『春の夢』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:土門                

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 とある暖かな春の日のこと。教室の中には、先生の黒板に文字を書く音と、生徒のシャーペンの音ばかりが響く。とても心地よい気分だ。何よりこの日差しが素晴らしい。寒すぎず、暑すぎず。穏やかなぬくもりが僕を包んでくれる窓から空を見上げると、気持ちよさそうに三匹の鳥が爽快に飛行している。春は良い。生物に優しい季節だから。こんな日にすることと言えば、誰しもあれしかおもいつかないだろう。あれとは、そう、『昼寝』である。僕は机の上に手をしき、ゆっくりとそこに顔をうずめていく。
 そこは真っ暗だった。……。ここはどこだろう。周りを見渡してみると、遠くにぼんやりと明かりが見えた。とりあえず行ってみるか。欠伸をしながら僕は立ち上がり、そちらの方向へと歩いていく。するとそこは明るくなっていたが、鬼がいた。血のように鮮やかな赤色を纏い、頭には二本の角、サイズも僕の二倍程度。僕はそいつに驚いて尻餅をついた。なんなんだこいつは…。
「お、おい、お前は誰だ?」
極力目を合わせないように下を向いてそれに尋ねると、なかなか返事が返ってこない。不思議に思って、ゆっくり、ゆっくり顔を上げていくと、そこには二本のビンを持つ陽気な鬼がいた。……表情が想像していたのと違う。なんというか、怖くないというか、むしろ可愛い。
「プッ」
思わず僕は小さく吹き出しててしまった。拍子抜けだ。そうか、分かった。ここはきっと僕の夢の世界なのだろう。それならば、怖い怪物なんかが出てくるはずがないだろう。
「ねえ」
声も可愛い。なんか、背丈を気にしなければ僕より年下であるかのようだ。
「お酒とジュース、どっちがいい?」
前言撤回。鬼が持っていたのは日本酒だった。僕より年上、というかおじさんか。うん?日本酒?よく見ると、「西洋美人」と書いてある。行書体であるから、日本酒かと思ったけど…。いや、漢字ではあるけど意味的にはワイン的な?……。まあ、どっちにしろ未成年の僕がお酒を飲むことは出来ない。
「未成年だからジュースで頼むよ」
「はい」
鬼が渡してくれたジュースには『富士流』と書かれていた。西洋美人なんかよりもよほどこっちの方が日本酒っぽい。そもそも富士流って何味のジュースだ?透明だから…。サイダーとかかな?そう思いながら、一口その液体を口に含んだ。
「水じゃないか!」
まさかジュースと言いながら水を渡す奴がいるとは。富士流って富士山の湧き水的な奴かよ…。夢の癖して全く豪華さが足りないなあ。
「ごめんごめん。じゃあ、代わりにこっち飲む?」
そう言って、彼が出したビンに書いてあったのは『一酸化二水素−危険』と言うラベル。
「危険って書いているじゃねえか!」
あまりにもボケが適当じゃないか?赤い文字ではっきりと危険って書いてあるし。
「危険?あー、気のせいだよ」
鬼はしれーっとした顔で、『危険』の二文字を上からペンでぐりぐり消している。そんなことしたって飲まないぞ……?
「そもそもさ、一酸化とか言ってるし危険っぽいじゃん」
液体の色は無色透明だがそう見せといて意外と危険に違いない。
「いや、一酸化二水素ってことは、H2Oってことじゃん?」
H、水素が二個で、O、酸素が一個だから一酸化二水素。ん?H2Oってどこかで聞いた気が……?あ、そういえば昨日なんか先生が言ってたかも。H2Oは、あ、水だ。
「結局水かよ!」
「いやあ、案外水も美味しいもんだよ。ジュースだ、と思って飲むと、ジュースの味に感じることあるじゃん?」
赤鬼は必死に水の美味しさを説明している。しかし、それは水だ美味しいことにはなっていないのでは?と思う僕が傍らにいることには触れないで置こう。それに、折角プレゼントしてくれたんだ。一応いただいておこう。お礼を添えて。
「赤鬼、水、ありがとな」
「あ、いや、あ、な、なんか、こんなもんしかよういできなくてすみません……」
段々と赤鬼の声は小さくなり、顔は真っ赤になっていた。照れているようだ。最初は怖い夢かと思ったが、なんかほんわかした夢でよかった。おっと、赤鬼と過ごす時間はそろそろ終わりのようだ。夢特有の、うーん、持ち上げられると言うのだろうか、夢が終わる感じ。それが来ている。
「じゃあね、赤鬼くん。またいつか会おう」
僕は赤鬼に手を振って、夢の世界からゆっくりと身を引いていった。
 顔を上げると、まだ授業は続いていた。相変わらず、現実世界も心地よいな。とはいえまだ眠い。もう一眠りくらいしてもばれないだろう。横目でチラッと先生を確認してから、僕はまた顔を落とす。
 そこは、やや暗かった。最初の時ほどではないが、なんだろう。夏祭りのお化け屋敷の中、いや、それよりは明るいな。冬の日の夕方くらいかな。まあ、ぼんやりと人影が見える程度だ。で、そこでだ。僕は今心底焦っている。ぼくの隣にいるろくろっ首をどう扱えばいいのか全く分からない。
「こんにちは、私はろくろっ首の幸子です」
周りは暗いのになぜか彼女の声は明るい。今回もまた怖いと見せかけて明るい夢のようだ。
「はい、幸子さんですか。それで、僕に何のようですか?」
彼女もなんか小さな袋を持っていた。
「実は、プレゼントがあって……」
まさかまた水じゃないだろうなあ。今度は何だ、水をどうやって表すんだ?
「実は、水を渡したいんです」
ちょ、ちょ、直球で来たか……。さすがにその手は思いつかなかった。乾杯だ。幸子よ、好きなだけ水を渡すがいい……。という、くだらない僕の心の声を無視して彼女は話を進める。
「本当は富士山の天然水にしたかったんですけど、ほら、私こんな格好じゃないですか?だから、さすがに富士山には行けなくて。」
富士山の天然水って富士山に行かなきゃ取れないのか?スーパーになかったのか?
「仕方なく、スーパーに売っていた水道水を持ってきたんですけど……。」
ん?スーパーに富士山の天然水は売ってないのか?水道水だったら買う必要あるのか?
「まあ、家の水道が金不足で止まっていたので。仕方ないんですけど」
本当に大丈夫か、こいつ。やや心配だぞ幸子。まさか妖怪にも水道代があるとは。そして払えない奴がいるとは。
「それで、さすがに水道水だけだと申し訳ないので……」
彼女はもう一つ袋を取り出した。その中に入っていたのは、氷だった。
「どうしてそんなに水ばかり……」
夢とはいえさすがに呆れた。いくらネタがないからって『水』でごり押しする夢と言うのはどうなのだろうか。なに?固体にしたから平気とか思っているんだろうか。解けたら水じゃないか。はあ、本当に呆れる話だ。
「い、いや、ただの氷じゃないんです!これは富士山の流水の氷なんです!」
……。参った。ここに来て富士山か。だったら水を富士山にしろよ。氷こそなんでも同じだろう。
「氷こそなんでも同じだろう、って今思いましたね?」
な、なんだよ、幸子……。お前は心の中が読めるのか。そんなのなんか夢のようじゃないか」
「まあ、夢ですから」
あ、そうだった。ここは夢か。それで、氷こそなんでも同じだろうって思ったからなんだって言うんだ?
「私が言いたいのは、それは、全国の氷ファンに失礼だと言うことです!」
いねーよ、そんなの。いたとしてもそんなの世界のどっかだろ。身近にいるわけがない。
「私。氷ファンです。」
前言撤回。まさか目の前にいるとは思わなかった。
「意外と氷を作る水の種類で微妙に味が変わるんですよ。冷たさとか、甘さとか」
なんか幸子がハッスルしてきた。早めに夢が終わらないだろうか。
「夢が終わって欲しいなんて思ってるんですか…。幸子に失礼ですよ?」
自分で言うな。お、ラッキーなことにそろそろ終わりのようだ。結局ろくろっ首であったことが全く生かされないストーリーだったじゃないか。一瞬怖いかもってなっただけで。いや、それさえもなってないな。
「じゃあな、幸子。」
僕は彼女に別れを告げて、夢の世界から戻っていった。
 顔を上げると、まだ授業中のようだった。…。の割には静かだ。ん?そういえば、先生がいないような。重い首を必死で持ち上げ、先生を再び探そうとすると、後ろから驚異的なまでの殺気を感じた。う、うごけない。そして熱い。これは先生の邪気に違いない。あ、あ、春の日差しが届かない…。先生に遮られて、先生の怒りによる熱が熱い。まあ、何しろ今にも爆発しそうなのだから仕方ない。
「ふざけるなー!なんで授業中に寝てるんだー!」
夢では怖いことは0だったが、現実世界に戻ったとたんにこれとは……。とほほ。あー水が欲しい。こんな時こそ水が欲しい。空を見上げると、いつの間にか三匹の鳥もどこかへ消えていた。

2015/12/13(Sun)10:05:07 公開 / 土門
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