『蒼い髪 40話 帰還』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:土塔 美和                

     あらすじ・作品紹介
 宇宙海賊に手を焼いていたネルガルの軍部は、ルカの存在を思い出し彼を迎えに行く。

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 ここはネルガル星、宇宙最強と言われている軍部の会議室。そこに集まって来たのは元帥杖を片手に持った面々。部屋の中央には巨大な円卓があり、その卓上のディスプレイにはネルガル星を中心にした銀河図が映し出されている。既に支配した星はネルガル星と同じ赤で、同盟星を緑で、そしてこれから支配しようとしている星を黄色で。だが何故か地図上では黒い箇所が目に付くようになってきている。これは敵に奪還された星である。支配権を膨らませるだけ膨らましたネルガルはそろそろ限界に達しているようだ。盛りを過ぎた花がしぼむように繁栄した組織は何時かは衰退するのが自然の生業、ネルガル星も例外ではない。
 宇宙海賊との防衛戦で疲弊しつつあるネルガル正規軍は、広げるだけ広げた支配区域にまで監視の目が行き届かなくなり、次第に区域内での暴動が頻発するようになった。
「宇宙海賊を退治するのに手いっぱいだと言うのに、この様は何てことだ」
「植民星の奴ら、こちらの力が弱まったと見るや否や暴動をおこしやがる」と、忌々し気に舌打ちする元帥たち。
「この際だ、二度と暴動など起こす気にならないように指導者は残らず処刑し、規律を徹底した方がよい」
 規律を厳しくすればするほどその反動も大きい。
「まあ、それはそれとして」と、言い出したのは一番年上の元帥だった。
 植民惑星の反乱などネルガル軍にしてみればたいしたことではない。幾らでも鎮圧できる。問題は宇宙海賊の方だ。アヅマやシャー相手ではほとんど勝ち目はない。まだアヅマならよい。捕虜さえ返せばそれで済むから。それがかえって正規軍を逃げ腰にしているのだが。だがシャーに至っては全滅だ。あれは殺戮を楽しんでいる精神異常者の集団としか思えない。このままではじわじわとネルガルの力を削がれていく。負けは次第に軍隊の気力と統制力を失くし、最終的にはネルガル軍の弱体化につながる。この流れを変えるにはどうしたらよいか。これが今回の会議の目的だが、
「このままでは宇宙海賊の思うつぼだ」


 元帥たちが不毛な会議を開いている間も、指令室に次々と入る訃報と援軍の要請に幕僚たちは頭を痛めていた。
「要塞エピゲネス、陥落」
「遅かったか」と舌打ちする総司令官。
「ヘリコン、援軍を求めております」
「エピゲネスに送った援軍を、直ちにヘリコンへ向かわせろ」
「司令官、そうおっしゃいましても方向が逆です。こちらから新たに送り出した方が」などとオペレーター。
「そんなこと、解っている。いちいち俺に指図するな」と、怒鳴る司令官。
 既に判断力が限界のようだ。
 オペレーターは首をすくめて、
「これ、私の意見ではなく、AIの意見なのですが」
「うむっ」と、難しい顔をする司令官。
 司令官は腹いせにオペレーターに言う。
「では、AIに言え。どうしてお前はシャーやアヅマの攻略本を作成できないのだと」
「データーが足りないそうです」と、素早いAIの答えをオペレーターが伝える。
 忌々しげに司令官はデスクの端を蹴る。
「AIからの伝言です。シップ薬をご用意いたしましょうかと」
「うるさい」と、怒鳴る司令官。
 総司令官とオペレーターがそんな言い合いをしている間にも、訃報は入る。
「クリーガー、戦闘に入ったもようです」
「ウケルト、捕虜を解放したようです」と、次々と同盟星や惑星から情報が入ってくる。
「あそこにはイシュタル人はいなかったはずだが」と言う幕僚。
「もう彼らにとってはイシュタル人であろうがなかろうが、関係ないのでは」
 現にアヅマはアヅマだけの集団ではなくなりつつある。打倒ネルガルを望むあらゆる星の人々がアヅマの傘下に入り始めている。彼らがアヅマを名乗って自分たちの仲間を救出し始めているのだ。無論、アツマの手を借りて。
 そんな中、新たな情報が入ってきた。
「M13星系第6惑星、アヅマの襲撃を受け、戦わずして捕虜を解放したもようです」
「何?」と、ロボットのように首をギィギィギィギィーとオペレーターの方に向け、言葉を聞き返す司令官。
「何の抵抗もせずにか!」
 その言葉には怒気すら含まれていた。ネルガル軍人の風上にも置けないと言いたいところだったが、M13星系第6惑星、どこかで聞いたことがある。指令室に居た誰しもがそう感じた。
「確かあの惑星には」と、幕僚の一人が思い出したかのように言う。
「ルカ王子が、流刑されていたはず」と、別な者が叫ぶ。
 軍人でルカ王子の噂を知らない者はいない。
 指令室内の全員が顔を見合わせた。暫しの沈黙ののち一人が心配そうに声を低めて言う。
「ご無事なのか?」
 即座にその問いに答えられる者はこの部屋にはいなかったが、
「戦わなかったのだろう、ならば」 無事なはずだと言いたいところだが、それは別の者によって否定された。
「戦わなくともルカ王子の身分を知れば、ただではすむまい。交渉の切り札としては持って来いの駒だからな、捕虜にされたに違いない」
 自分なら絶対そうすると自信を持って言う幕僚。
 自分ならそうするのだから、相手もそうするだろうと考えるのは人の常。もし相手がそうしなかった場合は相手により一層の恐怖心を抱いてしまう。どうしてそうしなかったのだろうと言う疑問によって。もっと深い裏があるのではないかと。


 不毛な会議を続けていた軍上層部のところに、M13星系第6惑星がアヅマに無条件降伏したとの知らせが届く。と同時にクリンベルク将軍の内々の回線にはカスパロフ大将からルカ王子の無事な知らせと今後の支持を仰ぐ通信が入ってきていた。
 卓上のディスプレイの星系図、M13星系の色がまさに変わろうとした時、
「否、まだ奪還されはわけではない」と言ったのはどの将軍だか。
 その口調には忌々しさが漂っていた。
「時間の問題だろう、戦わずに降伏するぐらいだから」と、呆れてものが言えないという感じの将軍。
「アヅマと名乗られて、怖気づいたか。そもそも生物が生きられるような星ではないからな、コロニーを破壊されては」
 弱腰にも程がある。そうそうにあの惑星の領事を処分しなければ。このままでは他の星への示しが付かない。中には宇宙海賊と戦って殲滅した星もあると言うのに。
「しかし、もったいない。あの惑星には貴重な鉱物が。幾らの損失だ」
 こんな時でも人の命より資源の方を重視する。典型的な貨幣主義の考え方だ。あの惑星は生物が住めるような星ではない。だがその鉱物がゆえにネルガル星では労働力として、生きていてもネルガルの害にしかならない罪人を送り込んでいた。どうせ処刑するならあの惑星でネルガルのために命が尽きるまで働けと。否、ネルガルのためではなく自分たちの資本のために。
「誰だ、あの惑星の領事は」
 AIは直ぐにその答えを出した。壁のディスプレイにカスパロフの写真と共に身分と階級、所属が映し出される。
「カスパロフ大将」と、誰もが唸る。
 彼はこのような弱腰なことをやるような人物ではない。まるで臆病風にでも吹かれたような、戦闘が初めてでもあるまいに。これには何か裏があるのでは。
 そして誰もが脳裏に浮かびあげたのはルカ王子だった。稀に見る戦いの天才。クリンベル将軍に次ぐ智将。否、世間ではクリンベルク将軍を凌ぐのではないかとすら噂されている。出陣すれば負けを知らない。唯一、シャーと互角に渡り合った人物でもあった。
「何故、今までルカ王子のことを思い出さなかったのか」
「そうだ、ルカ王子ならば」
 この不利な戦況を打開できるやも知れぬ。
「あんな辺境の惑星で眠らせて置くとは、軍部にとっては偉大なる損失だ」
 ネルガルにもこれで未来が見えたと言う安堵感が、今まで張り詰めていたこの場の雰囲気を一気に和らげた。
「ところで、ルカ王子はご無事なのか」
 今はカスパロフが自分の汚名を恐れて、勝てるあてもない戦闘に踏み切らなかったことに感謝し始めていた。
「さすがはカスパロフだ。自分の名誉よりネルガルの未来を取ったか」
「戦わなかったのだから少なくとも戦死はしていないはずだ。後は捕虜ということが考えられるが、ネルガルの王子を幾ら捕虜に取っても交渉の札に使えないことは、この銀河に住んでいる者なら知っているだろう」
「カスパロフに連絡を取れ」
 今まで自分たちがルカ王子にして来たことは億尾にも出さず、困ったときの神頼みのごとく態度を反転させる将軍たちを見て、クリンベルクは内心、冷笑していた。だがそう笑ってもいられない。問題はルカ王子に軍部に復帰する意思があるかと言うことだ。もうあの方にネルガルを守る意味はない。彼をネルガルに繋ぎ止めて置いた鎖はネルガル人自らの手で切ってしまったのだから。自由を得た竜はネルガルに味方するとは限らない。それどころか危害を及ぼす可能性すらある、彼が我々のしたことを許さない限り。
 クリンベルクは重い足取りでゆっくりと席を離れた。
「どちらへ?」と尋ねる将軍の一人に。
「憚りへ」と言いつつ会議室を出る。
 クリンベルクは早速カスパロフと連絡を取った。憚りである以上、そんなに長く席をはずしても居られない。ただルカ王子の様子のみ、詳しいことは後日と言うことにして。


 会議室に戻ってみれば既にルカ王子を組み込んだ戦略が計画されつつあった。
 クリンベルクはゆっくり席に着くと、
「その計画は少し待まれた方が」と、将軍たちが逸るのを落ち着かせる。
「ルカ王子の意思を確認してからの方が」
「確認? 何を? その必要はなかろう。ネルガルの軍人たるもの、ネルガルを守るために存在しているのだから」
「しかしルカ王子は除隊を望んでおられました」
「除隊?」
 それで誰しもが思い出した。流刑になる前のルカ王子のことを。
「ルカ王子は、まだそのようなことを言っておられるのか。あの時は伴侶を亡くされたばかりで、しかもまだ幼くもあらされた。よって同情もしたが、所詮、伴侶とは言え異星人ではないか。この銀河で一番高貴なネルガル人が異星人を伴侶として選ぶなど、言語道断。言ってみれば犬や猫を見てメスとは思え、女性と思うなど普通の神経の持ち主ならあり得ないことだ。いつまでそのようなたわけたことを」と言って、将軍の一人は大きな溜め息を吐いた。
「あまりふざけていると精神がおかしいと思われかねない」
「本当ですな、稀に見る天才だと言うのに」
「まあ、天才にはどこか凡人には理解しがたいところが付き物だから、仕方がないと言えばそれまでだが」
 クリンベルクは大きな溜め息を吐いた。この人達には永遠にルカ王子のお気持ちは理解できないだろうと。
「クリンベルク将軍、時は流れたのです。あの頃はルカ王子も幼かった。まだ愛と言う言葉の意味すら理解なされていなかったのでは」と、一人の将軍がクリンベルクを諭すように言う。
 将軍たちからそう言われ、クリンベルクも折れざるを得ない。
「確かにそうかもしれませんが、一度、はっきり軍に戻る意思がおありかどうか確認されてからの方が」
 今のネルガルの現状。そんな悠長なことはやっていられないと誰しもが思ったのだが、クリンベルが必要に言うものだから、彼の顔を立てるということもあり、
「相変わらずクリンベルク将軍は心配性だな。石橋を叩いて渡るどころか、チタンで補強してからでなければ渡らない主義のようだ」
 これで常勝将軍なのだから不思議だと思いつつも。
「本人の意思の確認は必要か」と、納得する将軍たち。
「申し訳ありません、こんな大事な時に回り道をするようなことを申しまして」と、クリンベルクは恐縮する。
「それはよいが、もしルカ王子が今でも除隊を望んでおられたら」
 問題はこちらだ。と言いたげに一人の将軍が問う。あの時は除隊願いは一時預かりとなっていたと思うが。
「いっその事、伴侶をあてがっては。今度は異星人ではなく列記とした家系の令嬢を。どうだね、あなた方の娘か孫娘に手頃な年齢の子はいないかね」と、一番年上の将軍が問う。
「あれだけのDNA、残さない手はなかろう」
 それは確かに。さぞや素晴らしい孫や曾孫が生まれることだろう。素晴らしいDNAが家系に組み込まれることは名誉な事だが、
「軍があまり一人の王子に加担しすぎると、クーデターでも起こすのではないかと疑われかねません」と言ったのはクリンベルク。
 相変わらず用心深い。軍はあくまでも皇帝の意思によって動かなければならない。
「しかし、このままではネルガルが衰退するのは時間の問題だろう。ネルガルがなくなればネルガル皇帝もなくなる。ネルガルを存続させるにはそれ相応の人物が」と、誰かがそこまで言ったところで、それを止めるかのように誰かが咳払いをした。
「ルカ王子はそのようなことをお考えになられてはいないだろう」と言い出したのは、元帥の中でも一番若い人物。
 歳が若いだけ古株の元帥たちよりはルカに近い。彼が見るところによると、ルカ王子の今までの行動からどうしても皇帝の座を狙っているようには思われない。
「まあ、いろいろ憶測しても詮無いことだ。まずは迎えに行く算段をしなければ」
 これにはオルスターデ夫人と言う厄介なものが付いている。本来、死刑になるはずだったルカ王子。それが流刑で済んだ。そして今その流刑を免除しようと言うのだから、彼女の気持ちがおさまらないのは当然。
「全ては皇帝の許可を得てからの話ですか」
 ルカ王子の意思の確認も、皇帝が罪を許さなければ始まらない。





 クリンベルクは重い足取りで自宅へ戻ってきた。それを出迎えたのは二男のテニールだった。
「如何でしたか、元帥たちのお考えは」と、テニールはクリベルクから鞄を受け取りながら尋ねる。
「相変わらずだ」と、クリンベルクは苦笑する。
 これと言った現状の打開策は出なかったようだ。
「それより、M13星系第6惑星が襲撃されたようだ」と、言ってもテニールは驚く様子でもなかった。既に軍人なら知っていることか、となると厄介だなとクリンベルクは思った。ルカ王子子飼いの者たちが騒ぎ出さなければよいが。
「そのことで、客人が見えております」
 やはりと思うより早く、歩みが早くなっていた。
「して、誰が?」
 ガルバスでもあったら厄介だ、話にもならない。とクリンベルクは内心思案しながら廊下を急ぐ。
「ケリン・ゲリジオ軍曹です」とテニールは背後から声をかける。
 ケリン・ゲリジオ、今はハルガンのようなことをやってもらっている。どちらも世の中を斜めに見る気があり食えない人物だが、さすがにケリンは元情報部だっただけのことはありハルガンより濃密な情報を持って来る。だがハルガンの身分が上流貴族なのに対しケリンは平民、生まれながらに貴族を嫌っているような節がある。かと言って地下組織に属している様子でもない。ただの一匹狼のようだが、ある意味、ハルガン以上に食えない人物であるのは確かだ、彼の持って来る情報、ガセであったためしはない。ただこちらが訊かなければ必要以上に話さないところがある。それが問題だ。こちらの訊きようによっては真逆になることもある。彼の故意ではないのだろうが、どこまで信じてよいものか。しかし今は信じざるを得ない。少なくともルカ王子に関しては彼と私は同じ考えのようだから。
「何処に居るのだ、案内してくれ」
「着替えは?」と問うテニール。
「このままでよい」
 ルカ王子に関する情報をできるだけ早く正確に知りたい。


 ケリンは窓枠に寄りかかり外を眺めていた。そこからエントランスがよく見える。クリンベルク将軍とテニールの会話も二人の唇の動きで読み取れるほどに。
 いつもと同じように大した成果もなかったようだな。と、ケリンは内心冷笑する。所詮、金で太りきった奴らにはもう何も取る策はなかろう。新しい社会の仕組みを作り出さないことには、貨幣主義も帝国主義も、もう限界だ。自分の体しか資本として持たない者たちが疲弊し尽くしてしまっている。宇宙海賊は地下組織とは違う。地下組織は政権を欲しがっている貴族たちが平民を利用して、現政権に反旗を翻しているに過ぎない。所詮地下組織が政権を握ったところで平民の生活はよくならない。首を挿げ替えただけだから。その後は御多分にもれず内乱の始まりだ。奴にできるのなら俺にだってできるという権力争い、貴族共はぼんぼんとして甘やかされてしつけがなっていないだけに、今まで以上に平民の生活は困窮することになる。だが、宇宙海賊は疲弊した者たちの反乱だ。俺もルカ王子がいなければ彼らに加担したいぐらいだ。どこかで人間主義に切り替えなければ、否、惑星主義にしなければ。経済を成長させるには物を作って売る。物が十分間に合えば壊してまで売り付けようとする。そのいい例が戦争だ。このままではこの惑星が、ネルガル星がもたない。物を作るには材料が必要だ。その材料を提供しているのは惑星だ。もっとももうネルガル星が危ういので、他の星に移住を始めているのだが、それが異星人との摩擦を起こしている。このままの社会組織を続ければ、この銀河からネルガル星が消えるのも時間の問題だろう。貨幣主義の搾取は弱い立場の人間からだけではない。惑星からも、否、惑星は何も言わないからどんなに搾取しても、気づいた時には手遅れだ。宇宙海賊たちはネルガル星の崩壊を少し早めているに過ぎない。
「待たせたようだな」と、急いで部屋に入ってくるクリンベルク将軍。
 腰が低い。ここら辺は何処となくルカ王子に似ている。ルカ王子も王族の身でありながら我々平民に対等に話しかける。そこに唯一、俺は望みを託しているのだが。何の望みだ?
 ゆらりと持たれていた窓枠から身を起こすケリン。人間離れした動きができるのは人工の手足のせいか。
「会議はいかがでした」
 既に答えは知っているが挨拶代わりに尋ねる。
「相変わらずだよ。まぁ、掛けたまえ」と、クリンベルクはソファをすすめる。
 二人が腰を下ろすのを見届けテニールが席をはずそうとした時、
「あなたも居てくれませんか」と、ケリン。
「マーヒル兄さんも、間もなく到着すると思います」
「マーヒルも?」と、訝しがるクリンベルク。
「呼んで頂いたのです。めいめいに話すより集まってもらった方が早いと思いまして。それと御知恵と協力を頂きたいもので」
「そうか。では何か飲み物を」と、マーヒルが来るまでの時間つぶしに、テニールにホームバーから飲み物を用意させるクリンベルク。
 そしてケリンをまじまじと見る。
「かなり痩せたな。相変わらずあのヨウカとか言う女と付き合っているのか」
「四次元の感覚を掴みたいもので。このままではネルガル軍は全滅ですから。しかし私一人では無理です。やはりエルシアの力を借りなければ」
 あの時、ルカの艦隊がシャーと互角に渡り合えたのはエルシアとヨウカの手助けがあったから。
「四次元を自由に使える者たちを相手にするには、こちらも四次元を自由に使えなければ話になりません。そういう意味ではボイ星でレスターを戦死させてしまったことは大きな痛手です」
 レスターと聞いて、クリンベルクとテニールは誰にも馴染まなかった一兵士を思い出した。それが不思議とルカ王子にだけは。
「レスター。彼には四次元がわかると?」と、テニールが驚いたように問う。
「訓練すれば相当な能力の使い手になったようです。アヅマの仲間だと言う人物に太鼓判を押されましたから。アヅマに来ないかとまで誘われたようです。ネルガル人にしておくのはもったいないと」
 クリンベルクとテニールは呆れたような顔をして苦笑する。
「敵にスカウトされるとは、一体あなたがたはボイ星で何を?」と、テニールが問いただしたところにマーヒルが駈け込んで来た。
「遅くなりました、して、ルカ王子は?」
「落ち着け、お前らしくない」と、クリンベルク。
 どんなことがあっても騒ぎ立てるような性格ではなかった長男なのだが、カロルと一緒にいるのがいけなかったか、あの落ち着きのない三男と。
「失礼いたしました。何しろジェラルド王子からルカ王子のご様子をよく伺ってくるようにと言いつかりましたもので」
 ケリンはマーヒルに言えばジェラルドやカロルに伝わることを計算した上で、マーヒルを呼び寄せた。本当はジェラルド王子にも来てもらいたかったのだが、彼は皇太子の身、そうたやすく出歩ける存在ではない。クリンベルク家の三男、カロルを呼ばなかったのは言わずと知れたネルガルの拡声器だから、大事なことが全て筒抜けになってしまう。
「まぁ、座れ」と、クリンベルクから席をすすめられマーヒルはゆっくりと腰を下ろした。
 皆が揃ったところでケリンが話し出す。
「ルカ王子はお元気だそうです。ネルガル星への帰還を願っておられます」
「ネルガル星へ帰りたいと!」と、驚くクリンベルク。
 どんなことがあってもその気持ちだけは起こさないのではないかと思っていたクリンベルクである。あれ程の心の傷、癒えるはずがない。軍部の者たちは時間が解決してくれるだろうと安易に考えていたようだが。どうにか心の整理をなされたのかと不安ながらもほっとするクリンベルク。ここにも彼の子煩悩さが出ている。
「やっと、その気になってくださったか」
「こちらの状況を刻々と流しておいたのが功を奏したようです」
「つまり、アヅマやシャーに自由にあしらわれて手も足も出ないと」と、テニールが皮肉な言い方をする。
 だがケリンはそれに動じることなく、
「その通りです。ルカ王子の性格上、弱いものを助けたがりますから」
「なるほど、自分がネルガル人であると言うことより、そちらの方か」と、テニールは納得する。
「殿下はあまり人種にはこだわりませんから。それにエルシア様はもともとネルガル星から離れたがらない。今回は目的があったため砂の星へ移動したようですが、その目的を達した以上、早くネルガルに戻りたがっていると思います」
「エルシア?」と、首を傾げるテニール。
 思い出したように、
「ルカ王子のもう一人の人格か」
 それから考え込むようにして、
「目的とは?」
「ある人物に会いに行くそうだ。そうジュラルド様が仰っておられた」と、マーヒル。
「ある人物とは?」
「殿下の、否、エルシア様の本体だそうです。ヨウカの言うことには、エルシア様は影で本体は別に居るとのことです」
 これを言っても理解してもらえまいと思いつつケリンは話した。自分ですらヨウカに会うまではカスパロフ大将の話は信じなかった。まぁ、ここに居る人たちはヨウカと言う化け物の存在はどうにか認めているのだから、この話もおのおの自分なりに納得できる形で消化するだろう。そうしてもらうしかない。
「つまり、ルカ王子が影と言うことか、そして本体が居る」と、テニール。
「まだ、アルコールは回っていないな」と、テニールはケリンの様子を確認してから、
「して、ルカ王子の本体とは、人間なのか、それともドラゴン」
 誰もがドラゴンと言う言葉に息をのんだ。悪魔の化身。
「イシュタルの王子です」と、ケリン。
「イシュタルの!」
 誰もが驚いた。ネルガル人がこの銀河で一番嫌っているのがイシュタル人である。実を言うと恐れてもいる。
「どういう事なのですか」と、マーヒル。
「イシュタルの王子が本体で、ルカ王子は影と言うことになります。これはヨウカから確認を取っておりますので間違えありません。現に殿下の胸の痣ですがイシュタルの王子にもあるそうです。しかもその痣は背中にも、まるで何かが貫通したようだとカスパロフ大将は言っておられました」
「痣か」と、クリンベルクは何か思案気に言う。
「ルカ王子の痣も背中にもあるのですか」と、マーヒル。
 胸の痣は聞いていたが背中の痣は初耳だ。
「否、殿下には背中に痣はありません」
 幼少の頃からルカ王子を見てきたケリンである。ルカ王子のことならよく知っている。
「ヨウカに言わせれば、主に痣があるからその影にも痣があるそうです。痣は影より本体にある方がはっきりしていると」
 クリンベルク家の三人は顔を見合わせてしまった。イシュタルの王子に関するデーターはかなり早い段階でクリンベルクの手元に流れてきていた。青い髪の王子が生まれると言う噂があったので警戒していた。だが実際は髪は白く自分では起き上がることすらできない廃人のような子だと。生きているのが不思議なぐらいな、そんな子がルカ王子の主だと?
何かの間違えでは? クリンベルク将軍が首を傾げている間も話は進む。
「実は」と、ケリンは少しためらった後、
「これはヨウカから聞いた話で私もどう理解してよいのかわからないでいる事なのですが」と、前置きしてから、
「カスパロフ大将が似たようなことを言ってきたもので。実はルカ王子はそのイシュタルの王子の魂の一部で作られている、そうです」
 言った瞬間、三人が、はっ? と言う顔をしたのは一目瞭然。
 後はおのおのの理解にまかせるしかない。どう訊かれたところで自分が理解できないのだから説明のしようがない。と、開き直っているケリンである。
「どういう意味ですか?」と、マーヒル。
 案の定、訊いてきた。
「詳しいことはカスパロフ大将に訊いてもらえませんか。私では説明のしようがない」
 クリンベルク家の三人は訝しげな顔をしている。
「まぁ、その話は脇に置いておくか」と、クリンベルク。
 ここで訳のわからない話を談義していてもしかたない。この際、理解できない話は後回しにしようということらしい。
「して、ルカ王子は?」
「イシュタルの王子が背後に居る限り、イシュタル人はルカ王子には指一本触れられないようです」
「イシュタルの王子は廃人だと聞いていたが」と、クリンベルク。
「私のデーターでもそうです。ただ、ヨウカだけは、彼女は四次元に住んでいるから三次元では廃人のように見えると言っております」
「彼女? 男だと聞いていたが」
「竜は女性だそうです。ボイ人たちもそう言っておりました」
「ではイシュタルの王子は王子ではなく王女だったのですか?」と、マーヒル。
「否、確かに男だったはずだ」と、クリンベルク。
「それも、今は脇に置いておいてもらえませんか」と、ケリン。
 ケリンにとってイシュタルの王子が男であろうと女であろうとどうでもよかった。問題なのは、
「今は、ルカ王子を迎えに行くことです」
「そうだな。詳しいことはカスパロフに訊こう」
 おそらくカスパロフも答えられないだろう。それより直接ルカ王子に訊いた方がと、ケリンは思ったが口にはしなかった。おそらく殿下も自分の事でありながら理解していない。理解しているのはエルシアのみ。
「迎えに行くと言っても、こう言ってはなんだが、ルカ王子は罪人だからな」と、テニール。
「筋道の通った皇帝の恩赦でもなければ、国民が納得すまい」
 否、国民の大半は納得する。ルカ王子の流刑にはそもそも反対であり同情していたぐらいだから。問題は反対勢力の貴族たちだ。彼らにうまく対処しなければ政権の勢力に陰りが見えた時、足をすくわれかねない。
「恩赦ですか」と、マーヒル。
 皇帝が承諾するものなのだろうか。
「頼んで来るか」と、クリンベルク。
「お願いします」と、人に頭を下げたことのないケリンにしては素直に頭を下げた。
 クリンベルク家に来た目的の一つはこれなのだから、唯一皇帝に物申せる将軍、それがクリンベルク将軍だ。それだけ皇帝の信頼が厚い。ケリンはルカのためならプライドの一つや二つどうでもよかった。後でルカ王子に返してもらえばよいのだから。
「恩赦が出たとして、問題はオルスターデ夫人ですか」と、マーヒル。
 ここに居る全員が口にもしたくない人物の名前を言う。
「彼女はかなりルカ王子の事を恨んでおられる」
「その心配はいりません。邪魔でしたら消します」
 ケリンのストレートな答えにクリンベルク家の三人は驚く。
「随分、大胆なことをあっさりと口にするのですね」と、マーヒル。
「君を敵に回すと怖いな」と、テニール。
「ルカ王子は君のその性格、ご存じなのか?」
「存じていると思います。私以上に私の事を理解していると確信しております。殿下は適材適所で人を使いますから、私に依頼するようなことは決してカロルさんには依頼しません」
「そうだな」と、テニールは納得した。
 幾つになっても純粋な心のままでいられるカロルがある意味、羨ましい。
 マーヒルが話を変えるかのように、
「陛下の恩赦が出たとして、誰を迎えにやるおつもりなのですか」と、父、クリンベルクに問う。
 まさか、カロルと言うわけにもいくまいと誰しもが思った。カロルはルカの親友でもあるが。
「第7宇宙艦隊が行きたがるでしょうね」と、テニール。
「だがそれは、軍部が認めまい」と、クリンベルク。
 本来なら彼らが一番適任なのだが。ルカ王子の近衛であった者たちであり戦闘経験も豊富だ。万が一宇宙海賊に襲われても彼らなら切り抜けられるだろう。だが軍部としてはそこが問題なのだ。彼らがルカ王子の配下に入りネルガルに反旗を翻すようなことになれば、宇宙海賊よりたちが悪い。
「やはりここは、メンデス中将率いる第6宇宙艦隊か」
「無難な選択ですね」と、ケリン。
 クリンベルクがそう出てくるのを計算に入れていたような言い方だ。
「つきましては二つばかりご相談があるのですが。一つは旗艦にはトヨタマを」
 トヨタマはルカが戦闘のために自ら設計から製造まで立ち会って作り上げた宇宙戦艦である。
「もう一つは私の乗船を認めてくだけるとありがたいのですが」
「トヨタマの件はよしとして、君の乗船を認めたら第7宇宙艦隊の面々が黙ってはいないだろう」
「確かに」と、ケリンはそれを認めたうえで、
「ですが、オルスターデ夫人の差し向けた刺客やネルガルの宇宙海賊相手なら宇宙戦艦トヨタマだけでも逃げ切れるでしょう。しかしアヅマやシャーが相手となってはエルシアとヨウカの力が必要です」
 自分と言うよりヨウカを乗船させたいようだ。
 ルカを無事にネルガルに帰還させるには。
 クリンベルクは唸った。ケリン・ゲリジオ、今一この人物の考えがわからない。どこまで信用してよいのか。このままルカ王子を敵勢力に渡してしまうのでは。だがルカ王子に無事に戻って来ていただかなければ何も始まらない。
「わかった。そこら辺も軍部と掛け合ってみよう」
「有難うございます」




 ネルガルの軍部は悠長なことを言っていられる段階ではなくなっていた。ルカ王子が戻って来て参戦してくださるなら、万全の態勢を取って出迎えようとしている。
「ハルガン・キングス伯爵はどうしている。彼も呼び戻せ」
「しかし彼は、ネルガルに反旗を翻した張本人です」
 ボイ星を植民星にするのにネルガル軍は大打撃をこうむった。一時は逃げ帰ってきたほどである。全てはハルガン・キングス伯爵の戦略によるものだと言うのが、軍部内の意見だった。それで辺境の惑星に流刑と言うことになったのだが、本人は一向に悔い改める様子はなく、キングス家の財力により美食と美人に溺れた生活を送っていた。
「あれは仕方なかった。我々が総攻撃を仕掛けたのだから」
「しかし、条約を破ったのはボイ星の方です。条約さえ破らなければ、我々も何も攻撃を」
 下の者はあくまでもボイ星が悪いと思っている。ボイ星が条約を破らざるを得なかったことを知っているのは上層部の一部、ボイ星にそうするように仕掛けた者たちだけである。そうでなければ国民を戦場へは駆り出せない。特に仲間がやられたと思い込ませるのは一番の得策である。そのためには手段を選ばない。時には国民を犠牲にすることすらある。何も知らない国民は復讐戦、自分こそが正義だと思って相手の国民を殺す。正義をかざした時、人は罪のない赤子を殺せるほど残虐になれる。
「まあ、過ぎたことだし」
「しかし、閣下」と、納得しない幕僚。
 いまだにあの時掛けられた暗示から覚めない。本当に悪かったのはどちらなのか。
「本人も反省しているだろう」



 そして数日後、フリオ・メンデス・コルネ中将率いる第6宇宙艦隊がM13星系第6惑星に向けて出港することになった。随分、第7宇宙艦隊の一部の者たちとすったもんだしたあげく。
 宇宙港の一室で最後の点検が済むのを待っていたメンデスとケリンの所に、
「出港準備でお忙しい所、まことに申し訳ありません」と、声を掛けてきたのは第7宇宙艦隊総司令官レイ・アイリッシュ・カーリン中将。
 見送りに来たところである。
「否、本来ならあなた方が迎えに行くべきなのでしょう」と、メンデス。
 あなた方の気持ちは重々心得ているという感じだ。
「数々のご無礼、そう言ってくだされば助かります」
「あなたも大変ですね。ルカ王子はよくあのような者たちをまとめあげたものだ」と、つくづくルカの手腕に感心するメンデス。
「あのような者はなかろう」と、アイリッシュの背後におとなしく控えていたトリス。
 どうしてもケリンに文句が言いたくて付いてきた。
「どうしてお前だけ」と、言うトリスに。
 あの時は大勢の手前、何も言わなかったケリンだったが、今は自分を含めてこの場に居るのは四人。しかも全員がヨウカの存在を認めている。ルカ王子に仕えていると、世間的には不思議だと思われることが当たり前のように日常的に起こる。
「ヨウカを連れて行きたかっただけだ」
「ヨウカ。あの色魔」と、トリスが言った途端、何処からかスリッパが飛んできてトリスの頭に当たる。この品の良い戦術をヨウカに教えたのはハルガン・キングス伯爵である。
「痛っー」と、頭を抱えるトリス。
 ケリンはそれを無視して、
「普通の宇宙海賊が相手なら問題はないが、アヅマやシャーが相手ではヨウカ様がいた方がよいかと思いまして」と、強いてヨウカに敬称を付けて呼ぶ。
「おいおい、あいつに様を付けるかよ」と言った途端、また何処からともなくスリッパが飛んできて今度はトリスの顔面に当たる。
 これを見せられてはメンデスもヨウカの存在を信じない訳にはいかない。ルカ王子に関係した者たちは不思議な体験をするというのは知る人ぞ知るところになっている。
「アヅマやシャーか」と、トリスは過去の戦闘を思い出しながら、
「彼女一人で大丈夫なのか?」
「エルシア様もおりますから」
 ルカが居ると言うことはエルシアも居るということになる。
「あっ、そうか」と、宙を見つめて思い出すトリス。
 あの時は、エルシアの指示のおかげで助かった。
「でも、俺が思うに、アヅマもシャーも攻めてこないんじゃないかな。不思議と俺達って、奴らと出会うことがない。嫌われているのかな」
 他の艦隊がアヅマやシャーに壊滅的な損傷を受けても、彼らルカの息のかかった艦隊はアヅマやシャーとすれ違うことすらない。宇宙は広いと言えどもダークマター等の存在により、航宇できる場所は限られてくる。場所によってはかなりの宇宙船が集まって来る回廊もあるのだが、まるで避けられているように出会うことがない。
「嫌われてはいないだろうが、否、ネルガル人は嫌いだと言う意味では嫌われているか。どちらかと言えば避けられているのでは」と、ケリン。
「避けられているのも嫌われているのも意味的には同じだろう。でもどうして?」
「ドラゴンだから。ではなく、ドラゴンとの付き合いがあるから」
「はっ?」と、首を傾げるトリス。
「もしかして、殿下のこと言っているのか。やっぱりあいつ、ドラゴンだったのか」
「ある意味そうなのかしれないが、俺たちの言うドラゴンとは意味が違うのでは。イシュタル人が言っていただろう、竜も人間だと」
「本当は、ドラゴンを恐れているのは俺たちネルガル人よりイシュタル人の方じゃないのか」と、トリス。
 そこへ無人のシャトルが迎えに来た。
「申し訳ないが、時間ですので」と、メンデスは二人の会話を打ち切らせた。
「では、無事なご帰還を祈っております」と、アイリッシュ。
「ええ、無事にお連れいたします、私の命に代えても」
 四人は意を決したかのようにおのおの頷いた。
 メンデスとケリンを乗せたシャトルが去った後、
「いいよなぁー」と、トリスは残念がる。


 一方シャトルの中では、先ほどのトリスの言葉をメンデスが気にしていた。
「ドラゴンを恐れているのはイシュタル人か」
「それは違うと思います。彼らはドラゴンの力も性格も知り尽くしているから、ドラゴンの怒りに触れないように注意しているだけです。気を付けさえすればドラゴンは何もしない。それどころか自分たちに益をもたらしてくれる」
「ドラゴンの怒り?」
「ボイ人によれば、竜には一枚だけ逆にはえた鱗があるそうです。それに触れると痛いもので怒るそうです。だから彼らはそれに触れないように気を付けているだけです。恐れているのとは意味が違うと思います。それに対して我々ネルガル人は、伝説上の恐怖心があるだけでその実態を知らない。間違ってその逆鱗に触れて怒りをこうむると言うことにもなりかねない」
「つまり竜の逆鱗と言うのがルカ王子だと」
「イシュタル人の行動から察するところ、そうとしか思えません。おそらく殿下の身に何かあれば竜は黙ってはいないのでしょう」
「伏竜を起こすようなものか」
「おそらく」と、ケリンは頷く。
 村の言い伝えによれば確かにルカは、アヅマやシャーが攻めてこないと言う意味ではネルガル星の守り神なのかもしれないが、一歩間違えればネルガル星を滅ぼす爆弾にもなりかねない。殿下御自身はそのことを知っておられるのだろうか。


 トヨタマの艦橋にはすでに各艦の艦長たちが集まっていた。そこに総司令官メンデスが加わって全員集合と言うことになる。
 今回の航宇目的と方法は既に話し合われておりその確認をすませると、おのおの自分の艦へと戻って行った。メンデスも自分の旗艦に戻ろうとした時、
「閣下は、この艦で指揮をとられるのでは」と、トヨタマの艦長エルナン・プラタ中将が尋ねる
 メンデスは苦笑いをすると
「この艦はルカ王子の艦でございますから、私など恐れ多いことです。それに自分の艦の方が心も落ち着き指揮が取りやすい」
 それからぐるりと艦橋を見渡す。無駄な装飾品は一切なかった。
「噂はうかがっておりましたが、実にシンプルな作りですな。無礼とは存じますが、これでは私の指揮シートの方が贅沢に見えます」と感想を述べ艦橋を離れようとすると、ケリンもメンデスの後を付いて来た。
 メンデスはすかさず、
「君はこの艦に残ってくれ」
「それでは万が一の時」
 自分が同伴した意味がなくなってしまう。
「我々の第一の目標は、殿下を無事にネルガル星へ連れ帰ることだ。しかし、もしそれがかなわなかった時、この艦だけでも殿下のもとへ送り届けたい。万が一の時は、我々第6宇宙艦隊が盾になる。君はこの艦で逃げてくれ。護衛として高速巡洋艦を五基付けるので、それらと一緒に。必ずルカ王子のもとへ」
「閣下!」と驚くケリン。
 メンデスは軽く笑うと、
「あくまでも万が一の場合だ。そうならないことを祈ろう」
 トヨタマの艦長プラタ中将は既に話を聞いていたとみえ、驚いた様子は見せなかったが、別の問題を抱えているかのように落ち着きなく、
「閣下、少しお話が」と、メンデスの足を止めた。
「実は、客将として乗艦したいと申し出ているお方がおられます」
 いきなりのはなしだったので、どう取り扱ってよいか困っていた。
「客将? 戦いに行くわけではないから何も学ぶものはないと思うが」と、メンデスが首を傾げていると。
「どうぞ、こちらへ」と、幕僚に案内されて現れたのは数人の護衛に囲まれたネルロス王子である。
 驚くメンデスとケリン。
「弟の仇を取りに来たのかと言う顔をしているな」と、ネルロス王子は二人の顔を交互に見て言う。
「違うのですか」と、ケリンははっきり聞き返した。
「ルカの部下は怖いもの知らずと聞いていたが、まさにその通りだ」
「これだけの戦場を潜ってくれば生きている方がおかしなぐらいだ。怖いものもなくなりますよ。もっとも今まで生きてこられたのは全てルカ王子のおかげですから、感謝はしております」
「なるほど。ルカは君のこのような言動に何も言わないのかね」
 ケリンは鼻で笑った。
「殿下は私の言動など、犬の遠吠えぐらいにしか聞いていませんよ」
「それは異なことを言うな。ルカは、身分を問わず意見は大事にすると聞いたが」
 ケリンは遠くを見るような目をすると、
「あの方は我々など眼中にない。あの方の目に映っているのはネルガルの未来、我々が何をほざこうとネルガルの未来に影響しなければ痛くもかゆくもない方です。我々のように足元など気にしていませんよ。だから危なくて傍に付いていてやりたくなるのです」
「なるほど。ルカが描く未来とは、どのような未来なのだ」
「それがわかれば苦労はしません。凡庸な我々には解るすべがない」
 せめてその断片でも解れば少しは協力もできるのだが、今の自分にはあらゆる敵からルカを守ることぐらいしかできない。そしてこいつも敵の一人だ。と腹の底から煮えたぎる思いが立ち上ってくるのをケリンはぐっと堪え、皮肉な言葉でごまかす。
「まぁ少なくとも今よりはましな未来になるのでは。あなた方王侯貴族にとってはどうか知りませんが、我々平民にとっては」
 ルカがどのような未来図を描いているのか誰にも解らないようだ。もしかするとルカ自身解らないのかも知れない。数万年と続いた国々の勃興。これからも数千年を単位に続いて行くのは間違いない、主義主張を変えつつ。だがそれもこれもネルガルと言う惑星があっての話だ。その星が人間の欲により何も生産できない死の星に変わった時、あるいはその星自体が消滅してしまった時、ネルガル人は何処に求心力を求めるのだろうか。
「平民によい世界か。だがギルバ皇帝も最初は平民だった」
 何処かで聞いた台詞である。
「何事も長く続くと腐るものだ。我が弟などその代表株だったのだろう」
 弟ピクロスの死を知って多くの国民が陰で喜んでいたことを兄ネルロスは知っている。自分でさえ、弟の死に心が安らいだものだ。
「以前にも言ったと思うが、私はルカを憎んではいない。それどころか感謝しているぐらいだ。命を助けてもらったようなものだからな」
 弟が自分の命を狙っていたのは知っていた。皇帝の座、全ての敵を退けたのち、最後に邪魔になるのは兄。
「血の繋がりとはそう言うものか」と、ケリン。
 何処までが本心なのかと、疑わしげな目つきでネルロスを見る。王族や貴族には家族を重んじると言う風習はないようだ。現にルカなど兄弟たちから弟とは見なされていなかった。唯一、頭のいかれているジェラルド王子をはぶいては。それに比べて平民は家族のために自分を犠牲にして戦場へと出ていく者が多い。もっとも平民の中にも自分が生きるために家族を売る者もいるから、それを思えば王侯貴族も平民も同じか。
「まぁ、全然情がなかったと言えは嘘になるが、ピクロスも弟ならルカも弟だ」
 今までの宮廷でのルカへの仕打ち、今更、何を言う。とケリンは内心思う。
「随分、ルカ王子のことは嫌っていたようだが」
「実力は認めていた」
 暫しの沈黙。ネルロスをどう扱うか、ケリンは考えあぐねた。ルカならどうするだろう。
「ルカと、少し話がしたいと思いまして。もっとも弟と話すのにあなた方にことわる必要はないとは思うが」
 何の? とケリンは内心思いながらメンデスを見る。
 メンデスもメンデスで考えあぐねているようだ。ここで下手にこじらせて殿下の敵を新たに作るようなことになってはと思う反面、ネルロス王子がオルスターデ夫人の放った刺客とも考えられる。なにしろオルスターデ夫人の実子なのだから。それでは殿下のお命が。メンデスも迷った顔でケリンを見返した。
 それに答えを出したのは四次元生物のヨウカだった。
(そ奴、嘘は付いておらん。話したいだけで殺したいわけではない)
(何を話したいのですか?)と、ケリンはヨウカに心の声で問いかけた。
(そんなこと、わらわが知るか。おそらくエルシアを配下におきたいのじゃろう、今後のために)
 今後のためにと、ケリンは首を傾げた。なるほど、ジェラルドが皇帝になれるぐらいなら俺の方がましだとでも思ったか、それでルカを味方に付けようと。ケリンは苦笑する。
(蛇より低い蛙の存在で、竜を配下におこうなどと、身の程知らずも度が過ぎて呆れてものも言えぬわ)
 ヨウカの怒るのも納得するケリンだが、
(蛙とは蛇より下なのですか?)と、ヨウカに訊いてみた。否、訊くまでもない、心に思うだけでヨウカは直ぐ反応してきた。
(どう見たところで、あ奴がわらわより上のはずがなかろう)
(なんだ、ヨウカは自分が蛇であることを自覚しているのか)
(わらわは蛇ではない。わらわはわらわじゃ)と、膨れるヨウカ。
 ケリンはそのヨウカの愛らしさに思わず吹き出す。エルシアの気持ちが解ったような気がした。
「どうした?」と、ケリンの緊張のない態度をみてメンデスが問う。
「ヨウカが、彼は嘘を付いていないと」
「ヨウカさんが」と、メンデスはあたりを伺いながらヨウカに敬称を付けて言う。
 メンデスには彼女が何処に居るかはわからない。だが確実にこの場に居るのは知っている、ケリンに憑依しているのだから。
「しかし、ヨウカさんがそう言われても。万が一のことがあった場合は」
 人間、心変わりと言うものがある、今はそうでなくとも。既に何時攻めてくるかわからない外の敵を置きながら、内にまで敵を抱え込むのは、メンデスにすれば考えものである。
(心配はいらぬ、メンデス。その時はわらわが取り殺す)
 そのヨウカの声は、はっきりとメンデスの脳裏にも響いた。しかも楽しげな波長をともなって。
「取り殺す?」と、あまりの驚きにメンデスは彼には似つかわしくない声を出してしまった。
「ははぁー、そうか、それだったのか、お前の狙いは」と、ケリン。
「俺の精気だけでは足らないもので、奴の精気まで吸おうという魂胆か。奴の精気など吸って腹に当たらないのか」
(そんな心配はいらぬわ。奴の精気もなかなか美味そうな匂いがするのでな)
 美味そう。とケリンは首を傾げた。この化け物の舌は何を基準にして味の良し悪しを判断しているのだ。高貴な者の精気が美味いのかと思えば、ピクロス王子の精気など不味くって吸えたものではないと言う。では善人の精気かと思えば、とケリンは考える。俺など人を騙すのが商売のようなものだから善人の口には入らないだろうし、どうやら我々人間が持つ善悪や価値観とは違うようだ。
 ケリンの思考を読んだのか、ヨウカは呆れたような顔をして言う。
(お前は、何度言えば解るのじゃ。そのような価値観はお前ら人間が考え出したものじゃ。わらわには関係ないことじゃ。例えば動物などは嵐をただ耐えているだけで、それを善だの悪だのとは言わぬわ。それをお前らは善だの悪だのと言って、挙句の果てには神だの悪魔だのと騒ぎ立てる。雨がなければお前ら生きられなかろう。我が主もかわいそうなものじゃ)と、ヨウカは急に話を変えた。
(雨を降らしてくれと頼まれたから降らしてみれば、それは多少、多過ぎたかもしれぬが、もともと我が主は不器用なのじゃからそううまい具合に雨を止められるわけもないし、そもそも竜は水が好きなのじゃ。それを感謝するどころか文句を言って、まったく)
 ヨウカがいきなり何の話をしだしたのかケリンには解らずどう受け応えしてよいか迷った。それを察したのか、
(とにかくじゃ、自然界のことわりは、お前らが存在する遥か前からあるのじゃ。後から来て偉そうなことを言うな。少しは動物を見習ったらどうじゃ。それにわらわは化け物などではない)と、膨れる。
 これは失敬とばかりにケリンは軽く吹き出し、笑いを抑えながら、
「失礼した。では何を基準にして美味いか不味いか判断しているのですか」と、ケリンにしてはかなり丁寧な言葉でヨウカに訊く。人の良し悪しを見分ける参考になるのではないかと。
(魂の色じゃ)
 訊くべきではなかったとケリンは後悔した。魂の色など見えない。
(お前はルカを綺麗だと思っておるじゃろ)
 それには頷くしかない。確かにルカは綺麗だ。色白でシミひとつない肌と整った顔立ち、気品に満ちている。
(だがあ奴はあのごっつい皇帝と気の強いナオミとの間に出来た子じゃ。はっきり言って肉体はたいしたことない。それが綺麗に見えるのは竜の魂が内側から染み出して見えておるからじゃ)
 黙って聞いていれば相当不敬罪なことを言っているのだが。確かにルカはどちらかと言えばナオミ夫人似だろう。夫人も美人と言うよりもはチャーミングな方だ。
(ナオミがチャーミングに見えるのもナオミの魂の輝きが肉体から染み出しているからじゃ。さもなければただのへちゃむくれじゃ)
 これもかなりの酷評。
(生物は皆そうじゃ、魂の輝きが器(肉体)から染み出しているから美しく見えるのじゃ。その力が弱まれば美しく見えないのじゃ。老人より子供の方が美しく見えるのはそのせいじゃ。もっとも年を取ってより美しく輝くものもおるがな、そ奴は本当に魂が美しいからじゃ)
 なるほどと、一人納得するケリン。
 その様子を見ていたネルロスは、
「どうした、ゲリジオ軍曹は?」と、メンデスに問う。
「何、独り言を言っている?」
 メンデスは答えに窮した。どう説明してよいやら。彼女を見たことのない者に彼女の存在を説明するには。
「この船にはあなたが目にしている以外にもう一人、美しい女性が乗っておられる」と、メンデスはヨウカに対して敬語を使う。自分はヨウカを見ることはできない。だからできるだけ彼女の機嫌を損じないように気を使ってのことだ。
「今目の前に居られるので紹介したいのですが、殿下にはお見えになられますか」
 ネルロスはあたりを見回してから、
「お前には見えるのか?」と、問う。
「やはり、お見えになりませんか。実は私も見えません。ですが、先ほど一度だけ声を聞いたもので、確かにここに存在していると確信しました。ゲリジオ軍曹には見えるようで、先ほどからお話をなされているようです」
「何の話だ?」
「それは私にもわかりません。聞こえるのはゲリジオ軍曹の声だけですから」
 確かにと、ネルロスは納得する。自分にもゲリジオ軍曹の声しか聞こえない。

 結局、今からシャトルに乗せてネルガル星へ送り返すこともできず、ネルロス王子は同船することになった。
「見ての通り、この艦は機能重視で作られています。よってこの艦で一番上等な客室にあなたを案内したところであなたが納得されるとは思いませんが、それでよければ」と、ケリンは以後の苦情は一切聞き入れないと言う態度で承諾をとる。
 これでネルロスの件は片が付いたのだが、もう一つの事件が持ち上がった。勝手知った他人の家、もとい、自分の家と言うべきか、各艦の司令官たちがおのおのの艦に戻るのを見計らって艦橋に現れた者たちがいた。現れるや否やその中の一人がネルロス目掛けて飛びかかろうとする。それを慌てて押さえつける同僚たち。体は押さえつけられても声は自由だ。
「てっ、てめぇーネルロス。どうしてお前がここに」と、唸りつくトリス。
「放せ、こいつはルカを殺しに来たんだぞ」
「トリス、落ち着け。それよりどうしてあなたがここに」と、忠告するメンデス。
 驚きを隠せないようだ。だがケリンの方は落ち着いていた。
「偽造証明書ですか、誰に作ってもらいました」
 巧妙に作られていた。一時は見落としたぐらいだ。だが長年の勘とも言うべきか、何か腑に落ちないものがあった。それで念には念を入れたのが功を奏したようだ。
「言わずもがだ。だが、やっぱりばれたか」
 ケリンの目は騙せないだろうと思っていた。
「否、ある人物の名前を使わなければわからなかったよ。おそらく私にだけ解るようにしたのだろう」
「ある人物の名?」
「戦死した私の友人の名前だ。もっともまだ生きていることになっているが」
 これがケリンの本命である。
「あっ?」と首を傾げるトリス。
「来てくれて心強いよ」とケリン。
「そりゃ、そうだろう。この艦は俺たちが居て初めて動くんだからな」
 砲術士のトリス、操縦士のバム、コマンド部隊のロン、それに軍医のオリガーまでいた。後何人潜り込んでいるのか。
「このままばっくれられるぜ。ルカを乗せたらネルガルなんかに戻らないで」と、トリス。
 だがケリンは小さく首を横に振ってトリスの言葉を否定した。
「それはないだろう、殿下はネルガルに戻りますよ」
「どうして。ネルガルに戻ればまた戦いの日々が続くぜ。軍部の奴らルカの手腕に期待しているのだから。ハルガンまで呼び戻すらしい」
 トリスたちの耳にも入っているぐらいだから、当然ケリンは知っていた。
「もう殿下にはネルガルを守る意味はないだろう、シナカ妃はおられない」と言ったのはパブ。
「そうですね、それは確かです。だが初恋の方がおられます。彼女を置いて逃亡したりはなさらないでしょう」
「初恋の方?」
 トリスは初耳のような顔をした。
「クリンベルク将軍のご令嬢ですよ、今はジェラルド皇太子の妃とでも言うべきでしょうか」
 二人の間を取り持ったのは何を隠そうルカである。
「あっ」と、トリスは今更ながらに気づく。
「あの、鬼娘」
 言ってはいけない言葉だ。ここに本人が居れば平手打ちで宇宙のかなたまでぶっ飛ばされる。
「しかし、殿下はどうしてああ言う気性の強い女性が好きなのかな、俺には理解しがたい」と、トリスは腕を組んで考え込む。
「そうかな、俺から見れば殿下とトリスの女性の好みは同じように思えるが」と言ったのはロンである。
「女性に関しては、一番理解しあっているのかと思った」
「俺も」と、ロンに賛同するバム。「格は違うがな」
「当然だろう。殿下と俺じゃ格が違いすぎるからな、当然、女の格も違ってくるわな」
「違い過ぎても同列に並べるところがトリス兄貴の凄い所だぜ」と、からかう同僚。
 緊張の中にも笑いが出た。やはりムードメーカーのトリスはルカの艦隊には必要だ。
 ケリンは一気に肩の荷が下りたような気がした。これならシャーが相手でも逃げ切れるような気がする。
「行こうぜ、俺たちの親分を迎えに」





 一方、白竜(アツチ)を乗せたアヅマ第17宇宙艦隊は宇宙をさまようことになってしまった。一時アヅマの要塞へ戻ろうとしたがアツチが納得しない。しかたなく収容した捕虜たちを近くの商業惑星でそれぞれの星の宇宙船に移しそれぞれの星に送り届けてもらうことにした。
「さて、これからどうする?」
「私に訊かれてもね」と、ラクエルは困った顔をする。
「白竜様におかれましては、イシュタルへ戻られるおつもりはない。かと言ってネルガルに行かれるおつもりもないようですから」
「誰か、白竜様と話が出来るものはいないのか」
 これだけの能力者が居ながら、誰も白竜が作った結界の中に入って行けるものはいない。否、入るつもりなら入れるのだが、誰も怒りを買うのを恐れて入ろうとはしない。
「そうだ、あの四人ならどうだ」
「四人?」
 イシュタル人の捕虜たちは全員イシュタル星行きの宇宙船を用意したのだが、どうしてもこの船に留まると言ってきかない四人組がいた。
「しかし彼らは能力が」 低すぎる。
「まともに通用するのは一人か」
「でも彼らはずっと白竜様のお側に居たのだから、少しは意思疎通ができるのでは」
「なるほど」
「頼んでみますか」


 一方その四人組はと言うと、あたえられた部屋の内装の事でもめていた。否、正確には約一名が文句を言っていた。
「三流品ばかり揃えやがって、これならない方がましだ」
「三流品と言いますが、かなりの品ですよ」と、クラフトは調度品を見回して感心する。
「奴ら、お前に気を使って用意したんだぜ、文句ばっかり言ってないで少しは感謝しろな」と、ユーカス。
「いい部屋じゃないか、俺たちの部屋なんか」とビッキ。
 ビッキたち三人は相部屋だ。しかもベッドに椅子、テーブル、洋服件小物入れと必要最小限のものしか用意されていなかった。
「部屋も広いし」
 三人合わせた部屋より広い。
「俺は、お前らと一緒でいいよ」
「では、この部屋を四人でお使いになれば」と言ったのは部屋を案内してくれた女性。
「四等分に仕切るもよし、調度品がお気に召さないのでしたら、こちらにこの船に保管されている家具のリストがありますので、ご自由にお使いください」
 そう言って空間にディスプレイを移送させた。
「私はこれで失礼いたします」と言って姿を消す。
「何か、怒らせてしまったようですね」とクラフト。
「誰かさんが、ネルガル人のように調度品を何じゃねぇーかんじゃねぇー言ったからじゃないのか。住み心地さえよければどうだっていいものを、少なくともあの収容所よりよっぽどましだ。もっともあのルカとか言う奴の部屋に比べればはるかに見劣りするが」
 がさつなユーカスですらネルガルの調度品には度肝を抜かされたが、無駄にあんなに物があってはかえって邪魔だと言う気持ちもあった。そんなユーカスだから繊細なミルトンの心は永久に理解できない。
「住み心地が悪いから文句言っているのだ」
 ユーカスはミルトンの機嫌を取るのに嫌気がさしてきたとみえ、
「おめぇーには付き合いきれなねぇーよ」と、うんざりした顔をする。
「ネルガルの監獄よりいいだろーが」
 あの時は何も言わずに平然としていたのに不思議だと、ユースカはミルトンをまじまじと見ながら思う。
「あの時は皆が同じ条件だったからな。だが今は俺だけを特別扱いする」
「そりゃ、そうだろ。お前、紫竜なんだから、大事にされて当然だ」
「だったらきちんとしろと俺は言っているんだよ。できないのならお前らと同じにすればいいんだ。こんな中途半端な」
 ミルトンが何に腹を立てているのかユーカスにはさっぱり理解できない。解らないことは考えない主義がユーカス流、時間が解決すると言うことにして、
「じゃ、この部屋を四等分にして使うか。トイレ、バスはどうする。共同にするか、それとも」
「わざわざこのスペースに作る必要はないだろう、この船には共同のトイレも大浴場も付いているのだから」
 そもそもイシュタルの軍艦は客船を改造したものである。宇宙遊泳中の娯楽施設は付いている。
「じゃ、そうすることにして。どうするんだこの家具類?」
「一旦あった場所に戻して、改めてリストから選びなおしたらどうです」と、クラフト。
 さっそくいろいろとチョイスし始めている。
「俺はいい、自分の所から持って来るから」と、ミルトン。
 部屋の中がただの空間となる。するとミルトンの周りには昔ながらのイシュタルの調度品が現れた。懐かしいと言えばそれまでだが、その一つ一つには手の込んだ細工が施されている。
「すっ、すげー。どこから?」
 さすがにがさつなユーカスの目にも留まったようだ。無論、ミルトンの衣装も砂の星に居た時はアツチの前だけで着ていた衣装である。
「これがあなたの本当の姿なのですね」と、クラフトは感嘆する。
 ユーカスは胸の内で思った。似ている。あの時俺の目の前に現れた青い髪の女性に。だが彼女の方がずっと綺麗だ、特に心は。こいつの白竜が彼女だなんて、俺には到底考えられない。まぁ、それもどうでもいいか。後で彼女に会って聞いてみればいい。こいつがあなたの紫竜なのかと。絶対違うと言うに決まっている。それより問題は、この空間の違和感だ。
「何で四分の一が天国みてぇーんだよ。バランスが可笑しいじゃないか。出すんなら俺たちの分も出せよ」
「お前に使わせる物はない」
「はぁ? ちょっと待てよ。何でてめぇーだけ殿様気分でいやがるんだ」と、ユーカスが喧嘩腰で言うのをビッキが止めた。
「よせ。相手は紫竜様なのだから」
「紫竜って言うけど、俺が婆ちゃんから聞いたはなしだと」
「嫌な感じだろ」と、ミルントは手の込んだ細工が施されているリクライニングシートに寄りかかりながら言う。
「当然だ。何でてめぇーだけ」
「誰だって差別されれば嫌な感じはする。紫竜だってただの人間だ。お前は最初、俺が弱そうに見えたから助けてやろうと思って俺に近づいただろう。イシュタル人は皆そうだ。自分より弱い者を助けることによって共同生活を営んで来たんだ。腕力のある者はない者を助け、知性のある者はない者を助け、器用な者は不器用な者を助け、そうやって暮らしてきたんだ。それなのに奴らは、目的があって俺に近づいて来たんだよ。役にたたなければポイだろ。何時からネルガル人のような思考になってしまったのか。アツチが使えないから俺に期待しているだけだ。俺の白竜は奴らに利用はさせない」
 ミルトンの強い意志を感じたユーカスは驚く。
「誰もお前たちを利用しょうなんて」と、ユーカスは戸惑いながら言う。
「ではどうしてこの船に残られたのですか、イシュタルへ戻られた方が」
 おそらくミルトンの白竜はイシュタル星に居る。
「アツチ様のことで」と、ビッキ。
 ラクエルが言っていたように彼のきつい言葉は優しさの裏返し。アツチの事が心配で。
「エルシアとの約束があるからな」
「でもあのネルガル人、何も知らないようだったぜ」
「俺はエルシアと約束したのであって奴と約束した訳じゃないから」
 約束って何だ? と言う三人の顔。
「約束は人に言うものじゃないよ。願い事と同じだからな。言ったら叶えてもらえなくなる」
 結局、部屋は四等分しコーナーごとに自分の空間を作り、中央には四人で寛げる場所を設けた。これがこのまま家の配置になっているのがイシュタル人の社会である。中央に皆が集える広場があってその周りに個人の家と言っても大家族だが、が点在する。
「イシュタル人の社会なんて、こんなものなんだよな。皆で雑魚寝、これが一番さ」と、ユーカスは中央のソファに仰向けになる。この部屋が気に入ったようだ。


「どうだった、紫竜様は。あの部屋、気に入ってもらえたかな」
「とんでもないわ」と、先ほど案内役を買って出た女性。
「文句ばかり付けて。本当にあの方、紫竜なの」
「やはりお気に召されなかったようですね」と、ラクエルは笑う。
 ラクエルは最初から知っていた。
「あの竜は三流品など相手にしない」
「三流品て、あれらはそれなりに名の通った人が作ったものよ。あなたが三流品ではだめだと言うから、わざわざ揃えてきたものを、結局、五流品並べて喜んでいるのよ、私たちの苦労は何だったのでしょう」
「だから最初に、よした方がいいと私は忠告したつもりですけど。竜は特別に扱われることを好みませんから。部屋だって我々と同じでよかったと思いますよ」
「じゃ、どうしてあと一人の竜には」
 部屋まで用意して。船の一部をその竜のために改造した。
「あの竜は病んでおられますから、自分の事で精一杯なのです。ですから一人にしておいてやろうと思い部屋を用意したのです。落ち着かれればそのうち我々と話をしてくださることを願って」
「病んでいるか」
 姿を見れば一目瞭然だ。
「今は、そっとしておくしかありません」
「紫竜様は、何故ご一緒に」
 その紫竜にあった者がぽつりと言う。
「ネルガル人だった」
 誰もが黙り込む。





 ここはネルガル星ジャラルド王子の館の竜木のある池へと続く道、ネルガル婦人の心を二分すると言われている二人の貴公子に挟まれて歩いているのはカロルとエミリアン。最初は四人で並んで歩いていたつもりだったのだが、いつの間にかカロルが一歩遅れて後から付いて行くような形になっていた。否、実際はエミリアンを二人の貴公子がエスコートしているように見える。
「実にお美しい。さすがはルカ王子が見初めただけの事はある」と、貴公子にため息まじりに言われて悪い気のする女性はいない。
「女性を見る目だけは俺たち以上だったからな、あのマセガキ」と、こちらは言葉は少々悪いが教養ある野生的な魅力を持っている。
 女性の容姿をたたえるところから始まり、所々に鼻に付かない程度の教養をまじえて話す世間話や冒険譚は、女性の心を引き付けてはなさない。後ろでその二人の話を聞きながらカロルは心の中で思った。ルカの気持ちがよくわかったと。エミリアンの楽しそうな顔。俺の前であんな顔をしたことがあるだろうか。
「どうしたのですかカロルさん、急に静かになって」と、振り向いたのはハルメンス。
 今日はあの腰巾着は付いて来ていないようだ。
「俺は、女のようにべらべら喋る男は嫌いでね」
「へぇ、そうなんだ。俺は以前、ルカからネルガルの拡声器と言う奴の話を聞いたことがあるがな」と、ハルガン。
「そいつも男にしちゃ、よく舌の回る奴だったらしい」
 カロルはむっとした。ルカの野郎、余計なことを言いやがって、今度会ったらと思い、落ち込む。今度会うことは二度とない。永久にあの砂の星で過酷な労働を強いられているのだ。
「どうしたんだ、そんな沈んだ顔をして。もう少し食って掛かってくると思ったが」
 何時にもないカロルの反応にハルガンはがっかりしたように問う。
「ルカ、どうしているかと思って」
 アヅマに襲撃されたと言う話は聞いた。幸い負傷者は少なかったと。だがそれ以外の情報は一切入ってこない。
「ルカでしたら、近々お戻りになられますよ」
 ハルメンスのその言葉にカロルは驚く。
「えっ!」
「知らなかったのですか。トリスさんなど身分証明書を偽造して迎えに行く宇宙艦隊に乗り込んだようですよ」
「第7宇宙艦隊が迎えに行くと名乗り出たようだが、問答無用で却下されたらしい」と、ハルガンは楽しそうに言う。
「まあ、無理もないですね。それこそ敵に兵器を送るようなものですから」と、ハルメンスが当然のごとく頷きながら言う。
「それは、どういう意味なのでしょう」と、男たちの話に付いていけずエミリアンが問う。
「あんなことがありましたからね、ルカが軍部を恨んでいるのではないかと。軍部はルカの軍事的才能を恐れているのですよ。特に第7宇宙艦隊の中にはトリスさんをはじめルカ子飼いの者たちがおりますから」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ」と、会話を止めたのはカロル。
 カロルは頭が混乱していた。
 ルカが戻って来る。そんな話、俺は全然誰からも聞いていない。
「ルカが戻って来るって、ほんとうなのか」
「あれ、聞いていないのか、おやじさんから」と、ハルガン。
 ハルガンがおやじと言えばクリンベルク将軍のこと。そしてクリンベルク将軍はカロルの父親でもある。
「おやじって?」
 カロルの頭の中はいっそう混乱した。親父とはここの所毎晩のように会っていた。それなのに。
「ルカが戻れるように力を尽くしていたのはクリンベルク将軍らしいぜ」
「おやじが?」
「何にも聞いていなかったのですか」と、ハルメンスは呆れたように。
 カロルは自分だけが蚊帳の外だったことに腹を立てた。
「おやじの野郎」
 そんなカロルを見てハルガンは、
「まぁ、無理もないか。お前に言ったら公表したも同然。作戦も事前準備もあったものじゃない。特に某夫人に対しては宇宙海賊に匹敵する警戒が必要だからな」
 カロルは暫し押し黙っていたが、
「俺にだって、口外して良いことと悪いことの判断ぐらいできら」
「ああ、そうかい。じゃ、プロポーズぐらいしたんだろうな」
「プロポーズ?」
「とぼけてんじゃねぇーよ。これこそ公表すべきことだろうが」と、ハルガンはカロルの脇腹を肘で軽く小突く。
「何年付き合っているんだ、何年。俺なんか、いい女だと思ったら会ったその瞬間に」
「そう言うのを、世間的には手が早いというのです」と、ハメルンスが横から紳士的な風貌を装い忠告する。
「お前に言われたくないな」と、ハルガン。
 この二人、女性に関しては同じ穴のムジナ。
「先方で誘うのだ、伺わない手はない」
「そうですね、下手にお断りでもしたら気に障ったと、後々怖いですからね」
 やはりこの二人、女性に関しての考えは同じなのかもと、カロルは警戒する。絶対エミリアンに近づけてはならない。だがカロルの気も知らずにエミリアンはハルメンスたちと楽しそうに話す。そんな中、
「プロポーズですか」と、エミリアンは不安げに。
 エミリアンは知っていた。今ネットに流れているいたずらを。否、真実であってほしいと思いつつ。今のカロルさんの様子から判断して、やはりあれは悪戯なのだ。カロルさんには誰かご両親のお決めになられた方がおられるのだろう。家柄といい本人の階級といい既に決まっている方が居てもおかしくはない。同じ貴族とは言え、私の家柄では格下。以前の父なら随分と門閥貴族との交流を図っていたようだったが、結局うまくはいかなかった。姉たちを不幸にしただけ。
 そんなことを思いながら歩いていると池が見えてきた。これが本来の貴族の館、この池の広さだけでも私の館の倍はある。生まれた時から与えられている物が違うのだ。
 その池の畔に庵がある。そこには既にお茶が用意されているらしく、かぐわしい香りがここまで漂ってきた。
「お帰りなさい」と声を掛けてきたのは、カロルの姉でありジェラルドの妻であるシモン。
「随分、長かったですね。お体の方は」と気遣う。
「恩赦が下りてよかったですね」と喜ぶのは、ジェラルドの後見人であるクラークス。
 庵で待っていた三人は心からハルガンの帰還を喜でいる。
「やはりルカ王子には参謀としての俺が必要なのだろう」と、自信たっぷりに言うハルガン。
「参謀ですか」と、含みありげに言うハルメンス。
 ハルメンスだけはボイ星での戦いの全てを知っている。
「居るだけ邪魔なのではありませんか」と小声で付け足す。
「それはどういう意味だ」と問いただすハルガン。
 そう言いながらもハルメンスの言葉には納得するものがある。今のルカにはもう俺は必要ではないのではと不安がよぎる。辺境の星での遊戯が長すぎたか。だがハルガンの心の立て直しは早い。まぁ、それはさて置き、
「悪巧みにお呼び頂いて感謝します」と、ハルガンはジェラルドたちに深々と頭を下げる。
「悪巧み?」と、シモンが首を傾げる。
 ルカ王子の帰還を祝うパーティーの相談だったはずなのだが。
「まぁ、立ち話もなんですからどうぞ」とジェラルドに椅子をすすめられ、やっぱりこいつ、正気なのかと確信するハルガン。
「今までが芝居だったというわけか。あいつの方が当たりだったな」
「ルカはどうして気づいたのでしょうね」と疑問を抱くジェラルド。
 誰もがジェラルドは白痴だと思い込んでいたのに、ルカだけは。
「タイミングが良すぎたらしい」
「タイミング?」
「ルカを助ける時のタイミングさ。まともでなければああは出来ない。とルカがよく言っていたよ」
「タイミングですか」と考え込むジェラルド。
「つい可哀想になって手を貸したのがいけなかったようですね。でもおかげで良い友達を得ました」
 今ではルカの友はジェラルドの友でもある。兄を次々と毒殺され、誰を信じてよいか疑心暗鬼になっていたジェラルド。クラークス以外は友と呼べる者はいなかった。これが王位を継ぐ者の孤独なのかと諦めてもいた。
「良い友ね。まぁ、良いか悪いかは何を持って判断するのかは知らないが、少なくとも奴の周りには俺を筆頭に、まともな者は居ないぜ」
「確かにそのようですね」と、クラークスは笑う。
 どの軍隊からもつまはじきにされた者ばかり。個性が強すぎて大衆に溶け込めないと言えば聞こえはいいが、要は上司に逆らい軍の規律は乱しどの軍隊にも入れてもらえなかったあぶれ者である。
「なんか、そこで笑われるとな」
 自分で言い出しておきながらも腹が立つ。ハルガンの膨れた顔を無視してクラークスはカロルの方にティーカップを掲げて言う。
「カロルさん、おめでとうございます」
「あっ?」と、呆けるカロル。
「プロポーズですよ。受けていただいたのでしょ。ですからこうやって今日、お二人で」
 カロルには何の事だかわからなかった。
「あれ、これ、カロルさんが公表したものではないのですか」
 そう言ってクラークスは卓上のディスプレイにあるメール文を映し出す。それはエミリアンに対する熱い思いの告白。
「ちょっ、ちょっと待て。何だ、これ」
 カロルは慌ててそれを黙読する。
「げっぇ、だせー。何だこれ。今時こんなの書く奴いるのかよ。読んでてこったが恥ずかしくなっちまうぜ。誰だ、こんな低能な作文書いたの」と言ったものの、口にした言葉と内心は違っていた。目は食い入るようにその文を見ている。
 誰だ、俺のエミリアンに手を出す奴は、ただじゃおかねぇー。
 何時の間に俺のエミリアンになったのか、それはさて置いて。自分を見る周りの視線がやたら冷たい。
「あれ、これ。カロルさんがエミリアンさんに送られたメール文ではないのですか。ほら、最後にカロルさんのサインがありますよ」
「俺が?」
 カロルは文の最後を見た。そこに書かれていた名前は、カロル・クリンベルク・アプロニア。確かに俺の名だ。だが?
「なんで俺がこんな幼稚な作文を、第一その頃は出撃中で忙しくってこんなこと」と言ってディスプレイから目をあげた時、厳しい姉の視線とぶつかる。
「カロル、これ、あなたが書いたのではないの」
「だから、俺はこの時、宇宙船の中だったんだ」
 そう、この文が伝送されていた頃は俺は。
「これ、あなたの宇宙船から送信されていますよ」と、クラークス。
「俺の船から? そんなはずないだろう」
 だがそのメール文は、反乱軍の鎮圧の報告の後、無事な帰還を祝うかのように。
「本当に心当たりないの」と、強い口調のシモン。
 カロルは姉の口調にたじろぎながらも頷かざるを得ない。本当に心当たりがないのだから。だが内心は焦っていた。俺を差し置いてエミリアンにプロポーズする奴がいるなど、絶対に許さない。
「そう。ではこの文はあなたが書いたものではないとして、あなたの心はどうなの」と、シモン。
「あなたはエミリアンさんのことをどう思っているの。何時までも宙ぶらりんの状態にしているからこのような悪戯をされるのよ。どうなの、好きなの嫌いなの?」
「ちょっと、待ってくれ。これを悪戯と決めつけるのはどうかな。同姓同名と言うこともありえる」
「何が同姓同名よ。この世にカロル・クリンベルク・アプロニアが二人も三人も居たら、私の頭が痛くなるわ」と、シモンはめまいがしそうとばかりに頭を抱え込む。
「同姓同名と言うのは少し無理があるんじゃないか」と、冷静さを装いハルガンは言う。内心笑っているのは目に見える。
「本当は、これ、お前が書いたんだろう。姉貴の手前、恥ずかしくって言えないとか」と、ハルガンはからかうようにカロルを指で突っつく。
「違う、絶対、俺じゃない」
「じゃ、誰なんだよ」と、ハルガンは脅迫するかのように言う。
 カロルは腕を組んで考え込んだ。こんなことをする奴。真っ先に頭の中に浮かんだ顔は。
「ルカだ。あいつに違いない」
「ルカさんですって。ルカさんがこんな幼稚な文、書くはずないわ」と、シモンは真っ向から否定した。
 未だに姉にとってルカは高尚な人物である。
「それこそ無理だろう。ルカは流刑の身なんだぞ」
 言わば監視されている状態だ。もっともその監視役がカスパロフ大将では監視の意味がないかもしれないが。
「じゃ、ケリンだ」
「それも、無理だろう。ケリンはルカをいかに無事に帰還させるかで頭の中は一杯だ。こんな悪戯考えている余裕はなかろう」
 じゃ、誰なんだ。と今度はカロルが黙るしかなかった。俺の艦から通信部の奴らに気づかれずこんな幼稚な文を発信できるのはあの二人を置いていない。先ほど通信部の奴らに連絡を取ったが、この通信においては誰も心当たりはないようだ。否。発信されていたことすら気付いていなかったようだ。自分たちの通信機器を乗っ取られながらも気づかないとは、これが敵の戦略だったらどうするのだと思いつつも、今は敵襲より重要な事件が起きている。こっちの方が大事。では、誰だ?と押し黙るカロル。それを黙秘と取った姉シモンは。
「ねっ、見たでしょ、エミリアンさん。私の問いにも答えず、こんな優柔不断な弟。待つだけ時間の無駄よ。それよりあなたほどの器量なら引っ張って行ってくれるような殿方なら幾らでも居られるでしょうから、その方のプロポーズを受けられた方が賢明だわ」
 エミリアンは俯く。
 カロルは焦った。
「待ってくれ、姉貴」
「何が待てだ。女性には結婚適齢期はなくとも出産適齢期はあるのよ。それをいつまでもはっきりしないでぐずぐずと、私だったらとっくに見切りを付けているわ」
 そっ、そうなのか。と思い悩むカロル。
「よっ、この際だから、この場を借りてはっきりしたらどうだ」と、ハルガンは面白そうに言う。
「この場って、皆、居るじゃないか」
「居たってかまわないだろ、どうせ式を挙げれば皆の知るところになるのだから」
「そんな」と、カロルは周りを見回す。
 どいつもこいつも面白半分に俺を見ている。
「何て言えばいいんだよ」と、カロルはふて腐れたように言う。
「そのぐらい、自分で考えろよ」と突き放すハルガンの声と別の声が重なった。否、これは思念。
(結婚してくれって言えばいいんじゃないのか)
 実にあっさりと自然な言い方だ。気取りも意気込みもなく。
 カロルは思わず後ろを振り向く。そこには少し離れた所に竜木。その枝が風で揺らいでいるのが見える。
「貴様、何時から居る?」と、カロルは腹立たしげに誰も居ない空間に話しかける。
(こんな面白い芝居、観ない手はないだろう)と、うれしそうに笑う少年。
(早く、言えよ)
「うるせぇーな。おめぇーにまで言われたかねぇー」と、カロル。
「そこに誰か、居るの?」と、心配するシモン。
「あの化け物だよ」と言った瞬間、カロルは剣に足を取られるかのようにして横転した。
 その不自然さに驚くエミリアン。だがここに幽霊が出ることを知っている者たちは大笑いしているだけ。
「痛てぇー」
 強かに膝を打つ。何でこんな時にあいつまで出てくるんだよ。
 アミリアンは慌てて駆け寄っていた。
「大丈夫ですか」と、マジで心配するエミリアン。
 膝を擦りむいたのか血が滲んでいる。エミリアンは自分のハンカチを取り出し傷の上に巻いてくれた。それを見ていた剣は、
(今がチャンスだ、ねじ伏せちゃえ)
(てめぇー、言うに事欠いて)
 カロルは腰の剣を鞘ごとはずすと後ろに投げ捨てた。背後で(痛っ)と言う思念。
 カロルはそれを無視してエミリアンと向き合う。言わなければ、言わなければと思えば思うほど言葉が出てこなくなる。喉が詰まり呼吸が止まり心音は早くなり顔が熱くなるのを感じる。こんなことならアヅマと戦っていた方がよっぽど楽だ。その時、誰かに背中を叩かれたような気がした。すると今まで張り詰めていた気が一気に抜けた。体が楽になったと同時に声が出た。
「結婚して下さい」
 エミリアンが頷いたのが見えた。だがその後は。

「カロル、しっかりしなさい」
 姉の声。
「息を止めて言う馬鹿が何処に居るの」と、呆れたような声。
「こんな弟ですけど、末永くよろしくお願いいたします」と、姉がエミリアンに深々と頭を下げている姿が見えた。
「カロル」と、頬を叩かれやっと意識が戻ってきた。
 苦しさを感じ咳き込む。
「まったく情けないわ」と、姉の声。
 剣がさりげなく背中をさすってくれている。
 皆が心配そうにのぞきこむ。
 姉に言われなくとも自分で自分が情けなかった。
「息を吹き返しましたね」と、ハルメンス。
「美人をアップで見て息をするのもわすれるとはねぇー」と、ハルガン。
 何とでも言え。と、カロルは開き直るしかなかった。
「まぁ、これはこれとして、今回はルカのことで集まって頂いたのですよね」と、ジェラルドが話を戻した。
「そっ、そうでしたね。それがいつの間にかカロルさんの告白の場面を傍観することになるとは、思いもよりませんでした」と、楽しそうに言うハルメンスとハルガン。
 この二人にかかってはネルガルの婦人の間にどのような噂を流されるか知れたものではない。暫くの間は貴族の館で開かれるパーティーには参加しない方がいいだろう、否、偵察と奏して暫くネルガルを離れるかと、カロルは内心強く思った。
「そうだよ、俺のことなどどうでもいいんだ、ルカのことだよ」と、カロルは早く話題の中心から抜けようと話を振った。
「そうね、ルカさんの事で集まって頂いたのよね。それを弟が」
 またそこで話を持ち出すと、カロルは姉を睨み付けた。
 皆はもう一度椅子に座り直すと、
「宮内部ではルカ様の居住を以前の館にするつもりのようですが」と、クラークス。
「あそこではお辛いでしょうね」とシモン。
「そうだよな。今回ばかりはシナカ妃の思い出がありすぎるもの」と、カロル。
 カロルはシナカだけを妃と呼ぶ。それほどまでにカロルは異星人のシナカを尊敬していた。ネルガルにあんなよい女性は絶対いないと断言すらしている。エミリアンと付き合うようになってもそれはゆるぎない。
「だってよ、あいつは、シナカ妃が一番嫌っていたことをしでかしちまったんだからな。あの館にいたら、毎日それと対峙することになっちまうよな」
「シナカさんが一番嫌がることって?」と、シモン。
「復讐さ。俺たちネルガル人は親や仲間を殺されたりしたら、絶対に相手を許さないじゃないか。国民のその習性を国はうまく利用している。だから戦争を仕掛ける時、絶対に自分たちから手を出さない。相手が仕掛けてくるように仕向ける。やられたから復讐だというパターンが一番国民が納得する方法なんだ。それなのにボイ人は変わっているよな。親や国王を処刑されてもルカを憎むようなことはなかった。それどころかシナカ妃のルカに対する愛は確かなものだったもの。だからピクロスの野郎にあんな風に騙されて」
 カロルはその後は言葉に出来なかった。
「ネルガル人じゃ、考えられないよな。俺がシナカ妃の立場なら、ルカを殺していた。だって親の仇だものな」
「カロル、ルカさんがシナカさんのご両親を殺したわけではないわ」
「でも、結果は同じだ」
 エミリアンには話の内容は解らなかった。エミリアンがルカ王子やカロルと知り合う以前の話。所々噂では聞いているが全容は知らない。聞きたくとも聞けない。肝心なところは誰も話したがらないから。だからせめて、ルカ王子が愛しカロルさんが尊敬するシナカ妃と言う人物がどんな人が知りたかった。願わくば少しでもその女性に近づきたい。
「シナカ妃とはどのようなお方だったのですか」
「シナカ様ですか」と、クラークスは暫し考え込み、
「この中でシナカ様をよく御存じなのはキングス伯でしょう。ボイ星でずっとご一緒だったのですから」と、話をハルガンの方に向けた。
 ハルガンは話が重くなるのを避けるためあえて軽く言う。
「第一印象はお転婆な方だったな」
「お転婆ですか」と、一瞬驚くエミリアン。カロルさんの話から今まで想像していた女性像とはかなり違った。質素で慎ましい女性だとばかり思っていた。公女の鏡みのような。
「初対面は、自分の婿がネルガルから来たので、それを見ようとして木に登ってその枝が折れてルカの前にドスンって言う感じかな。その時のルカの顔も見ものだったぜ。だがそのおかげで緊張がほぐれて気が楽になったよ。もっともその後、シナカ妃付きの婆やとか言ううるさ型の婦人が見えて、散々シナカ妃に小言を言っていたな、可哀想なぐらいだった。またその婦人がルカのお付きの婆やと気が合って、団結されて困ったものだった。まぁ何処の星にもうるさ型は居るんだなと感心したよ」
 はぁ、そうなのですか。と、エミリアンは肩の力が抜けるのを感じながら相槌を打つしかなかった。こちらの緊張もほぐれてしまった。
「だが、奴らの社会制度は面白かったぞ。平等もあそこまで徹底していると感心するな。パンツも共同で穿き回ししているのか思うぐらいだ」
「どういう意味でしょうか」と、クラークス。
「何て言うのかな。まず朝起きると当番制と嗜好によって掃除と洗濯と炊事をする者に分かれるのさ。嗜好と言うのは掃除が好きな奴、洗濯が好きな奴、炊事が好きな奴と言うことなのだが、やはり好きな奴にはかなわないからな。嗜好が優先される。そこに人数が足らない分を当番制でおぎなうんだ。病気や怪我でもしていない限りはどれかをやらなければならない。たかが炊事と言うがコロニー全体の飯をつくらなければならないのだからかなりの量だぜ。それを数か所の炊事場で同時につくるんだ。メニューはそれぞれ少しずつ違うけど。掃除担当は炊事や洗濯をしている人の所まで綺麗にすることになっている。洗濯も同じだ。無論子供たちも手伝う。そうして徐々に集団の輪の中に入っていくようだ。それがボイ星の朝だ。とにかくあの星は何をするにも皆でやる。洋服だってとっかえひっかえ着ているし、家だって子供が巣立ては、こんな広い家はいらないと言って、今まで別な夫婦が使っていて空いた狭い家に移る。逆に子供が増えて家が狭くなれば大きな家で空いている家があればそこに移る。そのための引っ越しや修理や増改築は皆に手伝ってもらってやるし、困っている者が居れば皆で助ける、何か新しい便利なものが作り出されたり発見されたりすれば、直ぐに皆の間に普及する。そこに商売(儲け)と言うものが成立しないのだ。これは不思議だった。俺たちなら直ぐに特許権などと言い出すから、せっかく発明された便利グッツも特許料が高くて迷宮入りになることも多いよな。採算が合わないとか言って。特に医薬品などひどいものだ。飲めば治る病気も金が無いために飲ませてやれず死に至る。それに彼らには身分制度もないようだった。彼らが代表者と言っている人たちは我々が考えている代表者とは少し意味が違うようだ。どちらかと言えば相談役と言った方が近いかもしれない。皆の相談や仲裁に乗っているうちに何時しか代表者と呼ばれるようになるようだ。そこに身分や階級はない。ただ皆から尊敬されるだけだ。だからやることも皆と同じ、朝起きれば掃除なり炊事なりをして一日が始まる。それから畑をやりたい者は畑をやり、物を作りたい者は物を作り、研究したい者は研究を続け、織物をしたい者は機織りをする。とにかく社会に貢献できるものを一つやって午後はゆっくり過ごすというのが彼らの生活習慣だったかな」
 自分で言っておきながらよく解らない。とハルガンは言いながら、
「話は代表者に戻るけどシナカ妃の父親もその一人だった。ただこれも当番制で、たまたまあの年はシナカ妃のコロニーがボイ星全体のコロニーの議長を務める年だったようだ。そのためルカはシナカの元へ婿入りすることになった。彼らがルカをあまり抵抗なく受け入れたのは、おそらく俺たちをイシュタル人と間違えたからだと俺は思っている。おそらくあの社会はイシュタル人の社会と同じ。現に彼らは古代ネルガル語を教養として学ぶし、服装もどことなくイシュタル人の服装を真似ている節がある。おそらく彼らは過去にイシュタル人と接触したことがある。そして何かを教わったのではないかな、あるいは助けてもらった。だから彼らはイシュタル人に好意を持っていた。俺たちはイシュタル人に似ていたから彼らは俺たちを、善意を持って迎えた。それなのに俺たちは」
 その後は言わなくとも誰もが知っていることだ。
「ボイ星にとっては悪魔を迎え入れてしまったということですね」と、ハルメンス。
「あぁ。ボイ人にとってイシュタル人が神ならネルガル人は神によく似た悪魔だっただろうよ」
 誰もが黙り込んでしまった。エミリアンだけが話の内容を理解できない。
「エミリアンさん。後でカロルによく訊いて。この話は話すと長くなるから」
「そうですね、今はルカ様を何処にお迎えするかと言うことですから」
 エミリアンは皆さんの邪魔にならないようにと務める。
「いっそ宮内部に頼んで新しい館を立てていただいたらいかがですか」と、ハルメンス。
「否、ルカのことだ。そう言う無駄は嫌うだろう。どうせネルガルに戻って来てもあいつ、地上に足を付けている暇など無いんじゃないか。軍部の目的は宇宙艦隊司令官としてのルカだから。因果なものだな、戦争を一番嫌っている奴が、ネルガルで一番戦争上手だと言うのだから」
「そうですね、おそらく地上に居る事は少ないのかもしれませんね」
「今までだってそうだったからな、シナカ妃を守るために」
「でも今度は何のために」と、シモン。
 もうシナカさんは居ない。では何のために戦うの?
 皆は黙ってしまった。ルカは戻って来ても軍部には協力しないのではないか。
 その沈黙を破ったのはハルメンスだった。
「今ボイ星は今までになく国民が団結し始めているそうですよ。縮小し続けていた湖が少しずつですが元に戻り始めているそうです」
 ハルメンスの元にはネルガルの情報網とは別のルートで情報が入って来る。ボイの湖は仲たがいをすると消えると言う言い伝えがある。現にネルガルがボイにちょっかいを出すようになってから湖は縮小し始めていた。
「つまり、それって」と、カロル。その先は言えない。
「古から言いますよね、外に敵をつくると内はまとまると」
「つまりボイ星が私たちに反旗を翻すと」と、カロルの代わりに言ったのはシモンだった。
「現在ボイ星は植民惑星ですから、独立を求めても不思議ではありません」と、ハルメンスは今のボイ星の現状を冷静に分析する。
「もしも、もしもだぜ、ボイ人が俺たちに反旗を翻したら、ルカはどっちの立場に立つのかな」
 考えてはいけないことだ。あってはならないことだ。ルカを信じろ。カロルはそう心に思うのだが、訊かずにはいられなかった。
「なっ、ハルガン。ハルガンだったらどっちに付く?」
 ハルガンも元はボイ星のためにネルガルを敵に回して戦った男である。
「そうだな」と、ハルガンは顎をさすりながら、
「俺だったら一日でも一秒でも長く生かしてくれる司令官の傘下にはいるな。それが一兵士としての常識だろう」
 はぁ? 答えになっていない。とカロルは訴えたかったが。
「クリンベルク将軍よりルカ司令官の方が長生きさせてくれると」と、問いかけてきたのはジェラルドだった。
「負け戦でも、現にこうやって生かされたからな」
 ネルガルを相手にした壮絶な戦い、敗戦でも多くの者の命が救われた。
「そりゃ、おめぇーの悪運が強いだけだ」と、からかうカロル。
「そうかもしれない」と、ハルガンは愉快に笑いながら一部カロルの言い分を認める。
「ボイに付くかネルガルに付くかはルカの自由だ。俺はルカに付くだけだから」
「そんなの、ありかよ」と、カロル。
「前回は戦力の差で負けた。ボイにネルガルの十分の一ほどの戦力があれば勝てたと、今でも俺は確信している。だが今回は違う。ボイ人には多くの仲間がいる。ネルガル人の悪政に苦しんでいる多くの惑星が、もし再びネルガルとの間に戦争が起きれば、彼らは前回のように傍観することはないだろう。味方に付くのは目に見えている。直接戦闘に関わらなくとも、兵站の輸送を手伝ってくれるだけでも、あるいはネルガルの指示をサボタージュするだけでも、助かる」
「ハルガン、てめぇー」
 ルカを俺たちにけしかけるようなハルガンの言い方に、カロルは怒りが込みあがってきた。それが頂点に達する寸前、
(安心しろ、俺はお前に付く)
 思念。振り向くとそこに剣。
「そうか。お前はルカに俺を守るように命令されているからな。それで俺に付くというわけか、ルカが相手でも」
(その言い方には語弊があるな。俺は頼まれたのだ、命令されたわけではない。よって俺がお前を守るも守らないも俺の自由意志だ。俺はお前の魂の色が好きだから、守ると決めたんだ。エルシアは関係ない)
「魂の色?」
(そうだ)
 また解らない事を言い出した。とカロルは思ったが、ここで訊いても余計に解らなくなるだけだ、過去の経験から。ここはこのまま話を流すことにしよう。
「なるほど、お前の意思で俺の味方に付くと言うことか。じゃ、俺の意思で断る」
 はぁ? と言う疑問のような思念。
(どうして断る。お前じゃ、エルシアには勝てないぞ)
「そんなこと、お前に言われなくとも解っている」
(その態度、解っているようには見えないが)
「卑怯なことはしたくないだけさ。それにまず、俺はルカと戦いたくない。もし戦うことになっても、この戦いは俺とルカの戦い、つまり人間同士の戦いだ。たとえ俺の実力がルカよりかなり劣っていてもお前のような化け物の力を借りる気はない」
 化け物と言うところに剣は腹を立てながらも、
(実力か。そりゃ、腕力も実力なら知力も実力だろう。だが実力にはまだいろいろあるぜ。人から好かれるのも実力の一つさ。お前、友達多いだろー、妬み僻みを別にすれば、お前の友達は皆、お前を助けてくれる)
 言われてみれば確かにそうだとカロルは思った。困っていると誰かが助けてくれた。自分に足らない物は誰かがおぎなってくれた。その代表格がルカだった。あいつは頼りになる。
(何故、その実力を使わないのだ。友達のリストに俺の名前も載せてくれていいのに)
「だから何回も言っているように、ルカは人間なんだよ、お前とは違う。お前の名前を載せるぐらいならルカの名前を載せる」
(ルカの背後にはエルシアが居る。だからお前の背後に俺が付く。四次元は俺に任せろ、エルシア相手に負ける気はしない)
「お前、俺の話、聞いてないだろう」
(当たり前だ。俺は言葉は理解できない。理解できるのは思念だけだ。お前が声で右だと言っても思念で左だと思えば、俺には左としか聞こえない)
「俺は、お前の手は借りないと言っている、じゃなくて、思っている」
(でも、いつだって助けてくれって言うじゃないか)
 確かに危機に瀕した時、助けてくれと心では思う。それはカロルも認めた。だが負けを認めるのが嫌なカロルは、
「別にお前に言っている訳じゃない」
(そうか、俺はてっきり俺に助けを求めているのかと思っていた)
 それで幾度と危機から助けられたのは事実だ。今、こうやって居られるのもこいつのおかげだと感謝もしている。だがこいつのやたら超L的な態度が頭に来て、素直に礼が言えないのも事実。むかつく頭でカロルは考えた。四次元で戦いがあって、
「もし四次元でエルシアが死ぬようなことになったら、ルカはどうなる?」
 カロルにとってエルシアが生きようと死のうとどうでもよかった。問題はルカである。
 そんなカロルの思いを読み取ったのか、剣の思念。
(四次元で生き物は殺せない、一旦三次元に引きずり出さないとな。三次元で殺せば四次元に戻る)
 はぁ? と今度はカロルの頭の中に疑問符。俺が頭が悪いのは認める。だがこの話し、誰が聞いてもおかしくないか。
「お前ら、既に死んでいるのだから、今更殺し合う必要もないだろう」
(俺は生きている。ちゃんと肉体も持っているし、エルシアだってルカと言う肉体を持っている)
 カロルは考え込んでしまった。知力がないのは重々承知だ。だが知力がある者が聞いても奴の言ったことを理解できるか。
「よっ、さっきっから独り言をつぶやいているが、誰と話をしているのだ?」と、ハルガン。変わったものを見るような目つきでカロルを見る。
 ジェラルドたちはよくカロルが剣と独り相撲を取っている姿を見かけているから慣れていたが、ハルガンは初めてだった。噂には聞いていたが。否、噂で聞いていなかったらカロルの頭が可笑しくなったのかと思うところだった。
「そいつだよ」と、カロルは椅子に立てかかっている剣の方に顎をしゃくった。
 まるで自分の席ででもあるかのように、いつの間にか椅子の背もたれに寄りかかっている。て言うことは、俺の椅子がない。とカロルは気づく。
「剣だよな」と、ハルガン。
「そうだよ、ルカからもらった」
 そうだ、カロルのためにボイ星で打たせた剣だ。ハルガンはその剣が出来るまでの一部始終を知っている。ボイ人たちがあの竜の紋章を掘り込むために随分と苦心したことも。たかが竜の彫り物だ。巧みな技を持っている彼らの手にかかれば他愛もないことだと思っていたのに。瞳は掘り込めないと言っていたが、竜には目があった。それもこちらを睨み付けるような鋭い目が。
「喋るのか?」と、ハルガン。
「喋るどころじゃない。喧嘩売ってくる」
 ハルガンは信じられないと言う顔をする。
「それで、何と言っているのですか」と、クラークス。
 クラークスたちはそれを平然と受け入れていた。信じていないのはハルガンとエミリアン。ハルメンスは半信半疑のようだ。
「もしルカが俺たちの敵に回ったら、こいつは俺たちに付くそうだ」と、カロルが言った途端、
(お前に付くだけだ。他の奴らに付くわけではない)と、カロルの言葉を修正する。
 修正したところで他の者たちには聞こえていないようだが。
「私たちに付いてくれると言うのですか」
「正確には俺の味方になるって」
「それは頼もしいですね」と、ハルメンス。
「少し待ってください」と、話に割り込んだのはシモン。
「私は以前、ルカさんが影であなたが実体だと聞きましたが。もし二人の間で戦いがおこれば、自分で自分を殺すことになりませんか」と、シモンは剣に話しかけた。
 確かに。と今更ながらに納得するカロル。何故、俺はここを突かなかったのだ。
(確かに奴は俺の影だ。だが、影など無くとも支障はないだろう)
「つまり、ルカはいらないと?」
(指の一本ぐらいなくとも支障ないのと同じだ)
「何て言っている?」と、ハルガンがカロルに訊く。
 ハルガンたちには剣の声は聞こえない。ルカはいらないのかと言うカロルの問いに、剣が何と答えたか気になる。
「ルカが居なくとも指が一本ないのと同じぐらい不自由しないって」
 なるほどとハルガンは頷きながらも、
「だが、その指が親指だったりしたら、かなり不自由じゃないか」と問う。
 物を握ることが出来なくなる。それでは手としての機能がないに近い。
 痛いところを突かれたと見え、剣は柄の飾りひもでハルガンを指示し、
(そいつを黙らせろ)と、強い思念を発した。
 やれやれとカロルは肩をすくめて見せる。
「やっぱり必要なんじゃないか」
(代わりを作ればいいんだよ。そもそもエルシアは俺たちが作ったんだから)
「俺たち?」
 複数形にカロルは疑問を抱いた。
「俺たちって、どういうことだよ」
(俺も人格の一人だから。生命体は一つの形を成すために幾つもの人格(魂)が融合しているんだ。カロルも今お前が意識している人格以外に幾つもの人格を持っている。時と場合によってそれを使い分けているんだ)
「俺は、俺だ」
(気づかないだけだ)
 カロルは黙り込んだ。
「どうした、カロル。奴、今度は何だって?」と、黙り込んでしまったカロルを気にしてハルガンが問う。
「俺たちの中に複数の人格が居るって」
 カロルは理解に苦しむ。
「そうか」と、ハルガン。
「カスパロフ大将が、以前似たようなことを言っていたよ、ヨウカに訊いたらしい。カスパロフ大将も随分理解に苦しんでいた。俺は最初から理解することを諦めたが。だがルカには確かに人格が二つある。ナオミ夫人はルカが生まれた時からエルシアの存在を知っていたようだ」
 ルカが幼少の頃、池の周りをナオミ夫人と散策している姿は、ハルガンの目には親子と言うよりもは恋人と映った。
「人間ならハルメンスが相手だろうと負ける気がしないが、相手が神じゃな。ナオミ夫人の心を動かすことはできなかった」
「おっ、おめぇー」
 開いた口が塞がらないと言うのはこのことだ。
「ナオミ夫人はルカの母親だぞ」
「それがどういた。そのぐらい知っているさ。ルカの母親であろうと、皇帝のお手が付いていようと、ナオミ夫人は素晴らしい女性だ。未亡人にしておくなどもったいない」
「未亡人じゃないだろう、皇帝はまだ生きている」
「会いに来ないのなら未亡人も同じだ」と、強く断定するハルガン。
「でも、結局振られたのだろう」と、カロルは楽しそうに言う。
「振られたのではない。はなから相手にされなかった」
「へぇー、それって振られるより最悪じゃねーのか。しかしこの世にハルガンを相手にしない女性がいるとは」と、カロルは感心する。
「女性とは、一人の男に惚れこむと周りが見えなくなるようだ。たとえその男がたいした魅力がなくとも」
 現にここにも居る。俺やハルメンスを相手に話を合わせているようだが、その視線はカロルばかりを追っている。当のカロルは一向にその視線に気づいていないようだが。こんな鈍感な男が好かれるようではこの世も終わりだ。
「はぁ、何か言ったか?」と、カロル。
「何も言わねぇーよ。アホ」
「何だよ、おめぇーもこの剣のように喧嘩を売るのか」
 ハルガンはここに到って剣の気持ちが解るような気がした。
「ちょっと、また話をそらす」と、シモン。
 もう皇太子夫人などと気取ってはいない。怒っている。過去の幾多の経験からやばいと、反射的にカロルは自分の頭を庇う。
「王都にある私の別邸を使われたら」と、提案したのはハルメンスだった。
 だがこの提案に賛成する者はいなかった。


 頭の良い奴は議論を惜しまないが、そもそも頭を使うのが億劫な奴らは既に行動に出ていた。そしてその行動は早い。ジェラルドたちの結論を待たずにルカの居住地はルカの以前の使用人たちによって進められていた。館は修繕され調度品も運び込まれ庭も手入れされ、ナオミ夫人が住んでいた頃の美しさを取り戻した。ただある部屋へ続く扉からは手つかずのまま閉められている。その部屋に関しては随分もめたが、結局のところその部屋はここの主が戻られてからにしようと言うことで皆の意見が一致した。
 ルカが戻って来ると言う噂を聞きつけ、ぞくぞくと戻って来る使用人たち。その顔には喜びと同時に不安がある。どう主に対処したらよいのか。以前とお変わりがなければよいのだが。心の傷が大きかっただけに心配でならない。
「腫物に障るような態度だけは避けようぜ」
「以前のように自然にな」と言いつつ、出迎えの予行練習まで始めた。

2019/05/19(Sun)22:32:18 公開 / 土塔 美和
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