『原材料と味の間隔』 ... ジャンル:リアル・現代 ショート*2
作者:紺野代子                

     あらすじ・作品紹介
 日常の中に潜む違和感を無視しながら、しかし、それさえも無視できない日はある。そんな日を浸すと試験薬は何色に変わるのか。透明という人もいるかも知れないが、僕はどんな時でもそこに色はあると思っている。

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 13階建ての校舎の一室から外を見ると町全体が小規模の山で囲まれているのが分かった。今いるところは平野で、そういう開発しやすそうな場所を、昔の人は優先的に切り開いた。だからここに町があるのか。自分の持つ中学地理の知識を引っ張り出し、合点がいったものの、言葉にした瞬間その自信は霧散した。自分の言葉の意味が理解できなくて首を捻った。
 しかし、そんなことはどうでもいい。
 ミニチュア模型のような家が山のすそ野まで点在し、蛇行しながら伸びる灰色の道路を車が走っている。木々の緑は、よく考えると気持ち悪いほどに濃く、一見派手に見える諸々の広告看板は面白いくらい薄っぺらい。見覚えのある建物を見つけると不思議な気持ちになる。
 この町が、地元と比べるといかに小さい町かが一瞬で見て取れた。えらいところに来てしまったのかも知れない、と苦笑を漏らす。


 率直な感想を思わず口走りそうになった時、軽く肩を叩かれた。
 反射的にビクッとなり、叩いた相手を横目で見る。そこには先輩がいた。

 「待たせてごめんな。4限授業でさ。」
 「全然、俺暇だったし全然大丈夫なんで、それより先輩は5限あるんでしょ?」
 「休講んなってさ−、まじでラッキ−だわ」
 「マジですか。へぇ−、良かったですね。」
 「うん、それで、コレお前が来てなかった時の分の資料。一応だけど、あと、なんかわかんなくなったら言ってくれたら教えるんで、良かったらだけど。」
 「ありがとうございます。じゃあ、また木曜日に。」
 「うん、あ−、来てくれてありがとな。本当は俺が持ってければ良かったんだけど」
 「全然ですって、ほんと、ありがとうございます。」
 


 そのまま先輩と別れて登ってきた階段を降りた。エントランスの自動ドアまで来て雨が降り始めたことに気付く。もらった資料や、教科書類が濡れるのが嫌で、上がるのを待つことにした。すると余計に雨脚は強まり、帰りが遅くなった。

 そろそろ出るかというところで、再び先輩と出くわした。

 「雨降ってたのかよ…」
 「はい…、なんか俺が出ようとしたらちょっと降ってて、さっきまでほんとやばかったんですよ、帰れねぇって」
 「まじか−、気付かなかった」


会話の最中、鉛色の空がピシャッと光った。

 「あ、雷…」
 先輩がぼそりと呟く声は、ほとんど雷鳴にかき消されて、口の形からどうにか聞き取れるくらいだった。
 そのあともゴロゴロと雷は続き、再びの豪雨が始まる。
 
 「俺、傘もってねぇからなぁ。ちょっと待ってて、教室戻ったら誰か持ってるかも知らんわ。」
 「あの…」

 言う隙もなく先輩は行ってしまった。
 仕方なく待ってみる。
 ガラスの窓の外は雨水で少し見えにくい。普段なら聞こえるはずの電車の音も、今日は連続する雨音と雷鳴によって届かない。
 そうしているうちに、先輩は五分ほどで誰かを連れて戻ってきた。

 「傘二本持ってるんだって」

連れてきたのは、細身でショートヘアに眼鏡の似合う綺麗な女の人だった。

 「俺と同じ学部で同期の美香保、こっちは俺の後輩の」
 「初めまして、先輩にはサークルでいつもお世話になっていて」

 緊張気味に言うと、美香保さんは見た目からは一見想像できないような軽快さで笑った。

 「ふふっ、はは!隆が先輩ねぇ、想像つかないなぁ。」
 「おいコラ、ど−いうことだよ」
 「ごめんごめん、嘘だって!あ−、サークルってことはあの、学術研究みたいなやつかな?」

 不意に目が合う。
 「はい、そうです…」

 「へぇ−!いいねいいね!隆からいっぱい仕事の仕方とか盗みなよ−」
 「は、はい。」

 美香保さんはバックの中から折り畳み傘を取り出し俺に渡した。

 「これ、傘ね。家の方向どっち?」
 「理工棟の裏の方です」
 「おぉ、わたしと同じ方向じゃん。隆は駅のほうだよね?」
  先輩と美香保さんは二言三言交わして、その後俺らと別れた。

 そうして、二人で帰宅することになった。突然の展開に少したじろぐ。
 しかし、ここは単純に会話をできるだけ楽しむことにする。

 「そういえば、美香保さんはなんでまた、傘2本持ってたんですか?」
 「それは普通に置き忘れだよ!この前学校来たら途中で雨やんだ日があって。」
 「あぁ、ありましたね、2、3日前だっけ。」
 「そうそう、そういうこと−。しかし、隆はかなりキミのこと好きやなー」
 「そ、そんなことないですよ…」
 「勿論、恋愛的なそれじゃないよ!そうじゃなくってさぁー、自分の傘持ってたじゃんか。」
 「…あ、確かに…」
  しかし先輩は傘が無いと言って美香保さんのところに行ったはずだ。貸す傘が無いということだったのだろうか。
 俺はちょっと首を捻る。
 「隆はバカ…おっと失礼、素直なやつだから計算とかもないだろうし、そこから導きだせる結論だよ」
 「そう、なんですか」
 美香保さんはちょっとうなずいた。
 「じゃあ、わたしはここで!またね〜」
 美香保さんが立ち止ったのは、いわゆる邸宅の前だった。
 「え?えぇっ」
 僕が戸惑っているのをよそに彼女は家の扉に手を掛けた。
 「今度遊びに来てね!傘はいつでもいいよん!」
 そうして扉の中へ消えていった。
 
***

美香保さんという美しくも大胆な女性が、あの先輩の友人であることと、さらに彼女がどうやらお嬢様だということを
僕は一瞬理解出来なかった。

理解が追い付いた頃には、美香保さんはあの素晴らしい建物の中に消えた後だった。

「えぇぇ、先輩の交遊関係すげぇぇぇ」

僕は豪邸の前で小さく叫んだ。

***

2015/12/15(Tue)01:15:32 公開 / 紺野代子
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