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『記憶のかけら、雪の中』 ... ジャンル:リアル・現代 未分類
作者:木の葉のぶ
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あらすじ・作品紹介
クリスマスなので、ちょっと書いてみました。
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その日の午後は、予報通りに雪が降った。
夜になったらやんだけど、私の住む町では珍しいことだから、少しばかり心が踊る。
「いってきます」
いつもどおり、誰もいない部屋に小さく声をかけてから、家を出た。
これまた珍しいことに、幼馴染からの誘いがあったから。
「記憶のかけら、雪の中」
通りはクリスマスのイルミネーションで溢れていた。道行く人たちの顔も、心なしか嬉しそうに見える。歩道にも街路樹にも、ポストの上にまで雪が積もっていた。それらを横目に、私は軽い足取りで走っていく。頭上には星がまたたいていた。雪は一気に降って、あっという間に街を白く染めた後、気前よく去っていってしまったのだった。
「なんだ、また走ってきたのかよ」
息をはずませて学校の前までやってきた私に、あきれたように彼は言った。短髪にしっかりした体つき。一目で運動部と分かるようないでたちの彼だが、今日はマフラーとコートに身を包んで寒そうにしている。
「なんかもう、走るの癖になっちゃって」
中高と陸上部だった私は、走ることがもはや日常になっている。高3になって引退した今でも、気が付けばこうして足が動き出してしまうのだ。冷たい風が頬をなでるのが気持ちよくて、冬だっていうことも忘れる。コートを着ていたから暑いくらいだ。
「で? 話ってなに」
私が聞くと、彼はうーんとうなって首をひねった後、「とりあえず入ろうぜ」と言って開きっぱなしの門へと足を踏み入れた。
うちの学校はそういうところがゆるい。教員室の明かりはまだついているが、生徒の影はない。受験前というのもあるが、この時間はもう部活動もない。でもこうやってこっそり入ることができるのが、この学校のちょっと抜けているところというか、変わったところだ。
「わあ、白い」
グラウンドを見て、思わず声をあげてしまった。
一面が雪に覆われていたのだ。まだ人の立ち入っていない、まっさらな雪。さくさくと踏むと、足跡がつく。
彼は校舎のなかに入るのかと思ったら、そのままグラウンドを歩き出した。私も黙ってついていく。
二人が雪を踏む音だけが、静かな夜に響いている。
「小さい頃の佑人だったら、まっさきに走り出してたね」
大興奮しながら。私がそう言うと、彼はむっとした顔で言い返してきた。
「お前は昔も今もそうやって冷静沈着なんだろ、どうせ」
「はいはい」
幼い時期から、私たちは正反対だった。好奇心旺盛で活発な佑人と、静かな私。小学校から今までずっと一緒だけど、それは変わらない。大きくなった彼が少し落ち着いてきた、とか、それくらいだ。
「俺たち、はじめて喋ったきっかけも、グラウンドだったよな」
唐突に佑人が昔話を始めるから、少し驚いた。こいつ、こんなキャラだったっけ。
「そうだね」
あれは小学校三年生のとき。クラスの違った私と佑人は、ふとしたきっかけで互いを知ることになった。グラウンドで、私はドッジボール、むこうは手打ちをやっていたんだっけ。彼の投げた剛速球が、狙いがそれて、あろうことか別のところで遊んでいた私の顔面に、クリーンヒットしたのだ。
「あの時はマジでびびった。お前、鼻血出てるのに表情一つ変えずに、『だいじょうぶだいじょうぶ』って言うんだからさ。コイツ強すぎだろって思った」
「あの頃はよく顔面から転んだりしてたから、慣れてた」
そう私が返すと、彼はおなかをかかえて笑い出した。失礼だ。こっちは大真面目なのに。
そうなのだ。それから一緒に遊んだりするようになって、なんとなく同じ中学に行って、高校に行って。私は陸上、彼は野球を六年間続けた。夏に引退してからは、お互いこのグラウンドからは遠ざかっていたけれど。
「そうそう、あそこの水飲み場」
ふと思い出して指差してみる。
「あそこで部活中休憩してるとき、ランニングしてる野球部をよく眺めてた」
少し季節を巻き戻し、青空や白い雲を頭に浮かべる。滴る汗をシャツで拭きながら、水分補給をしているとき、いつも佑人が走っているのが見えた。その真剣な目は、いまでも思い出すことができる。
「ヒロはいつも、あのあたりで練習してたよな、スタートダッシュ」
彼はそう言って私をいつものあだ名で呼ぶと、グラウンドの片隅に目をやった。そこはまさしく、いつも私が部活で使っていた場所だった。
「ね、いつもあそこから走ってた」
思いかえせば懐かしくなることばかりだ。部員たちの顔や、きつかった練習が次々と瞼の裏に浮かんでくる。
大変だったけど、それでも充実していた。記録が出れば嬉しいし、自分で自分を乗り越えていくのが楽しかった。受験期に入り、走ることから遠ざかってしまったのが今はとてもさみしい。
私と佑人は、そうやって他愛もない話をしながら、雪の積もったグラウンドをゆっくりと歩いた。音が雪に吸収されて、密度の濃い静寂があたりを包む。世界中に私たちふたりだけになったなったような、そんな変な錯覚を覚えた。
たくさんの思い出話に花が咲く。私も彼も、グラウンドと共に過ごしてきた時間が長いから、それだけ思い入れは深い。身体を動かすことが好きという共通点。同じ場所を共有してきた部活。それらは、私と彼をつなぐには十分すぎるものだった。
「そういえばさ、いつかのクリスマスにもこうやって雪が降ったよな」
「小学校の頃?」
「そう」
そう、今夜はクリスマスイブだ。いつも通り親は仕事で家に帰ってこないし、うちではこれといったことをしたことがないから、特に何も感じることはないのだけど。街のイルミネーションがまぶしいってくらいで。
「ああ、思い出した。佑人が、サンタさんへのプレゼントを何にしようか夢中になって考えてる横で、私言ったのよね。『サンタさんなんて本当はいないのよ。あれは親』って」
あの時の彼といったら、それはそれは猛然と反論してきた。今より数段高い声で、『そんなわけねえだろ! サンタさんはほんとにいるんだよ!』とか言ってた気がする。
「あのときはごめんね。私、いっつも冷めてるから。クリスマスとかも、家族で祝ったことなくてさ、楽しそうな佑人が羨ましかったんだと思う」
サンタさんなんてはなっから信じていなかったけれど、一度くらいはプレゼントをもらってみたい。幼心にそう思って、彼にいじわるを言ってしまったのかもしれない。
私はいつも現実ばかり見てる。夢さえ見ない。陸上だって、頑張れば頑張った分だけ結果がついてくるからやっていたようなものだ。ふわふわした幻想を抱くことができないのは、今に始まったことではない。
「こんな冷たい女と一緒にいたら、なんだか佑人までダメになりそうって、たまに思う」
「それはない」
私のつぶやいた一言に、間髪入れずに佑人が言葉を重ねてきた。見上げると、彼のまっすぐな目がこちらを見ている。
「それは、ない。ヒロは冷たくなんかないし」
そして、きょとんとする私の冷えた手をとって、こう言った。
「俺がそばにいたいから、一緒にいるだけ」
こんなに寒い夜なのに、彼の手は何故だが暖かかった。
顔まで熱が上がってくるのを他人事みたいに感じる。
戸惑いながら私は言葉を返した。
「冷たいよ。手だってほら、こんなに」
「手が冷たい人は、心があったかいって言うだろ」
「なんで、いきなり、こんなことするの。こんなこと言うの」
「いやだってほら、クリスマスイブだし。受験のせいでなかなか会えないし。俺ら、春には高校卒業して別々の大学行くかもだから、今言っとかなきゃだし」
後半になるにつれてぼそぼそと喋る彼につられて、こっちまで恥ずかしくなってくる。
こういうことになるのを、考えていなかったわけじゃない。クリスマスイブにわざわざ呼び出すなんて、何かあるとは思っていた。でも、いざこういう雰囲気になると、それはそれで戸惑う。ボール遊びをしながらグラウンドを走り回っていたあの頃の私たちとは、もう違うのだ。
それでも、改まって深呼吸をしている佑人を見ていると、はじめて会った時の面影が見え隠れして懐かしくなる。根本的な部分は、今も昔も変わっていない。
「俺がさ、今からいうことさ、嫌だったら拒否ってくれていいから」
そんな言い訳がましいことを言わなくてもいいのにと思った。
嫌だったら、突然の呼び出しに応じたりはしない。
「そんなの、今更でしょ」
そっけなく言うと、佑人は困ったように笑った。その顔をいつまでも隣で見ていられるように、大人の真似をして約束を取り決めるのも悪くはない。もう子供ではないのだから。
大人と子供の中間のような微妙な時期に迎えるクリスマスというのは、不思議なものだ。サンタさんからプレゼントをもらうわけでもなく、恋人繋ぎで街をデートするわけでもなく。
今はこの真っ白いグラウンドが、私たちにお似合いだと思った。
視界の端に、二人分の足跡が映る。少し歩幅の広い彼と、その横を歩く私。
ちょうどグラウンドをぐるりと一周したその軌跡の上に、一瞬だけ、幼い頃の私たちや、部活に励んでいたころの記憶が重なって見えた。自然と笑みがこぼれて、それらを大事に胸にしまう。
私は改めて、目の前の男子と向き合った。緊張した面持ちの彼は、どこかやっぱり抜けていて、どこまでいっても昔のままで。
雪化粧をしたグラウンドは、今から始まるドラマの幕開けにぴったりの舞台だ。
「ずっと言おうと思ってたんだけど。俺、ヒロのこと――――」
次の言葉を待つ私の鼓動は、静かに、それでも強く強く鳴っていた。
<END>
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2014/12/24(Wed)20:47:29 公開 / 木の葉のぶ
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■作者からのメッセージ
お久しぶりです。
最近は、創作自体は行っているのですが、ここに載せるのはためらわれるような半端で適当なものばかり書いています(努力と気合が足りないですね)。別のサイトで活動していたりもします。
そんな私ですが、久々にこちらにもお邪魔してみました。この話も、肩の力を抜いて書いた代物なのですが、いかがでしょうか……ご意見・ご感想、お待ちしています。
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等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
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