『告白』 ... ジャンル:ショート*2 未分類
作者:風間新輝                

     あらすじ・作品紹介
僕は今、此処で罪を告白する。「罪」は本当に罪なのか。それとも……。

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 僕は今、此処で罪を告白する。刑法に規定される罪には該当しないかもしれない。それでも罪は罪だ。
 罪とは自分が罪だと感じた時点で罪なのだ。そう定義したとき、僕はどこまでも罪深い生き物なのだ。今、罪という名の業火が胸を焼き尽くさんとしている。その反面、後ろ暗い悦びを感じている。
 前置きが長くなってしまった。しかし、これは僕の罪を此処に晒す上で欠かせないことだとご理解いただきたい。

 昨日の話だ。僕はいつも通り学校に通い、いつも通り授業を受け、いつも通り帰宅する。そのような「いつも通り」が予定調和として其処にあるはずだった。
 それが崩れたのは、授業後のことだった。
 僕には好きな人がいる。ありふれた表現で申し訳ないが、彼女を見るだけで鼓動が早くなる。息苦しくなる。長い睫毛の下の眼に見つめられようものならば、その瞬間に世界が止まってしまう。横顔ならば一昼夜でも飽きることなく眺め続けられるだろう。
 真実の愛とは何かを若くして僕は悟っている。僕が持つ彼女への感情。それこそが愛だ。
 幸いにして彼女と僕は話をする程度には仲がいい。素直に言おう。彼女と僕は仲がいい。他の誰よりも、と言っても過言ではないくらいに。
 だから、授業後、彼女に話しかけられたのだ。それが総ての始まりで終わりだ。
「樹、今日時間ある?」
 そう、彼女は僕にそう尋ねた。
「あるよ」
 ぶっきらぼうに僕はそう返した。全て白状しよう。嬉しさと気恥ずかしさの入り混じった感情がそうさせるのだ。
「買い物付き合ってよ」
「何、買うのさ?」
 面倒くさそうに返事をする。勿論、これもポーズだ。内心は浮かれている。
「まぁ、いいじゃん。駅前の百貨店だしさ。どうせ通り道じゃん」
 確かにそうなのだ。私立の高校だけあって学校の周辺に住むものは殆どいない。必然的に電車若しくはバスで学校に通うことになる。そのどちらを選択していようが、駅前に必ず一度出ることになる。
「了解。断ると拗ねるからな」
「いつ私が拗ねたっていうのよ」
 彼女が唇を尖らせる。唇が健康的な赤さだったことを覚えている。
「一件一件挙げたら切りがないよ」
 僕はそう返した。
 僕は彼女の拗ねた表情が好きだ。大人になりきれない、あどけなさの残った表情。可愛らしくもあり、少し艶めかしくもある。この魅力に何人の男が気付いているのだろうか。そう考えだすと平常心ではいられなくなる。
「すぐそうやって可愛くないことを言うんだから」
「別に可愛くあろうと思っていないから」
 黙って彼女は歩き出した。その少し後ろを歩く。彼女は怒っていた。それくらいのことはわかっている。いつもそうなのだ。僕の何気ない一言で彼女は怒る。それでも僕と彼女は一緒にいる。そのことに僕は満足していた。そして、自惚れていたのだ。
「そんなに怒るなよ」
「別に怒ってないよ」
「嘘だ」
「本当だよ」
 そうは言うものの彼女は僕のほうを見ようとしなかった。いつもよりも歩くのが少し速い。それだけで僕は彼女の気持ちがわかるのだ。
 僕も少し歩く速度を上げた。しかし、中々追いつけなかった。走るように急ぎ足で彼女の隣に並んだ。彼女の瞳が僕を見た。僕もどきまぎしながらも彼女を見返した。彼女の大きな瞳に僕の姿が反射している。綺麗な、吸い込まれそうな漆黒の瞳。白い肌と好対照だ。壊れそうな華奢な体の中で唯一強さを持っているのが目だ。僕はそのアンバランスさに恋をした。きっとそうなのだと思う。
「何を買いに行くのか教えてくれてもいいだろう」
 僕なりの謝罪の言葉だった。不器用な僕。
 彼女が微笑む。許されたのだとわかった。だから、僕はほっと胸を撫で下ろしたのだ。
「それは着いてから教える」
 恥ずかしそうにしながら、彼女は笑みを浮かべていた。その顔に嫌な予感がしたのは今だから言えることではない。実際にそう感じたのだ。
 それから百貨店に着くまではとりとめのない会話をしていたのだと思う。そうとしか言えないのも無理がないと思う。嫌な予感が脳裏を駆け巡り、会話に集中できなかったのだ。それでも彼女は怒っていなかったのだから、おそらく会話として成立はしていたのだと思う。
 百貨店に着くと彼女はエスカレーターを目指して歩き出した。この時点で僕の嫌な予感は確信に変わりつつあった。
 嫌な予感を裏付けるように彼女と僕は更にエスカレーターで上へ上へと進んでいく。
 最上階の本屋に行くのだろうと無理やり言い聞かせていた。婦人服や女性向けの小物はこれ以上、上の階にはないからだ。
「なぁ、いい加減教えてくれてもいいだろう」
 痺れを切らして僕は訊いた。
「うん」
 彼女は暖めるように手を擦り合わせていた。
「何?」
「実はね、……」
 彼女の声が突然途切れた。
「えっ?」
「だからね、……」
 彼女の声が途切れたのではない。僕が聞きたくないのだ。
 僕の様子を見て、聞き取れなかったと思ったようで彼女がもう一度口を開いた。
「先輩への誕生日プレゼントを探しに来たんだ。樹にアドバイスをもらおうと思って」
 下唇を強く噛んだ。そうでもしていないと、涙が零れてしまいそうだった。
 先輩のことはこれまでにも何度か聞いたことがあった。楽しそうに話す彼女に苛立ち、先輩に嫉妬した。先輩が男だということもわかっていた。わかるだろうか。聞きたくないが、聞かないと益々不安になるこの心境が。一度でも誰かを深く愛したことがある人ならば、この気持ちに賛同してくれるだろう。
「そうか」
 漸く絞り出せた声はそれだけだった。
「何を贈ったら、喜んでくれるかな? ほら、先輩、センスいいし、下手なものを贈っても……あぁ、どうしよう」
 彼女は僕のことなどお構いなしで一人で興奮し、悩んでいた。彼女の視界に僕の存在など入っていないのだ。血が出るほどに唇を強く噛んだ。
「樹、黙っていないで一緒に探してよ。親友でしょ?」
 僕は答えられずに店に並べられた服やベルト、アクセサリー等に目をやった。彼女の頼みごとに応えているように映ることを願った。
 もしも、僕がこのフロアに並べられた商品が似合う男だったら。
 もしも、僕の背がもう少し高かったら。
 どうしようもないことだ。それくらいのことはわかっていた。それでも僕は妄想してしまうのだ。
「樹、これなんかよくない? 小物だったら付き合ってなくても問題ないよね」
 彼女が僕にベルトを見せる。牛革で四角いバックルが付いている。バックルには小さく狐が彫られている。確かに恰好いいと思った。結局のところ、僕は黙って頷くことしかできなかった。
「よし。これに決めた。樹、待ってて。買ってくるから」
 彼女は僕を残し、軽やかにレジへと向かう。聞き耳を立てていなくても、店員と彼女のやり取りが耳に入る。
 ――贈り物ですか?
 ――はい。そうです。
 ――では、ラッピングはどちらにしましょうか。
 ――恋人ではないのであまり派手じゃないほうが……。
 ――こちらはいかがでしょう。落ち着いた色調ですし。
 ――それでお願いします。
 ――きっと喜ばれると思いますよ。
 そのやり取りに僕の胸は締め付けられる。彼女の幸せそうな声が、僕の胸に突き刺さるのだ。
 彼女は僕の気など気にすることもなく軽快な足取りで戻ってきた。
「待たせちゃってごめんね。樹、付き合ってくれてありがとう」
 彼女がはにかんだ笑顔を見せる。赤い唇が綺麗に歪む。
 その瞬間だった。僕は理性を失っていた。強引に彼女の腕を引き、無理やり唇を奪う。
 彼女の温かい体温が、柔らかな体が、甘い体臭が、僕の欲望を解き放つ。
 そのまま、歯と歯の間に舌を捻じ込ませる。僕のすべてをぶつけるように。
「嫌っ!」
 彼女が僕を突き飛ばす。彼女よりも小さい僕はその勢いに負け、尻餅をついた。
「樹、ふざけないでよ。冗談でも、こんなのおかしいよ。私たち女同士なんだから」
 そう言って彼女は走り去ってしまった。声が上擦っていた。おそらく泣きそうになっていたのだと思う。
 僕はその背を追うことはできなかった。
 
 これが僕の罪だ。
 僕を親友だと信じていた彼女を裏切り、傷つけた。僕の彼女への愛は嘘偽りのないものだから、僕が彼女への想いを接吻という形で示してしまったことに後悔はない。罪だとも思わない。
 しかし、僕は、僕に裏切られた瞬間に見せた彼女の泣きそうな表情に、上擦った声に、接吻の際に一瞬漏らした苦しそうな喘ぎ声に、あの柔らかく赤い唇に興奮したのだ。
 彼女を傷つけたことに胸を痛めながら、悦びを感じているのだ。
 これが僕の罪だ。

2015/03/04(Wed)22:13:54 公開 / 風間新輝
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