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『僕と赤』 ... ジャンル:ショート*2 ファンタジー
作者:雇われ世界観
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今日も一日が終わろうとしている。空の赤は町を包み人の心を少なからず感傷的にさせる。僕も赤に煽られた一人だった。十年前、世間一般で言う青い春を共に過ごした仲間はもうすでに働いて家族を養っているというのに、僕は今日も怠惰をむさぼっているだけだった。機会があれば働くのになぁ……。そんな気は無いくせにとりあえず、そんなことを考えていますよ。と、タイミングが合わないだけですよ。と、誰にするでもない言い訳が頭の中をジャックする。
手をポケットに突っこんで裏路地を歩いていると、いつからそこにあるのか、既に判別ができないほどの駄菓子屋があった。これからこういった商店が増えていくことは無いのだろう。そんなことを考えると、また自分の心に染み入る何かの存在を感じた。さらに進むと、公園があった。どこにでもあるような滑り台に、どこにでもあるようなブランコ。初秋の風が遊具を揺らす。木製のベンチが赤く染まっていた。ベンチの隣にある掲示板には、マンションのチラシが張ってある。こんな公園もいつかは無くなる。普遍的なこの公園に少し愛しさを感じてベンチに腰を掛けてみた。自分もいつか、こんな公園で世界が赤くなるまで遊んでいた。そうだ、缶けりをしていた。いろいろなルールを作って鬼ごっこをしていた。こんなベンチに座って、ゲームをしていた。なぜなのだろう、はるか彼方の記憶が昨日のことのようにフラッシュバックした。
その時、僕は、膝をすりむいていた。友達と遊んでいる中で負った怪我なのだかなぜ怪我をしたのかは思い出せない。受傷した幼い僕は、ポケットに入れていた五百円玉を、強い夕焼けの光の中探していた。今ではランチすらままならないその金額は、あの頃の僕にとっては門限という、ある種絶対的な制約よりも価値があった。
世界の赤は徐々にその色を深め、街灯には明かりがともり始めた。既に、思い当たるすべての場所での捜索を終えた私は、帰巣するカラスのように疲れ果て、また途方に暮れていた。そんな中、とある場所が目に入った。砂場だった。誰かの作っていった砂のダムや大小の山が残っている。たくさんの足跡の残ったその砂場はもはや、私にとって最後の希望だった。捜索にあたってまず私は一つずつ山を足で崩していった。途中から手を使っての捜索に変更したが、ついに最後の山にも五百円玉は混入していなかった。わらにもすがる思いで、水の染みきった砂のダムの壁を手で崩した。見当たらない。既に希望がない事は幼いながら気づいていた気もする。だが私は砂の染みきったダムの貯水部を手で掘り返したのである。見つからなかったことに対する苛立ちからなのか。深く、深く、深く掘り、やがて手首まですっぽり砂に覆われ、穴の中の状況は指先の感覚に委ねられた。その時、ダムの中の、私の手が何者かによって強く握られた。まぎれもなく人の手だった。温かくて柔らかい、人間の手であった。思考停止した私の手をダムの住人は強く強く握っていた。いったいどれくらいの時間の間、私は、彼(彼女)と繋がっていたのだろう。私の手を締め付けるように、まるで、何かを必死に祈るように握っていたその手は徐々に力を失い、冷たくなっていった。やがて、完全に一人になった私が、ダムから手を出した頃にはもう辺りは海の底のように暗かった。
あの手は、僕に何を伝えたかったのだろう。今となっては、いや、当時考えたとしてもきっと割り切れる答えは得られないのかもしれない。
あの公園は、今もそこにあるのだろうか。それとも、マンションや駐車場に変わってしまったのだろうか。今度実家に戻ったら確認してみよう。
分かるもの、分からないもの。生まれるもの、失われるもの。白と黒に分けることのできないこの世界はいつだって物事を曖昧にする。だから、この赤く染まった世界に、人々は惹きつけられ、心を乱されるのだろうか。ふと立ち上がり、ポケットから手を外すと、ポケットの中から五百円玉が零れ落ちた。地面に落ちた五百円玉からはかつての輝きは感じられず、消えかけの蝋燭のように頼りなく光っていた。あぁ、僕は失ったんだ。そう思った。硬貨を拾い上げ、まっすぐ前を見た僕は、真っ赤な世界の端っこでくしゃみをした。
もうすぐ夜がくる。
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2014/11/08(Sat)23:33:27 公開 / 雇われ世界観
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