『石ころな人生』 ... ジャンル:ショート*2 未分類
作者:鍵かなた                

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「しまった……」
 俺は酷く後悔している。軽率な行動は控えるべきだったと。
「どうしてだ! どうして出られない!」
 外は目の前なのに、俺の前には見えない壁のようなものがある。とても堅いもののようで、俺のか細い手足ではどうやっても壊せそうにない。外に続いている出口は俺の体の何倍もの広さがあるが、見えない壁は隙間無く行く手を阻むのだ。
 他にどうやら道はない。俺が入ってきたところには、なぜか木の幹のような模様の壁になってしまっていた。他の壁が白いだけに、そこだけやけに目立つ。
「くそっ! 早くしないと間に合わないだろ!」
 何度も見えない壁に向かって体当たりしてみるが、コツン、コツンと虚しい音が響くだけだ。なんとしてもここを出なければ彼女とのデートに間に合わない。結婚を前提に付き合い始め、やっと今日プロポーズをしようと思っていたのに……。

――数時間前。
「今日こそだ!」
 鏡の前で何度も髪の毛の角度を直したり、目や口を擦って汚れを落とす。やはりキレイな顔でなければプロポーズもうまくいなかないってものだ。今日のために地道に鍛えた身体も、お腹の横線もバッチリだ。うまくいかないわけがない!
 デートのプランも完璧。彼女と初めて出会った思い出の草原で、春の気候を存分に味わいながら駆け巡る。次は食事だが、人気のレストランも考えたが、今日は特別な日なのだ。そんなとこよりも、俺が何度も訪れる穴場に行こうと思う。彼女とは初めて行くが、気に入ってくれると良い。大事なプロポーズはそこから近くにある、俺しか知らない秘密の場所でしようと思う。景色も居心地も最高の場所。そこよりプロポーズに適している場所を俺は知らない。
「おっしゃぁぁーー!!」
 俺は家から勢いよく飛び出し、大空に舞い上がった。
 
 彼女と待ち合わせする草原までは少し遠い。しかし、随分早く家を出てしまって、おそらく1時間以上も早く着くことになってしまうだろう。少し身体を休めるためにも、休憩しながら行くのが良いだろう。
「おっ」
 道中、巨大な建物を発見した。おそらく噂の“人工物”とかいうやつだろう。そういえば友達のカヤブが、人工物の中には見たこともないようなものが沢山あったと自慢していた。今日の彼女との話のネタにもなるかもしれない。休憩がてら入ってみることにした。俺は巨大な入り口から中に入った。


――現在。
 俺はこのまま出られないのではないだろうか。ふと、そんな不安が頭をよぎる。今日は俺の一番最高の日になるはずだったのだ。それが今は最低の日になりつつある。もしかすればここで生涯を終えるかもしれない。
「何考えてんだ……」
 そうだ。俺はなんとしてもここを出て、成し遂げなければならないことがあるんだ!
「このやろう! このやろう!」
 無駄だとしても、俺は見えない壁に何度も何度も体当たりした。何のために身体を鍛えてきたんだ。彼女にアピールするためでもあるが、彼女や自分の身に危険が及んだときのためではないか。百で駄目なら千、千で駄目なら一万、一万で駄目なら十万回体当たりすればこの壁は壊れるかもしれないじゃないか!
 俺は必死になって、見えない壁に当たり続けた。例え身体に傷が付こうとかまうものか。
「くそ! くそ! くっそぉぉぉ!!」

「今日も塾の勉強疲れたな……」
 リビングに入り、冷蔵庫の中の水を手に取った。
『コツン、コツン』
「ん?」
 窓に何か当たっているような音がする。ペットボトルを手に持ったまま、窓を見てみる。そこには一匹の虫が賢明に窓に向かって体当たりしていた。
「なんだよ、虫か」
 窓の鍵を開け、窓を開けてやると、虫はスッと飛んでいってしまった。外からは暖かい春の風が吹き込んでくる。
「しばらく開けておくか……」
 俺は椅子に座り、コップに水を注いだ。

2015/04/16(Thu)00:04:53 公開 / 鍵かなた
■この作品の著作権は鍵かなたさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
初めまして、鍵かなたです。
人がよく無表情で飛んでいる羽虫を潰したり、殺虫剤を振りまく姿を目にしませんか?
よくもまぁあんな簡単に……と、いつも思います。たかが虫だとか、虫に知能はないと言ってしまえばそれまで、当然作中のような人生もとい虫生もないと思います。それでも彼らは何かを考え、生きているのです。「うっとしいから」の理由で殺さないであげてください。
さてさて、偉そうな事を書きましたが、初めは作中の虫は潰されて終わり、というはずでした。その方が伝えたいことが伝わると思ったので。しかし、窓に止まっている虫をわざわざ潰したり殺虫剤で殺すかな?っと考えたらリアリティーが無いと思いまして。いや、そもそもリアリティーなんてないのですけどね?笑
数十分の執筆の中で、完全に虫の世界にして初めからこれは虫だと伝える方法や、虫が人間に対しての思想を入れようか、などいろいろ考えましたが、今の形に収まりました。虫の虫生をもっと深く、同情するようなものにすればもっともっと、ぐっとくる作品になったのではないかと思います。
他のものの人生を勝手に想像するのは人間のエゴかもしれませんが、石ころのように転がったさまざまな生き物の人生を想像してみるのも、案外楽しかったりしました。

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