚力は、軽々と男自身の身を運んだ。左腕の銃が火を吹く。
 それはガトリングガンの連射性を備え、小型ミサイルほどの攻撃力を持ち、ハンドガン並の軽さを身につけた強力な銃だった。
 一撃でその軌道上にいたメカドロイドが全て吹き飛ばされ、沈黙する。
「はっはっはあー!!!」
アッシュは高笑いを上げると、メカドロイドたちに許可を出した。
  ―行け!―
その許可により身体能力を抑えるシステムを解放された大量のメカドロイドが、男へと襲い掛かった
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


後編


「……落ち着いたか?」
「……うん」
ウィルシュは俺の腕の中でしばらく泣いていた。俺は何も問いかけず、彼女も何も言わなかった。
しかしここに来て彼女の泣き声が聞こえなくなってきていたので、俺は彼女に話しかけてみた。 
「あの男の人……大丈夫かな?」
「さあ。どうだかな……」
心配ではあるが、俺にできることなど……
 ―――俺に力を貸してくれ。今だけで良い。頼む―――
そんな男の言葉が脳裏に浮かんだ。そうだ。俺の力を貸して欲しい。男はそう言っていた。
 未だに手に握っていたあのチップ。受け入れれば全てを思い出すといっていた。しかし、前の俺がどんな人物だったかは分からない。性格なぞ、全く違っていたかもしれない。それによって、ウィルシュに被害が及んだら、どうする?俺が黙りこくっていると、今度は彼女が俺を抱きしめた。
「大丈夫よ。行ってきたら?アタシは待っているから……」
何?待っている?
「いや、1人は危険だ。別働隊がいないとも限らない。あんなのと戦う力も、キミには無い」
「力なんていらないわよ。ここがあればあんな金属の塊いくらでも葬れるわ」
目の端に涙を浮かべながら、彼女は精一杯の強がりを言った。何を言っても無駄だろう。俺もそう感じて、それ以上は言わなかった。
「じゃあ、馬車を村の裏側に止めておいてくれ。荷物もとりあえず積んで――」
「アタシはどこにも行かないわ。ここにいる」
「……」
「あんたが倒れる事なんて、酒たっぷり飲ませたときくらいしかないもの。帰ってこれるわよ」
「……」
「だからアタシはここにいる。あんたが立ったまま、動かなくなっても、ずっとね」
「……」
「ま、まあ、そんな骸骨みたいに痩せたくもないから、ちゃっちゃと片付けて帰ってきちゃってよね」
「ウィルシュ」
再度今度は俺のほうが抱きしめた。守らなければならない。彼女だけは。守らなければ……いけないんだ・・・・・・・。
「え?」
彼女の困惑した声を、俺は白い光の中で聞いた。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 「グ……」
銃口の先にいた敵が全て消し飛ぶ。しかしそれでも十数体程度だ。その反動がまだ腕に残っているうちに次の集団が飛び掛ってくる。左腕はもう限界だった。
「情け無いなあ!!これくらいでまいっていて、よく組織最強の男が張れていたものだぁ!!」
アッシュの声が彼の体中に響いていた。しかしその響きが静まれば、次に聞こえてくるのはメカドロイドたちが飛び掛ってくる音。
「誰が好きで野郎と抱き合うか!!」
疲れた体をおして、敵集団へと銃を向ける。その銃口から放たれた何発もの銃弾は確実に敵を吹き飛ばした。しかしそれだけに終わらない。男はそのまま左足を軸に銃のトリガーを引き続け、回転した。360度全方向の敵が破壊されていく。その行動は一回転だけに留まらなかった。二回転三回転。何度も回転していく。銃が弾切れを起こした時には既に彼の腕も限界に来ていて、銃は最後の発砲の反動で男の後方へと吹き飛んで倒れこんだ。
「ほほう、よく頑張った。『FIRST STAGE』クリアだ」
残り1人となったアッシュは、呑気に男に拍手を送っていた。
「さすが組織ナンバー1『ラフェル=A=バロン』だ。素晴らしい曲芸をどうもありがとう」
「黙れ」
男―ラフェルは完全にイってしまった左腕をだらりと下げながらも、アッシュの方へと向かっていた。その足取りもどこか危ない。ラフェルがどうにかアッシュの元へと辿り着いたと思ったら、アッシュは大きくジャンプして先ほどまで彼がいた場所に移った。振り向いたラフェルに、アッシュは言った。
「では『SECOND STAGE』の開始DA」
アッシュの後ろに、誰かが現われた。女だ。黒いコートに全身を包んでいる為、どんな人間かはわからない。いや、ラフェルからすれば、相手はすでに人間ではなかった。圧倒的な光が一瞬だけその場を支配する。その次に立っていたのは青い『アーマー』を身にまとったアッシュだった。かろうじて顔だけがアーマーの外から見える。それ以外はアーマーに隠れて全くといっていいほど見えない。
「お前も見たことはないだろう?世界にたった8体しか存在しない、合体できる『メカドロイド』だ。それ以外の『メカドロイド』たちは皆300年前の我々の電磁攻撃でイかれて、今ではそのほとんどが殺戮を繰り返すだけの『無有病者』だ!お前の相棒も、そうだったな。まあ、どうしてか夢遊病者ではなかったが合体はできなかった。『カラサリス=D=シャルリル』という名の……もっとも、今ではもうお前のもとにいないがなあ!!」
アッシュが両肩の大型ロケットランチャーの照準をラフェルへとあわせた。直後に、ロケットランチャーは火を吹く!ラフェルは後方へ大きく跳ぶと、右手で自分が取り落とした銃を拾い上げ、ロケット弾の軌道上に放って自分はさらに下がる。ロケット弾は想像通り銃に当たるとそこで爆発した。
「ラフェルゥゥ!!アガケ!アガケェ!!生きられた時間が長いほどお前の墓標も素晴しいもノにナルゾォ!!」
アッシュはアーマーに包まれたその巨大な体躯で飛び掛ってきた。
「お前なんぞに墓標を立てられたくはない!!」
ラフェルも腰のホルスターからマグナムを抜いた。



 ドクン…………
 …………ドクン
2つの心音は全く違ったタイミングで打っていた――
 …ドクン………
 ………ドクン…
しかしそれはゆっくりとタイミングを合わせ始め――
 ……ドクン……
 ……ドクン……
やがて一つとなった。ゆっくりと目を開ける。そこは、いつもと同じだった。違うのは、もう1人、同じ視界で周りを見ている者がいること。
『ウィルシュ。ドンナ感ジダ?』
「どんなって……何にもわかんないわ。見えたり聞こえたりはするけど、なんか中に浮いている感じ。ちょっと頭くらくらするし」
『急イダ方ガ良イヨウナ気ガスルガ、ソッチハ本当ニ大丈夫カ?」
「大丈夫よ。行きましょう」
2人は、全く同じ動作で窓から飛び立った。


ガチン!!
マグナムのゲキテツが大音量で残弾0を伝えた。
「ク!!」
同じ箇所に連続して攻撃をし、どうにか装甲を破ろうとしたが、それも叶わなかった。傷1つついていない。アッシュはラフェルの悔しげな顔を見て、ニヤリとした。
「どうするぅ?ラフェル。相棒を逃がしTAのは失敗だったなあ」
「?!」
ラフェルは動揺したが、表には出さなかった。
「隠さなくて良い。モウワカッテイルンDA。第一、この村に奴が逃げ込んだのはもうとっくに知っている事だったからな。追っ手は常に放っておKUものなのだよ」
実に嬉しそうな顔をして言い放つ。
「だGA無駄だよ。今からあいつを連れてきたところでただ強力な武器が手に入る程度だ。記憶をなくしているからアイツハタタカエナイダロウ。俺のように合体もできやしNAい。そうだ!これが終わったらあいつの墓標も立てに行こう!2人で仲良く並んで立ててこうか?」
アッシュの高笑いがまた始まった。ラフェルは空を見上げてみる。と、その瞳に天使が映った。
「そうだな。あいつは俺とは合体しようとしなかった……」
自嘲気味に呟く。アッシュにはもちろん聞こえていない。だから、次は大きな声で叫ぶ。
「だけど、お前の情報は間違っていたようだな」
「アアン?」
「墓標を立てられるのは、お前だ」
ラフェルの呟きとともにとんでもない衝撃がアッシュの体へ届いた。それは、その厚い装甲にひびを入れるほどの力。その力は標的と共に地面をも深く抉っていた。
「な、ガ……何ダ……と?」
アッシュの目の前に降り立った者は、彼と同じように鋼鉄の鎧を纏っていた。しかしその鎧はアッシュの黒とは正反対の真っ白で、本当に天使を思わせるデザインだった。しかしその翼の下には大量のランチャーが隠されている上、肩にのっているのはレーザー砲と物騒極まりないが。右手は先程の衝撃波を放ったのだろう。煙を上げている。

『バッチリダ』
「何かとんでもないものになっちゃったわね。あたしたち」
『正確ニハウィルシュハ変化シテイナイ。俺ガ包ミ込ンデイルダケダ』
「そう言う表現されると恥ずかしいわね」
『ハズカシガッテイル場合デハナイ。説明ハイタッテ簡単ダ。敵ノ攻撃ヲ避ケテクレレバ良イ。攻撃ハ俺ガスル』
「了解したわ」
彼女が了解するとほぼ同時、俺は翼からランチャーを2丁。片手につき1丁ずつ取り出した。構え、放つ。放つ。放つ。放つ。相手は軽く受け流そうとしたらしいが、それほど楽に受け流せるものであったら、俺も撃たない。案の定相手はその弾丸の嵐をまともに受け、後方に吹き飛んだ。
『ハ!!』
弾丸の尽きた右手のランチャーを放り出し、今度は肩から背中へと腕をまわす。その腕が戻ってきた時には左手のランチャーも弾切れを起こしており、それを放り捨てる。空いた左手に、右腕でとって来た銃器が乗せた。スナイパーライフルの一種。ただし対メカドロイド用。空へ飛ぼう。そう思ったときにはすでに飛んでいた。
「あんたの考えも大体分かるんだから攻撃だけに集中しときなさい。でも考えるくらいはしといてね。盗み聞きして動くから」
『頼リニナルナ』
彼女に返しながら敵に照準を合わせる。敵もあの程度では参らず、即座にこちらを見つけると何やら鞭のようなものを取り出した。攻撃はさせない方が良い。そう考え、即座にライフルを一発発射する。

 「そんな弾丸ごときデどうしようというのだ?」
光速で飛来してきていたはずの弾丸は、その鞭の一振りでその攻撃力を失った。止められたのだ。その超高温に保たれた赤い鞭によって。
「かなりキタゾお前らの攻撃HA……だから…その代金だ!」
ミサイルポッドの肩が口を開く。中に装填されていたのは何十という数の小型ミサイル。それらが全て、不規則な軌道でウィルシュらへと向かった。

 『チ!』
あれは全て追尾式だろう。だから横にずれたところで無駄だ。こちらも逃げつつ撃ち落していくしかない。ライフルを構え、ミサイル同士が交差したところをしっかり狙って弾丸を放つ。放つ。放つ。よし。爆風に巻き込まれてかなり数が減った。ウィルシュが後退してくれたら……
『?!』
いきなり襲ってきたのは背後からの攻撃。しまった。後ろにもミサイルが回っていたのか。しかしそちらに気をとられたのもまた、失敗だった。
「ちょっと!前!前!」
前方からミサイルが迫ってきている。直撃。片方の翼がその機能を失った。ガクンと落ち始めると、後は簡単だった。そのまま地面に叩きつけられるだけだ。とんでもない衝撃が走った。
『グ……』
「ちょっと。大丈夫なの?」
彼女には痛みも衝撃もいかないようになっている。俺も衝撃は感じるが痛みは感じない。機械だし。しかしアーマーの一部が破損した。マズイ。
 そう思っていた俺に、影がおちた。
「貴様はカラサリスDAな?しかし前の相棒はどうした?ラフェルWO捨て、誰と組んだのだ!?」
そう叫んだ敵はあの赤い鞭を押し付けてきた。
ジュウ……と言う音と共に装甲が溶けていく。俺は黙ったままだった。
「だんまりを決め込むつもりなら、それも良い。私はこのままお前の装甲を焼ききって、中の人間を燻りだしてやろう!!」
さらに温度が高くなる。
(熱い……)
ウィルシュか?熱い?熱が伝わっているという事か!!
『キ…サ…マ…ハ……』
ふざけるなよ……俺…は…ウィルシュを守る為にこの姿になったんだ!!思いっきり力任せに、押し付けられていた鞭を押し返す。
『スッコンデイロ、ケダモノ!!』
鞭を掴む腕にさらに力を込め、投げ上げる。
「馬鹿め!!!」
敵は後方に飛ばされながらそう叫んで、先程のミサイルを、今度は直線的に俺たちへ放ってきた。
しかし何のことはない。ただのミサイルだ。
右手を振り上げれば光剣が出現する。あとは、振り下ろすだけだ。
 振り下ろされた光剣は、距離も軌道も関係なくターゲットを真っ二つにしてくれる。こちらへと飛んできていたミサイルもろとも、敵を真っ二つに切り裂いた。
 夕暮れに包まれた村をバックに、その『ケダモノ』は崩れ落ちた。

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 俺は平和的に食事をとっていた。そう。彼女―ウィルシュが来るまでは。
「第一!一体どれだけ食べれば気がすむワケ!?」
彼女はどうやら怒っているようだ。しかし腹が減っては戦ができない。
「第一!『メカドロイド』のクセにどうしておなか減るのよ」
例え『メカドロイド』でも食欲はある。銃弾を補充するようなものだと思うのだが……。
「第一!どうして機械がご飯食べるのよ!!」
……もう食事は止めよう。彼女の『第一』は多すぎる。
「それに第一…ってどこ行くのよ!!」
「腹ごしらえは十分したから荷物運びを手伝わなければ」
「ちょっと待ちなさいよ!!」
大体そうだが、女というのは前に言ったことと後に言ったことが違う。何故だ……。いや、それは放っておいてとにかく急ごう。今度はラフェルが怒る。

 「そうか。最近キミの調子がおかしいから心配しているんじゃないか?」
「そうは見えないが……どちらかというと、俺の不手際に激怒しているようだった」
「乙女心はそう単純ではないのだよ」
ラフェルまでウィルシュの味方をするようだ。
 とにかくあの戦いから3日。俺は眠りっぱなしだったらしい。どうにも信じられない話だが。今日は起きて2日目。1日目はただ泣きついてきて、何も話さなかったウィルシュも今日は落ち着いたらしく、色々と話してくれた。しかも話によれば、眠っている間もずっと俺のそばについてくれていたらしい。
 「まあ何にしろ、必要なものは今日の午前中に全部、馬車に積んでしまえるな」
「ああ。これでようやく旅に出ることができる」
 そういえば。この『旅』も彼女の提案らしい。『夢遊病者を元に戻す方法』を見つけるた旅だ。馬車は俺が眠っている間にラフェルが8頭だてという巨大なものに改造してしまっていた。どこに馬がいたかと聞いても彼は取り合ってくれなかったが。
 過去については、ラフェルも何も言わなかったし、俺も何も言わなかった。もちろん俺は何も思い出せていないが、その方がどうやら良いようだ。しかし彼は俺の名前だけは教えてくれた。
――――カラサリス=D=シャルリル――――といったらしい。あの機械の男が叫んでいた名前だ。
 「よいしょ!!」
「ム?」
ウィルシュの声と共に、突然頭が重くなる。両手で下ろしてみると、どうやら保存食のようだった。
「さて。食べものもそろったし、後はこの村に…村のみんなにお別れして旅路に着くだけよ」
「そうだ。早くそれを乗っけちゃってくれ」
「ああ」
しかしこれは重い。一体ウィルシュはどうやって持ってきたのかと思うほど。
ともあれ考えてもしかたなく、俺は座席のほうにその荷物を置くと、村の入り口まで引き返した。
黙祷。消えてしまった村人たちへ、村がいつまでもありますようにという願いを込めたものだ。
自分たちの安全はともかく(祈ってもしょうがない気がするし)、この村だけはこのままであって欲しい。ここが、いつか以前のような活気を取り戻すときも、その後もずっと……。
 少々聖女の物まねっぽいと思われても、仕方ない。これが本音なのだ。
俺たちは馬車に乗ると、そのまま今度は振り返らずに馬車を出した。さすが8頭。しっかり動き出している馬車。旅はこれから始まる。見送りは村を通り抜けて流れてくるそよ風。ラフェルもウィルシュも、この先にある不安など忘れて、笑っている。
こういうのも良いなと思いつつつられて笑うと、ウィルシュが俺の頬をつねった。


                       END

2004-04-03 23:32:15公開 / 作者:はれま
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■作者からのメッセージ
何かあった……
どうしたんでしょうね。パソコンいじってたら昔書いたと思われるやつが出てきてしまいました。それがこれです。
面白いかな〜?と思ったので、とりあえず投降!2回目にして適当なことやっててゴメンナサイ。
そーいえばこの小説。一人称なのです。何故かって言うと、主人公の名前ワカンナイから。……だと思います。
突っ込みどころ、結構あるかもしれません。
ホント、いつ書いたんでショ〜ね。これ。
感想待ってます。
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えぇと、コメントしにくいですが取り合えず、誤字脱字チェックと改行にはきをつけましょう。
2004-04-04 14:15:14【★★☆☆☆】髪の間に間に
計:2点
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