『もう一度愛して…』作者:lavie / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
全角6675.5文字
容量13351 bytes
原稿用紙約16.69枚
 もう一度愛して…

 第一話

 ハローステーションkobeを出て、少し南に下って三宮センター街を左に折れ、東西の車道を二本渡ったところにあるオフィス街、そこは旧居留地――。

 若葉と青年は、旧居留地で、出逢った。

 オフィス街のお昼――。
 ゴールデンウィーク間近の水曜日、初夏のような陽射しが眩しいお昼だった。
真っ青な空に、銀色の機体が二本の白い線を描いて東の空へと飛んでいる。
 倉澤若葉は、コンビニを出て、空を見上げて溜息をついた。
 がっかりした様子でオフィスに戻った若葉に、同僚の伊藤里美が言った。
「今日も逢えなかったんだね…… 」
「……」若葉は、頷いてオフィス休憩室のテーブルの椅子を引いて座った。
 お昼休みにこんな会話がもう半年も続いている。
「やめちゃったのかな?ねぇどう思う」
「もう、来ないのかな」
 若葉が、コンビニの袋からサンドイッチを取り出しながら里美に聞いた。
「結構、人気あったと思うんだけど……。商売にならなかったのかな? 」
 里美は、自分で作った弁当の卵焼を箸でつまんで答えた。
「あ〜あ、なんだか私ってばっかみたいだね」
 若葉は、そう呟いて給湯室にインスタントコーヒーを入れに立った。
 倉澤若葉は、神戸に本社を置く中堅商社に勤めるOLだ。
 彼女は、短大を卒業後、この商社に入社して3年が過ぎていた。
 伊藤里美は、若葉の同期で年齢も同じためか、何かと気の合う友人でもある。
「だけど毎日よく続くよね、もう半年になるんじゃない」
「愛しのあの人は何処へって感じだけど、名前も知らないんでしょ? 」
 マグカップに、コーヒーを入れて席に戻った若葉に、里美が言った。
「だって、こんな気持ち初めてだもん」
 マグカップを両手で包み込むように持って若葉は、ぽつり呟いた。
「だけど、あのAKANEのランチは確かに美味しかったよね」
「ちょっとお洒落で値段も手頃だったし」
 里美が、箸を置いて湯のみを右手で持ちながら思い出すように言った。
 AKANEは、オフィスを出て大通りに出るまでの街路脇で、ランチを売っていた軽ワゴン車のことだった。
 軽ワゴン車は、白のボディーの両サイドとルーフに、コバルトブルーで大きく、AKANEとペイントされていた。
 お昼時にAKANEは、毎日おなじ場所に停まっていたのだが、半年くらい前から突然に姿を見せなくなった。
 AKANEのランチを売っていたのは、27・8歳位と思われる背の高いがっしりとした体格の、青年であった。
 青年は、日に焼けて浅黒く鼻筋のとおった、精悍な顔立ちをしていた。
 精悍ではあるが、彼の双眸は冷たさを感じさせない、穏やかで温和な優しい印象を与えていた。
 若葉は、いつの頃からかAKANEの青年に、心を惹かれていた。
 彼女は、毎日AKANEのランチが、楽しみだった。
 お昼休みに、青年に逢えるのが若葉の楽しみであった。
 若葉は、名前も年齢も住所もわからない青年に心惹かれていたのだった。
「彼女いるのかな? あのひと」
 若葉は、マグカップをテーブルに戻して、頬杖をついて呟いた。
「ん〜っ、どうかなぁ居るような、居ないような」
「けど、AKANEってのが気になるよね」
 里美は、湯のみをひとくちすすってテーブルに戻して、言った。
「あ・か・ね か、そうだね。ふぅ…… 」
「溜息ついてないでしっかりとお昼食べなさいよ! 」
 里美は、若葉をまっすぐに見て言った。
「今日、帰りに気分転換しよっか? 」
「パスタの美味しい店に行こうよ、ワインでも飲んでさッ」
 里美は、そう言ってまた弁当を食べ出した。
「そうだね、ぱーっと行くか! 」
 若葉は、サンドイッチの包みを開きながら言った。
 ふたりは、にっこり微笑んで頷いた。


 第二話

 ゴールデンウィーク前日の更衣室――。
 
 他の部署のOL達は残業なのか、更衣室には若葉と里美のふたりだけだった。
 倉澤若葉が制服から私服に着替えようとした時に、彼女の携帯電話から、着信を知らせるメロディーが、くぐもったような音色で流れた。
「若葉、鳴ってるよぉ! 」
「しかしどうして着メロが地上の星なのかねぇ……。アンタ企業戦士? 」
 若葉の三つ右隣のロッカーを前にして着替えをしている伊藤里美が、ちょっと首をかしげて、呟いた。
 若葉は慌てて、制服のスカートのポケットや、ショルダーを開けたりして携帯電話を探している。
「んっ、どこだぁーっ」
どうやら、ロッカーを開けたとき中に置いた、お仕事用手さげポーチの中で、鳴っているようだ。
「あっ、まー君からだ」
「もしもし」やっと地上の星が鳴り止んだ……。
 若葉は、携帯を探しあてて、ストラップを握って引きずり出し、電話にでた。
「もしもし、雅司だけど久しぶり、今近くに居るんだけど、まだ仕事? 」
 若葉の幼なじみでふたつ年上の須田雅司が、電話の向こうでそう言った。
「うぅん、もう終わったよ、いま着替えているところ」
 若葉は、着替えをしながら、携帯電話を右肩と頬で挟むようにして、答えた。
 首を傾けた拍子に、ストレートの髪がはらりと右に流れた。
 若葉は、流れた髪を右手でかきあげ、電話を左手に持ち替えた。
「じゃぁ、飯でも一緒に食べようよ、6時過ぎに長安門の辺りでどう? 」
 雅司は、若葉の都合も聞かずに、勝手に待合せの場所と時間を告げた。
「特に予定は無いけど、ちょっと待ってね」
 若葉はそう言って、電話口を右手で押さえた。
「里美、まー君が近くに来ててご飯誘っているんだけど、一緒に行かない? 」
 若葉は、里美の方を見て彼女を誘った。
「OK。まー君ってフリーのカメラマンやってる、若葉の幼なじみの人だよね」
 里美は、右手の人差し指と親指でまるを作って、若葉を見て返事した。
「もしもし、お待たせ、あのさぁ里美も一緒に行くからね、6時過ぎOKだよ」
 若葉は、里美を見ながら雅司に言って、ふたりは目で頷いた。
「うん、わかった。それじゃ後で」
 須田雅司は、それだけ言って、一方的に電話を切った。
「あ〜ぁ、まー君、言うだけ言って先に切っちゃったよ……」
 若葉は、画面の時刻を確かめながら携帯電話を折りたたんで、呟いた。
 画面の時刻は、午後5時38分を映していた。
「先にお化粧直し、してくるね。若葉も早く着替えなさいよ」
 着替えを先に済ませた里美は、そう言って若葉の肩を二度軽く叩いて、先に洗面所に向かった。
「里美って、なんだかお姉さんみたい……」
 若葉は、ぽつりひとり呟いて、更衣室を出る里美の後ろ姿を、見送った。
 里美は、痩身で背が高く、嫌味のない茶色いショートの髪をしている。
 彼女は、ちょっと目元が冷ややかな感じのする女の子だ。
 里美は、淡いピンクのワンピースがよく似合っていて、若葉よりもなんとなく年上に見えた。
 更衣室にひとりになった若葉は、急いで着替えを済ませた。
 若葉は、小柄で栗色のストレートの髪をしている。
 彼女は、切れ長で大きな瞳が印象的な可愛い女の子だ。
 輝くような瞳に長い睫が、一際彼女を可愛く魅せている。
 若葉は、ジーンズを穿いて胸元のボタンの部分が、スモールチェックのバーバーリーの白いポロシャツに、紺のジャケットを左手に持って、ヴィトンのショルダーを肩に掛け、急いで里美の後を追った。
 洗面所で化粧直しをしたふたりは、オフィスをでて南に少し下って、中華街・南京町のシンボル、長安門へ向かって歩いた。

 長安門・午後6時16分――。
 
 須田雅司は、長安門の右脇の辺りで、写真機材の入ったアルミケースに座り込んで、ふたりを待っていた。
 彼はふたりに気づいて軽く右手をあげた。
「ごめん、ごめん、待たせちゃったね」
 ふたりは、小走りに駆け寄って、若葉が雅司にそう言った。
「よっ!久しぶり、ふたりとも元気そうで何より」
 雅司は、どちらにともなくそう言って、重そうなアルミケースを右手で持って立ち上がった。
「お久しぶりですね。きょうは、こっちの方でお仕事だったんですか? 」
 里美が、ちょっとはにかんで、雅司の顔を控えめに見て尋ねた。
(お久しぶりですね……。だって! なんだか里美じゃないみたい)
 若葉は、そう思ったらなんだか可笑しくなった。
「うん、輸入雑貨品の、カタログ撮りってとこかな」
「そうなんですか、今日だけですか? そのお仕事」
「うん、取りあえず今日で終わったよ」
「そうですか……」
 若葉には、里美がちょっとがっかりしたかのように、見えた。
「ねぇねぇ、早くご飯、食べに行こうよ」
 若葉は、ふたりの顔を交互に見ながら言った。
「よし、じゃぁ行こうか」
 雅司は、ひとり先に歩きだした。
 若葉は、前を歩く須田雅司の長身で広い肩幅と厚い胸板の体格に、一瞬AKANEの青年の姿を想い浮かべた。
「おふたりさん、遅いって」
 雅司は、振り返って微笑みながら、左手でふたりを手招きをした。
 微笑んでふたりを見る彼の目は、余計に細く垂れて見え、人の良さそうな彼の人柄をそのまま映しだしているようだった。
 ふたりは小走りに駆け寄って、雅司の右側に若葉が歩き、左側に里美が歩いた。その姿を後ろから見ればまるで、『山』の字のようだった。
 西の空が、優しい夕焼けに染まり、ハーバーランドの向こうで汽笛が鳴った。
 中華街の灯りは、三人を歓迎するように燥ぎだした。
 中華街の人波に押されて、里美の右手が、雅司の左手にかすかに触れた。
 どこかで、灯りがまた燥いだ。

 中華街をしばらく歩いた三人は、『鹿鳴飯店』に入った。店内は混んでいたが、
ちょうど奥のテーブルが空くところだった。
 三人は店の入り口で五分ほど待たされて、席に案内された。テーブルの奥に雅司が座って、手前側に若葉と里美が座った。
 ウェイトレスがメーニューを差し出すと、雅司が受け取って、テーブルの上に開いた。三人がメニューを覗き込む。
 ウェイトレスは、水とおしぼりをテーブルに置いて、軽く腰を折って離れていった。雅司は、おしぼりを手に取ると、顔やら首筋を丹念に拭いだした。
「まー君、おやじ丸出しだよ」若葉が、雅司を見て笑った。
 雅司は、きょとんとした顔をしながらお構い無しにおしぼりで拭い続けている。 そんな彼を微笑みながら里美は見つめていた。
「腹へったなぁ、何にしようかな、取りあえず青島ビール三本と、おふたりさんも遠慮しないで好きなもの選んでよ」
 雅司は、細い目をより細くしてふたりに言って、丸めたおしぼりをテーブルに、戻した。
「うぅ〜ん、海老蒸し餃子にカニ爪フライと海鮮おこげは外せないよね」
「ねぇねぇ、里美は何にする? 」
「そうだね、五目あんかけそばも外せないよね」
 メニューを覗き込みながらあれこれ迷うふたりを見て、雅司は微笑んでいる。
「全部注文したらどう。どうせ割り勘だしね」
「えっ! 割り勘なの? まー君のおごりじゃないんだ!? 」
「まぁまぁそう言うなって、そのうちに僕が巨匠と呼ばれる写真家になったら、豪華なディナーをご馳走するからさっ」
「それでさぁ若葉、お願い! 僕の分、出しといてね」
「出たぁ……。またやられた」
「まぁまぁ、若葉、気にするなって」
 そんなふたりの会話を、ちょっと羨ましそうに里美は眺めていた。
 雅司は、ウェイトレスを手招きして呼ぶと、酢豚と炒飯を加えて全てを注文した。
「いやぁ、ここ四、五日ろくなもの食べてなくってさっ、今日なんて朝から何も食べてないし、ほんと、若葉さま、さまだよね」
 雅司は、細い目をより細くしてそう言って笑った。
「はいはい。巨匠になるの楽しみにしてますよ! 」
「まー君っていつもこんなだから、里見も気をつけてね」
 若葉は、そう言ってグラスの水をひとくちすすった。里美は笑って頷いた。
「それはそうと、おふたりさん、ゴールデンウィークの予定は?」
「まぁ、若葉は寝てるだろうけど、里美ちゃんはどっか行かないの? 」
「ちょっと、まー君それどういう意味よ」若葉が、ぷいとした顔で雅司を見た。
 雅司に、話し掛けられて里美はちょっと嬉しそうだった。
「特に予定はないんですけど、服でも見に、街をぶらっとするくらいかな」
「ねぇねぇ、まー君は明日仕事なの? 」
「いや、明日は予定なしだけど……」
「それじゃ、明日三人で須磨に行こうよ。水族園とかにさぁ」
「なんか、遠足みたいだね。うん、僕はいいけど、里美ちゃん大丈夫? 」
「全然全く、大丈夫です! 」里美は反射的に、雅司に、嬉しそうに答えた。
 その時ウェイトレスが、料理をワゴンに載せて、テーブルの脇に運んできた。
 テーブルの上が一気に華やかに賑わいだ。おこげに海鮮あんがかけられて、弾けて香ばしい匂いが三人の食欲をすすった。
 雅司が、青島ビールを三つのグラスに注いだ。その手元を里美が見つめる。
 三つのグラスに、琥珀色の液体が注がれて炭酸が弾けて浮き上がり、優しい白い絹のような泡を作った。
「それじゃ、乾杯しよう」
 雅司が言って、三人は目の高さにグラスを持って、触れ合わせた。
「乾杯! 」三人が声を揃えて微笑んだ。
 若葉は、ひとくち飲んでグラスを戻し、里美は、半分ほど飲んでグラスをテーブルに戻して、雅司を見つめている。雅司の喉が上下に動いている。男らしい飲みぷっりだった。
「あぁ〜っ、美味いっ! 」そう言った雅司の目は、殆ど線のようだった。
 一気に飲み乾した雅司のグラスに、にっこり笑って里美がビールを注いだ。
 雅司が、ありがとう、という風にグラスを持って里美をまっすぐに見た。目と目があって、里美は少し赤くなって視線をグラスに落とした。
 若葉は、そんな里美を見ていると、なんだかすごく楽しかった。
「さぁ、食べようよ」若葉はそう言って先に料理に箸をつけた。
 雅司と里美は、料理を食べる若葉を見て、微笑みながら頷いて箸を手にした。
「なぁなぁ、明日さぁ、弁当を作ってくださいませ、ませ。若葉ちゃん」
「いいよぉ、里美と手分けして作ってあげる」
 若葉は、勝手に里美を巻き込んで、返事した。里美は、まんざら迷惑でもなさそうだった。笑って、黙って頷く里美だった。
「あぁ、助かった、これで明日の食事は確保出来たもんね! 」
 雅司は、そう言ってグラスを持って一気にビールを飲み乾した。空になったグラスに、里美がにっこり笑ってビールを注いだ。泡が溢れてグラスに流れた。
 三人は楽しく食事して、勘定は結局、若葉と里美が割り勘で支払って店をでた。 空腹を満たされた雅司は、若葉には全然、気は使わなかったのだが、里美には恐縮して何度もお礼を言った。何度もお礼を言われた里美の方が、恐縮しているようだった。
 翌日の、待ち合わせ場所と時間を決めて店を出た三人は、JR元町駅で別れた。
 雅司は、若葉と帰りは同じなのだが、元町の友人を訪ねると言って別れた。
 翌日の待ち合わせは、午前10時にJR須磨駅の改札を出たところにした。
 里美は、加古川に借りたマンションで、気楽なひとり暮らしを満喫している。
 若葉は、中学校の校長をしている父・義幸と、専業主婦の母・鈴子と、大学生の弟・僚佑との四人家族で、西宮の自宅マンションから通勤していた。
 雅司の実家は若葉の自宅のすぐ近所なのだが、兄の裕久の結婚を機に実家を出て、コーポでひとり暮らしをしている。兄夫婦が、両親と同居だったからだ。

 JR加古川駅の改札を出た里美は、コンビニで翌日の弁当の材料を買った。
里美は、気持ちが弾んでいる自分をどこか可愛く思った。
 コンビニを出た里美は夜空を見上げて微笑んだ。空には雲はなく無数の星達が里美に、優しく微笑んで返していた。つづく…

2003-09-22 05:47:39公開 / 作者:lavie
■この作品の著作権はlavieさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
初めて小説を書きます。
ドがつく素人ですが、読んでやって下さい。

物語は、港町神戸を舞台にした、ちょっと切ない恋のお話しです……。
この作品に対する感想 - 昇順
淡い恋心が描写されていて、俺的にはつづきが早く読みたいです。
2003-09-22 13:16:11【☆☆☆☆☆】トレイスフォード
若葉ちゃんのキャラが個人的に好きです^^若葉ちゃんがんばれ〜^
2003-09-22 21:33:30【★★★★☆】青井 空加羅
計:4点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。