『高い塔の夜空』 ... ジャンル:リアル・現代 未分類
作者:天野橋立                

     あらすじ・作品紹介
ただ黙ってそこにいる姿は、ぞっとするほど孤独に見えた。

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 イオンモールでの、バイトからの帰り。
 次々と追い抜かれつつも、夜の国道1号線を愛車――自転車だけど――で僕は機嫌よく疾走していた。背中のリュックには、閉店ぎりぎりだった書店で買えた、新刊のコミックが入っている。これで、最終話がやっと読める。
 沿道には、ファミレスとかカー用品とか、派手な看板が並んで、輝いて、空の闇を薄めていた。賑やかな京阪国道。
 そんな看板たちの合間の夜空に、見慣れぬ物体が屹立して見えることに、ふと僕は気づいた。姿がのぞく度に、赤かったり青かったりと、色が違う。
 そういえば、この辺りにはKBS京都ラジオの巨大な電波塔があったはずだ。ライトアップ? そんなことを始めたのだろうか。
 吉野家のところで脇道に入ると、ちょうど真正面に、その塔はあった。
 高いビルなどが存在しない、京都市南郊のこのエリアで、唯一の高層建築。実は京都タワーよりも高いくらいなのだが、それは後で知ったことだ。
 道を進んで、真下まで行ってみた。見上げる。でかい。支えも何もなく、夜空をまっすぐ貫くように、そこにじっと立ち、次々と色を変える光を浴びている。辺りには誰もおらず、僕ひとりだ。
 そのてっぺんにある、あれがラジオの送信用なのだろうか、梯子みたいなアンテナは、しかし案外すぐ近くに、手を伸ばせば届いてしまいそうにも見えた。実際には、あそこは地上百メートルだとか、そんな夜空の真っただ中のはずだ。
 地上と、そんな高いところをつないで、ただ黙ってそこにいる姿は、ぞっとするほど孤独に見えた。地上百メートルの虚空が、そんな近くにあるように見えるのも恐ろしかった。あの高さから落ちたら、僕は粉々だろう。
 そう、僕は怖くなった。塔とまともに向かい合っていることに耐えられなくなり、自転車の向きを変えて、逃げるようにゆっくりと走り始めた。
 吉野家の辺りでペダルを漕ぐのを止めて、少し振り返る。相変わらず塔は黙って、色を変え続けていた。
「また、明日も来るよ」
 そう呟いて、僕は再び自分のアパートへと走り始める。誰も待ってはいないが、何もないわけじゃない。とりあえず今夜は、最終話が読める。
(了)

2020/06/23(Tue)23:50:28 公開 / 天野橋立
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■作者からのメッセージ
つい、懐かしくなりました。不要な改行も入れなくて良かった頃。

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