『crime and punishment 第1話』作者:よもぎ / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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金持ちの一行の中に 美しい少女を見つけた


いつもと同じように、生きるために悪事を働く。
今となってはお馴染みの太ったパン屋のオヤジは、今日もデカい腹を揺らしながら俺を追いかける。
それに追いつかれないように、俺も全力で走る。
オヤジが棍棒代わりに持っているフランスパンは、何日も放置されていたかのように固くなっていて、俺を殴る道具としては持って来いのものだと、いつか町の衆に話していたのを聞いたことがある。
けれどそれは今まで一度たりとも成功した例はない。
アイツに俺が殴れるくらいなら、筋肉のないナマケモノにだって出来る。
だからオヤジはこの所いつも、店の前に焼き立てのパンを出して、俺を誘き寄せる。
そしてパンの匂いに釣られて来たところを一撃する、といった計画を立てているのだろう。
「おいで、おいで。ほぉら、これを全部お前にやろう」
とか何とか言って、後ろ手にはフライパンが隠れていたりするから、大人ってのは恐ろしい。
もちろん、そんな手に引っかかるほどの馬鹿じゃないから、オヤジの目を盗んで、一瞬にしてパンを盗み出す。
オヤジはフランスパンを片手に、キョロキョロと周りを見渡して、状況を理解すると、「やられた!」と頭を抱える。
毎日毎日、同じことのくり返し。

オヤジも進歩がないけれど、逆を言えば、俺が昔から変わっていないとも言える。
生まれて間もない頃に両親を目の前で亡くして、3人の兄さんたちも殺されて、結局俺は10歳になる頃には、立派な「孤児」になっていた。
頼れる身寄りもなく、フラフラと町を彷徨っても、冷たい大人たちに向けられる視線が痛くて、仕方がないから山に入った。
今の状態を気に入っているワケじゃない。あくまで「仕方がないから」。
「他に行き場所がないんだ。だから贅沢を言ってはいけない」
そう、自分に言い聞かせてた。



オヤジの罵倒を背中に浴びながら、町の中を全速力で駆け抜けた。
段々とオヤジの声が小さくなっていく。
完全に聞こえなくなるまで走ると、流石に息が切れて、建物の間の狭い隙間を見つけると、そこに身を隠した。
その時どこからか賑やかな音楽が聞こえてきたので、何だろうと思って、表通りの方に目を向けた。
明るい光に照らされた道の上を、大勢の行列が闊歩している。
その中にはユリの形をしたランプを持っている者や、レースで縁取られた華やかな日傘を持った一味もいる。
どの人間もパリッとしたスーツを身に纏っていて、どうやら遠い町から来た商人のようだった。
「どうぞ、ご贔屓に。我々は遠い海の町、フリューレからやって来ました」
そう言いながら薄っぺらい紙を、町の人々に手渡してる。
それを見た人は、みんな多種多様な表情を浮かべた。
醜く笑みを浮かべる者もいれば、慌てて子供から紙を奪い返す母親もいた。
一体何なのだろうと不思議に思い、もっとよく見ようと体を乗り出した。
その時、一行の中に、一人の少女を見つけた。
少女は俯いたまま顔を上げず、前を歩く商人に罵倒を浴びせられていた。
少女の後ろには何人もの同世代の女子が並んでいて、手にはみんな赤いリボンが結ばれている。
「あんな若いのに、かわいそうねぇ」
「今の世の中、自分の身を売ることでしか、生活を支えられない子供が大勢いるのね」
口に手を当てながらそう呟く大人たちは、みんな「他人事」として話していた。
俺は自分の目を疑った。自分とそう歳も変わらない、そんな子供が今目の前で、売り物として見世物になっている。
そんな時、急に少女は俯いていた顔を上げて、斜めに位置する俺と目が合った。
なんて綺麗な顔をしているのだろう。腹がくすぐったくなった。
「売り物」の証である赤いリボンでさえも、少女の瞳の輝きは奪えなかった。
済んだ藍色の瞳はまっすぐに俺を見つめていて、まるで2人の間だけ時間が止まったかのようだった。
しばらく目を離さないでいると、少女の方から視線を逸らした。
その瞬間、胸が千切れるように痛んだ。
よくわからなかったが、今の俺はきっと、少女と同じ表情をしているだろう。
俺は少女の姿が見えなくなるまで、その場に立ち尽くしていた。

「ペルシャ」
俺の姿を確認すると、甘えた声を出して飛びついてくる。
フワフワの毛の中に顔を埋めると、胸の痛みも安らいでいく。
「猫相手にする話じゃないな」
今日のことを全て、たった一人の家族に報告したかったが、焦る自分を抑えて、疲れた体で寝る準備をした。
今日の報酬をいつものように、床下に隠した。冷たい風が入ってくる場所なので、食べ物が腐らずに保管できる。
「おやすみ」
いつもの挨拶をすると、ペルシャもいつものようにワラの中に入ってくる。
こうして、いつもの一日が終わる。

「でも…」
瞼を閉じると浮かぶ、昼間に見た光景。
あの少女の瞳が、表情が、忘れられない。
「今日は、いつもとは少し違ったんだよ」
寝息を立てるペルシャに、囁くように伝えた。
あの少女も今は夢の中だろうか。


…夢を見ているのだろうか。










2004-03-29 01:04:40公開 / 作者:よもぎ
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