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『水音はのたまう』 ... ジャンル:ショート*2 ホラー
作者:夏夜
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あらすじ・作品紹介
その夜、私は探し物をしていた。とても大事なものだった。あれがもし他のものにでも見つけられたらと思うと、寒気がする。私はなんとしてもあれを探しだなければならない。そんな私の耳に、川から音が這ってくる。
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夜。
太陽が暗い藍色にぱっくりと飲み込まれてしまったかのような、月明かりさえもない暗い暗い夜の事だった。
とても大事なものを失くしたと気が付いた私は、いやいやながらもこの場所にやってきていた。
家の近所の川だ。
底は決して深くないその川には錆びた古い橋が架かっている。その両端と中央にえのきのような街灯がたよりなくささっていた。中央の街灯の下には花束が供えてある。今朝、私が置いたものだ。
私は姿勢を低くして、足元を注意深く見ながら、その橋の下周辺をさまよっていた。
生臭い川の匂いに交じって、ふと、線香の香りがする。やはり服は着替えてきたほうが良かったかもしれない。おろしたての服を汚してしまうのは少し気が引ける。
ぱしゃん
川の中央付近で何かが跳ねた。
見やると見慣れた魚の尾びれらしきもが見えた。恐らく鯉だ。
私が小学生くらいの子供であったなら嬉々としてエサを与えに言っただろうが、20代も後半に差し掛かった今、それもこの状況では鯉なんてものはどうでもよかった。問題は私の失くしものなのだ。あれを見つけないと大変な事になる。最近は彼女に会うたびに外していたものだから、左手の薬指にあるはずのそれの事をうっかり失念していた。
ばしゃん
さっきよりも近い位置でなにかが跳ねた。
この川の魚類は随分と活発らしい。
探し始めて1時間程経ったころ、私は茂みの中、丁度マツヨイグサの咲いている所にきらりと光るそれを見つけた。
指の先をつかって慎重にとりあげれば私はきらきらとまたたく銀の輪の向こうに、たぷたぷと流れる黒い川を目視することができた。
ぼちゃん
すぐ近くで音がした。
がぷがぷごぽぽ
あまり聞く事のない水音が川べりから聞こえる。
私はそこで初めて川を注意深く見た。
さびしいくらいの光に照らされた川に、1匹の魚が泳いでいるのがやけにはっきりと見えた。さきほどの音を立てて跳ねたのは、きっとこいつだろう。それは左右についいついいと触れながら、私の方へ近づいてくる。
鯉かどうかは私には判断できない、いや、でもきっと鯉だ。この川でこの大きさの黒い魚は、鯉くらいしか思いつかない。単に私の知識が足りないだけかもしれないが。
しかし、どうだろう。あの鯉は鯉にしては妙な形をしている気がする。揺れるシルエットはまるで草のようなものが大量に引っかかっているかのような動きをしているし、何やら頭部だけも色が違う模様があるような気がする。
いや、模様じゃない。
私がそう確信したのはその生き物が私の足元、完全に目視できるその位置に顔を覗かせたその時だった。
顔だ。
ひゅ、と喉の奥が変な音を立てた。
何が起こったのかわからず、私は息をするのも忘れて、その魚を、いや顔を、あるいは両方を凝視していた。
それは先ほどまで私が喪主を務める葬儀で遺影として飾られていた写真そのままだったのだ。黒い、長い髪の毛のあいだから、ぎょろりとした目がのぞくのはなんともおどろおどろしいが、それはたしかに私の良く知る彼女の顔だった。
がぼがぼごぽぽ
水を飲みこんでは吐き、吐いては飲み込んでを繰り返しながら、彼女は水の底から響くような声で私をこう罵った。
「お前がころした」
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2014/06/12(Thu)22:43:58 公開 / 夏夜
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■作者からのメッセージ
単発完結です。
友人の課題のために書いた(不正ではないです)ものをリメイクして長くしてみました。読者の背中に氷をぶち込むにはどうすればよいのか、考え中の身であります。
読んで下さった方、ありがとうございました。
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