『秋刀魚 〜食欲の秋〜』 ... ジャンル:リアル・現代 未分類
作者:土門                

     あらすじ・作品紹介
世界各国の代表者が集まって行われる「美食認定」。そこに今回参戦したのは日本の秋刀魚であった。

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 「不味い」
その静まった広間に唐突に響く小さな声はその空間に深い重みを与えた。
「ああ、これはまずいね。どこの国だっけ?」
長机の横に座っている内の一人が誰にというわけでもないが尋ねる。周りを見渡すと、ほとんどの人は周りを見渡していたが、ある一人だけは俯いていた。
「イギリスか。次に期待することとするか」
重苦しい雰囲気で詰まっているここは「世界美食協会」。世界各国が代表で「美食」と選んだものをここで認定していくシステムだ。参加国は五十カ国。一ヶ月に一回行われる会議であり、沢山の国が「美食」に認定されるために料理を選定している。認定されればその国に協会から賞金が送られる。
「次の国はどこだい?それとも一応イギリスの多数決をとるかい?」
「ああ、一応取ろうか。イギリスを認定するものは挙手」
――挙げたのはデンマークとメキシコだけだった。49のうち、39が承認すれば認定となる。つまり、このイギリスの料理は残念ながら認定には至らなかったということだ。
「次の国は?」
「私です」
手を挙げたのは日本だった。日本も財政危機に陥り、食によって国を救おうとしていたのだった。
「日本は現在『秋』という季節です。日本人がこの時期に良く食べる魚で、『秋刀魚』を持ってきました」
秋刀魚の塩焼きが乗った皿が一人一人に配られていく。今焼きあがったようでそれぞれが熱を発していた。
「この料理は、日本の伝統『箸』で食べるものですが、食べ方が少々難しいかもしれません」
実際にたくさんの人たちは秋刀魚とにらめっこをしていた。秋刀魚には皮がかかっていてそのままかぶりつくわけにはいかない。かといって、どうするかもわからない。そんなときには待つのがこの協会の暗黙の了解だ。
「まず、秋刀魚にこのように箸をいれます」
日本人代表が解説すると同時に皆から見える位置にスクリーンが下りた。そこには秋刀魚とそれを食べようとする日本人とが映っていた。最初に箸を入れて、上と下とで分けていく。すると、ほんのりと茶色に焼けた河と、明るみのついた白色の身から熱気がでてきた。この段階で会場の皆は秋刀魚に視線が釘付けになっていた。
「そして、上の身を皮と一緒に食べます。この際に、骨を上手にはずしてください。あ、骨といっても小骨です」
皆、身長に身を取っていく。長い月日によってある程度箸は使えるようになっているようだった。一口サイズに切り取った秋刀魚の身は、外国人たちからは輝くように見えたという。
「では、どうぞお食べください」
最初に口に入れたのは先ほどイギリス料理でまずいといったアメリカ。口に含んだ秋刀魚を何度か噛む。それに続いてロシア、イタリア、フランスなど沢山の国が口に魚を運んでいく。その場はしんと静まり返り、また重々しい雰囲気が流れた。全員、しっかりと秋刀魚の味を鑑賞している。最悪、この一口目で認定はなしになってしまう。
…。
誰一人として喋らない。日本はとても緊張した様子で周りを見渡している。やがて、ずっと下を向いて噛んでいたオーストラリアが顔をあげた。
「旨い」
そう彼が呟くと、それに便乗するように他国も秋刀魚を褒め称え、二口目・三口目と口へと運び始めた。日本はほっとしたような面持ちで椅子に寄りかかり脱力していた。次々に笑顔が広がり、秋刀魚の美味しさが全員に伝わったようにも見えた。しかし、ただ一人。アメリカだけは笑っていなかった。それに気付いた日本はアメリカの元へと歩み寄り、「まずかったでしょうか?」とおそるおそる尋ねた。その問いに対してアメリカは顔を上げ、閉じていた目を開いた。
「いや、おいしい。この美味しさは皮と身の両方から来るものだね?身のやわらかさと皮のパリッとした食感。皮の甘みとほんのり香る焦げの苦味。いや、身からも甘さが染み出ているね。魚の本来のうまみがしっかりと引き出されているね。それに、…。これはどうやって焼いているんだい?普通の焼き魚とはどうも違う気がするね」
アメリカは相当な美食家である。その彼が美味しいといった時点で認定はほぼ決まったようなものだった。さすがに、日本もここまで聞かれるとは思っていなかったが、答えることは簡単なことである。
「今回は日本の家庭でも行われている『炭火焼』でご提供させていただきました。伝わりましたでしょうか?」
炭火焼−日本ではBBQなどの時に使われる焼き方であるが、より魚の旨みが感じられる為、今回はこうすうることになったのだ。
「実に美味しい。焼き加減が絶妙だね。秋刀魚の風味を真によく生かしている。」
アメリカは見事な笑顔でそう言った。
「ありがとうございます。嬉しいお言葉です」
日本はとても安心して自分の席へと戻ろうとした。すると、途中で韓国に呼び止められた。
「もう上の身を食べ終わったけど次はどうするの?」。
韓国の秋刀魚の上の身は綺麗になくなっていた。
「では、次の手順をスクリーンにて説明します」
日本は韓国にそう告げて自分の席へと戻った。周りを見渡すと、多くの人が上の身を食べ終わっていた。
「では、次は下の身を食べていくわけですが、折角ですから今回は大根おろしにつけてみましょう。これも日本でよく食べられている形です。」
日本がそう言うと、アシスタントがそれぞれに大根おろしがどんと乗った皿を運んでいく。早く食べたい余りに既に箸を持っているものさえいた。
「大根おろしと一緒に食べることで秋刀魚本来の旨味に加えて、大根のさわやかさがそれを引き立ててくれます。」
各々が身を取って、大根おろしと一緒に口に運んでいた。再び会場に気まずい空気が漂う。最初に言葉を発したのはまたもオーストラリアであった。
「うまい。絶妙だ」
それに続いて皆が感想を述べ始める。
「秋刀魚の美味しさを底上げしているね」
「大根の柔らかさと秋刀魚の皮の固さとが美しい」
「見た目も綺麗だね」
「上品な味だ」
秋刀魚と大根とのコンビは好評だった。唯一、俯いて何も言わなかったのはアメリカであった。日本もそれに気付いたようで、緊張しながらアメリカの元へと向かった。
「どうですか?大根おろしは?」
日本がそう尋ねるも、なおその場には沈黙の時が溜まる。その場にいた誰もがアメリカと日本とを見守った。それぞれの国が成り行きを見守る中、ようやくアメリカが重い首を持ち上げた。
「この大根、甘いね」
期待に期待を高め上げてアメリカが発した言葉はそれであった。皆がほっと一息つき、日本も安心した面持ちでアメリカに甘い大根について説明していた。
「では次の段階ですが、中央の骨をこのように丁寧にはずして、その上の部分の身を食べていきます。」
アメリカに説明を終えた日本は再び、秋刀魚の食べ方の説明を始めた。席に座っている一同全員がゆっくりと骨をはずしていく。箸だけで綺麗に外していく者。手を使って不器用ながらも骨をどけていく者。
「そうしたら、今運んでおります『すだち』をかけてお召し上がりください。」
再びアシスタントが登場し、各国の代表者たちにすだちを渡していく。先に受け取った者からどんどん秋刀魚の身に手をつけていく。
「おお、美味だ」
「香りが良いね」
「またもや味が合うよ」
「さっぱりしていて、気品があるね」
あちらこちらで秋刀魚に対する賞賛の声が上がる。そんな中、またもや無言で秋刀魚を口に含む男がいた。またか、と日本は半ば面倒くさく思いつつもアメリカの元へと歩み寄った。
「味が悪かったでしょうか?」
先ほどまでよりも日本の聞き方は雑になっていた。三回目にもなるとやはり手間なようだ。
「いや、おいしいよ。おいしい、うん、おいしいけど……」
日本は少し驚いていた。どうせまた褒めてもらえるのだろうと思っていた。別にけなされているわけではないのだが、なんだか反応が鈍い。すだち、は悪印象だったのだろうか。
「僕の主観に偏るかもしれないけど、なんとなく『大根おろし』よりも『すだち』が先のほうが良かったのじゃないかな?って思ってね。味の濃さ、のせいかな……」
今度のアメリカはあまり嬉しそうな表情ではなかった。料理が悪いわけではない、勧めた食べ方が悪かった、アメリカはそう言っていたのだ。
「確かに」
「そうかもしれない」
「言われてみればすだちの美味しさが大根に殺されてる気が」
アメリカの呟きによって会場全体にどよめきが走った。ただこれだけのミスで「美食」認定がだめになることさえある。
「みなさん、お静かに。次の段階へ行きますよ」
日本は焦っているようだった。それも当然。小さく見えて大きなミスをしてしまった。そしてそのミスは最後まで足を引っ張るのかもしれない。しかし、最後まで食べてもらわなければいけない。まだ十分チャンスはある。
「最後はまた下の身になりますが、内臓には食べられない部分もあります。この動画を見て注意して食べていきましょう」
まだざわつく会場であったが、少しずつ身、内臓を食べ始めていた。それによってまた会場の大半が「美味だ」と口にしだし、雰囲気は再び良い方向へと変わっていった。今度はアメリカも別に気難しい顔をすることもなく笑顔で完食していた。この結果はどうなるか全く分からない、日本はそう思い、深刻な顔をしていた。
「では投票をしようか。日本の「秋刀魚」を美食に認定するものは挙手をお願いします」
会場内はざわつきながらも何人もがばらばらと手を挙げていく。日本は、というと両手を組んで神にでも祈っている様だった。
「もういませんか?」
各国の代表達は迷っているようであった。味だけで言えば、文句なしの料理だったかもしれない。しかしインパクトに欠ける、骨など食べる手間が多いなど、細かい原点ポイントもあった。それにアメリカが指摘した大根おろしとすだちの順番もあった。「美食」とはそれだけ考えられて選ばれるものであった。
「やっぱり私は認定に一票だ」
そう言って、再び数人が手を挙げる。それに続いて「やはり私も」と徐々に人数が増えていく。
「私も一票を入れよう」
そう言って、手を挙げたのはアメリカだった。それまでの注目が多かっただけに会場全体がアメリカに視線を移す。そして、アメリカに連なって手を挙げるものも現れた。
「では、これで投票を終了します。結果は……」
緊張の瞬間、両手を絡めて神頼みする日本、投票が始まってから目を開けていなくて、現状を分かっていないのだ。
「美食認定です!」
その声と共に日本は席から崩れ落ちるようにして吐息を漏らしていた。承認しなかったのは十人。つまり、規定人数ぴったりであった。
「また食の歴史が更新されたな」
こうして、日本の秋の代表格である秋刀魚は世界に広まっていくこととなった。

2015/11/09(Mon)23:20:01 公開 / 土門
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