『猫、踊りおどりて』 ... ジャンル:ファンタジー 未分類
作者:木の葉のぶ                

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 満月の夜、吠えるのは狼男。
 餅をつくのは兎で、
 うかれて出てくるのは狸。

 でも、猫にだって、踊りたいときもあるのさ。




「猫、踊りおどりて」




 ここは東京、下町のとある路地裏。
 夜な夜なうごめくその影は、群れをなした大量の猫――――いや、ただの猫ではない。
 尻尾は二本あり、ふたつに分かれている。普通の猫より大柄で、四つ足ではなく二本足で立って歩く。
 そう、ここにいるのは皆「猫又」、すなわち人には見えない化け猫なのであった。

 とある晩のこと、夜もとっぷりふけた住宅街の片隅で、月を見ながら二匹の猫又が話していた。
「お師匠さま、お師匠さま」
 細い路地を歩きながら、まだ身体の小さい白い猫又が、袴姿でガタイのいいトラ模様の猫又へと声をかける。
「なんだ? 赤靴」
 そう『お師匠さま』が答えると、『赤靴』と呼ばれた方の彼は、不思議そうに緑の瞳をぱちぱちさせながら、とあることを尋ねた。
「前から気になっていたことがあるんです。僕らはみんな、ひとり一本ずつ、傘を持っていますよね。『傘踊り』のために。でも、お師匠さまは、どうして傘を持っていないのですか?」

 猫又一族は、どこかに定住することがない。日本各地を転々としながら、皆で放浪の旅をしている。もちろんその姿は人間には見えない。
 一族の旅は何十年、何百年と続いたが、そのうちに誰かがこんなことを言いだした。
「こんなに綺麗な月夜を、兎や狸、それに人間どもにだけ独り占めさせておくなんて、もったいないことだ。月夜には、われら猫も踊ろうではないか!」
 言いだしっぺの猫又は、どこから拝借してきたのか、一本の赤い番傘を手にしていた。
 傘を使って踊る踊りは、日本各地の行事や祭りに数多く存在する。だから猫又たちも、その真似をして月夜を踊りあかしてみないかというのだ。
 暇な毎日を送っている猫又一族は、この一匹の阿呆の戯言にのっかった。さっそくあちこちから傘をかき集め、自分たちで独自に作った踊りの練習を始めた。
 そしてそれはやがて、猫又一族の「伝統」となった。満月の夜になると、猫又たちは宴を開く。人間のいない場所で隠れて美味しい魚を食べ、酒を飲み、一晩中『傘踊り』を踊る。近くに住む動物や鳥たちがやってきて、猫又たちのこの祭りを珍しがり、いつの間にか観客になっていることもあった。

 猫又は、生まれた時に一本、自分専用の傘を渡される。それを生涯使って踊るのが、この一族のならわしだった。
 
「この一族には、傘を自分たちでつくれる『傘職人』だっています。なのに、一族の族長であり、僕の踊りのお師匠さまでもあるあなたは、自分の傘を持とうとはしない。踊りを教えてくださる時も、誰かの傘を借りていますよね。自分の傘を持たないのは、どうしてですか?」
 若い猫又、『赤靴』は、自分の履いている赤い靴をカコカコ鳴らして歩きながら、師匠に尋ねた。
 彼をちらりと見た師匠は、しばらくぼりぼりと頬をかいたあと、ふむ、と頷く。
「……そうだな、お前は若いのに毎日よく稽古に励み、ぐんぐんと力をつけている。立派な弟子として、俺の誇りでもあるお前になら、俺が傘を持たない理由を、話してやってもいいだろう」
「わあ、ありがとうございます!」
「その、お前の履いている赤い靴も……何かの縁かもしれねえしな」
 師匠は少し目を細め、ぽつぽつと語りだした。

「もう何十年も前の話だ。
 あるところに、とある一匹の若い猫又がいた。
 彼は怠け者で、傘踊りも下手くそで、生意気で傲慢なバカヤローだった。
 ある雨の日のこと。踊りの師匠に叱られて、ふてくされた彼は、みんなのもとを抜け出して、人間が住む地区の方へと勝手に出ていった。
 そうして彼が着いたのは、静かで落ち着いた、小さな片田舎の町だった。
 雨はどんどんひどくなって、彼は人目につかないようにこっそりと、傘をさしならが路地裏を歩いていた。

 と、そのとき彼は見つけてしまったのだ。
 若い女性が、小道の真ん中で傘もささずにつったって、雨に濡れながらうつむいているのを。
 彼女は泣いているようだった。彼女の履いている赤いハイヒールだけが、白黒の世界から浮き出ているように見えた。びしょぬれで、ひとりぽつんと立っているその姿があまりにも見ていられなくて、思わず彼は決心した。
「お嬢さん、どうかされましたか」
 変化の術を使って、猫又から若い青年へと姿を変えた彼は、自分の傘を彼女にさしだした。
 それが全ての始まりであり、そして間違いだった。

 聞けば、赤い靴の女性は、彼と出会う少し前に、付き合っていたひどい男に乱暴に扱われたあげく、ふられたのだと言う。
 そんな彼女を可哀想に思った彼は、その悲しい傷を癒そうと、あの手この手で彼女を笑わせようとした。自転車をこっそり盗んできて、二人で一緒に遠くまで出かけたり、裏通りの店で美味しいあんみつを食べたり。
 なかでも、彼が見せるへんてこな『傘踊り』は、彼女の心をとても明るくさせたようだった。夜、誰もいない公園で、月夜に照らされながら傘を回してくるくると踊る彼を見て、彼女は楽しそうに手拍子をしながら笑った。
「ねえ。あなたは、どこからきたの? 名前は教えてくれないの?」
 その質問に彼は答えなかった。それでも、二人はじゅうぶんに幸せだった。
 晴れの日も雨の日も、彼は彼女と一緒に過ごした。

 ある日、久々に猫又たちのもとへ帰った彼は、一番の親友だった猫又に、このことを話した。話を聞いた親友は血相を変え、彼に対してとがめるような口調で言った。
「お前、どうしてそんなことをした。彼女は人間なんだろう? 猫又は、僕たち化け物は、人間に近づいてはいけない。人間とは関わらないで生きていく、それが暗黙のルールじゃないのか。みんな、それを守って何百年も生きてきたのだろう? それをお前は一人で破って……」
「いいじゃねえか、少しくらい。俺は変化も得意だし、ぼろをだすような馬鹿な真似はしねーよ」
「そういうことじゃない」
 親友の顔は険しかった。
「いいか、彼女は人間なんだぞ。このあと彼女がもし「付き合ってくれ」と言ってきたらどうする? 彼女が将来「結婚してくれ」と言ってきたら、お前はどうするんだ?」
 彼は親友の言葉に面食らった。そんなことまで、考えてなどいなかったのだから。
「確かに僕たちは、変化の術が使える。人間の『ふり』をすることはできる。でも決して、僕たちの本来の姿を、人間が見ることはできない。そして僕らは絶対に、人間にはなれないんだよ」

 その後、彼は再び赤い靴の彼女と会った。彼は、好意を寄せてくる彼女に対して、もう以前と同じようにほほえみかけることはできなくなっていた。
 数日後に、彼は、ひとつの決断をした。

 その晩、彼は彼女のアパートへと向かった。階段をあがり、部屋のドアをノックして彼女を呼び出す。
 突然の訪問に驚いている彼女の前で、彼は廊下に立っていた。その手に、一本の青い傘を持って。
 彼は唐突にこう言った。
「これから、ちょっとした手品を見せよう。君にだけ、とっておきの、特別なものを」
 彼は持っていた青い傘を、ばっと勢いよく開いた。空は雲一つなく、大きな美しい満月が輝いている。
 彼は踊った。狭いアパートの廊下で、晴れた夜に傘を開いてくるくる回る彼は、他の人から見ればさぞかし珍妙であったことだろう。それでも、彼は必死だった。
 突然、廊下の細い手すりにおどりあがり、ぴたっとそのまま静止した彼に、彼女は目を見開いた。一歩足を滑らせれば、アパートから真っ逆さまに落ちてしまう。
「この数週間、すごく面白かった。誰かと共にいてこんなに楽しかったのは、君がはじめてだ。人間も、悪くない」
 彼は淡々と続けた。
「俺はできれば、君とずっと一緒にいたい。でも、君を幸せにできるのは、ほかの誰かであって、俺ではないから」
 彼は開いた傘を肩に乗せ、歌舞伎役者のようにくるくると回した。輝く大きな満月を背負った彼は、まるで一枚の絵から抜け出てきたようだった。
 彼はそのままその傘を、彼女に向かってさしだした。
「これは、君が持っていてくれないか」
「待って、どういうこと? あなたは一体……」
 何かを悟った彼女がすがりつこうとするのを制して、彼は彼女の額に優しくキスをした。

「ごめんな。ありがとう。きっともう、会うことはない」
 彼は、深く大きなお辞儀をしたあと、頭をあげた。
 その目がきらきらと涙で濡れているように見えたのは、綺麗な月の光に反射しているせいか、あるいはそれとも。
 
「さよなら。俺の、大切なひと」
 ごおっと風が吹いて、次の瞬間、あたりはぼん、と煙に包まれた。
 それが消えてあとに残ったのは、一本の青い傘と夜の静寂、そして、ニャーンというさびしげな誰かの鳴き声だけだった。



「これで、話はおわりだ」
 静かな路地を歩きながら、師匠はそうしめくくった。
 全てを聞いた赤靴は、うーん、と首をひねる。
「師匠は、その……、昔は少し、キザだったんですね」
「うるせえ!! 俺に昔話をせがんでおいて、なんだその言い草は!」

 わあわあ言いながら歩いていると、やがて開けた空き地が見えてきた。お囃子の音も聞こえてくる。
 と、師匠が近くの家の瓦屋根へひらりと登ったので、赤靴もそれに続いた。
 屋根の上からは、空き地で猫又たちが傘踊りの練習をしているのがよく見えた。
 何匹もの猫又たちが、一列に並び、端から順に傘を開いていく。それはまるで波のように、行ったり来たり、開いて閉じて、音にあわせて月明かりにゆらめく。
 色とりどりの傘が回る。咲き乱れた花のように、くるくると美しく舞っている。

「まだ足らぬ 踊りおどりて あの世まで」

 ふいに師匠つぶやいた。
「なんです? それ」
「昔、ある踊りの達人が辞世の句として残した言葉だ。俺も今は、そういうふうでありたいと思っている」
「なるほど……」

 師匠はきっと、もう人間と関わろうとはしないのだろう。あの赤い靴の女の人は、いま、どうしているのだろうか。いや、生きているかもわからない。
 赤靴は、自分の靴を眺めながら、小さく言った。
「僕は、師匠のような冒険心もありませんし、まだ誰かを好きになったことはありません。人と関わることが、いいことなのか悪いことなのか。それすらも、わかりません。でも……」
 傘を回して踊る猫又たちの姿を眼下に見下ろしながら、若い猫又はきっぱりと顔をあげた。
「師匠からもっとたくさん踊りを学んで、いつか一族で一番の踊り手になってみせます。なりたいんです」
 その目に、迷いはなかった。
「そうか。ふん、せいぜい頑張れよ」
 にやりと口元をつりあげ、師匠は笑った。赤靴も微笑んで、二本の尻尾を振る。

「さーて、俺らもあっちに参戦するとするか。今日は夜通し稽古だ!」
「はいっ!」
 二匹の猫又は勢いよく屋根瓦を蹴って、空中へと躍り出た。

 もうすぐ満月だ。宴の日も近い。
 猫又たちの踊りは、夜が更けてもなお続く。
 
<END>

2015/09/17(Thu)21:28:23 公開 / 木の葉のぶ
■この作品の著作権は木の葉のぶさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
お久しぶりです。

今年の2月あたりに、間違ってこの掲示板の感想欄で某方のお名前を呼び捨てにしてしまって(完全にタイプミスでした)、「やばい!謝らないと!」と思ったあたりで記憶が途切れています。あの時はすみませんでした……。
あれから、別のサイトに創作物をあげたりとか、課題に忙殺されまくったりとか、大学のサークルの小説誌に原稿を寄稿させてもらったりとか、色々ありました。ようは普通に大学生してました。

こちらのお話は、別のサイトで、「猫」「赤い靴」「女の人」「傘」という四つのキーワードをもとに一本書いてみてほしい、と言われて書き上げたものです。個人的には「うーん……」って感じの出来なのですが……

今月中にあと一つか二つ、短いのをあげる予定です。もしよろしければ、そちらもよろしくお願いいたします。

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
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