『魔術兵器イノセント・ウィザーズ〜憎しみの過去〜 完結』作者:朝霧 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
全角35321.5文字
容量70643 bytes
原稿用紙約88.3枚
新西暦イノセント・ウィザーズ
憎しみの過去

序章
「僕はあいつを追っている。あいつも僕を追っている。
僕はあいつを憎んでいる。あいつも僕を憎んでいる。
理由?何だったかなぁ・・・・・・
そうだ、あいつは僕の友達を殺した、だから僕も殺してやった。
そしたらあいつが怒って僕を殺そうとした、だってそんなの変じゃないか。あいつが殺したから僕も殺したんだ。
僕は・・・あいつを殺したい、あいつもきっと僕を殺したいに決まってる。
意味が解らない?そうかもね・・・・・・
正直僕もわからないよ・・・何でこんなことになったのか・・・・・・
でも一番許せなかったのは僕の母さんを殺したんだ!!あいつにも優しかった僕の母さんを・・・
正直あいつの事は嫌いじゃない・・・でも!!
許せないんだよ、許せないんだよ!!
会った瞬間殺意がわいて、気づいたときには殺し合いだ・・・冗談じゃないよ。 

でも・・・・・・

もう・・・疲れたよ・・・
強がってるけど僕は一人で生きていけるほど強くないんだ・・・
食べるために店においてあるものを盗んだ。
生きるために邪魔なグループは皆殺しにしてやった。
住む家を得るために、そこに住んでいた人間を全員殺した。殺した奴らも僕みたいに奪ったんだろうけど・・・
服は・・・一年くらい着替えてない。雨で洗えば十分だ。
野良犬や野良猫なんかを殺して食べるのはいつもの事だ・・・
抵抗があったこの生活もなれるのに一週間とかからなかった。
人間の慣れは怖いよね・・・何も感じなくなっちゃうんだから。

でも・・・・・・
 
いつからかな?良心が痛み出したのは・・・・・・
いつからかな?夜に涙が流れ始めたのは・・・・・・
いつからかな?殺す事に躊躇(ちゅうちょ)しだしたのは・・・・・・
いつからかな?僕が食べ物を殺すのを止めたのは・・・・・・
いつからかな?僕が食べるのを止めたのは・・・・・・
いつからかな・・・あいつのことがどうしようもなく恋しくなってきたのは・・・・・・ 

結局僕はあいつの事が好きなんだ。
どんなひどい事をされても、どんなに憎んでも・・・・・・ 
会いたい、会いたいよ・・・・・・
殺されてもいい、優しい言葉なんていらない・・・・・・
会いたい、会いたいよ!! 

でも・・・・・・

いつからだろう?あいつが・・・僕の前から消えたのは・・・・・・

探しにいこうとしたら僕の中で何かが言った。
みすみす殺されに行くのか?・・・と。
理由?なんだろうね・・・・・・
会いたいだけじゃ、駄目かな?
だめ、だよね・・・それで死ぬ理由にはならないよね。 

だから・・・・・・

僕は自分に一つの課題を用意した。
楽になるために行くんだ・・・って。
僕は・・・ずっと死にたかったのかもしれない。
そうだ、僕はずっと死にたかったんだ・・・あいつの手で。
それに、生きたいなんて思った事もなかったしね・・・ 

だけど・・・・・・

今は生きたいと思う。あいつに会うために。
正直・・・あいつと戦うと楽しい。
そんな僕が人を殺すのに躊躇するなんて・・・笑っちゃうよね。
君もそう思うだろ?」

「おい兄ちゃん、そいつ死んでるぜ」
一人の男が一人の少年に話しかけてきた。
だが少年は男の呼びかけに答えず、ただ死体に向かって話しかけていた。
「たく、気味の悪い奴だぜ」
男はそばに置いてあった食べ物の入った袋を持ち上げると、そのまま立ち去ろうとした。
だが・・・
「なっ!?」
いきなり、男の背中が燃えだした。
しかしそれを確信する事はもうできない。もはや炎は男の体全体に及んでいた。
「がわぁああああああああああああああああ!!」
叫び声をあげて男は息絶えた・・・醜い焼死体となって。
男のそばに落ちていた袋を拾うと、少年は焼け死んだ男の死体に見向きもせず、さきほどの死体のそばまでもどっていく。
死体の前まで来ると、少年は袋を持ち上げて死体に微笑みかけた。
「君の荷物は取り返したよ、よかったね。でも、これはもう君には必要ないだろう?だから僕が貰ってあげるよ」
もちろん死体が答えるわけがない。だが少年は構わず喋り続ける。
「そうそう自己紹介がまだだったね。ぼくは雨桜 陸斗(あまざくら りくと)。ぼくはこれからあいつに・・・兄さんに会いに行くんだ。君の名前はなんていうの?ぼくが殺した人・・・そっか、もう喋れないよね。じゃあいいや、バイバイ」
少年は立ち上がると何処(いずこ)へとさっていった。

少年は心が病んでいたのかもしれない。
少年は狂っていたのかもしれない。
少年はおかしくなってしまったのかもしれない。
だが、そんな少年を突き動かす存在がある限り・・・
少年はそこへと歩んでいくのだった・・・

第一章・殺戮への帰還
『僕は陸斗、人間だ・・・人は僕を悪魔と言うけれど・・・僕は人間だ、僕は人間だ、人間、人間、人間人間人間人間人間人間・・・』
彼は、雨桜 陸斗。
ぼさぼさで、銀色の長髪。
お揃いの銀色の目は、大きく見開かれていて、生気が感じられない。
170センチ前の身長の体に、無駄な筋肉はついておらず、
格好は、ボロボロのジーンズに、同じくボロボロの布(おそらく以前まで服だった物)を羽織っていた。
誰が最初につけたのかは知らないが、人は陸斗のことを、恐怖と軽蔑の意を込めて、“イノセント・デビル(無邪気な悪魔)”、と呼んでいる・・・
人を大量に、残酷に、何の邪気もなく葬ってきた、陸斗だからこそつけられたのだろう・・・
彼は、行くあてもなくただ危なっかしく通りを歩いているようにしか見えなかった。
「いて・・・」
陸斗は、前から歩いてきた筋肉質の男にぶつかり、相手はわざとらしく声をあげる。
「おい坊主。肩の骨が折れちまったじゃねぇか・・・どうしてくれ――」
「消えてよ・・・ゴミ」
相手の言葉を、陸斗は見下すセリフで中断させる。
「な、何だと!!」
「聞こえなかったの?さっさと消えないと、僕はゴミを燃やさなければならない・・・」
「テメェ、なめやがって・・・ぶっ殺してやる!!」
男は、陸斗めがけて拳を振るった。
それを見ていた陸斗の表情が、狂ったように笑みに歪む。
それは一瞬の出来事だった。
男が瞬きをした瞬間に、男の頭部は消滅して、そこから壊れた噴水のように大量の血が噴出した。
すでに、男の意思はこの世に無かった。
無論、あの世というものがあるかは怪しいものだが・・・
陸斗の手には・・・いや、手のすぐそこに、印のようなものが浮かんでいた。
血液型GP−A特有の印を使用した攻撃。
そして、それを人は魔術と呼ぶ・・・
存在しないはずの、物語の中にしか存在しないはずの物・・・
しかし、科学によって生み出されたそれは、あまりにも残酷な兵器となった。
「クズ・・・クズはゴミ・・・ゴミは燃やす・・・ふふっ・・・・・・」
もう一度紹介しよう。彼は雨桜 陸斗。
かつては、笑顔の似合う少年だった・・・・・・

「あれか・・・・・・」
一人の男が、陸斗を見て呟いた。
男は獲物を狙う鷹のような目に、顔を布で覆っている。
武器は両腕に、金属の鋭利な爪を装備していた。
「奴が、I−00−1st・・・通称、無邪気な悪魔。奴が・・・とてもそうは見えんが・・・」
男は陸斗が裏路地に入ったのを見計らうと、その後に続いた。

「・・・・・・?」
殺気を感じた陸斗は、反射的に腰をかがめた。
すると、陸斗の首があった場所は、空気の裂ける音と共に、一瞬真空状態となった。
「今の攻撃についてこれるのか・・・・・・」
「誰?」
振り向いた陸斗は、“普通”の人に聞くように、名前を尋ねた。
「名前などない。あるのは“I−B−1st、通称、地に飢えた鷹”という肩書きのみ。I−00−1stの貴様を抹殺するために送られてきたのだ」
I−B−1stは律儀に質問に答えると、バックステップを踏んで、数メートル陸斗から距離を置いた。
「僕は陸斗だよ?それに僕を殺すの?・・・・・・じゃあ僕も君を殺すよ?いい?」
「殺れるなら殺れ。そのかわり、この俺もそう易々とは殺せないぞ?」
言うと同時に、I−B−1stは陸斗に向かって爪を振り上げる。
陸斗は、しばらくそれを見ていたが、
「魔力の壁よ・・・」
いつの間に印をきったのか、陸斗の前には防御魔法の印が光の壁を構築していた。
攻撃を防がれて、いったん戻ったI−0B−1stに、陸斗は手を掲げた。
『ダウンロード、終末ノ炎、Lv.4ノ体内ヘノ負担ガ予想サレマス』
「ふぅ〜ん、あっそ・・・・・・」
陸斗は0.1秒に満たない時間で、複雑な印を空に切った。
「終末の炎で消えちゃえ・・・・・・」
きしきしと体中にはしる激痛を気にも留めず、陸斗は空中に手を上げた。
瞬間、辺りの雰囲気が変わって、ある物が姿を現した。
それは死神だった。
炎に包まれた死神だった。
それは空に現れると、地獄の業火と化して、轟音と共にI−B−1stのいた空間を焼き尽くした。
全てが嘘のようだった。
全てを焼き尽くした死神が消えると、ところどころで蒸気が上がり、全てがドロドロに溶けて、巻き込まれた人間など姿形も残ってはいなかった。
そして、I−B−1stも焼き尽くしているはずだった・・・・・・
「スラッシュ」
「――っ!」
いつの間にか背後に回っていたI−B−1stが、陸斗の背中を切り裂いていた。
深く裂かれた背中から、勢いよく赤い鮮血が辺りを染める。
切られた場所を、面白くもなさそうにぼぉーと眺めていた陸斗が、I−B−1stに顔を向けた。
その目は、今まさに死を迎えようとしている人間の目ではなく、もう死んでいる者の目であった。
「ふっ、不気味だなI−00−1st。止(とど)めを刺して欲しいのか?」
「別に・・・死にたくないからいいや・・・」
言葉と表情が完全に不釣合いだった。
その矛盾に、I−B−1stは微かな寒気を覚えた。
「残念だが、貴様は消さねばならない。暴走したイノセントシリーズ、しかも上級クラスの1stが相手では、エスロクの本社も野放しにはできないだろうからな・・・」
そう言うと、I−B−1stは体制を低くして、攻撃の構えをとった。
「発動する前に殺す・・・・・・」
I−B−1stは腕をクロスに構えて、陸斗に突進した。
「スラッシュ・クロス」
薄く光をまとったI−B−1stの両腕が、一瞬にして陸斗を前からクロスに切り裂いた。
先ほどと同じように、傷口から信じられないほど血が噴出した。
陸斗は足をふらつかせると、その場に倒れた。
「・・・何故よけなかった?」
「血液型タイプSP−A・・・攻撃の威力や全体的な身体能力を飛躍させるタイプの血液型・・・・・・速い、ハヤイ、はやい、はやいはやいはやいはやいはやい・・・・・」
死に掛けているのも解らないのか無表情・・・・・・しかし、今の陸斗は、誰が見ても以前よりも異常だった。
「くっ・・・・・・暴走というよりも、これは――」
“壊れている”
I−B−1stは、その後に続く言葉をのどに押し込んだ。
自分と同類である陸斗に、自分を重ねて見えたからだ。
いつかは自分もこのうような姿に、と・・・・・・
「一思いに殺して・・・!?」
が、I−B−1stは驚愕して動きを止めた。
動くはずが、動けるはずがない陸斗が、足つきは危なっかしいが、その場に立っていたのだ。
(馬鹿な!?あの傷で、あの出血で立てるのか!?なんという生命力・・・いや、何かへの執着心か・・・・・・)
「・・・・・・んでよ・・・」
「?」
陸斗のかすれた声に、I−B−1stは反応した。
「何を言って――」
「死んでよ!!死んでよ!!早く死んでよ!!殺してよ!!」
一言叫ぶたびに吐血しながら、しかし、陸斗はそのボロボロの体からは想像できないような声を張り上げた。
(死んで・・・は理解できる・・・・・・しかし、殺してとは・・・)
I−B−1stが思考している間に、陸斗はいつもと比べ物にならないほどの遅さで、しかし、その辺の魔法使いよりはずっと速く、印を切った。
「消えちゃえ!!パラサイトフレアッ!!」
陸斗の叫びと同時に発動した印は、何かと共鳴するかのように光りだした。
そして、I−B−1stは自分の体に今陸斗が切った印と同じ印が、体の中で光っている事に気がついた。
「ま、まさか!?」
「死んでよっ!!僕を殺す資格がない奴は!!」
“ドォオオン”
「!!――がぁっ、なっ!」
小爆発。
人間を軽く殺せるだけの爆発が、I−B−1stの体内で起こった。
だが・・・・・・
「くっ・・・そ・・・迂闊(うかつ)」
かろうじて生きていた。
しかし、彼のところどころ焦げた黒髪にはべっとりと黒々とした血がへばり付き、
全体的に焦げ目のついた体からは、あちこちから血が流れていた。
「がっはぁ・・・っ、遠隔操作の忍印か・・・俺がスラッシュ・クロスで切った時に・・・・・・くそっ、立っていられるのもやっとかよ・・・・・・」
いい終わると、I−B−1stはガクッとその場に崩れ落ち、限りなく黒に近い血を吐き出しながら、咳き込む。
「死んでない、死んでない、死んでない、何で?ウィル・・・」
『爆発箇所のズレ、SP−Aニヨル身体能力ノ上昇、ソレラヲ考慮シテ計算スルト、生キテイテモ不思議デハアリマセン』
「あっそう・・・・・・」
圧縮された報告を脳で聞き取ると、陸斗はI−B−1stに再び手をかざした。
「今度こそ・・・殺すよ?」
だが、言葉とは裏腹に、陸斗の体は地面へ転がった。
「・・・・・・?」
『止血シテイナイタメニヨル大量ノ出血、傷ノ悪化、オヨビ大量ノデータロードニヨリ脳ノ、メモリ要領ガオーバーシカケテイマス、直立不能ハ、ソノ影響デス』
「・・・・・・」
陸斗は面白くなさそうに、黙ってウィルの報告を聞いていた。
その間にボロボロの体で立ち上がったI−B−1stが、ふらつく足取りで陸斗に迫っていた。
それを陸斗は、目を閉じて黙認した。
「抵抗はしないのか?」
「できればするよ・・・でも、僕の体はもう動けないから・・・殺るなら殺りなよ」
「俺も出来ればの話だ。あいにく歩くのが精一杯でな・・・・・・」
冷めた目でお互い見つめあった後、I−B−1stは踵(きびす)を返して、反対方向に歩き出す。
「また僕を殺しに来るの?」
「任務失敗は死に値する・・・俺の中の、バーサーカプログラムを、アインストールして、その後・・に、殺されるだろうな・・・・・・ぐっ」
喋るのもやっとな体で返答するI−B−1stに、さらに陸斗が問いかける。
「なら何で戻るの?わざわざ殺されに・・・」
「ふっ・・・生きる意味など、俺は持ち合わせてはいないのでな・・・・・・苦しみたく、ないの、なら・・・さっさと死ぬことだな・・・I−00−1st」
「陸斗だよ?」
「ふっ、そう・・・だったな・・・」
I−B−1stは、途中何度も吐血しながらその場を去っていった。
彼が去った後・・・そこには陸斗と、あたり一面を赤に染めている、陸斗とI−B−1stの血が残されているだけだった。
(死ぬね・・・・・・このままじゃ)
陸斗は自嘲するかのように、口を歪めた。
そして、まだ自分にこんな顔ができたのかと、自分で驚いたりしていた。
彼の命は・・・確実に消えようとしていた。
「・・・・・・?」
だが、彼の意識が消える寸前、インストールしているセンサーが、何かをキャッチした。
その後、誰かの悲鳴が聞こえ、そして誰かに担がれてベットに寝かされたようだった。
傷が治療されていると、陸斗は脳中でウィルの報告をうけた。
(また・・・・・・死ねなかった)
陸斗は動けるまで回復すると、世話をしてくれた人たちに何も言わず、この町にあるエスロクの支社へ向かった。そこは、陸斗が送られてきて、そこの研究員を皆殺しにして脱走したところだった。

「ここでもなかったか・・・・・・」
破壊しつくされた建物の中で、一際目立つロングストレートの銀髪に、鋭い切れ長の銀の瞳を持った青年が立っていた。
雨桜 鷲(あまざくら しゅう)。
黒いオーバーコートに身を包んだこの青年は、そう呼ばれていた。
彼は何かを探しているようだが、それはここにはなかったようだ。
この場を去ろうとした彼は、周りに気配を感じて立ち止まる。
気づいたときには、自分の周りを完全に包囲されていた。
「“I−E−1stB”通称“黒い天使”だな?」
「俺を包囲したまでは褒めてやろう・・・それで、10thの雑魚どもが俺に何の用だ?」
「貴様に質問する権利は存在しない。早く我々の問いにYesかNoで答えろ」
「お前ら・・・礼儀というものを知らんらしいな」
鷲は魔法陣を展開して、魔槍を構築した。

「し、知らない・・・本当だ・・・」
「ちっ」
“グサッ”
相手の喉に魔槍を突き立てると、鷲はうんざりした眼で、今自分が殺した相手を見下ろした。
「どうせ帰ったところで、消耗品にすぎないお前らは殺されるんだろ?任務失敗ってことで・・・楽に殺してやったんだ。ありがたく思えよって・・・なにを言っているんだ俺は」
鷲は、自分がいった横暴な言葉に、自己嫌悪を起こした。
「陸斗は、死ねただろうか・・・・・」
夜の星空に彼は呟いた。
弟が早く死ねますようにと・・・・・・
苦しみから解き放たれるようにと・・・・・・
そして鷲は、次の目的地へ向かう・・・・・



第二章・逝く者達へ
「ぎゃぁああぁああああぁ!!!?」
「・・・・・・」
心臓のあるべき場所にぽっかりと穴が開き、男は目をひん剥いてそれを凝視しながらその場に崩れ落ちた。
それを無表情に眺める陸斗は、かすかに口元を歪める。
これで陸斗は、ここに来てから二十人近くもの人間を殺していた。
うまく飛び散った鮮血を避けてはいたが、全ては避けきれず、陸斗の着ている“物”は、所々真赤に染まっていた。
(最近になって、殺してばかりだなぁ・・・・・・昔に戻っただけか・・・)
今の陸斗は比較的落ち着いていた。
狂っている、壊れているとは言われているものの・・・
最近になって、どうも心境が落ち着きつつある。
気のせい・・・ということもあるのかもしれないが、確実に以前よりは“まとも”な人間になった。
しばらく歩いて目的の場所にたどり着いた陸斗は、顔を上げて目の前の物を見た。
視線の先には、人体保存用のカプセルの中にI−B−1stと名乗っていた人間が、目を閉じて納まっていた。
死んではいない、眠っているだけだ・・・
それを確認した陸斗は、近くにあった鉄パイプでカプセルを殴りつけた。
“バリンッ!!”
妙に爽快感のある音を立てて、カプセルはガラスの破片と化し、催眠スモッグらしきものが錯乱した。
しばらくして、中にいたI−B−1stがうっすらと目を覚ました。
「ここは・・・・・・」
「さぁ?どこだろうね・・・」
こんな所で聞くはずもない陸斗の声を聞いたI−B−1stは、驚愕の眼差しで陸斗を凝視した。
「ア、I−00−1st!?どうしてここに?」
「陸斗だよ?まあ色々あってね」
「その格好を見れば・・・だいたい予想がつく・・・・・・」
陸斗は、真っ赤に染まった着ている物をみて肩をすくめた。
「で、何のようだ?」
「僕に協力してくれない?」
「はぁ?今何と言った?」
予想もしなかった相手の言葉に、I−B−1stはつい聞き返してしまう。
「君は、廃棄処分にされるところを、僕に助けてもらったんだよ?恩返しの一つや二つ当然じゃない?」
「なっ!?は、廃棄処分とはまた酷い扱いだな・・・・・・」
「事実じゃない?それとも違うの?」
「認めよう・・・・・・それで、何に協力すればいいんだ?」
「僕の兄さんを探してよ」
「・・・・・・・・」
それからしばらく、辺りを沈黙が支配した。
(兄を探す・・・・?)
I−B−1stは、疑問に思った陸斗の言葉を心の中で復唱する。
「お前に兄がいたのか?」
「いたよ・・・・・・」
「?」
呟いた陸斗の顔が寂しそうに見え、I−B−1stは不思議に思った。
壊れているはずのコイツが何故?いやそれよりも、破壊行動を主にするはずの、I−00−1stのバーサーカーシステムは常時効果・侵食活動をしていないのか?・・・・と。
不思議に思いはしたものの、結局死ぬはずだった自分が何を考えても無意味だと、むりやり自分自身を納得させると、頷いて用件を了解する。
「ありがとう・・・・・・僕の兄さんの名まえは雨桜 鷲」
「雨桜・・・鷲・だと?I−E−1stBか・・・・・・ランクS級の実験体だ」
「その言い方は気に入らないな・・・」
「おっと・・・それは失礼した」
人間らしい陸斗の物言いに、I−B−1stはますます困惑した。
(おかしい・・・自我消滅型であるはずのイノセントシリーズ・ゼロデビル。本当にコイツはI−00−1stを、インストールしたのか?)
I−B−1stは陸斗と同型のバーサーカーシステムが、インストールした同僚をいかに壊し、完璧な狂戦士に変貌させてきた様をいやというほど見てきた。
バーサーカーシステムは本来、術者の容量オーバーのフリーズ時に暴走による戦闘の継続を目的として作られてきたプログラム。しかし・・・・
軍事研究組織エスロクの登場により、バーサーカーシステムは格段に性能を上げてきている。
そして、彼らが現れてから三年ほどで、今の1stと同等の力量を持つソフトウェアを作り上げた。
その中でも群を抜いて凶悪なソフトが、試作段階で多数使用された・・・
名は、“ゼロデビル”
インストールした者の意識をまずはデリート。
そして破壊への欲求・異常な身体能力の上昇・身体の異変etc
陸斗も、それをインストールした被害者のはずだった。
だが、最初の段階で行われている意識のデリートさえも、陸斗の中では行われていないように見えた。
「何を考えてるの?」
「ん?」
どうやらI−B−1stは一度考え事に没頭すると、周りが見えなくなるようだ。
I−B−1stは苦笑すると、今までの考え事を振り払った。
「何でもない・・・・・・で、お前の兄は何処にいるんだ?」
「だから探すの手伝ってって言ってるでしょ・・・殺し屋さん」
「殺し屋さん・・・・・・?」
自分のことを言っているのは確実だろう。
しかし・・・
「街中でその呼び方は物騒じゃないか?」
「そう?別にいいじゃない」
そして陸斗は“笑った”
(!!?・・・わ・・・笑った、だと?)
顔には出さず、心中で驚いたI−B−1stは、また先ほどの疑問が浮かんできた。
(本当にコイツはバーサーカーシステムを・・・・・・止めよう、キリがねぇ)
そう何度も考えるような馬鹿でもなかったようだ。
ただI−B−1stは、この変化がとても微笑ましかった。
いつの間にか、I−B−1stは一度殺しあったこの少年に惹かれていたのだ。
いつかは陸斗が心から笑える時が来るのだろうか?
今のような“偽者の笑み”ではなく・・・・・・

「魔動砲(まどうほう)・・・?」
鷲はコンピュータのディスプレイに表示されたデータの一つを見て、疑問に思った。
描かれていた内容は・・・

魔動砲とは、強力な魔力源を加工して、全てを消滅するために企画された兵器である。
だが二つほどの問題点が見つかった。
まずはそれほどの魔力に耐えられるほどの砲身だ。
残念ながら、魔術担当の我々には作る技術はない。
その点に関しては、兵器担当の部門に依頼する事にした。
そして二つ目は魔力源だ。
今の自然の中に、そんな都合のいいものは存在しなかった。
そして我々は新たなシリーズをそれに利用する事にした。
それをインストールすると、魔術スタイルが血液型を無視した性質に変化する。
純粋な魔力の源に・・・
具体的には、完成させたシステムをインストールさせた人間をバッテリーとするのだ。
そのシステムは血液型固有の魔術スタイルを消し去り、人間を純粋な魔力の源に変貌させる・・・・・・
そう、ついに我々は完成させた。
不可能とされていた体質変化型の開発に。
それを我々はP(ピュア)シリーズと名づけた。
開発は成功した。すぐに我々はこの資料をエスロク本社に提出した。

「俺たちのようなI(イノセント)シリーズの他に、まだお仲間がいたなんてな・・・しかも、Pシリーズは完璧な戦略目的で作られている。俺たちよりも実用的だな・・・予想できる破壊可能範囲は・・・これは・・・穏やかではないようだ」
鷲は、疲れたようにため息をついた。
そして、周りを見渡して首をかしげた。
「で、これはどういうことだろうな・・・」
まず目につくのは、真赤なペンキが飛び散ったように装飾された壁。
そして、周りを見てそれがペンキではなく、人間の血だということに気づく。
無残に飛び散った人間のパーツ(体の一部)が、生々しくそれを語っている。
ただ見て解る事は、尋常な死に方しなかったということだ。
よく見れば、壁や天井は所々が崩れており、全体的にひびがはしっている。
このコンピュータが無傷だったのは奇跡といえる。
「明らかに魔力の暴走だな・・・・・・これは。Pシリーズの暴走?魔力源というものが暴走したら、ここまで酷いのか・・・・・・」
鷲は、自分が想像したことに寒気を覚えた。
「とにかく、インストールした者の名前だけでも調べないとな・・・」
慣れた手つきでキーボードを叩いていくと、鷲は目的の情報を見つけて苦い表情を浮かべる。
「P−S−1st・・・“春の泉”と“夏の泉”・・・・・・くそっ、肝心の個人データと送られた場所が消去されている・・・・・・あたりまえか」
鷲は、鬱陶しげに悪態はついたものの、再びコンピュータに向かうと作業を続ける。
黙り込んで熱心にキーボードを叩く音だけが静かな部屋に響く。
しばらくディスプレイと睨めっこをしていた鷲だが、ため息と同時に背筋を伸ばした。
どうやら目的の物が見つかったらしい。
「目的地ピックアップ完了・・・とりあえずCDにコピーだな・・・」
自分のCDをROM装置に挿入すると、またため息をついた。
「それらしき目的地をあげたのはいいが、四つもでてくるとはな・・・・・・まったく、冗談じゃない」
コピーし終えたCDをケースにしまうと、椅子から立ち上がった。
「文句を言っている場合ではなかったな。いいだろう、全部回ってやる・・・手始めにまずは・・・・・・」

陸斗はやっと鷲の情報をつかむ事ができた。
なんだかんだ言って、陸斗も鷲も珍しい髪の色、瞳の色だけに、結構目立つのだ。
「兄さんは色々な町を回っているらしいね・・・」
「ああ、しかもエスロクの支社のある所ばかりだ・・・」
陸斗の言葉に、I−B−1stは唸るように応じた。
(まったく、兄弟そろってそうとうエスロクに縁があるらしいな・・・・・・)
もはや、鷲がエスロクにちょっかいを出していることは明白だった。
その証拠に、彼が立ち寄ったとみられる町のエスロク支社が、何者かによって破壊されている。
鷲の行いだという事は、ほぼ間違えないだろう。
(目的はエスロクの壊滅か?いや・・・支社などいくら潰してもきりがない。なら、I−E−1stBをひきつける何かがエスロクにあるというのか・・・・・・)
その時I−B−1stの頭に、一つの言葉が浮かんでいた。
(魔動砲・・・)
I−B−1stも言葉だけは聞いたことがあった。
しかし、どんなものまでかは知らされていない。
だが、思い浮かぶものといえばそれくらいしかなかった。
「・・・いったい何のために」
「ねぇ、今日はあそこで休もうよ」
陸斗が指差した先には、比較的原型の残る民家があった。
I−B−1stは特に反対する理由もなく、その案を了承した。
「この町は特に荒れているな・・・・・・」
「うん、人間もろくなのがいないと思うよ」
「そうだな・・・気をつけねぇとな」
「ん?」
陸斗は、あることに疑問を持った。
「ねえ、その喋り方素にもどってる?」
「・・・・・・」
「それって悪い事じゃないと思うんだ。僕を信頼してきたってことだろ?」
「まぁ・・・そうだろうな」
肯定の言葉を聞き、陸斗は満足そうに、うんうんと頷いた。
嬉しそうに笑う陸斗を見て、I−B−1stも微笑する。
「じゃあ行こうか?」
「ああ・・・そーだな」
ある昼時の、微笑ましい出来事だった。
“表向きには”

「気づいたか?」
「うん、五人だね」
陸斗とI−B−1stは目線を合わせて頷いた。
今は太陽も落ち、普段なら人が熟睡している深夜一時をまわったくらいのころ。
二人は場を取り巻く異変で目を覚ました。
研ぎ澄まされた殺気で。
「夜戦用の視界安定ソフトは積んでるかぁ?」
「もう使ってるよ。殺し屋さんも速くメモリに落としなよ」
「・・・わぁってるよ。ったく」
陸斗の馬鹿にしたような言い方に腹を立てながらも、I−B−1stはソフトをメモリにダウンロードする。
微調整をしてから2秒くらいたって、I−B−1stの視界が明るくなった。
陸斗は既に窓まで移動している。
それに、I−B−1stも続いた。
「君のお仲間だよ・・・あれは10thかな?」
「エスロクの特務部隊の下級兵だ・・・・・・ん?」
何かに気づいたI−B−1stが、それをよく見るために目を細めた。
不思議に思った陸斗が、視線だけI−B−1stに向ける。
「どうしたの?」
「いや・・・・・・本当にお仲間だと思ってな。あれは俺の元部下だな」
「ふ〜ん。で、殺せないとか言うわけ?」
「いや、殺されるくらいなら、殺っておいたほうがいいな」
「あっそう。じゃあいくよ」
平静を装いながらも、I−B−1stは密かに脂汗を流していた。
(元に戻ってやがる。どっちが本物なんだ?)
陸斗は、殺すことで生を繋いでいた、あの頃の陸斗に戻っていた。

戦いは五分とたたないうちに終わった。
陸斗の圧勝で。
ただこの戦いで、I−B−1stの中で一つの感情が強まった。
“警戒心”
戦いの前の冷たい陸斗に変化を感じ・・・
戦いの最中の冷酷な陸斗にわずかな恐怖を感じ・・・
戦い終わってさっきまでの陸斗に戻ったとき、I−B−1stは初めて自分のしている行動の無謀さに気がついた。
この少年と自分は依然殺しあった仲、馴れ合いなどする仲でもない。
接触してきたのは陸斗の方だ。
しかし、自分は完全にこの少年に取り込まれかけていた・・・
この感情が、陸斗とI−B−1stとの間にわずかな亀裂をうんだ。
そして・・・
I−B−1stは陸斗の機械的な行動の先にあるものに、気づいてしまった・・・
機械的な陸斗、偽りの感情、真の殺意・・・
この三つが意味するものは・・・・・・

「酷いよ殺し屋さん。戦いに参加しないなんて」
「ああ・・・すまない」
「じゃあ、もう一眠りしよっか?」
「そうだな・・・」
―いっそ気づかずにいられたら幸せだったのに―
それは、I−B−1stが陸斗を常に警戒するのに、十分な理由だった。

「陸斗がエスロクに接触している・・・のか?」
鷲はディスプレイを凝視して驚いていた。
―ポイントBエリア1−8にてゼロデビル保持者、サンプル名無邪気な悪魔を確認―
その一文が、全てを物語っていた。
無邪気な悪魔とは陸斗。そしてエスロクは――
「陸斗を抹消するつもりか・・・失敗作のゼロデビルごと」
鷲はさらに情報を探った。
探しているうちに鷲は、もうエスロクの兵隊が陸斗に接触したこと、陸斗がエスロクの支社を襲った事などを知った。
「違ったのか・・・?ゼロデビルの“条件”はエスロクではなかった・・・・・・なら、何が“条件”なんだ・・・?」
「うぁ!?だ、誰だ!?」
鷲の思考は男の声で中断された。
「――ちっ」
鷲は舌打ちすると、男めがけて突進する。
「がほぉ――」
ドスっという、肺から空気の出る濁った声と共に、男は気絶した。
“ウウウウウウウウウ!!”
「!?」
男が気絶するのとほぼ同時に、けたたましい音が鳴り響く。
鷲は青ざめた顔で、今しがた自分が倒した男を見る。
「こいつ・・・・・・生命センサーを積んでいるのか。こんな下級兵が」
生命センサーとは、まぶたの動きや心拍などの体のいたるところに設置した、ナノマシンのセンサーのことである。
センサーの内のどれかが止まり次第、ナノマシンが電波を本部に送り、警報がなるしかけだ。
要するに、死んだ、気絶した、拘束された、などの状態に陥ると反応するわけだ。
メモリを使用する結構高度な機械なため、その辺のエスロクの兵隊が使っているはずはないのだが・・・
「さすがに、この地方一帯のエスロク支社を束ねているだけはある。魔動砲・・・やはり、ここにあるようだな」
『警告、センサーニ武装シタ影ヲ確認シマシタ』
管理システムのAIウィルが、敵の接近を警告する。
「余裕で状況確認している場合ではないか・・・無駄な戦いは避けねばな」
鷲は、やってきた目の前の敵二人をすばやく倒すと、無駄のない動きで後の兵隊を交わして行く。
「余裕だな・・・」
『前方ヨリ熱源接近、回避シテクダサイ』
「!?」
鷲は、無理やり減速させると、そのまま横に飛ぶ。
そして直後、黄色い光線が紙一重で通過した。
「がっ!――」
「なっ――」
「!っ――」
光線は、鷲を追って来た兵隊三人に接触すると、三人を一瞬で溶解させた。
肉の焦げる臭いが漂うなか、何事も無かったかのように廊下は静けさを取り戻していた。
「ウィル・・・今のは」
『温度2000ノ光線デス、軍事レベルハ3、シカシ周囲ニ対人兵器意外敵影ハアリマセン、魔法発動モ確認サレマセンデシタ』
「どういうことだ・・・」
『警告、対人兵器ト、非武装ノ敵ラシキ物体ガ接近シテイマス、注意シタクダサイ』
「数は?」
『対人兵器3、人間1デス』
鷲はすばやく魔方陣で魔槍を構築する。
そして、薄っすらと現れた四つの影を、鷲は無言で睨めつけた。
「そんなに殺気立っては、死期を早めますよ?I−E−1stB」
「名前を聞く気はない・・・邪魔をするならすぐに殺すぞ」
「まあお待ちください・・・」
光を浴びて、目の前に立つ人物の顔が明らかになる。
性別はおそらく男、黒いスーツに身を包み、冗談のような細い眼を持つ、実に陰気な人物だった。
[これは貴方に対する喪服です]と言われたら、そのまま皮肉に聞こえるだろう。
「・・・で、それは?」
「かわいいでしょう?私のペットです」
男がペットと言ったのは、後から続いて出てきた対人兵器だった。
(俺の知る限りあんなのは見た事がない・・・新型か?)
「難しそうな顔をなさいますねぇ、データを検索しているのなら無駄ですよ?試作の新型ですからデータにないんですよ。理解できます?」
男は、小ばかにしたように鷲の疑問を肯定してくれた。
だが鷲は、対人兵器相手に苦戦するつもりはなかった。
「名前はP−S−5thと申します。どうぞ殺されるまで仲良くやってください」
「何!?P・・・ピュアシリーズ・・・だと!?」
鷲の言葉を肯定するかのように、目の前の蜘蛛(くも)に似た“生物兵器”は、金属同士がこすれるような泣き声をあげる。
“パチン”
そして、男が指を弾いたのを合図にして、“三人”は鷲に襲いかかった。

―我々は間違っていたのだ。私は神を信じるほうではないが、あれをみると自然への冒涜(ぼうとく)を感じる。春の泉と夏の泉のインストールに成功して調子に乗っていたのだ、Pは作られるべきではなかった。Pは体質変化型として作られたが、いつの間にか体形変化型になってしまっていた。春の泉と夏の泉が唯一の成功例・・・いや彼女らこそがバグ(異常)だったのかもしれない・・・・・・“あの異変”を見てからもう食欲がまったく無くなった、私は仲間たちよりも一足先に旅立つとしよう・・・・・・きっと我々はそろって地獄に堕ちるであろう―
〜Pに関わった、ある研究員の遺書〜より・・・



第三章・P−W−2nd
「くそっ!」
“ザクッ”そんな音を立てて、かなり深く切られた鷲の右腕から、血が飛び散る。
一瞬、Pという言葉に気を取られ、敵の攻撃に対応しきれなかったのだ。
「一つ聞く・・・・・・その機械は人間・・・なのか?」
雨桜 鷲は右腕の止血をしながら、余裕の雰囲気で目の前に立つ陰気な男に問いかける。
「そうです。彼等は人間です。自分の意思で強力な力を手に入れた、幸せな者たちです。だってそうでしょう?人間は貧弱で、とても弱い生き物ですからねぇ・・・フフフッ」
「お前が言うと、そのまま嫌味に聞こえるな・・・・・・率直に聞く。お前もその内の一人か?」
鷲の問いに、陰気な男は満面の嫌味漂う笑顔を浮かべる。
「まずは彼らを倒したらどうですか?・・・P−S−5thがフィフスクラスといっても、中々の実力者達ですよ?」
P−S−5th達は、男の言葉に同意するかのようにきしみ声を上げる。
「そうだな・・・・・・」
そう言うと鷲は、何気ない動きで右腕をあげる・・・そして――
『キシャァアアアアアアア!!』
その腕の方向に存在したP−S−5thが、何かに貫かれた。
“爆発”
急所を貫かれたP−S−5thは、鷲の目の前で爆発した。
その爆発の衝撃で、木っ端微塵に砕け散ったP−S−5thの残骸からは、赤い液体が大量に流れていた。
それは、確実に人間の血だった・・・・・・
「シャドウパーツ・・・油断しましたね」
陰気な男は忌々しそうに、鷲の右腕を被う薄い影を見て呟く。
シャドウパーツは凡庸魔法の中でも、比較的扱いやすい部類に入る魔法だ。
効果は、指定された術者の一部を被い、攻撃や防御の瞬間だけこの世に実体を持たせて使用する魔法である。
鷲は視線を床に落として、赤の支配する敵の残骸を眺める。
「こいつらは人間、それは理解してやる・・・・・・しかし」
そして、鷲は怒りのこもった眼で男を睨みつけた。
「どう見てもこれは、自然や俺たち人間への冒涜だ!!」
「やれやれ・・・人殺しの貴方が、人間への冒涜などと言いますか・・・・・・貴方は、もうちょっと理解力のある、少しはマシな方だと思ったのに」
「なんだと・・・」
鷲の物凄い殺気に、男は涼しげな嫌味ったらしい微笑で答える。
「話す気も失せました。殺りなさい、お前達」
『キシャアシャァアアアアア!!』
P−S−5thの二人のうち一人が、鷲に襲いかかってくる。
鷲はその攻撃を、すばやい動きでかわす。
だが後ろに控えていたもう一人が、鷲に向けて“口”を向けていた。
そして、その口が光ったかと思うと、“あの三人を焼き殺した光線”が吐き出された。
終わった・・・と、陰気な男は思った。
鷲ほどの動きを持ってしても、かわせる距離ではない。だが――
「ほぅ・・・」
陰気な男は、鷲の動きに感心していた。
そう、鷲はかわしたのだ。今までの動きが嘘のような、さらに速い動きで・・・
そしてそのまま、鷲は二人を構築していた魔槍、ラグナロクと呼ばれる黒槍で、一刀両断に切り裂いた。
二人は、ほぼ同時に切られた箇所から赤き鮮血が噴出し、体が二つにずれ、そして・・・
“爆発”
その爆風に髪を揺らしながら、陰気な男は嫌味な笑みを浮かべていた。
「いやぁ、お見事。先ほどの動き、アビリティ・スキルの“スピード”を積んでいますね?・・・さすがは、I−E−1stBといったところでしょうかね?さっきの光線の原理を説明しましょうか?」
「必要ない。どうせPシリーズの製作課題であった魔力源から、直接魔力を噴射したのだろう?魔力源に関しては、ある程度の知識は身に付けている」
鷲の考えに、陰気な男は拍手で肯定する。
「さすがですねぇ。二度見ただけで、光線の原理を理解してしまわれるとは・・・」
「さあ、答えてもらおうか・・・俺の質問に」
一方的な鷲の言葉に、陰気な男は嫌味な苦笑を浮かべる。
「貴方は四季というのをご存知ですか?」
「?・・・・・・ああ、知っている」
陰気な男の問いに疑問をもちながらも、鷲はそれに肯定した。
「かつて、気候管理されるまで存在した、四つの自然の顔。春、夏、秋、冬・・・春と夏は原形を保ち、秋は腐敗し、冬はすぐれた物へと進化する。そして私は冬・・・・・・」
「ふっ、結局は貴様もバーサ――!!?」
言いかけた瞬間、鷲は驚愕した。
男の体が溶け出したのだ。
いや、溶け出したのではない、元の姿に戻るべく、いらない皮を破棄したのだ。
そして、現われたものは・・・・・・人間の形をした人間外のものであった。
頭部、胴体、両手、両足・・・行動するのに必要なものをそろえていながら、男・・・いや、もはや性別さえ判らなくなった“物”は、普通に生活する上で重要なものが、ほとんど欠落していた。
一言で表すなら無機質。目の前にたつ物は、とても生き物には見えない・・・
目、鼻、口、耳、体毛などの、人間の表面を支配する機関たちは、目も前の物には存在すらしなかった・・・・・・
完全なる無。冗談のように白い表皮。人間の形だけの体。
先ほどまで浮かべていた嫌味な笑みも、その無の表情からは何も感じ取れなかった。
『どうです?私の体は?』
鷲の脳に直接言葉が入ってきた。
「最悪だな・・・・・・それでも人間のつもりか?」
『フフフフフフッ・・・・・・それは、褒め言葉として受け取っておきましょう』
「お前が、P−Sのファーストクラスか?」
『一つ助言しておきましょう。識別コードのSは春を指します。夏はSu。秋はF。そして私はW・・・あと訂正点がありますね。残念ながら私は1stではなく2ndです。ご了承ください。下階級の研究者達は、私達のことを春の泉、夏の泉、秋の泉、冬の泉と呼んでいたらしいですが・・・・・・本当の肩書きは他にあります。そして、それが私達のP・バーサーカーの製作課題でもあった呼び名・・・春は“穏やかなる春の泉”。夏は“優しき夏の休息”。秋は“滅び行く秋の僕(しもべ)”。そして冬である私の肩書きは“終わる冬の皆無”・・・ご理解いただけましたか?』
「ああ、お前が2ndの雑魚・・・ということは理解できたな」
『貴方・・・少々生意気ですね?2ndが雑魚ですと?無知にもほどがありますよ?その身に思い知らせてあげましょう・・・・・・このP−W−2ndが』
鷲の言いように、P−W−2ndは気分を害したようだった・・・・・・
鷲を倒すべく、右手を上げたP−W−2ndに対して、鷲はすぐに動ける体勢で臨む。
「さっきの光線か?なら、何度やってもか――!?」
P−W−2ndが、無言で攻撃を開始した。
唐突な無音の攻撃に、鷲は本能的に回避してから驚愕する。
「シャドウパーツ!?・・・いや違う、これは・・・・・・奴の体そのものか!?」
あまりにもシャドウパーツに似た攻撃方法に、鷲はそれと勘違いする。
だが、落ち着いて見ると、それがすぐにP−W−2ndの腕だということが、容易に判断できた。
“常識では考えられないほど長く伸びた腕”は、地面に深々と突き刺さっていた。
P−W−2ndは、コンクリートなど紙切れと同じようにしか考えていないようだ。
『今のは挨拶・・・本番はこれからですよ?』
外見の雰囲気は消えたが、言葉にはまだP−W−2ndの嫌味さが残っている。
鷲は、頭に直接聞こえてくる声に、鬱陶しささえ感じていた。
『せめて苦しみながら死になさい・・・それが貴方の義務です』
「それは了承できないな」
鷲は、両手を上げているP−W−2ndにラグナロクで切りかかる。
「!?」
だが、鷲は何かの寒気を感じて、P−W−2ndから一度距離をとった。
直後――
「な!?」
鷲は、開始されたP−W−2ndの攻撃をラグナロクで切り落とし、何発かは防ぎきれなかったものの、致命傷だけはさけられた・・・
今度は指。
P−W−2ndの両手の指が、不規則な動きで鷲に襲いかかってきたのだ。
かわしそこねた数個の箇所から血が滲み、かわしきれなかった左肩を、P−W−2ndの指が痛々しく貫通していた。
だが、自分の傷など気にもせずに、鷲は切り落としたP−W−2ndの指を見下ろす。
「もう血さえも無くしたか・・・・・・」
切り落とされた指には、血どころか、何も無い・・・ただの白い塊だった。
『無くした?とんでもない。私は自ら望んで捨てたのですよ、この考えがご理解いただけますか?』
「したくもないな・・・・・・」
フフフフフフッと、興味のかけらも無い鷲の答えに、P−W−2ndは含み笑いで応じた。
「悪いが・・・本気でいかせてもらう」
もう話す気も無いのだろう、鷲は完全な攻撃体勢に入る。
『メモリニダウンロード中ノ魔法を削除、構築済ミファイルヲメモリニダウンロード、ファイル名、滅殺プラン、メモリニ一括ダウンロード完了』
「よし」
一度、魔槍のダウンロードデータを削除した事により、ラグナロクは消える。
だが鷲は、ラグナロクを再構築せずにP−W−2ndとの距離をつめる。
その動きは、今までで最高だった。
『ふっ、無駄ですよ?切り裂きなさい、我が指たちよ!』
両手を鷲に向け、P−W−2ndは先ほどの攻撃を開始する。
計十発。
常人にはかわしきれない動きで、鷲に指達は向かっていく。が――
「もっと速くだ・・・ウィル、スピードの使用メモリ追加」
『了解、マスター』
使用メモリのアップによって、さらに加速した鷲はP−W−2ndの攻撃を楽々かわす。
普段、魔法は決められたメモリで稼動している。
だが使用者との相性次第では、メモリの許す範囲内で、魔法の性能をアップできる。
しかし、どの魔法でも追加メモリは相当のメモリを喰う。使いすぎはフリーズにつながる。
もちろん鷲もそのことは知っているが、そんなことは気にせずに、相当メモリを消耗しているようだ・・・・・・
攻撃を余裕でかわし、接近に成功した鷲は、P−W−2ndの腹部に右手をあてる。
「とらえた」
脳へ圧縮ダウンロードされた魔法が、解凍処理により一瞬で発動する。
魔方陣がP−W−2ndの腹部に浮かび、それから0.1秒と経たずに、P−W−2ndの腹部が一瞬で消滅した。
『ぐっぅ・ぁ・・・!』
いきなり体が消滅した事により、バランスを崩してP−W−2ndはその場に倒れた。
そして動かなくなる・・・・・・心臓を消し去られては、さすがのP−W−2ndでも生きてはいないだろう・・・と、鷲は無残に引きちぎられたようなP−W−2ndを無表情に見下ろした。
「・・・・・・やはり雑魚だったか」
鷲は生死を確かめるため、P−W−2ndに近づく。
仰向けにするため、P−W−2ndの肩に足をかけたとき、
「!?」
鷲はギリギリで、P−W−2ndの不意打ちをかわした。
『これくらいの傷、どうって事ありませんね』
「な、何だと!?再生・・・?」
『そうです、P・バーサーカーの影響により、極限まで高められた治癒能力がすぐに体を再生します、体の一部が残っていれば何度でもね・・・・・・言っておきますが、脳髄や心臓を攻撃して即死させようとしても無駄ですよ?既にそんなものは、私の体から消えていますから』
(・・・冗談じゃないな。要は、一度に消滅させなければいけないということか)
鷲は、心中で悪態をつく。
『無駄ですよ?一度に体を消滅させる凡庸魔法など、聞いたことありませんしね。それとも、貴方はそれを持っているのですか?』
「・・・・・・」
鷲は無言。それを肯定と考えたP−W−2ndは肩を震わせて、直接鷲の脳に笑い声を送り込んできた。
『フフフフッ・・・・・・アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ』
(あの魔法を使えば・・・あるいは)
P−W−2ndの高笑いには動じず、鷲は冷静に現状を確認する。
そして、鷲が動きをみせた。
「ようは、再生する前にお前を消滅させればすむことだろうが!」
『できるのですか?』
「やってみせるさ・・・」
そう言うと、鷲はラグナロクを構築する。
『またその槍ですか?芸が無い・・・』
「少し黙っていろ・・・」
鷲は文字通り、風のような動きで突きを繰り出す。
だが、残らず敵にヒットしているはずの突きは、刺すごとに再生されてしまう。
『無駄、無駄、無駄、無駄、無駄ですよ?そんな攻撃・・・針で突かれているのと同じです』
「知らないのか?」
“グサッ”
鷲は、ラグナロクを力いっぱいP−W−2ndに突き刺し貫通させて、さらに、その先にある地面にまで突き立てた。
『何のつもりですか?』
「すぐに解るさ」
そして鷲は右手を、P−W−2ndに刺さったラグナロクに向ける。
そして、ロストセフィを軸にして、魔方陣が展開した。
『追加魔方陣!?何をする気ですか!!?』
「さよならだ・・・P−W−2nd。闇の中で永遠にさまよえ」
鷲が言い終わった瞬間、ラグナロクがP−W−2ndごと闇に包まれる。
闇が半径十メートルくらいまで膨らむと、一転して今度はそれが凝縮してゆく。
それがおさまった時、ラグナロクとP−W−2ndは消えていた。
「ラグナロクの本当の使い方はこうだ。ラグナロクを媒体として、小規模な亜空間を展開し、全ての物を取り込んで消滅する・・・・・・見かけによらず、残酷な魔法さ・・・・・・」
『それはご丁寧にどうも』
「なっ!?まさ――ぐぁっ・・・!?」
消えたP−W−2ndの声がしたかと思うと、いきなり鷲の体に衝撃が走り、口から血が溢れ出す。
その腹部には、背中から貫通したP−W−2ndの腕が突き出ていた。
『中々の魔法でしたが・・・でも、甘いですよ?』
グサっという音を立てて、P−W−2ndは一気に腕を引き抜いた。
「っ!!?・・・・・・くっ、そぉ・・・」
鷲の腹部から血が飛び散り、さらにその後も、大量に血が流れ続ける。
痛みとショックで、気絶しそうになりながらも、根性でそれに耐えた鷲は、P−W−2ndを全力で睨みつける。
「く、そ・・・・・お・まえ・・・は、俺が、絶対、に・・・ころ、して、や・る・・」
『五月蝿いですよ?I−E−1stB・・・』
P−W−2ndは容赦なく、鷲の体に指を突き刺す。
『貴方は、いたぶりながら殺して差し上げますよ・・・フフフフフッ』
「くそ・・・ふっ、ざけんなあああああああああああああああああああ!!!!」
大声で叫ぶと、鷲は腹筋に力を入れ、血が飛び散りながらも、P−W−2ndの指を振り切って、空高く飛び上がった。
そして両手をかざし、今度はP−W−2ndを軸に魔方陣が構築される。
『エリアノ指定完了、戦術級魔法“破滅への宴”指定エリアニ小規模展開』
P−W−2ndの足元に、巨大な魔方陣が姿を現した。
そして、鷲の魔方陣が眩しいほどに光りだす。
『こ、これは!?ま・・・まさか!!戦術級魔法!?馬鹿な!?生身の、しかも死掛けの人間が直接使えるわけ――』
「パーツ、ごと・・・消しとべぇぇぇえええええええええ!!!」
“ゴォオオオオオオオン!!!”
物凄い地響きを立てて、指定エリアが消滅する。
そして、それが止んだとき、後には大きな穴だけ残っていた。
「お・わった・・のか?ウィル、痛覚、を・・・遮断・しろ」
『了解、マスター』
ウィルが、肯定の返事をすると、鷲の体中にはしっていた痛みが、ふっと消える。
「ふぅ・・・ウィル、タイムリミットは?」
『“破滅への宴”ノ衝撃ヲ考慮スルト、20分ガ限界デス、ソレ以上ノ行動ハ、死ニツナガリマス、自重シテクダサイ』
「了解した・・・」
鷲は、腹部の出血を手早く止めると、脳中に研究施設の地図を表示する。
「おそらく春と夏の二人は実験室にいる・・・・・・急ぐか」
そう言うと、鷲は実験室へと急ぐ。

「間違いない・・・兄さんの反応だ・・・」
雨桜 陸斗は、あるエスロクの統括支部の前に立って呟いた。
「間違いねぇのか?」
「うん」
脳中に表示されたマップに、兄の鷲を示すマーカーを見て、陸斗は微笑む。
「行こうか・・・」
「ああ・・・そうだな」
そう言うと、二人はエスロクの地方統括社の中に入っていく。
I−B−1stは、陸斗の微妙な変化に気づいていた・・・
それを止めなかったのは、ある意味、陸斗に対する情けだったのかもしれない・・・
I−B−1stは、陸斗が兄に会った瞬間に、殺すつもりでいた。
おそらく、兄にあった陸斗は・・・もう・・・・・・

「ここか?実験室というのは・・・・・・しかし」
鷲が目的の部屋について見たものは、破壊しつくされた部屋だった。
原形を留めていないコンピュータ、割れて粉々になった試験管の残骸、燃やされて灰になった資料、床に飛び散っている薬品、崩れ落ちた壁・・・・・・
「これは・・・いったい」
「僕がやったんだ」
「?」
鷲が声のした方に振り返ると、いつの間にか、自分と同じくらいの年の青年が立っていた。
青年は赤い髪のショートカットと、顔半分を覆う包帯が印象的だった。
「君が・・・これを?」
「ああ、僕はここで行われた研究が許せなかったからね」
「・・・・・・ここに二人の女性がいたはずだ。知らないか?」
「彼女達なら隣の部屋にいる。だいぶ脅えていた・・・早く行ってあげるといい」
「・・・わかった」
肯定の返事を確認すると、赤毛の青年は鷲が入ってきた扉のほうへ歩み寄る。
「ちょっと待ってくれ・・・」
部屋を出ようとした青年を、鷲が呼び止める。
「何だい?」
「俺は雨桜 鷲・・・君の名前を、教えてくれないか・・・」
「どうしてそんなことを聞くんだ?この広い世界で、再び僕達が会う事はないと思うが・・・」
「そうだな・・・だが俺は、またどこかで君に会うような気がするんだ・・・偶然ではなく、意図的に・・・・・・」
「・・・・・・紅(くれない)。姓は持ち合わせていない」
「了解した。覚えておく、紅」
「ああ・・・じゃあ、そろそろ僕は失礼するよ」
そう言い残すと、紅は今度こそ部屋を去っていった。
よく見て気づいた事だが、彼の右半身は全て包帯で覆われていた。
綺麗な顔だったためか、その包帯がやけに違和感を放っていた。
「不思議な奴だったな・・・・・・さて、あの扉か、ウィル・・・」
『部屋ニ生体反応ハ2ツ、他ニハ確認デキマセン』
「わかった」
鷲は扉まで歩み寄ると、できるだけ優しく扉を開ける。
「――!!?」
「な、何よあんた!!」
中では、膝を抱えて脅える少女を、気の強そうな少女が、震える足で守っていた。
「怖がらなくてもいい。俺は君達を助けにきたんだ・・・」
「うそ!そんなの信用できない!!」
「なら正直に言おう・・・君達はここにいるべきではない。ここにいると必ず物として悪用される、だから開放しに来た・・・・・・これではダメかな?」
「信用できるわけないでしょ!!大人なんて・・・信用できるわけない!!」
「彩菜ちゃん・・・」
今まで膝を抱えていた少女が、気の強そうな少女のスカートの裾を引っ張って、弱々しく呟いた。
「この人は、優しい目をしてる・・・きっと、大丈夫だよ・・・・・・」
「恋・・・・・・」
そう言って微笑む恋と呼ばれた少女を、綾菜と呼ばれた少女が強く抱きしめた。
「綾菜ちゃん。私は、もう、平気だよ・・・だって、綾菜ちゃんがいるもん」
「そうよ!恋は私が守るんだから!・・・だから、もう泣かないで」
「うん・・・」
それを聞いて安心したのか、綾菜と呼ばれた少女は、恋と呼ばれた少女から手を離し立ち上がって、鷲の方を見る。
さっきの攻撃的な視線は、感じられなかった。
「さっきは・・・御免なさい。私は・・・P−Su−1st。この子は、P−S−1st・・・エスロクで作られた、バーサ――」
「違うだろ!」
「!?」
鷲がいきなり怒鳴った事で、少女2人はビクッと震える。
「ごめん・・・でも、その名前は肩書きでしかないだろ?俺の肩書きは、I−E−1stB。本名は、雨桜 鷲。君達にも、本名はあるだろ?」
「あ・・・うん!私は榊原(さかきばら) 綾菜(あやな)。この子は――」
「私は、綾菜ちゃんの妹の、榊原 恋(れん)です。よろしくお願いします」
「ああ、よろしく。そうか・・・姉妹か・・・」
鷲の笑顔で、完全に安心してくれたようだ。綾菜と恋からは、もう脅えた雰囲気は消えていた。
「さあ、ここから出――」
“ドォオオオオオオオオンッ!!!!”
物凄い爆発音と共に、地面が揺れた。
「こ、これ、なに!?何が起こったの!!?」
「落ち着いて、綾菜ちゃん・・・鷲さん、私達は・・・・・・」
「君達は、とにかく俺から離れないでくれ・・・・・・」
(ついに来たか・・・・・・陸斗)
鷲は陸斗の存在を確信していた。



第四章・雨桜兄弟
「おそらく今の衝撃は、俺の弟が起こしたものだ」
「弟ですか?」
雨桜 鷲の言葉に、榊原 恋が反応する。
「ああ・・・雨桜 陸斗。俺の唯一の家族にして、これから立ち向かう最強の敵だ」
「敵?兄弟なのに敵なの?鷲と、鷲の弟は仲が悪いの?」
鷲の横に立って、今度は姉の、綾菜が反応してきた。
「そうじゃない。あいつは、バーサーカーシステムをインストールした瞬間から狂いだし、その矛先が俺に向いただけだ。他のバーサーカーシステムならまだ救いようがあったのだが・・・ゼロデビルは普通のシステムとは根本的に異なるからな・・・・・・特に1stは、作ったエスロクさえも手に負えなかった」
「・・・そうなんですか。鷲さんは、弟さんと会ったらどうするつもりですか?」
恋の言葉に、鷲はできるだけ明るく答えてみせた。
「とりあえず・・・話してみるさ」
しかし、その笑みからは、悲しさしか伝わらない。
この後、三人の間に会話が生まれる事はなかった・・・・・・

「兄にあって・・・お前はどうするつもりだ?」
「感動的な対面がいいなぁ・・・・・・泣きながら兄さんが僕に飛びつくとか?」
鷲とはうって変わって、陸斗はいたってのん気なことを言っていた。
「お前な――」
「ダメダメ!やっぱりダメだよ!!兄さんはそんなキャラじゃないし、それに泣くようなタイプじゃないもん・・・・・・やっぱり飛びつくとしたら僕かなぁ、でもそしたら可愛さは出るかもしれないけど、かっこよさの欠片もないなぁ・・・・・・僕はこれでもかっこいい系めざしてるんだよ?」
「・・・・・・そうかい」
陸斗は無表情にはしゃいでいた。
言葉はのん気でも、その無表情の中から溢れ出る殺気が、言葉との矛盾を作り出し、陸斗の存在自体を不気味にしていた。
おそらく、そばにいるI−B−1stの存在さえも殆(ほとん)ど眼中に入っていないのだろう。
その頭を支配するのは“兄”という一つの単語のみ。
しかし、その言葉こそ陸斗の生きる意味を作り出している、重要語句でもあった。
(俺の邪推(じゃすい)が、どんどん真実に近づいている・・・・・・気づきたくないと思っても、俺のバーサーカーシステムの“ブラットニード”の第六感が、陸斗を完全に危険視してやがる。くそっ・・・俺は結局、人の一人も信用できないのか・・・・・・)
I−B−1stは苦悩する・・・・・・
だがこれで、殺し合いの準備は整った。

「兄さん・・・」
「陸斗・・・」
陸斗と鷲は、奥行きのある広い空間で、あっさりと対面した。
陸斗が望んだ感動的な対面など無く、そこには張り詰めた空気が存在するだけだった。
そう・・・殺気に似た空気が・・・・・・
「会いたかったよ・・・兄さん」
「陸斗・・・俺は」
「どれだけ探したか・・・」
「お前が?何故俺を?やはり殺すためか?」
「会いたかった・・・ずっと探してたんだよ」
「・・・・・・」
会話が噛み合っていない。
だが二人は、噛み合っていない会話の中で二人だけの空間を作り上げていた。
二人とも回りは見えていない。
“ドクンッ”
そして・・・静かに、陸斗の中で何かが動き出した・・・

「死ねぇええ!!陸斗っ!!!!」
以前から考えていた事を実行に移すべく、I −B−1stが陸斗にスラッシュ・クロスを叩き込む。
“ブシュッ”
そんな音を立てて、深く十字に切り裂かれた陸斗の背中から、冗談のように大量の血が霧のように噴出した。
だが、陸斗はそんなことは気にせず、鷲に向かって無邪気に笑っているだけだった・・・

“ドクンッ”
『待機データヨリ、最優先命令確認、バーサーカーシステム、“ゼロデビル”強制キ・・ド――』
バーサーカーシステムの起動によって、ウィルが一時的に機能停止する。
そして、新たなシステムが目覚めた・・・・・・
『治癒機能作動、排除システム起動ダ・・・』

「がはっ!!?」
陸斗から放たれた衝撃波に、I−B−1stが吹き飛ばされた。
鉄の壁に背中から突っ込んだI−B−1stは、起き上がると、背中を押さえて苦悶の表情を見せる。
そして、陸斗の体についたスラッシュ・クロスの傷が、ゆっくりだが確実に治っていく。
「強い・・・これがゼロデビルの使用魔法・・・そして、あの治癒能力・・・・・・くそ!俺のブラッドニードを起動させても、勝てる気がしねぇ・・・」
しばらくして、ただ驚愕と絶望にまみれたI−B−1stに、鷲が駆け寄ってきた。
「大丈夫か?陸斗と行動を共にしていたということは・・・ある程度の事情は、把握しているとみていいな?」
早口で質問攻めをする鷲に、I−B−1stは陸斗の攻撃が直撃した腹部をさすりながら、頷いて肯定した。
「そうか・・・殺るなら、起動する前に首でも刎(は)ねておくんだったな。中途半端に情けをかけたのは失態だ」
「なら、お前はできんのかよ?実の弟を殺すことが・・・・・・」
「あれはもう弟ではない、いつでも・・・・・・いや、多分殺せない。だから、君が陸斗を殺せなかったことに、苛立(いらだ)ったんだろうな・・・」
悲しそうに話す鷲・・・だが、I−B−1stは満足したように笑みをみせた。
「狂っていても・・・兄の人物像は覚えていたんだなぁ。あいつの言ったとおりだぜ、お前。お前に会いたがっていた陸斗の気持ちが理解できた」
「そうか・・・・・・だが、俺に会うこと自体が、おそらくゼロデビルの――」

『起動条件ノI−E−1stBトノ対面をクリア、ゼロデビルノ使用ファイルヲメモリニ一括ダウンロード、ソレト同時ニ現在ノ複製人格ヲ削除、ファイルヨリ人格“ゼロデビル―無邪気な悪魔―”ヲ設置、コレラノ所要時間ノ合計ハ5分、敵ハ相対システム“エンジェルロード”ノ“黒き天使”ダ、暴レマクレ、無邪気ナ悪魔、オ前ハ自由ダ――』
ゼロデビルと共に目覚めたA.Iは、誰も望まない戦いへの準備を整えていく・・・

「エスロクでは無かったんだ。そう、起動条件は“エスロク”ではなく“俺”だった。俺は・・・・・・気づくべきだった。陸斗がエスロクに接触して、ゼロデビルが起動しなかった時点で・・・・・・」
鷲は鬱陶(うっとう)しげに、自分の傷跡をなぞる。
「気に病むことはねぇよ・・・俺だって考えが甘かったさ。自分の力で陸斗に・・・・・・いや、ゼロデビルに勝てるなんてな・・・大した過信だぜ。それよりも、俺の予想だが、複製人格削除などの準備を考慮すると、ゼロデビルの起動までには数分程度の時間が必要なはずだ・・・おそらくあと三分くらい」
「ああ、同感だ・・・・・・初めて会う奴に頼む事でもないのだが・・・この場合仕方がない、君を信用してものを頼む」
「おいおい、はなっからお前を信用して、素で俺が喋ってんだ。なに律儀なバリアはってんだよ」
「律儀なバリア?・・・まあいい。頼みというのは、あそこにいる彼女達を連れて、地下に行ってくれないか?」
「あれは・・・P−SとP−Suの1stか?あいつらを連れて地下へ・・・・・・なるほど、“あれ”を奪うつもりか・・・だが、何に使うんだ?」
「俺も陸斗も、帰るところがあったほうが、何かと便利だからな。“あれ”は申し分ない大きさだ」
鷲の、陸斗もという言葉に、I−B−1stは肩をすくめる。
「呆れたぜ・・・お前、アレを正気に戻す気かぁ?大した自信だな・・・・・・って!?」
I−B−1stは言い終わって、鷲の取り出した物を見て驚愕した。
「おいおい、まったく何処まで準備がいいんだ?お前は?・・・だが、どうやってそれを陸斗のゼロデビルに書き込む気だ?素直に従うとは思えんが・・・・・・まさか、気絶(フリーズ)させる気か?でもどうやって?」
「その必要はない。俺のバーサーカーシステムのエンジェルロードは、相手のメモリやデータライブラリィに侵入できる。だから、直接バーサーカーシステムに書き込んでやればいい」
「そこでまたどうやって?という疑問がわくわけだが・・・・・・わぁったよ、仕方がねぇ・・・ったく、どこまでも無茶な兄弟だぜ。お前といい、陸斗といい・・・・・・ん、時間だ。じゃあ行動に移る」
そう言うと、I−B−1stはきびすを返して、走り出そうとする。
「ちょっと待ってくれ、君」
「I−B−1stだ」
「その名前は呼びにくいな・・・俺が後で名前をつけてやる」
「ネーミングセンスの無い陸斗の兄だ・・・期待はできないな」
こんな状況でも皮肉の言えるI−B−1stに、鷲は優しく微笑んで、そして言った。
「戻って来い・・・お前も、俺の考えたメンバーの一員だからな」
「了解した。お前も死ぬなよ、鷲!」
お互い、言いたい事を全部相手に告げると、今度こそI−B−1stは、綾菜と恋に向かって走っていった。
そして鷲は、数メートル離れたところで、ゼロデビルと化した陸斗に対峙した。
「さあ陸斗、始めよう・・・・・・これは“殺し合い”じゃない。過去の因縁を晴らすための“決着”だ!!」
言い終わると同時に、鷲はウィルにエンジェルロードの起動命令を出す。
『了解、マスター、バーサーカーシステム起動準備、起動ト同時ニ、付属データノ、人格保存プログラムヲ起動、起動ニヨル人体ノ影響ハアリマセン、設定ニヨリ、滅殺プランAノ魔法ヲ強化対象ニシマス、バーサーカーシステム“エンジェルロード”、起動サセマス、初期設定ニ従イ、私ヲ一時的ニ機能停止サセマスカ?』
(その必要は無い、最後まで付き合ってくれ、ウィル)
『了解、マスター』
鷲は、脳中で指示を出し終えると、改めて陸斗の邪気なき瞳を見つめた。
「必ずつれて戻るからな・・・陸斗。それから昔の話をしよう・・・」

『エンジェルロードノ起動ヲ確認、余計ナ手間ガ無イ分、アチラノ方ガ起動ハ断然早イナ、ダガ、コチラモ準備ハ終了シタ、ソレデハ、始メルトスルカ、先ホド奴ノ所有物ノ中ニ“ウィルス”ノ存在を確認シタ、書キ込マレル前ニ殺ッテシマウゾ、“無邪気な悪魔”』
その呼びかけに応えるかのごとく、ゼロデビルと化した陸斗は、行動を開始した。

「・・・・・・」
「やはり・・・想像していたよりも、随分(ずいぶん)と戦いにくい相手だな」
鷲は戦いだしてから五分と経たずに、弱音を吐いていた。
まずは弟だと言う事。そして、相手が純粋に微笑み、邪気がまったく感じられず、それどころか余裕さえ感じられる事。
それらの事が、鷲を精神的に痛めつけていた。
それに加え、殺さずに倒すことが目的。それは感情を考慮しないと、殺すよりもはるかに難しい行為である。
相手の力量が大きければ、大きいほど・・・・・・
「ラグナロク!!」
『“魔槍”起動』
エンジェルロードの特権の一つ、魔法起動処理加速操作(まほうきどうしょりかそくそうさ)。
拡大されたエンジェルロードのメモリに、構築済みファイルをダウンロードすると、そのファイル内の魔法がすべて圧縮処理される。
それに加え、格段に上昇した処理速度で、魔法の起動が普通よりも、はるかに速く起動できるのだ。
鷲は、構築されたラグナロクで、陸斗に切りかかった。
「少しの傷なら・・・死ぬ事はないだろう・・・・・・本体をマジックウォールで覆いしだい、アビリティ・スキル、スピードを500%起動!!」
『了解、マジックウォールヲ身体ニ密着展開、拡張メモリ設定、起動サセマス』
そして、鷲の体が光となった。
マジックウォールによって、摩擦で燃え尽きる心配も消えている。
「はぁ・・・・・・!!」
鷲は、陸斗に向かって、加速されたラグナロクの突きを遠慮なく繰り出す。
当たれば確実に死ぬ威力の突きだ。
まさに、殺さずに倒すのは不可能な突き・・・・・・
だが、それは鷲も解かっているはずである。
「・・・・・・」
陸斗は無言で印を切ると、目の前に光の壁が展開する。
そして、それにラグナロクの突きは、ことごとく阻まれた。
「やはり・・・・・・ならばっ!!」
鷲は光の壁の前に、ラグナロクを固定して距離をとる。
「ウィル、亜空間展開」
『了解マスター、亜空間展開』
追加魔方陣が、瞬く間に陸斗を含んだ空間に、張り巡らされた。
そして、ロストセフィを中心に黒い球体が広がる。
陸斗もろとも黒球に包まれ、魔方陣いっぱいにふくれると、次に凝縮。
だが、しぼむ過程で、黒球の一部に印が浮かび上がった。
“バリンッ!!”
そして、分厚いガラスを叩き割ったような音を立てて、黒球を突き破って陸斗が飛び出した。
使用したのは、魔法を無効化する印。
そこに思いっきり突っ込む事で、黒球から脱出できたのだ。
“ドスッ”
だが、脱出して体勢を立て直した陸斗の腹部に、とてつもなく速い物体が突っ込んできた。
それに吹き飛ばされた陸斗は、背後の鉄屑(てつくず)の山に突っ込んでいく。
そして、高速で突っ込んできた物体が、空中で停止した。
それは鷲だった。
黒球から脱出すると先読みした鷲が、全力で陸斗に蹴りを叩き込んだのだ。
「ウィル・・・アクセス準備」
『了解、マスター』
鷲は、陸斗が突っ込んだ鉄屑の山を真正面に構えて、そして右手をそこに出す。
突っ込んだ衝撃で舞っていた砂埃は、次第に床に落ちつき、陸斗の姿がハッキリしてくる。
「・・・・・・」
鷲は、現れた陸斗を見て、拳に力を入れる。
陸斗は、右肩と左の太股(ふともも)に、鉄の柱が貫通していて、血の海を床に広げていた。
鷲が左の拳に力を入れたのは、自己嫌悪からくるものだろうか・・・・・・それとも――
「アクセス開始!!」
『了解、対象ノメモリニアクセス開始・・・・・・アクセス成功』
陸斗は、メモリに侵入された事などお構い無しに、自分に貫通した鉄の柱を、引き抜いていた・・・

『メモリヘノ侵入プログラムヲ確認、殲滅プログラムデータ配置、プロテクト突破、殲滅プログラム効果ナシ・・・メモリ内ヘノ侵入を確認・・・・・・クソッ、仕方ガナイ、非常プログラム始動ダ、ゼロデビル完全起動、地球全テヲ吹キ飛バセ、ゼロデビ――』
陸斗の体が、大きく脈打った瞬間、A.Iが消滅した。
そして陸斗の背中に、床に広がった血が集まり、悪魔の羽が構築される。
陸斗は、ただ純粋に微笑むのみ。
そして・・・純粋で無邪気な破壊行動を行うのみ・・・・・・

「完全・・・起動した・・・だと!?」
『アクセス強制遮断、オソラク、シャットダウンニヨルモノダト思ワレマス、ゼロデビルノ完全起動ヲ確認、警告、現在ノ戦力デ、勝チ目ハアリマセン』
「仕方がない・・・・・・ウィル、こちらも完全起動だ」
『了解シマシタ、マスター、エンジェルロードフル起動、身体ノ怪我ニヨル、起動ヘノ影響ハナシ、ウィング開キマス』
鷲の背中に、光が集まってくる。
そして、それは天使の羽の形を構築していき・・・・・・そして――
光で出来ているはずのそれは、無縁の色、奥深き漆黒の翼となった。
ゆえに、鷲は“黒き天使”と呼ばれているのだ。
「はぁっ!!」
鷲の気合の掛け声とともに、周りを覆っていた建物の壁が全て崩れ落ちた。
そして、そこはとてつもなく広いフィールドとなる・・・
「戦術級領域指定攻撃魔法=闇の領域=」
鷲が手をかざすと、地面に半径百メートル近い巨大な魔方陣が、陸斗を中心に浮かび上がった。
そして、それは禍々しい黒い色をしていた。
「起動!!」
合図と同時に、魔方陣の範囲内の地面から、巨大な黒いニードルが次々と突きあがった。
そして、それは陸斗を襲う。
『ふふっ』
だが、陸斗が右手を払っただけで、襲い掛かってきた数本のニードルは、存在を分解されたかのように、粉々になって消えていった。
(攻め続けなければ殺られる・・・・・・こちらが圧倒的に不利だな)
鷲は、次の魔法を起動させるために構えなおす。だが――
『其は地獄より召喚されし業火の門番=終末の炎は其を召喚するための贄(にえ)となる=其は全てを焼き尽くす死神なり』
陸斗は印を切りながら詠唱して、魔法を起動させようとしていた・・・・・・
終末の炎の完全起動。
本来簡略化されたものを、印で召喚する終末の炎。
だが、ゼロデビルのメモリにとって、本来の十倍近くメモリを消費する終末の炎の完全起動など、ただの魔法を起動するに等しい。
『焼き尽くせ・・・業火の死神』
陸斗は、笑いながら最後の印を切った。
そして、死神はこの世に姿を現す・・・・・・
周りの大気が震えたかと思うと、一点に空気の渦が現れ、陸斗の切った印が収束して、巨大な印となる。
そして、それが一度崩れると、再び収束して、死神の姿を構築した。
神話などに出てくる死神とは異なり、それは死よりも破の印象が強い、巨大な髑髏(アンデット)だった。
蒸気を上げて、熱気をまとった死神は、陸斗の構えと同じ体勢で止まると、そこに固定された。
「くそっ・・・・・・あれを起動させられたか」
鷲は、言葉に出して悪態をつく。
終末の炎の完全起動は、俗にエチャメントと呼ばれる種類の魔法。
武器などに宿す魔法もあれば、終末の炎のように、術者の動きにあわせて攻撃する魔法も存在する。
陸斗が動くと同時に、死神も動く。
死神の右手は、まっすぐ鷲を捕らえて襲ってきた。
「くそっ!」
鷲は後ろに下がりながら、両手を死神の右手に照準する。
「戦術級指定空間消滅魔法=破滅への宴=」
死神の右手に魔方陣のエリアが現れる。
“ゴォオオオオオオオン!!!”
そして轟音と同時に、右手は魔方陣のエリアと共に、消滅した。
「一気に決めてやる・・・・・・!!」
陸斗に、追い打ちをかけようとした鷲だったが、突然力が抜け、空中に留まろうと、必死に力を羽に込める。
「くそっ・・・そろそろやばいか」
鷲は、自分の深く刻まれた傷を見て油汗を流す。
常人では、出血多量で気絶してもおかしくない傷である。
「早い内に――!!!?」
だが次の瞬間、死神の左手が鷲に直撃し、鷲は反動で吹き飛ばされた。
その隙(すき)に、陸斗は死神の右腕のあったところに印を切り、死神の右腕を再構築させる。
「次で・・・・・・決めるしかないか」
鷲は立ち上がると、最後の力を振り絞って両手を上げた。
「戦術級領域指定攻撃魔法=破滅の黒羽=」
魔法の詠唱をすると同時に、空中に約半径五百メートル程度の巨大な魔方陣が現れる。
じきにそれは黒い雲を集め、そこから黒い光が射す。
「終わりだ・・・陸斗!!」
鷲は、前に上げていた両手を、天空にかざす。
瞬間、ミラーボールのように黒い光が動き、次々と地面を焦がしていく。
まるで天変地異のように、黒い光は全てを焼き尽くす勢いで、陸斗にも降り注ぐ。
『・・・・・・』
相変わらず、無邪気な笑みを浮かべた陸斗は、死神の体を盾にして黒い光の攻撃を防ぐ。
鷲の魔法攻撃が終了すると、辺りに焦げ臭い蒸気が、周辺一帯を支配する。
だが、静けさもつかの間。いきなり、陸斗の前の蒸気に影が映ったかと思うと、そこから鷲が飛び出してきた。
「とらえたぞ、陸斗!ウィル、強制アクセス開始。無理やり書き込め!」
『了解、マスター、標的ノ制御プログラムヲ強制起動、ゼロデビルニ“コントロールユニット”ノデータヲ強制書キ込ミ』
『がっ・・・・・・』
陸斗は一瞬苦しげな表情を見せたあと、その場で硬直する。
プログラムの書き込み。
鷲の作った“コントロールユニット”が、陸斗のゼロデビルの、複製人格作成・起動時の意識消失・破壊への欲求などのマイナス要素を消去するプログラムを、実行しているのだ。
そして、同時起動として、陸斗の心の奥にある、弱った本当の人格の再活プログラム。
それらの事が、今陸斗の中で書き込み・消去されているのだ・・・・・・

ここは・・・どこ?
陸斗・・・・・・僕は、そんな名前だった気がする
あれ?見えているはずなのに・・・景色が揺らいでいる
僕は・・・どうしてしまったんだ?
何、ここは?・・・・・・凄い荒れようだ・・・
誰がやったの?・・・僕?それとも僕と戦っていた人?
違う・・・両方だ・・・僕達はここで戦っていたんだ・・・
誰と・・・・・・?
そもそも僕の意思で戦っていたのか、ちょっと曖昧(あいまい)だよ・・・
ん?誰?・・・目の前に誰かいる・・・・・・
血だらけ・・・凄い出血・・・誰?思い出せない・・・
血に汚れているけど・・・綺麗な長い銀髪
僕も・・・銀髪・・・?
あの人は僕が今まで闘っていた人・・・?
何のために?
僕はいったい何を求めていたの?どうしてここにいるの?
兄さん・・・を探して・・・
兄さん?
僕の兄さん?
大切な人?
僕の大切な人を奪った人?
僕を殺そうとした人?
僕が殺そうとした人・・・・・・
何故・・・殺そうと思ったの?
母さんを殺したから?
友達を殺されたから?
僕を・・・殺そうとしたから?
解からない・・・
兄さんはどこ?
僕と同じ銀髪の兄さんはどこ?
銀髪?
長い銀髪・・・
長くて綺麗な銀髪?
思い出した・・・・・・
目の前にいるあの人が、僕の・・・・・・!!?
兄さん!!!?

「兄さん!!!?どうしたの!!?何でそんな酷い怪我をしているの!?」
コントロールユニットの書き込み終了によって、正気に戻った陸斗が、兄の鷲のそばに駆け寄る。
「書き込み終了したか・・・・・・」
「えっ?何の話?僕は・・・何をして――!!」
瞬間、陸斗の頭に今までの記憶が蘇る。
その記憶は、陸斗の繊細な心を痛めるのに、十分な内容だった。
「ああ!!ぼ、僕は今まで!!?何をっ!?」
「落ち着け陸斗!!・・・今まで俺たちがやってきたことは、確実に罪だ。だが、少なくとも俺は後悔をしていない・・・結果的に、唯一の家族のお前が、戻ってきたんだからな・・・」
「兄さん・・・僕は・・・・・えっ!?兄さん、もしかして痛覚を遮断しているの!?何でそんな危険な事を・・・」
「話は後でゆっくりしようと言ったはずだぞ・・・・・・迎えも来たようだしな」
「え?」
“ゴォォオオオオオオオオ”
凄いジェット音が、空気を振動させて二人の髪や服をなびかせる。
「あれは?」
「エスロク直属軍部フローズン所属、第一線配備戦闘飛空挺、F―BV206通称アファロ。そして、フローズンとエスロクという、二つの厄災を呼ぶ、俺たちの新しい家だ」
「アファロ・・・・・・」
アファロは砂埃を上げながら、陸斗と鷲の百メートル手前で着陸した。
「悪いが陸斗・・・俺をアファロに運んでくれないか?どうやら限界のようだ・・・」
「兄さん?・・・!!兄さん!!?」
この後、瀕死(ひんし)の出血量で気絶した鷲を陸斗が運び、緊急の治療で、何とか命は助かった。
常人では確実に死んでいた状況・・・・・・むしろ、ここまで鷲を追い込んだ傷を受けた時点で、ショック死しなかった事じたいが奇跡なのだ。
アファロを始点として、たった五人の組織が生まれた。
のちに彼らは人員を増やし、ヴァルハラという盗賊団を名乗る事になる・・・・・・



終章
「兄さん・・・どうしても納得のいかない事があるんだ」
「ああ・・・・・・」
うつむいて喋る陸斗・・・・・・
そして鷲は、壁にもたれて次の言葉を待つ。
「どうして・・・・・・僕の友達や、僕達の母さんを殺したの?」
「二年前・・・だな・・・・・・俺はエンジェルロードを、データライブラリィにインストールさせられ、I・バーサーカーとなった」
目を閉じて、思い出すように喋る鷲を、陸斗は不安そうな眼差しで見つめる。
「最初は暴走しなかった・・・だが、一週間たったあたりで、俺とエンジェルロードの相性が急に最悪になった・・・それからだ、俺が度々暴走しだしたのは・・・・・・最初の暴走でエスロクの研究員数人を、この手で殺した・・・そして、次はお前の友達・・・最後に・・・・・・俺たちの母さんだ」
「そっかぁ・・・何か・・・スッキリしたよ。思っていたよりも・・・筋は通っていたし」
「だがな・・・」
自分を納得させようと、鷲の言葉を正当化していた陸斗を尻目に、鷲はさらに言葉を紡ぐ。
「その後・・・俺は自分の意思でお前の友達を殺し、お前を殺そうとした」
「!!」
鷲が言い終わると同時に、陸斗は泣きそうな瞳を見開いて、驚愕の表情で鷲をみる。
「そ・・な、何故!!?」
「バーサーカーシステム・・・当時の俺にとって、その言葉は完全な悪であり、破壊すべき対象だった・・・」
目を閉じて喋っていた鷲は、背を壁から離して、陸斗の瞳を真剣な眼差しで見つめる。
「バーサーカー計画・・・俺たちの住んでいた町の、十数人の子供達を対象に、プロトタイプと呼ばれている、ゼロデビルとエンジェルロードを撒き散らして、その反応を調べる実験だ・・・・・・俺も陸斗も、その計画の試験体に登録されていた」
次々に鷲の口から語られる言葉は、陸斗の知らない単語ばかりだった。
そして陸斗は、真実を見極めようと、食い入るように鷲の話を聞いている。
「そして俺は・・・その8割近くを殺した・・・・・・殺せなかったのは、お前と、エンジェルロードが完璧に適応したあいつ、後は俺が見つけられなかった奴らだ・・・・・・思えば馬鹿なことをしていた・・・全員を殺した後に、次は自殺をしようとしていたんだ・・・自ら命を絶つなど、逃げを選んだ者のすることだ・・・そして、結局俺は今生きている。その間に、今までの自分を見直すことができた。今は自分を大切に、それと同じくらいお前を大切にしたいと思う。この世に存在する、唯一の家族だから・・・そして――」
鷲は一瞬目を閉じて微笑むと、陸斗を向いて笑いかける。
「そして、ここを拠点にして四人の仲間が出来た。これからも人数を増やしていくつもりだ・・・俺はここに組織を作る。エスロクに対抗するためもあるが、何か生きる糧(かて)が必要だ。そうだな・・・・・・それは、また今度考えるとして、陸斗・・・いちよう確認しておく。お前は、ついて来てくれるか?」
自信に満ちた表情で問う鷲に、陸斗は満面の笑みを見せる。
ゼロデビルに支配されていた頃の“偽者の笑顔”ではなく、心の底から笑っている“本当の笑顔”だ。
「もちろん!!というか、付いて来るなって言われても、地獄の底まで付いていくよ!」
「じゃあ・・・その言葉通り、いずれ地獄の底まで付いて来てもらおうか?エスロク本社という、現代の地獄にな・・・・・・」
「上等!!何か、昔の自分が蘇ってくるようだよ!!元気が無いのは僕らしくないよね。じゃあ、バーサーカーシステムの根源のエスロクに、宣戦布告といきますか!!」
いきなり元気になった陸斗に苦笑しつつ、鷲は冷静に現状を説明する。
「逸(はや)る気持ちも分かるが、ここは戦力を蓄えるほうが先だ。今のままでは勝ち目は無いからな」
「そうか・・・じゃあ、さっそくメンバー集めようよ」
「ああ、そうだな。じゃあ、まずは――――」
世界を巻き込み、環境は変わる。
人間も変わる、技術も変わる。
変わる中で、その内の一つに反発した人間達・・・・・・
それは、同じ気持ちを持つ人間が寄り添った、小さな組織だったのかもしれない・・・
だが、その組織も、日々を重ねる事によって、次第に大きく成長してゆく。
そして魔術世紀120年・・・・・・
小さな組織は、ヴァルハラと名乗る巨大な盗賊団の組織に成長していた。
これは、荒廃した世界を飛び回る、二人の兄弟と、盗賊団ヴァルハラの物語である・・・
――イノセント・ウィザーズ――
                              憎しみの過去編(完結)
2004-03-27 14:18:00公開 / 作者:朝霧
■この作品の著作権は朝霧さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
第一部完結です。次は第二の主人公達ともよべる三人組の話を書こうと思います。最後に、この話を最後まで読んでいただけた皆様に、心からお礼申し上げますm(_ _)m

追伸・少々題名を変更しました。新西暦という言葉を、スパロボで発見して、こりゃいかんと思い、急いで変えたしだいであります。ご了承ください
この作品に対する感想 - 昇順
まだ最初らへんということで何とも言えませんが先が楽しみです♪続き頑張ってください(>_<)/
2004-03-23 15:12:40【★★★★☆】turugi
いいっすねぇ〜、こういうの。戦闘描写もしっかりしてて分かりやすかったです。陸斗の壊れっぷりもいい感じです。ではでは
2004-03-23 17:28:55【★★★★☆】rathi
rathiさん、turugiさんレスありがとうございますm( __ __ )m元は出来上がっているので、多分比較的早く続きは出せると思います。それでは
2004-03-24 15:13:18【☆☆☆☆☆】朝霧
読ませていただきました。魅せかたがシンプルで楽しく読めました。
2004-03-24 15:48:01【☆☆☆☆☆】メイルマン
メイルマンさん、レスありがとうございます。結構背景の大きい物語のつもりなので、最後まで付き合っていただけたらありがたいです
2004-03-27 14:21:41【☆☆☆☆☆】朝霧
計:8点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。