『猫も興奮』 ... ジャンル:SF ファンタジー
作者:天野橋立                

     あらすじ・作品紹介
猫も興奮する、ショートSF風小説。

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 ベランダの手すりに雀がやってくると、ボン・ボヤージは尻尾を立てて窓際へと近づいていく。そしてガラスにもたれかかるように両足だけで立ち上がり、透明でつるつるしたガラス面へと爪を立てようと試みる。残念ながらガリガリ、とやることは出来ず終いとなるわけだが、それでも彼は飽きもせずに雀をじっと見つめるのである。雀の側は、知らぬ顔。
 窓を開けてやれば、あの小鳥をうまく仕留めて得意顔をするのだろうか。おそらく、そうはなるまい。残念ながら、御年十二歳を数える彼の最近における身のこなしは、若い同族のようにはいかなかった。近頃では、ソファーの座面に上がるのでさえ大儀そうで、時にはずるずるとカーペットの上に戻ってしまうこともある。立てた爪で、ソファーのファブリックが毛羽立ってしまうのも困りもの。まあ、お互いおじさん同士、仕方がないか。
 運動も必要だろうと、彼らに人気だというレーザーポインターなるものを買ってはみたものの、壁に浮かぶ赤い光点に、ボン・ボヤージは不思議なくらい何の反応も示さなかった。というか、どうも彼の青い瞳には、光点が見えていないらしい。光の波長の関係だろうかと、その寄り目がちな両の目をのぞきこんでみたが、にゃんとも言わずに澄ました顔をするばかり。考えてみると彼は、テレビの画面にも全く反応を示したことがないわけで、人工の光に興味を持たない質なのかもしれない。
 そういうわけで、彼はベランダに次々と現れる鳥たちに心惹かれながら、その人生をのんびりと過ごしていた。自分以外の同族に逢ったなら、また違った反応をするのかも知れないけれど、何せこの部屋は地上百十メートルの場所にあるものだから、鳥くらいしかやって来ないのである。他に窓から見えるものと言えば、空と雲を除けば飛行機やヘリコプターくらい。じゃあその辺りのグループについての彼の見解はというと、やっぱり多少興味があるようで、フライト高度が低いボンバルディアQ400なんかが割と近くを横切っていくと、窓に近づいてじっと見ていたりする。タワーマンションでの暮らしというのも、何だか不思議なものだ。
 鳥や、鳥的な人工物以外がやって来た時以外で、彼が激しく反応することが、まれにあった。地震である。隣県を震度6強の地震が襲ったときなど、彼は揺れがやってくる前から、部屋を走り回ってにゃあにゃあと叫び続けたものだ。この辺りでは震度4程度で収まったのだが、何せ高層階だけに揺れは激しく、しかしいざ揺れ始めるとボン・ボヤージは案外おとなしくなって、私の膝の上で抱かれていた。大丈夫だよ、落ち着けと騒ぐ私のほうが、よっぽど取り乱していたくらいである。
 だから数日前の夜、彼が突然天井を見上げて、例のにゃあにゃあをやり始めた時は、肝を冷やした。しかし、地震は起きなかった。飛行機が落ちてきたわけでもなかった。鳥さえもやって来なかった。
 何事も起きなかった――数日後まで、私はすっかりそう思い込んでいたのである。
 星空なんか、普段はわざわざ見ない。だから、それが話題になっていることも、新聞を見て初めて知ったのだった。
 いて座から約十度の辺りに、明るい星が突如出現したのだという。超新星爆発、という言葉は知っていたが、銀河系の中心方向とやらで、その爆発が起きたらしかった。それは、星の一生の終わりを意味するそうだ。
 起きた、と言っても実際に星が爆発したのは、数万年も前の話で、その際に放たれた光が、それこそ数万光年の距離を越えてようやく今になってこの地球にまで届き、我々人類の目に触れることになった、そういうことらしかった。
 記事を読んでへえ、と思った私は、ふと数日前のことを思い出した。ボン・ボヤージがにゃあにゃあをやっていた日、超新星が現れというのは、ちょうどその夜のはずである。
 新聞を傍らに置いて、私は改めて絨毯の上で伸びている彼の姿に目を遣った。部屋から、星が見えたはずはない。なのにこいつは、それに気づいたらしい。すごいじゃないかと、私はその丸い頭を撫でてやった。齢十二年、お前もそろそろ宇宙スケールかい。当の本人は、面倒そうな顔のまま、微動だにしなかった。
 そんなことをすっかり忘れて、また数ヶ月後の夜。またしても彼は、天井に向かってにゃあにゃあをやり始めた。これはもしや、と私はベランダに出て、星空を見上げる。やはりだった。前の超新星と並んで、もう一つ新しい星ができていた。一緒にベランダに出てきた彼は、今度は私の顔を見て、意味ありげにナーゴとやった。こいつ、ほんとにすごいんじゃないかと、さすがに私も驚いた。
 翌日はたまたまボン・ボヤージの健康診断で、私は彼を市の動物愛護センターへと連れて行った。籠も車も大嫌いな彼は、しきりににゃあにゃあと抗議をするのだったが、それははっきりと私への抗議と分かる鳴き方であって、地震や星の爆発とは全く違う。
 ボンくんに何か変わったことはありませんか、とセンターの獣医さんに聞かれた私は、いやあんまり関係ないとは思いますがと前置きして、先日からのことをジョーク混じりに説明してみせた。若い女性の獣医さんは、笑いながら話を聞いてくれて、受けた受けたと喜びながら、私は彼と一緒に部屋へ帰ってきた。

 その夜、部屋にやって来たのは、鳥では無かった。獣医さんが遊びに来てくれたのなら嬉しかっただろうけど、それも違っていた。呼び鈴を鳴らしたのは、黒服にサングラスの、三人の男たちだった。ドアスコープからその姿を確認した私は、思わず警察署に電話をしようとした。しかし、「怪しいものじゃありません、怪しまれるのも当然ですが、怪しくないんです」と連呼する彼らが、スコープの向こうで示して見せたのは国家公務員の身分証明書だった。
「あの、何のご用でしょうか?」
 念のためドアチェーンは外さず、ドアの隙間から私は彼らに尋ねた。
「夜分遅く申し訳ございません」
 黒服の一人、額の禿げ上がり具合から、最年長と思える男が、ペコペコと頭を下げた。
「私どもは、科学技術庁の特別機動班に属しておるものでして、主に宇宙関連の超常的現象の発生について調査を行っておるのですが」
 何だと、と私は思った。つまりはMIB《メン・イン・ブラック》ということか。
「いや、確かにそんな雰囲気で、諸外国の例を参考にしてやらせていただいておるのですが、国民のみなさまに迷惑をおかけするような、そのようなことは決してございませんので、MIBとは違いますから、ご安心を」
 とおじさんはまたペコペコと頭を下げた。
 まあ、そこまで言うのなら大丈夫だろう、第一弱そうだしと思って、私は彼らを部屋に上げた。どうぞお座りくださいとソファーを指し示すと、そこには先客がいる。もちろん、ボン・ボヤージだ。
 ところが、彼を見た黒服たちの挙動が、どうもおかしい。
「これが、あの」
「耳が大きい。これで質量の変動を」
「目で見てはいませんね。光学的には、全く」
 などと、なにやら真剣な顔で話し込んでいる。
「あの、こいつがどうかしましたか?」
「はい、実は」
 と黒服最年長がうなずいた。
「我々は、このニャンコ君のことでこちらに参ったのであります」
「はあ?」
「先日来の、二度に渡る超新星出現の際に、こちらのニャンコ君……」
「ボン・ボヤージって言うんです、彼は」
「これは失礼。そのボンソワール君が、出現を感知されたとお聞きしました。申し訳ないのですが、私どもは各地の動物愛護センターから情報の提供を受けておりまして、その点については法令にも根拠が」
「いや、感知って言うか、なんか気配を感じて騒いでただけですよ」
「ボンソワール君とは、どちらで出会われましたか?」
 おっさんは、私の言葉を無視して続けた。
「どちらで、ってあれですよ。駅前交番の前に段ボールに入れられて、薄暗いところでニャーニャー言ってたのを私が拾って」
「では、彼の種族はご存知ない」
「種族? 猫でしょうそりゃ」
「いや失礼、品種というべきでした」
「シャムの雑種と聞いてますが」
「そうなんですが、この人はちょっと特別でしてね」
 黒服はにやりと笑った……つもりなのだろうけど、なんだか弱々しく眉が下がっただけだった。
「シャムとタイランドロングテイルの雑種の中に、スタンディングリバー・ブラインドキャットというのが度々生まれます。こいつは、視力を持たない品種なんですが、その中に数百万分の一くらいの割合で、質量そのものの変動を感知して視力の代わりにできる個体が生まれるのですよ。我々は『タイダル』と呼んでいます」
 あのねおっさん、あんた何言ってんの? と私は思った。ボン・ボヤージ、ちゃんと見えてるし、と言いかけて、私はレーザポインターの件を思い出した。明らかに、あれは見えていなかった。光点に、質量はない。
「しかし……それじゃまるでSF、超能力キャットだ」
「ええ、そうなんです。ほとんど超能力ですよね」
 と黒服はあっさりうなずいた。
「で、ここからが本題です。我々は、彼らの能力を必要としているのです。今、銀河系の最深部で何かが起きています。予想では、今後半年以内に、二つの超新星が生まれる。そこで、彼ら『タイダル』による重力波解析チームを編成して、銀河で何が起こっているのか突き止めようとしているのです。ぜひ、協力をお願いしたい」
 銀河? 重力波? 私は思わず、ボン・ボヤージに目を遣った。彼はのんきそうな顔で、私をじっと見ている。いや、見てはいないのか……。
「話が大きすぎるし……唐突すぎますよ。協力と言われても、どうすればいいのですか」
「地上ではノイズが多いので、分析は宇宙空間で行います。つまり、ボンソワール君には、宇宙ステーションにおいでいただくことに」
「冗談じゃない。こんな年寄り猫を、一匹で宇宙に行かせようってのか」
「一匹じゃないんですよ。それに」
 黒服は再び、にやりと笑うのに相当する表情を作った。
「長期のプロジェクトになりますから、ニャンコ君たちの心の安定のためにも、飼い主のみなさんにもご協力いただかなければ、ね」

 何が「国民には迷惑をおかけしない」だ、と私は一人毒づいた。
 結局、仕事を辞めざるを得なくなってしまった。家にもいつ帰れるか、分からない。しかしまあ、給金はそれに見合うものではあった。一年も続ければ、死ぬまで働かなくても済むような蓄えができるだろう。
 ロケットに乗り込んだ私とボン・ボヤージに、お別れのあいさつにやって来た例の黒服は、最後に何か気の利いたことを言おうとでも思ったのか、「良い航海を!」と言った。猫の名前を「ボンソワール」だと思い込んだままだったあいつだが、ようやく別れ際になって、正しい名前を呼んだわけである。

「タイダル」の一匹が、私の膝の上に乗ってきた。足元にはボン・ボヤージ、私が座っているソファーの背もたれでもまた、一匹眠っている。ミッドセンチュリー系インテリアで統一された室内のあちこちに、ソファーやテーブル、それにイームズチェアが置かれていて、同じような顔をした猫たちが、各々自分の飼い主や、他の人間たちに甘えていた。どう見ても、どこかの猫カフェだ。ここが宇宙ステーションの中だなんて、この光景からは想像もつかないだろうが、窓の外は漆黒の宇宙空間だ。
 その様子を、白衣を着た研究者たちが、真剣な表情で記録している。こんなの、意味あるのかね。
 ふいに、猫たちが動きを止めた。同じ方向を向いて、一斉ににゃあにゃあをやり始める。やがて、鳴いているだけではおさまりがつかなくなったのか、一匹が室内を走り回り始めた。他の猫たちにも、たちまち伝染して、宇宙ステーション内は上を下への大騒ぎとなった。老齢のボン・ボヤージだけが、私の足元に座ったまま、にゃごにゃご言っている。
 猫たちのこの激しい興奮ぶり。蓄えがいくらできたって、宇宙が滅びてしまえば何の意味もないだろう。しかし一体そこで何が起きているのか、私に知る術はないのだった。
 窓の向こうに、また一つ輝きが現れた。星の終わり。この次が、我らが太陽の番ではありませんように。
(終わり)

2016/05/14(Sat)22:32:39 公開 / 天野橋立
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■作者からのメッセージ
何枚か書き始めたところで、同じようなことを考えていたらしい中村ケイタロウ氏に、なんと先を越されてしまいました。驚いて、慌てて完成させましたが、一日で十枚以上も書いたのは昔のINCIDENTSの時以来。さすがに粗いと思いますが、こういうのはスピード勝負で。
あのスパムを最初の数行読んだとき、新手のSFかと思ったのでした。タイトル、確かに妙にいいんですよね。
中村版とは一ミリも内容がバッティングしていなかったので良かったですが、しかし普通に面白いなあ、あちらは。現代っぽい恋愛小説で、もはやネタのレベルじゃないですね。

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