『気付いてはいけない【登竜101怪奇譚 その7】』 ... ジャンル:ショート*2 ホラー
作者:浅田明守                

     あらすじ・作品紹介
 気が付いてはいけない。それはそのタクシーに乗る際の絶対の決まりごと。大丈夫。それほど難しい話じゃない。何せその約束事を守れなかった人は誰一人としてこの世に存在していないのだから。横さえ見なければ楽勝さ。 え? もし見たら? 大丈夫。私もあなたも何も気付いていないのだから。

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 これはとあるタクシー運転手から聞いた話と私自身の体験談をまとめたものである。
 断っておくが、当時の私は酒も薬もやっていなかったし、精神を病んでいたということもない。加えて言えば、暗示にかかり易い性質でも人一倍に臆病だったわけでもない。
 これから記す話は、書いている自分自身ですら当時の精神状態を疑いたくなるような内容ではあるが、それでもなお誓って当時の私が正常な状態にあったと断言しよう。これは紛れも無い事実なのだ。
 私があのタクシーに乗ったのは1980年代、人面犬やら口裂け女やらの都市伝説の類が一世風靡した時代だ。当時はそのあたりの都市伝説の目撃情報を集めてそれっぽく考察した記事を書けば濡れ手に粟の状態で記事が売れた、そんな時代だった。多くのフリーを気取るジャーナリストもどきと同じく、私も不慣れながらも都市伝説の目撃証言を集めて一山あてようとしていた。
 勘違いして欲しくないのは、当時の私の目的は金ではなく――いや、まあ金も目的の一つではあったが、それ以上に自分の名前を売ることが最大の目的だったということだ。大体、私の第一志望はオカルト記者ではなくてスポーツ記者だ。しかしスポーツ記者といえばジャーナリストの花形、なりたいという輩は山といる。そんな中で自分の記事を使って貰うには、何はともあれ名前を売り出して覚えて貰うのが第一だったのだ。
 閑話休題。そんなこんなで当時流行だった口裂け女や人面犬の話を追っかけていたんだが、どうにもこうにも上手くいかない。どいつもこいつも同じことを考えるせいで、出来上がった記事はどれも似たり寄ったり。そうなると余程の書き手でもない限りは早い者勝ちの世界で、そんな中で頭一つ抜けるような力は情けないことに私には無かったというわけだ。
 私がその話を聞き、体験したのはそんな最中のことだった。
 風の噂で人攫いタクシーという話を聞いた。なんでも真夜中に下二桁が49のタクシーに乗ると別世界に連れ去られてしまうという話だ。
 酷く出来の悪い作り話。それが当初私が抱いていた感想だ。そもそも車のナンバー下二桁49は轢くを連想させるために欠番になっている。強く希望すれば取得できないこともないが、タクシーに漏れず、乗り物の運転手というのは存外縁起を担ぐものだ。あえて49のナンバーを取ろうという奇特な人間はいないだろう。第一、戦後まもなくなら露知らず、今の日本で噂になるほどの行方不明者が出ればもっと大騒ぎになっているはずだ。
 つまりはまるで金にならない話。それが私を含め、辛うじて交友があったジャーナリスト仲間との共通見解だった。
 そんな早春のある日のことだった。
 その日も私は思うように集まらない人面犬の目撃情報を探して西から東へと奔走していた。いつもと違ったのはそれらしい目撃情報が出たために――もっとも結論から言えばそれはとんでもないデマだったのだが、いつもより大分遅い時間まで情報集めをしていたということだ。
 気が付けば辺りは真っ暗闇になっていた。それもそのはず、時計を見ればすでに夜中の12時を回っている。終電などはとうに無く、仕方がなしに私はたまたま目の前を通り過ぎようとしたタクシーを止めた。
 私が手を上げていることに気が付かなかったのか、一瞬そのタクシーは私を通り過ぎて走り去っていこうとしたが、どうやらバックミラーで私の姿を見つけたらしく、少し先の信号で車を路肩に寄せて運転手がすまなそうな顔でこっちこっちと手招きしてきた。
 まあこんな時間だ。運転手も油断していたのだろう。仕方が無い仕方が無い。そんな風に暢気に考えながらタクシーに近づき、何気なくナンバープレートを見る。馬鹿馬鹿しい話だが、自分で作り話だと断言していたあの話を頭の隅で気にかけていたのだ。
 それがよかったのか悪かったのか、未だに自分の中で結論が出ていない。一つだけ言えるのは、それのおかげで私はある意味で命拾いをしたということだ。
 何気なくナンバープレートを見た私の目に映ったのは下二桁が49の緑のプレートだった。一瞬ぎょっとして運転手の顔を見ると、運転手の方はなれたような顔で「ああ、初めて見られるお客さんはみんな同じ反応をするんですわ」とのほほんと言ってのけた。
「それ、よく見てください。ホントは49じゃなくて48なんです」
 そう言われてよくよくプレートを見ると、なるほど確かに最後の桁の8の字の下の部分が薄れて9に見えるだけだった。
「会社の方に縁起悪いから変えてくれと何度も言ってるんですがねぇ。うちの社長さんがどうにもどケチで、『お国に文句言われないんだからそのままでなにも問題はない』の一点張りでして。まったく困った社長さんですわ」
 困っているのかどうかわからないような恵比須顔で頭をぽりぽりと掻きながら運転手が話す。
「まあ安心してくださいな。ナンバープレートは不吉ですが、勤務暦20年、自慢じゃないですが一度たりとも事故を起こしたことはありませんので」
 まあ事故っていたらクビにされとりますがな、なんて言いながら笑う運転手の顔を見ながら確信に近いものを覚える。なるほどあの話はこのタクシーから始まっているんだなと。上手くすればいい記事になるかも知れない。
「運転手さん。人攫いタクシーの話って知ってますか?」
 あくまでさり気なく、世間話の体を装って聞くと、以下にも彼はバツの悪そうな顔をして、
「ああ、お客さんもその話を知ってはったんですか。いやはや参ったなぁ」
 参った参ったと頭をぽりぽり掻きながら「あんま路肩に車放っとくのも何なんで、話は移動しながらしましょか」と言って車に入っていく。私は私で、いいネタが手に入るかも知れないと、予想していなかった収穫にうきうきしながら車の後部座席に乗り込んだ。
「あぁ、お客さん。名前はなんていうんです?」
 私が車に乗るや否や、彼がそう言ってくる。
「名前? あぁ、私はこういうものです」
 名刺入れから常日頃持ち歩いている自分の名刺を取り出して渡す。
「あぁ、ジャーナリストさんですか。道理で色々知ってはるわけです。ふむ……そいならお客さんの質問に全部正直に答える代わりに一つだけ約束して欲しいことがあるんです」
 それまでのほんわかとした声から一変、急にまじめな声音で運転手が切り出す。
「目的地に到着するまでは絶対に『横』を見ないでください。もしも見てしまった場合は全力で『気が付かなかった振り』をしてください。それが出来んのなら今ここで車を降りるのがお客さんのためです」
 やけに真剣な彼の口調に気圧され、理解しないままにわかりましたと返事をしてしまう。その返事を聞いたうえで「絶対ですよ」とくどいほどに念押しをされ、ようやく車は走り出す。
 彼が話を始めたのはそれからしばらくしてのことだった。
「長いことタクシーの運転手をやっているとですね、誰しも不思議な体験の1回や2回体験するんですわ。お客さんも聞いたことがあると思います。例えばずぶ濡れの女性の話やら、いつの間にか増えているお客の話や、隣を猛スピードで併走する老婆の話なんかです」
 彼が語ったのはどれもこれも確かに聞き覚えのある話だった。黙って頷くと、気配でそれを察したのか彼も話を続ける。
「その手の怪談ってのは大方がヒヤッとしたとか、その程度で終わり。長距離料金を取りそこなったと愚痴る仲間もいますが、大概はいい酒飲み話になるんです。でも、時折そういうのではない、洒落にならないもんもあるんですわ。仲間内ではそれを悪い車に当たった、なんて言ってるんですがね」
 これがその悪い車なんですわ。そう呟くように言う彼の声は感情を噛み殺したような、酷く平坦なもので、思わず私は背筋をぞっとさせた。
「お客さんは例の話についてどの程度知っとりますか?」
「実は触り程度しか。夜中にナンバープレートの下二桁が49のタクシーに乗ると異世界に連れて行かれるとか何とか。その程度です。まあこのご時勢、そんな噂になるほど人がいなくなったら大騒ぎですから、もっぱら嘘だと思ってますがね」
 だから特に気にしていないと、私としては彼を安心させるためにそう言った。しかし彼は私の想定とは逆に、噂を信じていない私の態度にどこか焦りを感じているようだった。
「そうですか……なら改めて言います。途中横のガラスに何かが映って、仮にそれに違和感を覚えたとしても絶対に横を見んでください。違和感を覚えても知らん振りをしとってください」
 酷く曖昧な表現で、それでいて何か確信を持っているように彼は話し始める。
「また随分と曖昧なことを言いますね。いったい何が映るって言うんです? 怪物の姿でも映るんですか?」
 その話しぶりに苛立ちを感じ、少しからかうように言い返す。しかしそれに対して彼は腹を立てるでもなく、ただ平坦に「知りませんよ」と言ってくる。
「知らないし、だからこそ私はまだこうしていられるんですわ。私はこれまで、そしてこれからも、後ろで何があろうとも知らん振りをし続けます。私も我が身は惜しいもんで」
 平坦に、ひたすら起伏の無い声で、それでいて次第に熱がこもったような早口で、運転手は言葉を紡ぎ始める。
「私の忠告を無視したお客さんの声がいつも聞こえてくるんですよ。『あれ、何か映って』とか『なんかおかしくない?』とか。それでしばらくするとだんだん様子がおかしくなるんです。『なんでそっちを向いて』とか『なんで、ありえない』とか、そんな声が聞こえてくるんです。そうしたらもう終わり。すぐに悲鳴とも絶叫ともつかない声が聞こえて、すぐにシンッと静かになるんです。目的地に到着して後ろを振り向くとそこには誰もいない。持ち主がいなくなった鞄だけがぽつんと残ってるんですわ。私は乗ってくださるお客さんの名前を聞くってのが習慣でして。ほら、お客さんにも聞きましたやろ? お客さんが言ったとおり、これだけ行方不明者が出れば大騒ぎになるはず。それでも何の話題にもならんのですわ。おかしいなと思ってちょっと調べたんですわ。中にはお客さんみたいに名刺をくださる方もいましたんで。そしたらどこをどう探してもその人の痕跡が無いんですわ。会社の方に忘れ物があったって体で電話をしても『うちの会社にはそのような名前のものはおりませんが』って言われるんです。それも一人や二人やない。いなくなったお客さんは『存在そのもの』が無かったことになってとるんです」
 徐々に語り口はヒートアップしていく。後半にいたっては注意深く聞いていないと聞き取れないほどの早口になっていた。まさしく、狂気じみている。
 そんな彼の様子にぞっとするものを感じ、とんでもない車に乗ってしまったものだと半ば後悔しながら思わず目を逸らす。逸らしてしまった。
 それは、ちらりと視界の端に映ったに過ぎなかった。
 一見してなんてことは無い。ただ単に、外が暗く、中が明るいせいで車の窓ガラスが鏡のようになって室内の様子を映しているに過ぎない。そこに見えたのは、見えない外の景色を見ようとしている私の後頭部だった。
 何かがおかしい。そう感じて、その違和感の正体に気が付く直前。なんでもない田舎道で突然運転手が急ブレーキをかける。
 それに驚き、思わず前を見ると、運転手は謝るわけでもなくただ平坦な声で、
「なにか、見えましたか?」
 と言った。
 ゴクリ、と唾を嚥下する音が嫌に大きく聞こえた。自分は何かを見たのか? 見てはならないものを見てしまったのか?
 数瞬の間に幾度となく自問自答を繰り返し、答えを出す。
「あぁ、いや……なにも見ていないさ。なんせこんな暗い道だ。窓の外なんて見えるはずもないよ」
「そうですか……それはよかった。なら後はもう、ひたすらに前を向いとってください。絶対に横は見んでくださいね」
 そして再び車は静かに走り出す。それまでの狂気じみた様子とは打って変わって、彼は一言も喋らなくなったし、私は私で彼の忠告を素直に聞き、横を向くまいと必死に車の前方を凝視していた。
 そうだ。私は何も間違ったことは言っていない。事実、『外の景色』は見えなかった。そう、私は何も見ていないのだ。それでいい。それがいい。
 車内の空気が一回り低くなったように感じた。いや、確実に低くなっていた。事実私の腕には鳥肌がたち、敏感になった肌は窓が締め切られた車内であるにもかかわらず冷たい空気の流れを確かに感じ取っていた。
「は、はは……運転手さんも気が早い。もう冷房をつけてるんですか?」
「いやいや、エアコン代もバカにならんですし、まだエアコンには早いですわ。あぁ、でもお客さんが希望するんでしたらつけましょか? 確かに今日はちょっと暖かいですからねぇ」
「いや、結構。むしろ暖房が欲しいくらいだよ」
 会話が続かない。私も、彼も、会話に気を回すだけの余裕がない。それでもなお、会話を続け名ければとても『まとも』ではいられない。
 正直に言おう。私は――そしておそらくは彼も、酷く怯えていたのだ。
 視線を感じた。
 車内にいる二人は確実に同じ方向を向いている。車が走っているのは田舎道で、電灯がまばらに立っているだけで対向車は前にも後ろにも車の気配は一切無い。
 にもかかわらず、誰もいないはずの両横から強い視線を感じたのだ。
「お客さんはなんも気が付いてまへん。横さえ向かなければなんも心配要りません」
 酷く平坦だった運転手の声も、その端が若干震えていた。よく見れば額に酷い脂汗をかいている。
 私は私で、冷や汗で着ているシャツがぐっしょりと濡れていた。
 それから目的地、つまり私の自宅に付くまでの間、私と彼は『何も気が付いていない振り』をし続けた。室内で交わされる会話は「何も気がついてまへん」と「何もないですね」の二言だけ。無限とも思える時間をかけて、ようやく自宅に到着した頃には、私たちはすっかりと衰弱しきっていて、私は何も言わずに運転手に一万円札を握らせて、お互いありがとうの一言もなくそのまま別れた。
 あれ以来、私は極力人が運転する車に乗らないようにしてきた。どうしても乗らなければならないときは、後輩を押し退けて助手席に座った。同業者連中には不振がられたが、これだけはどうしても譲れない。
 なにせ、未だに車の後部座席に乗ると視線を感じるのだ。
 馬鹿馬鹿しい話だと笑ってくれてもいい。
 きっと誰しもが「気のせいだ。気にしすぎだ」と言うだろう。
 あぁ、実際その通りだ。気のせいに決まっている。
 だって、私は『何も気付いていない』のだから……

2016/04/03(Sun)14:53:14 公開 / 浅田明守
■この作品の著作権は浅田明守さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 どうも皆様始めましてかお久しぶり。バッドエンド量産機こと浅田です。
 本当に久々の投稿です。そしてもし万一口裂け女【蛇足】の更新を待っている方がいれば申し訳ございません。大丈夫、投げてません。ちゃんと書いてます。まだほんの少ししか進んでないけど確かに書いてます。安心してください、書いてますよ!(ここまで茶番)
 さて、もはや覚えていらっしゃる方も少ないでしょうが、私が立ち上げた企画「登竜101怪奇譚」の再始動です。この企画ははるか昔、今よりホラーの書き手がずっと少なかった頃にどうにか書き手を増やそうと私が「ホラーから不思議な話まで、何でもいいからみんなで101個の怪奇譚を集めよう」という趣旨で開始したものです。タイトルの後ろに【登竜101怪奇譚その○】と入れてくださればどなたでも参加可能です。奮ってのご参加をお待ちしております。
 ふぅ……久々の投稿なのであとがきに書くことが多くて大変だ(笑)
 この話はとある方から聞いたタクシーに乗っている際に実際に体験した不思議体験をもとに私が色々と弄繰り回して作ったものです。(たぶん)実際の話ではないのでご安心を。これからタクシーに乗る? 大丈夫、あなたは何も気が付きませんよ。
 最後まで駄文に付き合ってくださりありがとうございます。またどこかでお会いできることを願ってノシ

*H28.4.3 誤字修正+極微量編集

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
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