『宇宙に降る《「全体に奉仕するまで」クリスマス番外編》』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:天野橋立                

     あらすじ・作品紹介
「インスタント・ツイッギー」のクリスマスライブが開催された特別な夜、宇宙からは色んなものが降ってきて、おっさんはメリー・クリスマスを叫ぶのでした。

123456789101112131415161718192021222324252627282930313233343536373839404142
 生まれて初めてライブというものを見に行くことになり、僕は同じ学校の友人たちと一緒に、賑わう通りを歩いていた。ライブハウスがあるこの紺屋町は、市内でも一番の繁華街だけに、普段でもかなりの人出があるのだが、今夜はまた特別に混み合っていた。何と言っても今日は十二月二十四日、クリスマス・イブなのである。
 僕の彼女である怜子《れいこ》ちゃんがキーボードを担当している、「インスタント・ツイッギー」というバンドが、クリスマス・ライブを開催することになったのだった。ボーカルを担当するのは、やはり同じ学校の友人である野々宮マキちゃんで、ゲスト・ボーカル扱いの彼女が参加するのは、今回が最後だということだった。マキちゃんは来年の春から、東京の役所で働くことになっているのだ。学校、というのは公務員試験の予備校で、僕もやはり市役所への就職が決まっている。
 怜子ちゃんの演奏を見るのは、実は今回が初めてだった。普段から冷静で、あまり感情を表に出さない彼女が、バンドの中でどんな風に演奏をして見せてくれるのか、楽しみだった。
 てっきり、うらぶれた路地とかにあるのだろうと思っていた「安穏」というライブハウスの場所は、紺屋町の象徴とでも言うべき超高層ビル、「浜津ランドマークタワー」の地下だった。麓で見上げると、巨大なガラスの塔が、赤いランプをいくつも点滅させながら夕暮れの空にそびえ立っている。こんな場所でライブができるなんて、何だかすごいことのような気がする。
 薄暗い会場に入ると、フロアには椅子が一つも無かった。てっきり座って音楽鑑賞をするものなのだと思っていた僕は驚いて「立ち見かよ」と思わず口走った。そんな僕を、インディーズバンドのライブを良く見に行くという友人コンビが、「当たり前だろ、ライブハウスなんだから」とさんざん馬鹿にする。そんなこと言われても、初めてなんだから仕方がない。友人の一人である松本という男も一緒になって「そんなことも知らないのか、さすがは東わかめ市民だな」と僕の住む町まで馬鹿にしていたが、奴もライブなんか初めてのはずだ。本当に立席だと知っていたかどうか、怪しいものだ。
 やがて開演になり、七色のカクテルライトに照らし出されたステージに、「インスタント・ツイッギー」が登場した。いかにもロックスターっぽい長髪のギタリストおじさんと、マニュピレーターとでもいうのか、リンゴマークのパソコンを操作する黒縁眼鏡のお兄ちゃん、そしてキーボードの怜子ちゃんの三人構成だ。写真では見ていたが、メンバーの実物を目にするのは初めてだった。怜子ちゃんは僕をちらっとだけ見て、それから鍵盤に視線を落として両手を置いた。
 MCも無いまま、ギターの人が一曲目のイントロを演奏し始めたが、ゲストボーカルのマキちゃんは登場しない。インストの曲らしいな、と思っていると、怜子ちゃんの指先が鍵盤の上でひらりと踊った。途端に、一人で弾いているとは思えないような、複雑な和音を伴ったメロディーが湧き上がり、たちまちに会場を満たした。音楽としてどうなのかは良く判らないけど、昔の洋画のサントラっぽい音、とでも言えばいいのだろうか。それでいてメロディーラインそのものはシンプルで、カラオケですぐに歌えそうな気もする。初めて聴く曲なのに、初めてじゃないみたいで、なにか懐かしい。
 演奏を続ける怜子ちゃんの表情そのものに、そんなに大きな変化は無い。にもかかわらず、彼女の演奏ぶりからは、今まで目にしたことがないほどに、豊かな感情が感じられた。彼女はほとんど全身で、キーボードに向かい合っていた。時には硬質な繊細さで、時には激しく力強く、かと思えば今度はキーボードを抱きしめるように優しく、彼女は鍵盤を叩き続けた。
 そんな彼女の姿は神々しくさえあった。その小柄な体をうっすらととりまく光が見えるようだ。それを何と呼ぶのか、僕は知っている。これはオーラだ。正直言って、僕は驚愕していた。一体今まで、僕は彼女の何を見ていたのだろう。

 あの良く晴れた秋の日、二人で出かけた温泉地。まだ彼女は、彼女ではなかった。前の恋人への未練を残していた優柔不断な僕は、「あなたとお付き合いができればとてもうれしい」と言ってくれていた彼女の気持ちに対する答えを、未だに出せていなかった。
「温泉では、伝統的衣装のほうがふさわしいとわたしは思う」と言う怜子ちゃんに、レンタルサービスの浴衣を着せてあげて、僕らは二人で温泉街を歩いた。一緒に名物のラジウム煎餅を食べたり、地サイダーを飲んだり、まさにデートそのものだったが、彼女は普段通りに寡黙なままだった。ただ、その瞳の輝き方は普段とは違っていた。心のときめきが、控えめに映し出されているようだった。
 たまたま入ったかんざしのお店で、僕がプレゼントした銀のかんざしが、きっかけになった。店員さんに「彼女さんにお似合いですよ」と言われて、彼女じゃないと否定するのも無粋だろうとつい買ってしまったのだが、怜子ちゃんはそれを僕からのメッセージだと受け取ったのだった。
「彼女へのプレゼントで、ということであなたはこれを買ってくれた」
 きらきらと瞳を輝かせて、彼女はそう言った。
「ありがとう。やっと願いが叶った。わたしはこれで、あなたの彼女になった」

 こうして「彼女」とはなったものの、実際のところ僕と怜子ちゃんとの関係に大きな変化は無かった。怜子ちゃん自身、何をどうすれば良いのか良く判っていないようだったし、そんな彼女のことが僕は好きだった。焦る必要なんて、何一つ無いんだと僕は思っていた。何よりも、謎めいた言動の合間に見え隠れする彼女の心は、まるで雲間から射す陽の光みたいに、僕を芯から暖めてくれた。その言わば熱源、心の奥底に隠されたものを、今の怜子ちゃんは全解放しているようだった。
 演奏が終わり、フロアは激しい拍手に包まれた。お辞儀する彼女の上気した顔は、いくらか汗ばんでいるようだった。
「おいおい、すごいじゃないか、怜子ちゃん」
 やかましいくらいに手を叩きながら、隣の松本が大声で言った。
「うん、僕もびっくりしてる、正直」
「すごい恰好良かったよな、今の。地味な子かと思ってたんだけどさ、さすがにマキちゃんと組んでやってるだけのことあるよな。……いいな、お前」
「まあ、な」
 羨ましそうな表情の松本に、僕は涼しい顔をして見せる。内心、僕もにやにやしたいくらい嬉しかったが、そこは我慢した。
 そして間もなく、高く上げた右手を軽く振りながら、マキちゃんがステージの上に姿を現した。
「インスタント・ツイッギーのライブへようこそ! 今日が最後のゲストボーカル、野々宮マキです」
 そう言って彼女は、長身を折り曲げてお辞儀する。フロアがどよめきと、再度の拍手に包まれた。
 マキちゃんと怜子ちゃん、この二人が渾然一体となって作り出す音楽は、スタイリッシュな上に広大なスケール感まで感じさせるものだった。狭いフロアの中に星空が広がり、ほうき星が駆け抜けていく、そんな情景が見えた気がしたほどだ。その一夜は、ファンの間では伝説のライブと呼ばれたそうだが、なるほどと思う。
 ところが、ライブ終盤になって突然「ぼくハムスター」という何とも呑気な曲が演奏された。普段はヒマワリのタネ食べてるけど本当はチーズ欲しい、みたいな歌詞のその曲は、このライブにおいては場違いとしか言いようがなかった。彼らのオリジナルではないらしいこの曲がなぜここで演奏されたのか、ファンも戸惑っている様子だったが、僕らだけはその意味を知っていた。松本や、その他の友人たちが曲に合わせて「嗚呼、ハムスター」と嬉しげにコーラスする様子を一瞬ちらっと見た怜子ちゃんは、笑いをこらえるような顔をしたまま、キーボードを弾き続けた。そんな彼女を見たのも、初めてのことだった。
 そもそも、礼子ちゃんが昔飼っていたジャンガリアン・ハムスター「公太郎」に似ているから、というのが彼女が僕を気に入ってくれたきっかけだった。だからこれは一種のラブ・ソングなんだろう。当の僕としては、苦笑いするしかなかった。
 一応クリスマス前なので、クリスマス・ソングを何かということで「御使いうたいて」という賛美歌を最後に演奏して、ライブはお開きになった。これは聴いたことがあるぞ、と思ったのも当たり前で、そのメロディーは「グリーン・スリーブス」そのものなのだった。パイプオルガンの音色でキーボードを弾く怜子ちゃんと、澄んだ高音の声で「愛しきみごりご 静かに眠れ」と歌うマキちゃんの姿は神秘的だった。長髪ギタリストおじさんと、最後までついに一言もしゃべらずにマックを操作していたマニュピレータのお兄ちゃんまでもが、神の僕《しもべ》然として見えたほどだった。
 こうして伝説のライブは静かに、しかし感動的に幕を閉じた。
 ライブ後に行われた打ち上げには、僕らも「身内枠」ということで招待してもらっていた。会場はライブハウス「安穏」と同じ浜津ランドマークタワーの地上四十五階にあるラウンジで、そんな高級そうな店に入ったのは初めての経験だった。ライターとかDJとか、業界っぽい人も来ていたりして僕は緊張したが、松本ら友人たちはそんなことお構いなしで、好きなだけ酒を飲んでは大騒ぎ、ついには三人でヴィレッジ・ピープルの「GO WEST」を振り付きで歌い出した。もはやこれは隠し芸大会の域と言ってもいいほどで、業界人グループにまで大受けだった。こんな大昔の曲の振り付けをどこで憶えていつ練習したのか、こいつらのアホもここに極れり、という感じであるが、これがそれぞれ国を支える国家公務員になるわけだから、世も末である。もっとも僕も、「お前もあれやれよ」としつこく松本に言われて、ついついルパン三世の封印を解いてしまったのだから、人のことは言えない。「ダバダバダバダバ」と外人訛で歌う酔っぱらいの僕を、怜子ちゃんは特に呆れた様子もなく、不思議そうに首を傾げて見ていた。後で恐る恐る聞いてみたところ、「何の歌かはわからないけれど、あなたが楽しそうだから、わたしも楽しい気持ちになった」ということで、またやっちまったと頭を抱えていた僕は、少しほっとしたのだった。
 宴も終盤、さすがに飲み過ぎた気がしてきた僕は、半分酔いを醒ますつもりでふらふらとトイレに行き、冷たい水でばしゃばしゃと顔を洗った。いくらかしゃんとした気分になって、さて店に戻ろうと思ったものの、どこをどう歩いてここまで来たのか憶えていない。通路に出てみても、特にフロア内の案内表示などは見あたらなかった。仕方なしに適当に歩き始めると、やがて大きな窓がある展望スペースに出た。間接照明で薄暗いその場所には、背の高い女性と小柄な女の子が立っていて、窓の向こうを眺めていた。マキちゃんと、怜子ちゃんだ。
「何か見えるの?」
 と僕は声をかけた。二人は振り返って、それぞれにうなずく。
「とっても綺麗。向井さんも、ご覧になってみて」
 マキちゃんにそう言われて窓に近づいた僕は、そこから見える眺めに息を飲んだ。眼下には、無数の光点をまき散らしたような、見事な夜景が広がっていた。いくつもの道路が、光の列となって地平線のかなたまで続いていて、終わりというものがない。それはまさに押しも押されもしない都会の眺めだった。これが、僕が来年から働くことになる町なのである。
 ふと我に返ると、すぐ隣に怜子ちゃんが立っていた。いつの間にかマキちゃんの姿はない。僕と怜子ちゃんの二人きりだ。
「すごいね、綺麗だね」
 僕は言った。
「宇宙に似ている気がする。銀河の上空にいるみたい。私たち」
 彼女は、静かに言った。
 しばらく、黙ったままで僕たちはその小宇宙の輝きを眺めていた。やがて、その光が夜空の星のようにちらちらと瞬き始めたような、そんな気がした。おや、と思って本物の空を見上げると、白いものが無数に舞い降りてくる。
「怜子ちゃん、雪だ」
 そう言って隣を見ると、彼女も夜空を見上げている。
「宇宙に、降る雪」
 怜子ちゃんはつぶやく。そんな彼女の体を、うっすらとした光がとりまいているのが見えるような気がした。
 足下に、すっと冷気が降りてきた。完全にエアコンが効いているはずなのだが、恐らく雪と共に上空からやってきた寒気の強さに、ビルの空調がまだ追いつかないのだろう。
「寒くない?」
 僕は訊ねた。
 窓の向こうを見つめたままうなずいて、怜子ちゃんは黙って僕の手を握った。

 クリスマス・ライブの夜はこうして、感動と馬鹿騒ぎのうちに幕を閉じた。
 みんなで百七十メートル下の地上へと降り立ち、雪が降る繁華街を地下鉄の駅へ向かって歩き始める。凍えるような寒さのはずだったが、でも僕は寒さを感じなかった。怜子ちゃんと手をつないでいるのだから、それは当たり前のことだった。通りの両側に並んだトナカイやサンタたちのイルミネーションも、そんな僕らを祝福するように、豆電球の暖かい光を放っていた。
 ふいにマキちゃんが「きよしこの夜」を歌い始めた。みんなも一緒に歌い出す。彼女の澄んだ高音と、男どものだみ声の混声で、僕たちは合唱しながら通りを歩いた。歌い終えると、なぜかみんな大声で笑い出した。通りの彼方、デパート前の広場では、背の高いクリスマス・ツリーがキラキラと輝いている。雪はいつの間にか止んで、空には再び星が瞬いていた。
「うるさいわ、このボケが!」
 突然の罵声に、全員が驚いて振り返った。
 そこには、赤い三角帽子をかぶった、赤ら顔のおっさんが立っていた。灰色のスーツの上に、よれよれのステンカラ―・コートを羽織っていて、緩められたネクタイが首元にだらしなく巻き付いている。どこからどう見ても、見事なまでに酔っぱらいのサラリーマンだ。会社のクリスマス行事だかの帰りなのだろう。
「何がそないにおもろいんじゃ。何もおもろいことなんかあるかい。おもろないんじゃ、クリスマスなんぞ。お前ら学生か。通りで騒ぎよって、どこの学生や、言うてみい」
 おっさんは、怒りをむき出しにした表情でわめき続ける。通行人たちはちらちらとこちらの方を見ながら、しかし関わり合いにはなるまいと足早に通り過ぎてゆく。
 面倒臭いことになったな、と僕は思った。相手はただの酔っぱらいだ。僕ら全員で小突き回してやれば簡単に撃退できるだろうが、こちらも役所に就職を控えている身だから、そうも行かない。それに、何だかそのおっさんが哀れなような気もしていた。よっぽど、つまらない人生を送っているんだろう。
 みんなの様子を伺うと、やはり全員が「面倒臭いな」という顔をしている。これは、無視して立ち去るのが一番ではないか。
「困っている?」
 怜子ちゃんが僕の顔を見て、そう訊ねた。
「うん……そうだね。どうしたもんかな」
 僕が小声でそう言うと、彼女も首を傾げる。
 その時だった。頭上から突然、強烈な光が降り注いだ。辺りが急に真昼みたいに明るくなり、みんなとおっさんの影が地上に落ちる。僕は驚いて顔を上げた。
 巨大な流星が夜空を横切って行く。その輝きは、まるで太陽だ。これは、一体。
 ほんの一瞬だけの輝きだった。間もなく流星は燃え尽きたように光を失い、消滅した。しかしそれを皮切りに、無数の小さな流星が天の頂から次々と現れて、夜空に降り注ぎ始めた。驚きで、僕らは声も出なかった。聖夜の奇跡、ってことになるんだろうな。そう思いながら怜子ちゃんを見ると、その瞳が流れ星の光を映して輝いていた。いや、違う。輝いているのは彼女の大きな瞳そのものだ。きっと彼女の心の中は今、美しい感動に満たされて、
「おもろいやないかい!」
 突然のだみ声が、ロマンティックな気分に浸りかけていた僕を、いきなり現実に引き戻した。でも、果たしてこれは現実なのだろうか。星はまだ降り続いている。
「これが、クリスマスか。おもろいなあ、クリスマスは」
 おっさんは、さっきとは打って変わって、満面の笑みを浮かべていた。いや、「これがクリスマス」かと言われると、ちょっと違う気もするんだけど。
「おもろいじゃろが、クリスマス!」
 松本が、おかしな関西弁で叫んだ。
「おお、ほんまや」
 おっさんはうなずき、両手を高く空へと差し出した。星の降る空を背景にした姿は、まるで預言者だ。
「メリー・クリスマスや、ちくしょう!」
 それがおっさんからの、聖なるお告げであった。怜子ちゃんが、クスクスと小さく笑い出す。そして僕らも両手を上げ、そのお告げを真似た。
「メリー・クリスマス!」
(了)

2015/12/21(Mon)20:51:24 公開 / 天野橋立
■この作品の著作権は天野橋立さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
今年もクリスマス短編……というか元々は、以前連載していた「全体に奉仕するまで」本編で使うつもりで書きかけた場面だったりします。結局話の流れの中でしっくり来なくなって没にしてしまったのでしたが、こうして復活させました。今回は、いつものように綺麗にまとめて終わらせず、少々おかしな終わり方になっています。もしかしたら、このおっさんは僕自身なのかもしれません。ちょっとだけ彼らの仲間に入れて欲しかった、そんな気もします。

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。