『もふもふ少女、三変化!』 ... ジャンル:ファンタジー 恋愛小説
作者:タキレン                

     あらすじ・作品紹介
和樹が恋する一個下の後輩、野代かなみ。彼女は狸と人間のハーフだった。「そんなの関係無い!」真実を知った和樹はそれでも彼女に恋をする。しかしそんな和樹にはチャンスとピンチが入り乱れ……狸耳に狸尻尾、可愛い後輩気質の狸ヒロイン、ここに誕生!

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「せ、先輩……」
 涙目の少女が俺を見つめてくる。彼女の頭には獣耳、腰の辺りからは狸のような尻尾が見えている。
「えっと……」
 言葉を探しながらも話そうとすると彼女は前のめりに大きな声で言った
「こ、これはコスプレです!」
「ええー……」
 いきなり学校内でコスプレ宣言されても……
「コスプレです! コスプレなんです!」
 必死に涙目で訴える獣耳の彼女。……少し可愛いと思ってしまった。
 いや、そうじゃなくて
「本当にコスプレ?」
「はい! コスプレです!」
「良く出来てるなぁ」
 俺は思わず手を伸ばして彼女の獣耳み触っていた
「ひゃう!」
「えっ……」
 彼女の声に驚いて手を引っ込める。え、何その反応。
「野代さん?」
「……何でしょう?」
 何も無かったと言うように振る舞う野代さん。いやいや
「今耳触ったら反応したんだけど……」
「気のせいです」
 俺はもう一回耳を触る
「ひゃう!」
 野代さんの声が校舎裏で響いた。

 *

 先程から俺と会話している獣耳少女、名前は野代かなみ。
 髪型はショートカット、目は大きめで全体的にフワッとした雰囲気を持った一つ下の後輩でもうすぐ高校二年生になる。

 とりあえずこの状態になった経緯を話そうと思う。
 彼女と美化委員の仕事である校内清掃をしていた時の事である。
 校舎の裏のゴミを拾っていると一匹の犬がいた。首輪があったので何処からか紛れ込んで来たのだろう。
 可愛い小型犬だったのだが野代さんは
「私犬苦手です……」
 と、俺の後ろに隠れてしまった。
「よし、俺に任せろ」
 先輩らしく犬を捕まえようとした男だったが流石小型犬、するりとすり抜けてしまった。
 すり抜けた犬はそのまま野代さんに突撃。
「きゃあ! 犬! 犬!?」
 犬を追い払って彼女を起こす。起き上がった彼女を見て俺は言葉を失った。
「え……」
 起き上がった彼女に獣耳と獣尻尾が生えていたのだ。

 回想、終。

 *

 野代さんはスカートについた土をはらって
「わかりました、全部話しますよ」
 と少し膨れっ面になった。
「お、おう」
 俺の返事を聞いて彼女は口を開く
「私は人間じゃないんです、狸と人間のハーフです」
「……は?」
 人間と狸のハーフ? わけがわからない
「正確には人間と狸のハーフであるお母さんと人間のお父さんの間に生まれた子です」
「えっと……」
 整理しよう。つまり彼女は人間では無く、単純に考えて四分の三が人間で残りの四分の一が狸って事か?

 纏めた考えを伝えると彼女は頷いた
「はい、そんな感じです」
「でも……」
 開きかけた口を彼女の手が押さえた
「先輩、お願いです。 絶対に誰にも言わないでください!」
 俺は口から手を離す。あー、ドキドキした。
「わかった、言わないよ」
「絶対ですよ!」
「わかってるから」
 まだ頭が混乱している。 とりあえず、だ。
 俺はいつの間にか落としていた火バサミを拾って言った。
「とりあえずゴミ拾いしよっか」

 ・

 翌日……眠い。
 昨日の事を理解する為に、そして狸耳の彼女に悶えて昨日は殆ど寝れなかった。
 休み時間までウトウトしていると隣の席の親友、伸二が話かけて来た。
「和樹……どうした」
「野代さんが思ってたのと違うかった……」
 伸二は俺が野代さんに恋している事を知っている。
「違うって?」
「……それは言えない」
 伸二は溜息をつく
「で、お前は嫌いになったのか?」
「いや、ならない」
 寧ろ可愛いかった。もう一回言うが昨日は悶えた。
「……恋愛バカめ」
「何とでも言え」
 伸二はまた溜息をついて
「何にせよもうすぐ春休み、それが終われば三年生だぞ」
 まあ、そうだが
「それが何だよ」
「三年生になれば進路がある、そろそろ決着つけたらどうだ……って事」
 今度は俺が溜息をつく
「お前は大人だな……」
 モテモテのクール野郎め

 ・

「先輩、先輩!」
 誰かに揺らされて目を覚ます。
 いつの間にか寝ていたのか……五時間目から記憶が無い。
 時計を見ると放課後、隣を見ると伸二の鞄は無い。あいつ帰りやがったな……
「……ん?」
 じゃあ俺を起こしたのは? 疑問を持ちながら伸びをすると手が思いっきり何かに当たった。
 当たった方を見ると……
「先輩……痛いです」
 野代さんが額を抑えていた。やってしまった……
「ご、ごめん」
 野代さんは額を抑えたまま
「別にいいです……それより目は覚めましたか?」
「ん、おう」
 それにしても……何故野代さんがここに? 今まで廊下で話す事はあっても教室に来ることは……あ。
「もしかして今日美化委員だった?」
「違います、先輩に個人的に用事があって来ました」
 個人的に用事……何だその嬉しいニュース、どういう事だろう
「先輩、暇ですか?」
「暇だよ」
 野代さんの用事とあらば予定があっても暇だ。
「じゃあ先輩、今から私の家に来てください」
「おう……はあ!?」
 本当にどういう事だ!

 ・

「ここが私の家です」
 野代さんの家は特に特徴の無い家だった。敷いて言うならば自然が多いという事だろうか
 とりあえず今は動機を抑えなければ、好きな人の家に突然招待とか……殺す気か!
 心の中で深呼吸。彼女の後について家に入る。
「お邪魔します……」
「私の部屋は上です」
 そう言って階段を上がって行く野代さん……部屋!?
 本当に今日俺は死ぬのでは無いだろうか……そんな事を考えていると台所から誰かが出てきた。
「あら、あなたが和樹君?」
「あ、はい」
 エプロンを着た何処か野代さんと似ている様な女性。母親だろう
 その女性はいきなり真顔になって
「和樹君……は知っているのよね?」
 恐らく狸の事だろう。まだ頭の整理はついてないけど
「はい、知ってます」
「今から起こる事を見るとあなたは驚くかもしれないわ」
 野代の母親は言葉を選ぶ様に少し考えて
「今後かなみにどんな対応をしても仕方ないと思う、それでも……」
 野代の母親は俺を真っ直ぐ見つめて言った
「見た瞬間に逃げるなんて事だけは……しないであげて」
「は、はい」
 何が……起こるのだろうか?

 ・

 階段を上がると幾つか部屋があった。部屋の一つに『かなみの部屋』と書かれた物がぶら下がっていた。
 扉が閉まっていたから数回ノックする。
「あ、先輩どうぞー」
「おう……」
 好きな人の部屋に入る事、下での野代の母親との話、二重の意味でドキドキすしながら扉を開けて中に入る。すると……
「あれ?」
 そこには誰もいなかった。

「……野代さん?」
 野代さんがいない。でも声は確かにしたし……
「先輩こっちです」
 下から声がした。間違えようが無い、 野代さんの声だ。
 下をゆっくりと見ると
「先輩ー、こっちでーす」
 狸が手を振っていた。二本の後ろ足と尻尾で器用に座っている。
「…………」
 どゆこと!?
 え? 狸?
 戸惑っていると狸は何処か寂しそうに溜息をついてからくるりとターンした。
 ターン、ターン、またターン。回転速度は徐々に速まっていき、周りにあった紙が狸に張り付く。
 大きなタオルが狸の周りをひらひらと舞い、狸が見えなくなった。
「やあっ!」
 野代さんの声がして紙やタオルが下に落ちる。そこには……
「え?」
 狸では無く野代さんがいた。
「こういう事です、先輩」
「はあ……」
 つまり野代さんは狸と人間のハーフで……狸? いや、化け狸?
 そんな俺の疑問を察したのか野代さんは自分から説明を始めた。
「昨日も話した通り、私は狸と人間のハーフです」
 半分信じていなかったけどこれは信じざるを得ないだろう。
「私は絵本のように何にでも化けられるわけでは無いです。 狸、狸人間、人間の三つの姿しか持ってません」
「……なるほど」
 俺が呟くと野代さんは弱々しい笑顔で言う
「いきなり呼んでしまってすいません。 これで終わりです」
 帰れ、という事か? でも何故?
 彼女の性格上そんな事はしないと思っていたのだが……
「……あ」
 ここで俺は野代さんの母親の言葉を思い出す。

『見た瞬間に逃げるなんて事だけは……しないであげて』

 野代さんは俺が逃げたしたいのに無理矢理留まっている。そう考えてるんじゃないだろうか?
 もしそうなら……ふざけるな。
「野代さん」
「な、何でしょう」
 野代さんの声は震えている。人間として拒絶される事を恐れているような……小さくなってしまっている。
「俺、少し喉渇いちゃったな。 何か貰えないかな?」
「え……」

 野代さんは信じられない物を見たような反応を示した
「え、その……」
「…………」
「でも、私は狸で……狸は私で……だから……」
 俺は心の中で溜息をつく。さっきも思ったが……ふざけるな。
 俺は彼女に近づいて言う。
「……何遠慮してんだ」
「……え?」
「野代さんが狸だろうと何だろうと関係無い、俺は今まで通り……可愛い後輩として接する……わかったか」
「は……はい」
 いつの間にか彼女の肩を掴んでしまっていた。
 てか近い! 彼女の大きい目が俺を真っ直ぐ見つめてくる。気のせいか涙を溜めてるようにも……

「あらあら、そんな事照れちゃうわ」
 突然乱入してきた声に驚いて肩から手を離す。……誰!?
 見るとそこには野代さんの母親
「え……と」
「そんなに情熱的に言っちゃって……でも駄目よ、私はもう人の女」
 母親の発言に野代さんが顔を真っ赤にする
「お母さん! 何言ってるの!」
 もちろん俺も焦って否定する
「い、今のは野代さんに言った言葉で……」
 野代さんの母親は自分を指差して
「私も野代さん……なんちゃって」
「……お母さん! もう出て行って!」
 野代さんの母親はお茶とお茶菓子を置くと
「それじゃ、仲良くねー」
 と、野代さんに押されて出て行った。
 てか俺後輩って言ったじゃん。
 後輩……可愛い後輩と。
 俺マジか! ヤバイ、心臓がはち切れそうだ!
「…………」
「…………」

 少しの沈黙。……気まずい!

「せ、先輩……お茶、どうぞ」
「お……おう」
 自分が放った言葉の恥ずかしさと間近で目があった事により激しく鳴り響く心臓。
 お茶菓子の味は、あまり分からなかった。

 ・

「じゃ、お邪魔しました」
 しばらく何気ない会話をして、夕飯の時間になったので帰る事にした。
 靴を履いてドアを開けようとした。その瞬間、後ろからいつもより少し大きめの野代さんの声が玄関に響いた。
「せ、先輩!」
 俺は少し驚いて後ろを見る
「何?」
「その……かなみで」
「……ん?」
 かなみ? どゆこと?
 野代さんは顔を少し赤くして
「呼び方、お母さんとややこしいので……かなみで」
 ああ、なるほど
「分かった、次からそうする」
 ドアノブに手をかけるとまた野代さん……いや、かなみさんがまた口を開いた。
「先輩! これからも……よろしくお願いします」
 何て嬉しい言葉……俺はにやけそうになる顔を無理矢理抑えて、にやけずに笑顔で答える。
「よろしく、かなみさん」

 ○

 私は人間ではありません。狸と人間のハーフのお母さんと人間のお父さんから生まれた狸人間です。
 普段は人間の姿をしていますが気を緩めすぎたり、強く驚いたりすると狸の耳と狸の尻尾が露見する。
 なろうと思えば完全に狸の姿にもなれる。

 今まで秘密にしていたこの事実は数日前にある人に知られてしまった。

 ある人というのは一つ上の先輩、同じ美化委員の和樹先輩です。
 知られたからには仕方ない。少し……いや、かなり迷ったけれど私は先輩に全てを、狸の姿を見せた。

 見せれば距離を置かれると思っていたのだが……

「かなみさん、おはよう」
「おはようございます」
 寧ろ距離が近くなったように感じる。でも……
「先輩、呼び捨てでいいですってば」
 先輩はさん付けをやめない。何を遠慮しているのだろう。私は呼び捨ての方がいいのに……この件はそのうちしっかりと話さなければ。

 先輩とは元々仲の良い方だったと思うけれど、今では更に親しくなれた気がする。
 私がいうのもおかしいけど……先輩後輩の関係から友達にグレードアップしたような感じかな。
 今まで先輩後輩の関係だったのは……たぶん私のせいだ。

 先輩と別れて自分の教室に入っていつものメンバーと挨拶をして、何気ない会話で笑う。
 このいつものメンバーは友達だけど……親友では無い。
 もしかしたら向こうは親友と言ってくれるかもしれないけど、第三者から見ても親友かもしれないけど、私は彼女らを胸を張って親友だと言えない。

 彼女らを親友と言えない、前まで和樹先輩と先輩後輩の関係だったのは……やはり隠し事をしているという負い目だろうか。
 そういう意味では彼女らより先輩といる方が心地よいかもしれない……
 

「そだ、かなちゃん」
 友達の一人が私を肘でつついた
「あの先輩とどういう関係なの?」
「えっ……」
 和樹先輩の事だろう
「中々にいい雰囲気じゃない? かなちゃんとあの先輩」
 他の友達もその会話に乗ってくる。
「ぶっちゃけどうなのよ」
 私は少し考えて……少し俯いて答えた
「友達……かな」
 彼女らは残念そうな声を出していたけれど、私はそう言えた事がとても嬉しかった。
 そう、私と先輩の関係は、グレードアップしたのだ。


 ・

「おっす」
「うぃーっす」
 教室に入り伸二といつものやる気の無い挨拶。
「何か今日お前機嫌いいな」
 伸二に気づかれた。やる気の無い挨拶にも出ていたのかな。
 俺は笑顔で
「朝からかなみさんと会ったんだよ」と言った。
 伸二は少し固まって
「……ああ、野代さんね」
 と、納得した。
 ここで俺は伸二の机の上にあったチラシに気がついた。
「その紙何?」
「……ん」
 伸二が差し出してきたチラシを受け取る。

[花見をするなら桜木公園]
 花見? 伸二が?
「……何これ?」
「姉さんに渡された……場所取りのアルバイトだ」
 俺は苦笑い。どうも伸二は姉さん、明里さんに頭が上がらないらしい。
 伸二にチラシを返す。

 ……花見、か。
「伸二、お前席取った後はどうするんだ?」
「せっかくだから少し花見て帰る」
「お前は明里さんの花見には参加しないんだな?」
「ああ」
「お前、その日は暇か?」
「……まあ時間はある」
 テンションと声のトーンが上がる俺に伸二は怪訝な顔をする。
 そんな伸二の肩を掴んで、勢いよく俺は言った。
「頼みがある!」

 ○

「かなみさん!」
 先輩を家に招待して数日後の帰り道、信号待ちをしていると後ろから先輩が手を振りながら走ってきました。
「あ、こんにちは」
 先輩が息を整えた辺りで信号が変わった。先輩は私の隣で、私の歩幅に合わせて歩きながら鞄を探り始めた。
「かなみさん、これ」
 先輩が取り出して渡してきたのは花見のチラシ。……どうして?
 そんな私の疑問を予想していたのか先輩は私がチラシに目を通したタイミングで話を切り出した。
「その……花見とか興味ないかな?」
 花見……そういえばここ数年行っていない気がする。
「少し……興味あるかもです」
「ならさ、どうかな?」
 ……? どういうこと?
「えっと……?」
「その、俺今度花見しようと思っててさ……かなみさんもどうかな?」
 先輩と花見……もしかしてこれは先輩からのお誘い!?
 友達との、私が狸だという事を受け入れてくれる友達とのプライベートでの遊び……実は少し憧れていたり。
 そんな事を考えていると何故か先輩は焦ったように手を振って
「その、伸二……友達とその彼女も一緒でさ! 人は多い方がいいしさ!」
 私はそんな先輩が何だかおかしくて、笑顔で答えた。
「行きます! 私も桜見たいです!」
「……そう? 良かった、じゃあ詳しい事は連絡するな」
 お互いのメールアドレスは美化委員関係の時に交換している。
「はい、わかりました」

 先輩の友達も一緒か……少し残念。
「……あれ?」

 残念?

 ・

 時は流れて春休み終盤。何故ここまで時間が飛んだのかって?
 特に進展が無かったからだ。もう聞くな。
 伸二から花見の話を聞いた時、俺は頼んだのだ。
「伸二! 花見をしよう、お前彼女を呼べ!」
「……何でだよ」
 その後頼み込んだ末に伸二の協力を得て、かなみさんをどうにか誘い、今に至るわけだ。

 とりあえず今は春休み終盤、花見当日。
 場所は桜木公園である。

「じゃあ頼むわ」
「……おい」
 俺の両手と背中には大量の荷物。
 伸二は……手ぶら。
 明らかにおかしい!
「伸二も持て!」
「お前が頼んだから花見に来たんだろうが……あいつまで呼んで」
 あいつとは伸二の彼女だろう。
「でもこの量は」
 明らかに明里さんの荷物も含んでいる……このやろう、だから了承したのか。
 軽く睨むと伸二は溜息をついて
「大体お前と野代さんの二人で来ればよかったんじゃないのか?」
「それが出来たら苦労してない」
 そりゃあ俺もそれが望ましいさ。
「じゃ、お前そことってろ」
 俺達の分のシートをしき終わると伸二は姉さんの分の場所取りに行った。
 かなみさんが来るまで後何時間かある……暇だ。

 ○

 今日は先輩達とお花見です。先輩はそこらへんで食べればいいと言っていたけれど……やっぱりここは女性である私が!
 ってわけで朝早く起きて弁当作り……と、言っても昨日作った物を詰めるくらいだけど。
 卵焼きだけは朝に……先輩は甘いのか辛いの、濃味か薄味、どれが好きなのだろう……?
 とりあえず家で良く食べる味を……
 そんな事を考えているとお母さんが起きてきて
「かなみも恋する乙女ねー、青春だわー」と私をからかう。
 ……私は恋する乙女? うーん、わからない。
 昔から異性の人とそこまで仲良くななれなかったし…….
 ただ、秘密を打ち明けた先輩と話すのは……同性の友達と話すより何だか心地がよい。
 これは……恋?
「……あっ」
 危ない、卵焼きが焦げる!

 ・

「先輩、おはようございます」
「……おお、おはよう」
 かなみさんの声で気づく。危ない、寝かけていた。
 横を見るといつの間にか帰ってきていた伸二……完全に寝てやがる。
 かなみさんと話していると伸二の彼女、由美さんがやってきた。
「何寝てるのシンちゃん!」
 由美さんの鉄拳で伸二は目を覚ました。因みに由美さんは一つ上で、もうすぐ大学生だ。
 さて、とりあえず全員揃ったな
「じゃあ俺買い出し行ってくる、何がいい?」
 俺が聞くとかなみさんが
「先輩……私、これ!」
 と大きな弁当を取り出した。
「すっごーい、これかなみっちが作ったの?」
 最初に声を上げたのは由美さん。因みにかなみさんと由美さんは初対面である。
 それにしても手作り弁当……企画して良かった!

 *

 少ししてトイレから帰ってくるといつの間にか伸二の姉さん、明里さんのグループが合流していた。
「よー、和樹! 飲んでるかー!」
 ああ、明里さん酔ってる。
 明里の絡みを苦笑いで受け流しながら座る。
「せんぱい、どうぞー」
 かなみさんがコップを渡してくれる
「ありがと、かなみさん」
「それです!」
 かなみさんがいきなり大声を出した。……それって何が?
「なんでせんぱいはいつまでも『さん』づけなんですか!」
「いや、別に……」
「べつにじゃないです!」
 何? かなみさんどうしたの?
「こう……あだなとかよびすてとかー……むー」
 ……まさか
 俺は渡された飲み物を少し飲む。
 うわ、酒だ。
「かなみさん……酔ってる?」
「よってませんよー」
 完全に酔ってるよ。かなみさんが自ら飲んだとは思えないし、やはりこれは……
 明里さんを見る、俺の視線に気づいた明里さんは俺とかなみさんを交互に見て
「てへぺろ!」
 舌を出した。てへぺろじゃねぇよ!
 てか伸二も由美さん放ったらかして寝るなよ……うわ、由美さんも酔ってるじゃねぇか。

 とりあえずかなみさん、体調は悪くしてないみたいだけど……
「かなみさん大丈夫?」
「だいじょーぶですよー」
 そう言ってユラユラと揺れるかなみさん。黒と茶色の髪も左右に揺れて……茶色?
 立ち上がってかなみさんの頭を上から見る。
「……やば」
 狸耳が出てるよ、かなみさん。
 酒の影響からか耳は閉じており、殆ど髪の毛に隠れてまだバレていない。
 俺はかなみさんに耳打ちする。
 ……この場合どっちの耳に? とりあえず人間の耳に耳うちする。
「耳出てるよ」
「そりゃあミミはありますよー」
 ダメだ、聞いちゃいねぇ。……仕方ない。
「ちょっとかなみさん」
 かなみさんの手を掴んで立ち上がる
「何処行くんだ?」
「ちょっと買い出し」
「ふーん」
 伸二疑いの眼差しを受けながら俺はかなみさんを引っ張って行った
 ……てか伸二の野郎いつの間に起きたんだよ。

 ・

 かなみさんを近くの小さな公園に連れて行き、買ってきた水を渡す。
「ありがとうございますー」
 かなみさんは水を飲んで……ペットボトルを落とした。
「あらら……」
 水が全て地面に吸収された。また買ってこなければ……
 かなみさんが近くの花を見つめている間にもう一本水を買ってくる。

 公園に戻るとかなみさんはベンチの上で寝てしまっていた。
 寝ている時は噛み癖があるのか尻尾を噛みながら……尻尾?
「……あ」
 完全に狸少女になっている!? これはまずい!
「かなみさん、起きて!」
 揺すってみるも反応は無い。
「かなみさーん!」
「ふぇ……?」
 耳元で大声を出してようやく起きるかなみさん、起きたかなみさんは俺を見つめて
「なんでせんぱいはいつまでも『さん』づけなんですか!」
 戻った! 話戻っちゃった!
「ねえねえせんぱい、なんでですかー」
 かなみさんに揺らされる。寝酒に絡み酒……さてどうしたものか。
 かなみさんの腕を掴んで立ち上がる
「とりあえず家に……」
 位置的には俺の家の方が近いか……いやしかし……
「なんでなんですかー、せーんぱーい」
 うわー、泣き酒もあるのか……

 *

 考え抜いた末にかなみさんの家に向かう事にした。
 ヘタレとか言うな、フェアな付き合いを心がけてると言ってくれ。

 ひとまずかなみさんの家に到着、インターホンを鳴らすとかなみさんのお母さんが出てきた。
「はーい……かなみ?」
「えっと……色々ありまして」
「とりあえず上がりなさいな」
 かなみさんの家に上がる。かなみさんはソファに寝かせてお母さんに状況を説明する。
「たぶん誰にも見られては無いと思います」
「ま、大丈夫でしょう」
 あれ? 思ったよりも軽い?

 かなみさんのお母さんはお茶を入れながら言う
「最近かなみの機嫌がいいのはやっぱりあなたのおかげなのかしら?」
「いえ、そんな……」
 そうだったら嬉しい。
「今回だって昨日の夜から弁当を楽しそうに作っててね」
 やばい、すごい嬉しい。

「で?」
「……ん?」
 何が?
「かなみとは何処まで進んでいるのかしら? キスぐらいはした?」
「!?」
 お茶を吹きそうになった。
「どうなのよー」
 ニヤニヤと聞いてくるかなみのお母さん。
 これは……更なるピンチかもしれない。

 俺は咄嗟に携帯を出して
「少し友達に話してきます!」
 と廊下に飛び出した。

『……何だ、お前何処にいる』
 あれ? 伸二不機嫌?
『今かなみさんの家、酔ってたから送っていった』
『とりあえずお前は帰ってこい、野代さんの荷物残ってるぞ』
 ああ、忘れてた。
『なるべく早く戻ってこい……こっちはピンチだ』
 伸二の後ろでバカ騒ぎをしている由美さんと明里さんの声……
『大変そうだな、すぐ行く』
『ちょっとまて』
『ん?』
 何か声のトーンが変わった。真剣な話か?
『どうした?』
『……いや、また今度言う』
『お、おう……』
 変な伸二。

 その後、伸二と共に明里さん達の暴走を止める為に一悶着あったのはまた別の話である。

 ・

「先輩! この前はすいません!」
 春休みも終わって始業式、登校中にかなみさんがいきなり頭を下げた。
「いやいや、大丈夫だって」
 電話でも何回も謝ってたのに、律儀だなあ。

 *

 時間は少し飛んで、放課後。
「伸二、帰ろうぜ」
「そうだ、この前の話しとくわ」
「ん? ……ああ」
 花見の時に電話で言おうとした事か
「何だ?」
「お前このまえ、野代さんが思っていたのと違ったって言ってたよな?」
「ああ、そういや言ったな」
 伸二は少し考える素振りをみせて
「おかしな事を言うが……それって野代さんが人間じゃないって事か?」
「なっ……」
 ば、バレてる!?
 いや、今なら誤魔化せる!
「人間じゃないって……お前わけのわからないことを」
「先輩、この前届けて貰ったの荷物中に先輩のハンカチが」
 ここでタイミング悪くかなみさん登場。やばい……
 伸二はかなみさんを見て
「ちょうどよかった」
「……? なんですか?」
 伸二は躊躇うこと無く続ける
「野代さんって、人間じゃないの?」
「えっ?」
 ダイレクトに聞きやがった……

 ・

「えっと……」
 かなみさんが俺を見る。いや、話して無いよ。
「伸二、ちょっとタンマな」
 戸惑っているかなみさんを廊下に引っ張る
「先輩……」
「喋って無い」
「ですよね、じゃあやっぱり」
 俺は頷く
「かなみさんが酔った時にバレてたんだろうな」
「それにしても……」
 あんなド直球に、って事だろう。
 残念ながら伸二はああいう奴だ
 さて……
「どうする? かなみさん」
 俺が本気で隠そうとすれば伸二はこれ以上入ってこないだろう。
「……その、伸二さんは信頼出来ますか?」
「口が堅いという面では完全に信頼していい」
 口が悪いという面では信頼できない。
 かなみさんは少し考えて
「もう、バレてるも同然ですよね」
「だと思うよ、あいつは自分の意見を曲げても捨てないから」
「じゃあ……話します」
 かなみさんは俺の服を掴んで
「先輩も、来てください」
 かなみさん、上目遣いは破壊力強いから控えめにね。俺の心臓が持たない

 教室に戻り伸二の前に行く
 周りに他の生徒がいない事を確認して切り出す
「伸二、お前の読みは正解だ……ちょっと来てくれ」

 *

 体育館裏。
 かなみさんは伸二に狸耳と狸尻尾を見せた。
「こういうこと……です」
「…………」
 伸二の鋭い目つきに怯えるかなみさん。伸二は別に睨んでるわけでは無い。
 伸二が鋭い目を向ける時は目の前の事を整理している時だ。
 他の人から見れば冷静そのものだけど……珍しく動揺してるな。

 少しの沈黙。

「……わからないけど分かった」
「えっ?」
「完全には信じられない、でも人に言うような事はしない……すまんな」
 そう言って伸二は校門に向かった。クール野郎め
「えっと、先輩?」
「まあ、言った意味そのままだと思うよ」
 つまりは保留、と。


「じゃあ私、用事がありますので」
「おお、じゃあまた」
 かなみさんと別れて俺は校門に向かう
「……あ」
 伸二の野郎、一人で帰りやがった。

 ・

「あれは完全に狸になれるのか?」
 学校での休み時間、伸二は俺に聞いてきた。かなみさんをアレ呼ばわりするな
 まあ、ここら辺はかなみさんとも話し合った。大丈夫だろう。
 俺は頷く
「一度見たけど完全に狸だったぞ」
 因みにかなみさんは完全狸の姿をあれ以来見せていない。
 狸になるのに体力がいるとか、人間でいたいからとかそういう事では無く
「あの姿は……少し太っているので」との事だ。
 狸としては普通だと思うんだけどなあ……

 いくつか質問をした伸二は
「そっか」
 と、興味を無くしたように本をよみはじめた。

 *

 時間は少し飛んで放課後。
「伸二、帰ろーぜ」
「ん」
 せめて二つ返事でだな……まあいっか
「和樹」
「なに?」
「お前は野代さんが狸でも、野代さんを好きなのか?」
 疑問に思うのも仕方ないだろう。でも俺の恋は冷めることを知らない。
 自分でもこの熱さに驚いてるくらいなのだ。
 だから俺は伸二に向かって言う
「好きだよ、もちろん」
 伸二は少し考える素振りを見せて
「お前、一目惚れだったな」
「ん、まあ」
 恥ずかしながら一目惚れです。
「だったら尚更なんだが……」
 伸二はここで一旦止めて、俺を真っ直ぐ見て言った。
「野代さんが偽物であっても、お前はまだ好きと言えるのか?」

 ○

「ごめん、先帰ってて」
 いつものメンバーと別れて先輩の教室に向かう。
 手には新しく出来るスイーツのお店のチラシ。今まで見てきた感じでは先輩は甘い物が苦手では無かった筈……因みに私は好き。
 先輩、来てくれるかな?
 自分から異性を誘うのは始めての事で少し緊張、でも……大丈夫だよね。
「先輩の教室は……」
 二年生より一階下の三年生の教室を探す。先輩、まだいるかな?

 今日一日先輩の事ばかり考えしまっていた。
 どうやって誘おうとか、もし行くことになったらどんな服を着よう。
 とかそんな事だ。
 遠目で先輩の教室を見ると残っているのは先輩と伸二さんだけ。
 伸二さんの名字ってなんだっけ? 先輩が名前でしか呼ばないから……じゃ無くて
 これはチャンス! 誘いやすいかも!


 小走りで教室に近づく私の耳に、伸二さんの言葉が途切れ途切れに聞こえた
「野代さんが偽物で……も、お前はまだ……言えるのか?」
 ドキッとして思わず身を隠す。私が偽物?
 伸二さんの言葉に先輩が答える。
「それはどういう事だ? 偽物?」
「野代さんのあの姿はお前や人間を化かした姿じゃ無いのかって事だ」
「……はあ?」
「あの姿が偽りかもしれないって事だよ」

「……え」
 頭の中が真っ白になった。
「偽り……ね」
 先輩が呟く
「伸二、お前が聞いてるのはそれを考えた上で今まで通り接しているかって事か?」
「そんな感じだ」
 先輩は溜息をついて
「そんな事は考えもしなかったな、今聞いて始めてその可能性に辿り着いた」
「じゃあ……お前はこれからどう接していくつもりだ? ……距離を置くなら早い方がいいと、俺は思う」
 先輩はうーんと唸って
「そうだな……」

 私は逃げ出した。
 先輩があの後どう続けたかは分からない……怖くて聞けない。
 もし、先輩が私と距離を置く事を選択したとしたら……
「…………」
 手にはまだチラシが握られていた。
「さすがに……誘えない」
 私は近くのゴミ箱にチラシを捨てる。
 そして先輩から離れるように、走って家に帰った。

 ・

「じゃあ……お前はこれからどう接していくつもりだ? ……距離を置くなら早い方がいいと、俺は思う」
 伸二のその問いに俺は考える
「そうだな……」
 考えてもすぐに答えは出ない。それでも一つ、一つだけ言える事がある。
「かなみさんと距離を置くなんて事は絶対に無い」
 それがあるとすれば俺がフラれた時だ。……無いよな、泣くよ俺。
 俺の答えを聞いた伸二は溜息をついて
「そうか……それだけだ、帰るぞ」
 と、カバンを持ち直した。


「伸二、ちょっとゴミ捨ててくる」
「おう」
 ポケットに入れっぱなしだった飴の袋を捨てようと廊下のゴミ箱に向かう。
「……ん?」
 ゴミ箱にチラシが入っていた。なんとなく読んでみる。
 へえ、新しいスイーツの店か……かなみさんっ甘いもの好きだったよな。
「……よし」
 誘おう。
 俺は上機嫌で伸二の所に戻った。

 *

 翌日、登校中に一人歩くかなみさんを見つけた。
「おはよう、かなみさん」
「あ……先輩、おはようございます」
「……?」
 何か元気無い? 気の所為かな?
 とりあえず、と俺は携帯の画面をかなみさんに向ける
「近くに店が出来たらしいんだ、今度の日曜一緒にどうかな?」
 かなみさんは画面に表示されたスイーツを見て目を見開く。
 そして目を輝かせ……無い。
「すいません、用事があって無理そうです」
「そか……そうだよなあ、いきなりすぎたなあ!」
 俺は無理やり笑い飛ばす。
 ああ、たぶん笑顔作れて無い。

 ・

「……何で野郎二人でこんな所にいるんだよ」
 伸二がコーヒーを一口飲んで言った。俺だって男二人で来たく無かったさ……でも
「……断られたんだよー、ううー」
 今食べたケーキ美味しい、美味しいのがまたムカつく。俺の予定では今頃このケーキを美味しそうに頬張るかなみさんを見ていた筈なのに……
「おい和樹、食うならサッサと食え」
「そんな薄情な、慰めてくれたっていいだろー」
「知るか、来てやっただけでもありがたいと思え」
 ……まあ、それもそうだな
「すまん……ありがとう」
「お礼とか言うな気持ち悪い」
 なんなんだよ! もう!
 伸二は溜息をついて
「……一個奢ってやる、選んでこい」
 え? マジで?
「言ったな、取り消すなよ!」
 こうなったらやけ食いだ!
「一個だけな、ついでに俺のホットコーヒー買ってこい」
「本当にいいんだな?」
「レジ混んできてるんだから速く行ってこい」
「おう!」
 なんだか伸二が優しい。気持ち悪いけど嬉しい。
 持つべきものは友である!
 しかし欲しいのは想い人だ……
「……飲むか」
 これを食べたら伸二を連れてドリンクバーでも行こう。
 今日は飲む! 主にジュースを!

 色んな感情が混ざり、俺は変なテンションになっていた。

 ○

「……はあ」
 日曜日の午後、私は一人溜息をつく。
 先輩から誘われたのは嬉しかった。でも心の奥にあの言葉が刺さって抜けない。
 あの後先輩はどう答えを出したのだろうか、先輩と二人になれば距離を取る事を言われるのでは無いか。
 そんな事ばかりが頭の中で回っている。
「……よし!」
 甘いもので少し気分を晴らそう!

 *

「……はあ」
 次はスイーツの店で一人溜息をつく。
 まさか先輩も来ているなんて……幸い先輩にはまだ気づかれていない。
 先輩は伸二さんと何か話してテンション高く席を立った。
 見た感じテンションが高いのだけれど……何処か弱々しさを感じた。
 いや、それより……
「どうしよう」
 店を出るにはレジの前を通らなくちゃいけない。更にレジに行く前には伸二さん。八方塞がりだ。
「仕方ないか」
 私はケーキを少しづつ食べ始めた。先輩達が帰るのを待つしかない。

「……よお」
「はい?」
 誰かに呼ばれて顔を上げる。
「……伸二さん!?」
「そんなに驚かなくていいだろ、野代さんだって気づいていただろ」
 伸二さん、気づいていたんだ。じゃあもしかして……
「あの……先輩は」
「あの馬鹿は気づいて無い、言うつもりも無い」
 良かった……じゃあ何で声を?
 私のそんな視線を感じたのか伸二さんはレジの方を確認して口を開く
「あの馬鹿の答えはまだ出ていない、でも野代さんと距離を置く事は無いんだとよ」
「え!」
 聞いていたのを気づかれていた? いつから?
「それだけ、じゃ」
 私の返答を待たずに伸二さんは席に戻った。少しして先輩が戻ってくる。

 距離を置く事は無い、それはとても嬉しい。でも……
「先輩……」
 それは、先輩が優しいからなのでは無いだろうか。
 先輩は私の全てを受け入れて決めたわけじゃない。結局は伸二さんと結論は同じ。
 答えが見つかるまでは保留、その間はとりあえず今まで通り過ごす。
 そういう、考えてなのかな……

 更に混乱しながら、私はケーキを一口食べる。
「甘い」
 甘いけど、悲しい。

 ・

「今日はありがとな」
「お礼とか言うな気持ち悪い……お前太った?」
「腹が苦しい」
 歩くたびに腹がチャポチャポと音を鳴らす。いくらドリンクバーとは言え飲み過ぎたか
「自転車キツい……」
「自業自得だ」
 自転車で少し走った所で伸二が思い出したように口を開く
「そういやお前、勧祭の手伝いはどんな感じだ?」
「ん? ああ、勧誘祭ね」
 勧誘祭は俺達の学校で毎年春に行われる部活勧誘会の事だ。新一年生を体育館や各場所に集めて、それぞれの部活が紹介とパフォーマンスをする。言わば部活紹介だ。
 通常部活に入って無い生徒は午前授業で終わるのだが、俺はクラスから勧誘祭の手伝いに指名されてしまったのだ。
 簡単に言うとじゃんけんで負けた。
 そんな勧誘祭なんだけど……
「何でお前が気にするんだ? お前部活入って無いだろ?」
 伸二は面倒そうに
「俺は関わらないが姉貴が関わる」
「……?」
「まあ、そのうち分かるさ」
「お、おう」
 どういう事だ?

 *

 その疑問は水曜日の勧誘祭運営会議にて吹っ飛んだ。解決はしていない
「あ、先輩」
「え、かなみさん」
 会議にかなみさんがいたのだ。
「その、私もじゃんけんに負けまして」
「そ、そうか」

 少しの沈黙。

「三年はあっちか、じゃ、じゃあ」
「あ、はい」
 何もできなかった。この前断られた事がまだ突き刺さっている。
 かなみさんと一緒の作業ができるのは嬉しいけど……複雑だ。

「えー、今回の勧誘祭につきましては」
 生徒会が司会をして会議が始まる。しかし殆どがじゃんけんで負けた人、案も出るわけが無く例年通りに進む事となった。

「やっぱりいつも通りだったな」
 会議が終わり、内心ドキドキしながらかなみさんに話しかける
「ひゃっ……そ、そうですね」
 かなみさんが俺の方を一回見てから目を逸らす。
 いや、まだめげない!
「よかったらこの後一緒に……」
「その、用事がありますので!」
 かなみさんは走って行った。
「……あれ?」
 俺、避けられてる?

 ・

「只今より、新入生歓迎祭を始めます」
 生徒会長の言葉を聞いて一年生を除いた全員が思う。嘘つけ。
 新入生歓迎祭じゃなくて新入生勧誘戦争だろうが。
「では各部活の紹介に入ります」
 運動系の部活から紹介が始まる。
 各部活が体育館のステージで出来るパフォーマンスをし、自分達の持ち場で何をするかを説明する。

 次は文化系。運動系とは違いステージで出来る事が多く、興味の無い生徒も一緒に盛り上がる。

 新歓祭は滞り無く進んでいる。次は軽音部か
「軽音部です、私達は勿論演奏をするのですが……」
 ここで溜め、有名な曲でも演奏するのかな?
「今回は各代最高のOBの方を集めて、ゲストとして来てもらいました!」
 ノリの良い一年が盛り上がる。
 因みに俺は体育館内の放送室で待機している。先生の合図でスピーカーを止めたりしている。
 その放送室から舞台袖を見る。軽音部のOBらしき人とかなみさんが話している。知り合いかな?
 いや、何だか見覚えが……
「OBの方々、どうぞ!」
 合図と共に数人のOBがステージに出てくる。
 大学生も社会人も入り混じっている。その一番前、恐らくボーカルはさっきかなみさんと話してた人。
「新入生の諸君! 盛り上がってるかー!」
 ノリの良い新入生が盛り上がる。
 ああ、この声は覚えがある。
「いいねー、ノリがいいぞ新入生!」
 明里さんだ。なるほど、伸二が言ってたのはそういう事か
「よっしゃー、じゃあ一曲目いくぞー!」
「一曲目……?」
 部活紹介で何曲やるつもりだ!?

 ○

「軽音部OBの方はこちらでーす」
 ステージに上がる階段の前で私は誘導係をしていた。次は軽音部だ。
「あれ? かなみちゃん」
 誘導しようとすると知り合いだった。伸二さんのお姉さんだ。
「丁度良かった……和樹君は?」
「先輩は放送室の方に」
「二人してじゃんけんに負けたわけか……まあ、ここに居ないのならなお丁度良いかな」
「……?」
 何のことだろう?
「小難しいのは苦手だから単刀直入に行くね」
「は、はい」
「和樹君と何かあったの?」
「え……」
 何故分かったのだろう……あの花見依頼会っていないはず
「伸二の馬鹿が最近、『戻そうとしたのに戻らない』ってボヤいててね」
「伸二さんが?」
 戻そうと……何が?

 伸二さんのお姉さんは溜息をついて
「ま、あの馬鹿の事だから中途半端に入り込んでややこしくしたんだろうね」
 と苦笑い。
「……?」
 私には何がなんだかわからない
「よく分からないけど年上としてアドバイスしておこうかな」
 伸二さんのお姉さんは少し考えて
「何事も気になったなら聞いて見るのが一番だよ、いくら自問自答したって他人の気持ちは解明出来ないよ」
「でも……」
 咄嗟に声が出た。
「でも? 話してみて、話さなきゃ分からない」
「でも、その質問が相手に対して失礼になるかもしれない質問で」
「そんなの関係無いんじゃない?」
「え?」
 伸二さんのお姉さんは放送室の方をチラッと見て
「相手は和樹君でしょ? 本当に好きなんだったら信じてあげな、あの子なら受け入れてくれると思うよ」
「でも、どうやって切り出せば」
「場所と始め方を気にしているの?」
「……はい」
 伸二さんのお姉さんは少し考えて
「なら今日このステージが終わったら校舎の裏にいて、和樹君を上手く連れ出してくるよ」
「え、でも仕事が」
 私の仕事はこれで終わりだけど先輩はまだ……
「それなら問題無いよ……どうする?」
 私は考える。
 頼ってしまっていいのだろうか?
 でも私だけでこの状況を打破出来るかといえば……
「遠慮はいらないよん」
 まるで何事も無いように笑う伸二さんのお姉さん。私は決めた
「その……お願いします」
「よし、分かった……そろそろかな」
 伸二さんのお姉さんはまたマイクを回して
「行くぞー!」
 と他のメンバーに声をかけてステージに上がった。
「新入生の諸君! 盛り上がってるかー!」
 新入生が盛り上がる。凄い。
「よっしゃー、じゃあ一曲目いくぞー!」
「……あれ?」
 一曲目?

 ・

「次はずっとスピーカーオンだな」
 プリントを見てスピーカーをオンにする。
 それにしても明里さんは凄かった。まだ少し緊張気味の新入生の殆どが盛り上がり、終わった頃には緊張が殆ど解けていた。
 そして何より……五曲も歌った事だ。普通そこまでやらない、文化祭かよ……
 あのテンション、伸二の姉さんとは思えないな。
「次は技術部の紹介です」
 技術部がパソコンを使って紹介をし始めた時、放送室の扉が勢いよく開いた。
「和樹! 和樹はいるか!」
 心で噂をすれば何とやら……俺は扉の方を見て言う
「なんすか、明里さん」
「君を攫いに来たよ!」
 わけがわからない。
 俺と同じ担当で違うクラスの巧君なんて口を開けて呆然としている。
「絶好調ですね……何の用ですか?」
「だから君を攫いに来たのさ」
 そう言って腕を掴んできた。
 ……え? 本気?
「何処に連れて行く気ですか!」
「まーまー、黙ってついてきなさいな」
「いや、仕事が」
「それは大丈夫、後輩の絢香が変わるから」
 明里さんの後ろから女の人が出てくる。
「あ、絢香先輩!?」
「久しぶり、タク坊」
 あれ? 巧君と知り合い?
「じゃあ任せたわね、絢香」
「了解です」
 明里さんがグイグイ引っ張ってくる
「いや、でも」
「大丈夫よ」
 絢香さんは明里さんと同じテンションだ……
「和樹君、大丈夫だ」
 巧君まで何言ってるの!?
「よし、行こう!」
「え、いや、ちょ」
 抵抗虚しく俺は放送室から出された。
「本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫大丈夫、あっちはあっちでラブロマンスが始まってるからさ」
「……?」
 ラブロマンス?

 ・

 明里さんに連れて行かれたのは校舎の裏。
「あれー? かなみちゃーん?」
「え?」
 何でかなみさん?
「ここでかなみちゃん待ってる筈なんだけどなー」
「…………」
 訳がわからない
「あれ? なんだこれ珍しー、ほら見て」
 明里さんが見せてきたのは何かの毛、 明里さんテンション高いな。
「狸の毛かな? ここら辺にもいたのね……じゃなくてかなみちゃんは?」
 俺に聞かれても……狸?
 明里さんが捨てた狸の毛の周辺を見る。
 水捌けが悪いのか地面が濡れており、三種類の足跡がハッキリと残っている。
 一つは人の物。俺よりも小さい、女子の平均はこのくらいだろうか。
 残りの二つ目はとてもよく似ている。一つは恐らく犬の物、もう一つは犬にも猫にも似た感じの足跡だ。
 人間の足跡は周辺を走った後途切れており、途切れた先からはその謎の足跡が続いている。
「……これは」
 謎の足跡と犬の足跡は学校の裏にある小さい山に続いている。
 犬の足跡……追われる人……人に変わるように出た小さな足跡……
 これだけ揃えば、誰でも容易に想像出来るだろう。
「かなみさん!」
「ちょ、和樹君何処行くの!」
「明里さんは念の為そこで待っててください!」
 俺は山の中に走っていった。

 ○

「うう……」
 木のツタで出来た小さなスペースに隠れる私、姿は人間じゃなくて狸だ。
 犬だけは……駄目。
 伸二さんのお姉さんに言われて校舎裏で待っていた私の元に来たのは一匹の大型犬。
 私にじゃれつこうと寄って来たその犬を見て私は恐怖のあまり狸の姿になってしまった。
 狸になった私を見た途端犬の目は変わった。鋭い、逃さないという目つき。
 口からは涎が垂れ、明らかに体温調節では無い息の荒さ。あれは……
「狩りの目……」
『何処から食べてやろうか』そんな声が聞こえた気がして私は校舎裏のすぐ近くに小さな山に逃げ込んだ。

 手入れがされておらず、そこそこ入り組んだこの山においても狸より犬の方が優位だった。
 いくら小さい、私にしか入れない空間に逃げ込んでも待ち伏せされたら終わりだ。
 犬の嗅覚で場所がバレるのは時間の問題だろう。現に吠える声が近づいている。
 走れば負ける、隠れれば待ち伏せされる。私では何とも出来ない。
「先輩……和樹先輩」
 目を閉じて一番親しい……と、思う人の名前を呟く。何を虫のいいことを。
 先輩が私をどう思ってるか分からないと突き放したのは私だった。
 今では親しいと言えるか分からない、私はそう思いたい。
 だから私は祈る。さながらヒーローのように誰かが現れてくれるのを。
 それが出来れば和樹先輩であれば……
「かなみさん!」
 聞き慣れた声に顔を上げる。
「先輩……先輩!」
 声を上げるが狸の体では大きな声が出ない。
「何処だ……かなみさーん!」
 先輩の呼ぶ声に思わず出てしまう。
 先輩の声がする方に全力で走る。
「かなみさー……ん?」
 先輩の目の前に飛び出てから気づく、今は狸の姿だった。
 山に狸、あり得ない事は無い。これでは先輩は気づかない……
「かなみさん!」
 先輩が私を抱き上げる。
 ……え?
「分かるんですか?」
「ん? そりゃあわかるよ」
 この距離なら声も届く。
「先輩……」
「大丈夫大丈夫……っておわ!?」
 先輩が何かを見て飛び上がる。見るとさっきの犬が私達を睨んでいた。
「かなみさん」
「な、なんですか?」
「……野犬?」
「まあ……はい」
「えー」
 先輩は溜息をついて
「逃げる」
 と走り出した。犬もそれに反応して走り出す。
「なんであんな鋭い目してんだよ!」
「お、重く無いですか?」
「そっちは全く問題無い!」
 と、先輩は木の枝を折って犬に投げつける。
 投げつけた木の枝が見事に犬の目にクリーンヒット、犬かキャウンと情けない声を出す。
「よっしゃ、今のうち!」
 先輩は私を強く抱きしめて走り出した。

 ○

「ここまで……くれば……大丈夫……だろ」
 先輩が肩で息をしながら地面に座り込む。
「先輩……」
 気持ちも落ち着いたので私は人間の姿に戻る。
「怪我無い?」
「は、はい」
「よかった……」
 笑顔を浮かべる先輩を見て疑問を口にしそうになる。

『何で助けてくれたのですか?』
 いや、違う。
『先輩はどうしてそんなに優しいんですか?』
 これも違う。私はそんな事を聞きたいんじゃ無い。
 私が偽者なのだろうか? 先輩は私を……

「先輩」
「ん? 何?」
 私は心を決めて先輩の目を真っ直ぐ見て一番聞きたくて聞けなかった事を口にする。
「先輩は……私の事、どう思ってるんですか?」

 ・

「先輩は……私の事、どう思っているんですか?」
 かなみさんがそう言ってきた。
 どうって……そりゃあ……
「俺は、かなみさんの事……」
 真剣な顔で真っ直ぐ見つめてくるかなみさんを見て気づく。
 ああ、そういう事じゃ無いんだな。どういう経緯で聞いてきたかはわからない。でもどういう気持ちで聞いてきたかは分かる。
 不安が顔に出てるよ、かなみさん。

「かなみさんはかなみさんだよ」
「私が……偽者でもですか?」
 偽者……?
 少し考えて思い当たる。ああ、あの話。なるほど、そういう事。
 俺はかなみさんを真っ直ぐ見つめ返して言う。
「かなみさんは……俺の……」
 想い人……は今言うべきじゃないか。
 じゃあ、答えはこれだ。
「かなみさんは俺の可愛い後輩だよ、偽者なんかじゃない」
「先輩……」
 今にも泣き出しそうな顔を見て思わず頭を撫でる。
「先輩……本当に?」
「本当だってば」
 かなみさんは笑いながら泣き出した。

 俺の本当の、かなみさんが好きな想いはまだ伝わっていない。
 でも……今は、これでいいかな?

 ○

 先輩が自販機で買ってきた飲み物を貰って二人公園の椅子に座る。
 学校は……もう反対方向だ。
 少し他愛ない話をして、何と無くお互いに黙る。
「先輩、私」
 私は切り出す。やっぱり伝えておきたい。
「生まれた時は人間の姿だったんです。始めて狸耳が出たのは幼稚園の時、狸自体になったのは小学校入学の時でした」
 突然の話だけど先輩は黙って聞いてくれる。
「だから、その……もしかしたら違う姿に、違う人間になれるのかもしれませんけど……そんな事、考えた事も無かったんです」
 先輩はコーヒーを一口飲んで
「かなみさんには大変な事かもしれないけど……俺は別に気にしないよ」
 先輩は残ったコーヒーを一気に飲んで
「ただ……伸二は殴る」
 とコーヒーの缶をゴミ箱の方に投げた。
 カンッという音と共に缶がゴミ箱の淵に跳ね返される。
「うわ……恥ずかし」
 私達は顔を合わせて、お互いに笑いだした。

2015/02/10(Tue)03:16:14 公開 / タキレン
■この作品の著作権はタキレンさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
読んでくださりありがとうございます。
『狸耳に狸尻尾、可愛い後輩気質の狸ヒロイン』そんな謳い文句で書きました。
もちろん和樹とかなみの物語はまだまだ続きます。(次は二人の前に美青年が……?)

あとがきは苦手なのでここまで

では、また何かしらの作品でお会いできたら……ありがとうございました。


作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
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