『ロボタ』 ... ジャンル:ショート*2 SF
作者:江保場狂壱                

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みなさん、初めまして。私はロボット博士の山田太郎と申します。
 この度私が作り出したロボット、ロボタの発表会に来ていただきありがとうございます。
 ロボタとは最新型の人と会話ができるロボットです。
 大きさは六歳児の平均ほどで、二足歩行を可能とします。だるまさんがころんだとか、おいかけっこにサッカーもできる優れものです。
 最大の特徴はズバリ会話です。普通はこんにちはと言ったら、こんにちはと帰ってくるものです。ところがロボタには衛星時計が内蔵されており、的外れな時間に挨拶するとやんわりと注意してくれるのですよ。
 さらに目の部分は識別センサーが組み込まれており、顔と声を登録すればその人のことを忘れません。ロボタはサーモグラフィ機能や、音声識別も組まれており、登録者の体温を記録し、異常があれば医者や医療品を進めてくれます。音声でも感情に反応してそれにふさわしい会話をしてくれるのです。
 例えばイライラしているときに声をかけると、
「何か嫌なことがあったのですか?」と答えてくれます。
 そして怒鳴り散らされても、当たり障りない受け答えをしてくれるので、ストレスが解消されます。それは悲しい時も、楽しい時も一緒です。
 あとしりとりをしたり、なぞなぞを出したりもします。さすがにトランプとか将棋はできませんが、将来はさらに改良してみせますよ。
 ロボタはおもちゃではありません。子供たちの友達です。世の中には友達が作れない子供が大勢います。人とコミュニケーションが取れず、孤独に過ごす場合もある。私はそんな子供たちの為に友達を作ったのです。
 友達ですから、登録者の言うことをすべて賛同するわけではありません。会話のパターンを分析し、登録者がねだっても拒否することがあります。もちろんその理由をきちんと優しく説明しますのでご安心を。
 え? 私がロボタを作った理由ですか。それは私の夢です。どうしても叶えたい夢だったのですよ。

 *

 私が幼稚園児の頃の話です。もう半世紀も前ですけどね。私は一人っ子で、幼稚園でも友達はいませんでした。友達はロロちゃんだけだったのです。
 ロロちゃんを知っていますか? 林檎のように丸い形の赤いロボットで、アニメにもなった人気キャラクターです。今でもファンが多い愛されたキャラですね。
 私はロロちゃんのぬいぐるみが大好きでした。よく布団に籠ってロロちゃんと一緒にオリジナルのストーリーを作って遊んでいたのです。今考えれば私はネクラな性格でした。両親は共働きだったので、私と遊ぶ時間がなかったのです。
 呼び名にもこだわっており、父親がロロと呼び捨てにしたら「ロロじゃない、ロロちゃん!!」と怒って訂正させたものでした。くだらないこだわりですが、子供の頃は自分の作った世界がすべてだったのです。
 ある日、母親が本物のロロちゃんに会いたいと尋ねました。私は即会いたいと答えましたね。そしたら母親は今度の日曜日に連れて行ってあげると言ってくれました。おそらく普段構ってられなかったので、お詫びの意味を込めていたのでしょう。
もちろん架空のキャラが実在するわけがありません。ですが子供の頃の私は現実と架空の区別はついていなかったのです。ああ、それが私の世界を崩壊させるきっかけになるなど思いもしませんでした。
 これが女の子なら気づいていたと思います。なにしろ小学校に上がった頃女子に話を聞きましたが、その頃から現実と架空の区別はついていたそうです。男と女では、女の方が早熟しているからだと知りました。これは私の娘も一緒です。あの子は着ぐるみを見ても「ふーん」と冷めた目で見ていましたから。
 当時の私は有頂天でした。ロロちゃんに会える。ロロちゃんと友達になれる。もちろんロロちゃんの大きさは私と同じくらいだと信じていました。
 ロロちゃんに会える喜びで心臓の鼓動が高まっていきました。そして運命の日、両親と一緒に遊園地に遊びに行ったのです。
 観覧車もコーヒーカップも興味はありませんでした。私の脳裏に遭ったのはロロちゃんに会えることだけでした。
「ほうら太郎。向こうにロロちゃんがいるよ」
 母親が遠くを指差しました。その先には赤くて丸い体をしたロロちゃんがそこにいたのです。当時の私はロロちゃんに会いたい、ロロちゃんと手を繋ぎたい、その一心だけでした。
 私はすぐ駆け出しました。途中で転びそうになったけど、ロロちゃんの元へがむしゃらに走ったのです。
 ついにロロちゃんと対面しました。ですが私が発した言葉は喜びではなかったのです。
「ちがうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
 後日母親が教えてくれたことです。実は当時の記憶は非常に曖昧でした。
 憧れのロロちゃんに会えたのに、なぜ違うと否定したのか? 答えは簡単です。
 ロロちゃんの身体は大きかったのです。それは父親より一回りの大きさでした。
 私の頭の中にあるロロちゃんは私と同じ大きさです。あの時見たロロちゃんはまさに巨人でした。私の小さな体をすっぽりと包みこむ、怪物に見えたのです。
「うべぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
 私の幻想は木端微塵に砕かれました。私は泣き叫び、さらに吐き出したということです。
 おそらく着ぐるみの汗臭さが原因だったかもしれません。着ぐるみの臭いは結構きついですからね。そのせいで吐き出したのでしょう。
 母親から当時の私は涙を滝のように流し、身体の体液をすべて吐き出しかねない勢いだったそうです。着ぐるみの中の人は私を撫でてくれましたが、かえって逆効果で悪化したと言います。
 視界は歪み、闇に閉ざされました。その時ぐしゃりと砕けた音が聞こえました。それは世界が、私の信じている世界が砕けた音だと思っています。
 意識を取り戻したのは帰りの車の中でした。私はすっかり衰弱しており、後部座席で寝かされていたのを覚えています。時刻はすでに夜で、母親はしきりに謝っていました。私が喜ぶと思っていたのに、こんなことになるとは思わなかったそうです。
 ちなみに小学生時代、同じクラスメイトに訊いた話ですが、その人は本物のロロちゃんに会えて嬉しかったと言っていました。たぶん私と感性が違っていたのでしょう。私はその友達が羨ましいと思いました。
 家に帰った私はロロちゃんをゴミ箱に捨てました。私の中ではロロちゃんは死んだのです。あの日私は友達を失ってしまいました。数週間はまるで抜け殻だったと母親は教えてくれましたね。幼稚園でその話をしたら同意してくれる友達ができたのは皮肉でした。
 空想の友達を失った代わりに、現実の友達を得られたのだから。

 *

 これが私の昔話です。私は幼少時のトラウマを克服するべくロボット工学の道を選びました。ロボットの友達を作る。それだけが私の執念でした。その執念はようやく実を結び、こうして夢は実現したのです。義理の息子も研究を手伝ってくれました。
 値段は軽自動車並みに高いですが、すでに限定百体はすぐ売り切れになりました。大量生産されれば値段も安くなりますし、故障したり、飽きた場合でもロボタを回収する契約をしてあります。
 私には今年幼稚園に入った孫がいます。孫の為にロボタを紹介しました。
「ボク、ひろしくんたちとあそぶのがいい」と言われてしまいました。孫は私と違って友達を作るのが上手だったのです。
 ですが私は落胆などしていません。ロボタは私を慰めてくれました。さすがに自分の作ったロボットと感心しましたね。ロボタの性能を私が身を持って確認したわけです。
 それに孫もロボタを拒否しましたが、「おじいちゃんはすごいひとだね」と慰めてくれたのです。孫の言葉が一番癒されたのは皮肉でした。
 ちなみに妻と娘がロボタを愛用しています。私は仕事が忙しく家庭を顧みなかったためです。ロボタを相手に毎日愚痴をこぼしてすっきりしていました。
 義理の息子とは一緒に酒を飲んでいます。彼も仕事を優先にしていましたから。二人で妻たちがいないときにロボタと会話を楽しんでいます。まったく人生どう転ぶかわかりませんね。

 終わり。

2014/11/21(Fri)17:18:09 公開 / 江保場狂壱
■この作品の著作権は江保場狂壱さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 ぬいぐるみは好きだけど、着ぐるみは嫌いという人の話を参考にしました。
 子供の頃はなんというか現実と空想の区別がついてないと思うんですよ。
 あと姪っ子も幼稚園児の時はプリキュアが好きだったけど、小学校に上がったら見なくなったと言ってました。それも参考にしております。

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