『箱中の恋』作者:KR / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
全角4631.5文字
容量9263 bytes
原稿用紙約11.58枚


『その人とは、ネットの掲示板で会った。』

 名前は、ボーイ。
 年は、同じ高校2年生。
 住んでいるところは半分アメリカ、半分大阪。
 映画が好きで中学の頃スピルバーグを5日徹夜で見て入院した。
 将来の夢は映画のCGデザイナー。

 どこまで本当なのか全て作り物なのか知らないが、とにかくそれが
娘の日記に遺された『最期に愛した人』の全てだった。
 私は娘のたった一人の肉親でありながら、いなくなってからそれを知った。
 男親なんてそんなものなのだろうか。と言ったら十年前に先立った妻に
笑われるのが関の山だろうか。
 ともかく、私は彼を、ネット上の「ボーイ」を捜そうと決めた。
 パソコンという、機械の箱の中からでもいい。娘に手を合わせて欲しかった。
実際は会っていなかったとしても、その想いを伝えていなかったとしても、
娘は彼を愛したいたのだ。理由なんてそれで充分だ。


 …カチ
 電源の入る音と共に、ブラウン管が起動しはじめる。まるでテレビのようだ、
と思ったのは最初の頃だけで、この厄介な機械の箱は、リモコン一つじゃ
とてもじゃないが操れない。会社でいじる企業用のパソコンとはまた違う。
家庭用ウィンドウズのノートパソコン。高校の先輩から譲ってもらったとかで、
娘がバイトしで稼いだ給料で、初めて買った宝物だ。
 バーバリーとかいうチェックの熊のぬいぐるみの壁紙が現れて、ようやく
アイコンが登場する。私はいつも通りメールボックスを開いた。新着メールは
2通だ。
 1通目の差出人は「サイレント」だった。

『 sub.お父さんお帰りー♪
 text.サイレントっす!
      今日もお仕事お疲れ様!今日はバイト先でエロビデオ延滞した
      オヤジがいました!うわーって思ったんで、手が滑ったフリして
      カウンターの外に落として拾わせました(笑)
      んじゃ、掲示板にカキコしたんで見てくださいねー☆』

 私は思わず苦笑を漏らす。
 彼は、おそらく男であろう彼は、娘がお気に入りにしていたホームページの
掲示板の常連だ。娘と会話をしていたことも少なからずあったらしい。ただ、
共通の映画を見たときにのみ感想を言い合う、その程度の仲だったらしい。
彼は年のいった俳優の出てくるアメリカ映画が好きで、その点、人気のハリウッド
スターばかりに目が言っていた娘とは、それほど気が合わなかったのだろう。
 だが私は、初め彼を「ボーイ」だと思った。
 娘の遺品のノートパソコンを開き、私はそこに保存されていた日記を読んだ。
そして今までろくに使ったこともないインターネットの画面を開き、娘が
よく通ったと思われるホームページに掲示板を見つけては、こう書きこんだ。

『題名:誰か「ボーイ」を知らないか?
 名前:「JULY」の父親
 本文:このホームページによく邪魔していた「JULY」の父親だ。
    娘と仲良くしていた「ボーイ」という名前の奴と話をしてみたい。
    誰か知っていたら教えてくれ』

 その中に一つに返事を寄越してきたのが「サイレント」だった。
 名前とは裏腹に、そうとうお喋りな奴だと、初対面から私は思った。

『題名:JULYどーかしたの?
 名前:サイレント
 本文:ボーイならたまにカキコするよ。おじさんが皆と楽しそうに
    喋ってたら、そのうち混ざりに来るんじゃない?』

 言われたとおり、私は初心者らしくマナーに気を付けながら、その掲示板に
日参した。高校生・大学生の映画好きが集まることの多いそのホームページでは、
私のように古い映画を知っている利用者はほとんどおらず、私はすぐに
何人もの利用者と顔見知りになった。それは偏に、私のアメリカ映画話を
物珍しそうに聞きたがったサイレントの影響かも知れない。
 サイレントはアメリカ映画にとても興味を持っていた。しかし、それは
私のよく見た古い映画が主で、やたらとCGを使いたがる最近のSF傾向には
ついていけないと言っていた。その発言が嘘でなければ、彼はボーイではない。
 彼を初め、そのホームページで知り合った多くの利用者たちが私の「ボーイ」
探しを手伝ってくれている。しかし未だ「ボーイ」は見つかっていない。

 そして私は、2通目のメールを開けた。

『 sub.(non title)』

 題名のないメール。珍しいことではなかったが、最初の一文に、私の目は
釘付けになった。

『text.天国のJULYへ。』

 こんなことは今までなかった。
 娘を「JULY」と呼ぶ友達は誰も、娘が死んだことを知らないのだ。
学校の友人の誰にも、娘とパソコンを介して話すようなことはしていなかった。
それは生前の娘が言っていたことで、親しい友人とは主に携帯電話のメールで
事足りていたはずだった。だとしたら、誰だ?これは。

『text.天国のJULYへ。
      お前がこれを読む訳ないとわかっていながら、それでも書いちまう。
      まだどこかで信じきれてないんだ。まだどこかで、お前と
      映画の話が出来るって信じてるんだ。

      俺、来週またハリウッドに行くんだ。すぐ帰ってくる予定だけど、
      ちゃんとロケ地、捜してくるよ。お前をヒロインにした映画が
      撮れるような場所、捜してくるよ。
      サイレントにもまた頼んでみる。やっぱ、あいつの脚本、いいよな。
      古い映画ばっか見てるくせに、ザンシンていうのかな。面白いんだ。

      お前と一緒にハリウッドを歩きたかったよ。スカウトが来ても、
      俺が絶対させなかったのにな。何人の監督やプロデューサーが、
      惜しいことしたって思うんだろうな。
      きっと俺より悔しがってる奴なんて、いない。

      最後になるけど、俺はちゃんと夢、かなえるよ。
      そんで必ず、約束守る。お前が主役のSF超大作、作ってみせる。
      だから待ってろよ。
      俺がスクリーンの中でお前を生き返らせてやるまで、浮気せずに
      待ってろよ。

      FROM:ボーイ』

 ボーイだ。
 私はそのメールを繰り返し読んだ。ボーイからのメールが来た。ボーイだ。
ボーイは娘の死にメールを送ってきた。どこにいるのかも解らないが、ボーイだ。
 ボーイがいた。メールを送ってきた。
 私はすぐさまそのメールをサイレントに送ってみた。ボーイがいた。その感動を
サイレントにも教えてやりたかった。
 返事は、またすぐに帰ってきたが、それは私を喜ばせる内容ではなかった。


『text.ボーイじゃない。
      違うよ。お父さん。ボーイなはずがないんだ。
      言わないでおこうと思ったけどゴメン。
      ボーイは、もう死んでるんだ。』

 何だって?
 どういうことだ、そう送り返すと、サイレントはまたすぐに返事を寄越した。


『     ごめん。本当のこと話すよ。
      俺はボーイを知ってる。パソコンの中だけじゃなく、現実でも
      会ったことがあるんだ。JULYもそれは知ってた。

      JULYのメールボックスに俺からのメールはなかったと思う。
      それは俺が、最後のメールでJULYを傷つけたからなんだ。
      教えちゃったんだ。ボーイが死んだこと。

      車の事故だったよ。新聞の橋に小さく乗るような深夜のバイクの
      衝突事故。俺、そのこともJULYに教えちゃった。
      だから、俺JULYが死んだの知ってるんだ。
      JULYはボーイと同じ死に方したから。

      同じ道路で、同じバイク手に入れて、同じくらいスピード出して。
      怖かったはずなのに。そうすりゃボーイと同じ所に行けると
      思ったのかな。
      JULYはいっつも、ボーイと行きたいって言ってたんだ。
      ボーイの親父さんが住んでるハリウッドに。

      だけどもう死んだんだ。
      ボーイはいないんだよ。JULYと同じ所にいるんだ。』

 じゃあ、このメールは誰が打ったんだ?
 FROM:ボーイって書いてあるじゃないか。ボーイだよ。確かに娘は
バイクの事故で死んだ。免許も持っていないのに、高速を飛ばして事故にあった。
でもそれが何だ?後追い自殺だとでも言うのか?
 メールボックスには確かに、空に近かった。だけどそれは、娘が来たそばから
削除しているせいだと思っていた。全部消したのか?サイレントからの、その
ボーイの訃報を、信じたくなくて?
 ならば誰だ。ボーイのメールを送ってきたのは誰だ。サイレントは私が作った
とでも思っているのか。それとも他の誰かがボーイの名前をかたっているのか。
私はそうは思わない。メールを送ってきたのは、ボーイだ。


『text.信じないならそれでもいい。

      しかし、私はもうボーイを捜すのは止めにしようと思う。
      娘はボーイから、最後のメールを受け取った。もうそれでいい。
      ボーイが生きていても、死んでいても、私にはどうでも良い。

      ただ娘には「ボーイ」という大切な存在がいた。
      そしてボーイにも娘は大切な存在だった。私はそう思う。
      そう思えただけで充分だ。

      ボーイを捜すことさえ、最初から自己満足だったんだ。
      娘はそんなこと、望んでいなかったのかも知れないしな。
      ただ私はボーイに会いたくて、そして会えた。

      映画の約束は君も知っているだろう?
      ハッピーエンドじゃなくてもいい。恋人同士が別れてもいい。
      ただ登場人物が満足できる結末ならいいんだ。

      私の娘は、幸せだったよ。
      それが判っただけで私は満足だ。

      今まで、世話になった。ありがとう。JULYの父より。』

 サイレントは何と答えるだろうか、メールが帰ってくる前に、私は電源を
切ってパソコンを閉じた。薄いセラミック製の箱は、まだ熱を持っていた。
 この箱の中で、娘は愛しあっていた。一生に最期の、恋をしていた。
娘は幸せだった。そしてたぶんボーイも。
 私は願うばかりだ。この映画の最後の主要人物であるサイレントもまた、
私のように満足のいく結末を迎えることを。娘とボーイという二人の主役を、
拍手で見送る名脇役であることを。
 パソコンという機械の箱の中の映画館のスクリーンで。


2003-09-22 23:46:21公開 / 作者:KR
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■作者からのメッセージ
 初カキコです。おじさんの話は初めて書きました。
恋愛小説のつもりです。感想ございましたらお願いします。
普段はテニスの王子様サイトをやってます。
この作品に対する感想 - 昇順
初めまして、めっちゃ読みやすかったです。話も上手で素敵でした
2003-09-23 21:24:38【★★★★☆】加古絽
のめりこんだように見てしまいました。この作品、素晴らしいと思います。文章構成も展開も読者を楽しませるもので、大変よいです。楽しませていただきました。ありがとうございます。
2003-09-24 01:37:44【★★★★☆】流空
読みやすくて、素晴らしいと思います。ショートショートでここまで展開を広げるのは凄いですね。読みやすかったです。ただ唯一、一点だけ指摘するとしたら、一通目と二通目のメールの間に、掲示板のやり取りがはいっていて、時系列が少々分かりにくくなっていたような気がしました。これは単に僕が受けた印象なので、他の方がどう思われたかわかりませんけど。是非、また書いてください。大変気に入りました。
2003-09-24 01:42:37【★★★★☆】takara
とても面白かったです!!
2003-09-24 12:57:29【★★★★☆】流浪人
はじめまして!すごく感動しました!そんなに長くないのに、話が通っていて、次へ次へとどんどん目が通っていきました。月並みなことしか言えないですが、おもしろかったです!
2003-09-24 23:26:57【★★★★☆】りあな
感動しました とても面白かったです
2003-09-27 21:27:21【★★★★☆】リョウタ
sugoi
2003-10-06 01:27:17【☆☆☆☆☆】唯舞
前のメッセは間違えました(;;) 本当にすごく読みやすくて短いのに話の筋も通ってて しかも感動しました!!
2003-10-06 01:32:22【★★★★☆】唯舞
計:28点
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