『ネタバレオバケ』 ... ジャンル:ショート*2 リアル・現代
作者:江保場狂壱                

     あらすじ・作品紹介
 ネタバレオバケをご存知ですか。漫画好きの子供に漫画のネタバレをしては楽しみを奪う悪質なオバケなのです。時代が変わりネタバレオバケは相も変わらずネタバレを繰り返しますが……。

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ネタバレオバケをご存じだろうか。ネタバレオバケは漫画のネタバレをするオバケのことだ。漫画の展開を待つ子供の楽しみを奪う悪質なオバケである。
 その姿は丸くて白いアドバルーンのようにふわふわした姿だ。そしてその顔は笑っているが人を小馬鹿にし、見下している不愉快な表情である。
ネタバレオバケの悪行は、漫画雑誌の人気品の次回の結末を教えるのだ。
「次回で主人公が味方に刺されるよ」
「次回でヒロインが誘拐されるよ」
「次回で敵が寝返るよ」
 それを知った子供は泣き出すか、怒り出すかのどちらかだった。なぜなら松楽しみを奪われたからである。漫画の展開を期待するのはもちろんだが、漫画の発売日を今か今かと待ち続けるのも楽しみの一つなのだ。それを奪われたら感情が爆発して当然と言える。
 ネタバレオバケの正体は漫画を嫌う人種の感情が集まった存在だ。勉強だけさせたい親気持ち、自分が知らない異質の文化を認めたくない教師の気持ち、そして漫画に人気を奪われた小説家の気持ちが集まっているのである。
 ネタバレオバケは子供達から漫画の楽しみを奪い、それに嘆く子供たちの負の感情を吸い取って急成長しているのだ。特に勉強ができる真面目な子供のところにやってくる。勉強をしないで漫画を読もうとすればネタバレをするのだ。そしてネタバレオバケは悲壮な表情を浮かべる子供たちの顔を見て、してやったりといった笑みを浮かべるのである。
「漫画なんか読んでないで勉強しなさいよ」
 そう捨て台詞を残して去っていくのだ。それがネタバレオバケの最大の楽しみである。高度成長期で大人たちが日本のために骨身を削って働く時代であった。そして子供たちに大学へ行かせ、一流会社に就職させるためでもある。そんな時代なのだ。

 *

 ここ近年、ネタバレオバケの出番が少なくなった。最近は漫画だけではなくテレビゲームが発明された。さらにインターネットの普及で漫画を読む機会が少なくなっている。それでもネタバレオバケは消えることはなかった。まだまだ漫画を忌み嫌う人種がおり、子供達から待つ楽しみを奪って、嘲笑うためである。
「くっくっく、今日も子供にネタバレをしてやろう。そして勉強だけやってればいいことを教えてやるのだ」
 ネタバレオバケは悪意を含む笑みを浮かべる。そして深夜に部屋で一人勉強をしている少年の元へやってきた。見るからに秀才そうな顔立ちだ。その少年は漫画を読んでいる。内容は冒険漫画だ。さっそくネタバレオバケは少年の背後に忍び寄り、ネタバレをする。
「この漫画次回で恩人が助けに来るよ」
 ネタバレオバケは少年の顔を見た。だが少年の表情は変化していない。まったく動じていなかった。
「なんで動じないのだ。せっかく楽しんでいた漫画のネタバレをされたのだぞ。悔しいと思わないのか?」
「悔しいと言われても。僕は息抜きで漫画を読んでいるだけですので、ネタバレされても問題はありません」
 少年は初めて見るネタバレオバケを見ても平然と答えた。ネタバレオバケにとって信じられない反応である。
「なぜだ。なぜ、ネタバレされても怒らないのだ」
「そもそもこの漫画は僕のではありません。同級生の男子が難しくて読めないと言ってよこしたものです。息抜きにはぴったりだったので読んだだけです。新作は興味がないので買いませんが」
 ネタバレオバケは耳を疑った。漫画が難しくて読めない? そんな馬鹿な話があるものか。
「どうも僕の年代では漫画の読み方が理解できない人が多いようです。僕に漫画をよこしたのは成績が良くない、カードゲームが好きな人です」
「信じられない。だがお前の両親はどうなのだ? お前が漫画を読むことに反対しないのか。夜遅くまで勉強をしているのだ、学歴を重視しているだろう。漫画を嫌ってはいないのか」
 少年は首を横に振った。
「確かにうちの両親は学歴を重視していますよ。でも息抜き程度なら漫画を許してくれます。それどころか両親は漫画が好きですね。でも僕は小説の方が好きなんで」
 信じられない言葉だった。学歴重視の親が漫画を好きだなんて。ネタバレオバケは目の前がくらくらしてきた。
 それ以上に腹立たしいのが目の前の少年がネタバレされても何にも思わないことだ。ネタバレオバケはネタバレして悔しがり、泣き出す子供の顔が見たいのだ。ネタバレオバケはこんなところにはいられないと去って行った。

 *

「ああ、腹立たしい。子供が漫画を読めないなんて世の中はおかしくなっている。ようし、漫画を読んでいる奴を探してネタバレしてやるぞ。こっちはむしゃくしゃしているんだ」
 ネタバレオバケは意地の悪い表情を浮かべながら、ふわふわと漂っている。
 そこに一件のアパートを見つけた。その一室に青年が一人で暮らしている。彼女はおらず、ずっと部屋の中で漫画を読むのが趣味のようだ。そいつは漫画を読んでいた。先ほどの少年が呼んでいた漫画と同じだ。さっそくネタバレしてやると青年の横に耳元でささやく。
「この漫画次回で恩人が助けに来るよ」
 突然の声に青年は振り向く。だがネタバレオバケを見ても全く動じなかった。
「それで? 恩人がどう助けに来るのかな」
「それでって……。私は結末をネタバレしたのだぞ。なぜ、怒らないのかね」
「はあ? その程度でネタバレというのか。結末だけ言われてもネタバレとは言わないよ。がっかりだ」
 青年はがっかりした表情になった。ネタバレオバケはまた予想しない展開に面を食らう。
「なんなのだ。ネタバレされても怒らないなんておかいいじゃないか。待つ楽しみを奪われて悔しくないのか。お前は頭がおかしいのではないかね」
「頭がおかしいだって? 今時待つ楽しみなんかあるものかよ。今ではインターネットで全文ネタバレなんてざらだ。結末を教えた程度でネタバレなんて、ちゃんちゃらおかしいね。まったく浅はかとしか言いようがないな」
 青年は冷たい目でネタバレオバケを見下していた。ネタバレオバケは顔が真っ赤になりそうになる。ネタバレしたのに相手は思い通りの反応を示さない。あまりに腹立たしくて目の前が真っ暗になりそうだった。
 ネタバレオバケは青年の家を離れた。

 *

「ああ、腹立たしい。こんなに腹立たしいことは初めてだ。くそう、もうこうなったら誰でもいい。憂さを晴らしてやるぜ」
 ネタバレオバケは高級そうなビルの一室に向かった。書斎のようで壁は本棚に囲まれており、机の上にノートパソコンが置かれている。そこには背広を着た品の良い中年の男が漫画を読んでいる。先ほどの青年と同じ冒険漫画を読んでいたのだ。さっそくネタバレオバケは耳元に囁こうとしたが……。
 するとネタバレオバケは動けなくなった。いったい何事だろうか。見れば中年の背広には悪霊を捕縛する護符が貼られているではないか。これはどういうわけだろうか。
「あっはっは、ネタバレオバケよ、罠にハマったな」
 中年が勝ち誇ったように笑い声をあげる。まるで親の仇に出会ったような痛快な笑みであった。
「きっ、きさまぁ!! お前は一体なんのつもりだ!!」
「やいやいやい!! ネタバレオバケよ。この私の顔に見覚えがあるか。四十年前お前に漫画のネタバレをされたのだ!!」
 品の良い中年は怒りで赤くなっている。ネタバレオバケは中年に見覚えがなかった。ネタバレした子供は大勢いるのだ。顔など覚えているわけがない。
「私は漫画のネタバレをされた悔しさをバネに、大手出版社へ入社したのだ。そして私は取締役へ昇進し、同じネタバレの犠牲者を集め、お前をおびき寄せようとした。今は娯楽が多く普及し、漫画を読む子供も減ってきている。今夜数多い同士の中で私がお前を捕えることができたわけだ」
 そういうと中年は懐からお札を取り出した。それは悪霊を退散する効力を持っているお札である。
「このお札を貼ればお前はこの世から消えてなくなる。そうでなくとも今の世の中は漫画を読む人間は少ないのだ。漫画のネタバレをされても気にしない人間がほとんどだ。おまえの居場所などどこにもないのだよ」
 ネタバレオバケは信じられなかった。自分の存在意義がないだと? 確かに先ほどの少年と青年の態度はネタバレなど気にしていなかった。だがそんなわけはない。なぜなら自分が今存在しているからだ。この世には漫画を嫌う人間は大勢いる。現にテレビでは猟奇殺人が起きるたびに犯人は漫画を読んでいると陥れているではないか。漫画をこの世から消してしまいたいと願う気持ちがある限り自分は存在しているのだ。
「いやだ、消えたくない!! 私は漫画ばかり読んで勉強をしない子供をこらしめているだけなのだ。私の行為は正義なのに、こんな扱いは不条理である!!」
「何が正義だ。お前は正義の名を騙る悪霊だよ。お前は人の楽しみを台無しにして、その子の嘆く様子を見て楽しんでいるだけだ。勉強をさせたいならわざわざ漫画のネタバレなどする必要はない。今のお前の姿を同志に見せてやれないのが残念だがね」
 中年は吐き捨てるように言った。
 ネタバレオバケはお札の力で力を奪われていく。このまま消えてなるものか。ふとネタバレオバケは机の上のノートパソコンに目を止めた。最後の力を振り絞り、ネタバレオバケはノートパソコンへ逃げ出した。青い火花をぱちぱちと光ると、ネタバレオバケは消えている。中年は慌ててノートパソコンを覗いてみた。ディスプレイの前ではネタバレオバケがあっかんべーと舌を出すAAがあった。

 *

 以後ネタバレオバケは電脳の世界でネタバレを繰り返していた。それも全文ネタバレを発売前におこなっているのだ。それは自分を退治しようとした中年の復讐であろう。だが漫画業界は売り上げが低迷している。ネタバレをされても熱狂的なファンだけしか見ていないのだ。もう世代が違う、ネタバレされても気にする人は少ないのである。
 それでもネタバレオバケはネットの世界でネタバレを続けている。待つ楽しみを奪い、その向こうで悔しがり、悲しむ人間の表情を見るためだ。だがネタバレオバケの悪意は空回りしている。おそらくは永遠に気付くことはないだろう。
 ネタバレオバケは自分のいる世界がすべてなのだ。そこでは自分の意志と違うことが起きてはならない。ネタバレオバケは自分の思い通りになる幸せな世界で生きているのである。ネットはそれにふさわしい世界であった。
 ネタバレオバケが取り巻く環境は変わることはないのに。

 終わり。

2014/03/17(Mon)15:38:32 公開 / 江保場狂壱
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