『鏖のミミック(第一部分のみ)』 ... ジャンル:ファンタジー 未分類
作者:青秋                

     あらすじ・作品紹介
 冒険者ギルドからの依頼により、ジャンクたちは古代遺跡の調査をするためやってきた。 仕掛けられた罠を突破していくと、千年前に失われたはずの国の跡地へと道は続き、そこでドラゴンと遭遇する。さらに進み、邪悪なモンスターとの戦闘。次第に露わとなっていく破滅魔法の存在。突破不可能と思われた迷宮を抜けると、遺跡の主が目覚める。 己の力を頼りに武器を取って戦う者、知恵と経験から幾多の謎を解き明かす者、大いなる魔導の深淵を追求する者。彼らは冒険の果てに何を知ることになるのか──

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■一、鏖のミミック(1)


 扉を開くと真っ直ぐ続く通路が暗闇に伸びていた。
「いきなりなんか動いてんぜ。気ぃつけろよ」
 ひゅん、ひゅんと一定の間隔を置いて何度も風を切るような音がする。ジャンクはひゅぅと口を鳴らして、すぐさまリュックサックからランタンを取り出す。
 灯りが入ると風鳴りの正体が明らかになった。
「なにあれ!?」
 セドニーが素っ頓狂な声をあげる。
「でっかい……剣? えっ、あれ剣というか──」
「まるで処刑に使うギロチンのようだな。入るなり派手な出迎えだ」
 ギアドが、むう、と唸る。その彼を横から見上げたセドニーも同じように腕を組んで、むぅ〜、と唸った。
 ギロチンとは、二本の柱の間に吊るされた刃を落とすことで、その下に寝かされた罪人の首をはねる処刑道具だ。ジャンクたちの国ではそもそも死刑制度がないために、それを使うところは見たことがないのだが、どこか遠い国では使用されているそうだ。
 今回、彼らの行く手を阻むギロチンは三日月の形をした刃をしており、通路の右から左へ、そしてその逆へと、振り子のように繰り返し動き続けている。
「あ、ああ……あそこを通るんですか? ちょっと危なくないですかね? 引き返した方がよいのかも」
「おいおい、クロウ。いきなり臆病風に吹かれてどうする。タイミングを取って避ければ済む話だろう」
 そそくさと回れ右をして背を向けるクロウの、首根っこをギアドがむんずと掴む。そうして巨躯の戦士は、まるで母猫に首の後ろを咥えられた子猫のようになった魔法使いの少年を、片手で持ち上げたままギロチンの前にずいと出る。
「ほれ、行くぞ」
「いいやあだぁっ! た、助けてええ!」
 前傾姿勢になったギアドは刃のリズムを読んで、「おりゃあ」という掛け声でクロウを振り子の向こう側へ放り投げた。
「ふぎゃっ!」
「うあぁ……痛そう」
 ご愁傷様、とセドニーが呟く。
 床に突っ伏したまま動かなくなったクロウを尻目に、セドニーに促してからギアドは、なんなくギロチンの間を縫って通り抜ける。当然のように彼女もするりと抜けた。
「おーい、さっさと起きろって。次行くぞ次。まぁたギアドに投げられてーのかあ?」
 いち早く先に行っていたジャンクがにやりとして言った。
 ギロチンはまだ奥にもある。そのたびに床へダイブするのはさすがに堪えるだろう。
 彼の言葉にぴくりとクロウの体が動いたかと思うと、のろのろと無言で起き上がる。
「クロウったら! 涙ふきなさいよ、ほらハンカチ貸してあげるから。しゃんとしなさい、男の子でしょ!?」
「そ、そうだよね。ぼくだって冒険者になったんだから危ないところにだって……」
 クロウは膝を手で払いながら言った。
「うん。今度は自分の足で、行くよ」
「その意気や良し!」
 ギアドが豪快に笑った。
「さすがに同い年の女に言われちまったら、男を魅せないわけにゃあいかねーよなあ?」
 ジャンクも唇の端を上げる。
「うん。がんばります」
「なら、クロウがやる気になったところで出発するぞ!」
「よっしゃ!」
「でもみんな、慎重にね! 古い遺跡はどんな罠が仕掛けられてるかわからないから──って、どうしたの?」
「う、うん。ちょっとまた足が竦んで……。なんだか怖い魔力を感じるんだ」
 その言葉を聞いたジャンクは、眉根を寄せた。
「魔力を感じるって? どのへんからだ?」
 クロウは逡巡した後、一点を指した。ジャンクは指された辺りに素早く視線を這わせた。
 巨躯の戦士が歩む先の石畳。それは入口からずっと続いている。ギアドとギロチンまでの距離はおよそ五メートル──四メートル。
 壁か? それとも天井か?
 クロウが駆け出しの冒険者であることなどは問題ではない。魔法を使える人間は世界を探してもそれほど多いわけではない。ある人間はそれを「血」だという。どんなに努力を重ねたとしても得られるものではないのだ。魔力という超自然の力を感じ、行使することは一握りの者にしか許されない。その魔法使いである彼が警告を発していたその事実。
 ──怖い魔力?
 ジャンクには知りえない感覚だ。視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚──五感以外に感じることができるものがあるなんて。
 ただ、実は彼にも別種の能力が備わっている。それは、外から得られた情報や、今までの冒険者生活での経験から導き出された、予知にも似たロジック。
「────あぶねえぞギアドッ!」
 弾かれるように動いた。
 ──ガシャン。
 何かが割れる音。突如訪れた暗闇。
 ほんの一瞬だけ地鳴りがして、砕けるような音が響き、そして悲鳴が聴こえた。


■一、鏖のミミック(2)


 静寂の中、何かが蠢いている。
 人の息遣いとそれだけが耳に届く。
「おーい、ギアド。生きてっかあ?」
 ジャンクは確かめるように声をかけた。すると遠くから、「うむ」と返事があった。
「ちょっと待ってろよー、今、予備のランタンを出すからよ。えーっと、この奥に……っと、あったあった!」
 シュボ。
 擦る音の周りに光ができた。
 それをランタンの中へと招き入れて、ジャンクは辺りを見渡した。
 クロウは床に伏せて頭を抱えており、セドニーは尻餅をついた状態で目を丸くしていた。ギアドもまたせり上がった何かの横で尻をついて倒れていた。明りに目が慣れると四人の他に何もいないことがわかった。蠢いていたような気配はジャンクがリュックサックの中を探るものだったのだ。
「なんなの、あれ?」
 セドニーが恐る恐る口を開いた。
 彼らの様子を気にする素振りなどなく、一定のリズムで振られるギロチンの刃。その手前、およそ三メートルの位置にてせり上がった石畳。横から見ると扇状のように九〇度の円弧を形作っていた。
「トラップフロアってやつだろうぜ。上に乗った人間を吹き飛ばすやつだ。なんともまぁ古典的な罠だが、有効な使い方だよな。それも、ひとつめのギロチンを抜けて油断しているところにってーところがいやらしいぜ」
「ジャンクがあいつを投げてくれなければ、おれはあの刃の餌食になっていたということか……」
 ギアドが唸るように言った。その視線の先には砕け散ったランタンの残骸があった。
「そそ。ギアドなら避けてくれっかなって。おれがあれを投げつけた意図、瞬時に察してくれて助かったぜ」
 ジャンクは親指を立てて見せた。
「伊達に長年組んでないからな。おまえがああするのには何か意味があるだろうとな。おそらくその場にいてはならないのだろうと」
 ギアドもお返しとばかりに親指を立てた。
 声で注意を促しただけでは、すぐに意図が伝わらないこともある。よけろ、と叫ばれても、どこへ移動するのが最適なのかがわからない。ならば、たとえば右によけろと言ったとして、どのくらいよければいいのかなども、すぐに伝わらない場合がある。
 ジャンクはランタンを投げつけた。それによって、ギアドには投げた軌道上──つまり前方と後方に避けるという選択肢がなくなった。そして、探索に必要なランタンを投げつけてまで知らせようとすることで緊急性が伝わり、結果としてギアドは、その場から大きく距離を取ることとなったのだ。
「ま、ランタンをおしゃかにしたのは、もったいなかったけどよ」
「だいぶ古くなってきていたからな、買い替え時とでも思えばよかろう」
 セドニーが、はぁ、と息を吐く。
「あんたら凄いわね。もう、何事かと思った! でもなんでジャンクはトラップフロアだってわかったの?」
 しばし腕を組んだまま思案してジャンクが、「──勘」と口角を上げると、セドニーは「ちゃんと説明してよ!」と拳を振り上げる。それを見てギアドが笑った。
「罠には色々あんだがよ」
 とジャンクは前置きして、
「いずれにせよ、こいつのおかげだな」
 クロウの頭にポンと手を置いた。


 ジャンクたちは今度こそ警戒しながらギロチンを潜り抜けていった。
 全部で一〇か所あるギロチンのいずれにも、トラップフロアの罠が仕掛けられていたのはただ一つだけだった。ジャンク曰く、「ああやって初めに見せておけば、他にもあるだろっておれたちが神経をすり減らすのを狙ってんだろーな。チッ、忌々しい!」とのことだった。
 クロウにとっては永遠とも思えるような長いギロチン通路を乗り越えると、やや広めの部屋があり、その向こうに下り階段があった。
「いきなり脱落せんでよかったぞ」
 ギアドがにやりとして言った。
「つまりギロチンと組み合わせたからってことなの?」
 ようやく要領を得たセドニーは、確認の意味を込めてジャンクに聞いた。
「そそ。天井から何かが落ちてくる罠。壁から矢とか槍とか出てくる罠。モンスターが出てきたり、落とし穴が開いたり、数え上げりゃあキリがねーけど、そこにギロチンがあるわけだ。それを使わねーでどうするよってな」
 罠を仕掛ける側の思惑を読んだ、とジャンクは人差し指を立てて言った。
「でもたまたまじゃない? 別に何も考えないで違う罠にする可能性だってあるわけでしょ?」
 セドニーは腑に落ちない様子で言った。
「そりゃ、あらぁな」
 こともなげに彼は答えた。
「どんな危険が待ち受けているかわからないのがダンジョンだ。導き出した答えが絶対に正しいとは誰にも言えん。だが、少なくともそうやって可能な限りの危険を予測して、最悪の事態を未然に防ぐのがジャンクの役目なんだ」
「ふうん。盗賊って、遺跡の財宝が目当てなだけの人種なんだと思ってた。ちょっとだけ見る目変わったかな」
「そりゃ、どうも」
 ジャンクは相変わらずの態度でにやりとしてみせた。
 部屋には特に変わった様子もなく、四人は階段を下りることとした。先頭はジャンク、次いでセドニー、周囲の魔力を探りながらクロウが続き、しんがりはギアドが務める隊列を取った。
 ジャンクは一九歳。ごく平均的な身長でやや細身。黒髪だが一房だけ金色が混じっている、碧眼の青年だ。
 藍色を基調としたシャツとズボンのシンプルな服装なのだが、ベルトには護身用のダガーだけでなく様々な工具のようなものが下げられている。街中にでもいれば職人のようにも見えるいでたちだ。そして背負ったリュックサックには冒険に必要な道具が詰まっている。
 いつも人を食ったような態度を見せる彼だが、まだ付き合いの短いセドニーにも、彼がそのような態度だけではない男であることは感じ取れていた。さっきの軽口も二人にとっては挨拶のようなものになりつつあるのだ。
 そのセドニーは肩と腰の間くらいまで伸びた金髪を頭の後ろで束ねていつも揺らしている。たまにジャンクがそれを見て馬の尻尾みたいだとからかうのだが、本人は存外自分の髪型を気に入っている。彼と同じく碧眼で、しかし背はジャンクの肩くらいまでしかない。
 引き締まった肢体には、胸元に赤いリボンがついている革製の鎧と、手甲そして膝下まであるブーツの装備を身につけており、これも白で揃えているのがお気に入りである。日焼けしない白い肌にもよく似合っていた。そしてまだ若いのに剣の腕もなかなか立つ。しかし本当に得意なのは弓の扱いなのだそうだ。
 そんな紅一点の彼女は、ギアドの知人の伝手で彼ら冒険者パーティーに加わることになった。
 セドニーと同じくクロウは一五歳。頭の高さもまだ同じくらい。
 銀髪は顎よりは長く肩よりは短い。そして片方が金色、もう一方が淡銀灰色のオッドアイである。魔法を扱える者には少なからず、こうした左右の目の色が異なる子供が生まれるようだった。
 才能が開花するには個人差があるようなのだが、引っ込み思案で大人しい性格の彼が冒険者になったのも、クロウに眠っていた魔法の才能を見出した者がいたからこそだろう。
 その性格から、黒いローブに全身を包み、一人でいるときにはフードを被って顔を隠しながら読書に耽っているような少年だった。
 そして、そのクロウを仲間に引き入れたのが、リーダーであるギアドであった。
 二メートルにも届きそうな巨漢の彼は黒髪黒目、現在は二五歳になる冒険者歴一〇年のベテランだ。冒険者ギルドから紹介された中からクロウを選んだのも、ギアドが冒険者となった歳と同じだったからということも理由の一つとしてあるだろう。
 若いころから鍛え上げられてきた肉体は、巨大な剣も軽々と振るうことのできる屈強な戦士の体である。そんなギアドと四年間、相棒として付き合ってきたジャンクは、誰よりも彼の力を信じている。
「あたしって今までは街の周りにいるモンスター退治の仕事ばかりしてきたから、遺跡に入るのって初めてなのよね」
 ふいにセドニーが言った。
「クロウはどうなの? クロウも初めて?」
 遺跡の危険について予備知識は仕入れてきたものの、入ってすぐにあんな罠があるとは思ってもみなかった。さっきの出来事から時間が経ち、ようやく実感が湧いてきたのか、興奮したように彼女は後ろを振り返った。
「うん、ぼくもそうだよ。魔法が最近ようやく上手に使えるようになってきて、そうしたら魔法文明のことにも興味が出てきて。だからギルドから仕事を斡旋してもらって、こうしてセドニーやギアドさん、ジャンクさんたちと一緒させてもらうことになったんだ」
 心ここにあらずでクロウが言った。
「壁に文字みたいなのが書いてあるのね。読めるの?」
 クロウの視線に気付いたセドニーは、その視線の先を追う。
「そーいや、ちょいちょい見かけるなぁ。これって文字なのか? まー、そう見えなくもねーけど、なんて書いてあんだ?」
 喰いついてきたジャンクに、クロウは慌てて手を振る。
「い、いえ! ぼくはまだそんなには……。でもなんか──」
「ほう、おれも興味があるな。おれたちの仕事は遺跡の調査だが、おれは遺跡なんぞに詳しくはない。罠の確認と、可能ならば解除するくらいのことしかできん。言ってみれば、調査のための先遣隊のような役割だな。しかし、クロウが古代文字を読めるとなれば、今後のおれたちの仕事の幅がグッと広がること間違いなしだ」
「んだな。おれらがこれまでに潜ったダンジョンってのも、あんま魔法由来の罠が仕掛けられてるようなとこはなかったかんな。さっきもクロウが魔力感知っつーのか? をしてくんなかったらやばかったかもしんねー」
 口々に自分をもてはやすように言う彼らに、クロウは恐縮して肩をすぼめる。その肩にどんと手を置いてギアドが自信を持てと笑った。


■一、鏖のミミック(3)


「──で?」
 一言で言って催促するジャンクに、クロウはおずおずと口を開く。
「ま、まだ勉強中なのであまり期待はしないでくださいね。あ、あの、三大魔法文明のことはご存じですか?」
「んー? 知らん」
「ちょっと! ジャンクったら真面目に答えなさいよ!」
 ポカポカと後ろから叩くセドニーにジャンクは笑って、「アドルギアス、セド、それとランドニア……だっけか」と指を折った。
「知ってるんじゃない!」
 振り返るとセドニーが頬を膨らませていたので、ジャンクは噴き出した。
「そうです。えっと、その三大魔法文明は世界の覇権を賭けて争っていた……と歴史書に記されています。特に強い力を持っていたと伝えられているのがランドニアとセドなんですが──」
「そのどちらかの遺跡というわけか?」
 そうしていると階段は終わり、また先ほどと同じくらいの広さの部屋へ出た。
「こりゃまた妙チクリンな像が並んじゃってまぁ」
 呆気に取られたようにジャンクが言った。
「うえぇ……趣味悪い……」
 セドニーが同意するように呻く。
 巨漢のギアドよりも一回りは大きい像が三体ずつ向かい合って立っていた。そのどれもが人の形をベースにしているようではあるが、人間ならざる異形の様相を呈していた。
 ある像は、顔には耳の代わりに大きな鰭のようなものが生えていて、目は見開き、頭髪もなく鱗に覆われている。全身も同じく鱗に覆われておりまるで半漁人のようだが、ところどころに角があったり、腕が六本、指が一〇本もあったりと、気味の悪い造形に仕上がっている。
 また別の像では、人間の顔をしているが口から蛇のような長い舌を垂らして、背中から蝙蝠のような翼が生えて、肉食獣のような鋭い牙と爪を持っている──まるで複数の獣を合成したようなものもある。他にも腹に大きな穴の開いているのっぺらぼうの像、全身のありとあらゆる部位から剣や槍が飛び出している像、一体どのようなものを想像してこれを創り出したのか、理解に苦しむものばかりであった。
「野良モンスターの方がよっぽどまともな形をしているな」
「ほんと、そう。モンスターって言うけど、あっちはまだ動物とか虫とかに近い姿をしてて、可愛げがあるもんね。こっちの方が本物の怪物よね」
 ギアドとセドニーは顔をしかめて頷き合う。
「なぁクロウ、魔力を感じたりすっか?」
「えっと……いえ、ジャンクさん。ただの彫像みたいです。だいじょうぶだと思います」
「当たり前でしょ!?」
 すかさずセドニーが叫んだ。
「あんな気持ち悪いものと戦えるわけないじゃない! あんなの! あたし、あんな……あんなのが動き出したらあたし、逃げるから!」
 青褪めた表情で、自分の体を抱きしめる彼女の視線を注ぐ先には、タコともイカともつかないような触手を何本も生やした怪物の像があった。
「おいおーい、仮にも戦闘職のおまえさんが真っ先に逃げ出したら、おれらはどーすりゃいーんだよ。ま、クロウが魔力感じねーみたいだからよかったけどよ」
「仮にもってなによ! あたしはれっきとした戦士なんだから! でも嫌なものは嫌なの! もう考えるだけで──って、どうしたの?」
「あの彫像の横、小さい穴が開いてますね」
 一足早くジャンクの視線を追っていたクロウが、彼の代わりに返事をした。
「近づくなよ? ちっと確認してくっから」
 ジャンクの言う通りにして、三人は動向を見守る。
「魔法じゃねーから物理的な仕掛けだとしても……ふんふん、罠の類じゃあなさそーだぜ」
 穴の中を直視しないように、鏡を使って調べていたジャンクが言った。
「ひょっとしたら鍵穴かもしれねー」
「それはあるかもしれん。どこかにある隠し通路への扉が開くとかな。古代人たちもいちいち罠を解除しながら中に入るのは、さすがに骨が折れるだろう」
 ギアドが言うと、セドニーが、「ジャンクでも開けられないの?」と聞いた。
「見たところかなーり複雑な構造になってるみてーなんだよなぁ。手持ちのツールだけじゃ、まず無理。ちゃんとした道具があってもどうだか」
 というのも、穴の中の構造では、どんな形の鍵であっても届かないような部分があるとのことだった。
「つまり、この鍵穴自体には魔法はかかっていないけれど、形を変える魔法のかかった鍵のようなものが必要だ、ということでしょうか?」
 クロウが言うと、「そんな感じっぽいぜ」と吐き捨てた。その表情は、技術屋の誇りをいたく傷つけられたかのような複雑な面持ちだった。
「大概の錠ならどうにかできる自信もあるんだけどよ、魔法ってぇ目に見えないもんが絡んでくると、痒いところに手が届かないような気分になっちまうぜ。仕組みがわかったとしても、なんともしようがねえ」
「クロウが魔法を使っても無理なの?」
 セドニーが疑問を投げると、クロウは「ぼくの力じゃ無理だよ」と言った。
「ぼくが未熟だっていうのもあるけど、そうでなくても古代魔法文明で使われていた魔法については、まだまだ謎が残っているんだ。少しずつ解明は進んでるはずなんだけどね」
「昔の魔法と全く同じでなくともかまわないんじゃないのか? 要するに鍵の形を変える魔法が使えればいいんだろう。ギルドに当たってみれば、そのくらいの魔法を使える人間の一人は二人はいるんじゃないか」
 ギアドが言った。
「そう、ですね。戻ったら探してみましょうか」
 クロウは頷いて言った。
「いずれにせよ、おれたちはおれたちの仕事をしよう。なにも抜け道を開く鍵穴と決まったわけじゃないんだ。行けるところまで潜ってみよう」
 リーダーの意見で話がまとまり、部屋を出ることとした。

 また、長い通路が伸びていたが、ギロチンのような仕掛けなどはなかった。しかし、四人の息遣い以外に物音ひとつしない長い道に、予備のランタンではさほど遠くまで届かない光源はひどく頼りない。いつまで、どこまで歩けばいいのかわからないというだけで、四人は体力も精神力も普段以上に消耗していくのを感じていた。
「ところでよ」
 沈黙を嫌ったかのようにジャンクが口を開いた。
「気のせいかもしれねーが、この通路って真っ直ぐじゃなくね?」
「そんなことないでしょ」
 間髪入れずセドニーが反論する。
「いやいや。いやいやいや、曲がってるだろ。それにちっとばかし下り坂な感じがするぜ」
 ジャンクが言い返す。そうするとセドニーは、「気のせいかもって言ったじゃない」とさらに言い返した。
「いんや、これは気のせいなんかじゃねーな! セドニーの反応見て確信した!」
「なんであたしの反応で確信なんかできるのよ! バッカじゃないの!?」
 一見、ただの口喧嘩が勃発したかのようだが、顔を真っ赤にしているのはセドニーだけで、ジャンクの方は彼女をからかうのが面白おかしいといった様子だ。
「おれも真っ直ぐな通路にしか思えん。しかし、ジャンクの感覚も無視するわけにはいかないぞ。ジャンク、コンパスを持ってなかったか? 確かめてみたらどうだ?」
 不毛な口論に発展しそうなのを察知したギアドが口を挟む。
「あー、あったわ。見てみっか」
「そうしてよ!」
 ふくれっつらのセドニーにランタンを渡したジャンクは、リュックサックからごそごそとコンパスを引っ張り出す。そして二人で覗き込むと、磁石は南西を指していた。
「さっさと行きましょ!」
 ランタンを押し付け返されたジャンクは「へいへい」と歩き出し、他の三人もそれに続いた。
「南だ。つまり右回りしてるってこったな」
 しばし歩いたところでジャンクが言った。勝ち誇った顔をする彼に、セドニーが「むぅ〜」と納得のいかない顔をする。
「魔法でおれたちの感覚が狂わされてでもいたのか? 回廊であるようにはどうしても見えないぞ」
 磁石の向きが変わったのを確認してギアド。「どうなんだ?」とクロウを促す。
「よくわからないです」
 彼は困ったような顔で答えた。
「遺跡に入ったときからずっと微かな魔力は感じているんですけど、ここにきて感じる魔力に変化があったようには思えないんです」
「ということは、遺跡全体に魔法がかかっていて、あたしたちはずっと方向感覚が狂わされているってことなの?」
「そうかもしれない。ジャンクさんはぼくたちより感覚的なものに優れているから気付いたんじゃないかなって思うよ」
 断言はできないけど、とクロウは付け足した。
「しかしそれにどんな意味があるんだ?」
「さてな」
 意味があるのかもしれないし、ないのかもしれない。コンパスを片手にジャンクは言う。
「狂わされてることに気付けねー、魔法を解くこともできねーってのが一番の問題なのかもしれねーぜ。ちと気を引き締めねーといけねーかもしんねーな……っと」
 後ろ手で制止して、立ち止まる。
「東北東──到着だ」
 長い回廊を抜けたそこに扉があった。


■一、鏖のミミック(4)


「ねえっ、早く入らないの?」
 じっと立ち止まったままのジャンクに、業を煮やしたセドニーが言った。すると、ランタンを持つ手を床に近づけた彼は、顎をクイッとやって見せる。
「この溝、なんだろーな」
「え? どれ?」
 扉の手前一メートル程度の位置に、端から端まで一本の線が引いてあった。何度か尋ねて、ジャンクに指で示されてからようやく視認できるほどの細い溝だった。
「む、これは壁に……天井まで、一周しているようだ」
 薄明りの中、目を凝らしながらギアドが言った。
「溝を越えた途端、床が抜けおちるなんてこと……ないですよね?」
「どーだろーな」
 と言いつつ背後に回り込もうとするジャンクを見て、クロウが悲鳴を上げた。
「押さねーよ」
 ケケケ、と口角を上げるジャンクに、セドニーが「こらっ!」と叱り飛ばす。
 盗賊の調査力と魔法使いの魔力感知にて、問題なかろうと結論づけた一行は、溝をまたぎ、扉を開いて中へと入った。
 広大な室内だった。
 奥行は五〇メートルくらいはありそうで、幅はそれよりやや狭い。天井も頭頂部は横幅と同じくらいありそうで、ジャンクたちの入ってきた扉から突き当りまでの天井が高く、壁側へ行くにつれて下がっている。円柱を半分に切ってかぶせたような形だ。
 それだけ広いのに見渡せるのは、室内が明るかったからだ。これだけ明るければ、ランタンは必要ないだろう。
 しかし、どこが光源なのか見当もつかない。真っ白な壁や天井が発光しているのだろうか。これも古代魔法の成せる業なのか。
「すごい。こんな魔法が現代まで残っているなんて」
「壁が光っているの?」
「叩き割ってひと欠けら持っていけば明かりに不自由しなさそうだ」
 三人が口々に言う。
 ジャンクは節約とばかりに、ランタンの灯りをすぐさま吹き消した。
「それよりも気になるのはあれだよなー」
 その言葉で、一同は向かって左側の壁から生えているものに注目した。
 丸太くらいの太さで、長さ一〇メートルほどの棒が六本、突き当りの壁まで五メートルほどの等間隔で、おなかの高さに並んでいた。
「見たことねー素材だなぁ。こいつぁ石なのか?」
 工具で軽く叩いてみた。石にしては甲高い金属のような音がする。
「きらきらしてて綺麗。宝石の原石かしら?」
 綺麗なものに目がないのは女性ならではの反応なのだろうが、
「あ、えっと、魔力は部屋中に充満してて、これが何かの罠なのかよくわからないです。みなさん、気をつけてください」
「不吉な事を言うじゃない」
 クロウの忠告を受けて、セドニーは棒からそっと距離を置いた。
「先に繋がる道がどこにも見当たらないぞ」
「何か仕掛けでもあるんでしょうか?」
 ギアドは、「どうだろうな」と肩をすくめた。
「それじゃあよ」
 と、ジャンクは三人に向き直る。
「ギアドは引き続き、棒を調べてみてくれや。何に使えるもんなのか、無理しない程度に動かせるかどうかとかを試してもらいてーぜ。そんでクロウは古代文字が隠されてねーか一緒になって探してみてくれ。ヒントになるかもしんねーかんな」
「わかった。クロウはサポート頼むぞ」
「はい、ギアドさん」
 部屋にある目立つものといえば、六本の素材不詳な棒しかない。これらを操作することで発動するギミックのようなものがあるはずだ。
「ねぇ、あたしは?」
 尋ねるセドニーに、ジャンクは「そうだな」と一思案して言う。
「おめーは部屋の中央でまず服を脱いで、リーデン王国収穫祭の熊喰い踊りを踊っていてくれや。あの踊りは古来から続く伝統的な踊りだからな、そういった踊りってのを長時間続けることで精霊の加護を得られたり、超常的な力場を形成することができんだよ。それには一糸纏わぬ姿の方がより高い効果が期待できるっつーわけ。相手は魔法文明時代に作られた遺跡だかんな。縁起でもなんでも担いで……って、なんだよ?」
 半眼になったセドニーがため息をついた。
 その傍で、「熊食い踊り、ってなんだ?」、ギアドとクロウが顔を見合わせている。
「まだ短い付き合いだけどさ……」
 ジロリと睨む。
「あんたって下らないこと言う前に、唇を舐める癖があんのよね」
「はあ? おれは至って真面目にだなぁ──」
「バカじゃないの?」
 ある意味、この状況下、真顔でふざけられる図太さに感心しつつも、
「なんであたしが裸にならなくちゃなんないのよ!」
 セドニーが拳を振り上げると、ジャンクの表情が崩れた。
「別にいいじゃねーか、減るもんじゃあるめーし」
「いっぺん死ね!」
 腰の剣に手をやったセドニーを見て、ケタケタ笑いながらジャンクが逃げ出す。その様子を眺めながらクロウがうらやましそうに、「あの人には緊張感というものがないんですかね」と呟いた。


■一、鏖のミミック(5)


 かくしてジャンクたちはそれぞれ室内の調査にあたった。
「言われた通りにくまなく探してみたけど、血の跡とかはどこにもなかったわよ」
 疲れた様子でセドニーが言った。
「あんたはなんでそんなにピンピンしてんのよ」
 しばしジャンクを追い回していたので疲労はより一層なのだが、当の追い回されていた本人は平気な顔をしている。曰く、「鍛え方が違うもんでね」とのことだが、本気でなくとも剣を振り回していたセドニーと、ただ逃げるだけだった彼との違いだろう。
「逃げ足だけは早いんだから」
 忌々しそうに呻く。
「おれらをハメるための罠にしちゃあ、血痕がどこにも残ってねーってことはどういうことなんだろーかな。なにもおれらが初めての来訪者と限ったわけでもねーだろうし」
「言われてみれば、ギロチンの刃には血のついてあるものがあったな。死体はどうやって処理したのか残っていなかったが、もしくは手傷を負っただけで生還したのかもしれんが」
「部屋が綺麗すぎんだよ」
 辺りを見渡してジャンクが言った。
「そっちはどうだったの?」
 セドニーが尋ねる。
「ああ、おれはな……どうしても気になることがあって調べてたんだよ。なぁ、ギアドよ。あれはどうやって作ってると思う?」
 そう言ってジャンクは天井のアーチを指した。
「ああいう形の天井を作る場合ってよ、石橋の組み方と似たような方法なんじゃねーか?」
「ふむ……通常ならまず、木材で輪石を支えるための柱を組み立てるな。それを支保工というんだが、アーチ状になったそれの両端から順に石を組んでいくはずだ。そうやってから支保工をはずすが、石の重心がアーチの中心にかかっていくため、石同士で互いに支え合うから、崩れない石橋が出来上がるというわけだな」
「二人ともよくそんなこと知ってるのね」
「伊達に長く冒険者をやっとらんでな」
 冒険者を長く続けていることと、橋の作り方にどんな関係性があるというのか。長くやっているから、関係ない話も耳によく入ってくるということだろうか。セドニーが考え込んでいると、
「そうがどうした?」
 ギアドがジャンクに質問を返す。彼は「いやね」と前置きして言う。
「そーやって組んでるにしちゃ、石と石を組んだ跡の隙間もねーし、綺麗すぎじゃね?」
「塗装でごまかしてるんじゃないんですか?」
「変なところで気にしすぎじゃない?」
 クロウとセドニーの言葉に、ジャンクはかぶりを振る。
「なら、あそこの一本線はなんなんだよ。ほら見てみろって」
 そう言って、自分が調べたことを伝える。
 向かって右手方向の壁と床の境目に溝があった。溝を辿っていくと、入口側の壁と突き当りの壁との境目までそれぞれ続いていた。
 さらには、四隅にある壁と壁の境目にも、右手方向の二か所だけは溝があり、どうやらそれはずっと上の方まで続いているようだった。目を凝らしてようやく見える程度のうっすらと細い溝だったので、どこまで続いているかは確認できない。
「え、どこからどこまで? 広くてわかんない」
「待っててやるからちょっと見てこいよ」
 ジャンクがそう言うと、
「おれたちも見てみよう。全員で見た方が話は早い」
 ギアドがそう言って、四人揃って広間の壁際まで行く。
「線があったけど、それがなんなのよ?」
 セドニーは解せない様子で言った。
「別に普通のことでしょ?」
「天井を組んだ隙間が見えないように塗装しているってんなら、なんであの辺りだけ隙間が見えるようになってんだ」
「辺と辺の継ぎ目、部屋の角部なら線が引いてあるように見えるのもおかしくないだろう。わざわざ塗装で隠すようなものでもないしな」
 溝に見えるが、それほど気にするようなものではないのでは、とギアドが言った。
「それだけとは思えねーんだけどな……」
 部屋に入る前からずっと気になって仕方がない。扉の前で発見した溝を思い出して、どうしても、こちらも溝に見えてしまう。
 とはいえ、何らかの罠と断定できる根拠もないし、明確な答えも出ない。
「しゃーない。一旦保留にすっか。で、ギアドたちはどうだ?」
 ジャンクは気持ちを切り替えて、彼らに報告を求める。
「この棒は重そうに見えるが、思っていたよりもずっと軽い。石よりも軽く、鉄よりも固いようだ。そして壁の奥に押し込めたり、引っ張ったりできた」
 壁から生えている棒を調べていたギアドは、そう言って実演してみせた。
 棒を持って体重をかけると、するすると壁の中に納められていき、壁に全てが埋まる直前で止まった。そして引くと元の長さより五メートルくらいまで長くなった。
「あれ? 何か聴こえない?」
「何かってなんだよ」
「わからないけど、壁の中でギシギシって」
 ジャンクたちはセドニーに言われて耳を傾けてみるが、
「何も聴こえんぞ?」
「言われてみると聴こえるような……聴こえないような」
「棒が擦れる音なんじゃねーのか?」
 いまいちはっきりしない。それには彼女も自信をなくして、「勘違いだったかも。ごめんね」と両手を合わせた。
「こんだけじゃ、仕掛けがいまいち見えてこねーな。他になんかわかったことはねーのか?」
 棒を片手で動かしながらジャンクが言った。
 確かに軽い。この太さで鉄や石ならこうも軽やかに動かせるはずがない。古代の特殊な技術で造られた鉱物なのだろうか。しかし、こうやって動かせることにどんな意味があるのかがわからない。
「次はぼくから報告します」
 クロウが前に出て、棒の側面を指した。


■一、鏖のミミック(6)


「ここを見てください。縦に線が入っているんです。そしてそれが等間隔で六つ並んでいます。何か気づきませんか?」
 最大限まで引き出すと一五メートルほどになる棒だが、それらを等分するように線が入っている。
「目盛……じゃないよね?」
「ううん、セドニー。ぼくもこれは目盛だと思うんだよ。なぜなら今度はこっちを見てもらえるかな。ジャンクさんたちも見てください」
 するとクロウは、棒の先端がよく見える位置に、棒の長さを調節する。
 先端の円の部分には、階段のところで見たような文字が刻まれていた。この文字について彼は説明した。
「これはアドルギアスの文字なんです」
「セドかランドニアの遺跡じゃなかったっけか?」
 話を思い出しながらジャンクが言った。
「言いそびれてしまったんですけど、確かにセドとランドニアが特に強大な力を持った国だと考えられていたんですが、実は近年の研究では、その二国を滅ぼしたのがアドルギアスではないかと推測されるようになったんです」
「それは新しい見解だな」
 ギアドが言うと、クロウは「はい」と言って続けた。
「なぜなら、最近になって発見された書物には同じような文字が多く使われているからです。それはアドルギアス以外の三大魔法文明の名前と共に、それらを『滅ぼす』、『消し去った』といった文言なんです」
 それを聞いてジャンクには思い当たることがあった。
「ひょっとして壁に書いてあったっつー文字ってそういう意味なのか?」
「ええ。アドルギアス興亡記の最後の章『滅亡』において、前半部分に多く見かけた文字だったと思います」
 ただし、翻訳されていない原文ままを読んだので自信はない、とクロウは言った。
「それで結局、これはなんなの? あたしたちって滅ぼされちゃうわけ?」
 セドニーに言われて、クロウはハッと我に返った。
「ご、ごめん。脱線しちゃったね。ええと、何が言いたいかっていうと、その古代文字の中でも、数字は頻繁に出てくるからあまり間違えないと思うんだ」
「ああ」
 ジャンクは合点がいった。
「これって数字が書いてあんのか」
「どうやらそうらしいな」
 目盛に数字。ここまでくれば何を示しているのか予想はついてくる。
「わかった!」
 指を折って考えていたセドニーが声を上げる。
「棒の目盛を数字の通りに合わせればいいのね! それじゃさっそく──」
「ところが一つ、問題があるんだよ」
「な、なによ!?」
 出鼻を挫かれてガクッと肩を落とすセドニー。
「数字を書きだしてみたんだ。ギアドさんたちもちょっと見てください」
 クロウは、手にしていた紙を三人に見せた。
 そこには部屋の配置が記してあり、壁から生えている六本の棒も描かれている。棒には数字が振ってあり、入口側から順番に、四、一二、二、三、一〇、一。と記してあった。
「六分割なら七等分、つまり七までしか数字は必要ないはずなんです。でも数字は一二まである。これがよくわからない」
 そこで四人はうんうんと唸った。ならば目盛に合わせるというわけではないのだろうか。それなら、この数字は一体なんなのか。
 しばし考え込んでいると、
「とりあえず一つだけ目盛に合わせてみない?」
 セドニーが言った。
「謎が解けてねーのにやってどーすんだよ」
「試してみて何も起きなかったら、それから考えてみればいいじゃない」
 あっけらかんと彼女が言う。
「こういうのは、試す価値のある予測を立ててから行動に移すべきだろーが。罠があるかもしれねーだろ」
「じゃあどうするの? このまま黙って指でも咥えているの?」
「罠にハマっても助けてやんねーぞ!」
「いいもん! ジャンクに頼らなくたってあたしは平気だもん!」
「勝手にしろ!」
「勝手にする!」
 セドニーが近くの棒に手をかける。ジャンクが舌打ちして「四だからな」、目盛の数字を念押しする。考え込んでばかりいても仕方ないことは本人もわかっているのだ。ギアドとクロウにも警戒を促して、目盛が見やすい位置へと移動する。
「あっ、ほんと。軽い!」
 棒を壁に押し込みながらセドニーが言った。
「もうちょい、もうちょい。あとちょい……ストップ!」
 目盛が合う。しっかりと四目盛り分の棒が壁に押し込まれる形となった。しかし、
「何も起きないですね」
「もしかすると、四つ入れるんじゃなくて、四つ残すのが正解なんじゃないのか?」
「念のため、やってみっか? ……どしたんだよ」
 棒から手を離したセドニーが、耳に手を当てていた。
「ねぇ、何か聴こえない?」
「またかよ! 気のせいだっつーの!」
「ううん……今度は本当に!」
 言われてクロウは耳を澄まし「なんでしょう、この音は」、表情が曇る。
 ギアドはふいに鞘から大剣を抜き放ち、それを見たジャンクは振り返ってギョッとした。
「おいおい、やっぱ罠だったんじゃねーのかぁ!?」
 セドニーを責める気などないが、ついぞ口をついて出る。
 この部屋に一つしかない出入り口。
 そこからやってきたのは、どう前向きに解釈しても友好的とは思えない、武装した骸骨たちだった。


■一、鏖のミミック(7)


「このおっ!」
 室内に入る手前の一体に、セドニーが斬りかかる。自分の身から出た錆とでも思っているのだろう。失敗を取り返そうとしているようだった。
 骸骨たちは手に手に錆びた剣や槍、斧などを持ち、中にはボロボロながらも鎧を着ているものもあった。セドニーの剣を受けた一体は、その場にて手持ちの武器で受け止める暇もなく、骨を砕かれ崩れ落ちた。
 しかし、数が数だ。これだけの骸骨どもが今まで一体どこに潜んでいたのだろう。
 骸骨戦士の軍勢をセドニーただ一人だけで抑えられるはずもない。一斉に得物を振り上げた骸骨たちを見て、セドニーは慌てて後ろに退く。
「自分だけでどうにかしようと思うなセドニー! 足並みを揃えて、連中を背後に回らせないようにするんだ。クロウも簡単な魔法でいい、援護してくれ」
「ごめん……わかった」
 ギアド、そしてすでにぶつぶつと呪文を唱えているらしいクロウを見て、セドニーはぐっと唇を噛む。骸骨戦士の軍勢は、いよいよ部屋へなだれ込んできた。
 落ち着きを取り戻したセドニーは、ギアドと連携した動きへ切り替えることにした。
 一体、また一体と骸骨戦士は斬り伏せられ、あるいは吹き飛ばされ、その数を減じていく。多勢に無勢、などという言葉があてにならないくらいに、決着はあっという間についた。
「呪文を唱え終わるまで、かかりませんでしたね」
 九体分の骨クズが辺りに散らばっているのを見下ろして、クロウが言った。
「おれの出る幕もなかったぜ」
 鼻の頭を擦りながらジャンクが、へへっ、と笑う。
「おまえに戦闘は期待してないがな」
「ジャンクが忠告したのに、勝手に動いてごめんね」
 ばつが悪そうに横を向くセドニーに、
「そう悪い結果でもねーさ」
「えっ?」
 思わず罠ではないかと言ったが、冷静に考えるとそうでもないかもしれない。ジャンクはそう言った。
「『四』って数字が当たってたかもしんねーっつーことさ、きっと。敵さんが現れたってことはな。何も行動を起こさなきゃ、何も起こりはしなかっただろ」
「でも、モンスターがやってきたじゃない」
「だから、はずれだって言うのか?」
「普通に考えたらそうなんじゃないんですか?」
「だったら、もっと早くに出てきてるはずだろ。ギアドが何度もこいつを動かしてるわけだからよ」
 ジャンクは棒をコンコンと叩く。
「正解に近づいたときに、妨害が入るのは、古い遺跡などに仕掛けられた罠ではよくあることだ」
 ギアドも追従する。
「遺跡の主ってぇやつは、何かを守るために罠を仕掛けてるわけだかんな」
「いずれにせよ、最初の罠の結果を見てみれば、この遺跡での傾向が予測できるだろう」
 ギアドが言う。仕掛けられた罠に対して、正解に近づいたときに発動する罠の方が多いか、それとも間違ったときに発動する罠の方が多いか。これは罠を仕掛けた者の趣向によるのだと。
 正解のときならば、純粋に妨害したいと思って仕掛けられたということだ。不正解のときならば、解かせるために用意した謎、侵入者を試すために仕掛けた罠ということになる。
「じゃあ、さっきの合わせた目盛は正解だったの?」
「でも、数字が合わないじゃないですか」
 七等分の目盛に、一二という数字はどうやっても合わせることなどできない。
「ぴったりと合う考え方を思いついちまったんだよな。『一〇』と『一二』は七等分に収まる数字だと思うぜ」
 そうしてジャンクは「わからねーか?」と挑発的な笑みを浮かべる。セドニーは「う〜」と唸っていたが、ひらめいたように顔を上げて、
「わかった! 数字を半分にすればいいのよ! 一二の半分なら六! これならいけるんじゃない!?」
「ほう、なら三の半分は?」
「一と二の間にすればいいんでしょ!」
 さっそく試しに走ったが、何も起こらない。
「わっかんない! こんなの、ぴったり合うわけないじゃない」
「それがよ、五進法ならぴったり合うんだよな」
「ごしんほう、って何? 護身術のこと?」
 まるで要領の得ないセドニーに、ギアドは「数字の数え方のことだ」と教えてやりながら、指を折り始める。
「そうか! 五進法なら『一〇』は『五』で、『一二』は『七』になるわけですね!」
「よくわかんないんだけど……あたしにもわかるように説明してよ」
「なるほど、おれにもようやく理解できたぞ。セドニー、五進法というのはつまりこういうことだ」
 ジャンクたちの普段行っている数字の数え方というのは十進法である。
 ゼロから数え始めて九の次で繰り上がって一〇になる。数字が十個使っているので十進法となるわけである。
 五進法ではゼロから始まるのは同じだが、四までしかないため四の次で繰り上がる。五という数字は存在せず、〇、一、二、三、四、一〇と続くのだ。十進法の五は、五進法では一〇となる。だから逆に変換すると、五進法で数える一〇は、十進法で数えたなら五になるという理屈である。
「そんな数え方があるのね」
「つっても、腑に落ちないこともあるけどよ」
 罠にかけるにしてはせこい敵ではなかったか。
 いくらギアドが強いといっても、あまりにもあっけなさすぎた。なにか裏があるような気がしてならない。正解したからモンスターが現れるというのも、定石といえば定石だが、それだけなのか。
 そうジャンクが考えたとき、耳障りな音がした。
「離れろ! やつら──元通りになっていくぞ!」
 辺りに散乱した骨クズが、まるで糸に吊られているかのように、ひとりでに宙に浮き、そして元の骸骨戦士へと戻っていく。
「ひょっとしてこれ、何度倒しても復活するんじゃない!?」
「おれたちが疲弊することを狙った罠か!?」
 ギアドとセドニーは再び剣を構える。
「敵はあたしたちが引き受けるから、ジャンクは早く罠の解除をお願い!」
 納得はできないが、今はやるしかない。
 ジャンクはすぐさま二本目の棒に掴みかかった。ここは七なので、限界まで引っ張ればいいだけだ。棒は丸太ほどのサイズな割にスルスルと引けるくらい軽かった。ただし、セドニーがああ言うほどのものか……とも感じたのだが、ともあれ棒を引ききったとき、ギアドたちの方もカタがついたところだった。
「数字の謎が解けなければ、延々とこの骸骨どもと戦わされ、いずれは力尽きてしまうかもしれんということか」
 ギアドが言う。
「ちょっと試したいことがあります。二人とも下がってください」
 ぶつぶつと呟いていたクロウが両手を広げて言った。
「えっ、ひょっとしてクロウ──」
 セドニーが期待に満ちた表情で彼を見つめる。
 しばらく小声でよくわからないことを呟いでいたクロウ。
 発した力ある言葉と共に、彼の掌に真っ赤な炎が生まれた。それが骸骨戦士どもの骨を飲み込んで燃え盛る。
「すごーい! クロウって本当に魔法が使えるのね!」
「なるほど、文字通り灰にしてやろうというわけか。これならやつらの復活を防げるかもしれんな!」
 セドニーとギアドは揃って感嘆の声を上げる。
 炎が収まると、ぷすぷすと煙が立ち昇った。
「やるじゃねーか! ボロボロの骨がまだ少し残ってっけど!」
 ジャンクも感心したように、親指と人差し指で丸を作って、「グー、だぜ!」と笑顔になる。
 さて、それならと目盛合わせに再度取り掛かったところ。
 起きた出来事に、彼らは大いに落胆させられた。
 クロウの魔法で焼き尽くされた骸骨戦士たちの成れの果て、僅かに残った骨も、燃え朽ちて灰になったものも、等しく宙に舞いあがり──
「だめでしたか……しかも、増援もやってきたようですよ」
 二本目の目盛を合わせたせいだろうか、入口からまた同じような姿がやってきたのを見て、クロウの顔が青褪める。
「復活するなんて厄介だわ」
「その上、目盛を合わせるごとに数を増やしていくわけではなかろうな」
 やれやれとギアドが肩を回す。
「おそらく、いえ、きっとそうでしょうね」
 全員、考えることは一緒だったらしい。
「こうなったら時間の勝負よ! 早く終わらせちゃって!」
「あいよ!」
 そこから四人は同時に動いた。
 まずはギアドが骸骨の群れに突っ込んだ。
 彼は自分を支点にして大剣をぐるんと振り回す。それで骸骨戦士が何体も吹き飛んだ。しかし、ギアドの攻撃を避けた──というよりも、運よく巻き込まれなかった骸骨たち、それに後から続々とやってくる連中は、川から海へと放流するようにぞろぞろと部屋へ傾れ込んでくる。
「正面の敵はおれが引き受ける!」
「じゃあ、あたしはこっちね!」
 セドニーは脇からやってくる骸骨戦士たちの相手をした。
 ギアドのような腕力を持たない彼女は、常に距離を取りながら、攻撃の瞬間だけ間合いを詰めて一撃で決める戦いを展開した。


■一、鏖のミミック(8)


 クロウは決め手にならなかった炎の魔法ではなく、二人の死角から攻めてくるような敵を狙って、風の魔法を操った。切れ味鋭い風の刃が脚や腕の骨を裂き、突風が肋骨を打ち砕く。そうして仲間たちが戦っているところから離れて、ジャンクは目盛を確認しながら三本目、四本目の棒の長さを調節していった。
 その頃には、骸骨どもは最初の数倍にも数が膨れ上がり、入口側より奥へ奥へと仲間たちは追いやられていった。
 何度倒そうと蘇ってくる骸骨が、これほどまでの数になると、さすがに倒した数よりも復活する数の方が多くなってくる。いつしか、おびただしい数の骸骨がギアドたちを取り囲んでいた。
「絶対にこいつらをジャンクに近づけさせるなよ!」
 ギアドが吠える。
 二人も彼の掛け声に応じて、「はい!」「あたしはまだまだいけるわよ!」と叫び返した。
 そうやって骸骨戦士たちと戦闘を繰り広げる仲間を尻目に、重い五本目の棒に取り掛かったとき、ジャンクは違和感を覚えた。
 ──やけに重い。
 そう、重いのだ。初めは軽かった棒が、本数を重ねるごとに、徐々に重くなってきている。力を込めても少しずつしか動かすことができない。
 ──それはなぜだ?
 なにか原因があるのか、それともそれも罠の一部なのか。だんだんと重くすることで自分たちを焦らせ、破滅に追い込むための罠?
 それにもう一つの違和感。
 骸骨戦士どもはギアドたちを取り囲んでいる。そう、取り囲んでいるのだ。
 邪魔をするつもりであるならば、それが骸骨たちを妨害によこした仕掛け人の思惑であるならば、なによりもジャンクに襲い掛からなければおかしいはずだ。
 罠を解除せんとする彼だけを無視して──なぜ?
 入口から見て右手側、目盛棒のないほうにばかり骸骨どもが偏っている。ギアドたちとしては広い戦場の方が戦いやすいだろうが……なにかがおかしい。
 頭をフル回転させながらも、ジャンクは手を動かす。やはり重い。
 そうこうしているうちに、五本目の目盛が合った。
 セドニーの悲鳴がした。
「なにあれ!? 今までと違う!」
「あんなでかいのをどうやって倒せと言うんだよぅ……!」
 クロウの泣き言が聞こえる。
 ジャンクは彼らの声につられて、首を回した。
 入口から這いずり出てきたもの──それは天井に差し掛かりそうなほど巨大な骸骨だった。
 骸骨巨人とも言うべきそれが、身の丈に合う鉄槌を持って現れたのだ。
 すかさずギアドが動いた。
 のっしのっしと部屋の中央付近までやってきた骸骨巨人に大剣を叩きつける。斬りつけるというよりも重量でもって、へし折ろうといった具合だ。
 すらりと伸びる一本の脊椎骨のうち、肋骨と腰骨の間、すなわち他の骨に守られていない部分に刃が触れた瞬間、
「ぐっ、ぐぬぅ!」
 鈍い音と共に大剣が弾き返される。
「ギアドの怪力でもダメなの!?」
 散々、彼がその自慢の腕力でもって大量の骸骨どもの骨を撒き散らした続けた後だ、ギアドと出会って間もないセドニーにも予想外すぎる結果だった。
「待っていてください! いまありったけの魔法で──」
 クロウがそう叫んだとき、ジャンクは背筋がゾッとするのを感じた。
 それまでの骸骨戦士たちが目もくれていなかった相手、そう、骸骨巨人の標的は──
「ジャンクの方に行っちゃう! クロウ、早くして! 早く!」
 まるで何かを思い立ったように、ではない。ジャンクを発見したから襲い掛かろうとするのではなく、明らかな目的意識を持ったような動きだった。
「ちょ、ちょっと待っ……ええと、ええと!」
 クロウがしどろもどろになる。魔法を使うときになにやら両手で印のようなものを結んで呪文を唱えているようなのだが、その印を結ぶ手の動きがあっちにやったり、こっちにやったり、てんでチグハグだ。
 いくら身軽さに自信のあるジャンクといえども、あの人間には扱えないサイズの鉄槌を振り回されれば、かわしきれる自信はなかった。しかし、それよりもジャンクが感じたこと──最悪のイメージが彼の脳裏をよぎった。
「くそっ! なんて罠を用意しやがる!」
 点と点が繋がって線になった感覚。
 咄嗟にジャンクは叫んだ。
「クロウ! 魔法はもういい! セドニーもギアドもそいつらの相手はほっておけ! それよりもあっちだ! 入口に走れ!」
 大股で歩み寄る骸骨巨人に全身がビリビリとした。
 ジャンクは慌てて隣の棒を飛び越える。
「ちきしょ! 潜る方が早いじゃねーか!」
 毒ずくと、残りの目盛棒は全て下を潜りながら、入口まで走る。ちらりと振り返ると、気のせいではなしに、骸骨巨人の動きが速さを増していた。
「えっ? どういう……」
 呆然とするクロウは、次の瞬間、「わっ!」と叫んだ。ギアドが彼を肩に担ぎあげたのだ。
「セドニーも走れ! ジャンクの言う通りにするんだ!」
 骸骨戦士の槍をかわしたセドニーは、「わかった!」と頷き、ギアドに続く。そこへ骸骨戦士たちが一斉に群がった。
「なんなんですか、急に!」
 骸骨巨人は、離れたジャンクにかまわず、広間の一番奥、最後の棒へと辿りつく。
 そして鉄槌を振り上げ──
 雷が落ちたかのような衝撃が走った。
「ぎゃあ!?」
 セドニーの肩がびくっと跳ね上がる。
「なんだ! なにを始めたんだ!?」
「いいから早くしろお!」
 耳が痛くなるほどの強烈で激しい打撃音。
 骸骨巨人はまるで杭打ちのように、最後の棒を猛烈な勢いで鉄槌で壁に打ち込み始める。
 ジャンクが広間を出て、入口の通路側へと飛び込んだ。
「いそげええええええええええっ!」
 声の限りに叫ぶ。
 ギアドたちの前に、倒しても倒しても蘇る骸骨戦士の群れが立ちはだかり、それをかわし、蹴散らし、三人はジャンクの元へと向かうのだが──。
「なっ!? なんでこいつら急に動きがよくなるのよ!」
「倒そうと思うな! とにかくあそこへ逃げ込むことだけを考えろ!」
 ギアドが再度、檄を飛ばしたときだ。
 唐突に音が止んだ。
 骸骨巨人はその場に鉄槌を下ろして立ち尽くしていた。その頭蓋骨が入口の方を向き、目の部分にある真っ暗な空洞がジャンクを見た。
 それがジャンクには、自分を嘲笑っているように見えた。
 ──骸骨巨人は、ジャンクが予想した通りの方へ倒れた。


■一、鏖のミミック(9)


 初めから違和感はあったのだ。
 部屋に入る前の溝。ああいう類のものがあるのなら、そこは分離される構造になっているはずだ。だが、どうにもなんともなかった。それがジャンクの判断を鈍らせた。
 しかし、違和感は続いた。
 まるで侵入者たちを撃退しようという素振りの見えない動きも鈍く弱すぎる敵。骸骨たちが倒しても倒しても蘇るのは、侵入者たちを謎の罠と不死の敵とで、精神的に追い詰めて仕留めるためだろうという先入観があった、持たされてしまった。目盛棒を合わせるごとに骸骨どもはその数を増やしていった。仲間たちが優秀でなければ、それだけで苦戦していたろう。
 その割りには、なぜか解かれることが前提であるかのような簡単な謎だった。なにしろ古代文字さえわかれば答えが書いてあったのだから。
 とりわけ気になったのが、骸骨どもがジャンクの方へまるで向かってこようとしなかったことだ。ギアドたちが食い止めている。それは確かにあるだろう。しかし、あれだけの数がいれば、一体や二体はギアドたちをすり抜けて、ジャンクの元に辿り着くものがあってもおかしくないのではないか。
 目盛棒が一本ごとにだんだんと重くなっていくこともジャンクの頭を悩ませた。初めの一本は、か弱い──かどうかはさておいて、女性のセドニーをして「軽い」と言わしめるほど、押し引きに難がなかったほどなのだ。
 その間も増え続ける敵。目盛棒を動かそうとするほどに、重くなかなか動かせずに逸る心。そうやって焦らされてしまうと、大事なことを見落としてしまう。
 ジャンクは違和感を思い出す。
 巨大な骸骨が現れたときのことを。
 どうやって入口の通路から這い出てきたのか、などといったことではない。その手に持つ得物に違和感があった。
 なぜここにきてハンマーなどといった武器を手にして現れたのか。ギアドたちの周りには骸骨戦士どもが群がっている。総勢五〇体はいそうな味方もろとも叩き潰すのでは、侵入者を駆逐するという目的において、あまりにも効率が悪すぎるのではなかろうか。
 ならば他に目的があるのか。それはどんな狙いか。
 巨人がジャンクの方へとやってくる。
 なぜ? どうして?
 ジャンクがイメージしたものは、そう──杭打ちだ。
 壁に棒が刺さっていて、それを打ち込む骸骨巨人がいて、それならばどうしてヤツは棒を打ち込もうとするのか。
 バラバラの数字。
 目盛棒を押したり引いたりして、何かを合わせる。
 ……何を合わせる?
 次に彼がイメージしたもの──錠の構造。
 セドニーは言っていた。
『壁の中でギシギシって』
 錠の内部には鍵を差すことで回転するシリンダーがあり、シリンダーの内部にはピンが六本程度並んでいる。鍵の刺されていない状態では、それらのピンがピンバネによって押されており、ピンがつっかえ棒になって、シリンダーが回らない。正しい鍵を差すことで、錠の外部分とシリンダーとが分離できる位置にまでピンが押されるようになるのだ。
 ギシギシという音はピンバネの軋む音だったのだろう。彼女の耳は確かだった。
 錠は、つっかえ棒の位置を鍵によって正しい位置まで合わせることで開く構造だ。目盛棒を正しい位置に合わせる──まるでそっくりではないか。
 骸骨どもがジャンクに襲い掛からなかった理由も明快だった。
 ジャンクら侵入者は、この罠にとって鍵の役割を与えられていた。罠を発動させるにはジャンクの働きが必要不可欠だったのだ。だからこそ襲ったりしない、傷つけることが目的ではない。目盛を合わせる人間は特に。
 もう一つ。
 発動させた罠の効力を最大限に発揮させるためのカラクリだ。
 錠を解かせてから、床がのろのろと傾いたのでは、侵入者に逃げられてしまうだろう。そうさせないためには、逃げる余裕すら与えなければいい。
 一体一体はさほどではない骸骨の体でも、それが何十体ともなれば、かなりの重量となる。つまり骸骨の群れの本当の役割とは、侵入者を撃退することではなく、仕掛けを解いた瞬間──むしろ仕掛けに気付かれたとしても強引に、床を何十体もいる骸骨の重量でもって、床を傾けさせてしまう重しとすることだったのだ。
 当然、骸骨と戦っているはずの侵入者は、敵に気を取られて、あるいは脱出を妨害されて逃げ出す時間など与えられない。
 骨の重さは体重の約五分の一とされている。つまり人間一人で体重五〇キロなら骨は一〇キロ、骸骨五〇体で五〇〇キロくらいとなる。これは一般的な人間の骨として考えた場合であるから、少なく見積もっていてもの話だ。実際は魔法によって水増しされている。
 そこへだめ押しで、骸骨巨人の重量と、倒れ込む衝撃が加わった。
 目盛棒を合わせるごとに棒が重くなっていった理由。そこまで考えが及ぶと、おのずと答えは出た。
 目盛を合わせ、床を支えるためのピンの数が減る。よって、本数が減るごとに一本の棒にかかる荷重が増えていったからではないのか。だからこそ、最後の一本はとてつもなく重い。なにしろ、広大な面積の床を一本きりの棒で支えていたのだから。
 しかし──
 その答えに辿り着くには、あまりにも遅すぎた。
 古い遺跡の調査に何度も挑戦し、何度も生還したジャンクたちは、その冒険の中で、変わったモンスターと遭遇したことがあった。宝箱に乗り移って擬態し、解錠した瞬間に猛然と襲い掛かってくるモンスターで、通称『ミミック』と呼ばれるモンスターだ。
 『真似る、似せる』といった意味の名前を持つモンスターなのだが、錠を解いた冒険者が油断していると、ひと呑みにしてしまう大変恐ろしい魔物である。ジャンクとギアドも初めて目の当りにしたときには、危うく命を落としそうな思いをしたものだった。
 錠を解き、油断していると飲み込まれてしまう。
 解いたときにはすでに時遅し。そんな皆殺しの罠────。

 地鳴り。
「はやく! はやくだあああああっ!」
 最後の骸骨戦士を振り切って、ギアドたちが駆ける。
 その足元が僅かに沈む。
 セドニーの顔が恐怖に歪んだ。これから起こる出来事を悟ったからだ。
 初めはゆっくりと、後に勢いを増して。
 床は傾き、骸骨たちがずり落ちていく。
 その行く先をジャンクは見た。
 奈落の底を──


■一、鏖のミミック(10)


 闇に閉ざされた中にジャンクはいた。
 ランタンに灯りをつける気さえ起きない。悔恨の思いが立ち上がる気力さえ奪っていく。
「気付くのが……遅かった……」
 材料は揃っていたのに。気付くことができなかった。
 危険を事前に察知し、取り除き、仲間を守ることが自分に課せられた責務だったというのに、それを果たすことができなかった。
 九〇度に傾いた床は目の前を塞ぎ、過ぎてしまった出来事は彼の心を塞ぐ。どれだけ悔い悩んだとしても、失敗したのなら取り戻すことなどできやしない。
 それが世の節理。
 それでも──
 もしやり直すことができたのなら、もう一度彼らの笑顔を見ることができたのなら、どんなにかよかったろう。
 だが、事実は曲げられない。
 ギアドと冒険をした年月が脳裏を駆け巡る。色んな失敗をした。彼のミスだってあったし、自分の過ちだってあった。それでも、取り戻せないようなことだけはなかった。
 命は失ってしまったら二度と戻ることなどないのだ。
 セドニーとだって、出会って間もない頃から何度もケンカをした。それでも彼女とは心の底から憎み合ったことなんて一度だってない。どんなにやりあったとしても、本当はお互いにケンカという行為を楽しんでいたのだ。きっとそうだ、そう思いたい。
 そうでなければ、悲しすぎるだろう。
「まさか、こんなことにも気づかねぇなんてよ……」
 何度でも口をついて出そうになる。失敗したんだ、自分は失敗したんだと。
 クロウは初めからずっと頼りなさそうな顔ばかりする少年だった。けれども、真面目で実直なところが彼はなにより気に入っていたのだ。魔法が使えるっていうことだけではない。もし自分に弟がいたら、こんな気分なんだろうか。今まで自分が経験したことを伝えてやりたい、なにかしてやりたい。そんな風に思わせるような少年だったのだ。
 それがこんなことに……。
 胸が圧迫される。
 彼らの声がもう一度聞きたい。
 くだらない話をして、この先も何度も何度でも一緒に冒険に出て、生きて帰って。そしていつか本当の家族のように。
 そんなことを──
「受け止めてくれたことには感謝してるけど──」
「へへっ、ちくしょう……幻聴まで聴こえてきやがった」
 ジャンクはろくに動かない右腕を動かそうとした。
 ただ重いだけで、思うように動させない。指にも感触がない。
 なにも感じないのだ。そう感じない。
「さっさと、その手を、どけなさいよおおおおお!」
 暗闇に目が慣れていなくても、ジャンクには『くる』のがわかった。
 ゴチンッ!
 目の前に星が回った。
 さすがのジャンクでも身動き取れない体勢ではよけることなどできない。セドニーの拳がもろに入った。
「いつまで触ってんのよ、このバカ! スケベ! どさくさに紛れて乙女の胸を触るだなんて、変態!」
 怒声と共に、はぁ、とため息がした。
「こういう状況でもそんなことができるジャンクさんって、本当にすごい人ですね」
 クロウが素直な感想を言った。その間も、畜生だの見下げ果てた男だのと罵声は続いていたが、
「あんたもバカ言ってるんじゃないの! こんなゲス男になったら許さないんだからね、見習っちゃダメよ! あぁもう! 早くランタンつけてよ!」
 今度は、真っ暗だと生きた心地がしないわ、と叫び出した。
「わかってんよ……ったく、ちょっとした冗談」
 せっかくのチャンスだったのに革鎧の感触しかしやしない、と言いかけて、これ以上殴られては勘弁とばかりに、ジャンクは口をつぐんだ。
「しかしまあ、おまえの咄嗟の機転で助かったぞ、クロウ」
 暗闇の中、ギアドの声が妙に響く。それは声の大きさのせいだけではないはずだ。
 あの時──
 部屋から脱出するまであと少しの距離だった。
 だが、辿り着くよりも床が沈む方が早かった。例えその場で勢いをつけて飛んだとしても、僅かな遅れが致命的となって、どう足掻いたとしても遠ざかる出口には届かないことが、ギアドにはわかった。周りの景色がやけにスローモーションに見え、過去の出来事が浮かびかけた。しかし、
 せめてこの若者たちだけは──。
 そのとき、走馬灯よりも脳裏によぎったのは、この一念だった。
 まだ自分よりひと周りも若い少年少女だ。こんなところで死なせていいわけがない。そうした想いがギアドを我に返らせた。
 自分の全力で放り投げれば届くかもしれない。セドニーの腕を掴み、担いでいたクロウに手を伸ばしかけたとき、少年が叫んだ。
 その声に応えるように、ギアドは、セドニーは、跳躍した。
 そして──風が吹いた。
 彼らの背を突風が強く押した。
 あくまで未熟な魔法の力だ、風自体は跳躍の勢いを補助する程度のものに過ぎなかったろう。しかし彼らの助かりたいという気持ち、諦めない心の強さが、地の底から引く邪悪な魔力ともいうべき引力に打ち勝ったのだ。
「ぼくには最後までよくわかりませんでした。なんで入口まで走らないといけなかったのか。もう、頭が真っ白で。でも、とにかく急がなければというのはわかったから……だから少しでも助けになるようにって呪文を唱えて、ギリギリで間に合って。それで、たまたま最後の一押しになっただけですから」
 一気に話してクロウは、「今頃になって眩暈が」と理解が追いついたことで声を震わせた。
「またまたぁ、謙遜しちゃって! おかげで助かったわ、ありがとうね!」
 ばちんと叩く音がした。
 ちょっと強く叩きすぎじゃないか、とギアドの笑う声がする。
「足の遅いぼくじゃ、絶対に間に合わなかったし……だからギアドさんが担いでくれたから。セドニーだって、骸骨を倒しながら道を拓いてくれたから。……もちろん! ジャンクさんが罠の仕組みに気付いてくれなかったら、そもそも逃げることすらできなかったわけで」
 クロウがどんな表情をしているのか暗闇のせいでわからない。助かって安堵しているのか、それとも褒められた照れ隠しなのか。
 だが、これだけは言えるだろう。仲間の窮地を救うことができた。それが最後のひと押しに過ぎないことでも、こうやってまた笑って話ができる未来に繋がった。それだけは、自分が持って生まれた魔法という才能を誇らしい、と。
「ジャンクったらなにやってるの!? ねえったら!」
 少年の話を黙って聞いていたセドニーが思い出したように言った。
「ところでさっきの、なんの音ですか?」
 いぶかしむ声がする。
「おっと、忘れていたがおれもランタンを袋に入れてあったな。どれ」
 ギアドの声がする方からごそごそとまさぐる音がした。
 ややして、突然の灯りに目の前が真っ白になる。
「もうっ! いつまでも黙ってないで、なんとか言いなさ──い……よ」
 二の句を告げずに口を呆けたセドニーの姿が暗闇に浮かんだ。
「あ──」
 クロウも絶句する。
「……これでは静かなわけだな」
 ギアドは苦笑した。
 そこには白目をむいたジャンクの姿があった。仰向けにひっくり返った彼の頬には、赤い手のひらの跡がくっきり残っている。
 ただ、口元には笑みが浮かんでいた。そんな彼の心情を、ひょっとしたら同じ気持ちでいる三人には伝わったかもしれない。
 そんな最悪の未来を考えるような結末にならなくてよかった──と。




2016/02/08(Mon)19:41:02 公開 / 青秋
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 連載中の話の第一部分のみで失礼いたします。感想を伺いたく投稿いたしました。続きを掲載するつもりはありませんので、連載している本タイトルではなく、内容に直結するタイトルとしました。あらすじは掲載しているままとしました。

 ■と括弧に番号を振った順に投稿していました。あらすじから読み始めて、何番までなら読み進められるかを教えていただきたいです。途中で辞めた場合、どうして読むのを辞めてしまったのか、理由を添えていただけるとありがたいです。(次の番号でページが変わるので、クリックしてまで読みたいと思うかどうか)

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