『ヴェランダ(完結)』作者:石田壮介 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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 初めに断っておくがこれは小説と言うより、くだらない話である。

 僕が大学の時分は随分と酒を飲んだもので、僕自身は結構弱いも
のだから朝起きると、道路脇の植え込みに突っ伏していたり、知ら
ないおっさんの家の布団で寝ていたなんてのがザラにあった。
 法科の大崎と経済科の日野も、類を見ない酒癖の悪さがあり、僕
と引けを取らない伝説を数多く持っていた。そうして、僕らは飲み
仲間だった。

 ある日、飲み会で終電を逃して僕と日野が持て余していたところ、
たまたま近所だった大崎と出くわした。泊めてくれないかと頼むと、
彼は快諾してくれた。僕らはコンビニでビールとつまみを、これで
もかと言う位に買い込んで、彼のアパートへ行き、臨時インスタン
ト二次会を開催した。
 大崎の部屋は四畳半のワンルームで、至って簡素な和室であった。
「殺風景な部屋だね〜」
 と日野が入るなり、笑った。大崎自身、余り家に物を置かない質
らしく、隅に洋服箪笥と応接用の座布団とテーブルがあるだけで、
実際殺風景ではあった。大崎は、仕方ないだろ。物置くとぶつかっ
て怪我する奴等しか来ないんだから。と冗談を言った。
 僕らは大崎がインナーに着替えている間に、応接用の一式を並べ
酒とつまみを貪るように袋から取り出した。酒を取る時には、大崎
も加わっていた。酒が絡むと彼の効率は尋常なく向上するのである。
「なんか、80年代ドラマみたいなシチュエーションだな・・・」
 日野が嬉々として言った。
「ごたくは良いから、飲もうぜ。俺は一次会なんだから」
「へいへい!家主さん。んじゃ、乾杯!」
「かんぱ〜い!」
 そうして僕らの臨時飲み会は開催された。気の知れた仲間だから、
よくくつろげた。時間を忘れて飲み耽った。僕の方もその晩は妙に
健やかで10杯くらいいけた。10杯飲んだところで眠ってしまっ
た。朝目覚めると、大崎も日野も居なかった。バイトにでも行った
のだろうか。それとも飯にでも行ったのか。色々思案してみたが、
それにしても、一言言ってくれても良いものだ。と少々憎らしく思
いながら、眼を開くと、テーブルがすっきりとなっているのに驚い
た。そこには、書置きが置いてあって、日野が大怪我をしたから病
院へ行く、とあった。僕は飛び起きて、大崎に居所を聞くと、タク
シーを呼んだ。
「○×病院まで、お願いします」
「ハイ」
「あ、急ぎで!」
 僕は忙しく呼吸をしながら。運転手に言った。一体何が起こった
のだろう。眠っている間に起きたに違いない。大怪我をしたのに、
起こさないなんて、大崎も酷いもんだ。しかし、起こされないとい
う事は、むしろそれ程深刻ではないと言える。少なくとも命に別状
はないのだろう。そこへ至って、僕は一人で勝手にほっとした。
「誰か、急病にかかったんですか?」
 運転手が図々しく尋ねた。
「ええ!」
 僕は一言返して、そのままにしておいた。運転手も僕の不快を感
じ取ったらしく、それきり何も言わなかった。
 僕は、ともあれ、記憶のある限り思い出してみようと試みた。そ
うして、7〜8杯目に大崎がくだらないのだけれど、気味の悪い話
をしていたのを思い出した。

「恐怖のヴェランダ?」
 僕は聞き返した。
「そうさ」
「また随分と格好のつかないタイトルだぁね」
「いやいや、馬鹿にしない方が身の為だよ。うちのヴェランダは本
当に危険なんだよ」
「どんなさ?」
 日野はニヤニヤしながら、促した。大崎は神妙な面持ちをして、
まるで怪談話でも話すかのような感じで語り始めた。
「おっ。本格的だね」
 日野が茶々入れした。
「あれは、後輩数人と飲んでいた時の話さ。もう明け方でね。俺ら
もかなり酔っ払っていた。そこに酒癖の悪い後輩の一人が突然立ち
上がって、明るんだ窓外を恍惚として眺めていた。俺は、何を見て
るんだ?と不思議がって聞いた。彼は焦点の定まらない目で、ほら、
道が見えませんか?と言った。ここは二階だし、ヴェランダの外は
一軒家の屋根だから、そんなものが見えるはずがないだろ?何をと
ち狂った事を言ってるんだ。と俺は叱ったよ。しかし、彼がどうし
ても道が見えると言い張るもんだから、仕方ないと俺も見てみた。
そしたらさ、実際道が見えるんだよ。ヴェランダの手すりの先に、
緑の平原が無限に広がる一本道があってね、その地平線には光が見
えるのさ」
「ほぉ、大崎は神の世界が見えたわけだね」
「神の世界かどうかは解らんが、とにかく眼前に広がっていてね、
それがまた異様に素敵な景色でね。俺らは見とれたよ。そうして、
あの先の光に何があるんだろうと凄く気になった。俺が行ってみよ
うと呟くと、皆が頷いた。随分とおかしな状況さ。それでも、二階
だから、危険だなんて言い出す奴は一人もいなかったんだよ」
「それで、行ったのかい?」
「行った」
「道をか!?」
「まさか、眼を開けたら全員芝生の上さ」
 大崎はそう言うと、缶を呷った。ヴェランダは吸い込まれそうな
程濃い闇に満ちていた。干してあった大崎のTシャツが部屋の微か
な光に照らされて、人魂みたいにうっすらと浮かび上がって不気味
だった。

 もしかすると、恐怖のヴェランダのせいではないか。俄かに僕は
慄然とした。病院の玄関口では、大崎が待っていた。
「日野は大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だよ。両足骨折したけどな」
「両足骨折?」
「歩けるようにはなるらしいから、心配ない」
 大崎は僕の前のめりに持て余した様子で言った。そうして、僕ら
は日野の病室を見舞った。入るなり、やぁと随分暢気な声をかけて
きた。頗る元気そうであった。しかし、両足が天井から下がった包
帯に吊るされて、漫画みたいになっていた。ヴェランダにしてやら
れたよと、彼は嬉々として、僕が寝ていた間に起こった事(実際は
殆ど覚えていない)を話した。
 僕が寝た後、彼らはふとしたきっかけで時代劇評論になったらし
い。日曜の八時からのヤツはワンパターンだとか、月曜の日本テレ
ビのアレは、最近二話構成になっていて面白い時がある。そうして、
話は閑話休題、閑話休題して、紆余曲折の内に、何故か殺陣の稽古
になった。

「やややっ、お主は忍びだな。わしの首を取りにきたか!」
 大崎が切れたサランラップの筒を構えた。
「いかにも・・・」
「しかし、これだけの人数がいちゃぁさすがの貴様も、わしを討ち
取れまいて!」
 大崎がずいずいとサランラップを突きつけて近寄る。日野はジリ
ジリと追い詰められる。絶体絶命である。当然酔っ払いのアドリブ
であるから、筋のあるものではなかっただろう。次はどう言い返す
か、それが醍醐味なのである。しかし、日野もここで大人しく斬ら
れれば良かったのに、意地を張って、
「我が名は服部半蔵。討ち取れずとも、逃げおおせてみせるわ!ニ
ンニン!」
 と、両手を組んで後ろへ向かって走り出した。窓を勢い良く開け
た。手すりをまたいだ。そして、飛んだ。
 両足骨折。

 随分と間抜けな話で、僕は噴出してしまった。全くヴェランダの
魔力は恐ろしいものだと、そんな結論を出して解散した。二ヵ月で
完治するという話であった。
 それから、僕らは二ヶ月間ずっと会わなかった。僕も大崎も大分
繁忙で、なかなか暇を作れなかったのである。ただ、退院の日だけ
は三人で退院祝いをしようと決めていた。
 退院の日、約束どおり僕ら三人は久方ぶりの再会を果たし、日野
が二ヶ月前の事件の検証をしたいと言う冗談で、大崎の家で飲む事
になった。
「二ヶ月前と何も変わっちゃいないね〜」
 日野が懐かしそうに言った。
「いやいや、そう人は変わるもんじゃないよ。・・・どうぞ」
「ああ、失礼」
 僕らは前と同じようにテーブルと座布団をセッティングした。大
崎が、また素早く着替えてビールを受け取った。
「んじゃ、日野の退院を祝して。かんぱい!」
「かんぱ〜い!」
 思い思いに僕らは飲むと、視線は自然とヴェランダへ向いた。大
崎も日野も感慨深げな面持ちをして、黙っていた。
「あれから、ヴェランダの恐怖は続いているのか?」
「三回程、人を呼んだけどね。同じ講義を受けている僕の友人の一
人が、神風万歳!って叫んで飛び降りたよ」
「へぇ・・・気味悪いな」
「地面に突っ込んじゃ、ただの墜落じゃないか」
 日野が笑った。大崎はさすがにこう被害が甚大だと困却して、険
しい表情をしていた。
「どうして、飛んじゃうんだろうね?」
「さぁ、俺が話をするから、飛びたくなるのかな」
「まるで、道頓堀だね」
 ヴェランダには今日も人魂があった。僕らはそのシャツがはため
くのを見つめながら、酒を飲んだ。僕は、今夜落ちるのは自分なの
ではないかと、恐れ慄くばかりだった。酒がかなり進んで、大崎も
日野も話が興に乗ってきた。僕の方はと言うと、酒を飲めば飲むほ
ど、恐怖が増して、気持ち良くなれなかった。
「どうした?顔色悪いぞ」
「本当だ。おい、具合でも悪いのか?」
 二人が何度か気遣ってくれたが、いずれも大丈夫と言い張った。
尤も、今日ヴェランダから落ちるのは自分ではないかなんて、恰好
の悪い事を言えるわけがなかった。しかし、こんな心境でも、アル
コールはアルコールで僕の感覚をしっかり蝕んでいたらしく、飲ん
でいる内に、少しずつ口数が増えていった。のみならず、頭の中に
今ヴェランダから飛ぶことは、ある意味おいしい行為ではないのか。
と言う異説が浮上した。しかし、わざと飛ぶように見えてしまって
は、面白みがない。かと言って、僕は新体操の選手でもないから、
変な落ち方をしては、怪我をする。うまいやり口を考えなければい
けない。そして、もっと飲む事だ。
「よっしゃ!飲むぞ」
 僕は気合を入れて、ゴクっと一息にビールを呷った。僕にしては、
稀有な事なので、大崎も日野も感嘆の声を漏らした。つられて、大
崎も一気飲みをした。日野も負けじと飲んだ。そうこうしている内
に、一気飲みの大会になった。小一時間程もすると、僕の脳はアル
コールの重圧に痛み出した。そろそろ、頃合だった。僕は徐に立ち
上がると、窓の方へ歩いた。
「気持ち悪いのか?」
 大崎が声をかけた。僕は黙って窓を開け放した。窓際から離れて、
向かいの壁際まで歩くと、僕は挙手した。
「13番、行きます!」
 僕は思い切り助走をつけた。鞍馬の選手だ。
「おいおい!よせよせ」
 日野が困惑した表情をしているのが見える。構う事はない。これ
で、手すりを綺麗に飛び越えられれば、上手に着地できる筈だ。両
手を掲げて綺麗に着地してやろう。途中で大崎が掴もうとした。し
かし、なんとか振り切った。僕は闇の中へ溶け込んだ。手すりに手
をかけた。夜空が一際綺麗に見える。この束の間の空中散歩は贅沢
だなと思った。僕は跳躍した。ふわっと重力に逆らって浮かび上が
った。しかし、何処かに違和感を感じた。見えていた夜景がふっと
消えて、猛烈な力が僕を逆さまにするのを感じた。と思うと、僕は
背中全体を強烈にはたかれた。僕は痛みと酒気の内に、まどろんだ。

 黄色い天井があった。長年の汚れで黒ずんでいる汚い天井だ。異
臭もする。ここはどこだったか、昨晩の記憶を探った。
「やぁ、派手にやったね」
 声のする方を見ると、日野がニヤニヤしている。大崎も傍らに座
りニヤニヤしている。檸檬色のカーテンがあって、ここが病院だと
知れた。
「そうだ、僕は飛んだんだっけ?」
「全身打撲だよ」
「全身打撲?」
「いや、見事なダイヴだったぜ。見に行けば、手すり握ったまま眠
ってるんだから」
「手すり?」
「おまえが飛んだ時、跳び箱かなんかの要領だったみたいなんだが、
手すりが壊れたんだよ。随分と間抜けな落ちっぷりだった。一瞬死
んだかと思ったけどな」
「そうか・・・」
 僕は真相は知れてないとは言え、少し恥ずかしくなった。

 初めにも断ったが、これは小説と言うより、くだらない話である。

 僕は今、海が見えるカフェでこれを書いている。海が見えると言
ってもただの闇だ。夜の明るさに合わせて、海もそのとばりを下ろ
している。ただ、波の音が聞こえ、風が強いせいで僕の手が潮まみ
れで気持ち悪い。
 あの後、大崎のヴェランダはミステリースポットになった。好奇
心旺盛な大崎の友人が乗り込んでいって、酒を飲み、また飛んだ。
絶対飛ばないよ、俺は。と豪語した奴も飛んだ。そうして、見事な
ダイヴだったと、笑い者にされた。霊能力者は、この場所をある種
の力が働いている、と言うのかも知れない。
 しかし、僕は自分が飛んでみて、ここがどんな場所なのか解った。
今だから言う。大崎が僕らに話した地平線は嘘だ。大崎よ、冗談で
言ったのだろう?

 僕らはある方程式の中で生きている。それは大小様々だが、確実
に何かしらの答えが出ている。
 そして僕は、都合の良い方程式を見つけた。この名所の海岸では、
珍しい事ではないから、地元の新聞にだって、取り上げられないだ
ろう。ただ、僕の傍らにむさいおっさんがしかめ面を向けて、警察
が、笑うとも憂うともなく無表情な顔を向けて、それで終わりだ。
 そろそろ時間なので、もう止めにする。

 大崎、日野、楽しかったよ。

 ○×株式会社様へ
 一身上の都合で退社させていただきます。
2004-03-30 02:42:10公開 / 作者:石田壮介
■この作品の著作権は石田壮介さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
終了〜♪
読んでいただいた方ありがとうございます。
この作品に対する感想 - 昇順
こういう空気の小説は希少なので楽しく読みました。続きお待ちしてます。
2004-03-27 20:12:37【★★★★☆】明太子
明太子様、お読みいただきありがとうございます。もうじき完結いたします。
2004-03-29 15:37:00【☆☆☆☆☆】石田壮介
おもしろいですね。ヴェランダの謎が気になります。
2004-03-29 18:17:51【★★★★☆】藍
続き読みました。アップの際、区切る箇所に苦慮されている様子が窺えます(笑)。難しそうですね。結末期待しています。
2004-03-30 00:53:21【★★★★☆】明太子
明太子様、度々ありがとうございます。(ペコリ)いえ・・・、寝ながら書いていたので、実はあまり記憶がないのですよ。区切りとか・・・。(笑)
2004-03-30 02:39:15【☆☆☆☆☆】石田壮介
藍様、読んでいただきありがとうございます。実は・・・結末用意されていませんでした。すいません・・・(土下座)これで勘弁!(汗)
2004-03-30 02:40:42【☆☆☆☆☆】石田壮介
ダイブ繋がりですか。これはこれでリアルで面白いと思いました。あまり一人で点数つけるのもあれなので。
2004-03-30 02:50:33【☆☆☆☆☆】明太子
最後までありがとうございます。レスはやっ!断ったとおりくだらない話なんです(笑)ノンフィクションな部分があったりなかったり・・・。最終的には難い内容にしてしまいました(笑)これからもよろしくお願いしますね。
2004-03-30 02:55:47【☆☆☆☆☆】石田壮介
面白かったです。 前回のおいしい行為ではないか。という〜で終わりにするのもありかなって思いました。 次回作はかかれないんですか?
2004-03-30 16:24:42【★★★★☆】藍
読破いただきありがとうございます。前回の部分で終わらすのも、劇画チックで良いですね。本当は、飛び降りて終わらすつもりだったのですが、少し考えるところがありまして、こういうベタなしめにさせていただきました笑 次回作は書くと思います。期待しないで待っていてください笑
2004-03-31 23:40:30【☆☆☆☆☆】石田壮介
計:16点
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